志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2008年11月

弁護士劇「もがれた翼」と藤見家流「舞踊の集い」を見る

11月最後の土曜日に、東京弁護士会による「子どもたちと弁護士がつくるお芝居『もがれた翼Part15』LINK-あなたが立ち上がるまで」を見ました。杉浦瞳さんも出演して、児童相談所長を演じていました。出番は少なくても、別れた母親と連絡をつける大事な役どころで、おそらくふだんの仕事ぶりと同じと思われる落ち着いた演技でした。全体にアマチュア劇と思っていたところが、2時間あまりの堂々たる舞台を構成していました。複数の場面を、照明の切り替えで同時に進行させるスマートな演出が光り、人々の連携が施設をつないで、少年を立ち直らせ、壊れた家族を再生させるまでを描いていました。
 マニュアルの劇化のようでもあり、盛り沢山になって、人間の内面への切込みがもっと欲しい気もしましたが、大勢の高校生たちの参加による熱気がありました。この活動が15年間も続き、「子どもの人権110番」が、弁護士の付添人活動や保護シェルター、養護施設の新設といった、具体的な施策と連動してきているのでした。さまざまな団体や個人の協力で進められている運動の、すぐれた広報の場として、根性の入った演劇活動だと思いました。
 30日の日曜日には川崎の溝の口へ、みどりさんが参加する舞踊の集いを訪ねました。朝の10時から夜の6時過ぎまで続く大がかりな日本舞踊の発表会です。みどりさんを含む「野川教室」の人たちの出番を中心に見てきました。住所が変っても、踊り仲間の6人の友情はずっと続いているということで、楽屋への廊下で、きれいどころの皆さんとご挨拶ができました。
 演目は歌謡曲に合わせた新舞踊で、みどりさんの曲は「昇り龍」という男舞いでした。太鼓の撥を両手に構えて、力強い見事な踊りでした。女が演じる男らしい仕草というのは、宝塚の男役もそうですが、男の「いいとこ取り」なのだと思います。そこでは男の暴力性や獣性は隠されて、理想的な格好よさが追求されるのでしょう。だから男が演じるよりも男らしさが表現できる。それは歌舞伎の女形が演じる女の色気と通じているのではないでしょうか。
 舞踊の集いの出演者は、かなり年配の人が多いようようでした。若い世代には受け継がれて行くのでしょうか。でも場内の雰囲気は盛り上がって、演歌好き日本人の心情が健在であることを感じさせました。みどりさんの舞台姿を撮ってあげたいと思ったのですが、「指定業者以外の撮影はご遠慮ください」だったので、写真はありません。きりっとした決めのポーズを想像してください。





「日本語が亡びるとき」を読んで(4)

日本語の長所として、私が日ごろ感じているのは「速読性」です。文章の中に散らばる漢語が目印になって、要点を掴むのが非常に早くできるのです。「ななめ読み」という言葉がありますが、資料探しなどで飛ばし読みをするとき、文面を数秒間見回すだけで、書かれていることの見当がつきます。これは英語はもちろん、漢字だけが並ぶ中国語でもできないことです。また、パソコンの単語登録機能を使っての作文では、漢字が多くても苦にならず、書く速度も見劣りしません。日本語は実用性にもすぐれた言語だと思います。
 しかし、日本語の真価が発揮されるのは文学の分野です。科学技術の文献は、正確な普遍語で書かれていればいいのですが、人間の発想は母語から生まれます。日本人は日本語で考えるのです。古代中世の日本文学が、独特の価値を持っていることに異論はないでしょう。同じように近代以降の日本文学にも、文化的な価値があります。それらは英語に翻訳されてもいますが、たとえば日本近代文学を象徴する夏目漱石は、英語訳では、あまり評価されないそうです。しかし本格的に日本語を学んだ研究者には、その魅力が理解されるということです。つまり、人間の真実を表現する言語は、一種類の普遍語だけで済ますわけには行かないのです。 
 世界に多くの言語が存在しているのは、それぞれの意味があるので、それは植物界や動物界の多様性と同じことです。コミュニケーションの道具という、言語の機能の一面だけを考えて、世界に一種類だけあればいい、強いものが世界を統一すればいいというのは、人類の文化を貧しくするのではないでしょうか。
 この本に、そこまで書いてあるわけではありませんが、著者は最後に、日本の国語教育について重要な提言をしています。日本語を、放っておいても自然に覚えるものだと安易に考えてはいけない。まして日本語は、英語よりも難しい言語です。樋口一葉や夏目漱石が、そのまま読める程度の読解力は、義務教育の間に全員に身につけさせてほしい。そして日本語の表現力を高めて行く力も持たせてほしいというのです。
 カタカナまじり、英語まじりの日本語は、歌謡ポップスの歌詞では、もう当り前になりました。日本語は英語とも融合しながら、新世代の言語へと変身するのでしょうか。そして将来の日本語は、貧弱な「現地語」の一つに落ちるのか、それとも世界文化の一翼を担う主要な言語であり続けるのか。私は、そんなことも考えました。

「日本語が亡びるとき」を読んで(3)

英語がすでに現代世界の「普遍語」になってしまった事実は、認めざるをえません。今さら言語としての英語の欠陥をあげつらっても、エスペラントの優秀さと実用性を強調してみても、大勢を覆すことは難しいでしょう。せめて、英語を現地語としても使っている米英の人たちが、普遍語としての英語を尊重し、良好な状態に保ってくれることを願うのみです。
 このように英語の位置づけを定めてみると、私たちが英語に対してとるべき態度が明らかになってきます。世界の叡智は英語で入ってくるのですから、それを読み解く力は必須です。自分たちの考えを世界に発信するには、英語で書ける能力もなければなりません。しかしそれが全国民に必要な能力になるわけではありません。日本は独立国で、高度に発達した言語を持ち、出版業も盛んな国です。国内で暮らしているかぎり、知識人であっても日本語で用は足りるのです。しかし国境を越えた活動を通訳なしでする場合にだけ、英語が必要になるのです。
 ですから義務教育のうちに、英語への入口だけは全員に与えられるべきでしょう。その後は、各自の進路に合わせて、必要とする人が、自由に英語を読み書きできる力を身につけて行けばいいのです。その場合に、言語としての正確な英語を学ぶことが第一です。読み書きの能力がしっかりしていれば、会話の場で、どんなにゆっくり発音しても、言いたいことは正しく伝わります。相手の言葉が聞き取れない場合は、ゆっくり正確に発音するように要求すればよいのです。幼いうちから「英語耳」を育てるなどは、植民地でない日本では必要ないのです。もっとも、通訳やビジネスマンになるためには効果的でしょうが。
 今の日本では、なるべく早く、なるべく多くの人が英語を使いこなせるようになるべきだという圧力が、強くなっているように感じます。それも、アメリカ人のように「ペラペラしゃべれる」ようになることが理想だと思われているようです。海外旅行では役に立つでしょうし、国内でも道案内英語として役に立つ場合があるでしょうから、それも悪いことではありません。しかしその一方で、日本語が大事にされなくなっている傾向はないでしょうか。松下電器はパナソニックになり、東芝はTOSHIBAになりつつあります。中学の国語の授業は、週に3時間しかないそうです。

ブログ連歌(56)

1099 金婚で 想い新たな 神田川(ひさ江)
1100  水は流れて ここから明日へ(建世)
1101 日は昇り 海青々と かもめ飛び(ハムハム)
1101B ビヨロンが 聞こえくるよな 神田川(鼻メガネ)
1102  流れた先で 海から空へ(建世)
1103 舞い降りて 懐かしきかな 聖橋(やまちゃん)
1104  ニコライの鐘 湯島聖堂(建世)
1105 上りゆく 湯島天神 祈願札(みどり)
1106  白梅の花 冬にも耐えよ(建世)
1107 耐えたがや 通り道なる 弥生門(やまちゃん)
1108  三四郎池 明治は遠く(建世)
1109 赤門の 見事な朱色 今もなお(うたのすけ)
1110  地名変われど 坂は変わらじ(みどり)
1111 越え来れば 曲折の道 山や谷(建世)
1112  幸い住むと 人は言いけり(ハムハム)
1113 住み慣れて 田園畑 心地良い(やまちゃん)
1114  土手の散歩に 望むは筑波(こばサン)
1115 失言に 虚言放言 無制限(うたのすけ)
1116  身内も苦言で 人気は半減(建世)
1117 ここ一つ 格好つけても もう遅い(ハムハム)
1118  早く来い来い リセット選挙(建世)
1119 もう勝てぬ のらりくらりと はぐらかし(こばサン)
1120  任期満了 自公も終了(建世)
1120B  江戸城開く 故事を見習え(うたのすけ)





拝啓・長妻昭様

寒くなってきましたが、お元気ですか。街頭演説で風邪など引かないよう気をつけてください。
 先日来の元厚生次官ら連続殺傷事件で、マスコミの論調が奇妙な偏向を始めているのが気がかりです。あなたが最近書かれた「闘う政治」にもあった通り、現代日本の閉塞状態の根本にあるのは、国民のために働くという本来の目的を離れて、自己目的の支配機関と化した官僚機構だと、私も思います。そのことを、あなたはHAT−KZというキーワードで見事に説明されました。あなたを有名にした「宙に浮いた5千万件の年金記録」も、ここから生まれたのでした。
 その他「居酒屋タクシー」の問題まで、あなたの鋭い告発は、何度も政権与党をゆるがす迫力でした。地元の報告会では、その力強さは今も少しも変りません。しかし今回の事件以来、マスコミは高級官僚の天下り問題には、一切ふれなくなりました。次官をトップとして早期退職する幹部官僚が、関連団体を渡り歩いて数億もの所得を手にする悪しき慣行にも、年金記録の一連の不始末にも、根本的なメスを入れる改革には、何も手がつけられていないにもかかわらず、です。 
 いま政権交代を目前にして、非は非とする告発を、ゆるめてはならないと思います。私は最近まで、特別会計の巨悪を告発して不可解な死をとげた石井紘基議員の存在を知りませんでした。あなたにも思わぬ風当りや、陥穽が待ち受けているかもしれません。どうぞ身辺に弱みを作らず、必要ならば公的な警護も求めて、信ずるところを貫いてください。
 先日あなたの「支援する会」に行ったとき、知らぬ間に会員の間に混じってチラシ折りをしていたあなたの姿を見て、私は「これは本物かもしれない」と思いました。会社や団体からの寄付を一切受けず、個人の小さな寄付と労力を集めて活動の力として行く姿勢は、アメリカのオバマ氏にも通じています。また、「報告会」の質疑応答で、「解散・総選挙要求の国民運動をしたらどうか、社民党は来るだろう、共産党も来たらいい」という私の発言に、「いい提案をいただきました」と応対されました。これを実現するのが、どれほど難しいことか、私は承知しています。しかし、幅広い力の結集がなければ、政治を変える大仕事はできません。
 長妻昭さん、あなたは、菅直人の次に、私が「総理にしてみたい男」です。

「日本語が亡びるとき」を読んで(2)

私はこの本の紹介文を書くつもりではないのですが、実物を読まない人のために、概略を整理してみます。
 言語には、生まれた土地で自然に身につく「現地語」と、国民国家の成立により定められた「国語」と、民族を超えた知的共有を可能にする「普遍語」と、3つの階層があります。ヨーロッパでは、近代に入るまでの長い間、普遍語はラテン語でした。17世紀の後半に活躍したニュートンさえ、論文をラテン語で書きました。だからヨーロッパで知的に共有されたのです。現地語または国語のほかに普遍語の読み書きができる「二重言語者」であることは、「叡智を求める人」に不可欠の条件であったのです。
 一方、東洋では、普遍語の役割を果たしたのは漢文でした。日本を含む東南アジアの広い地域が、漢文によって知的共有の圏内に入りました。漢字が表意文字であったことも便利でした。さらに日本では、海に守られた適度な距離が、現地語であった日本語と漢字との融合という、奇跡のように珍しい言語を成立させたのです。日本では漢字かな交じり文が書かれるようになった以後も、長い間、正式な文書は漢文で書かれていました。知識人は、やはり二重言語者でなければならなかったのです。
 近代の日本語の成立に大きな功績を残した文人たちも、すべて漢文を学んだ知識人でした。西洋の進んだ文明に接したとき、新しい概念や用語を翻訳するのに、漢字を使えば充分に役割を果たせることを発見したのです。こうして高度な機能を備えた近代日本語が成立し、それは国語となって日本国家の確立に寄与しました。初代の文部大臣となった森有礼は、日本語では世界に遅れると憂えて、英語を公用語とすることを提唱していたのですが、それは杞憂に終りました。
 現在、日本は、非西洋諸国の中では、国語だけであらゆる分野の学問研究が可能な、稀な国になっています。世界のどこの国で書かれた論文でも文芸でも、話題になればわずかな時間差で日本語で読むことができます。英語ができなくても国際通になれるのです。しかし翻訳は多くの場合、一方通行です。日本で行われたすぐれた研究でも、英語で発表しなければ世界で評価されません。叡智を求める人は、やはり二重言語者でなければならず、今や普遍語は英語なのです。
 それでは、私たちはこれから、なるべく早く、なるべく多くの人が英語を使いこなせるように、英語教育を盛んにすればいいのでしょうか。それが世界の文化に貢献する道なのでしょうか。話はそれほど簡単ではありません。

「日本語が亡びるとき」を読んで(1)

水村美苗の「日本語が亡びるとき・英語の世紀の中で」(筑摩書房)を読みました。新書的な解説とは全く異質の、長編小説を読み終えたような読後感です。日本語に対する愛しさを込めて書かれた、「日本語の生涯」を永遠に人類の歴史にとどめるための著作でした。
 この本を読みながら、私はブログ友の「ゆきさん」を思い出していました。この人も水村さんと同じく、若い時期にアメリカで生活した経験があり、日本語と英語の間を往来した人です。ゆきさんのブログは、かつて長い期間にわたって、最後を「しあわせ・幸せ・シアワセ」という一行で結んでいました。そこから私は、自らの人生に立ち向かう、彼女の息づかいを感じることができたのでした。しかし、この一行を、日本語以外のどんな言語にでも、正確に翻訳することが可能でしょうか。
 日本語は世界で最も複雑な言語です。日本語の達人になるためには、一生を費やしても足りません。外国語として学ぼうとしたら、まさに底なしの泥沼にはまるような思いをすることでしょう。その日本語が自分の日常語であることを、私たちが単に運が悪かったと思うのなら、日本語が亡びるのは時間の問題でしょう。もちろん日常会話の「現地語」としては残るでしょうが、世界の叡智のために「読まれるべき言語」としては、生き残れないでしょう。それでは、あまりにも惜しいではありませんか、というのが著者のメッセージです。
 世界の「普遍語」は急速に英語になりつつある、インターネットがその決定的な後押しをした、という認識については、著者にはすでに迷いはないようです。私はインターネットが話題になってきた早い時期に日本エスペラント学会を訪ね、インターネットにエスペラントを乗せるよう進言したのですが、鋭い反応は得られませんでした。インターネットがアメリカから始まったことが決定的で、すでに手遅れであったことを認めざるをえないようです。
 残念ながら、私たちは英語に「世界の普遍語」という特別な地位を与えなければならない時代に生まれ合わせました。この傾向は、不可逆です。「読まれるべき言語」の図書館に蓄積される情報量は加速度的に増加して、他を圧倒するからです。もちろんコンピューターの能力は、弱小言語の保存にも有効です。それもまた世界の知的財産ではあるのですが、博物館に収蔵されるのと、「読まれるべき図書館」の書棚に常に並んでいるのとでは、意味が全く違うのです。

クルーグマン教授の不況対策

ちょっと前の11月17日の朝日新聞に、今年のノーベル経済学賞受賞者クルーグマン教授の不況対策についての提言が出ていました。論旨は「大不況克服へ巨額財政出動せよ」「債務増を心配する時ではない」でした。借金を増やすことを恐れずに、思い切って金を使えというのです。しかし日本では、赤字国債で公共工事という悪いイメージがあります。また、クルーグマン氏の経済学にも、批判の多い異端の色彩があるようです。しかし、私は面白いと思いました。
 今の日本で思い切って金を使っていいのなら、道路や地方空港を作ることはありません。医療、福祉、介護、保育、教育関係の施設を充実し、そこに働く人たちの待遇を大幅に改善します。膨大な新しい雇用が生まれるでしょう。社会インフラでは、鉄道や地方バスへの補助金を増額するなどして、地方を過疎化から活性化へと逆転させます。風力・太陽光発電など、新エネルギーの開発を助けて、環境先進国への取り組みを進めます。こうした刺激によって経済は過不足のないバランスを回復するというのが、クルーグマン氏の理論のようです。
 この場合、大きくふくらむ累積赤字はどうなるのでしょうか。バランスのとれた経済が回復してから、徐々に歳入を増やして償還するのでしょう。しかし、話がうますぎるような気もします。私はクルーグマン氏に勇気づけられて、こんなふうに考えました。
 国が通貨を発行するのは、コンピューターに数字を入れるだけですから簡単です。国が支出した通貨は、さまざまな経路で社会を潤しながら、最終的には国民の所得として残ります。それは国に対する国民の債権です。国が債務者として償還できないというのなら、国民は国を差し押さえて、国民の監視のもとに働かせることができる筈です。これを日本だけでやったら破産国家ですが、世界同時にやったらどうなるのでしょうか。一通りは経済学の本も読んだつもりの私ですが、こんな状況は想定外でした。
 原点から考えれば、問題の本質は、地球上の資源を、全人口の間でどのように配分するかということです。通貨も資本も、人間が発明した「約束ごと」に過ぎません。償還不能になった赤字は、不都合があるのなら、みんなで相談して「なかったことにする」こともできるのではないでしょうか。投機に回って経済を混乱させるような余剰資本も、「なかったこと」にしてしまえばいいのです。人々の暮らしに役立つ、身の丈に合った通貨さえあれば、大資本の下で働いている人たちを含めて、誰も何も困ることはありません。
(追記・通貨の乱発はインフレを招きそうですが、今は終戦後の物不足時代と違って物も生産力も余っているのですから、悪性インフレにはならないでしょう。適度のインフレは過去の借金を小さくし、資産家に対しては財産税として作用します。働いて収入のある人、公的給付のある人は、物価にスライドして収入も増えるので生活には困りません。)

元厚生次官殺害の動機・高級官僚は悪いと思った

元厚生省次官連続殺傷事件の容疑者、小泉毅について、今日昼までのテレビニュースによると「高級官僚は悪いと思って殺した」という、動機についての供述が伝わってきました。移送される車の中で、被りものも拒み、傲然と顔を上げていた鋭い眼光と重なってきます。事件についての全容の解明はこれからでしょうが、私がこの事件を前にして憂えていることは、ただ一つです。
 その前に、私の以前からのブログ友には、わかっていただけることですが、私は、人を殺して目的を遂げようとする人間の行為を、誰よりも憎んでいる者であることを表明しておきます。
 この事件が報じられてから、元次官の被害者について、在職中は保険制度の確立のために尽力した有能な人たちであり、人間的にも立派であったということが、丁寧に報道されていました。その一方で、官僚トップの地位に上りつめたあと、関連団体に役職を得ていたという、典型的な華麗なる高級官僚の生涯については、ほとんど報道されることがありませんでした。死者を悼む情緒が、今この国で何が問題になっているかを掘り起こす努力を、にぶらせはしないかと恐れるのです。
 消えた5千万件の年金記録を始めとして、国民の前にようやく明らかにされようとしていた積年の不祥事は、まだ何一つ根本的には解消されていません。実態の解明が途中なのですから、納得できる将来への対策も、これからの仕事です。さらに言えば、利権と税金浪費の体質からすれば、厚生労働省は、官庁の中では、むしろ弱小な存在だったのです。特別会計を柱とする政・官・財癒着の腐敗した構造は、まさに「巨悪」と呼ぶほかはないほど大きなものです。勇気をもってここに切り込もうとした人は、現職の国会議員であっても非業の死をとげたと言われるほど、命がけの仕事なのです。
 厚生労働省叩きは行き過ぎだ、暴力だと、憤慨してみせる財界人まで現れたということです。国政を浄化したいという真剣な批判や努力が、不安をあおる反社会的な行動として封殺されてしまうような風潮をこそ、恐れなければなりません。会計検査院の職員までが、検査対象の団体に天下るような官僚機構のままで、この国に明るい未来があるでしょうか。
 日本の政治が変るかもしれない夜明け前の事件でした。小泉毅容疑者の不気味な表情は、これからどのように位置づけられて行くのでしょうか。
(追記・暗殺を疑われている石井紘基議員の公式ホームページが残っています。)
(追記2・ネット上に公開されている資料による、元次官の厚生省退職後の役職は、以下の通りです。山口剛彦氏=社会福祉・医療事業団理事長、独立行政法人福祉医療機構理事長、全国生活協同組合連合会理事長。吉原健二氏=厚生年金基金連合会理事長、(財)厚生年金事業振興団理事長。)

「ブログ論壇の誕生」を読む

「ブログ論壇の誕生」(佐々木俊尚・文春新書)を読みました。ブログに論壇と言えるほどのものが存在するのか、現在どれほどの力があり、今後にどのような展望が得られるのか、そうしたことがわかるかと、期待しながら読んでみました。結論は、ちょっとはぐらかされたような気もするが、思い当るところも多かった、というところです。
 現代の日本で、ブログ上の論調が、無視できないものになりつつあるのは事実で、著者は最近の事例を紹介しながら、その特性を解明しようとします。旧来の、権威づけられた論者が支配する論壇との決定的な違いは、ブログ論壇には、いかなる権威もタブーも存在しないということです。つまり、話題の選択も盛り上げ掘り下げも、参加する大衆が決める、要するに編集権が大衆の手に移ったということです。そこだけを見れば民主主義の勝利とも言えそうです。しかしその反面、編集責任者が存在しないのですから、無責任な衆愚に陥る危険性も、常にはらんでいます。
 また、私には盲点だったのですが、ブログを稼ぎの種とするアフィリエイトにからんで、電子技術を駆使した機械的なブログ生成術により、中身の薄いコピーブログが乱造される傾向さえ出てきているということです。私は以前から、ブログが全く無料で使えることについて一種の危惧を感じていたのですが、少なくとも無意味な機械ブログの生成を抑制する程度の、公的な課金制度が必要ではないかと思いました。
 それともう一つ、著者はブログの世界にも、団塊の世代とロストジェネレーション世代との対立の構図を見ているようです。私から見れば一様に「若い人たち」ですが、団塊の世代は現体制の維持派であり、ロスジェネ世代はパイの小さくなった不満を持ちながらも、「どうせ世の中変らないし」と白けているのだそうです。この世代はまた、机のパソコンよりも手持ちの携帯電話でブログに参加する傾向を強めているということです。
 ブログ論壇が、世論の正統な代表と見なされるようになるためには、参加の自由という長所を生かしながらも、無責任な衆愚化を防ぐ何らかのアーキテクチャーが必要であろうと著者は述べています。ブログには、楽しい日常のおしゃべりから政治の改革、人生の考察まで、人間のあらゆる要素を入れることができます。そこから自然に生まれてくるのは、良い意味での「階層化」ではないかと私は思っています。そしてそれは、決して固定化されず、常に誰もが自由に選べる所にあるべきだと思うのです。

ブログ連歌(55)

1079 あ言ってる セコムしてますか また言った(花てぼ)
1080  セコムに頼む 高価な安全(建世)
1081 鍵かけて 留守の挨拶 両隣(やまちゃん)
1082  小春日和よ 今日もまた(ハムハム)
1083 雪便り 早く来い来い お正月(こばサン)
1084  今朝富士山の 高く真白に(花てぼ)
1085 右に富士 左に筑波 河川敷(やまちゃん)
1086  早朝ウォーク 寒風ついて(建世)
1087 濡れ落ち葉 言われし頃を 思い出し(ハムハム)
1088  神田川岸 常緑の情(建世)
1089 まるで愛 歌さながらの 物語(花てぼ)
1090  一場の夢 しばしとどめん(建世)
1091 純愛は 時代を超えて 胸を打ち(うたのすけ)
1092  川面に写る 街の灯揺れて(夕螺)
1093 思い出す 花売り娘 チャップリン(やまちゃん)
1094  ウエストサイド ロ−マの休日(花てぼ)
1095 若からぬ リチャード・ギアを 追いかけて(被衣)
1096  山田五十鈴に 轟夕起子(うたのすけ)
1097 原節子 最初に覚えた 女優の名(建世)
1097B 寂聴も ケイタイ小説 恋書けり(夕螺)
1098  千年の恋 今も新し(建世)
1099 金婚で 想い新たな 神田川(ひさ江)
1100  水は流れて ここから明日へ(建世)


神田川のやさしさ

きょうの朝日新聞朝刊「土曜版」の「うたの旅人」は、かぐや姫の「神田川」でした。その1面の写真に目をとめた妻は、朝から食卓の前で動かなくなりました。「ここへ行きたい」というのです。この歌は、私たちにとって、特別な歌なのです。2年前にブログでも『「神田川」の歌とともに』の題で書いたことがあります。
 地下鉄で2駅、高田馬場から5分ほど歩いたところが現場でした。新聞の写真が撮られた場所が、正確に特定できました。両岸に昔の安アパートの群は跡形もなく、けれども水だけは同じように、むしろ浄化されて流れていました。
 「神田川」の歌詞は「ただ、あなたのやさしさが、怖かった」で終ります。家を捨て、親も弟妹も捨てて東京へ出てきた妻にとって、私だけが唯一の頼りだった筈です。また、家と仕事と親を捨てた私にとっても、妻が未来のすべてでした。相互に相手を信じながらも、失うことが何よりも怖かったころの妻と私の気持が、この歌を聞いたとき思い出されたのです。しかし、後になってから聞いた作詞者の真意は違っていました。
 作詞の喜多条忠は、女性の愛情に包まれて埋もれてしまうことの怖さを、この一行に込めたというのです。そうすると「あなた」は、男性であったものが、最後にだけ女性に転換するのです。しかしこれは、文章としても詩としても無理な構成です。作曲した南こうせつさえ、20年後まで知らなかったと、記事には書いてありました。以前に喜多条忠が登場するテレビ番組で作詞者の「真意」の解説があったときも、妻は「そんなの変だ」と納得しませんでした。
 今朝の新聞のタイトルは「実は闘う男の歌だった」でした。これを食い入るように読んでいた妻は、「やっと、わかった」と言いました。南こうせつは、記事の中で「その事情を知ってから、余計この歌が好きになった」と語っています。
 しかし、そんなことは、私たちにとっては、もう、どうでもいいことになりました。かつて、怖いようなやさしさが、線路わきの4畳半のアパートを満たしていたのでした。



ミサイル防衛テスト失敗(落語)

(熊さん)自衛艦の「ちょうかい」ってぇのが、ハワイでミサイルのテストにしくじったんだってねぇ。
(ご隠居)ああ、SM3とかいう防衛ミサイルのことだな。前回はうまく行ったが、今度は相手の発射時刻をわからんようにしたんだそうだ。空中で弾と弾をぶつけるようなもんだから、なかなか難しいな。
(熊)蝿叩きでもって、飛んでる蝿を潰すようなもんですかい。
(隠)蝿叩きよりゃ、上等な道具だろうさ。なんせ62億円もかかったってんだから。お前が働いて稼ぐにゃ、ざっと二千年はかかるな。
(熊)生き変り死に変りでも間に合わねえや。で、こいつがありゃ、日本の空は安全ってわけなんですかい。
(隠)それがなぁ、わしの見るところ、これは日本を守るよりも、アメリカさんの役に立つ道具のようなんじゃ。目と鼻の先から日本へ飛んでくるミサイルを撃ち落とすのは、アメリカへ行くミサイルを撃つよりも、ずっと難しいやね。しかしアメリカは大家さんみたいなもんだから、日本は忠義立てしなくちゃならねぇ、てな。
(熊)それで、しくじった後はどうするんですかね。
(隠)こんなもんが本当に日本のために必要かどうか、じっくり考え直そうってことになるのか、それとも、失敗したからもっとたくさん買い込んで、テストもしっかりしなくちゃってことになるのか、ここは大事なところだな。
(熊)どえらい金がかかるだろうに、他に方法はねえんですかね。
(隠)本当の戦争になったら、飛んでくるミサイルは1発や2発じゃあるまい。こちらが守りを固めるったって限度がある。相手にミサイルを撃たせないようにするのが上策というもんさ。自衛隊は戦い方を考えるだけが専門だから、そこは政治家がしっかり手綱を握ってないといかんな。文民統制ってのは、そういうことも国民がしっかり見張るということだ。わかるかな。
(熊)へぇ、ご隠居がいつも言ってる、選挙が大事だってぇのも、そこんとこですね。こりゃ「ちょうかい」なんて、しゃれてる場合じゃありませんね。

テロリストの生まれる国

石川啄木に「ココアの一匙」という詩があります。

われは知る、テロリストの
かなしき心を------
言葉とおこなひとを分ちがたき
ただひとつの心を、
奪はれたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らむとする心を、
われとわがからだを敵に擲げつくる心を-----

貧窮の中で啄木は社会思想に接近して、革命を語りました。「わが抱く思想 大方は金なきに因するがごとし……」とも歌っています。日常の生活の苦しさと閉塞感が、考えることを先鋭化させる事実を、隠さず正直に表現しています。
 天皇制と富国強兵が絶対価値だった時代の底辺で、啄木はこのように歌い、小林多喜二は「蟹工船」を書きました。その本が今になって若い人たちの間で熱心に読まれている、そのことと、「厚生次官OB連続殺傷事件」との間に関係があるのかどうか、今のところ何もわかりません。ただ私は、ほんの少し前の時代、「一億総中流」と言われていた頃の日本では、小林多喜二は完全に過去の歴史上の人になっていたことを思い出すのです。
 総中流時代には、「日本の社員と社長の給料の差は10倍だが、アメリカでは千倍にもなる」という話が、遠い国のこととして語られていました。それが今は日本でも常識になり、給料だけならまだしも、身分の差は「10年待っても何も変らない、希望は、戦争」とまで言い切る世代を生み出すまでになりました。日本は明治時代よりも貧しい国になったのでしょうか。
 今の日本の会社は、減益になると、まず人件費を切り下げても、株主への配当は維持しようとします。株価の下落を恐れるからです。国の政策もそれに似ています。企業や国の責任の、第一順位は何なのですか。考え直してください。テロリストを生まない国であるために。



野方警察署前の空き地は、報道陣のための臨時駐車場になりました。


市川房枝記念会・婦選会館

市川房枝は、大正年間に平塚らいてうとともに「新婦人協会」を設立し、以後、婦人参政権運動に生涯を捧げた人です。戦後は婦人議員の象徴的な存在となり、組織に頼らず個人の手弁当の参加で展開する選挙活動は「理想選挙」と呼ばれました。そこに参加して政治家への道を進んだ人材も多く、民主党の菅直人はその一人です。
 財団法人市川房枝記念会の婦選会館は、新宿駅に近い西口南側にあり、戦後すぐに建てた木造の活動拠点の跡地に建っています。市川房枝を記念する資料室や図書館を備えるとともに、女性の地位や政治意識向上のための講座なども開催してきました。ところが建物の耐震性の診断で問題があったため、しばらく閉館してリニューアル工事を行っていました。その工事が完成したので、この15日にリニューアル・オープンと創立46周年の式典を行ったところです。
 財団の運営を安定化するために、OAフロアの貸し事務室を設け、研修室、多目的ホールなど、一般の利用にも便利な施設になることを目指したのが、今回の改装のコンセプトのようです。私は30周年の出版物作りのお手伝いなどをしたこともあり、会館を運営する人たちのご苦労を見てきました。新しくなった会館で、女性の力を中心に日本の政治を改革する運動が、さらに発展して行くことを願っています。
 以下は私の意見ですが、婦人参政権運動は、投票権の平等までが第一期でした。それが実現している今、第二期の運動は、政治における代表権の平等だろうと思います。女性の代表を、もっと多く議会に送らなければなりません。それは自覚による自由競争でもいいのですが、それだけでは不十分です。男と女の間には、母性という超えられない違いがあります。それを社会的ハンディキャップとしないためには、「あらゆる議会における議員定数の男女平等化」が必要だと、私は信じているのです。婦選会館は、その第二期運動の拠点になってくれるでしょうか。





入口正面にあるプレートです。右は平塚らいてうの「元始、女性は太陽であった」。左は市川房枝の「婦選は鍵なり」。



資料展示室の奥には、市川房枝さんの居室が保存されています。



ブログ連歌(54)

1059 過ちて 改めもせず はばからず(建世)
1060  人は墜ちれば 臆面もなし(うたのすけ)
1061 どうでもいい 早く寄越しな お年玉(こばサン)
1062  地域振興 なるやならずや(ハムハム)
1063 ひ孫にも 祝われキャンドル 吹き消しぬ(被衣)
1064  卆寿に近き 母の活力(建世)
1065 古希過ぎて 千回登山 見習おう(やまちゃん)
1066  半端に生きて 後期が付いた(うたのすけ)
1067 しばいやの 水戸の隠居は 副将軍(建世)
1068  ブログ連歌は 水府に追い風(うたのすけ)
1069 水府流 巧みに泳ぐ 人の世も(みどり)
1070  泳ぎ切れずに 筑波に登る(やまちゃん)
1071 雲の上 雷さまも 腰抜かす(ハムハム)
1072  天声一喝 人の世正せ(建世)
1073 荒涼と 冬枯れ社会 春はいつ(夕螺)
1074  テロの嵐か 唇寒し(建世)
1075 穏やかに 対峙してこそ 民主主義
1076  命うばって 何が正義ぞ(みどり)
1077 景気悪化 人身事故の テロップぞよ(やまちゃん)
1078  見出しは踊り 乱世の予感(建世)
1079 あ言ってる セコムしてますか また言った(花てぼ)
1080  セコムに頼む 高価な安全(建世)




アブグレイブ刑務所事件

昨夜のNHKスペシャルは「微笑と虐待 証言・アブグレイブ刑務所事件」でした。捕虜となったイラク兵を裸にして虐待しながら、アメリカの女性兵士が笑っていた写真の異様さは、発表された当時、世界に大きな衝撃を与えました。関係した兵士は軍事法廷で裁かれ、7名が禁固刑などの処分を受けました。写真で笑っていた女性兵士本人を含む関係者の証言で、事件の全体像に迫った番組でした。BSドキュメンタリーとして制作された番組の再放送とのことです。
 なぜあんなことをしたのかについて、保釈された女性兵士の証言には、悔恨や謝罪の言葉はありませんでした。「当時はあれが普通のことだった。ボーイフレンドに言われてカメラに向けてポーズをとった。」と、淡々と語るのみです。なぜ罪悪感がないのかは、番組が進むにつれてわかってきます。当時、捕虜から情報を取るために、専門の審問チームが派遣されていたのです。そこには民間の専門家も参加していました。そして捕虜を「尋問に適するような状態に置く」ことは、任務として明示されていたのです。尋問に適する状態とは、捕虜を心身ともに不安定にさせ、自尊心をなくさせることでした。
 この事件は、一人の憲兵の正義感から明るみに出ました。規律のゆるみから、動かぬ証拠の映像が流出したのです。放置できなくなった上層部は、写真に関係した7名を逮捕して軍事法廷に送りました。ついでに、告発した憲兵の実名を、ラムズフェルド国防長官は「勇気ある行動」としてテレビ放送で公表しました。この兵長は「裏切り者」のレッテルを貼られて帰郷できなくなり、その家は今も無人のままです。
 刑務所の責任者に任じられていた女性の元准将の証言は非常に印象的でした。上層部が怒り狂ったのは、「あんな写真を撮りやがって、たるんでいる」という1点だったというのです。捕虜の扱いについての指示に関係する文書は、証拠として採用されませんでした。すべては7名の兵士による「不適切な行動」であったとされたのです。ブッシュ大統領らは、「腐ったリンゴは取り除かなければならない」と嘆いて見せました。これを日本では「トカゲの尻尾切り」と言います。
 番組を見終っての重い感想は、「戦争は限りなく人間を堕落させる」ということでした。

70代からの情報革命(7)

 自分のブログを開設するに当っての作業は、ぷららブローチの解説画面を見ながら慎重に進めた。自信はなかったが、ふつうの人の理解力に合わせて書いてある説明なら、自分にもわからない筈はないと思った。いざとなれば、娘や婿に助けてもらえばいいという安心感もあったが、できれば自分で全部を経験したかった。その代り、最低限必要なことさえできればいいので、遊びや飾りは何もいらないと思っていた。だからテンプレートは、最初に出てきた今の形式を選んだまでのことで、ほかにどんなものがあるのか比べてみることもしなかった。
 ブログに表示する名前を実名にすることも、ほとんど迷わなかった。というか、変名にする理由がわからなかった。自分はこんなことを考えているということを公表するのだから、変名では意味がないように思った。「おじいちゃんの書き置き」を出したばかりだったから、こんな本を書いた人間だということを、むしろ知って貰いたい気持もあった。ネット社会の怖い一面というものを知らなかったから、もし身近な専門家たちに相談していたら、もっと慎重になったかもしれない。
 後で知ったのだが、日本のブロガーはハンドル・ネームを使う人が圧倒的に多いのに対して、アメリカでは実名の人が多いということだ。アメリカでは自己主張のはっきりした人が多くて、日本では、あまり目立たないところにいて発言したい人が多いのだろうか。世界の中でもブログは日本語で書かれるものが断トツに多いそうだが、私的な発言をするのが好きだが、公式発言として扱われるのは困るというのが、日本人に多い心情なのかもしれない。 
 何はともあれ、私のブログ第1号は2005年11月30日に出た。

 ブログ初体験
ブログ初体験です。どのように使うのか、まだ勝手がわかりませんが、言いたいことは沢山あります。今、二冊目の本を書いています。テーマは「人類百世紀のために……一万年だって生きられる」です。人類を突然死させたくないのです。ヘマをしなければ、地球の歴史から考えて、一万年ぐらいは楽に生きられる筈だという思いです。
 一冊目は今年の夏に出しました。「おじいちゃんの書き置き……二十一世紀を生きる君たちへ」というのです。これを書いたら、一冊だけでは終れなくなりました。 

これだけ書いてエントリーに出したのだが、それだけのことで、何も起こらなかった。たしかに自分のブログだから呼び出して自分で読めるのだが、それで終りである。カウンターがあって、アクセスされた回数を表示しているらしいのだが、10までも行かなかった。まだ他人のブログを見に行くことを知らなかったし、方法もわからなかった。
 この時点で、私にとってのインターネットの利用法は検索でしかなかった。「おじいちゃんの書き置き」を検索すると、意外に多くの項目が表示されて、この本が各地の公共図書館で購入されて「新着図書」として紹介されているのがわかった。中に「貸出し中」の表示があったりすると、誰かが読んでくれていると思って嬉しかった。

惜別のとき

朝日新聞の夕刊に「惜別」という特集面が組まれることがあります。前回は14日の金曜日で、筑紫哲也氏と並んでNHKディレクターだった吉田直哉氏が取り上げられていました。「日本の素顔」で数々の名作ドキュメンタリーを制作し、後にドラマに転じて大河ドラマ「太閤記」で斬新な演出をしたり、その後も「未来への遺産」シリーズを残すなど、定年まで看板ディレクターでありつづけた人でした。
 NHKでは私の6期上の先輩に当り、「日本の素顔」の構成とナレーションのすばらしさに魅了された私は、資料室から彼の作品を借り出しては、試写室にこもってその技術を盗もうと努めたものでした。当時のフィルム作品の多くは、特別な話題作を除いては、公開可能な状態では保存されていないようです。会って話を聞きたい人でしたが、在職中にその機会はありませんでした。
 この人のドキュメンタリー制作の手法は、NHKの内部雑誌などでも読むことが出来ましたが、その一つに「仮説を立てて、ものを見る」というのがありました。つまり、ある社会現象がなぜ起こったのかを探求するときに、事実をよく見ていくと、一つの因果関係が筋として見えてくることがある。その仮説が正しいかどうかを、そこから具体的な事実に当てはめながら検証して行く、というのです。彼の書くナレーションの持つすぐれた説得力は、そこから出ているのだと思いました。
 これは要するに、雑多な社会現象をそのまま要約しても、意味のある報道にはならない、そこには伝える者の視点がなければならない、ということです。そうすると、公共放送としては、その視点は公正かという問題が出てきます。「惜別」の記事は「権力批判ではなく、文明批評色が濃かった」と書いていました。だからこそ吉田氏は定年まで職を全うできたとも言えるでしょう。
 いま私は、一冊の本を読むにしても、自分の視点で読むことを心がけています。ただの要約と解説なら、他に上手な人がいるでしょう。「これを読んで、私はこう思った」と書くのが、私の仕事だと思っています。吉田氏はテレビ第一世代の人でした。私はブログ論壇第一世代の人になれるでしょうか。もしなれたら、死んだときに誰かが「惜別」してくれるでしょうか。

李啓充氏の講演を聞く

東京保険医協会の政策講演会「医療費抑制政策と医療崩壊」を聞いてきました。講師は元ハーバード大学医学部助教授で文筆業の李啓充氏でした。整然と用意された配布資料と、その内容を順にスクリーンに示しながらの、わかりやすい講義でした。
 最大の論点は、医療は「大きな政府」と「小さな政府」と、どちらの下でよく機能するかということでした。小さな政府なら国民負担率も小さそうに見えますが、医療に関しては、民営医療を増やせば国民の医療費負担の総体は格段に大きくなるというのが結論です。世界で最も高額の医療費を消費しているアメリカの国民は、半分の医療費でやりくりしている日本と比べて、長寿率において、はるかに下位に低迷しているのです。その日本が、民営化の圧力でアメリカ型に近づこうとしているのは危険なことです。
 つまり、医療費を抑制すれば公的医療が弱体化し、その結果として自由診療や民間保険の部分が肥大して、「良い医療は金次第」の世の中になります。国民の医療費が全体として高騰するばかりでなく、庶民が高度医療から遠ざけられ、貧困者は医療から見捨てられるという、悲惨な格差社会を招いてしまいます。医療という国民福祉に直結する分野は、自由競争には、なじまないのです。
 最近話題になっている「混合医療」についても、明快な説明が聞けました。保険で使えない薬でも、患者が希望すれば、その部分だけ任意の負担で使いたいというのは、一見正論のようですが、導入されれば必ず商業主義で歪められるというのです。それよりも、本当に良い薬があるのなら、審査をして早く保険で使えるようにするのが正道だと納得しました。
 優秀な日本の医療制度を維持するためには、必要な経費は削ってはならない。公的医療の充実は国民の負担を減らし、幸福を増大するというお話でした。

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
→著作などの紹介と販売について
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