志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2011年02月

韓国・朴仁相の「労働運動ひとすじ」を読む

 JILAF(国際労働財団発行の朴仁相(パクインサン)回顧録を読んでみました。韓国の労働運動については、時たま大規模な争議などがあると日本でもニュースになりますが、日本語で書かれた資料も少なく、この本でようやく全体の流れが理解できたように思いました。
 著者は養成校から苦学して就職した造船技術者を皮切りに、兵役も経験して復職してから社会的関心に目覚め、以後40年にわたって「現場が第一」の労働運動に身を投じた人です。金属労連の委員長を経て1996年から韓国労総の委員長となり、その年に史上初の「労働悪法粉砕ゼネスト」を断行しました。
 翌1997年の大統領選挙では、組織を超えた「政策連合」を提唱して金大中氏を支持し、50年ぶりの政権交代を実現させました。2000年の選挙で民主党の比例代表で国会議員に当選し、改革路線で活躍しますが、労働者を代表する新党を作る夢は果たせず、政界を去っています。
 この本の全体を通して、私は多くの点で日本の労働運動の戦前史との類似を感じていました。著者は幼時に朝鮮戦争を経験しています。常に緊張の高い国情の中で、働く仲間の権利を守ろうとする労働運動は、投獄や生命の危険と隣り合わせなのです。労働者のために何ができるかは、時の政権の政策によって変動します。そこから著者が身につけたのは、「戦えるときは有効に戦う。戦いが不可能なときは組織化を進める。組織化も不可能なときは教育を進める」という、ねばり強い不屈の活動でした。
 ある企業が倒産して、未払い賃金も退職手当も原資がなく組合員が困窮したとき、著者は会社の状況を精査した上で法的手続きに奔走し、会社を組合管理のもとに半年にわたって操業させて、組合員の窮状を救ったこともあったとのことです。そうした実績が、著者を政府からも一目置かれる存在にしたのでしょう。
 しかし最近の政経優位の国際情勢の中で、労働組合の発言力が低下していることは、日本も韓国も同様です。その中で著者が書き残しておきたかったのは、「労働者が人間らしく生きられる社会を作りたい」という願いそのものでした。だからこそ財団はこの本を日本語で出版したのでしょう。「労働者になりたくて労働者になる人間はいない」と著者は書いていますが、本当にそうでしょうか。働いて人間らしく生きられるのが当然の世の中になったら、はじめて「労働者」という言葉から余計な重さが消えるだろうと私は思うのです。

梅一輪ほどの温かさ



 昨日、ベランダ前の梅の花が、たった一輪だけ咲きました。どこを探しても、この一輪だけでした。ベランダの手すり部分に当る日光の反射で、下からも温められたからかもしれません。奇跡のように、この一輪だけが満開です。
 春を知らせる先駆者になりましたが、後につづく仲間が咲き揃うまで、がんばっていられるでしょうか。名残りのばら(庭の千草)に歌われた最後のバラ一輪も孤独でしたが、先がけた一輪の梅も孤独です。しかし、後につづくものを信じられる幸せがあるのかもしれません。
 風はつめたくても、着るものは一枚軽くしてもいいような気のする朝でした。

ブログ連歌(166)

3299 今欲しい ヒト科の人に 安らぎをを (うたのすけ)
3300  パンダ黙々 人々叫ぶ (建世)
3301 人気もの 税の持ち出し 咎めなき (みどり)
3302  派遣日当 二十万円 (建世)
3303 客寄せと 言われし力 まだありや (hana)
3304  夢よふたたび 下町パワー (建世)
3305 冷静に 統合維持す EU政府 (恩義)
3305B 待ちに待つ 日本レインジャーの 底力 (うたのすけ)
3306  天運人知 最善尽くせ (建世)
3307 受験生 長き冬越え 晴れの春 (みどり)
3308  射し込む光 日増しに強く (建世)
3309 願わくは 奇跡の生還 次々と (うたのすけ)
3310  瓦礫は重く 時間は過ぎて (建世)
3311 尊きは 人の命と 救助隊 (みどり)
3312  72時間 時よ止まれと (建世)
3313 無惨なり 家族か遺族の 正念場 (うたのすけ)
3314  「救出」「収容」 その差の深さ (建世)
3315 「収容」に 「無念」の二字が 重なって (うたのすけ)
3316  断たれた夢に ただ涙する (建世) 
3317 吾子待つも 逢えぬ辛さを 誰ぞ知る (みどり)
3318  光はなきか 心の闇に (建世)
3319 純粋な 若き力が 削がれゆく (うたのすけ)
3320  世に平成の 名をぞ悲しむ (建世)

沖縄県前島・非武装で命を守った島

 昨夜の老人党護憲+の例会の講師は、明大政経学部準教授・生方卓(うぶかた・すぐる)氏の前島についてのレポートでした。沖縄本島の西、慶良間諸島渡嘉敷村に属する前島は、学校の分校長と区長の努力により日本軍の駐屯を断ったため、アメリカ軍の上陸を招くことなく、200名の島民から一名の犠牲者も出さずに済んだというのです。
 私は寡聞にして知らなかったのですが、すでに図書、新聞、テレビでも紹介されたことがあり、非武装運動のシンボルになりつつあるとのことです。生方氏はゼミの学生たちと2004年から現地を訪れるようになり、調査・研究を進めています。無防備地域宣言運動を通して、井上ひさし氏の沖縄をテーマにした映画「木の上の軍隊」の制作も準備されましたが、未完に終りました。
 前島で起こったことの概要は、以下の通りです。昭和19年秋、渡嘉敷に水上特攻隊(ベニヤ製舟艇で敵艦に体当りする陸軍部隊)が配置されることになり、前島にも1個小隊を駐屯させる予定で軍の調査がありました。このとき島の分校長(比嘉儀清さん)は軍歴で上海戦線で戦った経験があり、軍がいない方が島は安全と考えて、区長とともに必死の覚悟で担当指揮官と交渉しました。
 その結果、住民を守り、いざというときは敵と戦うように訓練・指導することも含めて一切の責任を負うことを誓約して、「守備隊」の駐屯を辞退することに成功したのでした。
 やがてアメリカ軍は本島への上陸に先立って、慶良間諸島への攻撃・占領を開始しました。前島にも偵察部隊の上陸がありましたが、島民はすべて洞窟に潜んで物音を立てずにいました。軍用犬も伴っていたアメリカ軍は、島民の気配は感じたものの、島に一切の軍事施設がないことを確認して、そのまま引き上げて行ったということです。
 この島が無事でいられたのは、戦略的な価値がないなど、幸運の部分もあるでしょう。しかし、もしも日本軍が駐屯していたら、アメリカ軍も放置しておくことはできなかったでしょう。どこの島でも見られたような島民の悲劇が繰り広げられたに違いありません。守備隊がいなければ島民は安全でいられるという判断は、正しかったのです。
 沖縄戦のような圧倒的な戦力差があった場合の特殊な例だという議論を立てたい人もいるでしょうが、軍隊が国民を守るという建前は、多分に虚構であると私は考えています。ことに現代の軍備は、国家間の外交交渉のツールの一つに過ぎません。軍隊は、軍隊同士の論理で戦うことを前提にして、絶えず拡大しようとする組織なのです。

一人に一票 ONE for ONE の歌

 ツイッターのつぶやきから、驚くべき早さで新しい歌ができました。以下は孫から教えられた情報です。
 「一人一票実現国民会議」は、国民の投票権の平等を要求して2009年7月に設立された運動体ですが、毎週日曜日21時から「つぶやき祭」を開いていて、そこに「歌がほしい」とつぶやいた人がいて、それに「やりましょう」と応じたのが「サンプラザ中野くん」(今は「くん」までが正式な芸名です)だったとのこと。それにミュージシャンやアレンジャーが次々にツイッターで加わってきて、録音とエフエム世田谷で生放送、そして iTunes での販売へと、トントン拍子にすべてが出来上がってしまったというのです。
 しかも、たちまち iTunes のJ-popチャート1位になったとのことで、孫の話によると、日本国内のみならず全世界で購入可能になっているとのことです。私には全体の実像が、いまいちよくわからないのですが、とにかく、すごいことが起きているようです。
 私たちの選挙権は、選挙区によって大きく歪んでいるにもかかわらず、是正は一向に進みません。最優先の政治課題なのに、政治家も裁判所も問題先送りを続けています。風穴を開けたい気持が、こんな形でネットに流れるまでになりました。日本でも何かが起こりそうです。
 
ONE for ONE〜#ippyo の歌〜
   作詞・作曲 サンプラザ中野くん アレンジ 向谷実  

 one for one one for one! …… 
 日本は民主国家 世界で一番いい国だ
 だからこそ改めて 一人に一票 平等に
 私に清き一票を と政治家の方は言うけれど
 私にこそちゃんと一票を お願いしたいのだ
  ……
 最高裁の判事どの あなたのご意見教えてね
 国民審査のバッテンで 白黒つけるから……

 歌詞は著作権がありますから、一部だけ抜粋して引用しました。ただし権利者たちは著作権を自主管理して、普及のために特例を認めています。放送の実況と歌声は以下のユーストリームで聞けます。全部で約80分あり、歌は1時間04分から始まります。
http://www.ustream.tv/recorded/12865677
制作の詳しい事情および全歌詞は「向谷倶楽部」でごらん下さい
(じじバカの追記・スタジオ奥のガラス張りオペレーター室にいるのが私の孫です。)

ニュージーランド地震と文明史

 今回のニュージーランド地震について、新興国家の文明の浅さに言及しているブログがあった。ヨーロッパからの移民が植民地を作ってから、まだ200年に満たない国の、クライストチャーチという聞くからに植民地らしい名の町で悲劇は起こった。日本に似た地震国だが、日本には千年以上にわたる建築の歴史があるのに、ヨーロッパの教会建築をそのまま持ってきたから、数百年に一度の大地震には耐えられなかったというのだ。
 わが家はニュージーランドと多少の縁がなくもない。孫娘が学校からの交流プログラムでホームステイに行ったことがある。その前にはオーストラリアからの生徒を家に受け入れて、それが中国系の少女だったから面白い経験ができた。私の友人の一人はオーストラリアにセカンドハウスを持ち、冬場は長期滞在してニュージーランドにも遊びに行くと聞いている。
 調べてみると、ニュージーランドは戦後しばらくは福祉の先進国として充実していたが、その後「英国病」に苦しみ、思い切った開放経済と規制緩和で経済の立て直しを成功させたということだ。現在は環境対策にも力を入れていて、一度民営化した鉄道を政府が買い戻したとウィキペディアに書いてあった。政治・経済面でも日本の参考になる国らしい。
 ところで今まではニュージーランドの先住民のことなどは何も考えたことがなかったのだが、もちろん無人島に新興国が出来たわけではなく、マオリ族の先住民がいた。オーストラリアやアメリカ大陸と同じことで、紛争を起こして協定を結んだり、反乱を鎮圧したりしながら、ついには先住民を圧倒して今に至っている。先住民は観光資源として保護される程度になっているのだろう。
 考えてみると、日本の国にも先住民はいたわけで、神話時代の出雲の国引きなどに痕跡が残っているし、その前には縄文人と弥生人との勢力争いもあったに違いない。東北から北海道にいたアイヌ族も、今は観光資源と調査研究の対象になってしまった。だから日本人は正当な住民で、ニュージーランド人は土地に根づいていないと威張ってみても、あまり意味はないのだろう。
 だが、改めて思うのは、島国で二千年も同質の文化を育ててきた日本文明の面白さである。大陸から異民族が征服に来なかったのは、単なる偶然だったのだろうか。東方に異文明の島国があることは、上古から大陸では知られていた。それでも併合の対象にならなかったのは、もちろん地理的な条件もあるが、その異文明の島国の人々が、常に大陸との節度ある距離の取り方を知っていたからではないだろうか。
 地図をひっくり返してよく見れば見るほど、ニュージーランドは日本と似ている。
(追記・言語に興味のある方は、過去記事の当日から3日間をごらんください。カレンダーから選べます。)
(追記2・ニュージーランドの規制緩和政策については、コメント欄の参考意見もごらん下さい。)

「つながり・社会的ネットワークの驚くべき力」を読む

 原題は"Connected"、ニコラスAクリスタキスとジェイムズHファウラーの共著・鬼沢忍訳・講談社・単行本です。小飼弾氏の先日の記事「瞬縁社会の勃興」で紹介されていたので、気になって図書館から借りてきました。エジプトの反政府デモが成功した原動力にネットの力があったと言われます。目立つ指導者も組織の専門家もなしに大衆が力を発揮したのは、人々をつなぐ情報つまり社会的ネットワークが成立したからで、小飼氏はこれを「瞬縁社会」と名づけたのでした。
 「瞬縁」というのは現代の高速ネット技術で可能になった人間の「つながり方」を表現しているのですが、この本で説明しているのは、もっと基本的な社会的ネットワークの発達と、その結果としてもたらされる「人類の進歩」についてです。
 家族でも近隣でも職業でも宗教でも政治でも、私たちはさまざまな「人とのつながり」を持ちます。つながりのある人から自分が受ける影響および自分が周囲に与える影響は、「友だちの友だちの友だち」まで、つまり3次まで及ぶという一般的ルールが見られるそうです。そして自分は絶えず他から影響を受け、同時に他に影響を与えながら暮らしています。
 たとえば、いま自分が抱いている政治的意見が、どこまで自分のもので、他から受けたものはどこからだと、精密に説明できる人はいないでしょう。人間とはネットワークによって生きる存在であるというのが、著者たちの人間理解なのです。この本には、多くの社会現象や政治・経済手法、病気の蔓延、恐慌の伝播といった研究事例が紹介されていますが、この視点は一定しています。
 そして結論として導かれるのは、「個人の力は小さいが、つながった人間の力は、驚くべき偉業をも成し遂げる」という事実です。そこでは個人は身体を構成する1個の細胞にたとえられます。絶えず入れ替わり生死も繰り返す細胞たちですが、社会的ネットワークを構成することで、人類という全体を前へ進めて行くのです。その全体がどこへ向かって行くのかと言えば、個々の細胞が「幸せになりたい」と願っているのですから、全体も幸せになるに違いないのです。
 この本にそこまで書いてあるわけではないのですが、私がこの本から読み取った文脈では、そうなるに違いないのです。

ねじれたのは有権者だった

 「仲元深男 こと らまんちゃ」さんのブログに、ちょっと虚を突かれるような記述があった。「ねじれ国会」とみんなは言うけれど、ねじれたのは有権者ではないかというのだ。少し引用させていただくと……

……あの時は熱をおびて期待をしていながら、少し冷めてくるともう投票には行かなくなったので、あの参院選のありさまです。そうやって与党が困るようにしておきながら、力がないなあと言って、力を奪ったのは、ねじれ国会じゃなくて、ねじれ投票行動こそが本質であり、本当の話なのですよ。(引用終り)

 言われてみればその通りで、たしかに国会が勝手にねじれたわけではない。有権者の意識が変ったのだ。反論するのは簡単で、民意の変化が投票を通して議席に反映するからこその議会制民主主義なのだから、それでいいのだが、ここで問われているのは「民意」なるものの頼りなさ、無責任さなのだ。民主党が民意をつなぎ止めることに失敗したのが原因であることは重々承知の上だが、有権者には全く責任がないのだろうか。
 首相が交代すると、しばらくは支持率が高いのだが、すぐに低下を始めて20%にも足りなくなると、辞任しろ、解散選挙しろの大合唱になる。そのきわみで政権交代があったのだが、交代したあとも同じだった。その後の二人の首相の資質と行動に国民の期待を裏切るものがあったのは私も痛感しているところだが、ここでまた同じことを繰り返すのかと思うと気が重いのだ。政権交代の成果は、本当に何も残らずに終るのか。
 はっきり言うが、今の首相がカラ缶だとして、カラの缶なら中身を詰めるように要求すればいいではないか。政権交代は人気投票ではなくて、政治を変えたい願望だった筈だ。一年半だけの実績を見て、辞めろ・交代しろ・やり直せでは、あまりに気短かに過ぎないか。
 参議院の多数を奪って、民主党の立法能力に大きな制約を課したのは有権者の責任だという視点は間違っていない。ならば当面は妥協的な、どっちつかずの政策を実行しながら国政の方向を模索するしかないだろう。つらいけれど、この現状を認識することも、有権者としての責任の取り方の一部分ではないだろうか。

ブログ連歌(165)

3279 支持率が こうも下がって なんとしょう (うたのすけ)
3280  言うこと為すこと みなブーイング (建世)
3281 沖縄の 日米演習 大装備
3282  ぞくりと恐き 戦争の影 (みどり)
3283 見逃すな 辺野古の前に 高江あり (建世)
3284  半端じゃないぜ 米のゴリ押し (ハムハム)
3285 波高し われ関せずと 内輪もめ (うたのすけ)
3286  最大不幸 仕組むは誰ぞ (みどり)
3287 それほどに 不満あるなら 男なら (うたのすけ)
3288  やってみまいか 世直し一揆 (建世)
3289 十六人 殿にへつらう 情けなさ (うたのすけ)
3290  忠臣?逆臣? 評価は今後 (建世)
3291 主権なる 最高権力 民持ちぬ (ハムハム)
3292  党利を問わず 国益を問う (建世)
3293 パンダちゃん 平和の使節で あればいい (うたのすけ)
3294  ヒトより確か ウソはつかない (建世)
3295 選ばれし 美形の目鼻 譲り受け (みどり)
3296  荒れる季節を しばし忘れる (建世)
3297 海山を 越えて異国に ニイハオと (ハムハム)
3298  笹の葉モリモリ 食糧自給 (建世)
3299 今欲しい ヒト科の人に 安らぎをを (うたのすけ)
3300  パンダ黙々 人々叫ぶ (建世)

黄色いハンカチはSOSのサインです

 黄色いハンカチ推進本部から、黄色いハンカチを購入しました。これを持っていると、自分に何かあったときも安心かもしれません。高価なものではありませんから、健康に不安のある人はもちろん、そうでないふつうの人も、なるべく多くの人が持っているといいと思います。



 問題は必要な事態のときに周囲の人が気づいてくれるかどうかですが、自分から示す余裕がない場合でも、ポケットに入っていれば、必要な情報を伝えるIDカード、平たく言えば「迷子札」の役割をしてくれることでしょう。その意味からも、おすすめです。携帯する人が増えるということは、町の中で黄色いハンカチを示されたときに、反応してくれる人が増えることを意味します。
 ただし推進本部のホームページを見てわかった問題点もあります。たとえば子供たちに向けて「黄色いハンカチで誘われても、絶対に一人ではついて行かないこと。必ず友だちや大人に知らせて大勢で話を聞く」という大切な注意があります。人の善意に乗じて悪事を企む者が出てくる可能性を排除できないのです。同様に「黄色いハンカチ・グッズ」として、福祉事業を偽装した営利目的の押し売りなどもあり得ます。そのため推進本部では「黄色いハンカチはSOSのサインです」を商標登録しているとのことです。ですからこのキャッチコピーをつけた物品を、推進本部に無断で製造・販売することはできません。しかし言葉としての引用や普及は、問題なくできる筈です。
 以上を認識した上で、この運動に参加し、普及もして行きたいと思います。以下は私からの提案というか、この運動についての私の姿勢です。この運動は、身体障害者が街頭などで一般からの支援を受けやすくするために発案されました。それはそれでいいのですが、現代では多種多様な弱者が生まれています。不当解雇による生活破綻から、家庭内暴力被害、老人の孤立、いじめや虐待を受ける子供、さらには電車内での痴漢被害まで、枚挙にいとまがありません。
 そうした弱者が自殺や暴発などの破滅的な行動に至る前に、誰でもいいから話し相手がいたら救われたかもしれないケースが少なくないと言われます。しかし声をあげる勇気もないのが弱者というものです。そんなとき「困っている人の話に耳を傾ける気持がある」人を見分ける方法があったら、助かる人が少しでも増えるのではないでしょうか。そうした「SOS受付けます」のサインも欲しいと思うのです。どのように助けるかは、状況に応じて事後に考えればよいことです。
 今は拉致被害者救出運動への参加を示すブルーリボン・バッジがありますが、あれに似た黄色バッジがあるといいと思います。推進本部にもワッペン風のグッズやシールがあるようですから、それらを使う方法も考えてみることにしましょう。



菅首相退陣論とは気の早い

(熊さん)どうも大変なことになってきましたね、菅さんに退陣論だって。こないだのご隠居の「平成平家物語」が本物になってきそうな騒ぎですよ。
(ご隠居)ああ、菅さんの辞任と引き換えに予算を通せって話だな。政治家の発想ってのは、講談物語に向いてるな。殿様ひとりが腹切って、首を差し出しますからお家は安泰に願いますってわけだ。菅さんは「そんな古い流儀に戻る気はさらさらない」って笑ってたがな。そのあと「国民にとって何が一番重要なのかを考えて行動する」と繰り返してた。一番大事なのが予算を通すことだと思ってることは、確かだな。
(熊)その予算が、国会で通る見込みが立たなくなったんでしょ。
(隠)ちょっと違うんだな。衆議院では民主党が絶対多数だから、予算案の可決には問題ないんだ。それで予算は衆議院の議決が優先するから、参議院で可決されなくても成立はするんだよ。ただ問題は、予算を実行するための関連法案というのがあって、これは財源になる国債の発行を認めるといったことなんだが、こちらは一般の法律だから、衆議院と参議院の両方を通らないと廃案になってしまうんだ。
(熊)それで「ねじれ国会」だから困るんですね。
(隠)そうなんだよ。参議院で野党が反対でも、衆議院で3分の2以上の賛成があれば再可決という奥の手があるんだが、その人数がぎりぎりで足りないんだ。だから社民党に頼んだりしてたんだが、ここへ来て身内から16人も造反議員が出たもんで、ますます苦しくなったわけさ。
(熊)つまり予算が通らないのと同じことですか。
(隠)いや、そうじゃない。ここが大事なところだ。予算が通っても、その予算の関連法が通らないことが異常なんだ。だから、たとえば金の問題なら、暫定の予算措置でしばらくしのぐことはできる。しかしそれを長くは続けられない。つまり予算が成立しているのに野党がその実行を妨害している形になるから、野党も国民から責任を問われることになるんだ。
(熊)奥の手がなくても、参議院で法律が通れば問題ないんですね。
(隠)そうだよ。自信のある予算と法律を出しているんなら、政府は最善の案を出している、文句があるんならちゃんと議論しろ、国民の前で恥ずかしくないかどうか、反対できるもんならしてみろ、と言うぐらいの迫力があっていい。そういう真剣勝負をしてほしいもんだ。 
(熊)それならご隠居も「物語」の続編を、気持よく書けますね。
(隠)そういうこと。

高速道路料金値下げは撤回すべし

 菅政権は、この4月から高速道路料金を、ETC搭載の有無にかかわらず「普通車は平日上限2000円、軽とエコカーは1000円」にすると発表した。ETC搭載車の「休日上限1000円」も維持される。国の持ち出し費用は年間7〜8千億円になるが、自公政権が予算化した割引き向け財源を使用するとのことだ。
 長距離の利用者には、かなりの値下げになるので歓迎の人もいるだろうが、前政権のバラマキ予算を、なぜ忠実に消化しなければならないのか理解に苦しむ。たしかに「高速道路の無料化」は民主党のマニフェストに書いてあったが、不人気な政策の筆頭だった。他の大事な政策を見直す中で、人気回復策のつもりかもしれないが、優先順位が逆ではないかと思う。
 公共工事の中心に位置していた「道路特定財源」が、長きにわたって日本の社会経済をゆがめてきた罪は重大だった。その事情は岩波新書の「道路をどうするか」(五十嵐敬喜・小川昭雄)にくわしい。私は関連して「利権亡国からの脱却」を2009年2月9日から15日まで、7回にわたってブログ記事にした。できれば読んでいただきたいのだが(「アーカイブ」の年月、または「このブログ内の検索」をご利用ください)、要点を再びまとめてみる。
 政官財が、寄ってたかって利権の巣にしてしまったのが日本の道路だった。狭い日本の国土にアメリカと同額の政府資金を投入したのだから、すさまじさがわかる。だからこれを止めるのは当然なのだが、それには財源を断つ必要があった。その上で、税金で作った道路なら、無料で国民に開放するのが当然だという順になるのだ。やみくもに無料化を急ぐ必要はない。
 逆に、税金で作った道路なら国民の財産なのだから、最も有効に使わなければならない。収益をあげながら他の交通手段とのバランスも考えて、利権に妨げられない最も効果的な料金体系が、今なら設定できる筈なのだ。JR各社が憂慮しているように、遠距離旅行を自家用車に誘導する政策が時代に合っているとは思えない。物流支援の貨物車優先とか、渋滞のない「急行料金」としての値上げとか、経営のセンスを生かす余地がありそうな気がする。その意味では、どさくさまぎれのような「民営化」は残念だった。
 民主党のマニフェストも、利権の巣としての道路行政を解体するのが主目的だったのだから、無料化だけを急ぐのは本末転倒になる。財源が苦しいのならなおさら、改めるのに憚ることはない。予算の欲しい政策は、他にもたくさんあるのだから。

造反は有理か無理か

 民主党の小沢系衆議院議員16名が、会派からの離脱を表明し、新会派の結成届けを提出した件で、新聞夕刊の見出しには「造反」の字が踊った。会派からの離脱も新会派の結成も、今のところ受理されていないそうだが、くすぶっていた現執行部への不満がついに表面化した形だ。
 「造反」の語で私が最初に連想するのは毛沢東の文化大革命で、学園紛争の時期に東大の正門前を通ったら、「造反有理」の大文字と毛沢東の肖像画が掲げられており、いったいどこの国の大学かと思ったものだ。反逆には正しい理由があるという主張だが、その後一般的に権威に対する抵抗の意味で使われるようになってきた。ただし単純な内部告発とは少し違って、「正義は我にあり」的な確信の裏づけを思わせる語感があるのは、最初の提唱者が毛沢東だったからだろうか。
 今度の16名の全員が、比例区単独で当選した議員だというところにも何か意味がありそうだ。個人の後援会の地盤などにはあまり頼らず、「民主党」と書いてくれた有権者の力で当選したという意識は強いだろう。だから民主党を離れるつもりはない、民主党が国民との約束を果たさないことに異議があると言いたいのだと思う。そう考えると「造反」の語がよく似合うことになる。
 さて、この造反が「有理」かどうかだが、私はかなり理があると思う。民主党は大いに有権者を落胆させている。アメリカ追随は改まらないし予算の組み替えは不徹底だったし、政治主導の官僚改革は腰砕けの印象だし格差是正も進みそうにない。最高益をあげている企業に減税を約束する一方で、消費税引き上げを前提とした財政論議を始めようとしているのは、有権者から見ればまさに「想定外」の事態になった。功労者で同志だった小沢一郎氏を守るのではなく、いわくつきの強制起訴を理由として処分するというのも、選挙で世話になった新人議員としては承服し難いだろう。
 ここまでは中国語の「造反有理」なのだが、ここから先は日本語の「無理」になる。政党に所属する議員が自党の議会内会派から離脱して別な会派を結成するというのは、前例もないだろうし常識で考えても無理筋というものだ。かつて社会党が左右に割れたとき、どちらも「日本社会党」を名乗ったが、事実上は別な政党として行動せざるをえなかった。同じ政党に所属している間は、党議に従わなければ除名処分を受けることは避けられない。
 だから初志を貫けば新党を結成するしかないのだ。正統な民主党を再興するなら「真・民主党」ということになるだろうか。その上で「民主党」と連立を組むという方法もある。政治には何でもありなのだから、自由に考えてみたらどうだろう。

「世界が絶賛する『メイド・バイ・ジャパン』」を読む

 Dan さんのブログで紹介されていた「世界が絶賛する『メイド・バイ・ジャパン』(川口盛之助・ソフトバンク新書)を読んでみました。メイド・イン・ジャパンとどこが違うのかというと、「日本生まれの物づくり」という感じで、日本人の感性を生かせということなのですが、それが一筋縄では行きません。まず、この本は「ツンデレ」という言葉がわからないと理解できません。私は恥ずかしながら、少なからぬネット勉強をせざるをえませんでした。
 簡単に説明すればツンツンデレデレの短縮で、よそよそしく突っけんどんと、気心知れてデレデレとの対比です。これを商品開発に応用すると、性能・品質の良さで勝負するのがツンで、個性で愛されるのがデレになります。著者は商品開発の専門家ですから、日本が生き残るための商品企画として提示しているのです。要点は次の5つになります。
 崙散颪悗琉γ紂廚鮗茲衞瓩察幣ι覆話韻覆覽’縦鷆ー蠱覆任呂覆ぁ
▲罅璽供爾法屬い犬蕕譴討覆鵑棔廖粉粟品を提供する時代ではない)
「心の安寧」のために仕える道具(作業効率改善のための装置の次にあるもの)
ぁ崋綣圈廚魑澆正義という動機づけ(悪を倒す正義ではない)
タ箸硫鵑蠅痢屬海舛藺Α很楡(統治者のあちら側ではない)
 低通している思想は、品質や性能や価格だけで競争しようとすれば疲れるだけだ、人の気持の内側に入り込める物やサービスを提供して、人から選ばれるようになろうということです。それは癒やし系、萌えキャラ、ユル系、ヘタレ系など、広範なサブカルチャーを包含します。 
 たとえば自動車の機能だけを売るのなら、使いたいときだけ出てくるレンタルでいい。自分で所有するからには、世界で一台しかない気に入りの小さな機能や細工や装飾を加える余地があるべきだということです。さらにはこの本で初めて「痛車(いたしゃ)」という言葉を知りました。痛々しいほど車に手を加えることで、好みのアニメキャラなどをフィルムに拡大コピーして外装に貼りつける方法などもあるそうです。
 そうした遊びだけでなく、大企業の製品を受け入れるだけでない、消費者目線の商品やサービスがこれから求められることは、よくわかります。先進工業国であった日本が、個性的な文化で世界に受け入れられるようになる、その先端に、アニメに見られるような若い文化を生かすべきだということです。

平成平家物語

 さるほどに、平家壇ノ浦に滅亡せしより826年、日の本の国は平成の世に入りたるに、天下ふたたび政争の世となりぬ。久しく栄華を誇りし自民の党衰えて、国民みな治世に飽き足らず、清新の党の登場を待ちおりしが、不平不満の輩(やから)語らい合いて民主の党なる旗印を掲げたり。全国より馳せ参じる者多くして、この党たちまちに勢いを増し、平成の大合戦に臨みたるや、たちまち自民の党を散々に打ち破り、天下は民主の党に帰したるなり。
 それより一年あまり、国民の期待は高かりしが、民主の党の政策定まらず、民の不満の解消には遠かりき。中にも鳩山殿は、首領として沖縄なるアメリカ基地を国外、県外に移すと約したるにもかかわらず、優柔不断の言を左右した挙句、行き所なしとて挫折し自ら職を辞する有り様なり。その言い訳の「基地は抑止力として必要」が、その場の方便なりしとは、世にあさましき限りなり。
 鳩山殿の後を襲いたるは菅殿なるが、かねて実力者とて評判高き小沢の君と跡目を争いぬ。小沢の君には、かつて「アメリカ軍は第7艦隊があれば結構」との発言あり。これより俄かに執拗なる検察の追及を受けたるは、かのアメリカ国の意を汲む者どもの企みなりとする説もあり。真偽のほどは知らず、されど常世の闇を思わする不気味さなり。
 期待集めし菅殿なりしが、早々に「アメリカ国との約束は順守」と恭順の意を表したり。せめて「今一度の協議」くらいの発言なかりしは何ぞやと、落胆の声は多かりき。しかのみならず追い打ちをかけたるは、自民の党の提唱なる「消費税10%」の発言なりき。かの公約を破りしと、民主の党への支持率は、一時にどっとぞ落ちにける。その後すぐさま続きしは、参院の陣にての大敗なり。民の心を知らずして、政権安くあるべきや。
 かくて菅殿の政権は「ねじれ国会」なる苦境に陥りぬ。衆の力を頼みて進まんとすれば、行く手を阻むは参議の関門なり。進退ままならぬさまを見たれば、自民・公明の党は、これぞ好機と打ちかかる。支援の国民の声は、はるか遠くに去りにけり。
 菅殿ひとり気を吐いて、訴うる声にも響きなし。言うこと為すことことごとく、不評を買うも哀れなり。民の心はいずくにぞ、民安き自立の国こそ願いなれ。民の心に従えば、支持はおのずと集うものなるに、春の淡雪消え行きて、すれ違うこそ口惜(くちお)しけれ。

「日本語の古典」を読む

 「日本語の古典」(山口仲美・岩波新書)を読みました。日本語についてのこの人の著作は、高度な内容にもかかわらず、読みやすくて、かつ温かい「言葉への愛情」が感じられる特徴があります。以前に「日本語の歴史」(岩波新書)を読んだときにも、このブログで紹介したことがあります。
 この本では、古代から近代までの日本の古典の中から、代表的なもの30点を選んで紹介しています。詩歌集は含まず、散文のみとしていますが、「源氏物語」など歌物語には、当然ながら多くの歌が含まれています。それらの作品を、文学辞典的に解説するのではなく、著者の感覚により代表的と思われる部分を選び出して、読者とともに鑑賞する姿勢で紹介しているところに、この本の最大の特長があります。しかも、一点ごとに研究テーマを立てて解明してみせるという高等技術まで披露してくれるのですから、まさに「お買い得」と言える本でした。
 紹介されている作品は、以下の30点です。
[奈良時代…言葉に霊力が宿る]古事記、日本書紀、風土記
[平安時代…貴族文化の花が咲く]竹取物語、伊勢物語、うつほ物語、蜻蛉日記、大和物語、落窪物語、枕草子、源氏物語、堤中納言物語、大鏡、今昔物語
[鎌倉・室町時代…乱世を生きた人は語る]方丈記、平家物語、とはずがたり、徒然草、太平記、風姿花伝、狂言、伊曾保物語(イソップ)
[江戸時代…庶民が楽しむ言葉の世界]好色一代男、おくのほそ道、曽根崎心中、雨月物語、東海道中膝栗毛、蘭東(蘭学)事始、南総里見八犬伝、春色梅児誉美 
 大半の作品は、私も教科書などで名前は知っているが、内容はほんの少し読んだことがあるかどうか、といったレベルでしたが、原文と訳文と、簡にして要を得た解説を読んで行くと、身近な作品に感じられて「知っている本」のように思えるのでした。訳文は、よくこなれていながら国語学者らしい正確さに裏打ちされていて、この人の現代語訳なら、全編を楽しく読めるだろうと思いました。
 現代に生きて古典を読むことの意味は何か、それは現代を「相対化」することです。現代しか知らない人よりも、過去の積み重ねを知っている人の方が強いのです。この一冊だけでも、古典を知っている人になったような気のする本でした。

ブログ連歌(164)

3259 古来より 情けと金の 土俵ぎわ
3260  いっそ上げましょ 幕下月給 (みどり)
3261 増税と 産業減りて 英国病 (恩義)
3262  日本病に つける薬は? (建世)
3263 とこしなえ 筋金入りの お人好し (玉宗)
3264  和して動かず 論じて決まらず (建世)
3265 八百の 神にそれぞれ 伝説が
3266  ひとつひとつで 似たり寄ったり (玉宗)
3267 八百長は どこか可笑し味 あるのだが (うたのすけ)
3268  大岡さまなら なんと裁くか (建世)
3269 北方の 領土の日をば 堅持する (うたのすけ)
3270  三島返しで 手打ちにしょ (建世)
3271 身も凍る 殺人行脚の おぞましさ (うたのすけ)
3272  黙って見ていた 防犯カメラ (建世)   
3273 あいやムバラク 一致団結 市民の勝ち (花てぼ)
3274  重き犠牲が 未来を照らす (みどり)
3275 人類の 旅嶮しくとも 光見ゆ (ハムハム)
3276  縁を結べよ 黄色いハンカチ (建世) 
3277 これならば 私もできる 堂々と (花てぼ)
3278  小さな勇気が つくる幸せ (建世)
3279 支持率が こうも下がって なんとしょう (うたのすけ)
3280  言うこと為すこと みなブーイング (建世)

黄色いハンカチを「助けて」のサインに

 老人党のメールマガジンに「85歳さん」からの提案として、黄色いハンカチを助けを求めるサインにしようという投稿がありました。以下、一部抜粋して引用します。

 いわゆる社会的弱者の方に『黄色いハンカチ』を持ってもらうんです。……それを見た方は、すぐ気が付きます。この方は、何かの援助を求めていると。……黙っていては援助のしようがないんです。独居老人の「孤独死」の防止にも役に立つかもしれません。……独居の高齢者、何かの障害を持つ方が、他人の援助を求めたいとき、通りすがりの方が見える玄関に『黄色いハンカチ』をぶら下げて貰うんです。ご近所の方がそれを見たら、関係機関に通報もできます。……満員電車の中の女性にも有効かもしれません。……社会的弱者を救済する方法は沢山あると思いますが、それを自分からいい出す勇気を持たない方が多いと感じております。(引用終り)
 
 老人党世話役の「珠さん」によると、1級障害者から同様の提案が以前にあったが、運動としては広がっていないようだということです。しかしこれは、広めたい運動です。
 具体的には、自分の趣味で黄色いハンカチやスカーフを持つ人もいるでしょうから、当面は意図をはっきりするように、サイン用ハンカチには小さくても「Help!」「SOS」「助けて」などの文字を書いておくと、区別がついていいかもしれません。そして早く一般の話題になって、黄色いハンカチに多くの人が反応するようになって行くのが理想です。
 ファッションメーカーが、センスのいい「助けてハンカチ」をデザインして売り出すのもいいと思います。少なくとも私は今日から、町で黄色いハンカチをそれらしく見せている人がいたら、近寄って話しかけてみようと思います。勘違いであっても構いません、その人に黄色いハンカチの意味を教えてあげる機会になりますから。
 かつて名作映画の「幸福の黄色いハンカチ」は、夫婦の心を結ぶサインでした。現代の黄色いハンカチが、無縁社会を救うシンボルとして活用されるなら、これほど喜ばしいことはありません。どうぞ皆さま、ご賛同と即実行を。
(追記・この記事をごらんになった方に、できる限りの拡散をお願いいたします。)
(追記2・調べていたら、すでに「NPO全国黄色いハンカチ推進本部」というものがあることがわかりました。今後はこの運動を応援することにします。
http://www10.ocn.ne.jp/~hankachi/)

おひさまエネルギーファンドのセミナーを聞く

 以前にも紹介した、自然エネルギー開発への庶民からの投資を推進している「おひさまエネルギーファンド」のセミナーがあったので聞きに行ってみました。ここでは今、富山県下での「小水力発電事業」への出資を募集しているのですが、関連する講演「幸福の再定義とエコ投資のすすめ」(伊藤宏一・千葉商科大教授)に興味がありました。
 とくに前振りの宝くじの話は、ちょっと他では聞けないものでした。毎年、宝くじで一千万以上の高額を当てる人は、全国で千人以上も出るそうですが、その結果として幸せになる人ばかりではないという話です。逆に暮らしをおかしくしてしまう人も意外に多くて、半々だというのです。
 宝くじに当るのは幸運ではあっても、それは幸福を意味しません。器量以上の現金を手にすると、人は変ってしまう場合が多いのです。浪費癖がついたり、身の丈以上の無理なことをしたり、猜疑心が強くなったりします。ですから「偶然の幸運があっても、自分は以前と少しも変っていない」ことを自覚させるのが大事だということです。
 ところで幸福については、これまで「マズローの欲求5段階説」が有名でした。復習すると、底辺が生存のための「生理的欲求」、次が「安全の欲求」、3段目が「所属(居場所)の欲求」、そして「評価の欲求」(名誉欲)、最後が「自己実現の欲求」です。つまり人生の目的は自己実現であり、そこへ向かって上昇するにつれて幸福を感じるというものでした。
 ところが現代の私たちは、競争に打ち勝って自己実現しても、それだけでは人は幸福になれないことを感じ始めています。つまり孤独では生きられない、誰かと共にありたいというコミュニティの欲求が最上位に来るのではないか、というのです。これを「自己実現から他者実現への転回」と表現していました。
 さらに現代の世界は、根底にある生存条件の前提となる地球環境を危うくしています。最大の危機が予想される今世紀半ばに向けて、エコ投資は急がなければなりません。というわけで、お話はめでたくエコ投資で未来の幸せづくりに参加するというテーマと合致するのでした。
 自分の金は、誰でも勝手に自分のためだけに使っていいかというと、必ずしもそうではないと私も思います。縁があって自分のところに回ってきた金は、縁のあるところへ回してやりたい。金の行き先が見えるという意味で、エコ投資には充分な意味があると思います。

変な国会になってきた

 通常国会が開会し、予算の審議が始まっているのだが、今年の国会は今までに見たことのない変な議論をしているような気がして仕方がない。これまでの常識なら、政府の原案に対して野党はさまざまな注文をつけ提案もして国民にアピールしようとし、与党は自らの政策が最善であるとして突っぱねるという場面がほとんどだった。私はいつか野党が政権をとったら日本も変るのにと、歯がゆい思いをしながら聞いていたものだ。
 その野党が交代して与党となり、期待していた菅氏が首相になったのだが、言っていることが「野党の皆さんのご意見もよく聞いて…」の連発であり、対する野党は「破綻している政策には参加できない、解散して国民の信を問え」の一点ばりで突き放している。国会が与野党対決の場になっていることだけは変らないが、議論の方向が逆になっているように見えるのだ。
 こうなったのは参議院では過半数を取れない「ねじれ国会」の現実があるからだろう。思えば昨年の参院選における菅氏の失敗のツケは大きかった。「消費税率10%という自民党さんの案も参考にして…」という、野党にも配慮したつもりの発言が命取りになった。あそこで余計なことさえ言わなければ民主党は楽に過半数をとれる情勢だったのに、自らを窮地に追い込んでしまった。
 なぜあんなことを言ったのか、その後の菅氏の言動を見ていて、この人は私にも似たところのある「常識人」なのではないかと思い当ってきた。誰の話を聞いても、どの本を読んでも、そこそこに理解できて自分に取り入れようとする。結果として妥協的な調整役の立場を取ろうとする本能が働くのだ。だから自分が今考えていることが誰にとっても一番いい筈だと思い込む。それがいい評判にならなくて批判を受けると、なぜわかって貰えないのかと、いら立つのだ。
 こういう人が今の日本の首相であることが、国にとって幸せなのか不幸なのかの判断はしないことにする。私には任免権がないし、解散総選挙を今してもいいことはないと思うからだ。ただ、菅氏が理想として考えているのが、オール与党的な国民合意の政治であることは理解できる。それで日本が救われるのならいいのだが、積年の不条理を一掃するような力強い指導力が感じられないところに最大の不満があるのだ。
 だが、今の日本に必要なものは、たぶん革命ではない。無駄が多くて愚かしいことばかりしているのは事実だが、これまで誰も責任をとらない「無責任体制」でやってきたのが日本の政治の歴史だったのだ。八百万(やおよろず)の神も人もごっちゃになって、言い合いしながら生きてきた。これからも、あまり変りはないのだろうと、妙に冷めた気持になる。今夜は東京も雪だ。

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
→著作などの紹介と販売について
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