志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2009年07月

ブログ連歌(88)

1739 世の蔭に 隠りいる人 それも人(みどり)
1740  出たい人より 出したい人を(うたのすけ)
1741 さまざまな 顔のポスター 路地の角(建世)
1742  ここ一番と 工夫を凝らし(うたのすけ)
1743 お互いに ブレ合っている 頼りなさ(うたのすけ)
1744  笑みの中身は 何処までホント(やまちゃん)
1745 品定め サービス競う 夏バーゲン(建世)
1746  賢い客の 肥えた眼(まなこ)で(うたのすけ)
1747 西瓜ひとつ 丸ごとで買う 心地よさ(建世)
1748  大玉メロン 二玉貰う(花てぼ)
1749 井戸の中 つるべを取られ 西瓜浮く(みどり)
1750  軽く叩いて 熟れぐあい良し(うたのすけ)
1751 あの人の 頭叩いて みたきかな(建世)
1752  叩いてガックリ 次の手探し(やまちゃん)
1753 王手あり 飛車取りもある 乱世かな(ハムハム)
1754  勝負は秒読み 投了近し(建世)
1755 マニフェスト 通りにいけば 桃源郷(うたのすけ)
1756  生かす殺すも 我々次第(やまちゃん)
1757 梅雨明けは 公約違反か 気象庁(建世)
1758  せめてお天気 ぐらいは当てて(うたのすけ)
1759 宇宙より おかえりなさい 空仰ぐ(みどり)
1760  地上のことは 小さい小さい(建世)

プリンスホテルは控訴した

 日教組の教研集会会場の使用拒否問題をめぐり、東京地裁から約3億円の賠償支払いと全国紙への謝罪広告掲載を命じられたプリンスホテル側は、判決を不服として東京高裁に控訴しました。予想されたことではあっても、これで「司法判断に従わないプリンスホテル」としての話題が、まだ長く続くことになるでしょう。
 私は、昨年にテレビで見た映画「ホテル・ルワンダ」を思い出しています。アフリカ内陸の小国ルワンダで起きた民族対立による大虐殺の際に、一流国際ホテルという看板だけを頼りにして、1200名の避難民を殺戮から守り通した支配人の、史実に基づいたドキュメンタリードラマでした。そこで示されていたのは、一夜たりとも宿を提供した人たちはホテルの客として守り通すという、ゆるぎない意志の力でした。
 「ゴキブリを殺せ」と叫ぶ民族主義者のラジオ放送が荒れ狂う中でも、ホテルの中だけは、人間を人間として尊重する秩序が保たれていたのでした。この映画を、プリンスホテルは、ぜひ社員教育の教材として、幹部も含めた全員で見てほしいものだと思います。
 「日教組は民族の害虫だ」と叫ぶ右翼宣伝カーの言い分に、まさかプリンスホテルは賛同したのではないと思いますが、結果として彼らに力を与える結果を残したこと、しかもそれを司法の判断を無視してまで強行したことについて、プリンスホテルが何の反省もしていないとしたら、この企業グループは、今後の日本で繁栄してほしくない存在になるでしょう。
 客の要望を実現する努力もせずに、成立した契約を一方的に「迷惑だから」と破棄したのでは、客選びの差別をしたと言われても仕方がありません。どのような理由づけで控訴したのか詳しくは知りませんが、東京高裁の判断に注目しましょう。

法人税引き下げは有難くない

 民主党のマニフェストについて、評価したい部分もあるが、そうでないものもある。高速道路の無料化とテロ特措法による給油についてはすでに書いたが、中小企業の法人税率を引き下げるというのも、あまり感心しないと思った。
 私も小企業の経営にかかわってきたが、法人税は昔は一律に42%と決まっていた。以前にも書いたが、小企業は経営を黒字にすることが大変なので、利益が出ているときの税金を重いと思ったことはなかった。その法人税は、今は原則30%に引き下げられ、中小企業に対しては、特例で18%になっているそうだが、ずっと赤字決算を続けている私は知らずにいた。民主党のマニフェストは、その18%を11%に引き下げるとしている。
 私の会社は設備投資を必要とするタイプでないから一般化できないかもしれないが、このマニフェストを見て思ったのは、貧困層の貧困は、減税では救えないということだった。所得が低くて納税額のない階層は減税とは無縁で、減税の恩恵は、ある程度以上の所得のある人にしか及ばない。本当に困っている中小企業も、それに似ているのではないかと思ったのだ。
 だからといって、法人は生身の人間と同列ではないから、生活保護をしてまで支える必要はない。経営が成り立たなければ解散すればいいだけの話である。しかし実質的には、零細法人は個人経営と同じである場合が多い。つまりは国民すべてのためのセーフティーネットがしっかりしていれば救われることになる。
 総じて今回の民主党のマニフェストには、無駄の削減以外には、国の増収策が示されていない。相次ぐ自由化・規制緩和でゆるんでいる経済の健全化のために、政策的な税制をもっと積極的に立案すべきだと思うのだが、何よりもまず無駄な支出を減らすことが第一順位なのだろうか。増税の話はすべて後回しという、選挙対策の迎合でなければいいのだが。

プリンスホテルに賠償と謝罪広告命令

 まだ新聞の紙面には出ていませんが、昨年の日教組教育研究集会の予約を、裁判所の仮処分命令を無視して一方的に破棄したグランドプリンスホテル新高輪に対して、東京地裁は日教組の主張を認め、約3億円の損害賠償・慰謝料の支払いと、全国紙5紙への謝罪広告の掲載を命じたということです。この問題をめぐっては、宿泊予約を合法な理由なく取り消したとして、すでに警視庁が旅館業法違反の疑いでプリンスホテルの社長や総支配人計4人を書類送検しています。
 昨年の春、この問題は集会と表現の自由に対する不当な圧力として、大きな話題になりました。私も「プリンスホテルの集会拒否問題を考える会」の代表、毛利正道弁護士によるホテル側への要請行動に同行して、レポート記事を書いたことがあります。その場でのホテル側の対応は、「地域とお客様の安全」を強調するものの、地域の住民や学校、警察などと協議した事実は全くなく、すべてが「自分たちでそのように判断した」という、まことに官僚的な主張に終始するのみでした。
 その誠意のなさから、私は、すでに書いていた「プリンスホテルは使わない」宣言を再確認し、使わない対象をプリンスホテル・グループの全体にまで拡大せざるをえませんでした。
 この件では、司法判断を公然と無視したプリンスホテルを強制的に従わせる方法がなく、結局は民事裁判で1年以上の時間が経過してしまいました。プリンスホテルは今回の判決を重く受け止めて、同種の事件が繰り返されることのないように、社会的責任を果たしてほしいと思います。それが信用を回復する唯一の道だと私は思います。そうでなければ、私の「プリンスホテルは使わない」宣言は、判決の確定と実行まで続くことになります。

給油停止を遠慮するな

 民主党は政権公約から「インド洋での給油活動の停止」を外したそうだが、愚かなことをしたものだと思う。政権交代による「激変の緩和措置」で国民を安心させるつもりだったのかもしれないが、「政策がぶれた」と、自公政権からまで攻撃されている。アメリカからの自立に期待していた支持者の不信を買ったことは、言うまでもない。
 常識のあるアメリカの外交官なら、日本で民主党が政権党になったら、給油が停止されることは覚悟していたに違いない。「日本の政権が変っても日米同盟の重要性は変らない」とする高官の発言があったのも、それを前提にした対応だったと言えるだろう。それなのに、今後の日米交渉で使える強力なカードを、ゲームが始まる前に手放してしまった。「大貧民」というゲームがあるが、最初に最良の切り札を大富豪にさし出すようなもので、これでは対等なゲームはできないだろう。
 アメリカ製「テロとの戦い」に率先して賛同した小泉政権の行動を、少なくとも批判的に見ていたのが民主党だと思っていたのだが、本当は違っていたのだろうか。インド洋から一度は自衛艦を引き揚げさせた政治力が、単なる政争の手段だったとは思いたくない。
 憲法の制約があるし、そもそも武力でテロをなくすのは日本の得意技ではない。非軍事の分野で平和に貢献するのが日本国の理念ではないのだろうか。理念がしっかりしない政党は国民から信用されないし、強い理念に基づかない外交は、諸外国から尊敬されることもないだろう。
 国民は、それほど愚鈍ではないと思う。インド洋の給油を停止したらアメリカを怒らせそうで、怖いから民主党への支持をためらうという人が、それほど多いとは私には思えない。むしろ民主党の腰砕けを悲しみ、落胆した人の方が、ずっと多いのではないだろうか。
 以上は、このところの報道に接した私の感想なのだが、政治には裏の事情もあるのかもしれない。アメリカから裏ルートで深刻な恫喝があった類の陰謀説には私は関知しないが、民主党の党内事情も単純ではなさそうだ。岡田幹事長は「政権を取ったその日から給油を止めるわけではない、と言っているだけだ」と釈明していたが、公約に掲げて国民の支持を得ておけば、ずっと強力な外交カードになる。今からでも思い直して貰いたいものだが、どうだろう。

ブログ意見集 by Good↑or Bad↓ 衆議院が解散8月30日投開票



高速道路無料化に賛成できない

 民主党は高速道路の原則無料化を政権公約にするとのことだが、これには賛成できない。公費を投じて作った道路だから、無料で開放するのが正しいという理屈は間違ってはいないし、経済効果を計算すると、国全体としては増収になるというのも一理はあるだろうと思う。それでもなお、将来に向けて好ましい政策とは思えない。
 過去の保守政権は、道路を始めとする公共土木工事に異常なほどの巨大予算をつぎ込んで、日本の「国の形」をハード面からもソフト面からも歪めてしまった。その中で優遇されてきたのが自動車産業であり道路行政だった。その後を引き継ぐ新政権が道路を無料化したら、それは自動車優遇の追認であり、それ以上の「追い銭」になってしまうではないか。
 高速道を無料化すれば、鉄道、海運などの輸送機関は大打撃を受けるだろう。低炭素で安全な公共輸送システムを整備すべき時代の要請に逆行するし、個人のレベルでも自家用自動車への依存を強める結果にしかならないだろう。ハイブリッドや電気自動車などの改善が進むとしても、自動車は万能ではない。自動車がなくても暮らせる生活環境づくりを進める方が、はるかに大事な課題ではないのか。
 現在行われている制度でも、使えるものは使った方がいい。世界一高い高速道料金だが、それは政策の財源として使えばいいではないか。わけのわからない偽装民間会社を解体して、料金収入を国の一般財源にすればいいだけの話である。地方鉄道や公共パスへの補助金や、新交通システムの開発などに振り向けたらいい。 
 公約だから守らなければならない、そうしないと攻撃されると恐れることはない。明るい未来像をはっきり描いて見せたら、国民はきっと納得する。少なくとも私は、高速道路を無料化する民主党を支持しない。むしろ値上げして一般財源化する政策を支持する。

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ブログ連歌(87)

1719 この夏の その日は一番 長い日に(うたのすけ)
1720  秋立ちて吹く 新風を待つ(建世)
1721 日本にて 生れてきたこと 悔むなり(恩義)
1722  この地球上 この国にして(建世)
1723 憲法の 戦争放棄 誇らしき(みどり)
1723B いろいろと 問題あれど 孫もいて(うたのすけ)
1724  行きどころなし 暑さの夏は(建世)
1725 真夏日は ビール美味しい 昼寝好し(やまちゃん)
1726  テレビ斜に見て 天下を論ず(建世)
1727 お盆が来 選挙があって 甲子園(うたのすけ)
1728  日食もあり 夏休みなり(建世)
1729 蝉しぐれ 帰省の村は 大合併(みどり)
1730  我がふるさとは 街の片隅(うたのすけ)
1731 廻り来る 平和に感謝 暑き夏(やまちゃん)
1732  紙に名を書き 世直しひとつ(建世)
1733 親分の 人気ランクに 貢献し(花てぼ)
1734  清き一票 地盤は横丁(建世)
1735 選挙権 与えてみるのも 虚しきか(恩義)
1736  たかが一票 されど一票(建世)
1737 成人の 目覚め嬉しき 初選挙(みどり)
1737B 四十日 山あり谷あり 陥穽も(うたのすけ)
1738  閑静に住み 投票日待つ(建世)
1739 世の蔭に 隠りいる人 それも人(みどり)
1740  出たい人より 出したい人を(うたのすけ)


「われわれ」でない私たち

 テレビで政党の集会風景を見ていた妻が、「この『われわれ』っていうの、いやね」とつぶやきました。「われわれは…」と叫ぶ人たちの中に自分は入っていない、その感覚が、私にもすぐにわかりました。
 「われわれ」は、労働組合でも決まり文句です。たいていの集会は「われわれは、以上の要求を貫徹するために、総力をあげて闘うことを宣言する。」といった言葉で終ることになっています。その「われわれ」の中に、自分も入っていると感じる人は、会場の外では非常に少ないことでしょう。
 もっと古いことも、あざやかに思い出しました。戦後すぐのラジオの人気番組「日曜娯楽版」が、選挙をテーマにしていたことがありました。演説口調の複数の声が「われわれは…」「われわれは…」と怒鳴り声で重なって聞き取れない騒ぎから始まって、しばらくすると、みんな疲れてきて「われわれは…」の声も小さくなり、結局は中身が何も出ないまま終ってしまうのでした。
 「われわれ」を強調するのは、もちろん組織の団結力を高めるためです。政党も一種の圧力団体ですから、統制がなければ有効な働きができません。ですから口調が労働組合に似てくるのは、ある程度は止むをえないのです。しかし組織の外にいる人から見たら、自分とはかかわりのない集団に見えてしまうかもしれません。私は先日来、選挙で投票に行かない人たちの気持を想像していたのですが、この辺に謎を解く鍵があるような気がしてきました。
 労働組合は特定の立場の人たちの組織ですが、政党はそれと似ていても、決定的に違うところがあります。それは国民すべてを相手にして活動しなければならない点です。そうでなければ、政権を取って政策を実行することは不可能です。政党は、組織力もなく発言する力も弱い人たちの声も代弁しなければならないのです。そういう外向きの顔のときは、「われわれ」は、似合わない言葉になるのではないでしょうか。
 最近、民主党の鳩山党首の口癖として、「……しようじゃありませんか、皆さん」という言い方を聞くことが多くなりました。ちょっと力強さに欠けるような感がありましたが、この人なりの「友愛」精神の表現なのかもしれません。「われわれではない私たち」の心を掴むのは、果たしてどの党でしょうか。

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青少年福祉センター50年のあゆみ

 社会福祉法人青少年福祉センターの公式記録「五十年のあゆみ」の編集が最終仕上げとなり、最後の校正打合せに行ってきました。私は自転車で散歩の途中に立ち寄ったという偶然から、最後の仕上げ段階にだけ、お手伝いをする機会を得ました。
 今日も、最後の最後になって、長谷場夏雄先生の最近の顔写真が1枚も入っていないことに気づき、その場で事務所のデジカメを借りて撮影して、来合わせたコロニー印刷の担当者に、メールで工場へ送って貰いました。現代だからこそ出来る早業で、昔の書籍編集の感覚では考えられないことです。新聞かテレビ番組を作っているような感じでした。
 5年もかけたという編集の成果ですから、長谷場先生も最後はおだやかな表情でした。それを撮影できたまではよかったのですが、少し後で、長時間の校正で疲れた先生が「目まいがする」と、ソファーに横になられたのには驚きました。間もなく無事に回復されましたが、一時的な眼精疲労だったのでしょう。とにかく最後まで劇的な編集作業でした。
 編集に当った責任者と、その助手として働いた人の苦労がどれほどであったかは、ぎっしり無駄なく詰まった内容を見ればわかります。戦後の荒廃の中に投げ出された戦災孤児の助け合いから始まり、自らの努力が周囲の善意を呼び込む奇跡を重ね、ついに国の制度としての児童福祉を先導する役割を果たした人たちの記録です。その記録づくりに、最後の少しだけですがお手伝いできたことを、ちょっと誇らしく幸せに思えた日でした。

投票用紙で武装せよ

 今朝の朝日新聞のオピニオン頁、「有権者に告ぐ」の中にあった森巣博氏の「投票用紙で武装し、蜂起せよ」の激しさには、いささか圧倒されました。私はこの人の作品をまだ読んだことはないのですが、世界的なギャンブラー兼作家で、オーストリア在住ということです。
 言っていることを要約すれば、人は希望を失えば自殺するかテロリストになる。今の日本には、大衆が蜂起する充分な理由がある。大衆が蜂起して権力と戦うには、殺傷力の強い武器がなくても、丸太ン棒でもガソリンでもマッチと新聞紙でも、何でも役に立つ。それならいっそ、選挙の投票用紙を使ったらどうだ、というのです。
 私のインドネシアにいる友人もそうですが、ブログを見ていても、海外にいる日本人の方が、日本の現状に対して強い批判的な意見を持っていることが多いようです。諸外国では常識化している「国民の都合に合わせた施策」が、日本では高嶺の花のようになっている状態を異常だと思うのでしょう。私たちがそれだけ深く、長年にわたる保守政治に飼いならされてしまっているのかもしれません。
 この私も昨日までは、8月30日の投票をどう使おうかと、ちょっと楽しみな気分でいました。先日の定額給付金にも似て、とりあえず民主党に政権交代させてみて、護憲政党も応援したいから比例区はどうしようかなどと、使い道の皮算用をしていました。そこへ今日のオピニオンを見て、「喝!」を入れられたような気がした次第です。

 政治を変えるに 刃物は要らぬ 紙に名前を書けばよい

 というのは私の都々逸ですが、私が望むのは、あくまでも無血の改革です。ただし政権に近づきつつある民主党の政策が、このところ微妙に「現実的」に変りつつあるのは要注意だと思っています。テロ対策の給油活動を直ちに止めるのは難しいというのは、本当にそうでしょうか。ソマリアの自衛隊は撤退させられるでしょうか。現実と妥協して自公政権のやってきたことを追認するのでは、政権交代の意味は薄くなります。
 それでも、今のままでは絶対に不可能なことが出来る可能性はあります。絶望よりも蜂起しよう、武器は投票用紙でいいというのは、時宜に適した呼びかけでした。

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東京で日食を見た

 日食の当日、朝から雨でしたが、昼近くになって止み、それでも曇り空なので、ほとんどあきらめていました。しかし11時近くに念のため屋上へ出てみると、曇天ながら少し明るさはあります。東京の日食ピークの11時13分には、どの程度暗くなるものか、確かめてみようと思っていたところ、思いがけなく雲を通して太陽が見えました。見事に三日月形になっていました。
 6年生の孫と、遊びに来ていた友人にも知らせて、ピーク時前後の日食を見ることができました。雲が厚くて、時々薄く見える程度でしたが、まぎれもなく75%日食の現実の姿でした。太陽の位置は、ほとんど真上に感じられるほどの高さでした。まだ夏至から遠くない季節ですから、高度は80度近くの筈です。周囲の風景は、ピーク時にも、あまり暗くなった印象はありませんでした。光量が4分の1になっても、写真の絞りなら1段だけですから、あまり差を感じないのでしょう。
 孫たちに、とにもかくにも本物の日食を見せられたのは好運でした。
 日食には、いろいろな思い出があります。昭和33年に東京で部分日食があり、勤め先の業界紙の仲間と昼休みの外出をしていました。日食中は、街路樹の影にできる木漏れ日の形が、普段の円形ではなくて三日月形になります。私がそれに気づいて指摘すると、同僚にひどく感心されて「あんたは科学者向きだね」と言われました。
 ところで、日食と月食とは、どちらが頻繁に起きるか、ご存知ですか。ふつうは月食の方が多いような印象でしょうが、じつは日食の方がずっと多いのです。そのわけは、「月食は地球上のどこからでも見えるが、日食は影に入る地点でしか見えない」からです。私が文科系に進んだのは、間違いだったでしょうか。

夏の陣が始まった

(熊さん)ご隠居、いよいよやりましたね。解散の詔勅を読み上げて、議員がみんなで「バンザイ万歳」ってやってましたよ。何であれは万歳なんですかね。
(ご隠居)あれは昔からの仕来たりだな。与党の連中は、やけっぱちで、野党の連中は「待ってました」の気持があったかも知れんがな。
(熊)昼前の議員総会とかは、すんなり行ったようじゃないですか。テレビも入って麻生さんが演説してましたよ。
(隠)麻生おろしの内輪もめを、わざわざテレビ中継させるわけにも行くまいて。解散直前なら選挙必勝でまとまると読んだのさ。どうやら体面だけはつくろったようだな。
(熊)それで、あとはもう選挙だけですか。
(隠)そんなようなもんだが、総選挙は来月の18日にヨーイドンで、投票日は8月30日になる。それまでに、まだ一月以上もあるんだ、これがなかなかの曲者だな。
(熊)自民党は旗色が悪いようだけど、なんか驚くようなどんでん返しがありますかね。
(隠)そのことよ。神風が吹いてくれないかと、わらをも掴む心境だろうさ。それに、麻生をおろして看板を掛け替えてみたいという気持もくすぶっている。考えてみれば、今度の選挙は総理大臣を選ぶようなもんだ。アメリカではオバマが民主党の候補に決まるまでの予備選挙で、クリントンといい勝負をして話題になっていた。あの予備選挙みたいに、自民党の総理大臣候補を選ぶ総裁選挙をやれば、たとえば舛添要一はどうだ、小池百合子はどうだとか話題になるんじゃないかってぇわけだ。不人気な麻生さんと心中したんじゃ悔いが残る。万に一つでも可能性を試したい、という本音は、あるだろうな。
(熊)それで民主党の鳩山さんは「表紙だけ替えてもだめ」なんて言ってたんですね。でも、他の人が総理大臣の候補になったら、自民党の人気が上りますかね。
(隠)今度ばかりは、その手を使ってもだめだろうな。昔は不人気な首相が出ても、他の派閥に交代して自民党政権が長続きすることもあった。だけど今度は違う。自公政権の政策が完全に行き詰まって、民主党の人気に負けてしまったんだ。小手先の細工で間に合うような状況じゃなくなってる。国会を解散したついでに、自民党も解散して出直すしかあるまいて。
(熊)国会が解散したら選挙で、自民党が解散したら…
(隠)隠居だな。
(熊)あそうか。

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(何だかよくわからないのですが、ブログ・ヘッドラインのバナーを貼ってみました。goodをクリックしていただくと、ランクが上るようです。)


錬金術は不滅なのか

 昨夜のNHKスペシャル「マネー資本主義第4回・ウォール街の“モンスター”」を見ていて、ようやく金融工学の正体が少しわかりました。原爆開発の「マンハッタン計画」並みの巨大開発として、世界の最先端の頭脳と技術を駆使して作り上げた「資本主義の夢の救世主」であったというのです。その夢とは「リスクの合理的な管理」でした。
 個々の個人や企業が行う無数の商行為を統計的に処理すれば、一定の法則に従っていることがわかります。駅に出入りする人の流れが、流体力学で説明できるようにです。ですからリスクにも正しい格付けをして処理すれば、危険が少なくてかつ利潤が最大になるような投資商品を開発することができる筈です。こうして金融工学は、確かな金融商品を開発することができると信じられるようになりました。
 投資では利潤の大きな金融商品が人気を集めます。投資が過熱しても、資金が潤沢に流入している間は破綻は起きません。最初のリスク率に変動がないからです。しかし、一度破綻が始まれば、リスク率は急激に上昇して、安全だった筈の投資までも破綻させます。金融工学の計算式は、与えられた基礎条件が変れば違う答を出すという、ごく当り前の結果を導いたのでした。
 マネー資本主義の崩壊で世界は不景気に苦しんでいますが、どこが悪かったのか、どう直せばいいのかについては、まだ議論が始まったばかりです。そのかげで、より「リスク管理を厳格にした」金融商品が、早くも行き場のなくなった投資の受け皿として人気を集め始めているということです。資本主義が貨殖を最高の価値としている以上は、金融工学があろうがなかろうが、バブルと恐慌の繰り返しは避けられないかのようです。
 今夜も同番組の最終回があるようですが、私が思う好ましい解決策は次の二つです。一つ目は、資本の蓄積を金融の目的とせず、手段とすること。目的は世界の貧困の解消です。二つ目は、余剰資本を吸い上げる世界規模の税制を整備すること。
 世界中で多くの企業が国の支援を受けて、多かれ少なかれ「社会主義化」しており、アメリカといえども例外でなくなりました。資本を、人々が仕える絶対者の地位から、「人類のために働かせる家僕」に変えることができるかどうか、ことの本質はそこにあるような気がします。

雨中登山の思い出

 北海道大雪山系トムラウシ山周辺での遭難事故のニュースを聞いて、高校時代の丹沢への雨中登山を思い出した。高校1年か2年のことだから、昭和24年か25年のことになる。まだ戦後間もないから、登山用の装具などは、誰も持っていない時代だった。
 学校行事としては、遠足の位置づけだったと思う。小田急の大秦野駅が集合地点だった。朝から曇りだったが、駅に着くころから雨が降り始めた。引率の教師は、それを見て「登山は中止、直ちに解散。」を決めた。ところが山岳部など登りたい連中は、その場で山へ行く仲間の募集を始めた。ほぼ半数の20名近くが「雨でも行ってみる」ことになった。教師はそれを横目で見ながら「学校としては中止するから、充分気をつけるように」とだけ注意して帰って行った。そのように生徒の決めたことには干渉しないのが当時の学校の流儀だった。
 私はそれまでに2回、富士山の山頂まで登った経験があったから、脚力には自信があったので行くことにした。自慢の軍隊靴は、どんな道でも歩ける万能だと思っていた。バスに乗った記憶はなく、一行は山岳部の者が先導と後詰めを固めて、一列で山へ向かった。傘を持っている者さえ、数人しかいなかったと思う。間もなく全員がずぶ濡れとなった。携帯用雨具などは、まだ存在しない時代である。
 経路がどうで、どの山頂を目指したのかは何も記憶にない。道はだんだん急坂になり、樹木が少なくなった。私がここで覚えたのは、先頭は落石を感知したら直ちに「落石!」と大声をあげて後方に伝えることと、歩くテンポはあまり変えずに、上り坂では歩幅を小さく取ることだった。この知識は今でも役に立っている。
 やがて痩せた稜線に出た。その辺りから急に風雨が激しくなり、濃いガスで視界も利かなかった。これではどちらへ落ちても助かりそうもないと、少し恐怖も感じるようになった。ただし寒さを感じることははなく、むしろ体温と湿気で蒸されるようだったと思う。ついに後部から「止まれ」の声が上がって、来た道を引き返すことになった。
 雨に濡れるというのは、徹底するとそれほど気分の悪いものでないというのを、このときに経験した。大秦野の駅で帰りの切符を買うときに、乾いた紙幣を出すことのできる者が一人もいなくて、駅員を大いに困らせたことを覚えている。

地球幸福度指数

 杉浦ひとみさんのブログを通して「地球幸福度指数というものがあるのを知りました。その指数によると、世界一の国は南米のコスタリカになるそうです。コスタリカは、日本を手本として軍備を持たないことを憲法で決めて、実行している国です。ちなみに、この指数で計ると、上位10位までにラテンアメリカの国が8カ国も入り、日本は45位、アメリカは114位になるということです。
 そこで、この地球幸福度指数(The Happy Planet Index=HPI)なるものを少し調べてみました。これはイギリスの環境保護財団 Friends of the Earth が公表しているもので、計算式は、

生活満足度×推定寿命÷生態系維持予測指標

だということです。生態系維持予測指標とは、要するに自然環境に与えている負荷の大きさということのようです。つまり、国民がどれほどの幸福感をもってどれほど長く生きているかを、その国が地球環境に与えている負荷の大きさを分母として割って得られた数値です。
 生活満足度というのは相対的なものですから、市民生活が近代化していなくても、自覚的に満足であれば高くなることはありそうです。逆に、開発されて便利な市民生活になっていても、貧富の差が大きかったり日々のストレスが強かったりすれば、不満が強くなるのは今の日本でも経験しているところです。それに加えて環境負荷が大きければ大きいほど指数は小さくなる計算ですから、世界一の軍事大国であるアメリカが下位に沈むのは当然の成り行きです。
 この指数に対しては、当然ながら数々の批判が寄せられているようです。政治的な自由度なども考慮されてはいません。環境負荷が少なくて人々が日々の暮らしに満足していれば指数は高くなるのですから、低開発ほど良い国なのかという反論もできるでしょう。しかし私は、これは地球という住処のことも考慮に入れた、トータルな人類の幸福としてなら、充分に意味のある指標ではないかと思いました。
 高度に開発された国であっても、貧富の差を少なくして、自然エネルギーの活用に努め、鉄鋼もコンクリートもリサイクルを徹底して地下資源の採掘を極少にすれば、地球幸福度指数を向上させることは可能です。もちろん軍備の拡張などは、もっての外です。日本の国が、そのような先進国になったらいいと思いませんか。

ブログ連歌(86)

1699 サミットで 足掻きに似たり あの笑顔(うたのすけ)
1700  限りある日々 楽しむに似て(建世)
1701 留守の間の あれこれまるで 国盗り図(うたのすけ)
1702  有無を言わせず 明日は都議選(建世)
1703 戦前の 暗黒時代 普選なき(みどり)
1703B 疫病に 経済不況 世も末か(恩義)
1704  一票の価値 おろそかにせじ(建世)
1705 重たきは 期待の実行 国政図(やまちゃん)
1706  まずは見直す 石原都政(建世)
1707 敵失で 転がり込んだ 勝利のよう(うたのすけ)
1708  勝ちは勝ちなり いざ本丸へ(建世)
1709 あらかたの 堀は埋まって 勝負あり(うたのすけ)
1710  夏の陣にて 歴史は変わる(建世)
1711 この夏を おかげで何とか 過ごせそう(うたのすけ)
1712  梅雨も明けたか 夏山を恋う(建世)
1713 険しきも 箱根の山路 踏みゆけり(みどり)
1714  登り下りつ 山の醍醐味(やまちゃん)
1715 山居して 思い深かり 青年期(建世)
1716  山に縁無き 男がひとり(うたのすけ)
1716B  ゆらめく未来 狭霧とざせり(みどり)
1717 立ち尽くす 峠にひとり 珠を抱く(建世)
1718  青臭くまた なつかしき日々(建世)
1719 この夏の その日は一番 長い日に(うたのすけ)
1720  秋立ちて吹く 新風を待つ(建世)

夕日の思い出

 この数日は、夕日の日没を見られるようになった。自宅ビルの屋上に出ると、雲がなければ秩父の連山に日が落ちるのを見ることができる。私はその数分間を、一人でじっと見ているのが好きだ。時々は6年生の孫が、気配を察して見にくることもある。
 夏至は過ぎたが、日没の位置は、まだあまり変らない。夏至と冬至前後の太陽は、ゆっくりと移動するのだ。これが春分・秋分の近くだと、太陽の移動は急ぎ足になる。次の季節へと急ぐように、西の正面を通り過ぎて行く。
 高校3年の夏休みに、長いこと箱根仙石原温泉荘の山小屋にいた。西の正面が長尾峠の稜線で、その上に富士山が見えるのだった。ある夕方に、急に峠まで行って、夕日が富士山に落ちるのを見たくなった。まっすぐ丘を降りて、夕日と競争するように高原を突っ切って行った。まだゴルフ場が出来ていない時代だから直進ができた。兄が終戦で持ち帰った軍隊靴を履いていた筈である。1時間足らずで峠まで登り、日没に間に合った。
 正面は、まぶしい黄金の輝きに満ちていた。御殿場の裾野から立ち上がる富士山の全景は、ほとんど細部は見えなかった。ただ光の海が広がっていただけである。しかし振り返った反対側の風景が、今もありありと記憶に残っている。順光の夕日に照らされた大湧谷から神山の内輪山と、芦ノ湖を抱く高原の風景が、一木一草に至るまで、非常に明瞭に見えていたのだ。それは息をのむような美しさだった。
 当時の私は、強烈な懐古趣味に陥っていた。とにかく古いものは何でも美しくて良いものなのだった。18歳まで育った自分の足跡も、よくわかっているつもりだった。そして自分の人生が一つの高みに到達したことを感じて「18歳、人生最高説」を信奉するに至っていた。「これから先は、妥協して生きるだけの下り坂だ。人間の純粋さからすれば、今が自分の最高点」と思ったのだ。
 行く手が茫漠としていて、これまでの道のりだけがよく見えているのは、自分の人生の象徴のように思われた。自分の力で、ここまで来たと思った。だが、そのような哲学的な思考にふける優雅な高校生活を許してくれている、父親の経済力に感謝することも知らずにいた。
 私が日記帳に「遺書」を書いたのは、その年の秋の暮れだった。

ハイブリッド車の危険

 今朝の朝日新聞の記事に先を越されてしまったが、ハイブリッド車でヒヤリ事故が増えている。電気モーターを使う低速時の走行が静かすぎて、後方から近づく車に歩行者が気づかないのだ。プリウスに乗っている知人から経験談を聞いたし、鼻メガネ先生のブログにも、クラクションに驚いて振り向いた話が出ていた。それ以来意識して、路上で自分がどのように車を避けているかを実感してみた。
 家の前の道路は一方通行路で歩道もないのだが、かなり重要な道で、路線バスも走っている。歩きや自転車で通るとき、車に対面する方向なら問題はないのだが、車に追い越される方向になると、近づくエンジン音で判断しているのがわかった。ほとんど自覚しない「気配」としてなのだが、バスや大型車の音なら道を広くあけるように気を使うし、バイクや軽自動車の音ならあまり気にしない。要するに音で判断しているのだ。
 あまり車の通らない細い道だったら、どこを歩くかはあまり気にしないものだ。急に思いついて道の反対側に足を踏み出すことも充分にありえるだろう。そこへ後ろから知らぬ間に近づいていた車の車輪が乗り上げて来たら、かなり深刻な怪我をすることになる。想像すると、かなり怖いことだ。この場合でも、運転者はおそらく「前方注意義務違反」の責任を免れないだろう。
 私たちは長年の習慣で「自動車とは音を出すもの」だと思っている。電動で静かに走る車というのは、「気配」で察することのできない想定外の危険物になるのだ。細い道路での車と歩行者の混在が避けられない現状では、車から音を出させる以外には、危険を避ける方法はないのではなかろうか。
 とりあえずの対策としては、短音の警笛を鳴らすしかないだろうが、歩行者専用の弱音の警笛が欲しくなるかもしれない。それよりも確実なのは、やはりエンジン音に似た音を、電動走行時には必ず車の前方へ向けて出す装置を着けることだと思う。いつまでたっても、自動車というのは危険と隣り合わせの野蛮な乗り物なのだ。飼いならすには、いろいろ装具を着けることは、やむをえない。


消費税の効用

 会社の金融関係の必要があって、久しぶりに各種の証明書などを取り集めてみました。税務署からは法人税の納税証明書をとったのですが、最近は赤字決算なので法人所得税はゼロです。しかし消費税は売り上げについてかかるので、50万円ほどの納税がありました。この他に、都税として均等割の法人事業税を年額7万円納めています。
 実家の出版社の仕事をしていたときもそうでしたが、会社が赤字になって所得税がゼロになると、少し肩身の狭い思いをしたものです。仕事をしていながら、世の中を支える側ではなくて、保護される側になってしまった後ろめたさです。最近はトヨタの決算が赤字になって、社長が「税金も納められなくなって不名誉の至り」と発言していました。経営者としては当然の感覚だろうと思いました。
 消費税が導入されたとき、企業は面倒な計算が増えて、別枠で消費税の納税を義務づけられました。これは消費者が負担した税金を、企業が一時的に預かっていると考えるので、もちろん決算には関係がなく、滞納は許されません。このとき、会社の所得税がゼロであっても、一定額の税金を納めるということに、一種の安心を感じたことを覚えています。つまり会社が動いていることで世の中の役に立っているという感覚です。
 これは落ち着いて考えれば、会社が預かり金を納めているだけですから、威張れる話ではありません。しかしこれは消費税という安定財源を確保するために、すべての企業が協力しているということです。その意味でなら、赤字企業も役に立っているのです。
 消費税の長所は、景気の変動に左右されずに、もっとも安定した財源になることです。貧富の差なく全国民が一律に負担するので、貧しい人には重い負担になる逆累進性が問題になりますが、それは生活必需品と贅沢品との間に区別を設けるなどして改善することができます。消費を抑制したいものには高率をかけるなど、政策的に利用することもできます。民主党は「4年間は一般消費税凍結」を公約にするようですが、長期的には、政策実現のための前向きの制度として再構成すべきでしょう。
 消費税を絶対的な悪と考える必要はないと思います。好ましくない消費を抑制する効用も期待できる、生かして使うべき制度だと思います。

選挙前の夏休みをどう使うか

 この21日あたりに解散で、総選挙の投票日は8月30日という枠組みが出てきた。麻生首相は「自分で決めた」という体面を、どうやら保てたと思っているようだが、解散から投票日までが、40日以内という憲法の規定一杯にまで広げられている。その間は衆議院が存在しないので、政治の空白期間になる。「政治に空白を作ってはならない」を理由にして居座った総理だったが、最後は自分で最長の空白を作ってしまった。その間に総理総裁の椅子が危なくなるかもしれないが、そんなことは、もう大勢には関係がなくなった。
 この投票前一ヶ月の夏休みには、どんな意味があるのだろう。都議選での逆風の強さに恐れをなして「このままでは勝てないから、体制立て直しの時間がほしい」というのが、自公とくに公明党の要望だったに違いない。公明党は都議選では負けたのではなく、むしろ完勝したのだが、絶妙な票割で全員を当選させる神通力を発揮するには、準備の時間が必要なのだ。自民党は、抱え込んだつもりの公明党に振り回されて、最後を迎えることになった。
 しかし自民党にも、淡い期待があるに違いない。都議選で民主党は勝ち過ぎたから、有権者の間にも少しは揺り戻しがきて、民主党政権の誕生に不安を感じるムードを広げられるかもしれない、といった感覚である。麻生首相の発言には、そのような期待感があるように思われる。そうするとやはり有権者が「頭を冷やして考え直す」時間が欲しくなる。その期待を込めた一ヶ月なのだ。
 一方、民主党の「ひとり勝ち」に不安を感じている人たちは、反対側にもいる。民主党は保守党の変種だから、人権や平和の問題、とくに憲法9条を守る立場からは信用できないという感覚である。でもこの人たちは自公政権の継続を望んではいない。
 総選挙では、投票の方式が都議選とは違っている。小選挙区制と比例代表制を併用しているので、投票の機会が2回あるから、これを使い分けることも可能だ。社民党と共産党にとっては、都議選での失地回復のチャンスにもなるだろう。護憲政党の存在感を薄めてはならないと私も思っている。
 総合して考えると、今年の8月30日は、初めて国民が本当の意味で政権を選ぶ選挙になる。文句なしに史上最大の面白い選挙だ。この選挙に棄権するくらいなら日本の国民をやめた方がいい。一ヶ月をあげて投票率の向上に使おう。

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
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