志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2007年10月

かな文字と音節

大学時代にイギリス人のブライス師から俳句の講義を受けたとき、俳句の文字数を syllables(音節)と表現するのに面食らいました。私たちの感覚では俳句は17文字と決まっていますが、英語国民の感覚だと、それは17の文字(letter)ではなくて、17の音節なのです。もし17文字で英文を書くとしたら、俳句1句の内容を翻訳するなど、絶対に不可能でしょう。「ふるいけや かわずとびこむ みずのおと」の英訳が17文字では An old pond, a frog jum……までで終ってしまいます。日本語のかな文字は、「あいうえお」と「ん」以外はすべて子音と母音を組み合わせた「音節」である、世界の常識ではそうなるということを、私はこのときから意識しました。前述の「古池や」の英訳は
An old pond, a frog jumps into, the sound of water.
が一例ですが、これだけ簡潔にしても、38文字を要して、音節数では13になります。
 私たちは意識しませんが、大半のかな文字は単音ではありません。たとえば「か」は k の子音と a の母音が合わさったもので、ローマ字を書くときに覚えた通りです。しかし「か」の字を読むときは、それを一つの音としてしか意識しないでしょう。ですから日本人は子音を単独の音として発音するのが下手で、英語上達の障害になるとも言われます。しかしもちろん、日本語が劣っているというのではなく、そのような特性があるということです。
 なぜいま私がかな文字と音節を話題にしたかというと、ブログ連歌で字数を気にするようになったからです。たとえば長音は、音節では長さを問題にしないのですが、かな文字では「とおる」「ゆうべ」などと、字数を増やして対応しています。しかし同じ音を伸ばすだけなので、たとえば作詞で音符に当てるときは、1音符に入れても2音符に分けても歌えるので便利です。また「しょう」などの伸ばす拗音は、ふつうは2字に数えますが、場合によっては3字に引き伸ばしても、1字に押し込んでも意味は通じます。かな文字では3字でも、音節では一つだからです。
 たいして役にも立たないことを書きましたが、かな文字の向こうにある「音」を考えてみました。日本の文字も英語の文字も、発音記号そのままではなくて、音を記録して思い出すための「記号」つまり約束事なのです。

ブログ連歌(2)

9 歩をゆるめ 余命知る友 歩を愛(いと)おしむ(ひとみ)
10  年はとっても 色気忘れず(建世)
11 手鏡を ぐっと覗いて 鼻毛切り(うたのすけ)
12  コメントが来て 気も若返る(やまちゃん)
13 誘われて 連歌楽しむ 秋の夜(花てぼ)
14  繋がっていく よろこびの輪が(涼子)
15 輪をかけて 偽装役得 NOVA兎(建世)
16  おまけに守屋 厚労省(うたのすけ)
17 底なしか 五右衛門風呂か 世も末か(建世)
18  眺めせし間に紅葉散るらん(花てぼ)
19 紅葉早 散りにけるかな ゴルフ場(花てぼ)
20  つわものどもは 小粒になって(建世)
21 喚問も ゴルフに倣い 夫婦連れ(うたのすけ)
22  ○を暦に 嬉し気に書く(うたのすけ)
23 老妻の 予定は孫の ことばかり(建世)
24  孫いなければ 我がことばかり(花てぼ)
25 若夫婦 「子供」の催促 禁句にし
26  格差の給料 親も悲しむ(建世)
27 山行は 元気頂く 若い人(やまちゃん)
28  ありがたきかな 異世代の友(涼子)
29 老世代 無難に歩く 田圃道(うたのすけ)
30  いついつまでも 歩み止らず(やまちゃん)

以後は20句程度を1単位にしてみたらどうかと思います。最初の2句は、重複させます。過去にさかのぼって見る場合は、画面右の「カテゴリー」から「ブログ連歌」を選んでください。

川柳と前句付け

昨日の連歌のお誘いに、うたのすけさんが私の「年はとっても 色気忘れず」に対して「手鏡を ぐっと覗いて 鼻毛切り」と応じて下さいました。これは正統の前句付けで、

手鏡を ぐっと覗いて 鼻毛切り
 年はとっても 色気忘れず

と並べると、みごとな一首ができあがります。私の説明不足で、前句として頂いたものを、強引に連歌の順番に押し込んでしまいました。その勢いで、やまちゃんの句を改造して、次の後句に入れさせていただいた次第です。
 川柳は、江戸中期の柄井川柳が創始者と言われます。当時すでにあった俳諧の付け合いから2句だけを取り出して、77の後句から前句の575をひねり出す面白さに着目しました。これが人気を集めて、一つの課題に1万を超えるほどの応募があったというのですから、インターネットもない時代に、たいしたものです。私が高校で習ったのは、こんな例でした。

課題「きりたくもあり きりたくもなし」
これについた前句「盗人を 捕らえてみれば わが子なり」

この前句の575だけが独立したものが、川柳となって普及したわけです。川柳はこんな事情で、俳諧の約束事に縛られない自由さがあります。人情、風俗、風刺など、人間臭い表現に向いています。文学というよりも、コミュニケーションのツールだと思った方がいいのかもしれません。私の恩師のR.H.ブライス教授は、禅と俳句の研究家でしたが、川柳も大好きでした。「友だちのつもりの犬に鶏は逃げ」の句を、「自然を批評している壮大な句だ」と持ち上げていました。
 ブログ連歌は、おかげさまで順調にすべり出しました。以後は適当な句数で区切りながらエントリーを立てて行こうと思います。どうぞ気楽なおしゃべりの場としてご参加ください。携帯電話のアドレスからでもコメントは受け付けられると思いますので、お試しください。

ブログ連歌へのお誘い

10月21日の杉浦ひとみさんのブログに、「蛍と星の会」に入って俳句を一つ投句したところ、後句の77をつけてくれる人がいて、連歌が始まって楽しいという記事がありました。前の人の575の後に別な人が77をつけると、合作の短歌のようになります。その後にまたイメージをつないで別な575をつけると、エンドレスの「連歌」が出来るのです。これは伝統ある和歌の形式の一つで、句数は36の場合が多く、最初の575を「発句」、最後の77を「挙句」といいます。「挙句の果て」という言葉は、ここから来ているのです。この連歌から、後に575を独立させた俳句が生まれ、また77を題にして前句をつける遊びから「川柳」が始まりました。
 長く解説するよりも、現物を見ていただく方がわかりやすいでしょう。杉浦さんの「発句」の後に私が後句をつけて、独自に始めた4往復半の連作(9番まで)です。ご了解を得て転載します。

1 文字翔(かけ)て 心も笑みも 連れてくる(ひとみ)
2  ブログの友は 時空を超えて(建世)
3 人混みに はたと出会えた 赤い糸(ひとみ)
4  選挙の嵐 過ぎて秋の日(建世)
5 山風に 襟を合わせば 夏陽恋し(ひとみ)
6  どこに向かうか この国の末(建世)
7 山道も 先人歩行(かち)て 踏み固め(ひとみ)
8  路傍の花を 見つつ休まず(建世)
9 歩をゆるめ 余命知る友 歩を愛(いと)おしむ(ひとみ)
10  年はとっても 色気忘れず(建世)

 二人だけのやりとりなので、何やら相聞歌めいてしまいましたが、本来は新しい人が次々に参加して発展させて行くものです。私はこれが、現代らしいブログ連歌として続けられるような気がしました。題材は政治評論、社会時評から四季の話題、身辺雑事、風俗批評から粋な色気まで、思いつくままに漂うのがいいと思います。もちろん上手下手など考えない無礼講です。つづけ方は、しりとりのように、前の言葉を頭につけても構いません。コメントの方式で投句していただいて、順次オモテの句に加えて行きます。不特定多数に公開されていますので、その作業は当面、管理人が行います。
 句数の限定はしないで始めたいと思います。日本のエンドレス伝統文芸として、ギネスに挑戦も夢ではないかもしれません。だめでもともと精神で、どうぞご参加ください。

貯蓄率下落は天下の一大事

杉並区議会議員の太田哲二氏から、「区政杉並クラブ」代表として提出した意見の全文が送られてきました。その内容は、昨今の政治・社会情勢について私が懸念していることを、資料の裏付けによって明示するものでした。まさに天下の一大事と思うので、要点をご紹介します。
 「実感なき景気回復」と「格差の拡大」を説明する資料として重要なのが家計貯蓄率です。これは1998年度には11.7%であったものが、2004年度には3.1%に下落しました。そして貯蓄ゼロ家庭が全体の4分の1を占めるまでになってしまいました。この傾向が続いて貯蓄率がマイナスになれば、全家庭を平均して窮乏化の道を進むことになります。
 貯蓄率の推移を長い期間で見ると、昭和初年から戦時中にかけては、10%から20%であり、「欲しがりません勝つまでは」の1944年つまり敗戦の前年には、最高の42.1%に達しています。その後、戦後の悪性インフレが荒れ狂った1947年にはマイナス4.6%となり、以後の2年も連続してマイナスでした。つまり国民が持ち物を「売り食い」して命をつないだ期間です。国民の貯蓄率で見れば、敗戦直後の混乱期にも等しい家計状況に突入しつつあるのです。「これは、まさしく『天下の一大事』で、これ以外に『天下の一大事』はありえません」と太田氏は述べています。
 ですから借金地獄も詐欺もギャンブルの横行も生活保護の激増も、さらには「厳罰を求める風潮」「弱者に無関心、冷たい世相」「社会的差別で優越感を獲得しようする欲望」も、すべてこの一つの「貧乏神」が持ってきたと見ることができます。実感なき景気回復とは、庶民にとっては、デフレ不況の連続でしかなかったと、太田氏は断じています。その中に一部の勝ち組がいるのですから、負け組の生活が平均以下に困窮するのは当然なのです。
 現代の日本社会が抱えている諸問題の元凶は「分配の不公平」にあると、私も思います。区議会の一会派の意見であっても、国政に異議を唱えるのは無意味ではありません。かつて原水爆禁止の運動が、杉並の主婦の発言から始まって世界に広がったことを思い出しました。

尊厳死について、私の整理

春野ことりさん(医療界では医師はすべて「先生」と呼ばれることは承知していますが、ここでは「NHK方式」にさせて頂きます)から頂いたコメントとトラックバック記事も考え合わせて、自分としての「尊厳ある死に方」を整理してみたくなりました。最後の瞬間まで死ぬまいと戦いつづける人たちもいる、自覚的でなくても、本能的にそうする場合もあるということですから、他人のことは、ここでは考えないことにしましょう。
 春野さんの著書「天国へのビザ」にもありましたが、私が考えるのは「死の受容」または「生に組み込まれている死との共存」です。私は小学2年生のときから「なぜ生きているか」を考え始め、死ぬときは自分が主人公として決めたいという願望を持つようになりました。それは今も変りません。大方の老人と同じように、私も「ぽっくり死ねたら本望」と思っています。そして74歳の今、「蘇生術お断り」も、ぜひ実行したいと思っています。問題は、病床について他人の世話を受けないと生きていられなくなった場合の身の処し方です。
 私は概して健康に過ごしてきたので、寝たきりで世話される身の上になって再起が不可能になった場合は、精神的に弱いのかもしれません。そのときは、口に入れてもらった食物を、自力で嚥下できなくなったときを、自分にとっての尊厳の限界点にしようと思います。つまり経管栄養の拒否です。技術が進んで点滴で高カロリーの補給が可能になっても、辞退することにしましょう。
 ここまでは一応の基準を考えられました。しかしその先に、書きにくい大きな懸案があるのです。それは「自死の権利」ということです。健康状態に関係なく、自分で自分の死に時を決める権利は、基本的人権に含まれるのか、含まれないのか。含まれるとすれば、現代の医療は快適な自死の手段を提供できるでしょう。一気に書いてしまえば、公認される自死に理由を問うべきではありません。近い未来に、死亡原因のかなりの部分を自死が占めるようになっても、私は少しも不自然ではないと思っています。長寿社会を初めとする、現代社会がもたらしたさまざまな「不自然さ」の帰結として、そのような時代を私は予感するのです。大問題だということは自覚しています。私の尊厳死は、自死を含むのです。

「『尊厳死』に尊厳はあるか」を読む

中島みち・岩波新書の「『尊厳死』に尊厳はあるか」を読みました。尊厳死に鉤括弧をつけているところから、尊厳死協会の活動に批判的な立場かと思いましたが、違っていました。また内容の半分以上が、06年春に大きく問題になった射水市民病院の呼吸器取り外し事件のレポートになっていて、これは著者の本来の構想とも違ったそうですが、私の予想とも違っていました。しかし全体として「本当の尊厳死とは、どういうことか」について、多くのことを教え、考えさせてくれる力作でした。
 射水市民病院の「X医師」の行動を通して、多くの問題が提起されました。私の印象に残った最大の問題は、やはり「医療の統治はいかにあるべきか、病室の支配者は誰か」ということです。不確実性と個別性が避けられない医療行為の現場において、たとえ自信と良心に基づく処置であっても、独裁者の支配を許したら悲劇をく招く場合がある、ということです。病室での医師と患者・家族との関係は、なかなか対等にはなりにくいもので、かつ閉鎖的な環境になりがちです。その中で、患者にとって最も望ましい判断をするには、やはり開かれた情報と、複数の良識ある人たちの間での情報交換が不可欠なのです。
 この本を読んで、私にも偏った先入観があったことに気づきました。人工呼吸器は、本人には苦しいばかりだろう、強制的に呼吸させられるのは悲惨に決まっている、という偏見でした。しかし人間の体にとって、窒息して死ぬほど苦しいことはない、心臓の停止を待っても、数時間の差に過ぎないという場合も少なくないことを知りました。むしろ経管栄養を拒否・中止するか順次低下させる衰弱死の方が自然死に近く、自覚的には楽だろうという見当がつきました。
 もう一つ生前の尊厳死対策として、「死に損ないはいやだ」という意思表示をしておくといいと思いました。「心肺蘇生術お断り」の札を胸に貼り付けておきたいくらいだという記述に、大いに同感した次第です。尊厳死協会の書式に追加したらいいかもしれません。

赤福に思う、もったいなさ

300年の伝統があるという赤福が、偽装問題でゆれています。先の雪印乳業の場合もそうでしたが、偽装の発端は、中高年社員の「もったいない」精神でした。現代の食品管理に厳しい基準が必要なのはわかりますが、まだ充分に食べられるものを捨てるのはもったいないと思う精神を、一律に間違った思想とすることには抵抗を感じます。
 私は甘党ですから、名古屋方面に行ったときに買って帰る赤福は、楽しみの一つでした。大事にしながら食べて、2日目、3日目になっても味が変らないことは、経験上知っています。あれだけ甘みの強いものが、数日の間に食べられないほど変質することは、ありえないと思います。作った当日限りという宣伝・販売の方法に問題があったのではないでしょうか。
 賞味期限、消費期限の表示義務はどうなっているのかと調べてみたら、消費期限は弁当など劣化の早いものに、賞味期限は牛乳、ハムなどの劣化の遅いものに適用されるようで、私の感覚とは逆になっていました。消費期限は、それを超えたら食品として衛生上の問題があるということですから、赤福が自ら消費期限を設定したことが、そもそも間違っていたように思います。賞味期限に余裕を持たせておけば、売れ残りを恐れることなく、製造日の古いものは値引きすればいいのです。赤福の味を知っている者は、安ければ買い得だと思うでしょう。
 コンビニの弁当やパンなども、期限切れで毎日大量に焼却されたり肥料にされたりしているようですが、味の保障と安全性との、2段構えにできないものでしょうか。味は少し落ちても食べられればいい、安いので助かるという人もいるでしょう。もったいない精神を、合法化する余地はありそうな気がします。
 どこかのコラムで、スーパーの生鮮食品売り場で、製造時間を調べて古い方から選んで買うという話を読んだことがあります。自分の冷蔵庫の中身なら、誰でもそうするでしょう。その人の見識に感心しました。

トトロの森の祝賀会

東村山市会議員、薄井政美氏のブログによると、11月11日(日)の11時から「淵の森祝賀会」が現地で開催されるそうです。一部で報道されましたが、トトロの森として知られる淵の森の対岸にある自然林を、市有地として買い上げる予算案が、宮崎駿監督を会長とする保全会の活動もあって、東村山市議会で可決されたのです。集まった寄付金は2500万円、これに緑地保全基金からの4800万円あまりを加えて業者から買い取ることになりました。東村山市民の税金が使われることにはなりますが、貴重な川辺の風景を開発から守って後世に残せるのですから、市民はかけがえのない財産を手に入れたと言えるのではないでしょうか。
 私のブログでも紹介しましたが、現地はそれほど広い土地ではありません。遊具もトイレも、公園らしい施設は何もありませんが、武蔵野の自然林の面影を残しています。「会費は500円。宮崎会長とともに一緒に喜びを分かち合いましょう。」と薄井氏のブログは呼びかけています。
 当日の天気が良いことを期待して、私も行ってみようと思います。本当は誰もいないときに、ひっそりと歩いてみるのが好きなのですが、当日に行ったら、意外なブログ友に出会えたりしないでしょうか。
(追記)現地へは、武蔵野線「新秋津」、または西武池袋線「秋津」が最寄駅です。徒歩で10〜15分程度。案内地図はこちら

救急延命の中止に指針

昨日16日の朝刊に、救急医療の現場で延命治療を中止する手順を示したガイドラインを、日本救急医学会が決めたと報じられていました。最大の特徴は、本人の意思が不明な場合は、医療チームの判断で延命治療を中止できるとしたことです。この問題はいま「尊厳死の法制化」や「臓器移植法の改正」をめぐって議論されている最中ですが、学会のレベルで指針が出されたのは初めてということです。
 今の段階では、法律が出来たということではないし、また「救急」の医療現場の混乱を救うためであって、長期医療を含む終末医療の全般に適用されるわけではないことに注意しなければなりません。あくまでも緊急の手当てを必要とし、かつ本人や家族の意思確認が出来にくい状況が起こりがちな救急医療の現場での話です。
 でも、何をもって人の死とするか、それをしっかり考えておかないと、本人、家族、医療関係者が安心できない世の中になりました。その根底にあるのは、医療の不確実性と個別性です。「どうせ死ぬとわかっているから延命は不要」を徹底させれば、そもそも最初から医療は不要という極論になってしまいます。人は生まれたときから死ぬに決まっているのですから。要は「生きるに価する生き方を、どこまで長く守れるか」が医療の役割になるのでしょう。ですから尊厳死を考えることは、尊厳ある生とは何かを考えることと同じです。だから一律に人に押し付けることはできないのです。
 私は先ほど「『尊厳死』に尊厳はあるか」(中島みち・岩波新書)を読み終ったところです。これを読んだことで、自分の今までの盲点にも気がつきました。くわしいことは、明日以降に書くつもりです。今ここで言えることは、人の死に方、死なせ方は、「生きのいい臓器を取り出すため」でも「無駄な費用と手間を省くため」でもなく、本人と家族の納得を中心に考えたいということです。

光サイトのブログ友望年会

ブログで誘って少女誘拐とか、自殺請負とか、闇サイトが話題になりましたが、それに対抗して「光のサイト」のブログ友が集まって望(忘)年会をしましょうという話が持ち上がりました。ブログ友をリアル友にして行くのは私のポリシーですから基本的に賛成なのですが、どれくらいの賛同者が集まるものでしょうか。私にはまるで見当がつきません。
 じつはアルコール分解酵素を持ち合わせなくて酒がだめな私は、いわゆる忘年会は、どちらかというと苦手にしてきました。もしリアルに集まるとしたら、意見交換会みたいな話し合い中心のパーティーにして、有志は2次会で親交を深めるというのはどうかと思ったりします。あるいはブログの特性を生かした「ブログ望年会」を年末に開いてみるあたりが、無難なのかもしれません。
 いずれにしても、闇サイトに勝てる光サイトの同志が集まって何らかのアピールをするというのは魅力的だと思うのですが、思いつくことをコメントしてみていただけませんか。もしパーティーを開くとしたら、実行委員を引き受けてくださる方がいると助かります。
 ブログを続けるだけでも楽しませて貰っているので、もちろんこのままでもいいのです。だめでもともと、だめもとの精神で、自由な発想をお寄せください。

神の声と聖歌隊

昨日の日曜日、宮崎カリタス修道女会のコンサートに行ってきました。白井朝さんのバイオリン・コンサートのあと、カリタス会の歴史と活動を映像を見せながら紹介する時間があり、最後はシスターさんの合唱団「スモール・クワイア」の歌でした。これも映像を一部使い、伴奏にも工夫を凝らした本格的なものでしたが、何よりも声が揃って澄んでいるのが印象的でした。
 解説によると、合唱団は前身の「歌組」と呼ばれていた時代から50年もの歴史があって、それぞれの世代のシスターたちによって引き継がれてきたとのことです。メンバーは流動しても歌声は変らずに素朴であり、歌を通して神の愛のメッセージを伝えることを使命としていると、自らを位置づけています。さらに演奏の曲目も、カリタス会による創作が大半を占めていました。歌うべき歌を創り出すことを含めた表現の力を備えているというのは、かなり偉大なことだと思いました。聞くところによると、音楽の専門教育を受けた人が中心になっているというよりも、合唱団の活動の中から、新しい歌を作る人が出てきているようです。オリジナルのCDはすでに2枚出ていますが、間もなく3枚目の制作が予定されているそうです。
 聖歌隊の任務が神のメッセージを伝えることであるとすると、今の世相を見たら神は何と言われるだろうかという発想もありえます。「いのち」の歌は、そのような動機から生まれたと言えるでしょう。さらに発展して考えると、新しい歌を、新しい歌い方で広めることも、神の心にかなうことに違いありません。カリタス会の合唱団は、もっと積極的に外部へ向けて歌声を聞かせる活動をしていいと思いました。そして会堂に集まった一般の人たちも巻き込んで、会場の全員が歌声を響かせ、その歌を口ずさみながら人々が家路につくような、そんな演出があってもいいのでは、と思いました。

労働組合と政治スト

今の政治が「一揆が起きてもおかしくない状況」だと思っている人は少なくないと思いますが、戦後の日本で、労働組合がストライキで政治を変えようとしたことは、何度かありました。
 最初は昭和22年の2・1ゼネストです。共産党が主導する産別会議が中心となり、官公労働者を主力とする全国一斉のストライキで吉田内閣の打倒をはかりました。このときは「人民政府」の閣僚名簿まで用意されたと言われます。しかし当時の日本は占領下にあり、マッカーサーは強権を発動してストライキを禁止したため、失敗に終りました。占領軍の「民主化政策」の許容限度を見誤った共産党の判断ミスでした。
 次の典型例は昭和60年に行われた「スト権スト」です。国鉄の労組を中心として、公共企業体労働者のストライキを禁止している公労法の撤廃を求めたものです。1週間以上にわたって国鉄の運行を麻痺させる実力を発揮したものの、世論の支持は得られず、政府の譲歩も引き出せずに終りました。この衝撃が、国鉄民営化への流れになり、総評・社会党の低落傾向は決定的となりました。曲りなりにも議会制民主主義が機能している日本で、労働者の実力行使で法律を変えさせるというのは、無理な要求だったのです。
 しかし労働組合の政治的な要求は、選挙を通してしか実現しないのかというと、それは少し違うのです。8時間労働制を初め、労働者を保護するさまざまな法律は、労働者の絶え間ない要求と多くの裁判例などによって少しずつ前進してきたものです。今の日本で労働組合のストライキが効果をあげるとすれば、それはパートや派遣労働者の、雇用条件改善を求める争議だろうと私は思います。非正規雇用に頼る度合いの強い企業であればあるほど、パート・派遣労働者のストライキは脅威になるでしょう。そして今の日本の状況では、そのようなストライキに対して、世論の支持が集まることは、ほぼ確実だと思います。弱者は団結すれば強くなる。労働組合の力は、そのように発揮してほしいと私は思っています。

連合の定期大会から

労働団体の「連合第10回定期大会の記録撮影に行ってきました。夕方に国会終了後の福田総理と舛添厚生労働大臣のあいさつがあり、運動方針への質問・意見も多く出て、連合の大会としては珍しく予定時間を1時間以上も超過して1日目が終りました。マスコミのカメラが集中したのは福田総理と舛添大臣の場面でしたが、どちらも非常に低姿勢で、「現代の課題を一党一派の問題ではなく、ごいっしょに力を尽くして解決して参りましょう」という口調でした。福田総理は、「きょうは一日、予算委員会で野党の皆さんから厳しい質問をいただいて、もう大変でした」とボヤいてみせて、笑いを取る場面もありました。
 活動報告も運動方針提案も例年通りに行われましたが、厳しい状況に変りはありません。高木会長が提唱した「反転攻勢」は、道半ばです。帰りの電車で読んだ資料の中の「内外情勢の推移」に出ていた世界的に進行している労働分配率の低下が気になりました。その中でも、日本における極端な分配の格差は衝撃的です。
 1986年から1990年までのバブル期の成長では、経営側も労働側も、ほぼバランスのとれた恩恵を受けていました。しかし2001年から2005年までの景気回復期においては、役員の報酬と賞与はほぼ倍増し、株主への配当は2.7倍に増加しているにもかかわらず、従業員1人当りの給与は、5.8パーセントの減額になっているのです。これは労働の「非正規化」にもよるわけですが、とにかく国民の大多数の所得はマイナスになりました。景気回復が実感されない、格差が開いたというのは、数字で裏づけられているわけです。
 国際競争の激化に備えて経営資本を強化するのが「構造改革」ではあったでしょうが、国民の大多数を幸せにしないグローバル化とは、誰のためのものであったのか。政治路線の根本を問い直す必要はないのでしょうか。

政治と文学と人生と

天木直人氏の10月6日のエントリー「政治と文学」を読んで、大いに共感し、また反省しました。「政治が我々の生活にあまりにも身近になり過ぎたために、私たちの生活にロマンがなくなってしまったのではないかと思う。人々が小説を読まなくなったかわりに実用書やノウハウ物ばかり読むようになった。その事と誰もが政治の話をするようになった事とは、おそらく相関関係があると思う。」と天木氏は書いています。
 最近の私は、まさにその通りになっていました。本屋に行っても、立ち寄るのは新書のコーナーばかりです。今の世の中のありようが、よく見えるようになって、どうしたらいいのかヒントが得られるような本はないかと探しているのでした。まとまった文学と言えるような本を読まなくなってから、何年になるでしょうか。中学・高校時代の吉川英治、夏目漱石から始まって、大学以後の宮本百合子、ロシア文学(静かなドン、カラマゾフの兄弟など)、千夜一夜物語の全20数巻まで、その時々に読んだ文学書は、単に知識としてではなく、私の人格の形成に少なからぬ影響を残したと思っています。しかし、そのような本をあまり読まず、創作ものは、せいぜいテレビドラマで代用していたのが最近の私でした。
 なぜそうなかったかは、政治の動向が気になるからです。下手をすると孫の代に日本も世界も大変なことになりそうだと思うから、世の中の動き、つまり政治がどうなるか放っておけない気分になるのです。政治家が本当に百年安心の政策を立ててくれて、多少の問題はあっても任せておけばいいと思えるなら、私だって読むにしても書くにしても、もっと落ち着いていられるのかもしれません。所詮は政治は人生の外枠を整えるものであって、人生の中身を作るものではないのですから。
 私が現役でものを考える人間でいられるのは、あと何年でしょうか。「人間たちの記録」は、私の過去の財産を棚卸しする仕事です。その材料を使って何を作るかは、その次の仕事になります。記録と材料を後の人のために残すだけでも悪くはないでしょうが、できれば自分でやるに越したことはありません。私もそろそろ先のことを考えることにしましょう。

いのちを歌うコンサート

10月14日(日曜日)の14時から16時まで、宮崎カリタス修道女会創立70周年のイベントとして、チャリティーコンサートがあります。会場は西武新宿線の井荻駅から徒歩7分の同会日本管区本部の講堂です。案内地図を含めた内容紹介は、会のホームページに出ていますので、ごらんください
 第1部は白井朝さんのバイオリン・リサイタル(ビアノ・潮田侑樹)で、会の活動紹介などをはさんで第2部ではシスターさんたちの合唱団「スモールクワイア」が歌います。曲目には、以前にこのブログで話題になったグリフィンの祈りの元歌から作られたクレド」(ある兵士の祈り)が入っています。13行の素朴な原詩をグリフィン神父が日本語に訳し、それを参考にしてシスターの古木涼子さんが3番までの美しい聖歌にしたものです。
 曲目にはその他にも修道女会シスターさんの作品が含まれていて、宗教性が音楽を高める感動を味わうことができます。その中に古木さんの「いのち」の曲もあります。これも私のブログで紹介しましたが、「生きて、生きて、生きて欲しい……」と、ひたむきに呼びかける歌声が、いつまでも心に残る歌です。青少年福祉センターの長谷場夏雄さんは、このCDを買って、歌詞を壁に貼り出したと言っておられました。
 秋の一日、清らかな世界に身を浸して、永遠のいのちへの讃歌を聞いてみませんか。入場は無料で誰でも入れます。会場で自由献金があるそうですが、本当に自由でいいのです。

いのちがこんなに尊いのは この世にたったひとつだから
いのちがこんなにきれいなのは 神様がこころ込めてるから
……心と体傷ついても あなたのいのちは変らないよ
……生きて 生きて 生きて欲しい
  かけがえのない あなたのいのちを

集団自決はどこでも

沖縄での集団自決を教科書にどう記述するかについての問題に関連して、思い出したことがあります。「人間たちの記録」の42回にも書きましたが、敗戦も近い昭和20年の春に、警察官として八丈島に赴任していた叔父(母の弟)が怪我の療養でわが家に寄留していたときのことです。温厚な人がらで誰にも好かれていた叔父が、訥々と語ったのは、「アメリカに占領されたら、日本人はみんな殺されます。缶詰にされて食われてしまうかもしれません。」という言葉でした。「そんなことができるかい」という母の反問に対しても、「彼らならやります、そういう奴らですから」と、意見を変えません。しばらく気まずい沈黙になりましたが、母にも叔父にも、主張を裏付けるような根拠は何もないのでした。
 叔父の言葉は、当時としては「公式の模範解答」でした。聞いていた私は、叔父の純情に驚いたのですが、今になって、あのときの叔父の言葉が気になります。叔父は当時すでに巡査部長でしたから、後輩を指導する立場だった筈です。そして赴任先の八丈島で地元民から信頼され、慕われていたことは、寄宿先の家族との交流ぶりからも想像できました。その叔父が、島の治安を守る公職にある人として、アメリカ軍に対してそのようなイメージを持っていたのは、かなり恐ろしいことだったのできないかと、今の私は思うのです。
 もしも八丈島が玉砕戦の舞台になったとしたら、叔父はどのように行動したでしょうか。島民を励まして、軍に対する最大限の協力をさせたことでしょう。そして追いつめられて最後の決断となったとき、集団自決に協力する行動をとる可能性があったと私は思うのです。人情に厚い叔父は、幼児を抱いて思い悩む母親の苦しみを少しでも短くするために、腰のサーベルを抜いたかもしれない、などと考えると、まさに悪夢です。
 あの素直で心優しい叔父が、どうしてアメリカに対してあのようなイメージを持つようになったのか、その経過はわかりません。ただ、あの時代の悲劇が、個人の行動の是非を超えるような、国をあげての狂気から生まれたことは確かだと思うのです。「鬼畜米英」のイメージは、時の指導者によって意図的に作られた狂気でした。最大の責任者がそこにいることを、狂気は意図的に作られるということを、私たちは忘れてはなりません。

「生物と無生物のあいだ」を読む

「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一・講談社現代新書)を読みました。読み終って少し茫然とした、不思議な感じの本でした。著者は最先端の生物学者なのに、まるで小説のような表現で各章を書き始めます。だから非常に読みやすいのですが、内容はまぎれもなく生物科学の最新知識を伝えるもので、専門用語も遠慮なく出てきます。前半部分を読んでいる間は、生命についてのすべては解明されて、あらゆる生命現象はデジタル表示できる、つまり数字で記録できるようになった、ということを説明している本だと思っていました。
 とくに印象的だったのは、生命体は常に「動的平衡」として存在しているという事実です。原子・分子レベルでは、人間の体も、非常な速さで入れ替わりながら原型を保っているというのです。そして複製と入れ替わりの過程でエラーが起こらないのは、DNAの相補性にある、つまりジグソーパズルのピースが周囲に合わせてはめ込まれるのと同じだという説明です。そしてまた、生物の大きさに比べて、分子や原子が非常に小さいのはなぜか、それは天文学的に(著者は「生物科学的に」と言うべきだと提案しています)巨大な数を集めることによって、エラーの危険を小さくしているのだという、納得できる説明を与えています。
 こうして人体もまた原子・分子の集合体であることが説明されました。そして個体の死を待つまでもなく、構成要素は常に宇宙に循環しているのです。仏教で言えば、死んで輪廻するのではなくて、生きているうちから輪廻していることになります。そして最後は、では生命とは何なのかという根源的な問いに戻ります。「動的平衡」は、なぜ生まれ、なぜ死ぬのか。
 本の最後で、それを究める実験が、ことごとく失敗した経過が語られます。そしてエピローグの最後を読んだとき、私は唖然としてしまいました。そこには、こう書かれていたのです。「私たちは、自然の流れの前に跪(ひざまづ)く以外に、そして生命のありようをただ記述すること以外に、なすすべはないのである。」と。

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

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