志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2010年05月

真実と虚偽とが戦うとき

 以下の創作は、特定の事件や政治的状況を表現したものではありません。私が高校3年のとき、やや暗い人生懐疑に陥っていた時期に前半部分だけを作ったものです。これを、昨日コメント欄に書き込みをしながら突然に思い出しました。
 前半だけでは暗すぎる、今ならなんとかならないかと、後半部分を継ぎ足してみたのですが、あまりうまく行きません。前半だけで打ち切った方が迫力があります。今は少年を絶望させる時代なのでしょうか。
 絶望を知った少年は、猛然と反発することがあります。運が悪くなければ、それは生きる力になります。老人の出る幕はありません。

真実と虚偽とが戦うとき
必ず勝つものは虚偽である
必ず負けるものは真実である
真実は たった一つしかないからだ

虚偽はいくらでも仲間を増やすことができる
次々に新手を繰り出して襲いかかる
一つのことを繰り返すしかない真実は
戦い疲れ 孤立し 力尽きる

でも真実は生き返ることがある
戦いの日々が済んで過去となり
人々が切実な利害からも解放されて
落ち着いてものを考えられるようになったとき

本当のことを知りたい人が疑問を持てば
残っていた真実のかけらを掘り出すことがある
埋もれていた証人が語り始めてつながる
こうして歴史は絶えず書き換えられる

「韓国船沈没は魚雷ではない」説の紹介

 私は「戦争を語り継ぐML」で知ったのですが、昨日から韓国のサイトに登場したという、調査団員だったShin Sang-Chul氏がアメリカのクリントン国務長官に送った手紙と資料を紹介します。
http://www.anatakara.com/petition/no-explosion-no-torpedo.html
 Shin Sang-Chul氏は、韓国国会から推薦された3名の民間調査員の1人で、造船と海難事故の専門家です。Shin氏は、調査団の中で魚雷攻撃説に反対したため、調査団から外されて、韓国海軍から名誉毀損で訴えられているとのことです。
 内容は上記サイトから見ていただけますが、すでに複数のブログでも紹介されています。
 要点は、魚雷の爆発を示す痕跡は何一つ発見されず、逆に座礁と離礁を示すキズが船底にあり、なおかつ航海の記録から事前に1回目の座礁があって、船体は損傷を受けていたなどです。これは事故の第一報で、水柱が立たなかったことから、事故と爆発の両面から調査を開始したとの情報に合致します。
 私はShin氏の情報が正しいかどうかの判断はできませんが、いま一般に断定的に流されている「北朝鮮が魚雷で韓国船を撃沈した」説については、これを無条件に信じる気持にはなれません。引き上げられた船体の写真は、なぜ肝心の切断部分がブルーシートで覆われていたのか。なかなか発見されず、漁船の協力まで得て集めたという魚雷攻撃の証拠物件が、沈没事件に関係しているという検証は確実に行われたのか。私たちは公式発表以外のものを知ることができません。
 北朝鮮は、この事件はでっちあげであるとして激しく反発しましたが、記者会見を行って、その実況の一部がNHKテレビでも放映されました。魚雷のスクリューに書かれた文字は自分たちのものではないと主張している部分でした。この扱いも、非常に異例なことだと思いました。NHKの担当者の中にも、魚雷説への反論を伝える価値があると判断した者がいたわけです。
 周知のように、中国はこの問題については「慎重な」立場です。先日の中・北首脳会談によって北側からの情報を得ているでしょう。その中で鳩山首相は「日本は先頭に立って韓国の立場を支持する」と、早々と宣言してしまいました。北朝鮮への警戒感は、普天間問題の「当面の決着」のためにもプラスになったでしょう。あまりにもタイミングが良すぎるのです。
 新聞とテレビだけではわからないことがある。首相官邸にも、もちろんインターネットはつながっているでしょうが、情報は上手に使ってほしいものです。

本業でない普天間で罷免され

 消費者・少子化担当という、発音練習のような役名の福島みずほ大臣が罷免されてしまった。外務大臣でも防衛大臣でもなかったのだが、普天間代替基地を辺野古に作るという日米合意に閣議で賛成しないという理由での罷免である。閣議というのは、全員一致が絶対条件であるかのようだ。その昔の「御前会議」でもあるまいに、閣議とは、それほどたいそうな会議なのだろうか。
 憲法と内閣法の定めるところでは、内閣は行政について国会に対し連帯して責任を負うことになっている。解説書でも閣議は全員一致を原則とすると書いてある。でも一人が署名しないだけで閣議が無効になるとは、どこにも書いてない。もちろん「閣内不一致」で大騒ぎになるだろうが、連立内閣で閣僚から一人ぐらい反対者が出るのは、むしろ自然なことに思われる。「今は多数意見に従うのも止むをえないが、だめなものはだめです」と言っては、なぜいけないのだろう。
 まあ、横丁の隠居のつぶやきのレベルの話なのだが、「最低でも県外」と言っておいて、「勉強してみたらだめでした」と、ごめんなさいをしてしまうのよりも、「だめなものはだめです」の方が、よほど筋は通っている。しかも勉強したという海兵隊の抑止力についてのレクチャーは、何もないのだ。黄門様でなくても、ここは印籠を出したくなる。
 鳩山さんは苦労したのだろう。アメリカと対等になりたかったが、力の差があり過ぎたし、対等になれない仕組みが、あまりにも深く広く出来上がっていたに違いない。だからといって一歩後退では、政権交代の意味がないではないか。社民党と連立したことも生きてこないではないか。連立が、対アメリカのカードの1枚にもなったのに。
 だが、賽は投げられた。民主党にとって、そして社民党にとって、吉と出るか凶と出るか。連立は解消なのかどうかも今の段階ではわからないが、有権者の選択としては、一つだけ選びやすくなったことがある。それは、民主党の中の社民的な部分が、もっと伸びて欲しいと思うか、それとも邪魔だから切り捨てたいと思うかだ。切捨ての方向を選べば、民主党は間違いなく、ますます自民党に似てきてアメリカとの同盟を深めるだろう。私はそちらは選ばない。
 アメリカとの同盟深化の先は、決して明るいものではないと私は判断している。そろそろ自立の準備を始めないと、大破綻に巻き込まれそうな気配がある。基地の拒否は、アメリカから自立の第一歩になる。ここで持ち出すことのできる印籠は、もうすぐ始まる選挙での民意なのだ。

「拒否できない日本」を読む(2)

 1998年に日本の建築基準法は全面的に改正されました。50年も続いていた建築の建て方の規制「仕様規定」から、建築材料の性能を中心とする「性能規定」へと、ルールが大きく変ったのです。当時建築学の世界にいた著者は、その3年前の阪神・淡路大震災の教訓を踏まえての改正だと思っていたところ、実際は違っていました。その性能は「必要最低限のものとする必要がある」と書かれていたのです。理由は「海外の基準と整合を図る」ためでした。
 世界有数の地震国である日本の建築材料が、海外の基準による必要最低限の性能とする必要があるとはどういうことか、これが著者の疑問の芽生えでした。そしてわかってきたのが、この改正によって最大の恩恵を受けたのは、日本に木材を輸出する海外の企業だという事実でした。そしてアメリカの公文書である「外国貿易障壁報告書」には、日本の建築基準法の改正はアメリカ政府の要求で行われたものであり、それによってアメリカの木材供給業者のビジネスチャンスが拡大したと、誇らしげに明記されていたのでした。
 この基準改正によって、日本の建築物が脆弱になって事故を起こしたという話は幸いにして聞きません。耐震性の重視は日本建築の生命線ですから、安易に国際基準に合わせて規制緩和ということもなかったのでしょう。しかし、輸入材との競争に負けて、日本の林業が壊滅的な打撃を受けたことは事実です。それは弱い産業だから切り捨てて当然だったのでしょうか。
 他の分野についても同様なのですが、規制緩和には、価格の下がるプラス面と、国内産業の一部が苦しくなるマイナス面との両方があります。ですから「外圧」への抵抗が、日本の業界の古い体質に根ざす打破すべきものとして国内から非難攻撃を受けることもあります。その場合は、アメリカが正義の味方として古い日本を正してくれる救世主となり、国内に分裂が起こります。マスコミは先頭に立って「世界に遅れるな」と解説して見せたりします。
 そしてそこには政治がからみます。アメリカに対して従順な政治家には、アメリカは賛辞を惜しみません。アメリカは、自分たちの基準が世界標準になるべきだと思っていますから、従う者が善で、逆らう者は悪なのです。しかし、アメリカの政治家は、アメリカ市民・企業の利益代表です。日本の国民の幸せを第一に考えるなどということが、ありえるでしょうか。それでも要望書には「これは日本国民の利益のためである」と書くのです。


「拒否できない日本」を読む(1)

 普天間問題の成り行きを見るにつけ、拭えない疑問は「なぜ日本はこれほどまでにアメリカに対して弱いのか」ということでした。この本は2004年に出ていますから、今さらという気もしたし、腰巻に「石原慎太郎氏激賞」とデカ文字で書いてあるのも気に入らなかったのですが、中身を立ち読みした結果、買ってきました。「拒否できない日本」(関岡英之・文春新書)です。
 著者は銀行・金融マンとして14年間も勤務したあと、大学に入り直して建築学を学んだというユニークな経歴の人ですが、建築基準という身近な問題への疑問から出発して、日本に迫ってくる「アメリカ基準」の圧力の全体像を掴むに至ったということです。
 そこに一貫しているのは、アメリカ市民・企業の利益の代弁者であるアメリカ議会と政府が、日本という「アメリカ勢力圏内」にある国を、アメリカ基準に適合するように徹底的に改造しようとして発動する強い圧力でした。長い自民党政権下で続けられてきた「グローバル化に対応する新時代への改革」の本質が何であったのかが、今にしてよくわかります。
 もちろん経済のグローバル化は時代の趨勢であり、日本がそれに対応しなければならない必然性はありました。ある意味では黒船の来航にも匹敵する「第二の開国」ではあったのですが、それにしても、あまりにも選択の余地のない、あからさまな押し付けでした。
 著者は「自分は経済や行政・司法システムまではわかるが、軍事・外交までは知識が及ばない、しかし類推はできる」と語っていますが、アメリカ基準のグローバル化が、軍事・外交面ではどうだったのか、その一つの答えが、今の米軍再編と普天間基地の問題として表に出ているのに違いありません。軍事力で支配されているという事実が、何よりも強力に「拒否できない日本」を作り出しているのでしょう。
 6年前の著書に、そんなことは書いてないのですが、私がこのタイミングでこの本を読んで考えたのは、米軍基地への抵抗は、「拒否して自立できる日本」への第一歩になるかもしれないということでした。これが、この本についての私の総評です。
 アメリカ市民・企業の利益に奉仕するための日本改造計画が、どのように具体的に進められ、今も進行しているのか、各論は次回以降に紹介します。

おかげさまでカウンター100万

 昨夜の11時35分に、当ブログのカウンターが100万の大台を超えました。2005年11月に開設(実質的には12月から)以来、4年半を要したことになります。ITにくわしい人の話では、カウンターはトップページを通過した数であって、過去記事などへの直接のアクセスは数に入らないのだそうです。アクセスを受けた回数は、カウンター数の4〜5倍はあるようです。
 100万単位のアクセスというと膨大なようですが、これは累計ですから、実際には毎日数千人の読者がいるということです。言論のツールとしては、決して大きなものではありません。でも、自費出版ではとうてい望めなかったであろう人数です。
 私がブログを始めた動機の一つは、2005年7月に出した最初の著書「おじいちゃんの書き置き」の宣伝に使えるのではないかということでした。会社の仕事が「窓ぎわ」状態に近づく中で、自分が本当にやりたかったことは何だろうと考えたとき、自分が経験したり考えたりしたことを、孫のために書いて残しておきたいと思いました。そして仕事の合間に書き溜めたのがこの本でした。ですから著者である自分の名前をブログで名乗るのは、当然の成り行きでした。これが私の「実名主義」の出発点です。
 その後わかってきたのは、ブログは宣伝の手段としては、あまり効果がないということでした。ブログで得られる知識は、すべて原則無料です。特段の注文をし、現品の受け渡しをして代金を支払うというのは、かなりハードルが高いようなのです。そこで考えたのは、代金の回収をしようとするから面倒になるので、一方的に情報を公開するだけでよければ、ブログほど便利なものはない、ということでした。
 たまたま出版社が倒産して再刊が不可能になったこともあり、私は著書のブログでの全文公開に踏み切りました。これは物書きとしては、プロの道をあきらめたことになるのでしょうか。どうもそうは思えないのです。
 私は毎日のブログも、やはり自分の作品だと思っています。1日に1000字のスペースを、原稿用紙を埋める気持で書いています。いつか物書きの仕事をしてみたかった、その夢を実現して暮らしています。つきあって読んでくださる方々には、感謝あるのみです。今は町の小さな商店主のような気分です。この店がいいと立ち寄ってくれるお客さんがいるので続けられる。その通過点のカウンター100万でした。

普天間問題をカーリングで解く

 久しぶりにコメントを下さった「カーリングおやぢ」さん(昔の名前は「欧州の消化器医」さんでした)のサイトを見に行ったら、書いてあることが、あまりにも私の考えていることと同じなので驚きました。そのまま全部引用して今日の記事にしようかと思ったぐらいですが、まずはこんな具合です。

……あれだけの大規模な住民運動と反対を非暴力的な民主的手段で、しっかり示されておきながら、基地問題が動かないって言う事実は暗澹とさせられる。日本が本当に民主主義国家なら、ありえないだろう。アメリカが本当に民主主義の模範となる国なら、ありえないだろう。
……政権交替で多くの見えなかったものが、見えてきたが、基地問題は失望したな。民主党内も一枚岩ではないし、沖縄以外の国民もみなが返還を応援している訳でもないようだし、ましてやマスメディアは最初から沖縄の民意を無視した辺野古案支持だし。このような状況では対米交渉は進まないってことか。対米交渉以前の日本の団結力が弱すぎる。
 ここは返還がどうしてかなわぬのか、抑止力のためなんて嘘っぱちで隠さないで、つまびらかに交渉過程と返還かなわぬ理由を開示して欲しい。具体的な説明がせめてもの責任であろう。……(引用終り)

 「日米合意」なるものは、この5月中にも固まりそうですが、もちろん「県民合意」も「国民合意」も無関係です。8月に工事の細目決定、そして2014年完成に向けて、どんなに反対が強くても工事開始が強行されるなどは、それこそ民主主義国家なら、ありえないでしょう。
 カーリングならギブアップしそうな展開ですが、次の1投で形勢を少しでも改善させる方法はないものでしょうか。考えられる作戦は、次の2つになると思います。
 “兄海気鵑寮唇佞撚縄県民を説得し「辺野古基地受け入れ止むなし」とする。「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び……」とコメントを出す。
◆“兄海気鵑和狄悗掘¬閏臈泙涼罎痢崑佇銅立、平和外交」勢力が表面に出る。ただし夏の参院選で、そちらの勢力が伸びることが条件になる。日米合意の履行を迫られても「住民の説得が先決」として時間を稼ぐ。日本の国論がまとまってくれば、アメリカは譲歩せざるをえなくなる。
 「カーリングおやぢ」さんがどちらをとるかは、先方のサイトを見るとわかります。


「トヨタの闇」を読む(2)

 この本によって明らかにされているのは、トヨタという会社の意外なほどの閉鎖性です。進取の開明的な精神を大事にする会社と思っていたのが、その反対でした。本の中に「三河の田舎企業の感覚」という言葉が出てきます。世界制覇をなしとげた力の源泉は、良くも悪くも、「日本的経営」を極限まで推し進めた成果でした。
 その結果として世界に進出するにしたがって、各地で現地従業員との間に多くの紛争を起こしてきました。それらは日本のマスコミではほとんど取り上げられませんが、たとえば2007年には45カ国で「反トヨタ世界キャンペーン」が展開されました。ことの発端は、フィリピントヨタでの組合つぶしと大量解雇事件でした。ILOの勧告もフィリピン最高裁の判決も無視するトヨタの強硬姿勢に、IMF(国際金属労連)はトヨタの行動を「多国籍企業による労組攻撃」ととらえて世界的なキャンペーンを呼びかけたのでした。
 従業員の生活を丸ごと管理して、濃密な人間関係のもとに生産性を向上させる方式が、海外に刺激を与えて良い影響を及ぼすことはあるでしょうが、それが行き過ぎれば独善的労使慣行の輸出になります。「世界一のトヨタ」に欠けているのは、あまりにも画一的な人間観であるように思われます。世界をトヨタに従わせるのではなくて、トヨタも世界から学ぶべきではなかったのでしょうか。
 著者は重傷事故を起こしてリコールの対象となったハイラックスに乗っていたそうですが、リコールの進捗状況について、トヨタに問い合わせたやりとりが最終章に記録されています。担当者は丁寧な言葉で対応はするものの、「改修率は公開していないようです。公開できる資料はございません」の一点ばりで、国交省に報告している程度のデータさえ提供を拒みました。社長が「お客様目線」を強調しても、企業体質に変化はなかったとのことです。
 企業の社会的責任とは何であるのか。利益の追求を至上の価値とする資本の論理と、日本的勤勉とが合体した最高傑作がトヨタではなかったかと私は思います。トヨタの闇の先に光が見えるとしたら、それは三河の田舎企業が「経世済民」に目覚めるとき、つまり「人間の幸せに貢献する世界企業」へと脱皮するときではないでしょうか。

政治が笑われている

 政治風刺コントで活躍している「ザ・ニュースペーパー」の公演を見てきました。地元の「なかのゼロ」の中ホールが満席になる盛況で、大いに笑わせて貰いました。巧みな物まねや鋭い突っ込みで時の政治問題を笑いのネタにするのですが、とくに政治的な主義主張を掲げているわけではありません。権威をからかい、矛盾を誇張して見せるので、野党的な批判精神に富んでいるように見えます。ですから自公政権下では政権交代の応援団のようにも見えていたのですが、今は鳩山政権が批判ネタの宝庫になっています。
 たとえば「友愛精神」は「言うだけ言ってみたアイディアのことだった」そうで、それが痛快な批判として会場の爆笑を誘うのです。鳩山のお母さんからのお小遣いなどは、もちろんこの上ない笑いの対象に過ぎません。普天間問題の行きつ戻りつにしても、表面だけ見たら笑うしかないドタバタ劇の繰り返しです。
 最後に登場した2040年のニュースでは、中国の核の傘の下に入った日本の蓮舫総理が、アメリカに向けて「どうして世界2位じゃいけないんですか」と発言していました。こうして2時間にわたって笑いに包まれた会場で、観客は気持ちよく政治への不満を発散させることができたのでした。
 その一方で、今日は中野区の区長選挙と区議補選の投票日でした。劇場へ行く途中で投票したのですが、雨が降っていたし、投票率が気になりました。いま区のホームページで確かめたところ、30.28%という投票率が、確定として出ていました。現職と新人4人が立候補していて、中野駅前再開発という大きな争点があったにもかかわらず、相変らずの低投票率です。
 政治は笑いの種ではあっても、自分でかかわるものではないと思われているのでしょうか。7割もの住民が、投票という最低限の役割さえも果たそうとしない国に、生き生きとした国民のための政治が成り立つのかどうか。降り止まない雨の夜に、気持は晴れません。

わけがわからぬ

(熊さん)ご隠居、事業仕分けで、宝くじのことやってたけど、当選金で当りくじに払われるのは45%しかないって聞いて驚きましたよ。くじを売り出すのは、ずいぶん儲けが多いんですね。
(ご隠居)そうさな、宝くじを買い占めれば、必ず1等からビリ等まで全部当るが、財産は半分以上召し上げになるってわけだ。だから千万でも億でも、自分で稼げる才覚のある金持ちは、絶対に宝くじなんぞは買わんよ。一生けんめいに働いても、まとまった金が手に入る算段のつかない人たちが、せめて夢を持ちたいって買うのが宝くじさ。そんな小さな金を集めておいて、半分以上も取り上げるとは、罪なことをするもんだ。しかも宣伝の経費だとかいって、天下り役人の団体に金を配ってるってんだから腹が立つな。年収2000万もある理事長は、自分では宝くじを買わんだろう。
(熊)おいらも宝くじ買って、神棚にあげて拝んだことあったけど、あれは騙されたのかな。
(隠)中には運のいい人もいるだろうが、全体から見たら、これも一種の搾取だな。わしは気に入らん。改善するまで次の発行はしないのがよかろうて。
(熊)話は違うけど、韓国の哨戒艦が北朝鮮に沈められたってのも物騒ですね。
(隠)そうは言ってないだろ。「北朝鮮製の魚雷の爆発で沈んだ」と言ってるだけだ。北朝鮮の潜水艦がどうやって攻撃したかなどは、確認できてない。そもそも沈んだのは2ヶ月も前の3月26日のことなんだよ。最初はアメリカも韓国も「北朝鮮の攻撃ではないらしい」と言っていた。アメリカの原子力潜水艦が同じ海域で沈んでいるとか、訓練中の事故か誤認の同士討ちではないかという説もちょっと流れたが、すぐに報道が抑えられて全然表に出なくなった。
(熊)へぇーそれは知らなかったな。
(隠)テレビにも新聞にも出ないから、ネットで調べてる人にしかわからないんだ。でも、その後のことを見てると、どうも話がうまく出来すぎていると思えることが多い。官民合同の国際調査団を作って調査したというのも、朝鮮戦争の枠組みが復活したような感じだな。クリントン国務長官までが立ち寄って、日米同盟の重要性を説いている。北朝鮮の脅威を印象づけられれば、アメリカ海兵隊の「抑止力」の大切さが日本の国民にも理解されるだろうというわけだ。
(熊)うーん、おいらには難しくて何とも言えませんね。
(隠)わしにだって、何が何やらわからんのだよ。ただ、宝くじと同じで、自分が当るか当らないかだけではなくて、全体でどうなのかを考えなくちゃいかんと思うわけさ。

ブログ連歌(126)

2499 基地なくせ 超党派全民で 立ち向かえ (花てぼ)
2500  どこへも行くな その場で閉鎖 (建世)
2501 これからは 鳩の面に 小便と (うたのすけ)
2502  鳩は鳩語で ポッポと語る (建世)
2503 わが道を ポッポポッポと ひたすらに (うたのすけ)
2504  奇跡の逆転 秘策はなきか (建世)
2505 札束で 頬っぺた叩く まさかねえ (うたのすけ)
2506  身を捨ててこそ 友愛の道 (玉宗)
2507 五月闇 行く手見えずも 進むのみ (建世)
2508  腹案いつか 空中分解 (うたのすけ)
2509 いざさらば 迷夢を払い 旅に出る (建世)
2510  能登の旅路は 迷宮解き (うたのすけ)
2511 浮き足の 諸行無にして 曙光見る (建世)
2512  魚雷騒ぎで 一息ついて (建世)
2513 仕分け人 錦の御旗で ピーヒャララ (うたのすけ)
2514  そこのけそこのけ 民意が通る (建世)
2515 善き人の 香りは風に 薫るかな (玉宗)
2516  清しき庭に 俗身なれど (建世)
2517 宝籤 親分衆に 上納金 (うたのすけ)
2517B ひどすぎる 賭場顔負けの 寺銭を
2517C 宝籤 イカサマ以上に 掠め取り
2517D 仕分け人 喝采浴びて 賭場荒らし
2517E 親分衆 ちったあ恥を 知りなせえ
2517F 普通なら 寝覚わるくて 落ち着かず
2518  あさって向いて きゃつらうそぶく
(以上、うたのすけ劇場大見得の場でした)
2519 普天間の 出戻り話 伝書鳩 (建世)
2520  クッククックと 未練気に啼く (うたのすけ)



「トヨタの闇」を読む(1)

 能登への旅で、一冊だけカバンに入れたのがこの本でした。帰り道から読み始めて、帰宅してからも非常に興味深く読めました。2007年にビジネス社から発行されたものに第6章を書き加え、この5月に「ちくま文庫」の新刊として出た本(渡邉正裕・林克明著)です。私は小飼弾氏のブログで、この本の存在を知りました。
 トヨタと言えば、つい先日まで世界一の生産台数を誇り、年間2兆円の利益をあげていた日本を代表する自動車メーカーです。私にも「マーク供廛錺乾鷦屬魄ν僂靴討い浸期があります。最近はアメリカでのリコールや制裁金問題などで逆風にさらされていますが、日本国内からはトヨタに関する悪いニュースは、ほとんど聞こえてきません。理由は、トヨタが日本一の広告主企業であるからです。「トヨタの闇」の書評さえも、大手のマスコミには決して掲載されないのだそうです。
 読み終って印象深かったのは、時代の最先端を行く合理的な経営をしている会社かと思ったら、意外に古めかしい「企業最優先思想」を貫徹している会社だったという事実でした。徹底的に無駄を削ぎ落とし、人間の能力も極限まで利用し尽くす経営思想は、どこにも「余裕」というものの存在を許しません。私は日本海軍の戦闘機「ゼロ戦」の誕生秘話を思い出していました。部材に穴を開ける軽量化や、搭乗員のための防弾を犠牲にすることによって、世界を驚かす高性能を実現したのでした。
 「トヨタの社員は幸せか」という章では、トヨタでは今も正社員の生涯雇用を前提としていることがわかりました。しかし厚遇される模範社員コースを全うするためには、厳しい「カイゼン魂」の戦士であり続けることを要求されます。少しでもコースから外れた考えを持つことを会社は許しません。正社員でもそのように扱われるのですから、期間工や下請け労働者に温情を与えるような発想が出てくるわけがないのです。
 それでもトヨタが日本の経済力を代表する企業であることは厳然たる事実です。著者もトヨタの破滅を望んでいるわけではありません。トヨタに代表される日本の経営が、世界の未来にとって真に好ましいものに変るためには、何が足りないかを問うているのです。

ブログ共同墓苑の構想

 興禅寺に泊めていただいた夜に頭に浮かんだことを、忘れないうちに書いておきます。
 ブログを書いている年配者で、「自分が死んだあとのブログは、どうなるだろう」と考えたことのある人は少なくないと思います。年齢に関係なく、若い人でも死んだあとにブログが残る場合もあります。早世したタレントのブログに、死後もコメントの書き込みが何万件も続いていて、事務所がブログの管理を続けているという話も聞きました。
 ブログには故人の考えたことや感じたこと、あるいは声や姿までが記録されているのですから、サイトを開きさえすれば「さながらに君あるごとし」状態になります。どんな立派な墓を建てるよりも、故人の存在を生き生きと証明してくれる筈です。本人も意識していなかった価値を、後の世の人が発見する可能性だってあります。
 ブログ主の立場で考えると、死後の気がかりは、コメント欄が荒らされても炎上しても、一切手出しができなくなることです。また、どんな切実なコメントが寄せられても、すべて一方通行で終るしかなく対応がとれません。コメンター同士の会話が成り立つことはありそうですが、それにしても管理者は欲しいものです。
 そこで考えたのが、すべてのブロガーに開かれた中立の「共同墓苑」を作っておくことです。周知のように、ブログはログインするアカウントとパスワードを知らされていれば、他人でも管理することができます。信頼できる個人に将来を託している人は、今でもいることでしょう。しかし適当な人がいないなどで、対策を考えていない人も少なくはありますまい。これを有名無名を問わず、宗教信条にもかかわりなく、誠意をもって引き受ける互助組織のようなものが考えられないでしょうか。
 一定の登録者を集め信託を受けておけば、死後の管理を引き受けられます。管理者は、やがて信託者として管理を受ける側になるかもしれません。多くの宗教者や文化人がボランティアとして参加して下さるといいと思います。個人の文化遺産を保存する事業と位置づければ、NPO法人の設立も視野に入ります。
 まだ固まっていない構想の段階ですが、広く一般のご意見を求めたいものです。

禅の心で77歳の朝

 満77歳になった誕生日の朝、興禅寺の朝のお勤めは5時から始まっていました。15分ほど過ぎて行ってみると、本堂の正面では、市堀玉宗さんが、ご本尊と正対して座禅を組んでいました。袈裟を着け微動だにしないその姿は、一個の仏像がそこにあるかのようでした。にこやかに歓談していた昨夜とは違うプロの僧侶の姿を、私は「サマになってる」と思いながらも写真に撮ることさえ憚られて、少し離れた座布団に正座しました。それから30分。
 外からは時折鳥の声が聞こえます。能登では、鶯が、この季節でもホーホケキョと鳴くのです。堂内には、かすかな香の香りが立ち込めていました。それだけで何もありません。そうすると人の心はいろいろなことを考えます。余計なことを考えまいとすると、しばらくは無心になったようでいて、気がつくとまた別なことを考えています。人間の心とは、いかに取り止めのないないものであるかが、骨身にしみてわかります。禅が、人智をきわめた精神修養の場であることを納得しました。仏書も読み、少しわかったような気がしていても、30分間の座禅さえ、私はしたことがなかったのです。
 あとで座禅の組み方を教えていただいて、股関節の固い私でも「半跏」なら組めることがわかり、背骨と両膝の3点で形を安定させるコツも少し体験しましたが、もちろん形は二の次の話です。自分との対面は、人として生きる上で欠かすことのできない作業ですが、肉体を持つ人間にとって入りやすくわかりやすい方法として開発されたのが「禅」の修業方法だったのでしょう。念願していた通りの、とても贅沢な旅をさせていただきました。感謝、合掌です。



朝のお勤めの後半で、読経する玉宗さん。お勤めが終ると、はじめて「おはようございます」と、人間同士の挨拶が始まります。



本堂前の市堀玉宗さん、由美さんご夫妻。築1年の、真新しいお寺です。



能登半島地震で全壊した寺を再建する「再生への旅」が、楽だった筈がありません。地から湧いて百万遍も人を救うという地蔵さまのエネルギーが、玉宗さんに乗り移ったに違いありません。



歩いてすぐ行ける曹洞宗大本山の総持寺祖院も案内していただきました。鶴見の総持寺も、ここから移ったのだそうです。玉宗さんの興禅寺も、この祖院の傘下にあります。



穴水まで通じている「のと鉄道」は、海岸風景の美しい路線です。



車掌さんは乗客の全員と顔見知りです。昔の「いなかのバスのバスガール」さんが、こんな風でしたっけ。

民主党・望みなきにしもあらず

 昨晩は「ながつま昭と語る会」に行ってきました。国政報告と、中野区長選挙と同時に行われる区議補選候補の紹介を兼ねていましたが、参院選も近い時節がら、蓮舫、小川敏夫の両参議院議員も登場しました。
 長妻氏からの報告の中心は、就任以来8ヶ月にわたる「役所文化を変えるための戦い」の内容についてでした。厚労行政についての苦情はどんなものが多いか調べようとしても、データが全く残っていないのに驚いたとのことです。「苦情は宝の山と心得るべし」と、民間では常識の苦情情報の整理・分析と活用を義務づけたということです。省として、局や部・課としてのそれぞれの「目標」の設定も、以前は全く存在しなかったものを形にさせたと、サンブルを配布していました。
 途中での登場でしたが、蓮舫議員の挨拶が光っていました。事業仕分けの表面だけが派手に報道されますが、そこに至るまで50年間の保守政治による劣化がいかに深刻であるか、都合よく作られた法律群と無数に発せられた「通達」で何重にも固められた利権の構造にメスを入れる仕事が、ようやく動き出したところであることを、具体例を交えて説明してくれました。
 これを本当に変えるには、あと3年かかり切っても足りないかもしれないが、やれば必ずできる。とにかく時間がほしいという訴えには切実なものがありました。しかし現実の民主党は「政治と金、そして普天間」の2点セットで攻められ続けています。党としてお詫びはしなければならないが、私たちが今何をしているか、次に何をしようとしているかは、しっかり見ていただきたいとの訴えは、自身の選挙が近い事情を割り引いたとしても立派なものでした。
 ゲストとしての短いスピーチの中で、これだけの内容を聴衆の心に届けることのできる政治家が、滅多にいるものではありません。いつか総理として世界に出しても通用する人だというのが、横丁の隠居である私の見立てになりました。
 長妻昭氏も蓮舫さんも、企業・団体からの献金を一切受け取らないで政治をやっている点は共通項です。民主党はこの夏の選挙では、少なくとも単独過半数を取れないという意味では負けるのではないかと思います。鳩山首相の、普天間をめぐる一発逆転の人気回復も、期待したいところですが現実はどうでしょうか。民主党の、古い体質の部分は、おそらく国民の支持を得られずに終るでしょう。しかし民主党には後がある、望みなきにしもあらずだというのが、私の感想でした。

お知らせ

 この17日から18日、あるいは19日まで、小旅行に出ますのでブログ更新をお休みといたします。初日の17日に、能登の興禅寺を訪ねて、市堀玉宗さんにお会いする予定です。
 なお、この3日の憲法記念日以後、みどりさんのブログ更新が止まっているのを気にかけている方もおられると思います。みどりさんは、憲法記念日のピースパレードに参加後の休憩中に、大動脈の血管に破裂があり、緊急手術を受けられたとのことです。手術は成功し、すでに一般病棟に移って、間もなくリハビリを始める状況のようです。今日、ご本人と電話でお話しすることができました。マヒなども残ることなく回復の見込みですが、1ヶ月程度の入院になりそうとのことでした。
 ブログは退院後に、ご自宅のパソコンを操作するまで現状のままとなります。読者の方々には申し訳ありませんが、悪しからずご了承くださいということです。
 いろいろと、事の多い5月になりました。皆さまもお体大切にお過ごしください。みどりさんのお帰りを、楽しみに待つことにいたしましょう。

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 刑務所の民営化とはどういうことなのか、アメリカで導入されて成功しているという話を聞いてはいましたが、その実体は驚くべきもののようです。オバマ以後のアメリカの街頭では、ホームレスの姿は減ったように見えるそうですが、その人たちは塀の中に入ったのです。多くの自治体の条例で、ホームレス暮らし自体を違法とする傾向が強まり、教会など慈善団体による炊き出しにも規制が加えられるようになりました。
 住宅ローンの破綻などで自宅を追い出される困窮者は増えていますが、当然ながら生活の受け皿はありません。カードが使えず就職が困難であれば、一流企業で働いていた人でも簡単に貧困に陥ります。違法行為者として逮捕される人の中で、白人の比率が高まっているそうです。一度刑務所に入ると、刑期を終って出所してからの就職は絶望的になります。すぐに累犯者として刑務所に舞い戻るしかありません。
 それに対処して、「スリーストライク法」なる条例が多くの州で作られ、有罪判決が3回になると自動的に終身刑を課せられるようになりました。囚人という新しい奴隷身分の誕生です。刑務所での懲役では、通常の雇用のほぼ10分の1の安い賃金での労働が義務になります。ここに刑務所ビジネスがローリスクでハイリターンの成長産業になる理由があります。刑務所雇用で囚人にも使用者にも評判がよいのは、電話のコールセンターの仕事だということです。一流通信企業の「お客様ダイヤル」のオペレーターは、囚人なのです。
 警察は取り締まりの強化と逮捕率の向上で成績を上げ、自治体は安全になったとして市民から好評を受けます。ホームレスになれば逮捕されるという恐怖心は、貧困層をどんなに劣悪な条件でも喜んで働くように仕向ける何よりの圧力になります。自由競争、自己責任、格差拡大社会の完成形は、刑務所ビジネスという名の奴隷制度の復活でした。
 オバマ大統領が唱えた「チェンジ」とは、もちろんこんな状態とは反対のことだったでしょう。しかし資本のメカニズムは、簡単には変えられないのです。かつてオバマに期待して投票した人たちは、「大統領を選ぶだけで一仕事終ったように思ったのは間違いだった。本当の仕事は、大統領になったオバマを私たちが望んだように動かすことだった。」と反省しているということです。政権交代に熱をあげた私たちにとっても、決して他人事ではありません。 

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 ルポ「貧困大国アメリカ供廖閉虧げ漫Υ簀反圭顱砲鯑匹澆泙靴拭ほぼ2年前に同じ著者による「貧困大国アメリカ」が出て、私も記事にしています。日本でもワーキングプアという言葉が語られるようになり、グローパル化経済の先進国であるアメリカの実情がわかって、「日本は後を追ってはならない」という警告が読み取れる本でした。しかし実際には貧困化は日本にも押し寄せて今に至っています。
 そのアメリカでは、日本よりも一足先にオバマ大統領が当選して、「チェンジ」の合言葉のもとに貧困対策にも力が入った筈でした。しかし実際にはどうだったのか、貧困を生み出す構造に変化はあったのかというと、答えは否定的なのです。むしろオバマ後の深い失望と絶望感さえも感じられる現状が報告されています。それは政権交代の熱気からさめた日本の現状とも通じ合うところがあります。ただ、あらゆる意味で「先進国」であるだけに、その症状は徹底しているように思われます。
 内容は、次の4章に分れています。
第1章 公教育が借金地獄に変わる
第2章 崩壊する社会保障が高齢者と若者を襲う
第3章 医療改革vs.医産複合体
第4章 刑務所という名の巨大労働市場
 第1章で取り上げられているのは、アメリカの大学生の大半が利用する教育ローンの実態です。公的支援は打ち切られて民間の営利金融に任された結果として、債務の取立てに悩む若者が急増しています。富裕層を生む超一流校以外の一般大学の卒業生には高収入の就職が難しく、ローン破産に陥っても、消費者保護の制度がありません。
 第2章では、おもに年金の崩壊が報告されています。大企業の手厚い生涯年金が崩壊すると、公的制度の不備が表面化して老後生活を破壊します。GMの破産はその典型例でした。ワーキングプアの若者は、老後に備える貯蓄は不可能です。
 第3章の医療保険は、期待されていた制度単一化は早々と放棄されて、官民複合の制度へと後退させられました。それでさえ議会を通過するのに強い抵抗を受けるありさまです。
 そして現代アメリカの病根を集中的に表しているのが、第4章の犯罪者を大量に作り出して労働力として利用する刑務所ビジネスの隆盛でした。

新党「憲法九条」が欲しい

 この夏の参議院選挙では、雨後の筍のように新党が名乗りをあげる勢いだ。大半は自民党崩れの保守主義者の集団なのだが、その中に一つぐらいは革新系の護憲政党が出てくれないものだろうか。
 天木直人氏のブログによると、社民党の山内徳信参院議員と服部良一衆議院議員に新党の結成を呼びかけている基地反対、安保解消、憲法九条による平和外交だけに特化した政策を掲げて、「新党・憲法九条」として比例区に候補者を立てよというのだ。両議員は今回の選挙に関係はないから辞職する必要はない、100万票を集めれば1名を当選させて3名の会派になれる。これをさらに2回繰り返せば5名の政党になると述べている。
 この構想に、どれほどの現実性があるのか私には判断できない。思い出せば3年前には天木直人氏が候補者となって、私も1票を投じたのだが当選はできなかった。100万票を集めるというのは、よほどの知名度か話題性がなければ難しいのだろうと思う。でも、「新党・憲法九条」というのは、とても魅力的に感じられる。
 周知のように民主党も自民党も低支持率を競い合う状態になっていて、多くの有権者は支持したい政党がなくて困っている。その中には、国の右傾化を憂い、憲法九条を軸とした平和国家の建設を願っている人たちも少なくはない筈である。そういう人たちの信頼を集められる著名な人物は、いないものだろうか。
 かつて東京都知事選挙で、直前まで泡沫と思われていた青島幸男が当選してしまったことがあった。選挙では時として思わぬ風が吹くことがある。今度の参議院選挙は、どう見ても波乱含みになる。どこから見ても「窮状」に陥っている日本の平和立国に「活」を入れられるのは誰だろうか。横丁の隠居としては、誰かさんを口説きに行きたい気分である。

がん検診の大罪?

 久しぶりに「日本の医療を守る市民の会」の勉強会に行ってきました。テーマは「がん検診の大罪」という刺激的なもので、講師は新潟大学教授の岡田正彦氏でした。テーマと同じ題名の著書があります。もっとも、ご本人はどちらかというと謙虚な印象の方で、本の題名も「出版社に言われて決めてしまった」ということでした。
 強調されていたのは、医療分野における「信用できるデータの少なさ」です。早期発見と早期治療がガン対策の決め手と考えられていますが、たとえば肺ガンの検診を毎年受けている人と、受けていない人の死亡率の違いを、厳密に同じ条件で比較することは不可能に近いのです。年齢も健康状態も似通った充分な人数の人たちをグループ分けして、一方は検診を受けさせるが、一方は検診を受けさせないといった比較対照をすることは、人道的にもできないからです。
 勢い、大半のがん検診は、頻繁に検査して早期発見、早期治療をすれば死亡率を下げられる筈という、見込みに基づいて行われることになります。肺がんや胃がんの検診のように、レントゲンなどで身体にある程度の負担をかける場合は、検診によってがんが増えることも考えられ、トータルで死亡率は上がるのか下がるのか、信頼できるデータは存在しないということでした。
 それよりもガンの危険を確実に遠ざけることができるのは、生活習慣を健康にすることで、これは信頼できるデータで裏付けられています。おもなものは野菜を多く食べる、タバコをやめる、塩分を控える、感染症を避ける、運動をする、などです。同じ予算を使うのなら、生活習慣の改善に使った方が、検診の拡大よりも効果が大きいだろうというのが岡田氏の意見でした。検診が無意味というのではありません。生活が不健康なままで、検診さえ受けていればガンにならないと思い込むのは間違いだということです。
 現在の医療では、検診でガンが発見されれば、年齢にかかわらず必ず手術か治療が行われます。手術や治療にどれほどの効果があるのか、対照例がないから比較することができません。抗がん剤の効果も、人によって、また状況によって大きく変ることが知られているにもかかわらず、半ば標準化されて使われています。でも自分の場合はどうなのか、誰にもわからないのですから、自分で決めるしかないのです。ガンも特殊な病気ではなく、自分でしっかり対応を考えようと改めて思ったのが、私の今日の勉強の成果でした。


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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
→著作などの紹介と販売について
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