志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2008年10月

「フィンランド豊かさのメソッド」を読む

国の作り方にもいろいろある。政治で国民が幸せになることもあるのだということを、しみじみと考えさせてくれる本でした。堀内都喜子の「フィンランド豊かさのメソッド」(集英社新書)を読んだ感想です。
 フィンランドというと、私の記憶では、第二次世界大戦中にドイツと協力し、数少ない枢軸国側の一員として、ソ連と戦ってくれた健気な国という印象です。敗戦で領土の一部をソ連に奪われ、多額の賠償金を負わされながらも、いちはやく完済して復興をなしとげたことも、野ばら社の児童年鑑を編集するときに知って、解説で特筆したことがありました。
 そのフィンランドへ2000年に大学院の留学生として渡り、彼の地で学び、生活し、就職した著者が、実体験を通して知ったフィンランドの国民生活の実像です。子供の学力世界一、国際競争力も世界一になってしまった国の秘密は、「何も特別なことはしていない、みんなが無理しなくていいように考えて国づくりをした」だけのことでした。
 順に読んでいくと、留学の受け入れから卒業までの間、フィンランドがいかに「学生に対して優しい」国であるかが、よくわかります。学校はすべて公立で、授業料はありません。学生は自分で決めた目標に合った勉強を、好きなだけしていればいいのです。その姿勢は、大学ばかりでなく、初等・中等教育から一貫している「人間の可能性を引き出す」教育です。それは画一的な統制や、競争をあおる詰め込み教育の対極にあるものです。
 優しさは学生に対してだけでなく、子育てに対しても徹底しています。総人口はわずか520万程度、これは東京都はおろか大阪府よりも小さくて、福岡県をちょっと上回る程度です。この小国は、人間を大事にする「教育立国」を国の優先課題として採用したのでした。 
 手厚い福祉の裏側には、当然ながら、高い租税の負担率があります。消費税は品目により差はあっても平均で22%はあり、給与から差し引かれる所得税も高率だということです。しかし医療や介護、そして失業者への支援も充実しているのであれば、国民は「不時の支出」におびえなくて済みます。個人ごとの貯蓄に頼らなくても、「国が全体として豊かになる」方法は、あるのです。国民に信頼される政府があれば、こんな国を作ることもできる、というお話でした。

70代からの情報革命(5)

 私のパソコンとのつきあいは、 Word を使って台本を書くようになってから本格的になった。要するに、使用目的なしに、いくらパソコンをいじってみても使えるようにはならない。どんなに小さな部分でも、実用に使うことでパソコンは身近なものになってくるのだった。
 これは同年輩の友人たちと話してみても同様だった。興味をもってパソコン教室に通ってみたという人は、意外なほど多かったのだが、覚えきれなくなって挫折したという例が大半だった。勉強としていろいろな機能を教わって、そのときは理解できても、時間がたてば忘れてしまう。教養としてのパソコン知識は身につかないのだ。だから、少しでも実用に使う場があって、最低限必要な使い方を、その都度教えられながら知識を増やして行くのが一番いい。ある程度まで基礎知識ができてからだと、市販の解説書が理解できて、自分流の技術を増やして行くことも可能になる。その点では、私の環境は恵まれていた。
 しかしながら、ワープロの「文豪」からパソコンの Word に乗り換えたときは、不便で仕方がなかった。 Word にさまざまな便利な機能があるのはわかるのだが、ワープロの愚直さに比べて、 Word には「頼みもしないお節介」が多すぎた。 Word の最大の欠点は罫線が自由に引けないことだったが、字詰めでも行間でも、なかなか思い通りの結果が出せず、パソコンが執拗に自分の論理を押し通そうとしていると感じることが多かった。私は何度も「『文豪』がそのままパソコンで使えるソフトはないものか」と、人にも聞いたし、調べてもみた。ワープロとは、パソコンの機能の一部分だけに特化した機械だと聞いていたから、「文豪」をそのままパソコンで使えるようにできないわけがないと思ったのだが、期待は常に裏切られた。このことは、今でも疑問に思っている。
 パソコンを使うようになって、初めて私は「コンピューターの働きは、人間の頭脳に酷似している」ことを実感した。さまざまな条件に対する反応が、蓄えられている判断基準によって、あらかじめ決められている。そして約束事は決して忘れることなく、忠実に実行する。そこには一切の妥協はないのだった。ただし、人間なら3回も拒否されれば考え直して行動を変えるのだが、パソコンは自分から折れることがない。その意味では、究極の「バカ正直」なのだった。
 バカ正直者を使いこなすには、相手の考えていることを察してやるしかない。使い手の意思に逆らう反応を繰り返すときは、古い命令を覚えていて、それが解除されない限りは自由に動けないのかもしれない。その意味では、融通のきかない哀れな記憶力である。そう思えば腹も立たないのだが、慣れるまでは「この馬鹿者め」と、本気でパソコンを叱りつけたいことがよくあった。
 キーのミスタッチも、時としてとんでもない災厄を招いた。苦労して書いた作文が一瞬にして消えてしまった経験は、一度や二度ではない。意図しない指の動きも、すべて使用者の責任となって、誰を恨むこともできないのだった。

ブログ連歌(50)

979 あだ花も 咲けばこの世は 美しい(みどり)
980  それを手折って 身近に飾り(うたのすけ)
981 山の風 歩みとどまる ススキかな(やまちゃん)
982  ススキの穂波 柔らかにして(被衣)
983 秋風の 夕日にひかり 月昇る(夕螺)
984  同じ思いに 見る人ありや(建世)
985 日の出前 三日月朧 雲の上(やまちゃん)
986  やがて新月 また旅に出る(建世)
987 一頻り 今を離れて 別世界(やまちゃん)
988  放っておいてと 初めて居留守(花てぼ)
989 家にいて 夢は天地を かけめぐる(建世)
990  孤独も時に 身の助けなり(みどり)
991 本を読む この味わいは 我ひとり(やまちゃん)
992  良書と出会い 灯下親しむ(建世)
993 文庫本 眼鏡にさらに 天眼鏡(koba3)
994  単焦点の 眼球(めだま)となりぬ(建世)
995 年を経て 移ろい行くも また愛おし(瞳)
996  花の散るあと 実の成る木あり(みどり)
997 柿の実は 俳句の味と 言いし父(建世)
997B 詠み込んで ミソヒトモジも 可笑しけれ(やまちゃん)
998  十七文字は 気合でつくる(建世)
999 さまざまの こと思い出す 千句なり(建世)
1000  よくぞ続きし 人と人の輪(みどり)



選挙が遠のいて行く

世界の金融危機は、麻生首相にとっては神風であったのか、必敗の情勢だった総選挙が遠のいて行きます。株の値下がりは、株を持っていない人には関係がありません。輸出産業の不振も、企業の含み益の縮小も、史上最長と称していた好景気の利益を吐き出すだけのことです。円高は、世界の中で日本が相対的に金持ちになることですから、悲しむには当りません。落ち着いて日々の堅実な暮らしを大事にしていればいいのです。
 しかし経済の混乱は弱者にしわ寄せされますから、緊急の手当ては必要です。政府は当面とりあえずの仕事で忙しくなりました。これは選挙などやっている場合ではないというので、世論も現政権の延命を容認するムードになってきました。その底にあるのは、早く何とかしてくれという、理屈よりは感情に発する不安感です。
 ここで困るのは、一度は高まった政権交代への期待が、なしくずし的に消えてしまうことです。日本の針路は今のままでいいのかどうか、根本から考え直すためには、まず政権交代が必要だというのが、出来かかっていた国民的合意でした。それが水をさされて、亡霊復活の大連立構想などへ流れてしまったら、日本の政治は袋小路から脱出できなくなります。
 選挙が先送りとなれば、民主党は本来の対決姿勢に立ち返るでしょう。そこで鮮明にしてほしい対立軸は、次の二つです。
 まず、テロ特措法への反対を貫くこと。それは国連決議の有無といった手続き上の問題としてではなく、テロを武力で根絶するという無理な戦略に加担せず、民生復興に日本の役割を見出す路線であるべきです。
 次に消費税の引き上げに絶対反対を貫くこと。安易な財源論争に巻き込まれると、国民の負担増やむなしという官僚の理屈に乗せられてしまいます。官僚組織の改革と、特別会計システムの解体によって国民本位の財政を取り戻すという政策を、ぶれることなく推進すべきです。
 とりあえずこの二つの対立軸を明確にしていれば、民主党は埋没することなく、国民の期待をつなぎ止めておくことができるでしょう。どんなに遅くても、来年の9月までには解散・総選挙になります。選挙を先送りしたことが、麻生首相の「漁夫の利」になるのか、その反対になるのか、民主党のこれからの舵取りにかかっています。

ニコニコ動画で政治討論を見る

先日の日曜日、26日の夜、高校3年生の孫が突然に「8時から長妻昭がニコニコ動画に出演するよ」と知らせてくれました。私はニコニコ動画なるものを全く知らなかったのですが、時間が迫っているので、とりあえず定例の「篤姫」は録画にして、自室のパソコンでニコニコ動画が見られる手続き(無料)を、孫に教えられながら整えました。
 孫はその日の4時から、麻生首相が秋葉原で街頭演説している実況を、ニコニコ動画で見ていたので、長妻昭の出演を知ったということでした。ニコニコ動画はストリーミングだから録画はできないということなので、妻と二人、それに孫も加わった3人で、50分ほどの番組を全部見ることになりました。
 タイトルは「ニコニコ生放送・政策討論会・政治家と意見を交わそう」で、角谷浩一の司会・進行によるナマ放送でした。テーマは雇用・年金問題でしたが、長妻氏の持論であるHAT−KZシステムによる官僚のムダ遣い体質の解明をはじめ、氏の近著「闘う政治」で述べられている政治改革政策をダイジェストした内容でした。
 ニコニコ動画の特徴は、アクセスした視聴者が即座にコメントを送れる機能があることです。それが文字として、リアルタイムで画面にスクロールで流れます。司会者は随時コメントを拾って、出演者に質問を投げかけることになります。一種のゲーム的な面白さも感じられました。放送中のアクセス数はすぐに1万を超え、コメントの累計は3万以上になりました。これは携帯電話でも見られるそうですから、政治広報の新しいツールとして、大きな可能性があると思いました。
 それ以上に印象深かったのは、その後、孫と政治や経済について、久しぶりにまとまった会話ができたことでした。中学・高校と、やや距離ができて日常の関係が疎遠になっていたのが、ようやく大人同士としての話ができるようになった気がしました。さらに驚いたのは、孫が私の本やブログを、ちゃんと読んでくれているのがわかったこと、そして、友人までが「お前のじいちゃんは、すごい」と言っていると教えてくれたことでした。
 高校卒業後の進路では、親の期待通りにはなりそうもない孫ですが、自分なりの計画は、もう固まっているようです。ニコニコ動画は、思いがけない光明を私たち夫婦に持ってきてくれました。
(追記)ニコニコ動画は下記から無料で登録できます。長妻氏の政策討論も、4部に分けて全部見られます。「政治」のジャンルから検索することになります。
http://www.nicovideo.jp/
(追記2)なんと26日の松戸市民劇場での、与謝野馨大臣のスピーチの一部が、ニコニコ動画の同じ「政治」の中に出ています。誰かが携帯で撮影したようです。こういう投稿も可能なのです。

与謝野晶子の「第三者」を見る

情熱の歌人として知られる与謝野晶子に、戯曲の作品があるのを知っている人は少ないでしょう。昨日は松戸市民劇場で「松戸の丘に与謝野晶子を探して」と題する市民劇団の公演があり、この珍しい劇が上演されました。ネットで探しても、これまでに上演されたという記録は、一つしかなく、もちろん私も知りませんでした。
 公演は第一部が与謝野晶子の歌60首の朗読で、晶子が2度にわたって松戸を訪ねたときの作品で構成したものでした。第二部は与謝野晶子の孫に当る与謝野馨氏の「与謝野家の人々」と題する講演。老練の政治家らしい巧みな話術で、笑いをとりながら、晶子の実家がすぐれた経世の家系であったことなどを紹介していました。
 そして第三部が「第三者」の上演です。これは40分ほどの短い劇ですが、明治41年に平塚らいてうと森田草平が起こした心中未遂事件に触発されて書いたとのことで、劇には与謝野晶子らしい主人公、国子と、鉄幹らしい大学教授の夫、そして弟子の文学青年が登場します。文学青年は別な女性と心中未遂の過去があり、国子は心中にあこがれるかのように、名文の遺書を偽作して見せたりします。国子と文学青年との会話は、かなり難解ですが、最後に国子は「いっしょに死んであげる」と、文学青年と心中の服毒を実行してしまいます。しかし国子の本当の愛は夫に向けられていたのでした。文学青年は「第三者」にすぎなかったのです。
 明治の文壇で愛と性の解放を歌いあげた旗手たちの中で、女性は男性優位の古い生活慣行とも戦わなければなりませんでした。命をかけた出奔や心中は、その戦いの形だったに違いありません。一面では激しく戦いながらも鉄幹と添いとげ、11人もの子供を産んだ晶子の心によどんでいた、「私だって他の男と心中することもできるのよ」と見せつけたい過激な行動への衝動が、この戯曲を書かせたのではないかと思いました。
 その意味では、その時代の晶子の「自家用」の戯曲だったと言うべきかもしれません。それを舞台の上で演じて見せるという貴重な実験を、アマチュアである松戸市民劇団が実行してくださったことに、敬意を表したいと思います。
(追記)この日の与謝野馨大臣の講演が、ニコニコ動画で見られます。28日のブログを参照して下さい。

46年後の十三湖(3)

十三湖の大きさは、解説書によると周囲30キロということで、かなり大きな湖です。これを私は、自転車でほぼ3時間かけて右回りに一周しました。寒村ですから人に会うことも少なく、南岸の干拓地では、道を聞くにも、人が見当らなくて困りました。ようやく見つけた農作業中のおばあさんは80歳。若いときは東京へ出稼ぎにも行ったが、やはりここが「住めば都だ」ということでした。津軽弁の話は、私には半分も聞き取れませんが、幸いに私の言うことは通じるので会話ができました。「体はどこもなんともねえ、働くが一番」の元気を貰って、握手して別れました。
 行程の最後のころは、さすがに疲れ果てて両足に筋肉痛が始まり、少しの上り坂も自転車を降りて押して歩くありさまでした。しかし少し休めば回復します。帰宅して一晩寝た朝に、足に少しの痛みも疲れも残っていないのに、我ながら驚きました。森林浴と有酸素で、無理のない運動だったからでしょうか。
 私が十三湖にいられた時間は20時間に過ぎません。会計は1泊2食で7000円に、「いらない」と言われた自転車の借り賃が1000円ですべてでした。夕食のご馳走は、私が特に頼んで「おいしく食べ切れる分量」に減らしてもらったほどでした。帰りの五所川原行きの路線バスは、ミニバスでした。津軽鉄道の終点の津軽中里からは、十三への路線バスは、ないのです。 
 短くても充実していた自分流の旅は、こうして終りました。



竜飛岬に通じる国道339号線の「道の駅・十三湖高原」にある展望塔からの風景です。牧場に黒毛牛が見えます。



展望塔から出ている無料のローラーすべり台で、青森県で一番長いそうです。もちろんすべって降りました。



十三湖に、南から流れ込む岩木川の河口です。この付近は、干拓された広い水田地帯です。



「秋田・大館フリーきっぷ」だと、八戸からの新幹線が使えません。帰りも五能線の秋田経由になりました。おかげで日本海に沈む夕日を見ることができました。走る車窓からのガラス越しの撮影でしたが、案外うまく止まってくれました。しかし、期待していた照り返しの夕焼け空には、なりませんでした。

ブログ連歌(49)

959 北の旅 思いは遥か 五能線(やまちゃん)
960  水森かおりの 歌声響き(うたのすけ)
961 コトコトコットン 耳を澄まして お聞きなさい(花てぼ)
962  遠い昔の 子供に帰る(うたのすけ)
963 日本海 抱きて走る 五能線(P)
964  赤字路線も 秋の華やぎ(夕螺)
965 新米の 美味さ格別 天高く(やまちゃん)
965B ご当地の 歌声空し 五能線(うたのすけ)
966  夢・愛・涙 演歌のきわみ(koba3)
967 遠く来て その土地なりの 日が沈む(建世)
968  空気おいしか 我ここにあり(やまちゃん)
969 北の宿 流星海に 落つを見き(建世)
970  星くず流れ 海星(ヒトデ)となりぬ(みどり)
971 旅便り 日ごろの灰汁を 洗われる(うたのすけ)
972  北の宿から ふと口ずさむ(やまちゃん)
973 旅枕 一夜の寒さ 身にせまる(建世)
974  恋うは愛しき わが妻なるか(みどり)
975 熱燗の 酒を呷って 夢はわが家に(うたのすけ)
976  山頭火ならぬ 一泊の旅(建世)
977 漂泊の 身に望ましき 永遠の家(うたのすけ)
978  現世は仮家 涅槃が本宅(建世)
979 あだ花も 咲けばこの世は 美しい(みどり)
980  それを手折って 身近に飾り(うたのすけ)



46年後の十三湖(2)

宿で通された部屋は、とてつもない広い部屋で、数えたら22畳半の「大広間」でした。私はネット検索の最初にあった加納旅館に予約したのですが、おかみに写真を見せ、話をしているうちに、46年前に東京から劇団の子供を連れてきたロケ隊のことを、おかみさんは思い出してくれました。当時は地元の高校を出て、家の手伝いをしていたそうです。私が若い女中さんと思ったのは、この人に違いありません。昔も今も、和式旅館はこの一軒だけということでした。私の十三湖再訪の目的は、これで大方は達成されたようなものでした。
 十三湖は、昔は十三湊(とさみなと)として北前船の寄港地であり、蝦夷地や朝鮮との往来もあって、青森よりもずっと開けていたということです。その自慢話をしてくれたのも、46年前の「若い女中さん」でした。気が楽になって、あとは湖の景色を見て帰ればいいと思い、自転車を借りたいと言うと、友だちに頼んでみるということでした。
 夜が更けると、二十二夜かと思われる半月が昇ってきて、つづいて北斗七星が姿を現してくるのが、北の窓からよく見えました。大きな流星が2つ、海に向けて落ちるのを見ました。北へくると北極星が高く見えます。根室や増毛の海岸で見た星空を思い出しました。



旅館のおかみ、加納あや子さん。お借りした自転車は、一見へんてつもないママチャリのようでも、高速、低速のギヤつきのすぐれもので、大いに助かりました。



旅館の裏庭。カッチョと呼ばれる塀が、この地方に独特で、風で吹き倒されないようにすき間をあけてあります。昔は丸太のまま道に並んでいて、吹雪の強風を避けながら、カッチョ伝いに歩いたものでした。



昔のロケ地を特定することはできませんでしたが、湖の周囲を一周してみました。シジミ漁は、10月15日までで終ったそうで、湖面は静かでした。水鳥は大部分が鴨の類のようでした。



湖の北岸を周る立派な農道です。自転車で走った1時間あまりの間に、追い越して行った軽トラックが1台と、行き合った自転車が1台だけでした。

46年後の十三湖(1)

すべては、アルバムの1ページが発端でした。昭和37年2月に、NHKの美術部進行課から青少年部へ転属したばかりの私は、イタリア賞参加の白鳥をテーマとした番組の演出助手として十三湖へのロケに参加したのでした。何の仕事をしたというよりも、現場の仕事に慣れるための見習い兼、雑用係だったと思います。年齢は28歳になっていました。写真を見ると、地元で「胴長」と呼ばれていた、胸まで入る長靴をはいています。シジミ漁師の服装です。湖にまで入って、撮影に都合のよい所へ白鳥が来るように、餌まきなどをしたようです。
 このときは東京から児童劇団の出演者5名ほどを連れて行きました。演出は私を入れて3名、撮影課が2名と、地元局から案内役と、車両課の人も来ていたような気がします。とにかく寒い1週間でした。日本海から吹き付ける烈風で、歩くだけでも大変な毎日でした。私の記憶にあるのは、その寒さと、夜な夜なスタッフが炬燵を囲んで盛り上がっていた、オイチョ株というものを覚えたことだけです。何の仕事をしたのかが、全く残っていないのが不思議でした。おそらく、すべてが手伝いで、言われたことをしただけだったからでしょう。ですから本当はどんな所で、自分は何をしたのか、確かめてみたいと思っていたのでした。



イタリア賞は、ドキュメンタリー映画の国際コンクールですが、この「白鳥を撃たないで」は、子供番組として好評だったものを再作成したのでドラマの性格が強くなり、入選しませんでした。


 
五能線の「リゾートしらかみ」。サービス満点の観光列車ですが、全席指定、定期客は乗せないので、残念ながら地元の高校生などの会話を聞くことができません。本当は各駅停車がいいのです。五能線は幹線でないため、高速化の改良工事をしていないので、昔ながらの海岸線づたいの風景が、約80キロ、2時間以上も続きます。



津軽鉄道は、旧国鉄ではなく、昔からの根性のある私鉄です。北へ向けて一直線。交換駅では、腕木式の信号機と、タブレット交換が現役で行われていました。住民を「レールオーナー」にしています。



残照のあるぎりぎりに宿に着きました。汽水湖の十三湖が、海とつながるところに「十三湖大橋」がかかっています。その上から見た日本海です。もう、少数ですが白鳥が来ていました。

北の旅へ

21日から、1泊2日で青森の十三湖へ行ってきます。秋田から五能線に乗り、津軽鉄道を経て行く予定です。46年前、昭和37年に、白鳥をテーマにしたドキュメンタリー・ドラマの仕事で、厳寒期に一週間あまり滞在したことがあるのです。雪のない季節にはどんなところなのか、ずっと気になっていました。当時とは、すっかり変っているでしょうが、確かめに行ってきます。

70代からの情報革命(4)

NECのワープロ「文豪」による台本のフォーマットは、B5縦に横書きで一行に40字、行数は20行(後に22行)にしたから、ちょうど手書き原稿2枚分が1ページにおさまった。左から10字のところで縦線を入れ、左側は画面の説明、右側の30字にナレーションを入れた。一行を読む長さが、ほぼ6秒になる。スライドの場合は、一画面に対して6〜8秒の文章を二つ、字数にして7〜80字程度の解説を書くと、ナレーターが読みやすく、作品として見る場合にも座りがよかった。言いたいことを一定の長さの中で表現するという私の文章スタイルは、この習慣から作られたのだと思う。
 とにかくワープロを使うようになってからは、私はキーボードと画面の前で長い時間を過ごすようになった。目の前に並んだ自分の文章を、気が済むまで手直しして、納得できるまで作り変え、しかも直したあとが汚くならずに、完成形として出来上がってくるのを見られるのだから、これは理想的な作文の方法に違いなかった。おかげで文章書きが楽しくなったと言ってもいいくらいだった。
 台本はB4の用紙を使って、左右に2ページ印刷するのを基本にした。長い作品でも、二つ折りして本のようになる。無駄のないスタイルだと思って長くこだわってきたのだが、だんだんA4判が主流になる世の中の傾向に合わせて、ここ数年でA4に移行した。ただし今でも一行は30字にしている。
 このようにワープロは、私にとって、完全に使いこなしたと思える機械になった。しかしその成功体験は、パソコンを覚えるときには、意外にも障害になったような気がする。私の会社も、娘が参加するようになった時期から、バソコンの導入が始まった。娘はコンピューターの専門家だから、新しく始めた幼児教育用ビデオの画面作りにも、会社の計数管理にも、どんどんパソコンを使い始めた。当然、私も無関心ではいられなかったのだが、聞けばパソコンには、一冊読めば全部わかるというようなマニュアルは、ないのだという。「やっているうちに、だんだん覚える」のがいいとしか言わない。そして自由に使ってもいいというノート型パソコンを1台与えてくれた。
 マニュアルなしで、いきなりパソコンに立ち向かうというのは、いくらなんでも無謀だった。パスワードを教えられて開いてみても、自分が何をしたいのかがわからないから、手のつけようがない。「ヘルプ」などをクリックすると、余計にわからないことが出てくるばかりだった。一日に30分はやってみるという日課にしたのだが、これは後から考えると全くの無駄だった。キーボードのキーを順番に全部押してみて、どこかで正解に当る筈だ、というようなことをやっていたのだ。
 ワープロまでは「機械」だったが、パソコンは機械ではなくて、「一つの世界への入り口」だと、今の私は思っている。パソコンを機械として理解しようとしたのは、根本的に間違っていたのだ。何をしたいかを決めて、そのために必要な操作法だけを、まずは先達から習うべきだった。


ブログ連歌(48)

939 山さえも 燃える恨みか 天城越え(建世)
940  心奥の淵に 情炎たぎる(うたのすけ)
941 久々に 会いたる夫と フェルメール(P)
942  想いは募る 東に北に(花てぼ)
943 心揺れ もみぢの色や 淡きかな (夕螺)
944  街の街路樹 色染まりつつ(やまちゃん)
945 神無くも 人それぞれに 秋深し(建世)
946  神留守なれば 仏に託す(花てぼ)
947 秋深し 飛びたつ朱鷺に 祈りこめ(みどり)
948  子供の夢を 大空高く(やまちゃん)
949 一年に 六度しかなし 十五日(うたのすけ)
950  幻と去る 時を思いし(夕螺)
951 年金が 毎月支給で 恵比須顔(うたのすけ)
952  一月おきの 給料日とは(建世)
953 その上に あれもこれもと 天引かれ(koba3)
954  その範囲での 母娘(おやこ)の暮らし(P)
955 振込めに 慌てぬほどに 貰いたし(うたのすけ)
956  頼られるほど 思い当らず(建世)
957 親ごころ 子の負債まで 肩代わり(みどり)
958  人情を食う 悪行憎し(建世)
959 北の旅 思いは遥か 五能線(やまちゃん)
960  水森かおりの 歌声響き(うたのすけ)



減税は有難くない

公明党あたりが圧力をかけて、政府は減税を公約に取り入れ始めていますが、これで景気が回復すると思う人は少ないようで、今朝の「日曜討論」その他の番組でも、概して不評のようでした。減税は、個人にしろ企業にしろ、所得のある人が受けるのですから、所得を失っている家庭にも、赤字の企業にも、全く無縁の恩恵です。
 私は小さな会社を運営してきた長い経験の中で、黒字決算ができたのは、短い好運な時期だけでした。そして黒字が出るような好調なときに払う税金が、高いと思ったことは一度もありませんでした。実家の出版社にかかわっていた時期の記憶でも、業者仲間で「節税はしてもいいが、脱税はしない方がいい。税金を払って倒産する会社はない」というのは常識でした。利益が上る中から払う税金は、たとえ100%であろうと、会社を倒すことはないのです。赤字が続く中で会社を存続させることこそが、苦労の大部分でした。
 会社を作ったことのある人には常識でしょうが、中小株式会社の大半は、慢性的に赤字の決算をしているものです。そういう会社にとっては、法人税の引き下げは全く意味がありません。各種の控除など内部留保の特典も、そもそも利益の出ていないときには使いようもないのです。それよりも、今減税をするのなら、「消費税の一年間廃止」の方が、同じ予算額の減税でも、ずっと効果があるでしょう。これだったら、確実に消費は上向いて、恩恵はすべての企業にも、国民にも行き渡ります。何よりも気分が明るくなるでしょう。
 それと同時に、すべての価格表示を、本体価格本位に戻すべきです。いくらの値段のものに何%の税金が乗せられているのか、国民に明示するのが公正な政治というものです。消費税を復活するときは、一律ではなく、生活必需品には低く、または無税とし、ぜいたく品や、普及が好ましくないものには高い税をかけるべきだと、私は以前から思っていました。
 また、給与から税金を天引きする源泉所得税は、そろそろやめるべきです。これは戦時経済での強制的な戦費取立てが起源でした。会社は膨大な事務負担もさせられてきたのです。帳簿を整え、計算し納税の代行までする手間賃は、半端なものではありません。国税の計算と徴収は、コンピューターの能力が高くなっている現在、政府直轄にできないわけがありません。
 小手先でごまかすような減税策よりも、公明正大な税制へと踏み出すべきです。

長妻昭の「闘う政治」を読む

長妻昭氏の新刊「闘う政治・手綱を握って馬に乗れ」(講談社・単行本)を読みました。宙に浮いた年金記録5千万件の問題を国会に持ち出して、ミスター年金の異名をとり、民主党「次の内閣」の厚労相とされている長妻昭の、政治主張をまとめたものです。主張の要点は、本の副題の通り、自己目的組織と化している日本の官僚を、国民の公僕としての本来の仕事をする組織に変えるということです。
 長妻氏は、ビジネスマンから「日経ビジネス」の記者となり、さらに国会議員になった動機を、「世間の常識から、あまりにもかけ離れている官僚の感覚に不安を感じたから」と述べています。その原点が、年金記録や「居酒屋タクシー」の問題など、官僚の独善を摘発する活動につながっているのです。
 この本の前半は、現代日本の壮大な税金浪費システムに切り込む「ハットカズ」の解説です。これは著者が発案したキーワードを並べたもので、次の5項目から成っています。
H=紐つき補助金(地方や業界を縛る権力の源泉)
A=天下り(甘い就職先と、利権の永続化)
T=特別会計(一般会計の数倍もある不透明財源)
K=官製談合(政・官・財の相互依存関係)
Z=随意契約(身内で予算を消化する慣例)
 それぞれについて、生々しい実例の紹介と解説があり、巻末には、各項目ごとに諸外国の例と対比した詳細な資料が添付されていて、日本の現状がいかに異常であるかが示されています。
 後半では、日本のどこを、どう変えるのかを論じています。それは国民を主役とする政治を確立するということで、民主党の政策とも重なるのですが、官僚組織の改革の部分に、この著者らしい新鮮さを感じました。長妻氏に言わせれば、官僚組織の欠点をいちばんよく知っていて、どう直したらいいかを考えているのは、官僚自身だというのです。ですから幹部を政治任用して大臣の指示で動くシステムとし、働き方の評価をまっとうなものに変えてやれば、国家国民のために役立ちたいと思う官僚は必ず出てくる。それが「手綱を握って馬に乗る」ことなのです。
 まえがきの中に、この人らしい、なかなかいい言葉がありました。
「未来を予想する最もよい方法は、(自分で)未来を創り出すことだ」

貨幣の自由と不安定

金融危機問題のテレビを見ていた妻から、先日、素朴な質問が出ました。「公的資金注入だって、世界中で何十兆円ものお金が簡単に出てくるのは、どうして? お札を印刷すればいいからなの?」 それに対する私の答えは、「いや、お札の印刷なんかしない。コンピューターのキーボードで数字を打ち込むだけだから、経費はいらないよ」でした。
 日本でも公的資金は用意されていて、私企業の金融機関が欲しいと言えば与えられるようです。その際、タダでやるわけにも行かないので、債権を国が買い取る形にするそうです。その証券も、おそらく立派な紙に印刷ではなくて、コンピューターで入力するのでしょう。とにかくコンピューターは、収支の計算が合ってさえいればいいのです。
 今朝の朝日新聞に「資本主義は本質的に不安定」と題する岩井克人さんの論説が出ていました。私の考えていることと共通する部分が多くて、嬉しくなりました。経済を自由に発展させて成長を競わせれば、ついには資本自体が商品となって増殖し、実体経済と乖離します。それは庶民が苦労して稼ぐ商売の利益や、労働で手に入れる賃金とは異質のものです。アメリカ製グローバル経済のバブル崩壊は、当然の成り行きでした。
 世界は、より健全な経済の再建へと動くでしょう。貨幣は便利なものですが、交換には信用が必要ですから、自由に動かせば動かすほど不安定さも増すのです。資本の過剰な流動に対しては、証券取引税や、為替取引に課税するトービン税の導入などが、真剣に議論されるようになるでしょう。ゲーム的な短期取引を抑制するとともに、公的財源が確保されるという、一石二鳥の効果が期待できます。
 公的資金の注入は、母子家庭や失業家族にも行ったらどうでしょうか。「働いて稼げるようになったら返す」という証券を、国が買い取ってあげればいいのです。注入された資金は、直ちに消費に回って景気を回復させるでしょう。さらに私は思うのですが、生活に最低限必要な食料品と、住居と、教育と、医療・介護は、貨幣経済で動かすのをやめて、全国民に現物給付するという方法もあります。それが実現していれば、弱者を犠牲にすることなく、思いきった合理的な税制を整えることができるでしょう。
 物々交換の素朴な経済活動を始めてから五千年、生きることの権利と働くことの義務を、人類すべてが等しく分かち合える時代が、コンピューターのおかげで実現できる可能性が出てきました。世界の貧困が最終的に解消するときが、見えてきたような気がします。

ブログ連歌(47)

919 のどかなり 山の粧い 一段と(やまちゃん)
919B 長崎と 広島にも在り 惨状は(うたのすけ)
920  恩讐超えて 平和築かん(建世)
921 北の国 帰りてみれば 鮮やかに(P)
922  都会の垢を すべて流して(koba3)
923 秋短か 涼風に会い 心急(せ)く(建世)
924  やりたきことと 競う命よ(うたのすけ)
925 年賀状 予約のチラシ また一年(建世)
926  受ける喜び 書ける幸せ(koba3)
927 チラホラと 舞い込むハガキ 黒い線(やまちゃん)
928  一葉落ちて 身に迫る秋(建世)
929 秋の雨 夏の記憶が 遠くなり(ろるる)
930  僅かに残る 日焼けした顔(やまちゃん)
931 風呂で見る 左手首の 白い跡(建世)
932  おんな心か 日焼けを厭う(みどり)
933 ドイツ娘 太陽いっぱい 身に受けて(花てぼ)
934  脳裡に浮かぶ あの名曲は(やまちゃん)
935 アルプスの 山にヨーデル こだまする(建世)
935B 若き日に アランドロンを 気取った我(koba3)
936  北へ南へ 今も旅する(建世)
937 雁がねの 連なりわたる 隠れ宿(みどり)
938  今は悲しき 振り込めに逢う(うたのすけ)
939 山さえも 燃える恨みか 天城越え(建世)
940  心奥の淵に 情炎たぎる(うたのすけ)

70代からの情報革命(3)

 紙に手書きするものと決まっていた作文が、キーボードで打ち画面で見る作業になったのは、非常に大きな変化だったと思う。それ以前からも、私は紙に字を書くことには苦労していて、いろいろに工夫もしていた。
 まず、日本文であっても、縦書きよりは横書きの方が合理的であることは、すぐに気がついた。だいたい人間の目は横に二つついているので、上下よりも左右の方が視線の移動は早い。次に私は万年筆で書くことが多かったのだが、縦書きだと改行のたびに手は書いた字の上をこすることになる。インクが生乾きだと、にじんで汚れるのが気になって、これは毎日のように日記帳で経験していた。鉛筆でも、同じようなことは起こる。しかし横書きなら、手は常に白い紙の上にあるから安心である。
 学生時代には、ノートを楽に早く書く方法はないかと考えた。とりわけ漢字の言葉には時間がかかる。何かの本で「カナ文字会」や「ローマ字会」の存在を知り、漢字は日本語のガンだと思ったこともあった。そこで、ローマ字でノートをとることにして、一ヶ月ぐらい実行してみた。筆記体の分かち書きにして、カキクケコは ca ci cu ce co と綴ることにした。k の筆記体は書きにくいので c で代用したのだが、このアイディアは本で読んだのだと思う。このローマ字書きは、けっこう早くて見た目もきれいだったから、充分に実用可能と思われた。とくに会話文の筆記には向いていて、速記をとるような気分だった。
 ただし、欠点は読み取りにくいことだった。やはり問題は漢字で、ローマ字から漢字を連想して意味をとるのに時間がかかるのだった。だから、よく出る単語は一文字だけ漢字を書いて目印にしたり、いろいろやってみたのだが長続きせず、結局は漢字かな交じりに復帰せざるをえなかった。しかしこれ以後は、横書きの作文に全く抵抗を感じなくなったのは、成果だったかもしれない。
 だから、仕事で台本書きをするようになったときも、特に注文されない限りは横書きにした。横書き400字詰めの原稿用紙の左から5字のところに縦線を入れ、その部分に画面の絵または説明を書いて、残りの300字を使ってナレーション原稿を書くと、絵コンテを兼ねた台本になる。文字数が300字というのは、標準の早さで読めば一分になるから、作品の長さも二十枚書けば二十分ものというように、すぐ見当がつくので便利だった。この様式は、スライドや映画・ビデオの台本として、創業から十年以上にわたって私の会社の定式となった。
 しかし鉛筆で手書きした台本は、推敲や改訂を入れようとすると直すのが大変だった。消しゴムで処理できる範囲ならいいが、数行の書き加えでも、切り貼りして何枚にもわたって直さなければならなくなる。修正してもすぐにきれいに清書できる方法はないものかと、私の悩みの種だったのである。

「好戦の共和国アメリカ」を読む(2)

南北戦争後も大きな連邦常備軍を持たなかったアメリカでしたが、スペインと戦ってフィリピンを獲得をしてからは、有力な海軍国になりました。第一次世界大戦では、初めて「民主主義の秩序を守る」目的で、ヨーロッパに大軍を送りました。その姿勢は第二次世界大戦に引き継がれ、ドイツと日本のファシズムを打倒する主役を務めるに至りました。その結果として手に入れたのが、世界を動かす超大国の地位だったのです。
 戦後もソ連圏との対立が続いたため、アメリカの軍事力は外交に不可欠のものとなりました。朝鮮戦争は勝利なき妥協に終り、ベトナム戦争は、アメリカにとって初めての敗戦と言われました。しかしそれも、遠征軍が撃退されただけであって、ベトナムは戦犯裁判も賠償も要求はしませんでした。そして今、かつて共産ゲリラの絶滅を目指したのと同じ熱心さで、アメリカはテロリストの絶滅を目指す遠征軍を送っているのです。
 周知のように、アメリカは自国内で負け戦の悲惨を経験したことのない唯一の大国です。戦争に対する忌避は、悲惨な外国の事例としては知っていても、国民の間に骨肉化されてはいません。戦争は常に一定の目的をもって国民の合意のもとに戦われ、それぞれの目的を達した「よい戦争」が大部分だったのです。戦争の惨害についての知識も、負けたら大変なことになるから、負けないような軍備が必要だという理屈に、転化されているふしもあります。
 現代の世界で、アメリカが最大の強国であることは疑いありませんが、アメリカについていさえすれば安全だというのは本当でしょうか。もちろんアメリカを敵に回したら勝てませんが、さりとて、世界の国が全部アメリカの同盟国にならなければ世界は平和にならないのでしょうか。今のアメリカは、世界のすべてを同盟国に組み込むことを目指しているように見えます。しかし、そんなことが可能でしょうか。
 折しもアフガニスタンでは、現地政府がタリバンとの対話を試みているというニュースがありました。軍事力が万能ではない平和がありえること、民族や宗教の多様性を認めること、そして何よりも平等と公正が人々を平和にすることを、アメリカの国民は理解してほしいものです。アメリカとのつきあい方について、いろいろ考えさせてくれる本でした。

川崎邦舞祭で「二人椀久」を見る

昨日は、みどりさんに案内いただいた川崎邦舞祭を見てきました。川崎市文化協会の主催で、今年は第二十回になるそうです。出演者は、花柳と楳茂都(うめもと)流の人たちが中心のようでした。私のネットでの、にわか勉強によると、日本舞踊は、歌舞伎の中の舞踊の部分が独自の芸能になったもので、花柳は歌舞伎の振付師が始祖となった流派の一つ、楳茂都は上方の能楽の流れを汲む流派ということです。これに対して、歌謡曲などにも合わせて踊る日本舞踊は、「新舞踊」と呼ばれるのだそうです。みどりさんは、かつて花柳に弟子入りしていて、今は新舞踊で老人ホームの訪問などにも活躍しているのでした。
 私がおもに見たかったのは「二人椀久」でした。これは先日、藤舎千穂さんの「お囃子ライブ」で聞いたので、地方(じかた=唄を含む邦楽伴奏の総称)と踊りが合体した舞台ではどうなるかを意識して見てみたいと思ったのでした。お囃子ライブのときに貰った台本の歌詞が手もとにあったので、それと照合しながら見るのも楽しみでした。
 台本は荒筋にしてしまえば簡単なもので、遊郭の太夫「松山」に入れあげて零落した椀屋の久衛門が、按摩になって町をさすらう間に、松山と楽しく過ごした全盛のひとときを思い出す、というものです。お囃子の全曲は40分もかかる長さだったので、どこかを省略するのだろうと思っていましたが、唄の文句は原曲のままに進行しているようでした。しかしお囃子ライブで聞いたセリフの部分と、囃子方が連続演奏で活躍するドラム・セッションのような部分は省略されていました。みどりさんに聞いたところ、踊り手は、唄の文句よりも、むしろ楽器の音に正確に反応するのが大事なのだそうです。
 舞台の上に、ひとときの楽しい夢が再現すると、全体の照明も明るくなります。豆まきの豆の代わりに金粒をまいたと言われるほどの、栄華の復活です。しかし夢は長続きせず、明かりも消えて、椀久はさびしく暗い一隅に取り残されるのでした。
 こういう芸能が町人文化の華として人気を集めていた時代の観客たちの気持が、少しわかるような気がしました。幕間のロビーで耳に入った踊り仲間らしい和服姿の会話は、「株の値下がりはどうなるんだろう」という、世の無常を嘆く話題でした。


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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
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