志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2008年06月

9.11はアメリカの謀略だった?

今さら何をと思われる方もおられるでしょうが、ここ1週間の音楽談義に入る前に読んだ憲法9条メッセージ・プロジェクトのブックレット「9.11マスターキーから何が見える?」の内容は、刺激的でした。「9.11事件真相究明国際会議 in 東京から」と副題がついています。内容を簡単にまとめると、あの9.11同時多発テロは、アメリカ政府によって周到に準備され実行された謀略だったという主張と、その検証です。
 あの事件が、窮地にあったブッシュ大統領を、一躍、世界の英雄に祭り上げる効果を発揮したことは否定しませんが、だからといって全体がアメリカ政府の自作自演だというのも、私としては信じがたいものがあります。貿易センタービルが下から爆破されたというのも、崩落の現場中継を見ていた実感とは一致しないし、ペンタゴンに突入したのは旅客機ではなくてミサイルだったというのも、それでは乗客を乗せた飛行機はどこへ消えたのかという疑問が残ります。しかしこの本の筆者たちが、揃って荒唐無稽な架空の物語をしているのでないことも、わかります。
 私は日本軍の真珠湾攻撃がアメリカの謀略だったという説を思い出しました。アメリカにとって、ぜひ欲しかった開戦の動機づけにはなったでしょうが、あれほどの損害を出すことまでが計算に入っていたのか、日本の海軍はアメリカの情報操作で動かされていただけだったのか、となると、やはり「利用されたかもしれないが、全部がアメリカの創作ではあるまい」と考えざるをえません。しかしアメリカの世界戦略に基づく謀略の不気味さには、侮りがたいものがあります。
 かつて国鉄のストライキを鎮圧した「松川、三鷹、下山」の3大怪事件にも、アメリカ情報局の影がありました。最近では、北朝鮮との核疑惑問題の幕引きも、天木直人氏が鋭く分析している通り、アメリカの世界戦略の一環に過ぎないでしょう。自主外交のない日本の将来が、本当に心配になります。それが有効とわかれば、北朝鮮から日本に向けてミサイルを発射させるか、その危機感を煽る程度のことは、アメリカにとっては簡単なことでしょう。
 日本の国の安全に役立つのは、迎撃ミサイルを買い込むことではなくて、憲法9条を国防の最強の武器にすることです。テレビや新聞が教えてくれなくても、それくらいのことは私たちの常識にしておきたいものです。

長谷場夏雄「かけがえのないあなたへ」を読む

青少年福祉センターの創始者であり、50年にわたってその活動をリードしてきた長谷場夏雄氏の語録ですが、センター職員のための教材であるとともに、すぐれた教育論になっています。センターの活動の中心は、義務教育を終了後の15歳から18歳程度までの「高齢児童」を援助することですが、それは少年少女が社会の一員として自立できるかどうかの微妙な時期に当ります。しかも欠損家庭や非行歴といった問題をかかえた子供たちを預かるのですから、並大抵の苦労ではありません。
 世話をする職員の役割は、親に似ていますが、親密さでは親に及ばない代わりに、親にはない長所もあります。それはチームワークをもって理性的に子供と信頼関係を築くことができるという点です。それはさまざまな実践事例から読み取れるのですが、その底にあるのは、人の心の中を理解するのは難しいし、他人が影響を与えられる部分は、小さなものだという謙虚な姿勢です。要するに、本人の言うことをよく聞く以外には、その子の行動を理解する方法はないのです。
 この本を読みながら、私は少し飛躍して、犯罪者の親の立場ということを考えていました。犯罪事件が起これば、犠牲者の家族とほぼ同じ数の、加害者の家族が生まれている筈です。「ウチの子がどうして」と、心の闇に落ちる親もいることでしょう。「子供は思いもよらない行動をすることがあるが、驚いてはいけない」と長谷場さんは言います。子供は一人ずつ違っているから、常に新しい発見がある。よく見てよく聞いて、よく本を読み勉強をして、そして『その子のために何がよいことなのか』を一番に考えるというのが、長谷場さんが50年にわたって実践してきたことでした。
 腹を減らしている子がいたから食べさせた、寝るところがないから寝かせてやった、で始めた事業をここまで継続してきた人の原動力は、「人は少しずつだけど賢くなって行く」という、ネアカの性格にあったと、私は思っています。それは今、混迷の中にある私たちに、骨太の指針と希望を与えてくれるように見えます。
 この本(1800円)には、長谷場さんが50年の歴史を肉声で語るDVDが添付されています。書店では扱いませんので、入手については社会福祉法人・青少年福祉センターへお申込みください。

ブログ連歌(35)

679 泣きはせぬ 夕焼け空に 母恋し(みどり)
680  思い馳せるは 遙かなるふる里(koba3)
681 棚田水 刈り入れしあと 月浮かべ(みどり)
681B 母去りし 年齢(とし)とわが身を 比べみる(建世)
682  母は大きく 情けなきわれ(うたのすけ)
683 冥土では われより若い 母に会う(建世)
683B 遙の日 ちゃぶ台囲み 睦み合う(みどり)
684  母の小言も 今は懐かし(建世)
685 墓誌銘に 刻む父母の名 薄れゆき(みどり)
686  刻むはいつに われと妻の名(うたのすけ)
687 分家の身 新しき墓 寂しげに(koba3)
688  先祖の墓は 遠くになりぬ(建世)
689 御先祖と あの世で聞きたい 気持ち有り(うたのすけ)
690  あの世から見た 「あの世」のことを(建世)
691 別れの日 弥勒菩薩に 救われぬ(みどり)
692  愛憎超えて 彼岸はありと(建世)
693 母逝きし 年の母の日 寂しけり(花てぼ)
694  母と出会えた この世はうれし(ひとみ)
695 母は今 父といるのか あの世では(えいこう)
696  夫婦は二世と 古人の言える(建世)
697 盆近く 父母の小言が 聞こえそう(うたのすけ)
698  風に流れて 踊りの太鼓(建世)
699 男帯び きりりと粋に 手ぶりよき(みどり)
700  「踊」一文字 大書してをり(花てぼ)

音楽CDの頒布について

私家版として録音したCDですが、リクエストもあるようですので、作成実費でお頒けします。

新訳・世界の名曲
 麦畑 
 スコットランドの釣鐘草
 名残りのばら(庭の千草)
 遠い日の(ロンドンデリーの歌)
 さよなら今は(蛍の光)
 (訳詞・志村建世 歌・太田まり ピアノ・島田大翼)

ある兵士の祈り
 (作曲および歌・清水英之)

新国歌・わが国は
 (海行かばの曲による)
 
 以上の3点、いずれも歌詞および解説資料つきです。頒価は、それぞれ500円とします。ご注文の方法は、当ブログのトップページ近くにある「著作等の紹介と販売」をごらん下さい。なお、「わが国は」の作曲者、信時潔以外は著作権の問題はありません(志村と清水は了解済み)が、演奏についての権利はありますので、有料での公開や放送に使用する場合は、事前にご相談ください。ネット上や印刷メディア等で紹介して下さるのは歓迎です。ただし作品の権利登録以後は、2次使用が有料になる場合があります。
※それぞれの曲名をクリックすると、解説が出て歌声が聞けます。



ある兵士の祈り

原詩はアメリカの南北戦争時代に、廃疾となった無名の南軍兵士が残したものと言われます。この詩がカトリック関係者の間に伝えられ、日本には1980年代以後に、グリフィン神父の訳詞で紹介され、一時は「グリフィンの祈り」と呼ばれました。そして宮崎カリタス修道女会の古木涼子シスターは、その詩を素材として賛美歌を制作しました。私はブログ上でグリフィン訳と出会い、ネットで原典を調べる過程で古木さんと出会いました。私が原詩から作った直訳版に基づいて、今回、清水英之さんが曲をつけ、歌って下さったものを録音しました。
 清水さんは、静岡英和学院大学人間社会学部の教授で、先日の学習院での山茶花クラブの会合で知己を得ました。英語劇や朗読などでも活躍しておられる才人です。同じ曲で原語でも歌っていますが、英語版は歌詞としてのフレーズが短いので、日本語版よりも短くなっています。
  
  ある兵士の祈り

 南北戦争で廃疾となった南軍兵士が残した言葉と伝えられる
 訳詞・志村建世
 作曲および歌唱・清水英之

神に願った 力をください 手柄を立てる強い力を
けれども私は弱くされた 謙虚にしたがう人になれと

神に願った、健康を 立派なことができるように
けれども弱い体にされた より良いことをしなさいと

神に願った 財産を 幸せな暮らしできるように
けれども貧しさを与えられた 賢く生きる道を知れと

神に願った 能力を 世間のみんなが褒めるよな
けれども弱き者にされた 神よ私を助けたまえ

神に願った すべてをください 楽しい人生を送るため
けれども命を与えられて すべてを楽しむことを知る

願ったものは すべて消えたけど 私の望みは満たされた
こんな私になったけど 心の祈りは叶えられた
この世の誰にも まさる幸せ 祝福された私がいます

  A soldier's prayer
(Attributed to an unknown Confederate soldier)

I asked God for strength, that I might achieve.
I was made weak, that I might learn humbly to obey...

I asked for health, that I might do great things.
I was given infirmity, that I might do better things...

I asked for riches, that I might be happy.
I was given poverty, that I might be wise...

I asked for power, that I might have the praise of men.
I was given weakness, that I might feel the need of God...

I asked for all things, that I might enjoy life.
I was given life, that I might enjoy all things...

I got nothing I asked for - but everything I had hoped for;
Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.
I am, among men, most richly blessed!

↓音声は下のボタンで再生できます


関連記事は、以下のページでごらん下さい。
発端となったグリフィン神父の訳詞
古木涼子作詞・作曲による賛美歌「ある兵士の祈り(クレド)」(音声つき)
原詩に辿りついた事情
リサーチの過程のレポート

ある兵士の祈り・英語版

↓英語版はこちらです。


さよなら今は(蛍の光)

日本では文部省唱歌の「蛍の光」として普及し、別れの歌の定番になりました。原曲はスコットランド民謡の Auld Lang Syne で、別れの歌として世界中で歌われています。原詩は、幼なじみとの別れを惜しんで、今夜は思い出話でもしながら一杯飲もうや、という素朴な内容です。繰り返しの多い5番までの歌詞はロバート・パーンズの採録と言われますが、全体の気分を汲んで、一般の別れでも使える3節の歌にしてみました。なお auld lang syne は、現代英語なら old long since(times)です。


  さよなら今は(蛍の光)

 スコットランド民謡
 作詞 志村建世

1 さよなら今は別れの時 大事な思い出いつまでも
  楽しく過ごしたよき日のため 今こそ歌おう別れの歌

2 小川で泳いだ幼なじみ 野原で日暮れた遊び仲間
  心に忘れぬふるさとよ 今こそ歌おう別れの歌

3 こもごも語れば時を忘れ 杯交わせば夜も更ける
  互いのあしたに幸あれと 今こそ歌おう別れの歌

  Auld Lang Syne

Should auld acquaintance be forgot, And never brought to mind?
Should auld acquaintance be forgot, And days of auld lang syne.
(各節後半は同文くりかえし)
For auld lang syne, my dear, For auld lang syne,
We'll tak'a cup o' kindness now, For auld lang syne.

We twa hae paidelt in the burn, Frae morning sun till dine;
But seas between us braid hae roar'd, Sin' auld lang syne.

We twa hae run about the braes, An' pu'd the gowans fine;
we've wander'd mony a weary foot, Sin' auld lang syne.

And here's a hand my trusty fere, And gi'es a hand o' thine;
We'll tak'a richt gude wille waught, For auld lang syne.

And surely ye'll be your pintstoup, And surely I'll be mine,
We'll tak' a cup o'kindness yet, For auld lang syne.

(追記・録音では第1節の2行目を「親しみ過ごした」と歌っていますが、「楽しく過ごした」に改定しました。)


遠い日の(ロンドンデリーの歌)

北アイルランドのロンドンデリーで19世紀中ごろから知られた民謡で、「世界でもっとも美しいメロディー」と言われます。歌詞にもいろいろあって、世界で100種類以上の歌詞で歌われているそうですが、地元に伝わるのは、ここに掲げる「若い日の恋の思い出」のほかに「りんごの花になりたい」「わが子の旅立ち」などです。プレスリーの「ダニーボーイ」も、この曲です。

  遠い日の(ロンドンデリーの歌)

 アイルランド民謡
 訳詞 志村建世

1 遠い日の夢かまことか 北の道たどり来て
  若い日の熱き思いを 踏みしめる石畳
  この坂は出会いの小道 かがやいたあの笑顔
  よみがえる昔のままに 思い出の町ロンドンデリーよ

2 年を経てふたたび訪えば 小雨ふる港町
  海くらく人影もなし あてもなくひとり行く
  君に会う愛の奇跡が いま一度かなうなら
  命さえ惜しまぬものを 思い出の町ロンドンデリーよ

  Londonderry Air

As I went forth to Londonderry Town one day,
The valleys lying round the pathway long,
I saw a Colleen wand'ring thro' the heather there,
With eyes like sunshine, on her lips a song.
I smiled at her and then she sweetly smiled at me,
I walked beside her yet she did not frown.
Oh! this was years and years ago when I was young,
Along the hills that led to Londonderry Town.

Today I pass to Londonderry Town once more,
The world is dark, now falls the dreary rain,
I see no Colleen coming down the heather'd way,
I am alone just with my sighs and pain.
But in a dream she seems to call from long ago,
And in a dream her laughing eyes look down.
I'd give the world to wander here again with her,
Along the hills that lead to Londonderry Town.
 
この歌を、いつか自分の言葉にしてみたいというのは、私の少年期からの夢でした。本当は自分の足でロンドンデリーを歩いてみてから決定版にしたかったのですが、もう、海外旅行はしないことにしました。中田喜直さんも、尾瀬に行かないで「夏の思い出」を作曲したそうです。
(追記・06年5月28日と29日の2回、ロンドンデリーの歌を記事にしています。)


名残りのばら(庭の千草)

長らく文部省唱歌の「庭の千草」として歌われたため、白菊になぞらえて人の操を説く修身教育的な歌になりましたが、元はアイルランド民謡です。詩人のトーマス・ムーアが伝承から題材を得て3節の歌詞にまとめました。夏の終りに残った最後のばら一輪に寄せて、世の無常と老人の深い悲しみを歌っています。すべては土に返る仏教の諦観にも似ていますが、全編を覆う沈鬱な気分は、絶望にも似た深みに達しています。私は最後の救いとして「また来る春を」と置いたのですが、原詩には、そのような言葉もありません。

  名残りのばら

 アイルランド民謡
 原作詩 T.Moore
 訳詞 志村建世

1 夏の終りに咲く 名残りのばらよ
  花の盛りは過ぎ さびしい姿
  友は散り果てて 残るはひとつ
  ゆれてひそかに咲く 日暮れの庭に

2 ばらよ私のばら いとしい花よ 
  しばし別れ惜しみ 心にきざむ
  やがて散るならば 根元の土に 
  そこがおまえの里 生まれたところ

3 やがて私もまた 土へと返る 
  友は遠くに去り 残るはひとり
  思いは同じか 花のいのちよ 
  せめて夢見てあれ またくる春を

  The Last Rose of Summer

'Tis the last rose of summer, left blooming alone;
All her lovely companions are faded and gone;
No flower of her kindred no rosebud is nigh,
To reflect back her blushes, or give sigh for sigh.

I'll not lerve thee, thou lone one, to pine on the stem;
Since the lovely are sleeping, go sleep thou with them;
Thus kindly scatter thy leaves o'er the bed
Where thy mates of the garden lie scentless and dead.

So soon may I follow, when friendships decay;
And from love's shining circle the gems drop away!
When true hearts lie wither'd and fond ones are flown.
Oh! who would inhabit this bleak world alone?

いま原詩を読み直して気づいたことがあります。これは「人は一人では生きられない」ことの告白ではないでしょうか。  

(歌っているのは、こんにゃく座の「太田まり」さんです)

スコットランドの釣鐘草

19世紀初めに成立したスコッランド民謡で、広く世界に知られています。各節の前半は問いかけで、後半は乙女が答える問答形式になっています。いろいろな歌詞があり、日本では「美わしき」という題名で、わが子が君王のために喜び勇んで戦いに出かけるという、忠君愛国の歌詞で歌われたこともあります。

  スコットランドの釣鐘草

 スコットランド民謡
 訳詞 志村建世 

1 おしえてよ きみの恋人 おしえてよ どこにいるのか
   今は遠く 戦の庭に 無事に帰る その日を待つよ

2 おしえてよ きみの恋人 おしえてよ どこの生まれか
   彼の故郷(さと)は 釣鐘草の 咲き乱れる 美しい国よ

3 おしえてよ きみの望みを 恋人に もとめるものを
   彼と二人 かたく結ばれ 誓い立てる 晴の日待つよ

4 おしえてよ きみの心を なに思う 彼が死んだら
   いつも強く わたしの愛は 死にはしない 心はひとつ

  The Bluebells of Scotland

"Oh! where, tell me, where is your Highland laddie gone?"
(1行目をくりかえす・以下同じ)
"He's gone with streaming banners, where noble deeds are done,
And it's oh! in my heart I wish him safe at home."

"Oh! where, tell me, where did your Highland laddie dwell?"
"He dwelt in bonnie Scotland, where blooms the sweet bluebell,
And it's oh! in my heart I lo'e my laddie well."

"O what will you claim for your constancy to him?"
"I'll claim a priest to wed us, and a clerk to say,"A-men!"
And I'll ne'er part again from my bonnie Highland man."

"Oh! what, tell me what if your Highland lad be slain?"
"Oh, no! true love will be his guard and bring him safe again,
For it's oh! my heart would break if my Highland lad were slain."

恋人を戦場に送った女性の気持は、時も国も超えるようです。
歌は太田まりさんと島田大翼さん(ピアノ伴奏も)です。
(追記・以前に少し違う形で曲集に掲載したことがありますが、今後はこの歌詞を定番とします。)
(追記2・07年4月20日にも同じテーマで書きました。そこでBluebells of Scotland の花の写真も見られます。)


麦畑(故郷の空)

昨日録音した「新訳・世界の名曲」5曲を、順次ご紹介します。
 スコットランド民謡の Comin' thro' the Rye は、日本では明治時代に「故郷の空」(夕空晴れて秋風吹き……)という学校唱歌として普及しました。メロディーも抒情的な唱歌風に変えられたのですが、原曲は古い民謡で、躍動的なリズムを特徴としています。題材は、どこの国の民謡も同じで、素朴な恋歌です。Rye はライ麦畑ではなくて、川の名だという説もあり、川を跳び越える娘のペチコートが濡れるという歌詞もあります。訳詩中の「私は十六」は訳詞者の創作で、「若い娘なら好きな男の子ぐらいいるわよ」という原詩の元気さを表現してみました。

  麦畑(故郷の空) 

 スコットランド民謡
 訳詞 志村建世 

1 誰かと誰かが麦畑 キスしていたけど気にしない
   私は十六村娘 みんなが振り向くよ麦畑

2 誰かと誰かが町へ行き 仲よくしたけど気にしない
   私は十六村娘 みんなが振り向くよ麦畑

3 私も恋人いるけれど 誰にも内緒のいい人よ
   私は十六村娘 みんなが振り向くよ麦畑

  Comin' thro' the Rye

If a body meet a body, comin' thro' the Rye,
If a body kiss a body ,need a body cry?
 Every lassie has her laddie, nane, they say, ha'e I;
 Yet a' the lads they smile on me, when comin' thro' the Rye.

If a body meet a body, comin' frae the town,
If a body greet a body, need a body frown?
 Every lassie has her laddie,……

Among the train there is a swain, I dearly love mysel';
But what's his name, or where's his hame, I did-na choose to tell.
 Every lassie has her laddie,……



新国歌「わが国は」

新しい第二国歌の提案です。世界には複数の国歌や、国を代表する国民歌を持っている国も珍しくはありません。日本の国を代表するのにふさわしい、音楽的にもすぐれた歌として提案します。曲は信時潔作曲の「海ゆかば」を用いました。この曲は本来は国民歌謡として公募されたものですが、軍部に利用されて、戦時中は軍人の葬送歌のように使われました。しかし大伴家持の万葉集の歌詞は寿ぎ歌であり、「大君の辺にそこ死なめ かえりみはせじ」も、「……かえりみはせじと言立て……」とつづき、忠誠の心意気を示す文脈となっています。くわしくは君が代を何とかしたい(4)」をご参照ください。
 この曲を和歌1首に用いると、五七の12字が不足します。そこへ「わが国は 千代に八千代に」と入れて、冒頭に置いてみました。主権在民で、その象徴として天皇があるという、現代日本の国家像とも合致します。そして歌詞と曲とが見事なまでに合致して、非常に完成度の高い歌になることは、聞いて歌ってみれば実感していただけるでしょう。競技大会の開会式でも、学校や団体の行事でも、いまの君が代の代わりに歌ってみてはどうでしょうか。演奏効果が格段に上がることは間違いないと思います。
 音楽的には、最後の「苔のむすまで」のところの符割りを、意識的に原曲から少し変えています。「こーけ」では意味がとりにくいので、「こけ」を短くつづけています。ここは「かえりみはせじ」でも、この符割りで歌っていた人が多いのではないでしょうか。
 私がこの案を長く温めていた事情は、「君が代を何とかしたい(1)」同じく(2)、および(3)から読み取っていただけましたら幸いです。このCDは、1枚500円(送料込み)で販売しています。ご注文の方法は、トップページ右の「著作などの紹介と販売について」からご覧ください。



  わが国は
 
 歌詞・古歌による(志村建世案) 
 作曲・信時潔(海行かばの曲による)

わが国は 千代に八千代に
君が代は 千代に八千代に
さざれ石の いわおとなりて
苔の生(む)すまで



新国歌の発表近し

新聞に休刊日
酒呑みにも休肝日
当ブログも臨時にお休みです
明日は音楽の録音をします
順調なら明日中にお聞かせできます
なんと
新国歌「わが国は」の発表です
「君が代をなんとかしたい」と思って
構想を温めてきました
どうぞお楽しみに

持続可能な歩き方

午後から夕方へかけて、新宿まで小さな買い物に出た帰り道、少し疲れた感じがして、空も厚く曇っていたし、急がずゆっくり歩いて帰ることにしました。心拍がさほど上らず、額も汗ばむ直前あたりの歩き方です。歩いているうちに、これは夏の「無駄な汗を流さない歩き方」と同じであるのに気がつきました。これは以前に「夏の元気術・正しい汗のかき方」のタイトルでブログ記事にしましたが、ラオスへ行った経験から編み出したもので、「汗は気化熱を奪う皮膚冷房のために100%使うべきで、流して拭き取っては無駄になる」という考え方です。
 この「持続型」の歩き方にした場合の自分の歩行速度はどれくらいなのか、興味が出てきて、途中で計ってみました。1分間の歩数は88歩でした。そして家の前へ来てからメジャーを持ってきて平均の歩幅を出したところ、65.5cmでした。これで1分間に57.64m、時速に直すと3.46kmであることがわかりました。もちろん、ふだんの駅への往来のときの歩き方よりも、ずっと遅いと思います。しかしこの「省エネ」式の歩き方ならば、疲れてはいても、30分から1時間ぐらいまでは休憩なしに歩き続けられそうだという実感がありました。
 さらに長年親しんだ箱根での山歩きも思い出していました。5万分の1の地図だけを頼りに、一人で気ままに歩き回ったものです。坂道にかかってもテンポは変えずに、上り坂なら歩幅を小さくし、平地や下り坂なら歩幅を大きくします。自動車のエンジンは一定で、ギヤチェンジで山道を登るのと同じ感覚です。さらに交互に上げる足首を、一瞬だけ力を抜いて空中で休ませるようにします。我流で身につけた私の山道の歩き方は、山のベテランからも褒められるようになりました。
 私は体型は細身だし、筋力も強い方ではありません。心臓もあまり上等ではないと、昔から医者に言われています。無理をするのは、生来好きではありません。それでも自分のペースを守っていれば、まだ結構遠くまで歩いて行けるのかもしれません。体が疲れていたおかげで、持続可能な歩き方を思い出しました。ちょうど同じ日に、品薄だった自動車の高齢者マークも入手しました。

K9MPの書籍

K9MPとは、「憲法9条メッセージ・プロジェクト」の略称です。私は「まいさん」のブログでその存在を知ったのですが

一人ひとりの強い意思が 戦争をくいとめ
憲法と 世界の希望を守りぬく

というスローガンのもとに、一流の論客がメッセージを発信していて、その内容をブックレツトとして販売しています。販売といっても、出版社の感覚ではなく、本につけられているのは「定価」ではなくて、制作費支援の実費です。私も元は出版界の人間ですからわかりますが、ここでは表示されている価格の、ほぼ2倍の価値のある出版物を入手することができます。
 出版物の一覧および注文フォームは、ここからアクセスできます
 私はこの中から、まず辻井喬氏の「いま、あなたが作る日本(このくに)の明日(かたち)」という、講演記録から書き起こした提言を読んでみました。辻井喬といえば本名堤清二で、西武鉄道に発するセゾングループの一族に属します。先日「プリンスホテルは使わない」と宣言したばかりなので、その点はちょっと困るのですが、辻井氏は詩人であり、セゾン文化財団の理事長です。プリンスホテルの経営姿勢とは一線を画する人であろうと思います。私は今も基本的には西武鉄道も西武球団も好きなのです。
 提言の内容は、アメリカ追随の政治が、戦争への危険も、経済破綻の危険をもはらんでいることへの警告ですが、この人らしい特徴は、憲法を守る一点だけに固まった運動ではなく、平和憲法を暮らしに生かして、この国の「あるべき姿」を積極的に求めて行こうと呼びかける部分です。ですから現行憲法を一字一句変えるなというよりも、「主権在民」と「平和主義」を鮮明にするためだったら、書き直したい部分もある、という立場です。
 ブックレットには、テーマに関連する引用記事なども豊富で、多くの角度から理解を深められるように編集されています。こういう資料が、とくに若い人たちの間に、もっともっと多く読まれるようになってほしいと思います。

チャリティー・バザーへどうぞ

6月28日土曜日、青少年福祉センターの名物行事になっているバザーがあります。会場は渋谷区広尾4-3-1聖心インターナショナル・スクール(地下鉄日比谷線「広尾」駅3番出口(日比谷寄り)から徒歩3分)です。時間は10時半から午後3時半まで。どなたでも来場自由ですが、入口で500円の入場券を買っていただくことになります。ですから会場を訪ねるだけで福祉の活動に協力することになります。ただし入場券はラッフル(抽選)つきで、協賛企業から寄せられた各種商品や旅行券、商品券、食事券などが当る楽しみがあります。
 バザーですから主会場は掘り出し物を探す市場ですが、やきとりなど模擬店の他に、常設の食堂や喫茶店も営業しているようです。また子供連れでも楽しめるゲーム・コーナーもあります。入口では長谷場夏雄さんが出来たばかりの「かけがえのないあなたへ」の本(DVDつき)を、サイン入りで販売するとのことです。本の正価は1800円ですが、当日に限り1500円にすると聞きました。
 地下のバザー主会場の右奥では、「長谷場夏雄と青少年福祉センターの50年」のビデオ(約27分)を、繰り返して上映する予定です。私は開場から昼前後まで、このコーナーの近くにいるつもりです。ただし上映にトラブルがない限りは役目は負わされていませんから、自由に歩き回っているかもしれません。私としても初めてのことなので、当日の雰囲気がどんなものなのか、行ってみなければわからないところがあります。
 一人でも多くの方が来てくださいますように、私からもお願いいたします。私が作ったビデオは、今日の会議で念押しの部分試写をして、最後的に納品となりました。「(映像制作という)この仕事の醍醐味ですが、ひとの金を使って他人のためのビデオを作って、それで自分の言いたいことが言えてしまいました。」と、感謝のあいさつをしました。これほど幸せな仕事が、この世にめったにあるものではありません。 

民話劇「二十二夜待ち」を見る

昨日、松戸市民劇団の「二十二夜待ち」(木下順二作・石上瑠美子演出)を見てきました。劇団の本拠・稽古場を会場にしての新人公演ということでしたから、むしろ「どんな劇なのか」を見たくて行ったのですが、充分に楽しめる舞台になっていました。
 原作は、学芸会的に演じれば45分で終る程度の短いものです。しかし小劇場の強みを生かして観客を歌と踊りに引き込んだり、土地がらを地元の松戸・八柱に翻案したり、その一方で感じさせ、考えさせる「間」が生きている、しっかりした「おとなの演劇」になっていました。
 二十二夜待ちとは「月待ち講」の一つで、満月の7日後、深夜に昇る月を待つ村人の集まりです。そこへ盗賊の頭が乗り込んできて、皆が逃げたあとに老婆と孫息子だけが取り残され、酒の相手をさせられる羽目になります。老婆に寄り添い、底抜けの人のよさで老人の繰言を聞き、何度でも気の済むように仕える孫息子の行動を見ているうちに、最初はバカにして罵っていた盗賊の気持は、いつの間にか微妙に変化して行きます。
 下弦の月がのぼり、やがて夜が明けると、目をさました盗賊は二人を解放して、「たっしゃに暮らせよー」と後姿に呼びかけます。農民の素朴な人情が、猛々しい盗賊の心に、人としての真情をよみがえらせたのでした。
 松戸市民劇場といえば「うたのすけ」さんですが、今回は長老としての立会い・世話役のようでした。たまたま同じ回を見に来られた「みどり」さんといっしょに、打ち上げ会の幕開けから最初の少しだけ、おつきあいさせていただきました。劇団は30年を超えて活動しているそうですが、今後に向けて伝承ということが大事な時期でしょう。そこに新人が入って活躍しているのは、本当に心強いことです。
 昨夜の月は、上弦を少し過ぎた十日月程度でした。今月の二十二夜は、26日あたりだそうです。うたのすけさんは、昨夜はどうなったでしょうか。二日酔いになっていなければいいのですが。

ブログ連歌(34)

659 ひとり旅 思い出だけが 多くなり(建世)
660  うたかたの恋 風に托せり(みどり)
661 みどり風 いのち輝け われもまた(建世)
662  後れ毛なびく みどりの風に(うたのすけ)
663 特攻の 白きマフラー 夢に見し(建世)
664  戦後にマフラー 闇市を闊歩(うたのすけ)
665 聞くからに 「特攻崩れ」 悲しかり(建世)
666  ときを経てみな いずこに在りや(うたのすけ)
667 特攻の 水盃に 映る「月光」(花てぼ)
668  最後の調べ 耳に残れり(建世)
669 母の胸 捧げし音色 とわに鳴れ(みどり)
670  思い残れど その子帰らず(建世)
671 血潮もて 誓いし日々を 忘れ得ず(みどり) 
672  平和と殺戮 隣り合わせか(うたのすけ)
673 戦争は 純情・努力の 無駄づかい(建世)
674  無駄にせぬのに 秋葉に血汐(うたのすけ)
675 亡霊が 見敵必殺 叫んでる(建世)
676  この世の悲劇 何故に演出(みどり)
677 若者は 昔もいまも 使い捨て(建世)
678  虐げるなよ 夢と望みを(うたのすけ)
679 泣きはせぬ 夕焼け空に 母恋し(みどり)
680  思い馳せるは 遙かなるふる里(koba3)

人間が癌化する

かつて吉田直哉氏がNHKで「日本の素顔」というすぐれたドキュメンタリーを制作していた昭和30年代に、「反社会的集団」を癌細胞の増殖とオーバーラップさせた印象的な場面がありました。今回の秋葉原無差別殺人事件についても、人間の癌化というようなことを考えていたら、欧州の消化器医さんのところに、さすがに医師と思える説得的な論説が出ていました。その一部を引用させていただきます。

……発癌物質が豊富に世の中にあれば、どんなに健康な体でも癌化する。そういう人格の癌化を招く、環境因子が少ないほど、凶悪な犯罪は減る。彼の育ちは比較的、恵まれていたから、派遣問題は筋違いと断じれるだろうか? いくら育ちが良くても度重なる理不尽さやストレスが続けば、どんな人間でも癌化していく。人格とて同じである。
 その逆に、ギリギリの所で癌にならない者は自殺するのである。
 ……派遣問題に代表される労働者、若者の使い捨て。有害情報過多。医療福祉、教育の切り捨て。お粗末なセーフティーネット。老人医療、介護の切り捨て。過労放置。訴訟社会。
 人々を取り巻く人格発癌物質は増え、癌抑制機構は削り取られている。多くの人が不安定になっている。そこに個体の要因が加味されたとき、ぽつ、ぽつっと凶悪犯罪が繰り返されるのである。発癌してしまった状態のみしか見ようとせず、社会病理に目をつぶれば、凶悪犯罪が減るはずは無いのである。
 人格癌を予防する環境因子の治療方法は国民一人一人がもっている。選挙に行って、投票するのだ。意思表示をしなくては。刃物はいらぬ。(引用終り)
 
 癌の治療が難しいのは、それが本来は生体の「身内」だからです。外来の異分子よりも、身内の癌化をこそ恐れなければなりません。人間の癌化は、あなたの家庭を、あなた自身をも襲うかもしれないのです。世直しを他人の仕事と思うのは間違いです。政治への無関心と低投票率が今の日本を作ってしまったことを、決して忘れないでください。

華氏911をネットで見る

マイケル・ムーア監督の話題作「華氏911」を見ました。「戦争を語り継ぐ」公開メールの中で偶然に知ったのですが、2時間あまりの劇場用映画を、ネット配信の無料で見たのは、初めての経験でした。短いCMは入りますが、充分に迫力がありました。この7月6日正午まで無料で公開中ということですから、まだ見ていない方には、おすすめです。
 映画はブッシュ大統領の「疑惑の当選」から始まります。もし、このとき得票数の多かったゴア氏が当選していたら、世界の歴史は変っていただろうと思わせます。映画のトーンには、皮肉を込めたユーモアが、ふんだんにちりばめられています。ボロだらけだった大統領も、9.11のテロで「テロとの戦い」の英雄に就任します。そして、思い込みと気ままな情報操作で、イラク戦争へと突き進んで行くのです。得意満面の勝利宣言をよそに、アメリカ兵もイラク人も死につづけます。
 映画の後半で、イラク戦争がアメリカ企業にとって、なくてはならない財源になっていることが描かれます。さらに戦場へ送る兵士が、失業や不安定雇用の貧困層から供給されている実情がレポートされます。連邦議会の中で、自分の子供をイラク戦争に送っている議員は、1人しかいないと説明したあとで、議員たちを執拗に追いかけて「息子さんをイラクへ行かせたらどうですか」と話しかけるのは、ムーア監督の真骨頂なのでしょう。
 この戦争がアメリカのグローバリズムと一体のものであるのと同時に、ブッシュ大統領という1人の人物の資質にも負うていることを考えさせます。エンドタイトルの1枚前に DO SOMETHING の文字が出ていたのが印象的でした。 
 この映画は、上映禁止の圧力にもかかわらず、熱烈な支持のもとに大きな興行収入をあげたそうです。アメリカという国の不気味さとともに、自由な批判精神も死んではいない、ふところの深さを感じさせてくれる映画でした。

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
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