志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2007年12月

2007年に贈る

一年間つきあってくれてありがとう
どうやら最後まで無事に来たね
ぼくの年では途中で「ここまで」と言われたって
文句は言えないところだった
それが大晦日まで来たのだから
それだけでも上出来さ

おかげで いろんな人に会えた
オペラも聞いて映画も見て
バレエや日本舞踊や朗読劇だってあった
みんな きみがつきあってくれたおかげだよ

ブログの連歌だ望年会だと
勝手に思いついたこともやってみた
けっこうみんな喜んでくれたみたいだよ
それもこれも みんなきみのおかげさ
 
2008年というのは きみの知り合いかい
だったら伝えておいてくれないか
ぼくの大事なブログ友だちが
2008年にも みんな元気でいられるように
よろしく頼むって

そして できることなら
ぼくも2008年の最後まで ちゃんと
考えたり書いたりしていられるようにって
あと少し やりたいことがあるからね
よろしく頼んだよ 2007年くん
この一年間 どうもありがとう
さよなら

貧者の歳末

 かけとりが とぼ(灯)して来るで 春でなし
という江戸川柳があります。この意味、おわかりでしょうか。江戸の庶民は、なじみの店での買い物は、付けにしておいて月末にまとめて払う場合が多かったようです。店では大福帳に記録しておいて、月末に集金するのが「かけとり」です。これが歳末になると、不払いで年越しされては店が困りますから、かけとりも忙しくなります。それでも「ない袖は振れない」貧乏人は、なんとかごまかして正月になってしまえば、かけとりもあきらめるだろうと考えます。ようやく年を越して一安心という元日の朝、かけとりが提灯を下げて「今晩は」と現れました。まだ大晦日のつづきで、今の言葉なら朝の8時ではなくて、大晦日の34時ですよ、というわけです。そこで「やあ、おめでとう」と声をかけて、相手がうっかり応じたら、かけとりの負け。「正月早々かけとりなんて、やぼなことしなさんな」となってしまいます。ですからかけとりは必死に「今晩は」で押し通すので、新春にならないのです。
 今はスーパーの買い物など、すべて現金買いですから、月末のかけとりはなくなりました。その代わり、電気代、ガス・水道代などの不払いは、問答無用で供給を止められてしまいます。止むをえずサラ金に手を出せば、借金地獄が迫ってきます。私も昭和34年に、4畳半のアパートで失業の正月を迎えました。どうしても困ったらミシンを売るつもりと、妻が言いました。そのとき、自分には何の生活保障もなく、どんと落ちた先には生活保護があるだけだと実感しました。
 庶民のための金融としては「公益質屋」というものが、昭和の初期から長く存在していて、市町村や社会福祉法人が経営していました。しかし近年は利用が減ってきて、平成12年に法律自体が廃止されてしまいました。そのとき地方公共団体の福祉行政の充実が代替の条件になっていた筈ですが、その約束は守られたでしょうか。貯蓄ゼロ家庭がトラブルに見舞われて資金を必要とするとき、サラ金に駆け込む以外に、頼りにできる公的な小口金融は、存在しているでしょうか。かけとりは来ない時代になっても、弱者への救援が充分にできているとは思えません。
 庶民の生活は、わずかな資金不足で破綻することがあります。市区町村の生活相談窓口につながる、低利の緊急生活資金制度があって欲しいと思います。相談を通して、孤立している貧困世帯の把握にも役立つでしょう。比較的貧困層の支払う利息が、金融業者の利益の源泉になっている現状は、残念です。

ブログ連歌(15)

279 貧乏が 近くにあった あの街に
280  公益質屋の 看板ありき(建世)
281 世相みる みそひともじで 的を得て(やまちゃん)
282  貧しき人を 救う世を待つ(建世)
283 ひと時を 心で囲む 社会鍋(花てぼ)
284  昔懐かし かの救世軍(うたのすけ)
285 高らかに ラッパ奏でる 年の暮れ(koba3)
286  こころ華やぎ 過ごせる幸せ(ひとみ)
286B  連歌の飛び火 あかあかと燃ゆ(ひとみ)
287 焚き火かな 焼き芋ホクホク 顔真っ赤(やまちゃん)
288  新しき年 来たるを信ず(公彦)
289 大晦日 明けりゃ嬉しい お正月
290  目出度くもないと 言うへそ曲がり
291 ほっとけ 俺はとにかく 目出度いよ
292  いろいろあったが 運よく生きてる(うたのすけ)
293 この世もう 果つが如くに 大晦日
294  言い遺したり 身を清めたり(花てぼ)
295 なんとまあ 来てしまったか 大晦日
296  片付かぬもの そのままにして(建世)
297 除夜の鐘 煩悩如何に 絶てるかな(やまちゃん)
298  百八つでは とても無理なり(うたのすけ)
299 いざさらば 過ぎ去る年は 追うまじく
300  変りゆく世を こころして見む(建世)


2007年末ブログ望年会

みなさんこんにちは、年末のお忙しい中を、ようこそ、この望年会においで下さいました。ブログという現代のツールを通して、このように多くの多士済々の方々とお知り合いになれたことを、心から嬉しく思っております。本当に「長生きは、してみるものだ」というのが実感であります。
 今日はひとつ、ブログ仲間同士が素顔を見せ合って、お互いの存在を少しでも身近に感じられるような機会にして頂けましたら幸いです。インターネットは、その便利さと匿名性から、負の側面の「闇サイト」なども生み出しておりますが、私たちは人間の「集合知」を高める「希望の光サイト」を築いて行こうではございませんか。
 それでは、長老の「うたのすけ」様から最初のご挨拶をいただき、合わせて乾杯のご発声をお願いしたいと存じます。
(うたのすけ様)
先ずは「光のブログ友」万歳!を唱えまして、初の望年会開会をここに高らかに宣言致します。ブログのコメントを通じて皆様方とお近づきになり、感無量と申しますか、人は一人で生きるに非ずの感を今更ながら強く致しました。いろいろな環境に生きられる方々の生のお声に接し、新しい世界を日夜満喫しておりました。貴重な経験であります。このことは皆様共通のことかと思われます。小生も恥ずかしながら、本邦初公開(後悔)なる世迷言を皆様に押し付けたりもいたしました。小生今後も誰はばかること無く、虚心坦懐に筆を進める所存であります。
 では皆様、新年を迎えるにあたりまして、「光のブログ友」の益々の発展と、そして皆様方の健康を祈念いたしまして乾杯と参ります。お手元のグラスをご用意願います。では僭越ながら不肖うたのすけ、音頭をとらせていただきます。カンパーイ!
(古木涼子様)
みなさん、今日は。望年会にお招き?いただきありがとうございました。志村さんとのお約束で、今日は私服で参りましたが、如何でしょうか?
 志村さんが20日に掲載してくださいました「いのちの歌とお話し」に数名の方から共感のコメントをいただき感激致しました。愚樵さんのコメントからヒントを得て、次のような追加文を試みました。
 「そして、この世の人生に終わりが来た時、神様はあなたを手の中に優しく包み込み、『おかえりなさい。最後まで本当によく頑張ったね!』と言われるのです。その時あなたは、すべてがわかるようになるでしょう。『絶対に忘れないよ』と約束した神様は、いつもあなたを見守っていたことも。それも、空の上からではなくて、すぐ近くで、あなたの中で。そう、あなたのいのちがあんなに美しく輝いていたのは、神様がそこにおられたからなのです。」
どうぞ、良いお年をお迎えください。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
(志村)
心に沁みるお話を、ありがとうございました。ここで一句、出来てしまいました。
 シスターは 私服で来ても シスターよ
(やまちゃん様)
長くは参加出来ませんが・・(-_-)
初めまして やまちゃんと申します。 望年会に参加するのに自信ありませんでした。ですが 参加する事で一歩踏み出す事が出来れば 自分の自信に繋がります。今回その思いで参加しました。スピーチには自信がないのですが ありのままスピーチしようと思います。 やまちゃんのブログ見てくだされば分ると思いますが ハ〜イその通り主婦です。山好きの やまちゃんです。難しいこと考えられなかったので ブローチに登録する事で精一杯でした。山登りの事 身の回りの事 毎日の更新は一寸キツイかな〜と思う時がありますが 更新が終わらないと仕事になりません。生活の一部になりつつありますね。(^−^)
 今年もう僅か 皆様風邪など引かぬよう 元気にブログ続けましょう。あまり長いと飽きますので この辺で! また ごゆっくりお話しましょう〜お待ちしてま〜す。
(koba3様)
今日は。
 「生涯に真の友は2人しかできない、否、2人出来れば良い」と聞いています。そして、「大人になってから、心からの友を作る事は難しい」とも言われています。幼なじみは、全てをさらけ出してじゃれ合ってきていますから、二心なく付き合えます。それでも成長して社会生活に入っていくと、互いの環境も変わり、邪気のない付き合いに翳りが出ます。貧富の差、地位の差が出来て、気が付けば、優越感や劣等感が生まれています。利用しよう、利用されたなどの疑心も湧く事になります。それを乗り越えられたら、それこそが友なのです。
 ブログ友は、邪心のない付き合いでいられますように・・・。
(みどり様)
乾杯!初めまして、みどりです。
 本日初めてお話の出来る方々もいらっしゃるのではないかと思います。川崎市宮前区の住民です。ブログ歴は半年弱でしょうか。右も左も解らず心配して止める人をも振りきって此の世界に身を寄せましたその最初のデビューの頃に、志村様のブログに出逢えたことは私にとって誠に幸運でした。
 人付き合いの下手な私ですから、その後の「ブログ友」への繋がりは臨めなかったと思うのです。うたのすけ様その他大勢の方々の真剣な生き方にどれほど沢山の示唆を頂いたか言葉になりません。本当にありがとうございました。皆様お一人お一人に心から感謝申し上げます。
 来年への希望は色々ありますが、おいおいお酒がまわってからのことに致します。今日はビールにワインにレモンサーワーなんでも飲ませて頂きます。酔うと笑い上戸になるそうですからご用心。
(Ladybird 様)
こんにちは,お邪魔します.ブログで忘年会,ではなくて望年会.おもしろい企画ですね.ワイン片手に参加といきたいところですが,まだ部屋の中が無政府状態で,先はなかなかに,しこたま長いかもしれない,などと考えております.
 まず自己紹介ですね.四国の片田舎に住んでいます.複数のブログをやっています.どれも中途半端というか,まあ性格がよく反映されている次第です.先日,薩摩長州さんがケーキを作ったというので冷やかしに,そちらのブログに参上したりしたのですが,じつは自他共に認める甘党です.
 その昔,スバル360というクルマがありました.フォルクスワーゲン(通称かぶと虫)を小さくしたような形で,てんとう虫という愛称で親しまれていました.その開発史はかつて日本が絶望の淵から立ち上がろうとしていた時代の若々しい空気が満ちあふれております.「てんとう虫が走った日」という本があります.私はこのクルマのファンで,そのほかテントウムシ(昆虫)とは色々と縁があったので,ハンドル名もそういう意味です.
(志村)
よくいらっしゃいました。スバル360は私も乗りました。バイクエンジンで4輪車を走らせるような、ユニークな車でしたね。
(高江洲瑩様)
先ほど職場のパソコンで覗きました。
おう、始まっている。雨も降るというので大急ぎ帰宅、狛江の家で見ています。面白いですねえ。
遅くなりました。
私のサイトに母が生前、よく口ずさんでいた「母の歌」を書きました。志村さんがその作詞家のお名前と、私の知らない2番以降の歌詞も教えてくださいました。私の母が取り持ったと思っていました。ところが、武蔵学園の卒業生名簿を繰っていると志村さんは卒業生であられる。なんとなんと、世の中は狭いものですなあ。この辺からはイモズル式で、えらい校長さんの先輩ということも分かりました。
この出会いはいのちをもらってこの世に現れた時から予定されていたかもしれないと思う時がありました。人のつながりを大切にしたいと思います。
光のサイトが末永く続きますように。
(ピーナツ様)
お邪魔します。
 小生のMYブログは嫁いでいる2人の娘と1人の孫にあてた交換日記のつもりで始めました。
古希が来年に迫っておりますが、2年前に現役を退き今年から県の生涯大学や市民文化講座などに通っております。新しいことを学ぶ喜びと未知の方との新たな出会いを楽しんでいます。
 志村様の人間たちの記録、戦後の貧しかった小学生の時代を過ごした小生も実感を持って読ませて頂いております。今後とも宜しくお願いします。
(志村)
今そちらを見てきました。続・三丁目の夕日は、一見の価値ありそうですね。
(花てぼ様)
とっとっと、は、はい、駆けつけ三杯なんて、そ、そんなになみなみと注がれては、あらら、こぼれちゃいますよ。ブログでも落ちこぼれの花てぼなんですから。
 そもそも、私の夢はホ−ムペ−ジを持ち、自分の書を載せることだったのです。でも私のコンピュ−タの知識では到底無理な事で、そんな時プララ発行のブログの作り方の本を何となく開き、いつのまにか、本と首っぴきでパソコンに向かっていました。・・・・最後のワン・クリック!な、なんと'Shography’が現れるじゃありませんか。ドキドキしました。そして間もなくコメント1号が。「え!どうして私のこと知っているの?!」これが去年の6月のことでした。その2か月ほど後、「Abracadabra-、えい!」っと初めて出した写真は、書の一文字「慰」でした。
 ここのとこで、遊工房さんのご好意で声をネット上に流すことができたのは嬉しい悲鳴でした。そうそう、望年会ですから今後の「望み」ですね。朗読はやりたいと思いますが、初心に戻って、「書をも少し入れること」とします。今後ともどうぞよろしくお願い致します。ウ−イ、あら、もう酔いがまわっちゃいました。
(遊工房様)
こんにちは。私、のばら社の児童年鑑を愛読して育った遊工房と申します。64歳です。退職して田舎に来て楽しく遊び暮らしてますが、一番変わったのは、発声しなくなったことです。幸い朗読サークルに入って、テレビと喋らなくても、パソコンに向かって朗読する味を覚えました。聞きなおして検証するのも「へえ!」と新発見があります。
 皆さん、声を出して本を読むのは、なかなか刺激的です。自分の声にお散歩させるつもりで、やってみましょうよ。自分だけでやっててもいいのです。興味のある方は、下のページに行ってみてください。私の声が出てくるので、音量にご注意を。
http://yuukoubosss.fiw-web.net/bounennkai.html
(shira様)
初めまして、shiraと申します。今日、突然志村さんに誘っていただきまして、早速訪問させていただきます。
 某地方で公立高校の教員をやってます。教科は英語ですが、最近は小論文指導に凝ってまして、ブログもそちらがメインです。どうぞよろしくお願いいたします。
(まい様)
志村さん、みなさん、こんばんは。盛り上がっていますね☆幼児を持つワーキングマザーです。1年前の教育基本法改正反対の運動をきっかけに、柄にもなく政治・社会問題に、はまってしまいました。自分のブログではどうしても、怒ったり、悲しんだり「負の感情」を伴う記事が多くなっていますが、振り返ってみるとブログを始めたからこそ、志村さんを始め素敵な方々と出会うことができたのだなあ?と感謝の気持ちが湧いてきました。来年の抱負は、反対するばかりでなく、理想の方向に向けて楽しみながら行動を起こすことです。と言っても、まだ何をするか決めていません(笑)来年もよろしくお願いします。
(花てぼ様)
宴たけなわでございますが、僭越ながら花てぼが余興にまいりました。ご足労ですが、こちら、座敷の方へおまわりくださりませ。http://pub.ne.jp/Shography
(ナツ様)
はじめまして、ナツと申します。うたのすけさんの乾杯には間に合いませんでしたが、まだ一杯ぐらいは飲めるでしょうか。余興も始まったようですね。預かっている孫を寝かせて急いで参りました。
 こちらのブログに伺うようになって(花てぼさんの紹介)まだ日が浅い私ですが、なんといって志村さんとうたのすけさんに直接お逢いでき、お話をする事が出来たのは今年の大収穫でございます。
 はじめて志村さんのブログにお伺いした感想は、とにかく難しそうな字が一杯でしたので、私には無理だと思いましたが、拝読するとなんと戦中、戦後の事ゆえ私も経験者ですので(歳はず〜と若いですよ)私の知らない多くの事を知る事が出来ました。
 また志村さんを通してこちらに参加されている方々のブログにも伺う事ができありがたく思っています。
遅くなりましたが参加できて嬉しいです。
(志村)
皆さま、本日は多数ご参集くださいまして、本当にありがとうございました。初めての試みで不安もありましたが、おかげさまで、イメージした通りの展開から、期待以上の新しい出会いまで作ることができました。新しい年に向けて、ブログによる明るい未来が開けそうな予感がしております。ブログ友は、かぎりなくリアル友に近い仲間になれるという信念を、さらに深めることができました。皆さまのご協力に心から感謝申し上げ、ご多幸なご越年をお祈りいたします。
 最後に私の年賀状に用いました一首をご披露させていただきまして、中締めのごあいさつとさせていただきます。
  新しき 暦の先は 見も知らず
   せめて過ごさん 悔いなき日々を
 なお、会場はこのままに致しますので、お時間の許す方は、どうぞご歓談をお続けください。本日は、まことに有難うございました。 
(追記・中締めの後も、多くのコメントをいただきました。)
(みどり様)
やっと戻りました外は雨になりました。すっかり頭も覚めました。はなてぼ様と遊工房様こんばんは。宴を抜けたり戻ったりしながらお二人の声しっかり聴かせて頂きました。素晴らしい余興でした。本日はもうお戻りではないのか、すれ違いを気にしておりましが、こうしてご一緒出来ほっと致しました。
お開きは何時になるのでしょうか。
朝の早いうたのすけ様は一足先にお帰りですか?
少し楽しい芝居話が伺えるかと大急ぎで戻ったのですが残念です。まだまだ退席するのが名残惜しい気持ちですが今晩は此れにて失礼させて頂きます。皆様今後ともにますますのご活躍を。
 志村様素晴らしい望年会でした。新しい年への願いは極めて平凡ですが、健康で若々しく過ごしたいということです。
お骨折りありがとうございました。
(遊工房様)
花てぼさん
ああ、そういう風に読むのですね。
ナツさん聞いた?
ういろうの写真があるの。
ブログ友人のひささんから借りてきて
私もこれ言ってみたのよ。
でもこんなに間違わないでは言えない。
引っかかって、つっかかってるのよ。聞きたくない人は
写真だけでも見て!でもみんな言いたくなったかもね。
http://yuukoubosss.fiw-web.net/uirou.html
(koba3様)
今晩は。この時間にPC開くのは稀です。TVの前で一眠りして、本格的に寝る前に覗いてみたら、まだまだ盛り上がっていますね〜〜〜初めてお会いする方も数々で、いや〜〜眠い、明日改めて、皆さんのお部屋にお伺いします。お休みなさい。
(花てぼ様)
お部屋を提供してくださいました志村さんありがとうございました。ナツさんもおいでになれましたね。みどりさん、私はコメントはできませんが、詩をいつも拝見しています。みなさんとお会いできて本当に楽しい時を過ごさせていただきました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
乾杯の音頭をとってくださったうたのすけさん、もうおやすみでしょう、ありがとうございました。
それではどうぞよいお年をお迎えください。
(うたのすけ様)
お早うございます。
先ずは予想通りの賑やかな展開になったことを、志村さんのお骨折りに感謝するとともに、皆様と共に喜びたいと思います。望年会の発声の大役をいかにこなすか、いささか不安ではあったのですが、杞憂でありました。かように皆様のお声に接したことに感謝いたします。次なる発展を切望して昨夜は九時ぴたりに床に着きました。
(遊工房様)
おはようございます。
新参者が勝手なことをうろちょろ申しておりましたが、睡魔に連れ去られ、気がついたら朝でした。
花てぼさんの「ういろううり」
面白かったでしょう?
来月中くらいまでには花てぼさんの朗読ページに
あの声をアップしておきますね。
台詞も書いておきますね。
花てぼさんの朗読ページはここです。
http://yuukoubosss.fiw-web.net/hanatebo.html
志村様楽しい席にお誘いくださいましてありがとうございました。
うたのすけ様
今回お声が聞かせていただけるかと楽しみにしておりましたが・・・いつか是非!
水戸御在住と伺いました。
そちらで口演とか、講座とかお開きになるときは是非教えてください。
ご指導を受けたいなあと思います。
では皆様、よいお年を!
(うたのすけ様)
遊工房さん初めまして。お名前は以前から存じていまして、失礼ながら直感で男の方と推察していました。どっこい女性でいらした。大体あたしの直感は外れるのです。それにしましても、パソコンの奥義を自由にこなしていらっしゃるのが凄いです。
(うたのすけ様)
「神田川」のこと。
「神田川}の歌詞について一向に精しくはないのですが「だが、あなたのやさしさが怖かった」のフレーズを志村さんは作詩者の意図を紹介し、ご自分では失うのが怖いような幸福感と思われると述べられています。
 あたしはこの歌を聴いたとき、このフレーズだけを抜き出して考えました。これは芝居のセリフにしたら凄い場面になると思ったりしたのです。
 男と女、紅い西陽が射し込む四畳半のアパートの部屋。男は上半身裸、その肌は一面に入墨が彫られた極道者。流れる汗を拭い団扇を使い、時折傍に横たわる女に風を送ります。女はスリップ一枚で天井を見詰めています。送られる風で後れ毛がなびきます。女は知っているのです。男の本性を、酷薄な本性を。優しさの中に潜む男の研ぎ澄まされた野獣性を。男のやさしさが続かないことを女は知っているのです。男の刹那的なやさしさに怯えているのです。そしてそんな男に縋らねばならぬ自分も怖いのです。そしてそっと呟きました「あなたの、そのやさしさが怖いの」
 一昔前の東映の任侠路線のお粗末でした。
(志村建世)
これはまた、すごいことになりましたね。男の純情は続かない。いつか去って行く予感。生身の人間に「永遠の愛」は遠すぎる。


ブログ連歌(14)

259 青春は 遠く来てから 思うもの
260  そして声なく 歌うもの(建世)
261 冬至です ゆず湯に浸かり かぼちゃ食う
262  その当たり前 できる幸せ(うたのすけ)
263 誕生日 生きる幸せ 感謝なり(やまちゃん)
264  年はとりたく ないと言いつつ(建世)
265 高く積む 年重ねつつ 知恵倉庫(やまちゃん)
266  せめて使おう ボケぬ間に(建世)
267 あらためて 二十八日を 確認し
268  期待一杯 胸がわくわく(うたのすけ)
269 朝起きて 何時もと同じ ブログにて(やまちゃん)
270  残り少なき 今年いとしむ(建世)
271 溢れ来る 新しき年 今そこに(やまちゃん)
272  思いを込めて 年賀状書く(建世)
273 クリスマス 過ぎておせちの 胸算用(うたのすけ)
274  大つごもりの 支払い如何に(やまちゃん)
275 掛け取りを 狂歌でごまかす 落語かな(花てぼ)
276  女偏好みの 掛取り如何に(うたのすけ)
277 サラ金じゃ 色気人情 通じない(建世)
278  昔なつかし 一六(いちろく)銀行(うたのすけ)
279 貧乏が 近くにあった あの街に
280  公益質屋の 看板ありき(建世)



「誰のための『教育再生』か」を読む

藤田英典編・岩波新書の「誰のための『教育再生』か」を読みました。読み終りましたが、レポートとして何を書くか、難しさを感じています。執筆者は編者のほかに佐藤学、尾木直樹、中川昭、喜多明人、西原博史の諸氏です。書いてあることはよくわかるし大事な問題を指摘しています。事の緊急性もわかるのですが、私の頭では、まとめ切れないかもしれません。
 教育をめぐっても、小泉・安倍内閣の「戦後レジームからの脱却」路線で多くの「再生」が試みられました。その傾向を要約すれば、統制の強化と厳罰主義、そして産業としての効率化ということになるでしょう。君が代斉唱の強制、不適格教員を排除するための免許更新制、学区自由化による競争の導入などに、その政策は典型的に現れています。たとえば君が代を「心を込めて歌う」と通達して、生徒の歌声の音量までを指導するような傾向には、私も不快を感じています。少数の指導力不足の教員の問題を解決するために、全部の教職員が10年ごとに30時間の研修を義務づけられるような制度が、本当に必要なのかどうか。義務教育の学校を競争させて自由に選べるようにすることが、地域の子や親にとって本当によいことなのかどうか、疑問は尽きません。
 子供を教育する仕事は、工業製品の製造とは、かなり違った論理で行われるものでしょう。愛情、情熱、良心といった、きわめて人間的な要素が必要な筈です。そして戦前の画一的「皇民化」教育への反省から戦後の教育は出発しました。それは政治から独立し、人間の尊厳を中心に据え、地方自治の中で推進されることを期待されたのではなかったでしょうか。
 私の地元の中野区では、全国でも珍しい教育委員の準公選制を維持していたのですが、投票率の低下で制度を存続できませんでした。私の実感としても無理な制度のように思われ、住民の教育への参加は、地元の小・中学校を通して行うのが自然だろうと思っていました。教育委員会の役割というのも、私にはよくわかりません。
 要するに私には、わからないことだらけなのですが、フィンランドの「子供の自主性を最大限に尊重する」教育が成果をあげているとも聞きます。法律だけ残して小泉も安倍もいなくなりました。法律は運用でかなり変るものだし、再改定だってできます。子供のための教育再生に向けて、良心に従って行動している人たちを応援したいと思います。

生命とは…

「人間たちの記録」も続けたいし、教育問題の本も読みかけているのですが、気持が集中しません。エムズの片割れさんのところで読んだ「サラエボの花」の記事が、頭から離れません。上映中の岩波ホールへ行けばいいのですが、日が暮れてしまいました。ユーゴ内戦で始まった泥沼の民族紛争の中で、サラエボの悲劇が起こったのは、それほど昔のことではありません。モスレム人が住むサラエボを包囲したセルビア人武装勢力は、「民族浄化」の目的でモスレムの女性たちに対し戦略的なレイプを行いました。それは一過性ではなくて長期にわたり、妊娠させ、堕胎が不可能になるまで拘束して、セルビアの子を生むことを強制したのです。憎むべき敵の子を生まされた女性が、固い意志に反して子を抱きしめてしまう瞬間が「サラエボの花」なのです。
 古木涼子さんのテキストによれば、神様は心をこめていのちを作り、生んでくれるお父さんお母さんを探すのです。それにしては、なんという残酷な生命の授け方でしょうか。戦略的レイプが憎んでも余りある悪魔の所業であることは、誰しも認めるでしょう。さらに、これは民族浄化どころか、民族の混血を促進することで、発案者の戦略をも裏切っています。神の意思は、争う民族を融和させることだったのでしょうか。それにしても残酷すぎます。
 生命とは、何ですか。「どんなに科学が進歩しても、いのちをつくることだけはできないのです。人間がつくっていないのに存在しているってことは、神様がつくったっていうことでしょ。」と古木さんは言います。いのちどころか、人間は何も作れません。物質をいじって並べ方を変えることができるだけです。神様がすべてを作ったというのは、正しいのです。
 私たちは、残酷さに支配されてはなりません。残酷さは、人間の持つさまざまな属性の中の一つであるに過ぎないのですから。私は古木さんのテキストを読む前日(19日)の朝日新聞に出ていた加藤周一氏の言葉を、けんめいに思い出しています。「何かが始まるのは生からであり、すべての感覚、認識、意識、論理や言葉を支えるのは生命である。生命に何らかの価値があるかどうかはわからない。しかし生命がなければ、どういう価値もない。」

ブログ望年会のお知らせ(2)

先日提案しました「光のブログ友・2007年末望年会」の1週間前になりました。要点を再掲しますと

12月28日(金)13時から当ブログ上で開催
会費無料 参加者は300字以内程度の「1分間スピーチ」を持参
参加はコメントへの投稿により行い、順次ブログに掲載します
スピーチ一巡後は、コメント欄での自由な歓談となります

なお、遊工房さんのご提案によりますと、音声での参加も可能になります。直接にコメント欄に音声を入れられなくても、アドレスを入力しておけば聞けるわけです。音声のアップ方法の技術的な問題は、お願いすれば遊工房さんから助言いただけるようです。ただし、文字情報だけでも一応のことがわかるように、ご配慮ください。
 初めての試みなので、どんなことになるか見当がつきませんが、あまり固くなく、ふだん着の本音トークが聞けたら、お互いに楽しいのではないでしょうか。よろしくお願いいたします。

ブログ連歌(13)

239 セピア色 写真のなかで 笑ってる(やまちゃん)
240  そのときの君 そのときの我(建世)
241 除夜の鐘 今年の音色 ふくよかに
242  聞くにゃなにより なにを慎む(うたのすけ)
243 うたさんは なにをなにして なんとやら(建世)
244  言わず語らず さしつさされつ(koba3)
245 まぁ一杯 コタツの中で 夫婦酒(やまちゃん)
246  いいお酒なら そこでお休み(建世)
247 最後から 日にち数える 年の暮れ(やまちゃん)
248  最初からでも 日数は合うか(花てぼ)
249 二三日 消えていた日も ありそうな(建世)
250  それはあります 嗚呼まだら惚け(うたのすけ)
251 手帳にも 書き忘れあり 山登り(やまちゃん)
252  道は違えど 頂上で会う(建世)
253 丸書いて へのへのもへ字 ブログの輪(やまちゃん)
254  輪が輪を繋ぎ 海山はるか(うたのすけ)
255 はるかにも 年を越えたら また春か(建世)
256  ああどうしよう みんな青春(花てぼ)
257 青春は 二度と帰らぬは 嘘っぱち(うたのすけ)
258  気持ち青春 今盛りなり(やまちゃん)
259 青春は 遠く来てから 思うもの
260  そして声なく 歌うもの(建世)

いのちの歌とお話

この季節にぴったりの、すばらしいテキストを読みました。養護施設に招かれて、3歳から中学生までの子供たちを前に、いのちの大切さを語り、自作の歌を歌って聞かせた古木涼子さんが事前に用意したものです。余計な説明は要らないと思いますので、少し長いですが、ご本人の了解を得て全文を掲載します。(以下、引用)

 みなさん、今晩は。
 クリスマスまで、あともう数日ですね。今日は、一緒に、「いのち」について考えて見ましょう。「いのち」って何かわかりますか?わかるようでわからないですよね。それは、目に見えるものじゃないからです。私たち大人だって、はっきりわからないのです。最近、日本では、自殺する人が多くなりました。「自殺」ってわかりますか?自分の命を捨ててしまうこと。自分で自分を殺すことですよね。私は、それがとても悲しくて、「いのち」って何なのだろうと、改めて考えてみました。そして出てきた答えを歌にしました。

♪「いのちがこんなに尊いのは、この世でたったひとつだから」♪
 みんなの一人一人のいのちは、この世界にひとつしかない、本当に貴重なものです。お店に行って、「いのち3個ください」なんて、買うことができないのです。プラモデルの部品のように、交換することができないのです。いのちは「かけがえのないもの」代わりがないんです。本当にひとつだけ。だから尊いのです。

♪「いのちがこんなにきれいなのは、神様がこころこめてるから」♪
 「いのち」は目にみえないから、私は、想像してみました。もし、いのちが見えたらどんな感じなのかなあって。心はどんな形してる?ハートの形で色は赤?本当?じゃあ、いのちは?想像の中で見えたいのちは、透き通るようにきれいで、しみも傷もない本当に美しく輝いていました。それは、神様が創ったものだからです。いのちは神様がつくったものだというのは、はっきりしていることです。人間は、いのちをつくることができないからです。どんなに科学が進歩しても、いのちをつくることだけはできないのです。人間がつくっていないのに存在しているってことは、神様がつくったっていうことでしょ。神様は、人間のいのちを創るときに、本当に心をこめて、注意深くていねいに作るのです。そしてつくったあと、神様は、自分がつくった命の美しさに見とれてしまうのです。

♪「いのちがこんなに愛しいのは、それは、あなた、あなたのいのちだから」♪
 そして、神様は、おつくりになった命を手にとって、「本当に愛しい」と言われるのです。それまで、沢山のいのちをつくっていらっしゃるのだけれど、その一つ一つはみんな違っていて、神様にとって特別ないのちとなるからです。そして、神様は、名前をつけられるでしょう。そして、その名前を決して忘れないように、手のひらに刻み付けられるのです。「絶対に忘れないよ」というしるしに、手のひらに名前を刻まれる。これは、聖書に書いてあることです。そのあと、どうすると思いますか?そのあと、神様は、この子を生んで育ててくれるお父さん、お母さんを見つけるのです。

♪「とうさんがいて、かあさんがいて、かぞくがいて、みんながいて、そしてあなたが生まれた、けっして一人ではなかった」♪
 自分ひとりで生まれてきた子どもはいません。お父さんがいて、お母さんのおなかの中から生まれてきました。お父さん、お母さんは子どものいのちを守るように神様から頼まれています。でも、いろんな事情でそれができない親がいます。皆さんは、どうして、ここにいますか?皆さんがここにいるのは、皆さんのせいではないでしょ。何か悪いことをしたからここにいるんですか?そうじゃないでしょう。皆さんは何も悪くない。両親や家族の事情です。皆さんは、お父さんとかお母さんとか家族に怒っていますか?怒ってもおかしくありません。私も子どもの頃、「あーあ、お金持ちの家に生まれたかったよ」なんて思ってました。子どもは、親を選ぶことができないし、生まれてくる家庭を選ぶことができないのです。「なんで、自分ばっかり苦労しなくちゃならないの、やってらんないよー」って思っても、当たり前ですよ。「お父さんも、お母さんも嫌いだ!」なんて思っている人がいても、私はびっくりしませんよ。こどもたちは、大人の犠牲者なんだから。
 でも、忘れてはならないことは、お母さんが、みんなを一生懸命頑張って生んでくれたっていうことです。赤ちゃんを生むことは、大変なことです。痛かったり、苦しかったりするんです。でも、お母さんは、歯をくいしばって一生懸命頑張ってあなたを生みましたよ。シスターは、こどもを生んだことがありませんから、本当の大変さはわかりませんが、それでも、「お母さんはすごい!」って思いますよ。今、色々な事情で、みなさんを育てることができないかもしれないけれど、あなたを一生懸命頑張って生んだと言う事実があります。お父さんがいて、お母さんがいて、いろいろな人たちがいて、みなさんは、今存在しています。決して一人ではないのです。
 こんなふうにして生まれてきた命だから、尊いのです。大切なのです。簡単に捨ててしまってはいけないのです。

♪「みんなで守るよそのいのちを、こころと体 傷ついても、あなたのいのちはかわらないよ、美しく光輝いている」♪
 この大切ないのちを守らなくてはなりません。自分のいのちと人の命を守らなくてはならないのです。何があっても守っていかなければならないのです。ふつうは、誰も死にたくないものです。それでも、死のうと思う人がいるとしたら、生きていることが死ぬほどつらいからでしょう。みんなにもそういうときが来るかもしれません。本当につらくて、苦しくて、死んだ方がましだ。と思う時がくるかもしれません。そういう時こそ、いのちを大切にしてください。自分の素晴らしい命について想像してみてください。まわりにひどい人がいて、あなたの心を傷つけるかもしれない、あなたの体を傷つけるかもしれない。でも、誰もあなたの命を傷つけることはできません。このいのちは、いつも変らず美しく輝いています。このいのちは、生きる力を持っています。必ずのり越えさせてくれます。自分の命の力を信じてください。

♪「生きて、生きて、生きて欲しい。かけがえのないあなたのいのちを」♪
 とにかく、生きていれば、必ず「生きていて良かった」という日がきます。
 私たちは、みんな幸せになるために生まれてきました。そして必ず幸せになれるんです。不幸だと思えるような境遇にいても、必ず幸せになれるんです。幸せは、立派な家に、立派な家族にあるように見えますが、本当にそうでしょうか?本当の幸せは、目に見えないものの中にあります。欲しい物が全部手に入ったら幸せだと考えていたら、決して幸せになりません。欲しい物をいっぱい集めても、幸せにはなれません。でも、あるものを集めたら幸せになれます。何だと思いますか?
 人から何かもらったとき、人に何かしてもらった時、嬉しい気持ちになるでしょ。反対に、人に何かをあげたり、人に何かをしてあげて、「ありがとう」と言われたら、もっと嬉しい気持ちになるでしょ?この嬉しい気持ちをいっぱい集めたら幸せになれるんです。本当かなあと思うかもしれませんが、どうぞ試してみてください。クリスマスまであと数日あります。人が喜ぶことを沢山してみてください。神様も喜んでくださって、きっと素晴らしいクリスマスになると思いますよ。

 それでは、最後にもう一度歌を聞いてください。皆さん一人一人が、これからも自分の命を精一杯生きて、幸せになっていくことができるように、そして、いつか人の命、こどものいのちを守ることができる強い人になることを祈りながら歌いたいと思います。(引用終り)

(追記・古木涼子さんから、その後、次の追加文をいただきました。)
 そして、この世の人生に終わりが来た時、神様はあなたを手の中に優しく包み込み、『おかえりなさい。最後まで本当によく頑張ったね!』と言われるのです。その時あなたは、すべてがわかるようになるでしょう。『絶対に忘れないよ』と約束した神様は、いつもあなたを見守っていたことも。それも、空の上からではなくて、すぐ近くで、あなたの中で。そう、あなたのいのちがあんなに美しく輝いていたのは、神様がそこにおられたからなのです。(引用終り) 

この歌についての説明は、私のブログでごらんください。歌声も聞けます。合せて付属のコメント欄もどうぞ。

立法を女性に任せたら

昨日の杉浦ひとみさんのブログ「女性の手で社会を作り直そう・憲法学習会」を見ているうちに、こんなことを考えました。これまで「すべての議会の議員定数の男女平等化」を持論にしてきたのですが、女性に立法を任せたらどうかと思ったのです。女が立法つまりルール作りを担当し、男がそれに従って行政つまり日常の仕事に励むという、一種の性別役割分担ですが、じつはこれは多くの賢い家庭で現に実行されていることと同じです。私の家庭も会社も、これでやってきて成功しました。
 突飛な考えと思われるでしょうが、かつて小児科医で多くの名著を残した松田道雄さんが「私は女性にしか期待しない」という本(岩波新書・赤109)を書いていたことを思い出しました。読み返してみると「草の根のところでデモクラシーを実現できるのは女しかない」(「あとがき」より)ということでした。杉浦ひとみさんも同様のことを「女性は大義名分とか社会通念に流されずに、命や平和という大切なことを訴えていける強さを持っているのではないか」と述べています。これの実証がほしいということですが、生み育てる性である女が、男と対等ではあっても、男と同質ではありえないと私は思っています。
 男は過去に1000年も政治を独占してきたのですから、10年や20年、女性に議会を明け渡しても心配はいりません。女性議会はどのような立法をしてくれるか、楽しみです。男性は男の立場に配慮してほしかったら、女性議員に陳情すればいいのです。女性の議員、法律家、活動家などで「立法研究会」を立ち上げて、すぐれた法案を続々と提案してみたらどうでしょうか。女性議会の方が納得できる法律を作ってくれそうだと実感できたら、世論が変るでしょう。
 選挙権も被選挙権も女性に限るという改革が直ちにできるとは私も思いません。第一、日本国憲法に抵触します。しかし私はこの提案を無責任な空論にしたくはないのです。政治でいちばん難しいのは、大衆の「意識」を変えることです。その意識の改革のために、役立ててほしいのです。
 考えてみてください。人類を破滅的な悲惨に導かないで、地球を長く平和に暮らせる星にするために、ルールづくりは女性に任せた方が、今よりもずっと安心になると思いませんか。

ミサイル防衛の虚構

今朝の新聞とテレビニュースに、あまり大きくではありませんが、日本のイージス艦がハワイ沖でSM3という海上配備型迎撃ミサイルの実験に成功したと報じられていました。これを聞いて日本の一般の人たちはどう思ったでしょうか。これで日本も少しは安全になる、自衛隊が役に立つこともあるのかなと、漠然とした印象を持ったでしょうか。でも、それは危険な幻想です。
 アメリカが欲しいのは、アメリカ本土を守るミサイル防衛網です。北朝鮮、中国、ロシアから発射され、地球を半周してアメリカ本土を襲うミサイルを高空で迎撃するのと、すぐ隣の国から飛んでくるミサイルを防ぐのと、前者よりも後者の方が格段に難しいのは常識でしょう。そもそも飛んでくる弾に弾を当てるような高度な技術に、完全無欠を期待することが可能なのでしょうか。すでにロシアは東ヨーロッパにおけるミサイル防衛に対抗するためとして、ミサイル防衛を突破できる新型ミサイルの配備を進めると表明しています。世界はかつての冷戦時代のような、恐怖の均衡を再現する方向に動き始めたようにさえ見えます。
 アメリカは世界に冠たる防衛力、報復力を備えていながら、なぜミサイル防衛網の構築にこだわるのでしょうか。自分だけは絶対安全で、地球上のどこでも随意に攻撃できる絶対者の地位を手に入れたいのでしょうか。それは世界の平和共存のために許されることでしょうか。また実際に実現可能なことなのでしょうか。
 日本の自衛隊がアメリカ軍と一体化して進めるミサイル防衛が、何よりもアメリカの国益に奉仕するためであることは、防衛省の幹部も「知ってはいるが口にはできない」ことでしょう。兵器産業と癒着しているアメリカの国益につきあうのは、ほどほどにした方がいいと思うのですが。
 日本の安全保障のためには、もっと違う金の使い方をした方が効果があるのではないでしょうか。たとえば途上国に実のある援助をするとか、公正な貿易をするとか、国内の貧困を解消するとか。

岡本太郎「本職は人間」

秋の終りの休日に、岡本太郎美術館を訪ねました。向ヶ丘遊園駅から近い、日本民家園もある生田緑地の一角にあります。この美術館の存在と表題の言葉は、以前にみどりさんのブログを見て教えられました。
 岡本太郎と言えば、よく知られているのは大阪万国博覧会で会場のシンボルとなった「太陽の塔」と、「芸術は爆発だ」のコマーシャルでしょうか。抽象画家であり、奇抜な彫刻家であり、文筆でも活躍し、また現在「50年前の日本」特別企画展として展示中のカメラマンでもありました。あまりのマルチタレントぶりに、「あなたの本職は何ですか」と問われたときの答えが「本職は人間」だったのです。奇抜な言動で知られる人でしたが、決して偏屈ではありませんでした。マスコミに顔を出すこともいとわず、私も「われら10代」というテレビ番組を担当していたとき、「若さ」というテーマで出演して頂いたことがあります。たとえば空の青さに感動できるのが「若い」ということだと、10代の若者たちに語ってくれた記憶があります。
 まさに自分の生き方そのものを芸術にしてしまった人でした。そのことを、さまざまな展示を見ながら確認しました。たとえば抽象画の一枚でも、決して冷徹ではなく、人間の熱さを感じさせるのです。
 しかし今日の私は、一つの気になる言葉への答えも探していました。それは誰かとの対談で語っていた岡本太郎氏の言葉で、「結婚は、卑しいものです」というのでした。ご本人は生涯独身でしたが、それを一般論として言い切ったことに、抵抗を感じるものがあったのです。結婚は愛情の墓場とも言われます。芸術生活とは両立しないと考える人がいても不思議ではありません。しかし結婚は人類の存続に必要不可欠だと私は考えています。それを「卑しい」と言われたままでは、私の気持は釈然としないのです。結婚が卑しいのなら、人間の存在そのものが卑しいのではないか。
 その架空の質問に、太郎氏は、おそらく反論しないだろうと思いました。「俺のやったことは、卑しい限りだよ。人間のやることに、卑しくないものなんて、あるかい。」卑しい存在である人間が、止むにやまれぬ情熱で常識を突き破ろうとした姿が「岡本太郎という芸術」ではなかったのか。そう考えれば、あの発言も許せるかもしれない、と思ったのでした。
(追記・みどりさんのブログ内で「岡本太郎」を検索すると、4件の記事があります)
(追記2・私のブログにも昨年9月に「秋の青空と岡本太郎氏」があります)

「家族と法」を読む

「家族と法・個人化と多様化の中で」(二宮周平・岩波新書)を読みました。思ったよりも現行法の解説を主とした実用書に近い内容でしたが、現代の個人と、家族・家庭との関係について、現在の法律と合わなくなっている点を指摘するなど、著者の問題意識も示されています。家族法の入門書として手ごろな本だと思いましたが、関連して浮かんだ私の考えを書いてみます。
 法律とは、基本的に保守的なものです。多くの人が実行している慣習を成文化することが多くて、「法律とは常識の固定化である」というのが最初の定義です。しかし時として法律が世の中を変えるように見えることがあります。戦後の男女平等、個人の尊厳思想の導入がその例になるでしょう。父系の家長が大きな権限を持っていた戦前の民法は、世界の潮流に合わないと判断されたのでした。そこで欧米並みの思想に合わせて改定されたのですが、人々の慣習は急には変りません。法律が庶民の常識になるには、時間がかかるのです。結婚では今でも「嫁入り」「入籍」などの言葉がふつうに使われて、結婚した夫婦の姓は95パーセント以上が夫の姓になります。
 夫婦別姓がなぜ進まないかなど、問題はいろいろありますが、ここでは結婚と子育ての問題に絞ってみましょう。少子化に関連して子供の生まれ方を調べると、日本には婚外子が少ないという、際立った特徴が出てきます。ヨーロッパでは結婚していない男女から生まれる子の比率が3割を超えている国も珍しくないのに、日本では「子供を生むのは結婚してから」という常識が、非常に強いのです。ですから結婚できなければ子供は持たないことになり、また「できちゃった結婚」を急ぐことにもなります。夫婦が協力して生涯にわたり安定した家庭を築くという、理想像を否定するつもりはありませんが、それだけが「合法的」な子育てだという常識は、疑わなくていいでしょうか。
 短いスペースで結論めいたことを言わない方がいいかもしれませんが、私がこれまでの人生経験で身につけた常識は、次のようなものです。人は基本的に個人として生きる。好ましい異性と結ばれて子を生み育てるのは、自然の本能である。夫婦は永続することもあるが、永続が難しい場合もある。夫婦が離別する場合は、家族としての連帯意識は、母系で伝わることの方が多い。このような常識を踏まえて家族法が柔軟に変って行けば、法律の壁に苦しめられる人が減るのではないかと、私は思っています。

ブログ連歌(12)

219 鬼でない 証拠か花の 恥じらいか
220  からだ大事に 年を越しませ(建世)
221 楽しみは 越すに越されぬ 望年会(やまちゃん)
221B その前に みんなで集う 望年会(koba3)
222  何はともあれ おいで待ちおり(建世)
223 待つほどに スピーチ整理 忙しい(やまちゃん)
224  すべて当日 気ままに1分(建世)
225 二十八 鮮やかまるが ついている(うたのすけ)
226  花てぼさんは 薄化粧して(建世)
227 紅つけて 色香漂せ 馳せ参る(ナツ)
227B 薄化粧 孫にも衣装 見栄えする(やまちゃん)
228  四大美人の 競艶もあり(建世)
229 この齢で 何を想うか にやにやと(うたのすけ)
230  酒のおつまみ はたまたブログ(やまちゃん)
231 句をひとつ 憂さを晴らせば 明日がある(建世)
232  一期一会の 出会い楽しむ(やまちゃん)
233 今そこに 君あるごとし ブログ友(建世)
234  心のうちも 見透かされしか(花てぼ)
235 良き悪し 自然のままに 穏やかに(やまちゃん)
236  そうもいかぬが 浮世のならい(うたのすけ)
237 秋の日の 木もれ日照らす 落ち葉踏み
238  昔しのびつ 君を抱かむ(建世)
239 セピア色 写真のなかで 笑ってる(やまちゃん)
240  そのときの君 そのときの我(建世)


青少年福祉センターの50年(6)

(ナレーション・女声)
 時代の変化とともに福祉センターの役割も微妙に変ってきます。30年にわたって少年たちに夢を与えた職業訓練校は、職業選択の多様化とともに役割を終えました。入ってくる子供たちに、家庭の崩壊を理由とする者が増え、現代社会の歪みが、保護者を失う新しい弱者を生み出しています。人生のスタートでつまずく「幼い負け組」を作らないこと、負の遺産の連鎖を断ち切ることが、児童福祉の根幹でなければなりません。
 センターは2006年末に、財団と社会福祉法人に分かれていた組織を統合して、新たに社会福祉法人の青少年福祉センターとなりました。現在2つの児童養護施設と3つの自立援助ホーム、そして高齢児童を養護する2つの専門施設と、障害者のためのグループホームを運営しています。2007年からは歴史のある新宿寮の1階で、社会人にも広く開かれた「日向ぼっこサロン」も始まりました。センターの仕事は子供を育てるだけでは終りません。家庭のない子供に家庭を与えたら、施設はその子の「実家」になるのです。女子寮の寮祭に集まる出身者たちの姿を見ていたら、そのことが、よくわかります。
 心から子供たちを愛する、それはいい。だけど自分は愛されているということを、子供たちの一人ひとりにわからせることが大事なんだよ、と長谷場さんは言います。50年前に、お腹を空かして宿なしになっている子を見かねて、まず食べさせて、寝かす場所を作りました。はじめに「愛」があった。その原点は50年の歴史を通して少しも変っていないのです。 
 これほどがんばって来られたのは、なぜですかと、最後に長谷場さんに聞いてみました。
(録音から)「人間って、結局は子供を育てて死ぬ、それだけじゃないの。だったら自分のあとの子供たちは、ちょっとでも今までよりよくなってほしい。世の中いろんな仕事があるけど、ぼくは子供を育てるのが面白かった。……俺たちダメな世代だったけど、できるだけやったから、あとはよろしく頼むって、すっと死にたいね。……俺、せっかちだから、火葬場まで自分で運転して行くかもしれないよ。」
(エンドタイトル)

乳児院での感動

青少年福祉センターの台本を見てくださった方に、もう一つ見ていただきたいブログがあります。大垣の田中みほさんのブログで、2部に分かれていますが、下の方から先にお読みください。児童福祉が私たちの社会に必要不可欠であることが実感できます。税金は、こういうところから先に使うべきだと、強く思います。
http://blogs.yahoo.co.jp/rion5230/archive/2007/12/14

青少年福祉センターの50年(5)

(ナレーション・女声)
 昭和56年には、職業訓練校の寮が、社会福祉法人の養護施設として認可されました。18歳までの少年の自立を助ける仕事が、国のなすべきこととして公費でまかなわれることになり、センターの財政基盤は確かなものになってきました。目の前の子供たちを放っておけなくて走り出した長谷場さんたちの活動に、ようやく行政が追いついてきたのでした。翌年からは、科学技術学園高校の通信課程との連携が始まって、訓練校の生徒にも高校卒業の資格を取る道が開けました。
 昭和58年、1983年に青少年福祉センターは創立から25周年の節目を迎えました。この年のバザーは朝日厚生文化事業団、ジャパンタイムズ、聖心女子学院同窓会、東京都社会福祉協議会の協賛を得て行われ、大成功を収めました。組織がどんなに大きくなっても、福祉の仕事は常に多くの人々の善意の協力を必要としているのです。しかしセンターの事業が一つの安定した形を整えてきたことは確かです。長谷場さんはその翌年、自分の役割にも区切りがついたことを感じて、昔からの仲間が待っているカナダへと、家族とともに移住しました。
 昭和60年代から平成へと、センターの事業は着実に発展をつづけました。昭和63年には30周年を記念して、記録の出版物とビデオを制作しています。時代が変化する中でも、自立のために助けを必要とする青少年の数は、増えることはあっても減ることはありません。そしてこの事業を支える職員やボランティアには、常に新しい知識や技能とともに、人を救い支えることの原点となる「愛」の心が求められるのでした。組織は大きくなればなるほど、全体を貫く理念を必要とします。理事長となっていた麻生和子さんの要請を受けて、長谷場さんは平成5年、1993年にカナダから帰国しました。
 その後の長谷場さんは清周寮の責任者として若い女性の自立を助けるとともに、センター職員の教育に力を注いできました。清周寮と新宿寮は、1997年から児童福祉法が適用される「児童自立生活援助事業」となりました。こういう時代になったからこそ、事業に血を通わせる職員にとって、長谷場さんから伝えられるセンターの伝統は、かけがえのない財産になるのです。

青少年福祉センターの50年(4)

(ビデオ台本ナレーション・女声)
 今でもそうですが、センターで育った青少年の最大の問題は、社会に出てどんな人生を築くかということです。夢のある未来の一つとして、カナダへの移住がカトリック関係者から提案されました。長谷場さんは村田牧師とともにカナダを訪れて調査し、昭和40年秋を第一陣として、カナダへの移住が始まりました。これまでに20名近くが海を渡り、現地に溶け込んで、のびのびと実力を発揮しながら活躍しています。
 昭和42年からは青少年のための本格的な相談室を開設、その翌年からは研究室を設けてアフターケア問題の研究成果を発表するようになりました。一方、財政は依然として苦しく、カークリーニングのきつい仕事を引き受けるなど、財団を破綻させないために精一杯の努力を続けました。
 施設出身者が自立に成功する第一の条件は、手に職をつけることです。自動車整備の職業訓練の場として、イエズス会系の社会事業団体から、足立区扇に広い敷地と建物の提供を受けることができました。それを利用して昭和46年から、東京都認可の高等職業訓練校を開校しました。工場と教室と寮を合わせ持つ理想的な施設の誕生です。長谷場さんはこれを第二の奇跡と呼んでいます。
 昭和48年、期待を集めた訓練校の第1期生5名が卒業し、晴れて自動車整備士となりました。翌49年からは、東京都から年額300万円の補助金の支給が始まりました。そしてこの年に長谷場さんの言う第三の奇跡が起こります。センターのために尽力した岩下シスターの情熱で財界人の岩下清周氏と大林組が動き、足立区保木間に女子寮の「清周寮」が建設されたのです。福祉センターは少女たちのためにも、専用の落ち着いた生活の場を提供できるようになりました。
 この時期までで、青少年福祉センターの事業の骨格は固まったと言えるでしょう。活動が社会に認知されるとともに、善意の人々の協力も得られて、センターの施設は充実を重ねてきました。マスコミにも登場するようになり、昭和50年代の放送番組が、いくつか残っています。
(以下、放送から引用。「施設の子のアフターケア」「君はひとりぽっちか」より。訓練校で学び働く少年たち、進路相談、バザー風景など。訓練校の寮の一室で生活する長谷場さんの家族風景、お祈りする子供たち、教室の窓を拭く奥さんなど。)(この部分は基本的に字幕文字で説明する。)

ブログ連歌(11)

199 聖マリア 神の子守る 映画見て
200  帰りの街は クリスマス色(建世)
201 クリスマス ツリー飾らず シクラメン(うたのすけ)
202  出会いのときの 君はいずこに(建世)
203 すまないね 相も変らず 屋台酒(うたのすけ)
204  毎度のことさと 女房動ぜず(建世)
205 だが待てよ 心の中は さて分らず(やまちゃん)
206  無事のかえりを ただひたすらに(うたのすけ)
207 待ちぼうけ 主さんどこへ 行ったやら(建世)
208  ふわりふわりと あれ奴凧(やまちゃん)
209 辿り着く 糸は切れても わが家に(うたのすけ)
210  どっしり居座る 妻と孫ども(koba3)
211 過ぎたこと そしらぬ顔で やり過ごし(建世)
212  これぞまさしく 夫婦善哉(やまちゃん)
213 しばらくは 借りた猫より おとなしく
214  ほとぼり収まりゃ 唄って呑んでる(うたのすけ)
215 酒飲まぬ 身にもあわれは 知られけり
216  短か日落ちて 年の瀬せまる(建世)
217 わが手帳 ページめくりて 日々平凡(やまちゃん)
218  でも一日は 鬼の霍乱(花てぼ)
219 鬼でない 証拠か花の 恥じらいか
220  からだ大事に 年を越しませ(建世)



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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
→著作などの紹介と販売について
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