志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2010年04月

鳩山政権の真価と楽しみな5月

 妙に寒かった4月が終ります。昨日は連合主催のメーデーでした。例年はメーデーの舞台の背景は、みごとな代々木公園の新緑で飾られるのですが、今年は新芽が小さくて枝の形がくっきりと出ていました。近年は、組合員が参加しやすいようにという理由で連休の最初の休日に開催されるのですが、5月1日でなくても、やはり「メーデー」です。
 支持政党が初めて政権党になったメーデーですから、鳩山総理、長妻大臣、平野官房長官、福島党首も壇上に並ぶ豪華な顔ぶれでした。総理も長妻大臣も、政権交代後の政策について、公約を実現すべく努力している点を強調していました。長妻氏のスピーチは、会場の雰囲気によく合った力強いものでした。
 鳩山内閣の支持率の低下は厳しいものですが、そのおもな理由は「政治と金」そして「普天間」から来ているように思われます。しかし落ち着いて考えてみると、政権交代後のこの半年間で、「前よりも悪くなりつつある」ことは少なく、逆に「少しずつだがよくなりつつある」ことの方がずっと多いのです。福祉関連の制度や予算もそうだし、労働法制の秩序崩壊にも歯止めがかかりつつあります。
 さらに言えば、政治と金の問題でも、小沢氏は新たに問題を起こしたのではなく、4年前の会計処理について議論されているのであり、普天間の問題にしても、原因を作ったのは自公政権でした。鳩山氏が責任を問われているのは、その後始末の方法についてです。
 その後始末ですが、「5月末までに方針を決める」と自ら期限を決めたことが、いろいろな憶測を呼んでいます。この連休中にも沖縄を訪問するとのことですが、地元が基地を受け入れる可能性はないでしょう。言わば「断られることを確認する」ための旅になります。これは基地問題を半年かけて「日本全体の問題」にしてきた一連の努力の総決算です。そして導かれる答えは「日本中のどこにも、米軍基地を新たに受け入れる場所はない」ということです。
 さて、そこで政権を投げ出せば自民党の末期と同じですが、そうはならないでしょう。「対等な日米関係」を掲げた公約が本物だったかどうかが、ここでわかります。「民主党株」を底値買いするとしたら、この連休明けがチャンスということです。ただし横丁の隠居の見立てですから責任は持ちません。投資は各自の責任でお願いします。

沖縄と連帯するアメリカの声

 「マスコミに載らない海外記事」さんのブログによると、この4月25日に、ワシントンでも沖縄の基地に反対する抗議デモが行われたとのことです。抗議した場所が、なんと日本大使館の周辺で、全員がジュゴンのお面をつけ、自然保護の立場からの主張が強かったようですが、情報源が「グアム・ブログ」となっており、基地に反対するグアムの住民が沖縄との連帯を求めているように見受けられます。
 その記事はさらに Close The Base(基地を閉鎖せよ)というサイトを紹介しているのですが、それを開いてみて、先日の明治公園でのキャンドル人文字が、クリアな画面で大きく紹介されているのに驚きました。さらに沖縄への基地新設に反対する長文の明晰なアピール文が掲載されており、日本語訳も添えられていて、その内容は感動的でした。全部を通読していただくのがおすすめですが、ご用とお急ぎの方のために、一部を引用しておきます。

 Solidarity Statement from the Members of the Network for Okinawa(沖縄を支えるネットワーク・メンバーからの連帯の挨拶)
 我々は今日、沖縄を支持する県知事、市町村長、メディア、辺野古のお年寄りたち、100万人の沖縄県民、3万人の徳之島住民、そして日本全国何十万人にもおよぶ国民と共にあることを、誇りを持って宣言する。太平洋を経た地より、彼らの米軍普天間基地の閉鎖と沖縄そして徳之島におけるいかなる新たな基地建設への反対の要求を支持する。……
 我々は鳩山首相に、部分的に岸から離れた滑走路を建設するという2006年の日米提案を拒否することも要請する。このような基地の拡大は沖縄のジュゴンやアオサンゴなどが棲むサンゴ礁を破壊し、絶滅の危機にある動植物を含めた多くの美しい生物が生息するやんばるの森をも破壊することになる。
 我々は米軍の最高司令官であるオバマ大統領に対して、沖縄から米軍普天間基地を取り除きたいという県民の民主的決断と、県内における一切の新たな基地建設に反対するという彼らの意志を尊重するよう求める。……(引用終り)
 
 挨拶文はさらに沖縄の歴史にも触れて、この島が、かつて武器を持たない平和な王国であったことを高く評価しています。そして、次のように結論しているのです。(以下引用)

 この平和的な島に不必要な軍事暴力を押しつけるのでなく、米国と日本は沖縄の命を尊ぶ民主的な文化から学ぶべきである。

投票しなけりゃ始まらない

(ご隠居)熊公いるかい。
(熊さん)おや珍しい、ご隠居から声がかかるとは、何かありましたか。
(隠)昨日の話の続きなんだが、若い連中が、なかなか投票に行かないってぇのが気になってな。お前さんだってこの長屋に来る前は、選挙なんて行ったことがないって威張ってたじゃないか。
(熊)面目ねえ。政治だ選挙だなんて、どうせ俺らにゃ関係ねえ話だと思ってたもんでね。
(隠)ところがどっこい、関係大ありさ。世の中すべて政治で動いてる。今の政治が若者に冷たく出来てるわけは、早い話が若者が選挙に行かないからなんだよ。たとえばだ、今の日本で20代と60代と、どっちの人口が多いと思う?
(熊)少子化だから、20代の方が少ないですかね。
(隠)その通りさ。くわしい数字は覚えてないが、たしかに人数で20代が負けてる。その上にだ、ここが大事なところだが、選挙に行く投票率が、格段に20代は悪いんだよ。60代の老人はヒマだからせっせと投票に行く。ところが20代は仕事だ遊びだ子育てだと忙しいか知らんが、半分も投票しないんだ。その結果はどうなる。有効投票は人口と投票率の掛け算だから、20代の意見は、結局、60代の半分ぐらいしか政治に反映しないんだ。70代も似たようなものだから、老人全体から見たら、20代の意見なんか聞いてやる必要はないということになっちまう。
(熊)そうか、若い世代ってのは、政治の世界では、すごい少数派なんだ。
(隠)そうなのさ。これから仕事にも結婚にも子育てにもがんばってほしい大事な20代が、政治への発言権がとても小さいんだよ。だから子育てしてる若い親には、子供の分の選挙権も加えて2票にしようと言う人さえいるくらいだ。でも、次の選挙にゃ間に合わん。せめて大事な選挙権を、棄権しないで使ってもらうしかないってことだ。
(熊)ふーん、年寄りに冷たい政治なんて言われるけど、若者にはもっと冷たいんだ。
(隠)若者はもっと怒っていい。口惜しかったら選挙で投票に行けっていうことだ。だけど老人がみんな敵ではないぞ。子供や孫の将来を心配してる老人は少なくない。若者にやさしい政治になるように、身を削ったっていいと思ってる老人もいる。ちょいとそんなことを話してみたいと思ったのさ。
(熊)俺らはもう若者とは言えない世代になっちゃったけどね。
(隠)それだってわしとは比べものにならん。まだ鼻たれ小僧だ。

ブログ連歌(124)

2459 母強き 子育てながら 宇宙飛ぶ (みどり)
2460  万有引力 ひとつの地球 (建世)
2461 豆鉄砲 喰らったぐらいの あどけなさ (うたのすけ)
2462  丸い目をした いい子の首相 (建世)
2463 宙に浮き 扇子で舞うは 桁はずれ (みどり)
2463B 限りなく アホか救国の 英雄か (うたのすけ)
2464  楽しみであり 怖くもあって (建世)
2465 お決まりの 追えば逃げるよ 深情け (うたのすけ)
2466  とどのつまりに 行き所なし (建世)
2467 高速で 小沢が通る そこを退け (うたのすけ)
2467B 能天気 仕分けもならず 苗余し (玉宗)
2468  あした待たるる 五月晴れかな (建世)
2469 その手あり お気を確かに 殿、殿と (うたのすけ)
2470  城主になりたい 小粒が並ぶ (建世)
2471 気は確か 心配無用 これが手よ (うたのすけ)
2472  一騎打ちとの 当ては外れて (建世)
2473 仕分けせず 全部切り捨て 初心にて (うたのすけ)
2474  焦土のあとの 復興思え (建世)
2475 猫を噛む 追い詰められて 大事成す (うたのすけ)
2476  窮鳩返って コンドルを突くか (建世)
2477 黎明の 時代拓くは 民意なり (みどり)
2478  届かぬ願い 苛立つ季節 (うたのすけ)
2479 言うなれば それだけのこと 基地要らぬ (建世) 
2480  その一言を 皆で共有 (うたのすけ)

鳩山民主暴落株は「売り」か「買い」か

(熊さん)ご隠居、えらいことになりましたね。鳩山内閣の支持率がまた落ちて20%に近づいて、民主党の支持率も、とうとう自民党に抜かれたってことですよ。
(ご隠居)そんな世論調査も出てたようだが、調べ方によって、いろんな出し方があるんだ。鵜呑みにしちゃいけないが、厳しい様子であることは確かだな。わしは最近の新聞を見てると、政党を会社に見立てていろんな情報を流して、株価の操作をしてるような気がするぞ。今ならアメリカさんに見放されたら「売り」ってなもんだな。その「売り一色」が今の相場だ。
(熊)民主株を値下がりさせて、乗っ取りでもしようってんですかね。
(隠)そうさな、なんせ民主党には衆議院で300議席っていうデカい「含み資産」があるからな。これを何とかしてバラけさせて、分ん捕り合戦に持ち込みたいと狙ってる手合いは、いくらでもいるだろうさ。株価の下落でチャンスが来たと、色めき立ってるさ。
(熊)民主党には、人気回復の手はないんですかね。
(隠)それはあるよ。わしの見るところ、何かと嫌われてる小沢さんが表から引っ込むだけで10ポイント、鳩山さんと菅さんが、総理と副総理のポストをチェンジするだけで、あと10ポイントは支持率が上るだろう。そういう奥の手もあるんだから、今の民主党は「売り」でなくて「買い」だな。株で儲けるには、底値で買うのが一番なんだよ。
(熊)去年の夏に、みんなで民主株を買ったんだから、安値で売っちまったら損ですよね。
(隠)お前さんも呑みこみがいいな。50年待って、やっと実現した政権交代だ。いろいろ言われてはいるが、自公政権では絶対できなかったことが、少しずつだが動き出している。マスコミに踊らされて、民主党もやっぱりダメだったかと、1年も待てずにあきらめてしまったら、旧勢力の思う壺にはめられることになるんだよ。
(熊)わかりましたよ。ところで今朝からご隠居の塀に福島みずほさんのポスターが張り出されましたね。長妻さんと仲よく並んでました。
(隠)ほう、気がついてくれたか。連立してるんだからいいでしょうって、ウチの連れ合いも賛成してくれたんだ。夏の参議院選挙では、選挙協力をしっかりやって、どちらの党も伸びて安定政権を作って貰いたいもんだ。底値の民主党も社民党も、いま何どきだい。
(熊)へえ、買い時でぇ。



新聞報道と社民党の連立

 昨夜参加した「沖縄に基地は要らない!東京集会」がマスコミに報道されるかどうか、自分が参加してみると、余計に気になるものです。昨夜のうちのテレビニュースには何も出なかったのは、予想通りでした。
 しかし今朝の朝日新聞朝刊には、沖縄の集会を伝える大きな記事の横にベタ10行の小さな記事が添えられて、「東京の明治公園でも1200人がキャンドルで NO BASE OKINAWA の人文字を作った」と報じられていました。沖縄だけでなく本土でも集会があったことを、報道する価値があると判断したのでしょう。それでも社会文化会館に、700人定員の会場に入りきれない1000人がつめかけたという本集会とデモ行進については、全く触れていませんでした。
 鳩山政権に連立で参加している社民党は、議会では小さな勢力であり、福島党首を閣僚に送ることで、ようやく面目を保っている状態です。しかも福島氏は担当の消費者・少子化担当大臣として評価されるよりも、もっぱら基地問題での「抵抗少数勢力」として話題にされています。昨夜の集会でも、ただ一人の政界からのゲストとして「県内、国内ではなく、グァム、テニアンへ」と主張していました。また「少なくとも県外という公約が破られる場合は、連立の協定に反するので『重大な決意』で臨むことを再確認していました。
 マスコミも、いわゆる識者も、今の社民党に対しては決して好意的ではありません。「社民党は、もう終っている」と突き放すのが、何かクールなトレンドと思われているかのようです。しかし明瞭に護憲・平和を掲げ、内政では社会民主主義を党是とする政党は、今の日本で他に見当りません。相次ぐ新党は、いずれも右寄りの変種ばかりです。共産党の脱皮と政権参加に期待がかかるとしても、その歴史と体質への抵抗感は、簡単には消えないでしょう。
 望ましい2大政党の一方は、国際的には護憲・平和の外交、そして内政では格差の少ない社会民主主義の推進であってほしいと私は考えています。その意味で、連立政権内での社民党の存在感は、これまで以上に大きくなるのが好ましいと思っています。この夏の参院選では、社民政党の火種を小さくしてはならない、大きく育てたいというのが私のテーマになりました。

4.25反基地・東京明治公園集会

 「沖縄県民大会とともに声をあげよう・東京集会」の夜の部に行ってきました。午後3時からの集会とデモの参加者も合流して、明治公園でキャンドルを掲げ、NO BASE OKINAWAの人文字を作りました。
 今まで人文字の撮影をしたことはありますが、自分が人文字の一粒として参加したのは初めての経験でした。私の位置は、下段N字の右下端近くです。文字に参加しながらの撮影で、充分にはできませんでしたが、一通りのレポートです。寒い日でしたが、燃える火を身近に持つというのは、気持が温かくなるものです。紙コップに半分ほど蝋を入れ芯をつけたものですが、思ったより大きな火になりました。



 会場のすぐ隣は日本青年館です。屋上にカメラが待機していました。十三夜ぐらいの月が出ていて、所定の位置に並びながら歌やスピーチを聞きました。撮影は共同通信のヘリコプターからも行われました。



 沖縄から参加の歌と踊りです。



 アメリカからの応援参加もありました。



 位置について蝋燭に点火します。着火に案外手間取りました。蝋燭同士の貰い火は、うまく行かないのです。全般に、生火の扱いに慣れていない人が多いように感じました。



 最後に、上のカメラからの映像が、仮設スクリーンに投影されました。文字の中にいてはわからない全体像が確認できて、集会の最後を盛り上げました。

4.25「沖縄に基地は要らない!東京集会」

 本日、沖縄県民大会と同じ日時で「沖縄県民大会とともに声をあげよう・東京集会」が行われます。午後3時から社会文化会館(三宅坂)で集会と、その後デモ行進。
 午後6時から明治公園(千駄ヶ谷)で、歌とスピーチとキャンドルで人文字を作るイベントがあります。私は明治公園の会場へ行って、写真つきでレポートする予定です。

事業仕分けネット中継とtwitter体験記

 教えてくれる人がいて、昨日の政府の事業仕分け第2弾を、ネット中継で視聴しながら、同時にtwitterで「擬似参加」することができました。昨年に経験した「ニコニコ生放送」よりも、一段と臨場感が増しているように思いました。
 私は twitter「ホーム」の「検索」から Ustream のネット中継 #shiwakea を選んで見たのですが、蓮舫議員を中心にJICA(国際協力機構)を取り上げているところでした。仕分け人の質問と、機構側の答弁がナマ中継される点はテレビ中継と同じですが、twitterを通してだと、視聴者からの投稿が、リアルタイムで順に画面に表示されます。ニコニコ生放送では10から20字程度の短文しか入れられず、しかも画面の中を一瞬に通り過ぎるだけでしたが、twitterでは140字までの、まとまった文章まで送れます。それが別枠に表示されますから、掲示板のようになります。
 しかしながら、この日は視聴者が殺到して、新着投稿の更新は非常な速さで進んでいました。ですから、まとまった文章は、読み切る前に画面の下へ押し出されてしまいます。投稿者にもそれがわかりますから、投稿内容は「へー驚いた」「そこが聞きたい」「逃げるな」といった短文が主流になっていました。それはまさに、会場に入って周囲の「つぶやき」や「野次」を聞いている雰囲気と同じでした。私も結局は、蓮舫さんへの短い応援メッセージを一回送っただけでした。
 しかしネットへの書き込みですから、情報としては累積保存されている筈です。手間をかければ取り出して分析することも可能なのかもしれません。とにかく、政治的な議論の場が、ネット公開によって誰にでもアクセス可能で、しかも意見も言える双方向の舞台になった「実験劇場」ではありました。その意味では、非常に面白かったというのが私の感想です。
 ナマ中継が見られ、そこへアクセスすれば誰でも意見が言えるという場面設定は、これからますます盛んに行われるようになるでしょう。それは政治的な討論の場を広げる可能性があるし、たとえば戦争や紛争の現場からの中継だったらどうなるでしょうか。
 ネットの利用は若者たちを政治に参加させる民主主義の力強いツールにもなり得るし、逆に邪悪な宣伝に使われる恐れもあるでしょう。人間の発明物は、結局は人間の心のままに使われます。ただし、情報は広く公開されるほど社会の健全化に役立つということを、私は信じたいのです。

相続税の増税を手始めに

(熊さん)自民党が選挙の公約に消費税の引き上げを出すそうですよ。
(ご隠居)ああ、そうだな。自民党なら、それしか思いつかんだろう。もっとも、今は何を言っても、誰も気にしないだろうがな。
(熊)でも、国の収入を増やさないと困るのは本当なんでしょ。
(隠)それはそうだ。家計と同じで、少しでも収入が増えたら、世の中も明るくなる。自民党がめちゃくちゃに進めた金持ちと大企業への減税で、国の収入を半分に減らしちまった。そのあげくが格差拡大で貧困を増やしたんだから、今度はその逆をやればいいんだよ。だが増税は誰でも嫌だから、今の政権もなかなか手をつけない。無駄をなくすのが先決だと、それにも一理はあるんだがな。
(熊)無駄を省くのはいいとして、ご隠居ならどこから増税を始めます?
(隠)相続税が一番手だな。「グローバル化」や「構造改革」が始まる前に比べて、税収は3分の1になってしまった。その間に死んでいく老人は増えているんだから、どれほどすごい減税だったかわかるだろう。今は億単位の資産家でもない限り、相続税を払う家族はいないんだよ。昔は「3代相続したら、資産はゼロになる」と言われたものだがな。
(熊)でも老人は相続税に反対するんじゃないですか。
(隠)そこが相続税の面白いところだ。相続ってのは死んでから始まるものだから、本人が生きてる間は関係がないんだよ。だから今の老人は財産を抱えたまま、じっとしてるんだ。これが相続のときに半分は税金に持ってかれるとわかったらどうだ。生きてるうちに上手に使い道を考えなくちゃと思うだろうさ。回りの人間や世の中に流れていく金が多くなる。老人の頭も活性化するし、いいことが続くってわけだ。
(熊)相続税が高いと、事業をやってる家が続かなくなったり、金持ちが海外に逃げ出したりしませんかね。
(隠)会社の株を分けておくとか、そこは事業主の頭の使い所さ。自分が払うわけでもない相続税が高いからって、老人が、なじみもない外国へ逃げ出そうなんて思うわけあるまいて。
(熊)わかりましたよ。ところで長屋の私の一軒分、早いとこ贈与してくださいな。
(隠)ふむ、そうきたか。

普天間が五月晴れになる日

 昨日の国会での党首討論は、またもや普天間問題の押し問答に終始していた。今の日本には、それ以外の論ずべき問題は存在しないかのようだ。狙いは明らかで、夏の参議院選挙に向けて「鳩山おろし」の雰囲気を盛り上げたい一心から出ている。
 沖縄に新しいアメリカ軍基地を喜んで受け入れる可能性がないことは、疑う余地がないだろう。この25日には大規模な県民大会があるし、呼応して東京でも18時から明治公園で「沖縄に基地はいらない!」集会があり、その他主要都市でも行われる。先日の徳之島では、基地反対の集会に島の人口の過半数を占める1万5千人が参加したと伝えられた。徳之島は鹿児島県だが、日本国内に基地を受け入れる場所は、どこにもないということだ。
 それに加えて、徳之島でさえ距離的に遠いとアメリカ側が難色を示しているという情報がリークされてきた。それに相槌を打つように鳩山首相まで「移転先は近い方がいい」などと言い出すから、話はますますわからなくなる。うまい解決などありえないと白状しているようなものだ。それでいて「五月には五月晴れにしたい」とは、やはり宇宙人ならではの独特の感性なのだろうか。
 一連の動きを追ってみると、「いろいろやってみたがダメでした」のアリバイづくりに精を出しているようにも見える。そうすると5月には「やはりお引き受け出来ません、どうぞお引取り願います」とアメリカに申し出ることになる。私はそれで正解だと思うのだが、オバマに最初に「悪いようにはしないから」と約束してしまったのが重荷になる。でも、日本の総理なら、アメリカの大統領に不義理はしても、日本の国民を守るのが仕事というものだ。
 移転が不可能となれば、アメリカは当面、普天間を継続使用するしかなくなる。軍部の予定は混乱し、日米関係は緊張するだろう。しかしアメリカは軍事的にも経済的にも、日本に対して制裁を発動するのは非常に難しい。そんなことをすれば日本の国民を敵に回すことになるからだ。緊張感の中で、鳩山総理と国民との間に一体感が生まれる。やはり日本の総理大臣だったと見直すとき、普天間に五月晴れが訪れる。
 あとは、普天間をいつまでに返してくれるかと、期限の交渉をするだけでよい。

twitter を始めてみたけれど

 最近話題のtwitterとは、どんなものなのか。人に聞いても、いまいちよくわからないので、実地に経験してみることにしました。開設は非常に簡単で、無料でできました。ブログよりも簡便な、携帯メールに近い感覚のようです。
 まだ慣れていないので試運転中ですが、機能として、フォローする相手を選ばなければなりません。試験的に毎日ニュースと天気予報を選んでみたのですが、頻繁に新しいツイートが入るものの、知りたい情報は少なくて、かえってわずらわしいのがわかりました。結局、気に入りの仲間を選んでフォローするのがポイントのようです。とりあえず、鳩山首相と大津留公彦さんの2名だけを選んでみました。鳩山首相にも、返信はできるようです。ただし、返信とリツイートの区別がわからず、まだ読むだけにしています。
 不特定の他の人からのツイートも受けられるのかどうか、まだ例がないのでわかりません。私のtwitterは「twitter志村建世」の検索で出ますから、ご用とお急ぎがなく、twitterに興味がおありの方はお試しください。
 ところで、ブログのほかにtwitterを始めることに、どんな意味があるのかはわかりません。時間と労力の無駄になるのか、今までにない良さがあるのか、使い方によって効果は違うでしょうが、私に合うかどうかは半信半疑です。ただ、世の中に流行りつつあるものを確かめておきたいという意図はあります。もしかしたら、何かの仕事に使えるかもしれないという期待も、少しあります。
 とにかく、始めてみました。ブログを始めたときも半信半疑でしたが、今回は、それよりも、やや懐疑的です。いずれにしても、実験の結果はご報告します。
(追記・私のtwitterは http://twitter.com/shimuratakeyo です。ここでは私の書き込みだけが見られます。全体を見るには、twitterに登録してログインが必要です。)

空耳英語による「反戦・君が代」

 「戦争を語り継ごうML」に、「心ならずも『君が代』を歌わざるを得ない状況に置かれた人のための歌」が紹介されていました。10年も前に作られたということですが、私は今回はじめて知りました。一種の「空耳英語」の歌で、学校関係から出たもののようですが、なかなかよく出来ています。改めてこちらにも引用してみます。

 き  み  が  あ  よ  お  わ
Kiss me, girl, and your old one
 ち  よ  に   い い や  ち   よ   に
a tip you need, it is years till you're near this
 さ   ざ     れ    い   し  の
sound of the dead. "Will she know
 い  わ  お  と な  り   て
she wants all to not really take
 こ  け   の   む   う    す う    ま   あ  で
cold caves know moon is with whom mad and dead!"
(訳文)
僕にキスしたら君のその古臭いジョークにも
(サヨナラの)キスをしておやりよ
君に必要な忠告をあげよう 死者たちのこの声が
君に届くまで何年もかかったんだよ
「国家ってのは本当に奪ってはならないものを欲しがるけど
そのことに気がつく日が来るんだろうか?
冷たい洞窟だって知ってるんだ
(戦争で傷つき)気が狂ったり死んでしまった人たちを
お月さまはいつも見てるってことを」
(引用終り)
 訳文にちょっと無理かと思うところもありますが、気持はよくわかります。この歌詞で堂々と歌って、不起立で処分の裏をかく手がありますね。私が教師だったら、そうするかも。
 余談ですが、武蔵高校の尋常科時代に、空耳英語が流行ったことがありました。
You might think today's some fish.
これは「言うまいと思えど今日の寒さかな」と読むのです。fish を「さかな」と訓読みするところが味噌でした。
(追記・umenom さんから「ブログ連歌124」に頂いたコメントによると、君が代の「き」を「た」に変えて歌う方法もあるそうです。)

一間路地の風景

 中野の町には、意外に古い風景が残っているところがあります。よく通る新井2丁目の「一間(いっけん)路地」も、その一つです。昔の東京では、1間=6尺=約1.8メートル幅の道路は、町裏の小路としては標準でした。歩く人が支障なくすれ違いできる充分な道幅だったからです。
 私が育った滝野川区(今は北区の一部)西ヶ原は山の手ですから、家の前の道幅は、これより少し広くて、9尺(2.7メートル)ぐらいだったと思います。舗装はなく土のままですが、よく踏み固められているので、ローセキ(蝋石)で絵を描いたり、石蹴りの陣地を書いたりすることができました。いつも子供の遊び場で、たまに自転車が通りかかる程度です。
 正月には、近所の大人も交えて羽根つきなどをする社交場でもありました。カンコンと羽根つきの音が響くと、音に誘われて、隣のお姉さんや元気な若奥さんなども出てくるのでした。ただし少し大きく打つと、羽根は簡単に塀を越えてしまいます。「羽根とらせて下さい」と声をかけながら門を入って行くのでした。
 当時の庭つき一戸建ての家には、小さいながらも門構えがついているのが普通でした。塀の一部を後退させて、小屋根を載せた引き戸の入口があります。その横の柱に表札がかかり、塀が斜めに後退する部分に郵便受けの差し入れ口がついていました。小屋根の中央には、夜になると電灯がつくのです。
 路地は狭いので、自転車だと乗ったままの方向転換は難しく、門構えのある家の前まで行って、門前の後退部分を使ってUターンをしたものです。
 商店街などを歩いていて、新装開店の店に出会うことがありますが、その場所は以前は何だったかと考えても、わからない場合がほとんどです。関心は新しい珍しいものに向きがちですが、新しいものはカメラでいくらでも撮れるので、知らぬ間になくなってしまうものを撮っておくのが、記録としては価値があるのかもしれません。




 
この路地の端は石段になっていて、車は一切通れません。それで今まで残っているのかもしれません。



昔ながらの門構えの家(野方1丁目)

ブログ連歌(123)

2439 立ち枯れは 言い過ぎなれど 声枯れて (うたのすけ)
2440  君死に給う こと勿れぞなもし (建世)
2441 立ち枯れて 大正池に 水没す (公彦)
2442  移りゆく世に 開眼なき身 (みどり)
2443 五月には 成算ありや 春寒し (建世)
2444  ものはついでよ おとぼけ通せ (うたのすけ)
2445 花冷や 小銭ばかりが 世を回り (玉宗)
2446  山吹にとんと お眼にかかれず (うたのすけ)
2447 ここ掘れば ワンと出ますよ 小金いろ (ハムハム)
2447B 春眠や 黄金の山を 抱いていた (こばサン)
2448  使い切れずに 目覚めて安堵 (建世)
2449 隣町 薮より出でし 札の束 (みどり)
2449B あちこちで やたらさえずる 小銭ぶり (うたのすけ)
2450  でんと構えた お人はいずこ (うたのすけ)
2451 済民の 初心果たすに 悔いなかれ (建世)
2452  瓢箪から駒 ありえますかね (うたのすけ)
2453 普天間は さらば地球と 宇宙基地 (建世) 
2454  UFO迎え しばし歓談 (ハムハム)
2455 気がつけば 地に足つかず 無重力 (建世)
2456  宇宙で一杯 基地は幕引き (うたのすけ)
2457 安保はや 時代遅れの 廃棄物 (建世)
2458  神風吹いて 基地宙に散る (うたのすけ)
2459 母強き 子育てながら 宇宙飛ぶ (みどり)
2460  万有引力 ひとつの地球 (建世)

老人党は忘れない

 私も参加しているバーチャル政党「老人党」の「なだいなだ」さんが、与謝野・平沼新党「たちあがれ日本」について取材を受けたようで、最近の老人党メルマガに「老人たちの集まりだから、老人が応援しませんかといわれましたが、老人党は記憶がいい。」と答えたと書いている。以下、しばらく引用させていただく。

「尋ねてきた新聞記者には、麻生内閣で与謝野が何大臣だったか忘れたの、老人より記憶力が悪いね、アルツハイマーかね、と皮肉をいってやりましたが、もちろんこれは新聞にのりません。
 ぼくの推測では、この新党は、小泉純一郎を担いだ『文春、読売系』のジャーナリズムのサポートを受けての新党でしょう。『日本』とは何でしょう。一つにまとめようというイデオロギーです。
 しかも自分たちだけが正しい、選挙で勝った民主党に任せていたら亡国だ、その裏側には連立を組んだ少数の社会主義者に引きずられているから亡国だ、という選挙無視の考えが見えます。民主党が勝ったのは、自民党こそが自分たちの生活をズタズタにしてきた、という選挙民の怒りであり、国民総中流の国から一千万の貧困層に落とされた人たちの意識だったことを、見ようとしない人たちです。
 日本を敗戦に導いた職業軍人たちに、平和条約締結と同時に恩給を復活した自民党の右派、国のために命を捧げる、会社のために絶対服従で命をささげる、反対するものは国賊だとか、非日本人だとか、のレッテルを貼る。排除主義の全体主義、その時代の日本はまとまりがあったと郷愁を感じている人々でしょう。
 あるのは現実の日本でなく、個々を全体のために奉仕させるカタカナのニッポン主義のみです。」(引用終り)

 老人は一般的には保守的で頑固なものだが、日本の老人は違う。昔の日本は良かったと回顧にふけるのは、特権につながっていた一部の人たちだけで、圧倒的多数の老人は、戦争に巻き込まれたらどうなるかを骨身にしみて知っている。そこからそれぞれに考えを深めて、世界から戦争をなくすには、どうすべきかについて一家言を持っている。
 もちろん誰よりも日本の国を愛してもいる。しかしその日本は「君が代」や「日の丸」で表現されるような浅薄な「ニッポン」ではない。老人だからといって、中身のない「立ち枯れニッポン」などを応援する気は、さらさらないのだ。

細川内閣の思い出

 最近の鳩山内閣を見ていて、細川内閣の顛末を思い出している。1993年(平成5年)のことだから、もう17年も前のことになる。自民党の分裂で日本新党、新生党、新党さきがけが出現し、自民党が総選挙で過半数を失って、社会、民社、公明の3党と社民連などが加わり、8党・会派による細川政権が誕生したのだった。
 細川内閣への支持率は、71%という空前の高さになった。38年にもおよぶ自民党政権が倒れたというので、あらゆる「非自民的」な期待が細川内閣に集まったのだ。折しもベルリンの壁崩壊で、世界情勢も流動的になったから、日本にも新しい時代が来たと、私も大きな期待感をもったことを覚えている。
 しかし細川内閣は短命だった。9ヶ月足らずで総辞職して終っている。唯一、残した遺産は「政治改革」の名のもとに行われた、今も実施されている小選挙区制を軸とする選挙制度を成立させたことだった。「福祉目的税」の名で、消費税を7%に引き上げるという提案を、細川首相が独断専行で持ち出したのが命取りになった。その伏線には、経済政策でのアメリカとの交渉決裂があった。
 その後は周知のように自民党の巻き返しによる村山内閣の成立へと進むのだが、所詮は細川内閣とは、自民党の分裂によって生じた一瞬の空白に出現した蜃気楼のようなものだった。
 鳩山内閣をこれとを比べると、「非自公政権的」な期待のすべてを集めて成立したところは非常によく似ている。しかし現実の政策実現となると、なかなか直ぐには成果を見せられない。国民の期待していたこともバラバラだから、不満を感じる人は日を追って増えてくる。加えて首相の資質も期待外れのところがあるから、支持率の低下は、ある程度は仕方がないだろう。
 しかし、決定的な違いは、支持基盤の強さにある。民主党は曲がりなりにも一つの政党であり、衆議院に絶対多数を占めているのだから、国会運営に行き詰まることはない。党首・幹事長への不信感が決定的になって、党が分裂するような抗争に発展しないかぎりは、政権を手放す可能性はないのだ。だとすれば私たちにできることは、鳩山首相を叱咤激励して、少しでも国民のためになる政策を実行させることでしかないだろう。
 鳩山首相が4年の議員任期一杯まで首相を続けるかどうかは、民主党の党内問題になる。間もなく細川内閣と同じ長さになる鳩山内閣は、決して蜃気楼では終らない筈である。

沖縄だけの問題ではない

 「読谷の風」さんから「沖縄高文連文芸図書専門部(のとある運営委員)のブログ」を辿って読んだ「沖縄タイムズ」によると、沖縄戦で慶良間諸島に上陸した米軍が本国に送った報告書の中に、住民の集団自決について「上陸前の(日本兵との)自殺協定により、約20人が死亡、60人がのどに切り傷を負った」との記述があることが、沖縄県公文書館が取り寄せた資料により確認されたとのことだ。
 「読谷の風」の高江洲さんは、これについての「私の意見」として「あの当時、日本全国、どこでも、沖縄の立場に置かれれば同じことが起きたのです。今になって、沖縄だけ特別だというのはある意味(自分達とは関係ないという)一つの安心感にはなるでしょうが、認識が甘すぎますし、真の反省にはならないのですね。沖縄を哀れんで欲しいのではない。あなた方の子孫が同じ過ちを犯さないように心配してほしいのです。」と書いている。
 本当にその通りだった。昭和20年の夏、私の母方の郷里は千葉の九十九里浜に近い八日市場だったが、沿岸の住民は、子供と老人は避難させられたものの、壮年者は逆に男女を問わず移動を禁じられた。軍部は竹槍でアメリカ軍と戦わせるつもりで訓練していたのだ。もし戦況が不利となれば、住民にも「戦陣訓」を強要するのは当時の常識だったろう。
 日本の本土が戦場になれば、全土が沖縄と同じ状況になることは目に見えていた。陸軍は本気で「本土での戦いこそが本当の決戦」と考えていたのだ。だから陸軍大臣は最後の御前会議でも「軍には必勝の策がございます」と天皇に哀訴し、終戦の「聖断」が動かしがたいものになったときに自刃して果てている。
 日本の幸運は、最高権力者が狂信の独裁者でなくて「ふつうの人」だったことだが、それはここでの本題ではない。問題は「集団自決の強要は沖縄だけの特殊な例ではない」ことであり、それは基地問題とも直結している。アメリカ軍は占領地に欲しいだけの軍事基地を設けた。たまたま全島を軍事占領した沖縄には作りやすかったということに過ぎない。
 戦後65年もたっているのに私たちが基地問題に苦しめられるのは、日本がいまだにアメリカの占領下から本当には脱していないことを示している。日本は独立のできない国なのか。そんなことはない。「日本国憲法」は、日本の完全独立を助ける力にもなる筈である。

普天間問題の小ささ

 核安保サミットでのオバマ大統領との「首脳会談」など、鳩山首相のこのところの評判は、芳しくないようだ。天木直人氏のブログによれば、夕食会で10分間言葉を交わしたのを首脳会談と称するなどは欺瞞ではないかと言う。もちろん中身は何もなく、「具体的なことは何も出なかった」ことだけが成果だった。その後の空気としては、5月に具体的な結論が出て決着するわけではない、という方向のようだ。
 のらりくらりも外交手段の一つだろうが、なまじ「責任を持って自分で決める」ようなことを言うから、ややこしくなる。どこかのブログで読んだのだが、やはり早期に「普天間は撤去願います。辺野古への移転は無理です。」と言った方がよかった。それならアメリカは対案を考えざるをえなくなり、問題が長引けばアメリカのせいになる。海兵隊は日本のために駐留を頼んだのではないから、それで正解だった。
 また、ヤメ蚊さんのブログを見たら、アメリカには「日本が当てにならなければ、米韓軍事同盟や、米中安全保障という選択肢もある」という議論もあるのだそうだ。米中に軍拡競争をしたくない気持があることは確実だろう。そうした世界の力関係の大きな流れから見たら、普天間問題がどちらに転ぼうと、取るに足りない小事に思えてくる。
 核安保サミットの問題でも、天木氏が鋭く指摘していたのだが、核テロを引き起こすであろう根本の問題を論じないのでは意味がなかった。「核が手に入りさえすれば、すぐにも躊躇なく使いたい」と考える人の数を減らしたかったら、そう考えざるをえなくさせている世界最大の不正義にメスを入れるしかない。パレスチナとイスラエルの問題である。
 どちらを考えても、鳩山・日本外交では歯が立ちそうもない。ここしばらくは内政に力を注いで、政権交代しなければ出来なかった無駄の削減や、「コンクリートから人へ」の政策を進めて貰うのがいいのかもしれない。「読谷の風」さんは、鳩山さんが何をやっても全く評価されない論調には飽き飽きしたと書いていた。よいところは褒めてあげて、少しでも良い政治をするように励ますことも必要ではなかろうか。

野方小学校のオオヤマザクラ

 中野区立野方小学校の正門近くにあるオオヤマザクラが、ソメイヨシノよりも遅れて今年も満開になりました。写真は昨日の撮影です。以前にも「オオヤマザクラの奇跡」として書きましたが、
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/2007-04-11.html
樹齢100年以上の老木が枯れ始めたときに、樹皮の中から新しい若い幹が現れ、その場で世代交代を遂げたのです。
 バラ科のサクラは、ふつう接ぎ木で苗を育てるもので、幹から新しい根が生えるのは珍しくないそうですが、その典型例が小学校の庭で見られるというのが、まことに象徴的です。
 昨夜の教育テレビ「歴史は眠らない」では、「日本人とサクラ」の最終回で、ソメイヨシノが明治の文明開化とともに全国に普及し、日本を象徴する「国花」とされて行った過程を振り返っていました。一斉に咲き、一斉に散る見事さは、やがて「忠君愛国」や「一億一心」の象徴となり、兵舎や神社にも積極的に植えられて、服装・徽章や軍歌のシンボルともなりました。動員された学徒兵は「散華の心」で激励されました。
 桜の花が、平和と楽しみの花となってから65年。悲しい記憶と結びつける人は少なくなっているでしょうが、今も桜は日本を代表する花として、海外の日本文化論にも登場します。しかし日本の桜の歴史には、高々百年あまりのソメイヨシノよりもずっと長い伝統があるのです。ヤマザクラは、古来の桜の代表とも言えるでしょう。
 個性を失わずに、今年もオオヤマザクラは咲いてくれました。野方小学校は、今年度で128年にわたる歴史を閉じ、統合されて「平和の森小学校」になることが決まりました。一時移転のあとで新校舎が建てられるそうですが、このオオヤマザクラはどうなるでしょうか。できれば「いのちの永遠」のシンボルとして、ここに残ってほしいと思います。
(追記・みどりさんから頂いたコメントから、詩の一部を引用させていただきます。)
咲くものは咲きおわり
散るものは散りいそぐ

生々流転 此の世の全て
人も草木も明日を目ざし 
新たな挑戦が始まっている
風の中 雨の中 学校の中 
老木の中から 新たな生が芽吹き
蒼空に 精一杯のびあがり
遠い遠い 未来を見つめている





新しい幹が、ここまで太くなりました。複数の根が合体しているようにも見えます。

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
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