志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2009年10月

日本語教師の代講に行ってきた

 先日、吹浦忠正氏のブログに「日本語教師ボランティア急募」の記事があったので、登録しておいたところ、初めて代講の依頼があって、午前中に行ってきました。吹浦氏が理事長をつとめる「さぽうと21」は、故・相馬雪香さんの「難民を助ける会」を母体とする社会福祉法人で、日本に定住しようとする外国人や、難民、帰国子女などが、日本の生活に円滑に溶け込めるよう、さまざまな支援活動をしています。その一つが、子供たちへのマンツーマンの日本語教育です。
 今日の生徒は、公立の小学校に通っている小学5年生の少女でした。父親が政治的理由で国内にいられなくなり、一家4人で日本定住を選んだということです。来日して3年ぐらいになるそうです。会話はかなり自由にできますが、日本語とくに漢字の学習に苦労しているようで、5年生でも「さぽうと」では3年生程度の国語を学習しています。
 担当講師からの詳細な申し送り書類があったので、これまでの学習状況や、本日分の学習予定はよくわかりました。学校から出された宿題も、わからないところは教えることになっています。予定されたテストをやってみると、だんだん問題点がわかってきました。漢字の書き取りテストの成績は芳しくないのですが、よく聞くと、文字としての漢字はかなりよく覚えているのに、読み方と使い方が複雑なために正解できないのです。たとえば「ガンジツ」を漢字で書けと言われても、そこに「元日」の字を書くためには、日本の生活習慣から説明しなければなりません。「日」という簡単な漢字を知っていても、それを「ガンジツ」の「ジツ」に当てるためには、「ひ・び・か・にち・じつ」という読み方の使い分けを知った上で、前後の意味を知らねばならないのです。つまりは「元日」という固まった単語として覚えるしかない、ということです。外国語としての日本語の難しさは、やはり世界一です。
 しかし嘆いても仕方がありません。計算の能力は優れているし、最後まで集中して学んでくれました。近く学芸会があるとのことで、台本を持っていました。その中の「○○の子供」の役をやりたいと言うので、その部分のセリフ朗読を特訓しました。「手を上げて『やります』と言いなさい」と励ますと、「見に来てくれますか」と言います。「うん、行く」と約束して今日のお勉強を終りました。

渡辺治氏の講演を聞く

 昨夜は、九条の会・中野が主催した学習講座で、「新しい政治状況下でどうなる憲法9条」と題した渡辺治氏の講演を聞きました。会場いっぱいの盛会でした。政治学・憲法学者ですが、アカデミックな理論ではなく、今の政治状況を踏まえたホットな時事解説でした。
 まず、今回の政権交代選挙の結果にもかかわらず、自民、民主を2大保守党ととらえれば、2党合計で7割の得票率を占める状況は変っていないという指摘がありました。鳩山・民主党はハト派と思われて支持されたのだが、本来は改憲を志向していた。今は自分たちが支持された理由を知っているから、にわかに改憲に踏み出す可能性は低いが、民主党の長期独裁体制が確立したらどうなるかは、わからないということになります。
 さらに興味深かったのは、民主党の現状分析でした。民主党が、さまざまな考え方の人たちの集合体であるのは周知のことですが、「右向きの頭」と「後ろ向きの胴体」と「左向きの手足」から成っているというのです。頭は鳩山、菅、岡田、藤井氏など、もとの民主党の性格を引き継ぐもので、現内閣の中枢を占めています。胴体は小沢氏を中心とする選挙に強い実力部隊で、自民党に取って代わる支持基盤の確立をめざしています。ここが強くなると民主党独裁政権の可能性が出てきます。手足となって働いている現場の議員層には、マニフェストに忠実であろうとする地域・リベラル派の人たちがいます。しかし強いグループを形成するまでには至っていません。
 この民主党の3要素のうちで、どれが強くなるかは、連立相手である社民党・国民新党の影響もあるでしょうが、基本的には有権者による外部からの力が大きく働くでしょう。民主党を仮のハト派から、本当のハト派に変身させることができるかどうかは、有権者の行動によるということです。
 これは、私がずっと思ってきたことと重なる考え方でした。民主党が、単に「政権交代可能な予備の保守党」に終るのでは、日本の政治路線を本格的に改革することは不可能でしょう。憲法9条の護持も危うくなります。ですから2大政党による議席独占をめざす議員定数削減は、危険な政策と言わなければなりません。
 最後に、九条の会の活動は中高年層が主力となって担っているが、これは世界的にも珍しい政治改革運動だという話がありました。老人+護憲は、相性がいいのです。安心しました。

転覆した船底からの生還

 しけで転覆し漂流した漁船の船底から、4日目に3名が救出されたというニュースは、まことにドラマチックだった。海難ものの小説か映画を見るような情況設定で、生存が確認されてから後の救出の手順はどうだったのか、とても興味があった。ところが昨日までのニュースでは、奇跡的に救出されたことはわかったが、船底からどうやって外へ助け出されたのか、具体的なことは、ちっともわからなかった。
 船底を叩いて応答があったとしても、底板に穴をあければ空気が抜けて船は沈没してしまう。しかし弱っている生存者を外へ出すには、上下が逆さになって水で満たされている階段を、甲板までくぐり抜けなければならない。そこがいちばん難しいだろうと思った。
 結果的に、今日の新聞でわかったのだが、6名の潜水士が交代で空気ボンベからの空気を吸わせながら、順番に助け出したようだ。何よりも3人が水のない乾いたところにいて体温が低下せず、静かにしていて酸素の消費を抑えていたのが良かったらしい。それにしても、4畳半か6畳ぐらいの部屋の空気だけで、3人が3日あまりも生きていられたとは驚嘆に値する。船内の他の部分の空気と流通していたとか、海水が二酸化炭素を吸収したとかいった現象は、なかったのだろうか。
 閉鎖空間に閉じ込められて、一定時間で吸える空気がなくなるが、脱出しようとすれば無呼吸で水中をくぐり抜けなければならないというのは、人間の極限状態だ。他の4名は脱出を選んで船底に這い上がったようだが、しけの波に呑まれて海中に流されたと思われる。どちらを選ぶかで、この場合は生死を分けたのかもしれない。そこでは考えて選んだというよりも、偶然に左右された運命の方が大きかったのではなかろうか。
 私は昨日から昔の悪夢を思い出していた。人に追われてトンネルの中に入った。やがて足下が水になって、だんだん水位が高くなり、ついに天井まで一杯になった。しかし引き返せない。水をくぐり抜けた向こうにトンネルの出口がある筈だった。大きく息を吸って水中に身を投じたが、だんだん息が苦しくなる。もうだめだと思ったときに目が覚めた。何かに追いつめられて苦しかった時期のことだったと思う。
 窮して苦しくなると、人は焦って事態をかえって悪くすることもある。九死に一生を求めた行動で窮地を脱することも、もちろんある。「窮して乱れず」は、本当に難しい。

ドキュメント「高校中退」を読む(4)

 過度の自由競争は社会的に大きな無駄を生み出し、人間を疲労させます。今の日本の高校の学力下位に分類される学校に通う生徒たちは、その犠牲者ではないかというのが、この本を読んだ私の感想でした。対策として急がれるのは、実地に役立つ教育をする専門高校を充実させることですが、今の日本の風潮では、そこに優秀な生徒がすぐに集まるとは思えません。
 日本の一流企業は、今も優秀な新卒者を採用しようとします。そのイメージは、素材のすぐれた人間を集めておけば何にでも使えるという発想です。つまり能力本位というよりも、「身分」としての採用なのです。ここが変らないと、学校教育も一極集中から変ることができません。教育の問題は、国の労働事情や福祉の状態とも、密接に関連しているのです。
 日本の企業は、擬似家族と言われてきました。終身雇用、年功序列賃金、企業内福祉を特徴とし、労働組合までが企業内でした。それが国際競争時代に対応して変りつつあるのが現代ですが、雇用の入口である正社員の採用は、変化が遅れているのではないでしょうか。欧米の会社の求人は、職種と業務内容と報酬を明示するのが常識だそうですが、そういう風土ならば「自分はこの仕事をする」という職業意識が前面に出ます。日本で「どこそこの会社に就職した」と、職種よりも会社が最初の話題になるのとは、違うのです。
 実力の時代になったと言われ、学歴や学校ブランドは信用されなくなったと皆が言っているのに、いまだに「一流校」をめざして子供たちを受験競争に駆り立てている親たちも、遅れているのではないでしょうか。学校の授業よりも塾の成績を気にするような窮屈さの中で、二度とはない柔軟な「こどもの感性」の時期が過ぎて行ってしまいます。 
 今の日本の学校は、身分差を生み出す装置になってしまっている。そのことを底辺から告発しているのがこの本だと、私は理解しました。身分差は、なるべく少ない方が世の中は生きやすいのです。誰でも個性と能力に応じて働くのが能率がよくて楽しいし、それが世の中の役に立つのです。人が身分でなくて仕事で評価されるようになれば、同一労働・同一賃金の原則も、誰にもはっきりとわかるようになります。
 途方もない無理と無駄を内蔵している日本の教育の改革は、産業や企業の近代化や、社会の民主化と一体のものなのでした。それにつけても緊急の課題は、最低賃金の底上げだと思いました。

ブログ連歌(101)

1999 富有柿も カラスの狙う 色となり(ひさ江)
2000  取って並べて これで二千句(建世)



2001 ミレニアム 祝って連歌は まだ続く(こばサン) 
2002  我がブログにも 延べ100000人(花てぼ)
2003 掛け言葉 駄洒落も生きる 長屋の座(みどり)
2004  出入り自由の 千客万来(建世)
2005 暮れまでに 幾つ並ぶか 楽しみに(うたのすけ)
2006  囲む歌垣 寒夜もたのし(みどり)
2007 オリオンを 眺めて朝の 白むまで(建世)
2008  目指す彼方は 明けの明星(やまちゃん)
2009 流星に 願うは二文字 平和なり(うたのすけ) 
2010  望みなきに非ず 眉月かかる(建世)
2011 政変も 月に叢雲 多事多難(みどり)
2012  花に風あり 心して見る(建世)
2013 デモクラシ−とは 分け合うことと ハイチの子(花てぼ)
2014  多少なりとも 有って幸せ(うたのすけ)
2015 友愛が 強欲に勝つ 政治なれ(建世)
2016  誰しも願う 友と愛なり(うたのすけ) 
2017 先駆けの 綿虫に目を 奪われて(玉宗)
2018  北の国から 雪の便りか(建世)
2019 訪ねたき 人とまた会う ブログ縁(建世)
2020  巡る世の中 情けも巡り(みどり)

ドキュメント「高校中退」を読む(3)

 この本を読んでいる間中、私は近年に読んだ北欧の教育事情の文献を思い出して、対比していました。国際的な学力調査で上位を占め、子供の生活にゆとりがあって、国民の満足度も高い国の教育には、何の奇策もなく、当り前のことを地道にやって、なるほどと思うことを積み重ねているだけなのでした。
 まず、どこの国でも、高等学校程度の教科内容を完全に理解できる人は、ほぼ人口の3分の1程度ということがあります。大学での専門教育に適する人は、10分の1程度でしょう。教育は国の未来への投資ですから、個人に費用を負担させるべきではなく、すべて無償とするのが原則です。次に大事なのは、高度な教育に適した人を発見して、適切な教育機関に送り込むことです。もちろん本人の意欲と能力が最優先です。
 ここで深刻な競争を発生させない原理は、これは「身分の選別」ではなくて「能力の発見」だということです。能力に個人差があることは、誰でも知っていて納得しています。その納得の裏付けとなるのは、「ふつうの能力でふつうに働いていれば、誰にも悪くない人生が保障されている」という安心感です。その安心感があれば無理な勉強をすることもなく、社会人になってからでも、勉強したくなったら大学へ行けばいいのです。
 円滑な進路選択を可能にしているのは、少人数学級を長期にわたって持ち上がる教師と親と生徒との、濃密な信頼関係です。その上に、中等教育での充実した職業教育があります。地域の産業や企業とも連携した実地体験も盛んなようです。およそ社会人に求められる基礎的な会話術や、金銭のやりとりと計算、書類の書き方読み取り方などは、誰にとっても必要なものです。銀行の窓口で働く、販売の店員になる、工場で働くといったときに、それらの知識が微分積分や三角函数よりもずっと役に立つことは明らかです。
 戦後日本の教育民主化は、高等教育への機会をすべての国民に開放しました。勤勉な日本人は教育にも熱心で、先を争って高学歴化へと突進しました。そのエネルギーが高度成長の原動力になったことは事実でしょう。しかしいま、大きな見直しを必要としています。最大の問題点は、あまりにも価値観が単一化して、幼稚園から大学に至るまで、学校が「ペーパーテストの点数で人間を輪切りにする身分選別機関」になってしまったことです。
 ではどうするか。今回で終了はできなくなりました。

ドキュメント「高校中退」を読む(2)

 中退する高校生は、もともと「行きたくて行っていたわけではない」ので、少しのトラブルで通学をやめてしまいます。貧困家庭の親は、無駄な支出が減るのを歓迎する場合も少なくありません。教師も本音では、手のかかる生徒がいなくなるのは歓迎です。最初から落ちこぼれていた生徒は、他人から褒められたり、期待され励まされた経験を、ほとんど持っていないのです。そしてその状態で社会へ出ようとしても、進路は限られています。
 アルバイトを探すにしても、高校中退という経歴は、高校在学生はもちろん、場合によっては中学卒業よりも信用が低いのです。正社員として就職できる可能性は、ほとんどありません。さらに著者がインタビューした中退生の大半には、父親の暴力、母親の家事放棄、家庭崩壊といった家庭事情の困難があり、その根底には長期にわたる貧困生活があります。強靭な大人でもたじろぐような難題に囲まれながら、身につく教育を受けられなかった若者たちは社会に投げ出されるのです。
 女子の場合は、これに活発な性行動が加わります。一般に欠損家庭で育った少年少女は、男女ともに人間的なつながりを求める傾向が強いということですが、結果として10代での妊娠や出産を増やすことになります。意外なほど多いのが、少女が自ら望んで出産を選んだケースでした。これも、親密な人間関係にあこがれている結果です。しかし同時に、自立できない未熟な母子家庭を増やすことでもあります。これはまさに貧困の再生産ではないかというのが、著者の危機感の大きな部分を占めているに違いありません。「いま、貧困が生まれる場所」という副題が、そのことを示しています。
 読んでいてつらくなるような事例の報告が大半を占めているのですが、著者は最後にこの問題を通して、日本の国のありよう全体を考察しています。高校中退は、高校教育を無償化すれば解決するといった根の浅い問題ではありません。根本には、日本社会の貧困化があります。貧困率15%は北欧の3倍であり、日本でもこの十数年で倍増しました。労働力の買い叩き自由化が、敗戦直後に逆戻りしたような貧困を再現しているのです。
 しかしそれだけではありません。高校全入の掛け声の下で、一般コースに偏った単一価値観の、恐ろしく無駄の多い学校教育が行われているのではないでしょうか。私の読後感を含めて、次回以降に続けます。 

ドキュメント「高校中退」を読む(1)

 「ドキュメント高校中退・いま貧困が生まれる場所」(青砥恭・ちくま新書)を読みました。小飼弾氏も「これはひどい、本ではなくて書かれていることが」と紹介していました。現代日本社会の病根が集中的に噴出しているのが「周辺校」と呼ばれている公立高校である現実に、気づかされました。日本における高校への進学率は98%、大学進学率は50%に達しています。世界でもトップの高学歴社会になった文化国家かと思いきや、その内部から恐るべき崩壊が始まっているのでした。
 著者はこの春まで現役の高校教師であり、徹底した調査・聞き取りをベースとしてこの本を書きました。そこから浮かんでくるのは、無関心・無視・無自覚・無為そして貧困の中に貴重なはずの青春期を過ごしている、数かぎりない少年・少女たちの姿です。最近の日本の教育はおかしくなっていると感じていた、常軌を逸した受験競争とも、この現象は表裏一体をなしているのでした。
 まず驚かされるのは、高校生であっても九九を全部は言えない、少数分数の計算はできないといった生徒が、決して珍しくないという現実です。周辺校の公立高校は事実上の全入ですから、中学の成績がオール1であっても、あるいは試験を受けていない「無成績」であっても入学してきます。中には学習障害などで、本来は養護学校で教育された方が本人のためにも有益と思われる生徒もいるそうです。それでも入学してくるのは、「今の世の中、高校ぐらいは出ていないと一人前に扱って貰えない」という単純な理由からで、高校の正規の授業がわかるとは、本人も教師も期待していません。
 そうした中で生徒に学習の意欲があるわけもなく、それでも学校へ行く理由は、友人がいることと、学校が「とりあえず社会的に公認されている唯一の居場所」だからです。ですから話のできる友人がいなくなると、芋づる式に何人も続けて退学してしまうという現象も起こります。1年生として入学した生徒が、3年間通って卒業するまでに減少する途中退学率は、周辺校で特に高くなります。
 高校は義務教育ではありませんから、親の経済的負担は重くなります。それを救うために就学援助の制度があるのですが、高校を学力の高さを指標として5段階にランク付けしてみると、就学援助受給率の高さは、学力の高さと反比例する完全な相関関係を示します。つまり、高校生の学力は、家庭の貧富の差を、そのままに反映しているのです。そしてさらにその一歩先で、「高校中退」という最下層を生み出してしまいます。そこに焦点を当てたのが、この本です。

一人でもデモで考えたこと

 土曜日6時の新宿西口「一人でもデモ」に参加したのは、この3月からですから、早いもので、もう8ヶ月目になりました。最初に大木晴子さんが立ち始めたのは、アフガンでブッシュの「テロとの戦い」が始まってからということですから、もう8も年前のことになるでしょう。その1年後あたりから村雲司さんが参加して、7年たったということです。
 この地下広場は東京都建設局の管理下にあるとのことで、委託された警備会社が通常の管理に当っています。安保闘争時代にはフォークゲリラのメッカとして話題を集めましたが、一夜にして「地下通路」と名称が改められ、道路交通法を根拠に機動隊が出動する騒ぎになりました。いまでも正式には地下通路らしいのですが、掲示などには「地下広場」と書かれています。
 ここで行われる1時間のスタンディングには暗黙の了解があって、歌や声で呼びかけることはしない、ビラも物も配らない、公共の案内板などの前をふさがないように立つ、などです。要するに、思い思いの訴えを書いたプラカード、ポスター、旗などを掲げて静かに立っているだけです。私はB4の紙に拡大コピーした20文字程度のアピール文を広げて見せることにしています。
 立っている時間というのは、基本的に暇なものですから、いろいろなことを考えます。通り過ぎる人たちの服装や表情を眺めて、世の中にはこんな人もいるのかと、面白く思うこともあります。立ち止まって話しかけてくれる人がいると張り合いがあるのですが、そういう人は、あまり多くはありません。妙にからまれた経験は一度だけで、交番の警官が公平に中に入ってくれました。
 通りかがりの人が掲示物に目をとめてくれる時間は数秒間です。字数にして20字程度というのは、そこから割り出したのですが、時事問題を575の川柳にしてみるのも、特徴が出ていいかもしれないと思っていくつか考えてみました。今なら普天間基地の問題でしょう。こんなのはどうでしょうか。
 アメリカの 言いなりそれが 外交か
 対等の 看板が泣く 腰くだけ
 民意あり 自信をもって ノーと言え
 同盟は やめると一度 言ってみる
来週から試してみようかと思います。2句ぐらい並べるといいかもしれませんね。


大木晴子さんから写真を送っていただきました

長妻昭の「朝ズバッ」出演を見る

 今朝の「みのもんたの朝ズバッ」に、厚生労働大臣の長妻昭が出演していました。事前に長妻事務所からFaxで知らせがあったので、モニターしながら見ていました。
 生活保護の母子家庭加算の復活が決着したばかりでもあり、みのもんたを始めとするコメンテーターたちの応対は、概して好意的でした。大臣になって激務で痩せたか疲れないかとの質問には、「疲れはするが、きわめて元気」という返事でした。
 消えた年金の解明など、期待されている仕事の進め方についても妥当な説明があったのですが、印象的だったのは、官僚の仕事スタイルについての改革を、目に見える現物で持参したことでした。
 その第一は、省内の全員に書かせるという調査票で、自分の希望・意見・提案・目標などを表明させ、上司のコメント欄もあります。この調査を定期的に行って、無駄を省き効率的な仕事をした者が評価され、既存の制度でも常に見直しを怠らないように、人事考課の基準を刷新するということです。一流の企業では常識的なことでしょうが、それを官庁でも導入するわけです。
 その次は、社保庁の窓口担当者全員に持たせるという名刺でした。相談者に対しては、必ず名刺を渡してから話をするということです。担当部署と氏名がわかり、相談した日付の記入欄や、裏面にはメモ欄もついています。いつ誰からどんな説明を受けたかが記録として相談者の手もとに残るのですから、いいかげんな応対は出来なくなります。こうした細かな努力の積み重ねが、役所の雰囲気を変えて行くことになるでしよう。
 それでも「官僚は手強いですか」のO×質問への大臣の答えは「O」でした。予算を削れと言えば、必ず「それでは行政サービスが低下する」としか言わない。そうではないだろう、無駄を省きながら良質のサービスを提供するのがサービス産業の経営だという発想がないのです。国の行政とは、巨大なるサービス産業なのです。
 厚生労働省は、国の予算の最大の部分を消費する官庁です。世帯が大き過ぎないか、分割論をどう思うかという質問もありましたが、大臣は「当事者ですから」と立ち入りませんでした。ここ当面は、副大臣や政務官を含めた「チームながつま」の活躍に期待することになりそうです。

一身にして三生

 昨日の朝日夕刊に、政治学者・篠原一氏の「一身にして三生をいきる」というコラムがありました。かつて福沢諭吉が「一身にして二生」と言ったそうです。江戸時代の学問は漢学ばかりだったが、文明開化の世に活躍できた。それは人生を2回経験したようなものだというのです。篠原氏は、戦前と戦後、そして政権交代後と、3つの政治システムが見られそうで、楽しみだと書いていました。
 それは私の人生と重なり、本質をつかむキーワードのように思われました。小学6年までは、戦時下で育った軍国少年でした。戦後の混乱と、復興から高度成長期に成人し、家庭と会社を作りました。そして今は、長期安定の福祉社会を夢見てブログを書いています。そんな自分にも、三生の要素があると思い当ったのです。
 じつは明日の23日の晩、定例の老人党護憲+で、ピンチヒッター(らしい)講師を依頼されています。テーマは一応「元軍国少年・こんな国に住みたかった」としたのですが、おなじみのメンバーを退屈させない程度の話はしなければと考えていました。導入部には自作のCDで「紀元二千六百年」あたりの古い式典歌を歌って当時を思い出して貰い、証拠物件として昭和17年版の「児童年鑑」と、昭和20年の自分の日記帳を持って行こうと思っています。そこまでは珍しがられてサマになると思うのですが、そのあとが難しいのです。
 軍国少年が、いつからどうして非武装平和の思想を持つようになったのか、自分でもうまく説明ができないのです。劇的な転機が身近にあったわけでもなく、強いて言えば、親との対立で左翼思想に近づいたという動機に思い当る程度のところです。実態としては、当面目先のことに反応しながら、時代の流れの中で泳いでいただけではなかったでしょうか。60年安保闘争も、NHK労組員としてデモに参加はしたものの、あとの時間は面白がって見物していただけでした。
 そんな自分が、老年になってブログというものを始めたことにより、期せずして自分の人生を、改めて見渡す機会を得ました。哲学の3段論法を適用すれば、「正」(軍国主義が「正」とも思えませんが)と「反」に対して「合」の段階に来たのかもしれません。全部が無駄でなかったと思えるように統合できるのか、あと一日考えてみます。

友愛社会と友愛世界

(熊さん)鳩山さんの内閣も、こんところ予算がどうとか、苦労してるみたいですね。
(ご隠居)そうさな、税収が少ないから、やっぱり国債を増やすとか言ってるな。
(熊)交代したばっかで古いツケが溜ってるだろうし、一年目からいじけてちゃ、辛気臭くていけねぇや。なんかこう、ぱっと明るくなるような話はないもんですかね。
(隠)今度の国会では初めての施政方針演説ってぇのをやるぞ。持論の「友愛社会の実現」を訴えるんだそうだ。人の命を大事にする政治とも言ってたな。官僚が書いた総花的なのじゃなくて、自分の言葉で話すということらしい。
(熊)ご隠居も、言いたいことはいっぱいあるんじゃないですかい。長屋を代表して、その何とか演説ってぇのをやったら、どうなりますかね。
(隠)長屋の施政方針じゃつまらんな。どうせやるなら、世界連邦大統領の演説だ。
(熊)また大きく出たね。ま、しゃべるのも聞くのもタダだからいいや。
(隠)この9月のことだが、国連の「世界食糧計画」が、世界の飢餓人口がついに10億人を突破したと発表した。ところがFAO(国連食糧農業機関)の統計によると、同じ年に、世界の穀物在庫が5億トンで、最高の水準になったというんだ。
(熊)変な話ですね。世界全体では足りてるのに、食べられない人がいるなんて。
(隠)そうだ、誰が考えても変な話だ。もしこれが自分の家族か親戚の間だったら、足りない人に回してやって、一人だって飢えさせるなんてことはしないだろう。世界に友愛の心があって、世界は仲間だと思えたら、地球の上から飢える人をなくすことは、もう出来るところまで来ているんだ。
(熊)それなのに戦争やったり資源の独占をしたりで、争いが止まらないんですね。
(隠)鳩山さんは、日本は「世界の友愛のかけ橋になる」とも言っている。戦争をやらないと決めている日本は、「世界は争いをやめて、地球の上から飢餓と貧困をなくそう」と呼びかける資格があるんだよ。普天間の基地をどうするかなんて問題は、小さい小さい。食糧も資本も、世界の全体では足りている。あとはそれを、どうやってうまく分けるかという、とても単純な政治の問題なんだ。
(熊)とても単純ですか。
(隠)そう。

(付記・2009年10月26日の鳩山首相の演説は、臨時国会なので「所信表明演説」でした。施政方針演説は、通常国会の冒頭に行われるので、来年になります。)

国債増発は怖くない

 鳩山内閣の来年度予算の概算要求が出てきて、90兆円を超える空前の巨額になることは確実なようだ。公約を実行する新しい政策に金がかかるのは当然だが、税収は減っているので、予算の半分以上が国債で賄われることになりそうだという。収入の2倍以上の支出があって、借金がどんどん増えると聞くと、家計なら破産が必至だが、どうも話はそれほど簡単ではないらしい。
 まず、国の財政は一般会計だけでなくて、2倍以上大きい特別会計と一体だから、話はそれだけ割り引かないといけない。国債は借りたり返したりするものだから、借金が増えるのは差額だけで、あとの支出は利子の支払いだけ。サラ金から借りたのではないから利子は低いし、返し方も国の主導で決められる。差し押さえを食らうわけではない。
 だいたい日本は貧乏国ではなくて、豊かな国なのだ。使い切れない外貨準備を抱えて、円高で苦労している。小飼弾氏もブログでちょっと書いていたが、今の世界経済を困らせているのも、日本の経済を困らせているのも、カネ不足ではなくてカネ余りなのだ。過剰に流動したり死蔵されているカネを回収して必要なところへ回せば済む話なのだが、税金として取り立てるには、手続きが面倒だし抵抗も強くて時間がかかる。だから手っ取り早い方法として、国債を発行して資本を吸収するのは理屈に合っている。
 戦時中には「勝ち抜くための大東亜国債」などが発行されて、小学生までが買わされたものだ。「鳩山印・救国友愛国債」でも大々的に売り出したらどうだろう。超低金利時代だから、少しの利子サービスでも人気を集めるに違いない。勧進元が国だから、変な金融商品よりもずっと健全である。
 集めたカネの使い道は、戦時国債は武器と破壊に使われて消えたが、鳩山国債はもちろん平和産業に使われて新しい産業を活発化する。雇用が増え所得が増えて税収も上るという好循環が始まることになる。国債乱発の欠点は、貨幣価値を下げてインフレを誘発することだが、給与生活者は給与も上るので困らないし、年金には物価スライド制があるから高齢者も困らない。困るのは大口の預金を抱えている人だけだ。
 戯画的な楽観論だが、全部が嘘ではない。借金地獄で日本の国が破産するなどと、暗く考えることはないのだ。


壁コンセントが焼けた

 事件の現場は台所の隅にある壁コンセントでした。炊飯にも湯沸しにも使う、家の中でも最も使用頻度が高いと思われる電源でした。前日の夜に、台所で何かが焦げるような臭いがしたということです。朝になって、ふつうに湯は沸いたが、コンセントが黒くなっていると聞いて、見ると確かに変だと思いました。
 テストしてみると、通電するとコンセントのあたりからチリチリと小さな音がします。耳を近づけると、どうやらコンセントの中で火花が散っているような感じです。抜いたプラグの穴から、中に赤い炭火のようなものが見えました。
 すぐにブレーカーを切り、本気で調べてみました。化粧カバーの外し方がわからず強引にプラスチックの爪を折ってしまいましたが、開いてみた中は、惨憺たる焼け焦げ状態でした。これで電気が通じていたのが不思議ですが、だからこそ過熱して危なかったのでしょう。情況から見て、絶縁不良のショートではなくて、接触不良の火花を繰り返してカーボンがたまったように思われました。
 近くのホームセンターで同じ形の部品を買い、全体を取り替えました。壁の中からの配線は太く硬い銅線で、本当は素人の守備範囲を超えるのですが、戦中や戦後には、この程度の修理は、少し器用な人なら自分でやるのが当り前でした。今は親切な説明書もついているので、本当に便利です。化粧プレートの外し方まで書いてありました。
 これくらいの修理はできますから、必要なときはどうぞ、とブログに書こうと思ったのですが、説明書には「電気工事士法により、この器具の施工は電気工事士でなければできません。」と書いてありました。しかし島忠のホームセンターでは、買うときに資格を問うことも注意することもありませんでした。こんなところにも、建前と実際のグレーゾーンがありそうです。
 理屈はどうでも、少しばかり家長の権威が回復した休日でした。


現場となった壁コンセントの修理後です。


表面はこの程度だったのですが。


中は惨憺たる焼け焦げでした。

ブログ連歌(100)

1979 平和賞 アフガニスタンで 血にまみれ(うたのすけ)
1980  ノーベルの夢 消えては描き(建世)
1981 核のなき 世界を願う 被爆都市(みどり)
1982  五輪招致に いささか疑念(うたのすけ)
1983 平和都市 二都物語に 名乗り出る(建世)
1984  あちらでオリン こちらでピック(建世)
1985 秋の空 何処へゆくや 飛行船(みどり)
1986  さまよい行くは 羽田かいずこ(うたのすけ)
1987 何処へも 飛んで行きたや 近場から(やまちゃん)
1988  竹コプターなら 空港要らず(建世)
1989 羽田ハブ 何だったのよ 成田紛争(こばサン)
1990  少年の夢 やがて空飛ぶ(みどり)
1991 不器用に 長い滑走 人の知恵(建世) 
1992  良きも悪しきも 我が道続く(やまちゃん)
1993 飛行船 空の旅でも 急がない(建世)
1994  コスモス揺れる 村を通りぬ(みどり)
1995 黄金うつ 稲穂の原に イナゴ跳ね(ハムハム)
1996  秋たけなわを しばし楽しむ(建世)
1997 柿並べ 暫しの筑波 懐かしむ(やまちゃん)
1998  飽食の秋 墜ちて砕けて(うたのすけ)
1999 富有柿も カラスの狙う 色となり(ひさ江)
2000  取って並べて これで二千句(建世)


渡辺治氏の憲法講座

九条の会・中野が主催する「憲法問題連続学習講座」のご案内です。
今回のテーマは「新しい政治状況下で どうなる憲法9条」です。

2009年10月29日(木) 午後6時開場 6時30分より8時45分まで
中野区立勤労福祉会館3F大会議室(JR中野駅南口より徒歩5分)
 中野区中野2-13-14 電話03-3380-6941
講師の渡辺治氏は、一橋大学大学院教授・政治学・憲法学者
著書は「日本国憲法『改正』史」「日本の大国化とネオ・ナショナリズム」など多数
受講料及び資料代500円(中高生無料)
九条の会・中野事務局 中野区弥生町5-13-4蓮井治方 
電話03-3382-1936 Fax03-3382-2149

 九条の会・中野は、年間の行動回数は多くないので、私は今回が初めての参加になります。配布されてきたチラシから「ごあいさつ」文を引用しておきます。
 「歴史的な総選挙が終わり、憲法改悪を旗印とした自民・公明政権は追放されました。新しく誕生した民主党中心の連合政権は憲法問題にどのように対応するのか、まだ見えていません。民主党の幹部の中には改憲論者が少なくありませんが、しかし、マニフェストには憲法改悪は掲げていません。
 来年5月には憲法改悪のための国民投票法が施行されますが、この総選挙の結果からこの法律を廃止もしくは死文化させる大きなチャンスを迎えていると言えます。
 そのための運動の第一歩として下記(上記)のような講座を企画しました。お誘い合わせてご参加下さい。」
 私は、憲法は一字一句も変えてはならない、とは思いません。むしろ改善の余地があると思いますが、憲法九条は変えるべきではないと思っています。私からも、皆様のおいでをお待ちします。

30代の尊厳死

 村野瀬玲奈さんのブログでも取り上げているが、先日のNHKクローズアップ現代「SOS出さずに餓死」で紹介されていた青年の話が、いつまでも記憶に残っている。
 概要を再録すると、今年の4月に北九州市で、39歳の青年が自室で死亡しているのが発見された。所持金は9円のみ、室内に食物はなく、餓死したものと推定された。元は体育系で70キロもあった体は、痩せ細っていたという。身寄りとして兄が大阪にいたが、もともと疎遠で援助を求めることもなかった。
 職歴は、金融機関の正社員として営業職で働いていたが、苛酷な勤務に体を壊して退社し、以後はアルバイトで生計を立てる暮らしになった。その中で消費者金融からの借金が150万円ほど出来てしまった。そのため非正規の就職をしても、毎月14万円の返済が滞って勤め先に督促の電話がかかってくるようになり、迷惑をかけるからと、そこも辞めてしまった。以後は収入がなくなり、青年は今年の1月に市役所へ生活保護の相談に行っている。しかし借金があることを告げなかったため、「39歳で健康体なら仕事はあるでしょう」と言われて引き下がった。そのまま誰にも何の相談もしていない。
 この話の印象が強かったのは、私も失業時代に同じようなことを考えたからだ。職がなく貯金が減る一方だった半年近くの間、あと頼れる制度としては生活保護しかないことに気づいて、愕然としたことを覚えている。
 人は窮すれば何とかしたいと焦るものだ。そのときに多少は悪いことをしても生き抜こうと割り切れるのは、生命力の強い人だろう。そうでない人は、生きているのがいやになって自殺を考えるか、そこまで徹底できなければ、ただただ窮死を待つことになる。身近に助言者がいなければ、この青年のようになるのは少しも不自然でないと私には思われた。人も自分も傷つけずに世を去るのは、むしろ尊厳死と言うべきではないのか。
 人はいろいろな原因で窮することがある。39歳の青年の死を痛ましいと思い、なおかつ社会的な損失と思うなら、入りやすい公的な窓口を作るしかないだろう。番組のゲストもそのような趣旨の発言をしていたが、火事に会って消防に119番通報することを恥と思う者はいない。困ったらここへ行くという、誰でも知っている窓口を作っておくことが、現代には必要なのだと思う。

ディーセントワーク集会

 日比谷野外音楽堂で開かれた「人間らしい仕事と生活の実現を求める2009ディーセントワーク集会」に行ってきました。この10月7日が「ディーセントワーク世界デー」で、そのスローガンは「正常に機能する世界の実現を」でした。今夜の集会の主催者は、連合および連合東京とGUFs(国際産業別労働組合組織)の日本組織でした。


呼びかけの要点は
◎金融が実体経済に役立ち、実体経済が人々に役立つように、厳しい金融規制を確実に実現し、
◎すべての労働者の権利尊重を保証し、貧困、不平等、差別、そして搾取をなくし、
◎グリーン投資とグリーンジョブによって持続可能性を保証する。
ことです。


この集会では、反貧困の世界運動として展開している「スタンド・アップ」も行われました。2人以上の仲間を集めて宣言文を読み、一斉に立ち上がって、オフイシャル・サイトに報告すればよいのです。
http://www.standup2015.jp/


この後参会者は、数寄屋橋から東京駅八重洲口方面へ、アピール・ウオークに出発しました。

謝罪せずに「遺憾に思う」心

 昨日に続いて花岡事件のその後ですが、戦後の尊厳回復運動と裁判の経過の部分の方が、ずっと長いのです。鹿島組は極東軍事裁判のBC級法廷で、民間企業としては唯一、被告として訴追され、関係者は有罪の判決を受けました。しかし日本の独立回復に伴い、刑は執行されませんでした。
 それでも現場から発掘された多数の遺骨は中国に返還され、鹿島の手で慰霊碑も建てられました。この事件を教訓として、日中友好を築こうとする人々も現れました。故郷に生還した耿諄には、文化大革命で元国府軍将校という経歴を咎められ、家庭を崩壊させられるという不運もありました。しかし日本の代表的企業となった鹿島建設が、花岡事件を解決済みの過去の出来事とし「BC級軍事裁判は誤りであった」と主張していることを知った耿諄は、尊厳回復を求めて再び鹿島と戦うことを決意します。
 田英夫議員など政界も動き、支援弁護団は鹿島に早期解決を促して、1990年7月、来日した耿諄と鹿島の副社長との会談を実現させました。そこでの「共同発表」には「(鹿島は)企業としても責任があると認識し、当該中国人生存者及びその遺族に対して深甚な謝罪の意を表明する。」と明記されました。しかしその後の交渉は進展せず、問題は裁判の場で争われることになりました。
 耿諄ら原告の主張は「強制連行は日本政府の責任であるが、中国人への虐待は鹿島の責任」とするもので、謝罪、賠償、記念館建設の3点を要求するものでした。この訴えを、東京地裁は期間の経過を理由として門前払いし、控訴を受けた東京高裁は和解を勧告しました。2000年11月に成立した和解の内容は、鹿島が「花岡平和友好基金」として5億円を中国紅十字会に信託することが骨子でしたが、同時に、鹿島は遺憾の意を表明はしたが、法的責任を認めたわけではないとされました。
 この和解については、耿諄と代理人の間に認識のずれがあり、後に内容を知らされた耿諄は「敗訴でもいいから妥協すべきではなかった」と激怒したということです。
 時間が経過して直接に手を下した当事者でない人間が代表者になったとき、過去の罪を心から謝罪することが、どうしてできないのでしょうか。法的責任を云々するのは、おそらく言い訳に過ぎないでしょう。そこには私たち日本人の、心の弱さがあるように思われます。謝罪の勇気を欠いたために、せっかくの和解も、耿諄ら当事者には「ピリオドの打てない戦い」を残してしまったのです。

花岡事件「尊厳」を読んで

 新宿西口一人デモでご縁のできたOさんご夫妻に貸していただいた「尊厳・半世紀を歩いた花岡事件」(旻子著・山邉悠喜子訳・「私の戦後処理を問う」会編集・日本僑報社発行)を読んでいます。「日本人であることが辛くなって絶望したくなるほど」だったという紹介の通りに、重く重く心の沈む本です。
 私はこれまで花岡事件のことを、ほとんど何も知らずに過ごしてきました。秋田県大館の花岡鉱山で、戦時中に大陸で捕虜になった中国兵が労務者として送り込まれ、鹿島建設(当時は鹿島組)の土木工事などに使役されました。戦争末期で日本国内の労働力も資源も不足していて、中国人たちへの待遇は苛酷を極めました。死者も続出する虐待に耐えかねた中国人たちが、昭和20年6月30日に反乱を起こし、日本人の指導員など4名を殺して約800名が脱走したのが花岡事件です。
 この反乱は、偶発的ではなく、耿諄というすぐれた指揮官の統制のもとに行われました。言葉も通じない異国で反乱を起こし、船を奪って故国へ帰るという計画が、いかに無謀であったとしても、このまま屈辱の死を待つのでは民族の尊厳が守れないという、強烈な意思が反乱を決意させたのでした。その原因となった虐待は、民間人である鹿島組の指導員によって行われました。中国戦線における日本軍でなくても、日本国内の民間人によっても同じようなことが行われたという事実が重いのです。
 当時の日本人は、東洋の盟主としてアジアの民を指導する権利があると思い上がっていました。大東亜共栄圏の建設に参加させてやるから名誉と思えという理屈です。さらに相手が戦場で戦死もせずに捕虜になった中国兵であることが侮蔑の意識となり、事あるごとに恥辱を与えて思い知らせてやるという態度になります。それが劣悪な衣食住と苛酷なノルマとなり、規律違反への拷問懲罰となるのです。反乱の直接の引き金を引いたのは、飢餓状態で朝鮮人家庭に物乞いして握り飯を貰った病弱者が、「鹿島組の体面を汚した」という理由で、死に至る懲罰を受けたことでした。
 この反乱で捕われた人々は3日間縛られたまま広場に放置され、その後の拷問も加わって半数以上が殺されました。これが花岡事件の概要ですが、その後、謝罪要求、未払い賃金の請求、記念施設の建設など、人間の尊厳回復のための長い物語が続いて行くのです。

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
→著作などの紹介と販売について
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