志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2009年11月

辺野古は自然保護問題になった

 「読谷の風」高江洲さんの「鳥獣戯画」が第5回まで進みました。カテゴリーとして、まとめて読むことができます。第4回からは、辺野古のジュゴンも参加しています。緊急集会のテーマは、海の自然保護です。
 新聞でも伝えられましたが、基地問題で注目されている辺野古に隣接する大浦湾の学術調査で、39種もの新種と見られる甲殻類が発見されたとのことです。辺野古は大浦湾の南の入口に当る岬で、沖合にはサンゴ礁のリーフが迫っています。ここに予定されているような大規模な埋め立てが行われれば、大浦湾全体に深刻な影響が及ぶことは避けられないでしょう。少なくとも着工前に、現状の把握と工事の影響について、慎重な調査をしなければならないのは明らかです。それには10年はかかるでしょう。
 日本の海岸線は、人間の身勝手により、もう充分に荒らされてきました。自然との共存、いま残っている自然の保護は、国民的な課題だった筈です。その時代に、選りによってこんな場所に軍事基地を新しく作る計画が、考えぬいた最善の選択などということが信じられるでしょうか。
 今朝の朝日新聞「天声人語」に、フランスの人類学者レビストロースの言葉として「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終るだろう」と紹介されていました。自然の一部分を借りることで生きている人間が、自然と敵対する行動をとったとき、長く生存を許されるでしょうか。
 年内に結論を出さなければならないといった近視眼で決められる問題ではなくなりました。あえて決断を下すとすれば、時間のスケールを長くとらなければならない問題だと結論すべきでしょう。それでは米軍の再編計画に支障がある、待てないというのであれば、どこへでも好きな所へ行ってもらうしかありますまい。

鳩山首相の政治資金

(熊さん)鳩山さんの政治資金が偽装だって騒がれてますね。母親から貰ってたのを、よそから献金があったように誤魔化してたって、何でそんな面倒なことするんですかね。それも億って単位だってんだから、その百分の一でもいいから親から貰ってみたいもんだ。
(ご隠居)政治には金がかかるからな。考えてもみな、切手代もいれて一通100円の郵便を10万人に出したら、それだけで1000万円だ。だから政治家は、いつだって金は欲しい。だが出入りの業者から金を貰ったりしたら、利権欲しさの賄賂でなくても、政治をゆがめる心配がある。それで個人からでも、献金の金額には制限があるんだよ。
(熊)でも自分の家の金なら、どう使おうといいんじゃないですかい。
(隠)それは長屋の感覚ならそうだが、家は資産家でも、鳩山さん自身は会社を経営してたわけじゃないから、自分で使える金だけでは足りなかったんだろう。それに総理という公人だし、親子といえども会計をごっちゃにしてはいけない理屈になるんだ。母親から貰ったのなら、贈与税を払わなくちゃいけないという問題も出てくる。
(熊)金持ちには、金持ちの苦労ってもんがあるんですね。
(隠)昔は「井戸塀」という言葉があってな。事業に成功して政治に乗り出したりすると、金を使い果たして家をつぶし、井戸と塀しか残さない人が多いと言われたもんだ。戦後でも、何度も自民党の総裁選挙に出て、資産をつぶして同情された藤山愛一郎なんて人がいたな。「井戸塀」には、私財を投げ打って世のために尽くすという、いい意味もあるんだよ。
(熊)それじゃあ、鳩山さんはその「井戸塀」ですかね。
(隠)それはまだ先行きを見なけりゃわからんがな。しかしだ、今度の騒ぎは、利権の臭いのする怪しい金を受け取っていたという話とは様子が違うんだ。贈与税を先送りして、とりあえず貸したことにしといたってとこらしい。それなら修正申告して納税すれば済む話で、検察も、いきなり強制捜査なんて手荒なことをする気配はなさそうだ。
(熊)でも、野党になった自民党は、国会で追及したいでしょうね。
(隠)鳩山さんも、堂々と説明したらいい。そして本業の政治の舵取りを、しっかりやって貰いたいもんだ。
(熊)でも、いいなあ。おいらも金持ちのおふくろがほしい。
それにしても、うちのかかあなんか、このお金で、民主党政権ができたのなら、民主党に託した長屋のみんなにとっちゃー鳩山さんのお母様は、観音様か国母だといっておがみたおしているよ。
(隠)熊公のかみさんは純情だからな。こりゃ泣かせるねぇ。

一日が過ぎて行った

 このところ、土曜日が忙しい日になっている。11時から13時まで、目黒の「さぽうと21」でミャンマー出身の高校1年生に漢字を教えた。よく使う漢字は小学2〜3年生までに習う字が多い。ここを突破しないと先へ進めないのだが、「大」と「木」の字をよく知っていても、「大木」を「たいぼく」と読ませるのは難しい。「同じ」と書くことができても、「同」の音は「おな」ではなくて「同時」の「どう」でもあることを納得させるのは、簡単ではない。
 中学2年まで母国にいて、頭は悪くないから数式の計算などはよく出来る。しかし数学の「集合」だの「確率」などが出てくると、これは考え方が肝だから、要するに国語力の問題になってしまう。このギャップは大きい。科目の選択が合っていないと思うのだが、普通高校には、そこまでの対応は期待できないのかもしれない。だいたい、日本人の高校生でも、高校の課程を完全に理解できる生徒は何割いるのだろうか。親の都合で日本に連れて来られた少年の立場は、「蘭学事始め」よりももっと難しいのではないかと思った。さぽうとの仕事は限りなく重い。
 14時からの「九条ウォーク」に間に合わせるため、高田馬場の「駅中」で食事して、野方コースのウォークに参加した。区議さんがハンドマイクで呼びかけ、数名がビラを配りながら歩いた。私は新宿一人デモで使った「基地要らぬ その一言が なぜ言えぬ」「同盟の 条約結んだ 覚えなし」の2句をぶら下げながら歩いた。途中から区議さんに議論してくる人が現れて、いっしょに歩く形になった。中野駅北口広場まで、時間はたっぷりと思っていたら、最後は急ぎ足になり、最終組だった。
 広場に集まったのは50名ぐらいだろうか。案の定というか、まあ、こんなものでしょうということだった。事務局長さんの挨拶を聞き、拍手して散会となった。
 一度帰宅して一休みし、新宿行きの用意をした。少し句を考えなおして「基地撤去 その原点に 立ち返れ」「同盟を 深化でなくて 是々非々へ」としてみた。少し遅刻して新宿西口着。村雲さんは休みだったが、大塚さんご夫妻とA君が、いつもの柱に立っていた。大塚さんは原発反対をテーマにしている。ウィーン留学の話など聞いていたら時間が早く過ぎた。いつもながら、大木さんがこの運動の心棒になっていることを感じる。
 中学生の日記みたいに書いてみた。これで一日が過ぎて行った。充実して満足だったとも言えないが、ともかくサマにはなっていたと思う。明日からもこうして生きて行くだろうと……そんな歌があったっけ……。

明日、中野で九条ウォーク

 「九条の会・中野」の主催で、明日28日土曜日、第10回「九条ウォーク」が行われます。午後2時頃に8つのコースから出発し、3時頃に中野駅北口、区役所前広場に参集する予定です。公式チラシ(10月に作られたもの)による呼びかけは、以下の通りです。

 「民、国、社」連立政権が誕生して早、1か月。この政権が日本国憲法に則ってどのような決定を下すのか、最初の試金石が訪れています。米軍基地の沖縄たらい回し問題です。
 平和主義を優先しジュゴンが生息する辺野古の自然を守るのか。前政権の約束事として米軍の最前線基地建設を踏襲するのか……。
 もちろん私たちは白紙に戻すことを主張します。
 こうした時期だからこそ、憲法9条を地域と住民の中にさらに根づかせる運動が求められています。
 恒例の9条ウォークを下記の通り実施します。お誘い合わせてご参加ください。
コース案内
Aコース 栄町公園〜杉山公園〜中野通り〜北口広場
Bコース 鍋屋横丁〜三味線橋通り〜大久保通り〜北口広場
Cコース 中野坂上駅〜環6〜大久保通り〜中野ゼロ通り〜北口広場
Dコース 東中野駅〜東中野銀座通り〜早稲田通り〜北口広場
Eコース 西武新井薬師駅〜アイロード〜区立体育館〜北口広場
Fコース 沼袋地域センター〜平和の森公園〜中野通り〜北口広場
Gコース 北原商店街口〜野方駅〜ルカ病院〜野方警察〜北口広場
Hコース 西武鷺宮駅〜都立家政銀座通り〜早稲田通り〜北口広場
このほかに、中野駅北口周辺に直接集まるIコースもあります。
私はGコースで歩く予定です。

 私のブログは、今後、必要に応じて「『九条の会・中野』を勝手に応援するブログ」としても使って行きたいと思っています。よろしくお願いいたします。

ブログ連歌(106)

2099 この年は こんなものかと 見切りつけ(建世)
2100  それでも何かと 注文つけて(うたのすけ)
2101 スパコンは 略さずスーパー コンピューター(うたのすけ)
2102  世界最速 ぜいたく品か(建世)
2103 研究は 世界一こそ 貢献だ(ハムハム)
2104  とにもかくにも 再考模様(うたのすけ)
2105 私なら 機密費をまず 仕分けます(公彦)
2106  胡散臭ささを 互いに隠し(うたのすけ)
2107 どさくさに 持ち逃げもあり 旧政権(建世)
2108  そこまで墜ちて 恥じの上塗り(うたのすけ)
2109 様変る 政治映して 仕分け劇(建世)
2110  権威がものいい 白ける庶民(みどり)
2110B  えらいせんせも おっとり刀で(うたのすけ)
2111 革命の 英雄ありや 民主党(建世)
2112  本体揺れて 右顧左眄では(うたのすけ)
2113 母親の 愛か過保護か 資金源(建世)
2114  親の脛かな 民の脛かな(玉宗)
2115 間違いの 元になるだけ 大金は(うたのすけ)
2116  「清貧」の語の なつかしきかな(建世)
2117 母ありき それにつけても 羨まし(うたのすけ)
2118  金持たぬ身の 確かなるかな(公彦)
2119 基地もなく しがらみもなく 空青し(建世)
2120  金も無ければ 怖いもの無し(うたのすけ)

京劇「水滸伝」を見る

 中国建国60周年で来日中の、中国国家京劇院の「水滸伝」を見てきました。大学で同窓の荒井良雄氏から「チケットがあるから…」と急に誘われて、地元の中野サンプラザで見ることができました。
 京劇は日本の歌舞伎にも似た伝統芸能ですが、にぎやかな音楽と派手なアクションを特徴とするミュージカルです。せりふや歌詞の意味は、舞台両脇の電光字幕に表示されるので、劇としての内容もよくわかりました。「水滸伝」は「孫悟空」「三国志」とともに3大人気演目だそうで、12世紀の北宋時代、政府の腐敗を正し民を救うために決起した、梁山泊に集う英雄たちの群像物語です。
 所作の要所で見得をきるところなど、日本の歌舞伎とよく似たところもあるのですが、全体として動きが活発で、市川猿之助のスーパー歌舞伎に近いテンポだと思いました。しかし劇としての進行を見ていると、あまりにも単純明快にことが進んで行きます。見せ場の活劇をつなぐためだけに劇の筋があるかのようで、やや情緒が薄いように感じましたが、これは国民性の違いでしょうか。解説を読むと、本場の中国でもその反省があって、今回は劇としてのメッセージ性が伝わるように台本を書き下ろしたとのことです。
 何と言っても京劇の魅力は、役者たちの高い身体能力に裏付けられた活劇の見事さです。クライマックスで繰り広げられた舞台一杯の戦闘シーンは、体操競技で言えばウルトラCのオンパレードでした。それが派手な衣装とさまざまな武具を自在に操りながら行われるのですから、筋書きへの不満などは吹き飛ばしてしまう迫力です。北京オリンピックの開会式もこういうことだったのかと、飛躍した連想をしてしまいました。
 しかし活劇を見せるだけが京劇ではありません。この劇のテーマは「替天行道」つまり「天に替わりて道を行う」でした。これは中国の革命思想そのものです。強大な政府も、人心を失えば天に見放されます。天が革(あらたま)るのが革命で、それを実行するのが民衆に支持された英雄です。旧政府への恩義も、その新しい天命によって消えて行くのです。ここが日本の天皇制と根本的に違うところです。
 京劇「水滸伝」は、政府の保護のもとに革命思想の普及宣伝に役立っているのでしょう。革命思想は現在の中国政府にとって末永く「こちら側」であり続けられるだろうか。そんなことも考えました。

「この世にただひとり」・ある歌の流浪

 「ツィゴイネルワイゼン」は1878年にスペイン生まれのサラサーテが作曲したバイオリンの名曲で、その劇的な構成と華麗な演奏技術の聞かせどころは、今も多くの人々に愛好されている。曲名は「ロマ(ジプシー)の歌」という意味だそうで、もの悲しい民族歌謡のメロディーを取り入れており、心に残るものがある。中でも第2楽章のハ短調4分の2拍子の部分は、16小節の短いメロディーだが、ハンガリーに伝わる民謡をそのままバイオリンが奏でていて印象が深い。
 実家の野ばら社にいたとき、昭和41年(1966)のことだが「世界名歌集(原詩つき)」の編集をしていた楽譜担当の椎葉京一さんが、ハンガリー民謡としてこの曲を載せたいが、「いい歌詞がありませんかね」と言ってきた。曲はツィゴイネルワイゼンでおなじみだから、何とか訳してみたいと思った。そこでハンガリー大使館を訪ね、原詩の意味を教えてもらった。どこの国でもそうだが、古い歌謡は大半が恋歌である。この歌も素朴な恋の歌で、ひたすらに恋人を讃えていた。

   この世にただひとり

1 この世に ただひとり きみこそ わがひかり
  つきせぬ あこがれを 永久(とわ)にと いのる

2 きみこそ 世のたから 花より うつくしく
  やさしい ほほえみを 永久にと いのる

 この歌詞を後に鮫島有美子さんが「ローレライ・ヨーロッパ愛唱歌集」の中で歌ってくれたので、私にとっては今も著作権料の入る貴重な曲になっている。ところが後日談があって、野ばら社には父の死後に相続について紛争があり、私は会社とは無縁になった。すると野ばら社の出版物から私の作詞はすべて削除されてしまった。編集者の権限だから仕方がないが、作品としての公正な価値判断があったのか、残念ではある。
 今ごろになってこんな話を書くのは、つい先日、堺市立南図書館栂分館の職員の方からメールをいただいたからだ。利用者からの問合せでネット検索したら辿りついたという。それは「みどり」さんのブログへ中島敦の「山月記」について入れたコメントからだった。そして今の「世界名歌集」では「汝が友」の名で別な人の訳詞がついているのがわかった。
 こうして訳詞の「この世にただひとり」も、流浪の歌となった。その悲哀のゆえに長く記憶にとどまるとしたら、そのメロディーにふさわしい歌詞に思われる。

(追記・この歌が maniwa menuet の youtube で聞けます。)
https://www.youtube.com/watch?v=POVWjSlsiy4

内田樹の日本辺境論を読む

 「日本辺境論」(内田樹・新潮新書)を読みました。著者の名はブログ「内田樹(たつる)の研究室」で知っていましたが、著書を読んだのは初めてでした。小飼弾氏のブログによると「今までの『樹』本の中で、ダントツで最も『面白く』かつ『納得感』の強い一冊」と評されています。
 この著者らしく、冒頭から「この本のコンテンツには新味がなく、大半は他の人の既刊本からの受け売り」と断っています。それでいて面白いのです。説いている中心テーマは「日本は辺境であり、日本人固有の思考や行動はその辺境性によって説明できる」ということです。
 日本が辺境であるとは、もちろん中国に対してです。中国が「中華」で価値観の中心であり、辺境は東夷、南蛮、西戎、北狄と呼ばれ、同心円の外周と見なされてきました。日本は東夷に当ります。しかも日本は大陸から海をへだてていましたから、文化の及ぶ限界の微妙な位置にありました。ここから、中華思想を受け入れながらも、独自のハイブリッド文化を生み出す余地も与えられた、独特の国民性を育ててきたというのです。
 ですから日本人ほど「日本人とは何か」という議論を好む民族は他にありません。器用に独自の文化を発達させながらも、常に「きょろきょろと周囲を見回し」ながら、これでいいのかと疑っています。自分こそが世界の標準という自信と落ち着きを、いつまでも持つことができません。それは言語から宗教、政治、経済、軍事に至るまで、すべての分野にわたってそうなのです。
 とくに日本語の成り立ちが、日本の辺境性を象徴的に示しています。表意文字である漢字を輸入しながら、母語の日本語を表記するかな文字を発明して、世界にも例のない表意・表音文字混交のハイブリッド言語を作り出してしまいました。近代の西洋文明に触れたとき、新しい概念を表現する漢語がまず日本で大量に作られてから、漢字の本家である中国に逆輸出されたのは、決して偶然ではなかったのです。漢字を表意でしか使わない中国では、漢字に新しい意味を与えるのは、非常に困難なことでした。
 現代においても、日本は西欧文明の辺境です。どこまで行っても辺境人である私たちの立場は変えようがありません。しかし、辺境人には辺境人にしかできないことがあるかもしれない。それを最後に著者は「日本人の召命」と呼んでいます。日本人には、世界の接着という独特の使命があるのかもしれないと思いました。

杉並能楽堂と東岳会の狂言

 知人が出演する狂言を見に、杉並能楽堂へ行ってきました。カルチャーセンターで習った発表会のようなもので、17もの演目を、ほぼ一日かけて演じます。多くの狂言を続けて見られるのは、珍しいということでした。行ってみてわかったのですが、会場の杉並能楽堂が、すばらしい文化財の建築物なのでした。
 この能楽堂は明治の末に本郷に建てられたものを、昭和初年に現在の杉並区和田1丁目に移築したということです。戦災にも会わず百年を経た今も現役で使われています。表門は民家のような地味な作りですが、中に入って堂々たる大きさに驚きました。能・狂言を今も自然光で演じることのできる、唯一の舞台だということです。通常は見学も受け付けていないということで、この中に入れただけでも貴重な経験でした。
 狂言は能と違って役者は面をつけず、せりふも独特の発声はしますが謡わずに語ります。会話のテンポとしても決して間延びせず、現代劇にも近いものがあります。予備知識がなくてもわかりやすく、観客からは要所で笑い声も起こります。演技者にとっても観客にとっても、親しみやすく、また奥の深い伝統につながる古典芸能だと思いました。
 同じ猿楽から発展した能が、深刻な悲劇や精神世界を扱うことが多いのに対して、狂言は軽妙で庶民的です。室町時代後期に確立したとのことですから、台本が当時のままとすると、日本人の使う言葉は、口語としては、当時も今とあまり変っていなかったのではないかと思いました。そして、題材としている滑稽の種は、タブーなしのあらゆる分野にわたっていて、人間の裏表のおかしさを突いています。
 全部を見たわけではありませんが、演目は「しびり」「口真似」「附子」「蝸牛」「因幡堂」「柿山伏」「狐塚」「伊文字」「棒縛」「呼声」「蚊相撲」「神鳴」「居杭」「樋の酒」「悪太郎」「福の神」でした。落語、漫才から現代のコミックに至るまで、人が面白がる話題というのは、共通のものがあると思いました。



基地問題「沖縄鳥獣戯画」編

 読谷の風、高江洲さんのブログに、基地問題を動物たちの討論会にした「鳥獣戯画」が、10月25日11月4日11月20日と、3回にわたって出ていました。高江洲さんは沖縄出身だけに、一筋縄では括れない地元の実情を、動物の口を借りて放言しています。
 私たちは沖縄の基地問題と言えば、忍従と悲願の歴史とか怒りの噴出とか、多少なりとも純化したイメージでとらえてしまいますが、現地には長い暮らしの中から生まれた住民の事情があり、そこに日本政府の政策がからんで、さまざまな問題が生まれています。その複雑さは、どんな解決策にも過激な議論を引き起こさずにはいません。そして政府要人の発言が揺れるたびに、地元では、それに輪をかけた右往左往が巻き起こるのです。
 それは小さな池の中に次から次へと石が投げ込まれて、蛙たちが落ち着く場所を失くしているのにも似ています。嘉手納基地統合案が出れば、アメリカ軍と共闘しようという蛙が出てきても不思議ではないのです。そこへまた現政府は、地元の意思を尊重してなどと言いはじめています。いいように引き回しておいて、また地元にゲタを預けるようなことを言って、それで今度は言うことを聞いてくれるのか。蛙たちは混乱するばかりです。これはもう、戯画にして笑い飛ばすしかないというのが、高江洲さんの発想ではないかと思いました。
 池の中で議論をしていてもエンドレスです。沖縄の基地は何のためにあるのか。アメリカ軍の言っていることにどれほどの正当性があるのか。日本の政府は国民を守る政府としての役割を果たす気があるのか。少し高度をとって上空から眺めたら、沖縄の海は大喜劇の舞台なのでした。惜しむらくは、ここに辺野古のジュゴンも参加してしていてくれたらよかったのですが…。でも、この鳥獣戯画には続編がありそうです。
 念のため高江洲さんの記事のアドレスを再掲しておきます。
http://navy.ap.teacup.com/applet/yomitanbreeze/20091025/archive
http://navy.ap.teacup.com/applet/yomitanbreeze/20091104/archive
http://navy.ap.teacup.com/applet/yomitanbreeze/20091120/archive

ブログ連歌(105)

2079 七五三 気分一新 あやかって(うたのすけ)
2080  ここから出直し 天気晴朗(建世)
2081 木枯らしの 吹き晴らしてや 泣きつ面(玉宗)
2082  雨風に打たれ 大樹とならむ(みどり)
2083 仕分けなる 豪雨に打たれて 憤然と(うたのすけ)
2084  あとは荒れ野か また来る春か(建世)
2085 基準あれば 仕分け得意な エクセル通(公彦)
2086  紙台帳と どんぶり算では(建世)
2087 丁重に 拉致されている 日本人(建世)
2088  金より彼の 人なりと見たし(うたのすけ)
2089 吹きゆける 風は地の果て 帰らざり(みどり)
2090  母は老いても 声を忘れず(建世)
2091 有り過ぎる 資産で首相 混迷し(うたのすけ)
2092  何も無き身の 天地冴えゆき(みどり)
2093 吹きさらす 寒風受けて 身震いす(建世)
2094  やけのやんぱち こわいものなし(うたのすけ) 
2094B  袖に音する なけなしの金(玉宗)
2095 無一物 思うばかりの 凡夫なり(建世)
2096  三度の飯が 幸せの砦(うたのすけ)
2096B  着の身着のまま 裸よりまし(玉宗)
2097 年迫り 忌中通知の ぽつぽつと(建世)
2098  お歳暮とどき 返しもならじ(みどり)
2099 この年は こんなものかと 見切りつけ(建世)
2100  それでも何かと 注文つけて(うたのすけ)

喪中通知はがきの季節

 11月になると、旧知の人から届くはがきの大半が「喪中につき年始のご挨拶はご遠慮申し上げ…」の通知になります。年も押しつまってくることを実感させる風物の一つですが、じつは私自身は、これを出したことがありません。
 身内に不幸があった家族は、しばらく祝宴の席などには出ないで「穢れ」を他人に移さないように慎むというのが、この習慣の原点だろうと思います。つまりインフルエンザにかかったら、マスクを着けて、ウィルスを他人に移さないように気をつけるというのに近いのです。ですから年賀状を出すのも遠慮するというのが本来でしょう。しかし、これをふだん疎遠にしている人が受け取ったら、喪中の人に年賀状を送ったら失礼になるという、逆向きの遠慮の感覚の方が強くなるのではないでしょうか。その事情がわかるから、年賀状の用意をする前に通知をしなければならないということで時期が繰り上がり、11月になったら知らせなくてはいけないような慣習になったのだと思います。
 ところが一方、年賀状は年に一度の大事な情報交換でもあります。同窓生との交際などでは、全く知らない配偶者方の不幸でも、忌中の家との交流が途絶えてしまうことになります。年賀状の交換まで止めるような忌中通知は、あまり広げたくないというのが私の実感でした。
 そこで私が実行したのは、母のときも父のときも、年が明けて1月8日付けで出した「寒中見舞い」でした。「寒中お見舞い…今年もよろしく…」と挨拶して、近況のお知らせとして、身内を亡くしたので年賀を欠礼したことを説明しました。当然ながら受け取る年賀状は、身近な親族以外は例年の通りでした。昔の同窓生などから受け取る年賀状が、どれほど喜びにあふれたものであろうと、それを失礼だなどと思うわけがありません。親しい友人たちにも好評で、自分も参考にしたいという感想とともに、暖かいお悔やみの言葉を送ってくれる人もいました。
 人により考え方はいろいろで、どれが正解ということもないと思います。一般の習慣に従うというのも、もちろん理にかなったことです。ただこの季節になると、私は喪中通知を出した人の気持を考えるのです。12月も微妙な時期に不幸があった人は、どうするのでしょうか。
 わが家では、このところ何十年も不幸事を出していません。次の番は、私かもしれません。そのときに家族がどうするか、私は知りません。
(追記・一般的には「喪中はがき」と呼ばれる場合が多いようです。喪中も忌中も厳密な決まりはないようですが、死後49日までを忌中とする場合もあるので、喪中の方が無難なのでしょう。)

コメントの公開について

 ブログのコメント欄は、ブログ友同士の交流の場として貴重なものです。私はコメントの交換をきっかけとして、多くのリアルの友人をも得てきました。また、自分が書いたことへの補足情報や連想、感想、質問などを頂くことにより、議論が深まったり発展したりする面白さを、何度も経験してきました。さらには、当ブログの名物となってきた「ブログ連歌」や「ブログ望年会」が、コメント機能あればこその試みであるのは言うまでもありません。
 そのブログ機能は、投稿したら即時公開が初期設定でした。当初は許可制に変えられることさえ知らず、そういうものだと思っていました。時たま悪意に近い批判的なコメントが入っても、そのままさらしておくか、あまり目ざわりなら削除することで済ましていました。明らかに商業・宣伝的なものや、エロ・ピンク系のコメントが目立つようになってきたのは、1年前ぐらいからでしょうか。こうなると、誰でも使える掲示板のような便利さが、弱点になってきます。そこで「原則はフリーだが、許可制に移行することもある」ことにしました。
 その許可制をこのところしばらく続けているのですが、管理人としては、ずっと安心になりました。知らぬうちに変な情報が自分のブログに付着してはいないかと、心配しないで済むだけでも大助かりです。そして、コメント欄は公設の自由掲示板ではなくて、そこのブログ記事と一体のものなのだから、責任をもって管理するのが、むしろ本来ではないかと思うようになりました。
 そこで、今後はコメントもトラックバックとともに許可制を常態として、プロフィールにも特段の注意書きを表示しないこととしました。しかしそれはコメントを歓迎しない趣旨ではなくて、正反対に、いただくコメントを大切にしたい趣旨であることは、ご理解いただけることと思います。ブログ連歌への重複投句については、現行のAB方式でご容赦ください。
 なお、批判的なコメントへの対応ですが、立場が違って接点がなく答えようのないものなどは公開しない場合があります。ただし批判を聞きたくないということではありません。いろいろな意見を聞くのは必要なことです。公開しなくても管理人には届いて読ませていただきますから、ご遠慮なくお寄せください。

国債は国民の借金か

(熊さん)どうしましたご隠居、朝から難しい顔しちゃって。
(ご隠居)うーん、きのう「うたのすけ」さんから「国債は子供や孫たちの借金になるのか」って聞かれたんで「そんなわけない、自分で借りた金でもないものを返す筋合いはない」って答えたんだが、もうちっとよく調べとこうと思って、いろいろ考えてたんじゃ。
(熊)そいで、スパッとうまくわかりましたか。
(隠)問題は、返しきれない国債を国が出しちまったらどうなるかってことだ。王様が強かった時代には、新しい王様は古い国債をバッサリ切り捨てなんてことも、しょっちゅうやってたらしい。現代だって、デフォルトと言って、国債の支払停止を宣言する国はあるんだよ。
(熊)でも、日本やアメリカみたいな大きな国がそれをやったら、えらいことになるでしょうね。
(隠)じつはオバマ大統領が就任する前後に、アメリカがそれをやるかもしれないという噂があったんだ。世界の経済は大混乱、アメリカからは資本が逃げて、大不況になると恐れられていたんだよ。
(熊)大事に持ってた国債が紙切れになるんじゃ、たまったもんじゃないですね。
(隠)ところがだ、うたのすけさんの子供や孫たちは、失礼かもしらんが国債をたくさん持っていたりはしないだろう。デフォルトでも直接の被害は受けない。大損をするのは、外国の国債を抱え込んでいる国、たとえばアメリカの国債なら、日本や中国だ。だからそんなことをしたら世界の信用をなくすから、アメリカも実行はできなかった。
(熊)日本もアメリカみたいに大変なんですかね。
(隠)いや、アメリカとはずいぶん事情が違ってる。まず、アメリカはずっと貿易で赤字を続けてるが、日本は黒字国で外国からの借金は少ない。国債を出したのは、国の中で右から左へ資金を動かしただけという見方もできるんだ。会社で言えば、やたらに増資を繰り返して株式を増やしてきたのに似ている。株には配当つまり利子を出さなくちゃいかんし、不相応に大きな国債を積み上げるのは、健全な経営じゃないことは確かだ。だがな、すぐに倒産する状況じゃないし、国民が借金の取立てを食らうなんてことはないんだよ。
(熊)それじゃ、国債はじゃんじゃん出しちまっていいんですかい。
(隠)そうは言ってないさ。無駄をなくして税制をちゃんとして、収支を合わせる方向へ持ってかなくちゃ安定した経済にはならない。格差を直して貧困率を下げて、金回りのいい世の中にして行けたら、国債の問題も解決するんだよ。

「たきび」の歌のふるさと

 中野区の上高田3丁目、西武新宿線新井薬師前から歩いて5分ほどのところ、中野駅からでも15分ほどのところに、その場所はあります。住宅街の中に、忽然として「昭和初期の風景」が残っている一角が現れます。作詞家の巽聖歌は、昭和初期から戦時中にかけてこの近くに住み、この辺りが散歩コースだったと言われています。
 これだけの屋敷が、なぜ昔のままの姿で残っているのか、くわしい事情は私も知りません。しかし、ここの主人が初冬に落ち葉焚きをして、近所の子供たちに焼き芋をふるまったという話を、ローカルニュースで見た記憶があります。そんなことが今年もあるのかどうか、近年は聞いていないような気もします。
 武蔵野だった東京の近郊で、このような風景は、昭和の10年代までは当り前のものだったでしょう。私の育った家にも、ずっと小さいながら似たような風景がありました。その庭は、今もほとんどそのままになっている筈です。次の世代にはどうなるのか、私とは縁が切れて久しくなりました。
 高層マンションなど、土と縁のない空間で育つ現代の子供たちにとっては、どんな風景が「ふるさと」になって行くのでしょうか。











焚き火の楽しみ

 市堀玉宗さんは、昨日が54歳の誕生日だったとのこと。その前日には「焚き火するなら誰にも負けません!」という記事を書いておられた。禅寺の境内から焚き火の煙が上るのは、いかにも似つかわしいと思うのだが、現代ではいろいろな問題があるらしい。
 私の父も焚き火が好きで、上手だった。箱根仙石原に山小屋と、かなり広い山林を買い、立木の整理をしながら一日中焚き火の煙を絶やさないことが、よくあった。静岡安倍川奥の梅ケ島の山村育ちだから、昔ながらの山仕事が趣味のようなものだったのだろう。枝打ちした生木でも、周辺に置いて乾かしながらくべれば、きれいに燃えてしまう。「火を起こすものは家を興す」のだと自慢していた。
 私も小学6年のとき、終戦前後に家で飯炊きと風呂沸かしの当番になって、燃える火の番をするのは好きだった。薪割りもしたが、それよりも雑多な廃材や古紙を、工夫しながら燃やすのは面白かった。どんなに汚いものでも、燃えるときはきれいな炎になって灰になる、その始末のよさが快かったのだと思う。それと、燃える火というのは、何となく生命を感じさせるのだ。長い時間見ていても飽きなかった。
 燃える火は、防空壕の中のローソクでも、マッチ売りの少女のマッチでも、人のいのちに似ている。多少の揺らぎはあっても、燃料が続くかぎりは継続する「平衡流動」の状態にある。この平衡流動は個体の中にもあって、私たちの体内でも絶えず新しい細胞が作られて、一通りの役目を終ると、最後は垢になって皮膚から剥げ落ちたりしている。もうちょっと大きなスケールだと、死んでいく老人がいるそばから、新しい赤ん坊が生まれるから、人類は全体として平衡流動している。
 玉宗さんも、自身の54歳と宇宙46億年の生命の流れを対比して、いま生きて在ることの縁を説いておられた。どこか似ていると思ったのだが、よく考えたら、火の平衡流動と生命の平衡流動とは、根本的に違うことに気がついた。火はどこでも条件さえ整えばすぐに燃えるが、条件が壊れれば簡単に消えてしまう。火が燃えるのは単なる物理現象だから、それでいいのだ。ところが生命はそうは行かない。現代の最先端技術をもってしても、未だに生命の合成は出来ないでいる。どこかで出来たのには違いないが、人智の及ばぬ難しさのようなのだ。
 そんな大それた生命が、なぜ自分の中にあるのか、座禅したらわかるだろうか。

五十肩のその後

 10月初めに「五十肩」で整形外科へ行った話を書きましたが、その後は医院へも行かずに1ヶ月半になりました。治ったわけではありませんが、だんだん痛みを感じることは少なくなってきています。左腕を横の水平以上に上げようとすると痛いのは変らないのですが、そんな動かし方をしなくても日常の生活には困りません。結果として、通院したのは初診(リハビリ含む)と、翌日のリハビリ2回目だけでした。
 貰った塗り薬は、3日ほどは使ったものの、あまり効果がありそうにも感じなかったので、自然に忘れてしまいました。リハビリの温熱照射とマッサージは気持良かったし、1回の自己負担150円というのも気に入ったのですが、そのうち行こうと思っているうちに、これも自然に忘れてしまいました。手元の医学書かネット検索か、どこかで「自然に治ることも多い」という説明を読んで安心したのも影響したようです。
 私にとっては「医者にかかっている」という状態は、あくまでも非日常なので、なるべく早く結論を出して打ち切りたいのです。それが健康体に恵まれた好運であることは、わかっているのですが、医者なり薬なりに頼っている状態が、基本的に嫌いなのだと思います。
 しかし一般的には、後期高齢者にもなると、何らかの医者通いを継続している人の方がむしろ当り前で、そのことは妻を見ていてもわかります。ある医師からは、「薬を飲んで調子がいいのなら、それを薬物依存だと悪く思うことはありません。メガネをかければ生活が便利なのと同じことです。」と言われたことがあります。そんなものかと思いました。
 老体に故障は付き物なのでしょう。私も、いつから医者通いが日常化しても、おかしくはありません。老齢者に医療費がかかることは、傾向としては避けられないでしょう。そのために健康保険料も払ってきた筈です。しかし、できる限りは助けられる人にならずにいたいと思います。用心深く、少しでも長く健康に暮らすのが、老人にできる最大の社会貢献かもしれませんね。

日米同盟という思い込み

 これまでに何度も書いてきたのだが、日米間に軍事同盟を結んだ条約は存在しない。それなのに新聞もテレビも「日米同盟」が動かし難い既成事実であるかのようなニュースを流しつづけている。事実は、2005年に確認された「日米同盟・未来のための変革と再編」という外交文書があるだけで、基礎となる日米安全保障条約が改定されたわけではなかった。
 この「日米同盟…」文書には、アメリカのライス国務長官とラムズフェルド国防長官、そして日本側では、当時の町村外務大臣と大野防衛庁長官が署名している。安全保障会議で承認された公式文書ではあるが、国家間の条約よりも下位の外交文書に過ぎない。アメリカでも日本でも当時とは政権は変っている。
 私たちは「日米同盟」と言われると、かつての日独伊三国同盟も連想して、退っ引きならない軍事同盟に組み込まれたように思うが、そうではない。私はそのことを「日米同盟は条約ではない」に書いた。基礎となる日米安保条約は、周知の通り講和条約による日本独立の条件として、非武装の日本を守るために米軍が駐留を続けるために締結された。この条約は1年間の予告期間で、どちらからも廃棄できることになっている。
 その後日本は「自衛力」を整備してきたから、本来なら日米安保の必要性は低下している筈だった。しかしそれでは困ると思ったアメリカが、日本を世界戦略のパートナーにしようと持ちかけてきたのが「日米同盟」だったのだ。だからこれは総選挙で国民に信を問うべき大問題だったのだが、それでは憲法に抵触する可能性が高いので、とりあえず「外交文書」で間に合わせたのが今に続いている。
 その事情を、鳩山首相は百も承知している筈である。「最後は私が決める」という言葉に、覚悟が秘められていると言う人もいる。今の政権マニフェストにある「日米の対等」を、そのように読むこともできるのだ。いま私たちが「基地は要らない」の声をあげることは、鳩山首相を窮地に追い込むようでいて、実は応援するカードにもなり得るということだ。
 いま私はそのように考えている。だから新宿西口に立っている。



お金を自然物に近づける(貨幣の磨耗と腐敗)

 少し前の愚樵さんのところに「貨幣の摩耗と腐敗という面白い記事が出ていました。きっかけになったのは馬場英治さんの「静かなる革命で、その第1章で「税率1%の一般取引税を導入すれば消費税増税が不要になるばかりか、消費税そのものを廃止できる」としています。通貨が移動するたびに少しずつ摩耗すると考えれば不自然でなく、もっとも単純で効果的な税制になるというのです。
 以下は私の勝手な連想なのですが、個人が所有するほとんどすべての価値あるものは、使えば使うほど、古くなれば古くなるほど価値が下がります。これが摩耗と腐敗です。ところがこれと反対に、うまく使えば使うほど、積んで放っておけば時間がたつほど増殖する、魔性を備えた価値あるものが通貨です。この魔性の部分を削いで、削り取った価値を公共の財源にしたら、貨幣は人間と長く共存できる自然物に近づくのではなかろうかという発想です。
 これはなにも奇抜なマジックではなくて、資本主義を矯正する税制の話なのです。馬場英治さんの一般取引税は、株や為替の取引では1%でも高過ぎるかもしれません。なにしろ1万分の1のトービン税でも、まだ反対が多くて実現していないのですから。しかし本来の投資や、貿易のための為替だったら、1%の税は適正とも言えます。デイトレーダーがコンピューターを使って分単位、秒単位で取引つまり貨幣の支払いと所有権の移転を繰り返しながら、相場を操っていることの方が、よほど異常なのです。
 貨幣は使えば目減りする、それが自然の姿とすると、貨幣を貯蔵する、つまり貯金しておくと腐敗が進んで価値が下がることになります。これは預貯金に対する資産税です。金融業は預貯金に利子をつけますが、それはそれとして構いません。しかし別に一定率の資産税をかけることとします。これは一般的な財産に維持費や資産税がかかるのと同じことです。
 さて、こう考えてくると、「貨幣を自然物に近づける」論は、決して荒唐無稽な理屈の遊びではなくて、きわめて真っ当な税制改革論になってきます。税制に所得再配分機能を持たせるためには、一般取引税に生活必需品の免税や、ぜいたく品への加重を加味することができます。預貯金への資産税も同様です。つまるところは、貨幣を野放しにせず、人間の支配の下に置こうということなのです。お金は注意して充分な世話をしながら飼いましょう。
(追記・従来は資本主義の発展に適度なインフレは不可欠と考えられていましたが、この新しい考え方だと、永続型の貨幣循環が可能になります。)

ブログ連歌(104)

2059 芸術か ワイセツ以前に 非常識(うたのすけ)
2060  墓を汚され 遺族の心中(うたのすけ)
2061 如何な罪 あれど母御の 愛深し(みどり)
2062  顔を変えても 悪運尽きて(うたのすけ) 
2063 110番 まさに年貢の 納めどき(うたのすけ)
2064  家族にはない 一件落着(建世)
2065 報奨金の 行方気になる 小市民(公彦)
2066  仲良く分けて 暮れを乗り切れ(うたのすけ)
2067 基地のこと 忘れた如き 逮捕劇(みどり)
2068  それに加えて 夫婦善哉(うたのすけ)
2069 一茶忌の 金にまつはる どんづまり(玉宗)
2070  煩悩たぎり 二万句を成す(建世)
2071 仕分けとは 腑分けに語呂が 似ています(うたのすけ)
2072  解体新書の 先駆者に似て(建世)
2073 付き合い予算 廃止の方に 仕分けられ(公彦)
2074  家計みなおし 意識刷新(みどり)
2075 無駄使い やめてさわやか 自然人(建世)
2076  一般家庭じゃ とっくに崩壊(うたのすけ)
2076B  ネット・ケータイ 廃止はできず(公彦)
2077 クリックで つながっている 人の縁(建世) 
2078  危うき世間 誠もありき(みどり)
2078B  生まれ変わって 人生二倍(ハムハム)
2079 七五三 気分一新 あやかって(うたのすけ)
2080  ここから出直し 天気晴朗(建世)

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
→著作などの紹介と販売について
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