志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2011年11月

NHK「安全神話 〜当事者が語る事故の深層〜」を見る

 日曜夜に放送されたNHKスペシャルのシリーズ原発危機「安全神話 〜当事者が語る事故の深層〜」を見ました。原発の安全神話がつくられ破綻に至るまでの経過を、当時の東電や官庁の担当者たちの証言で綴ったものです。重い口をよく開かせたとも言えますが、登場した人たちが反省を口にしながらも、どこか自然現象でも語るような解説者的な態度でいるのが気になりました。
 やがて見ているうちに、これは敗戦後に政治家や新聞の論調でも見られた「一億総懺悔」に近い口調だということに気がつきました。「今から考えればおかしいが、当時は原発推進が既定の方針だったので、逆らえなかったんですねぇ」といった言い方なのです。天皇の裁可で始まった戦争は、自然災害と同じで誰にも止められなかったというのと、そっくり同じ感覚でした。
 具体的内容としては、当時頻発していた原発差し止め訴訟に対抗するためにも、原発の危険性を研究することさえはばかられたという事情がわかりました。さらにさかのぼれば、アメリカ仕様の原発を輸入しながらも、立地の安全基準については、狭い日本の国土では非現実的であるとして採用しないなど、勝手な改変を加えていました。そして内輪の安心のために、日本の技術レベルなら大丈夫だろうなどと会話していたのです。
 政治スローガンは、何度も繰り返すうちに浸透するものだと言われます。さらにスローガンを叫ぶ政治家は、本人が本気でそれを信じないと他人に対する説得力を得られないものです。地元を説得する東電社員は、原発はなぜ安全であるかを何度も語って聞かせるうちに、自分でも深くそれを信じ込むようになったことでしょう。
 敗戦後に、日本人は戦争を引き起こした責任者を、自ら追及することはありませんでした。今回もまた、責任者はどこにもいないのでしょうか。それではまた同じことを繰り返すかもしれません。思うに最初の責任者は、原子力をアメリカの意のままにアメリカ仕様で導入することを決めた政治家たちでした。そして原発の安全基準の順守を、私企業の電力会社に丸投げした官僚が第二の責任者です。さらに実施者の東電は、スリーマイルやチェルノブイリの教訓がありながらも、巨大な予算を必要とする根本的な対策を、非現実的で不必要として退けてきました。
 関係者の証言は貴重なものですが、この人たちは「本当のことを言えば訴追しない」という司法取引を、誰かと交わしたのでしょうか。

2大政党への不信任

 大阪秋の陣とも呼ばれた選挙の結果は衝撃的だった。大阪維新の党への期待は一過性ではなかった。知事選、市長選とも圧勝という結果を見ると、国政への影響は無視できないものになるだろう。新しいもの好きの大阪気質を割り引いても、既成の政党組織が手を組んだ包囲網を破ったのだから、現状への不満が噴出したと見るほかはない。
 細川内閣が唯一の業績として残した小選挙区制は、政権交代可能な政治地図を期待したものだった。アメリカの民主党と共和党でも、イギリスの労働党と保守党でもいいが、とにかく与党と野党が釣り合って政策を競い合い、適度な間隔で交代しながら政権を担当すれば、国民の望む政策が採用され、政・官の癒着も防げるだろうと期待されたものだ。
 その選挙制度がようやく実を結んだのが民主党による前回の政権交代だったわけだが、期待されたほどの成果もないまま任期半ばまできてしまったのが現状ということになる。この失望感は大きかった。今の選挙制度になってから、投票率は目に見えて低下していた。2大政党以外からは当選が難しくなり、選挙区に投票したい候補のいない有権者が増えたからだ。つまり行き場のない不満が蓄積していたということだ。
 ところが知事や市長という首長選挙では、素直に好きな候補に投票できる。言わば政権交代に直接関与できるわけで、事前に情勢が固まってどうしようもない場合は無関心でも、変化の可能性があると思えば、にわかに投票意欲が高まるのではなかろうか。今回の投票率の向上は、そういうことだろう。
 大阪維新の会が大阪を基盤としながら国政に乗り出すとしたら、どんな政策を出してくるのか、今の段階では明瞭ではないが、地方分権や行政の無駄を省くことは全国に通用する政策になる。橋下氏の当選記者会見をちょっとだけ見たのだが、「質問があるかぎり時間無制限で答えます」と言っていたのが印象的だった。確かに、こんな政治家は今までにいなかった。
 日本で2大政党制が根づくためには、交代に価する政策がそれぞれの党に備わっていなければならない。その意味では、民主党も未熟だった。さらに、自民、民主の2党では吸収できない問題が多すぎるように思われる。いずれは必要だった政党の再編成が、これを機会に現実味を帯びてくる予感がある。
 民主党の300議席は割れないでほしいと思うのだが、現状にまさる好ましい再編ならその限りではない。解散総選挙を求める声は強くなりそうだが、再編の地ならしをしておいて、次の衆参同時選挙で決着をつけるのがいいと思う。

天皇制・皇室と男女平等をどうするか

(熊さん)新聞に出てたけど、女の宮家をつくって皇族の数を増やすって、ありゃ何ですかね。
(ご隠居)皇室も時代の流れで少子化だよ、皇太子の後を継ぐ男の子がいないってんで、この間まで心配していて、ようやく秋篠の宮に男の子が生まれてほっとしたところだ。今は皇族の女の子は結婚すると皇族でなくなるが、これを皇族にしておけば将来が安心というわけだよ。
(熊)天皇は男と決めてるからそうなるんでしょ。女の天皇じゃまずいんですかね。日本には昔は女の天皇もいたじゃないですか。
(隠)いることはいたが、それは「つなぎ」のピンチヒッターで、男の系統が主だったことは事実なんだ。だが上代からそうだったかどうかはわからない。なにしろ最初は天照大神から始まるんだから、母系相続だったことは確かだな。
(熊)ふつうの家だったら、女の子に婿をとって家運が栄えるってのは、よくありますよね。
(隠)だが天皇家はそれができない。養子をとることは禁止なんだ。余談だが、皇族は「国民」ではないんだよ。だから憲法で保障されている基本的人権が制限されている部分がある。たとえば選挙で投票できないし立候補もできない。だいたい戸籍も住民票もないから、皇族が自動車の運転免許を取ると、本籍の欄には「日本国」としか書いてないそうだ。
(熊)へー、やっばり特別な身分なんですね。
(隠)そうだよ、皇女のところに婿が来て日本の天皇になるってのは、どんなに優秀な人だったとしても、やっぱり変だろう。それよりは女性の天皇を認めた方が、ずっと自然だよな。だからこの話は、天皇制の中に男子継承の習慣をずっと残すのか、それとも男女平等の原則を取り入れて行くのかということと、一体にして考えないと結論は出せないんだ。
(熊)ふーん、すると宮内庁から出たというこの話は、男子継承を前提にして皇族を増やす提案ということになりますね。
(隠)そうだな。女の宮家をつくるというのは、男女平等のためというよりも、その反対になる。こういう話が出てくるたんびにわしはわしは思うんだが、肝心の皇族はどう思っているんだろう。当事者になる人たちの気持ちや意見を聞かなくていいものだろうか。天皇を議長とする皇室会議という場があるんだから、皇室のことは皇室が決める権限を、もっと大きくしてあげればいいとわしは思うがな。
(熊)そう言えば、ご隠居は大学で今の天皇と同期でしたね。
(隠)そうだよ、もうすぐ78歳だ。いろいろなことがあった一生を振り返って、始末をつけておきたいこともあるだろう。皇室の未来について言い残したいこともあるだろうさ。男子継承にこだわる人ではないと、わしは思ってる。

ブログ連歌(220)

4379 罪深き 坊ちゃま知らぬ 貧の闇 (みどり)
4380  金で救える 命もあるに (建世)
4381 ハマコーも 可愛いものよ ラスベガス (うたのすけ)
4381B 人が生む 宝を何と 心得る
4382  カジノの泡と 消するためかよ (ハムハム)
4383 道楽の 行き着く先は 監獄か (みどり)
4384  公私混同 犯罪と化す (建世)
4385 穴埋めの 一攫千金が 墓穴掘る (うたのすけ)
4386  穴に入って 恥じ入るばかり (建世)
4387 世の中は 帳尻うまく 出来ている
4388  それにつけても 暮れの寒さよ (うたのすけ)
4389 手前味噌 飲む打つ買うの 三道楽
4390  やはりお酒が 一番よろし (うたのすけ)
4391 マイペース 自己責任で 苦にされず (建世)
4392  でくの坊だと 言われようとも (霞)
4393 低所得 されど酒税は 抜きんでて (うたのすけ)
4394  下戸税なくて 申し訳なし (建世)
4395 酒をやめ タバコもやめて 早五年 (霞)
4396  どちらも知らず 終盤近し (建世)
4397 年賀にて せめて節酒を 誓いたし (うたのすけ)
4398  ほんのり酔える 色香もよけり (みどり)
4399 ほんのりと いけば万事は 様となり (うたのすけ)
4400  四方円満 百薬の長 (建世)

TPPによる食のグローバル化

 昨夜の老人党護憲+の例会では、編集工房「朔」の主催者、三角忠さんを中心にしてTPPの問題点を話題にしました。いろいろな側面をもつ大問題ですが、私が理解できた話の本筋は、「アメリカ主導の食のグローバル化」が押し寄せてきているということでした。
 かつてはアメリカ主導の経済グローバル化が世界制覇しようとする過程で、巻き込まれた日本にもいろいろな変化が起こりました。小泉構造改革は、それに便乗する形で日本の社会構造を変形させ、今日の格差拡大社会を作り出してきました。その後を追い、仕上げとして登場してきたのが食のグローバル化です。
 たとえば今の日本では、大豆食品に「遺伝子組替え大豆を使用していません」と表示がありますが、これは自由貿易の障壁と見なされるかもしれません。アメリカでは、遺伝子組替え大豆を食用するのはすでに常識です。食品に含まれる化学薬品の安全基準も、牛肉のBSE対策も、日本の基準は厳しすぎて、アメリカが望むグローバル基準から「遅れている」のかもしれません。
 大赤字に悩むアメリカにとって、農産物は自信をもって輸出できる希望の星です。価格ばかりでなく、安全基準や品種特許までグローバル基準に合わせるのが望ましいのは言うまでもありません。個々の交渉でなく、包括的な自由の原則がほしいのは、そのためです。しかし、食のグローバル化を、経済グローバル化の一部分として素直に受け取っていいものでしょうか。
 北海道の「そりゃないよ獣医さん」も書いていましたが、食品は、工業製品とは性質が違います。たとえば自動車は、設計図と資材さえあれば、世界のどこでも同じものが作れます。消費者にとっても、自動車の性能は、どこの国で走らせても同じものが得られます。しかし食品は違うのです。
 食品は、それぞれの国の長い歴史の中で生産され、消費されてきました。気候風土に合った作物は、そこに住む人々の暮らしと密接に結びついているのです。食文化という言葉があるように、食べることは、その国の文明そのものです。食品の生産と消費のサイクルが成り立つことは、その国が自立して生きられる最低限必要な条件でもあります。
 TPPを急いでいるのはアメリカです。日本の「国益」を損なってまで加入する必要はないというのが私の結論です。

再生可能エネルギー価格算定委員の人選について

 環境エネルギー政策研究所のプレスリリースによると、再生可能エネルギー法による電力の買い取り価格を決める「調達価格等算定委員会」の委員として提案されている5名のうちの3名が、自然エネルギーに対して消極的な立場をとってきた人たちで占められているということです。
 買い取り価格は、当初案では経産相が決めるとしていたが、有識者で構成する調達価格等算定委員会の意見を基に、経産相が電源の種類や規模ごとに決めることに修正された経緯があります。委員の選出には、衆参両院の同意を求めることなどで価格決定の透明性を担保する建前ですが、この「有識者で構成される委員会の意見を聞く」という方式が、官僚主導の隠れ蓑として猛威をふるってきた「審議会方式」の踏襲になる可能性は高いと思います。
 長妻昭氏の著書その他の告発本には繰り返して出てきますが、「審議会の意見を聞いて決めた」という説明は、官僚主導の無責任体制において最大の武器になるものです。あらかじめ「好ましい方向」の意見を言いそうな人たちを多数にする人選から始まって、審議会当日には読みきれないほどの資料を配って説明に大半の時間を使うのが常套手段です。障害になりそうな委員については、密かに日程を調べて出席できない日を選んで会議を開くといった、あくどい手段をとる場合もあるとのこと。
 大半の委員は、丁重な待遇と謝金を受け取って、当り障りのない意見を言って役目を終ることになります。委員会の結論を受けて採用された政策が、その後どのように運営されてどんな成果をあげたか、あるいは悪い結果を招いたかについては、参加した委員が責任を問われることは決してありません。この官僚主導を、政治家が責任を持つ政治主導に改めるとした民主党でしたが、官僚とも野党とも妥協しなければ何も決められなくなってしまいました。
 今回の再生可能エネルギー価格算定委員の個々について、私には判断できる知識はありませんが、自然エネルギーの普及拡大に取り組んでいる団体の意見には、聞くべきものがあると思います。再生可能エネルギー法自体が、脱原発依存の柱として策定された国策実現のための法律なのですから、自然エネルギー発電の経験とビジョンを持つ人たちの意見が少数では趣旨に反するでしょう。
 経産省は昔の大本営になったと言われる昨今ですが、国の未来を一官庁に決められたのでは国民不在の復活になります。国会は人選の見直しをすべきだと思います。

プルトニウムの場合(替え歌)

 新谷のり子が歌った「フランシーヌの場合」の替え歌です。私が作ったものではありません。「きっこのブログ」のツイッターを経由してYouTubeで見ました。ギター伴奏つきで、しっかりした歌手が歌っており、迫力ある画面もついています。歌手名も作者名も表示がないのですが、よく出来たメッセージソングです。この他にも、反戦・反原発のテーマで多くの歌が作られているのがわかりました。YouTubeはこのような発信源にもなっているようです。
http://www.youtube.com/watch?v=qo_pxVzZXCE

プルトニウムの場合は あまりにもおバカさん
メルトダウンのことなど わかりきっていたのよ
だけど 安全なのと だましてた
今日までみんな 信じていたでしょう プルトニウム

ホントのことを言ったら 原発なんてつくれない
ホントのことを言ったら 私だって怖いの
だからなるべく遠く 離れてる
過疎の村に 行ってもらうわよ 念のため

チェルノブイリの場合は もう二度と住めない
スリーマイルのあとでも 誰も止めようとしない
すべては 想定外の 津波なの
そうさ僕たち なにも悪くないよ プルトニウム

 原作の気だるいような深い悲しみを受け継いでいるように思いました。フランシーヌが焼身自殺しても、フランスの政治は変りませんでした。しかし歌で記憶は残りました。福島の記憶は、単なる一つの悲歌で終らせてはならない。そんなことを考えさせる歌です。

ギャンブルは真剣になったら負ける

 大王製紙の元会長は、巨額の資金を私的なギャンブルに使って、ついに特別背任の容疑で逮捕されてしまった。使った総額は150億円にもなるというのだから、自分ならもう少しましな使い方をするのにと思う人が多いだろう。世の中にはそんな人もいるのかと、ちょっと羨ましくもある。150億あったら何に使うか、横丁で知恵の出し合いをしてみるのも面白そうだ。
 それはそうとして、賭け事にはまるコースというのは誰でも似たようなことになる。最初は遊び心で勝ったり負けたりして面白がっているのだが、ある「勝てる法則」が見つかったような気がして試しているうちに、だんだん真剣になってくる。少し負けても大きく勝てばいいと思い始めたら、もう止まらない。あとは小さな破産で終るか、大きな破産になるかの問題だけになる。
 経済学者から、あらゆる賭けは破産に終ることを理路整然と教えてもらったことがあるが、卑近な例では宝くじで必ず一等を当てる方法を考えたらいい。売り出された一組を全部買い占めたら必ず一等に当る。しかし当選金を全部集めても買い占めた金額の半分にもならない筈である。公営ギャンブルの利益金は福祉財源などに使われるが、ラスベガスの繁栄も客の損金を集めた結果だということは、落ち着いて少し考えたら誰にもすぐにわかることだ。
 それでもなお賭けが面白いのは、得して終ることもあるからだ。それは気にならないほどの少額を賭けて思わぬ大当りを取り、そしてそれっきりやめることができる場合にのみ成り立つ。つまり、賭けた金は気にならないほどの少額でなければならない。実感的にゼロの少額を集めて幸運な当選者を作るのがギャンブルなのだから、損得の計算をするようになったら、賭けは必ず負けるのだ。賭ける金は、必ず実感ゼロの少額でなければならない。
 これと似たところがある株投資の場合はどうだろうか。企業に投資して配当金を得るのは賭けではなくて貯蓄に似ている。しかし株価の上下だけを狙って利ざやを稼ごうとすると賭けに似てくる。ちょっと考えると、安いときに買って高いときに売ればいいだけのことだから、自分は絶対損はしないと思えるのだが、これが難しい。えてして素人は少し得して大きく損するようなことを繰り返し、ついには価格がしぼんで動きがとれない株ばかりを抱え込む結果になる。
 株投資の指南については私の任ではないが、好意の持てる優良企業の株を、銀行利子よりは良い配当を楽しみにして、余裕資金で長く持っているのが無難ではなかろうか。

オウム・もんじゅ・八ッ場、止まらない三題話

 かつて沖縄へ向かう戦艦大和の士官室で、「世界の三バカ、無用の長物の見本、ピラミッド・万里の長城・大和」という自嘲の言葉が交わされていたということだ。時代遅れの兵器で特攻作戦に行かされる学徒出身士官の、ささやかな抵抗だった。
 オウム裁判で13人目となる最後の死刑判決が確定して、長かったオウム裁判も一応の決着を迎えたということだ。しかし、教団を守るためには殺人も許されるという集団の意思が、どのように形成されて実行に至ったのか、被害者の家族が知りたかった本当の理由は明かされないまま終ったという。なぜ途中で立ち止まるブレーキが働かなかったのか、すべてを掌握していたであろう教祖は、すでに現世を離れて異次元の世界へ行ってしまったようだ。
 政府の政策仕分けでは、高速増殖炉「もんじゅ」に抜本的見直しの提言が出された。ウランを燃やしてプルトニウムに変えながら燃料を増やすという、夢のように有難い技術だというので知恵の「文殊菩薩」の名をいただいたのだが、1兆円以上の開発費をつぎ込んでも目途は立たず、15年以上も止まったままになっている。それでも関連予算は215億円の要求で、見送りを求められたのは出力試験の22億円だけだというから油断はできない。
 もし成功しても、今でも持て余しているプルトニウムが増えるだけで、100%プルトニウムを燃料とする原発を新設することが可能だとでも思っているのだろうか。それでもなお「ここでやめたら、これまでの投資が無駄になる。見送ることが正しいのかなという思いもしている。」と、中川文部科学大臣の歯切れが悪いのには驚くほかはない。
 時を同じくして国土交通省の関東地方整備局は、「八ッ場ダムの建設継続」の方針を関係6都県に提示したと報じられた。すでに「完成させた方が安上がり」という作文をしているから、何としても工事は中止したくないのだろう。始めたものは中止しないという執念は驚くべきものがある。どうしても守りたい利権があるのなら、ダムをやめる代わりに関係者全員に「得べかりし利益」を現金で配ってやったらどうかと皮肉も言いたくなる。そうすれば吾妻渓谷は救われる上に、、少なくとも巨大なダム本体工事に使われる資材と労賃だけは節約になるだろう。
 国策の工事であろうとなかろうと、動き出した巨大事業を止めるのには勇気が要る。巻き込まれたら流れに逆らうのは危険でもあるだろう。だが、流れる行き先が見えていたら、黙ってはいられない。原発もこうして破綻に至ったのだ。
(追記・八ッ場ダムの工事は7割進んだと宣伝されていますが、金を7割使っただけで、渓谷の本体部分は手つかずに残っています。現場ルポを参照して下さい。)

ブログ連歌(219)

4359 次世代に 豊かな山河 渡したき (みどり)
4360  願いは遠く 牙は研がれる (うたのすけ)
4361 豊国を 汚せし東電 ほっかむり (霞)
4362  国土破れて 企業は在りや (建世)
4363 この一瞬 過去と未来と 宇宙に通じ
4364  責任無しや 億の人々 (ハムハム)
4365 この国が 戦争将棋の 駒になる (建世)
4366  平和なにより 縁台将棋 (うたのすけ)
4367 九条で 端からアメリカ 指南する (建世)
4368  端から中国 ついでにロシアも (霞)
4369 憲法の 原則持てば 理想産む (恩義)
4370  任重くして 道遠けれど (建世)
4371 難病へ 細胞治験 進みゆく (みどり)
4372  あしたを開く 英知もあって (建世)
4373 幸せは 軍事力では 守れない (えいこう)
4374  国の品格 それで勝負を (うたのすけ) 
4375 無駄やめる わかってそれが なぜ出来ぬ (建世)
4376  乗りかかった船 とはちと違う (うたのすけ)
4377 ギャンブルも 百億円の 三代目
4378  会長の名に 似合わぬ軽さ (建世)
4379 罪深き 坊ちゃま知らぬ 貧の闇 (みどり)
4380  金で救える 命もあるに (建世) 



税が足らぬは工夫が足らぬ?

 税制改革の議論が消費税一辺倒で、格差是正や社会健全化の方向が少しも見えないのを不思議に思っています。古来、税金集めは政府の腕の見せどころでした。「おもしろい税」で検索していたら、じつにいろいろな珍税が出ていました。
 「犬税」「馬税」あたりは今の自動車税のようなものかもしれませんが、ロシアのピョートル大帝の「ひげ税」は有名です。中世ヨーロッパの「死亡税」は何ごとかと思ったら、土地の借地権を相続するための税金でした。日本でも明治時代には「菓子税」がありました。トランプカードや花札などにかかる「トランプ類税」は消費税導入の1989年まで続いていたので、私もよく覚えています。
 家屋にかけるものとしては広く知られる「窓税」とか、日本の江戸時代には「間口税」があったので、京都など古い町では奥に細長い家が多くなったと言われます。東京の豊島区には、狭いアパートの建築にかける「ワンルーム税」があって、地域のスラム化の防止に効果をあげているそうです。これは現役の条例です。
 では現在ならどんな新税が考えられるか、人によっていろいろでしょうが、さしあたり「茶髪税」「マニキュア税」「夏のへそ出しルック税」「携帯ゲーム税」などはどうでしょうか。私はインターネットが無料で使えることに対する違和感が、今でも消えません。何らかの「インターネット利用税」が導入できたら、莫大な公共の財源になることでしょう。
 それよりも現実的なのは「為替・証券取引税」の積極的な導入です。世界が合意しないと効果がないという問題がありますが、一国だけでも先行例を作れないものでしょうか。資本の流動つまり所有権の移転に課税できるかどうかは、資本主義を政治の制御下に置くことができるかどうかの、根源的な問題だと私は思っています。
 そのほかにも、所得税の累進性つまり所得再配分機能の回復など、手をつけるべき税制改革が話題にならないのは、どうしてでしょうか。増税の話をすると選挙に負けるからというのでは、あまりに無責任です。だいたい税金を「取られる」ものだと思っている国民も悪いのかもしれません。安全で平和な暮らしのために、みんなで分担する保険料だと思えばいいのです。
 喜んで保険料を払えるような、信頼できる会社(国)であってほしいのはもちろんですが、日本の国は、まだまだ支えるに足りる価値があると私は思っています。

経産省前に反原発テント村

 霞ヶ関の経産省前に、反原発のテント村が出来ています。私よりくわしくご存知の方も多いでしょうが、若者のハンガーストライキが発端になって、福島の母親たちや、いろいろな賛同者が集まるようになり、今日で71日目になるということでした。大衆運動としてかなり大きな事件だと思うのですが、マスコミではほとんど紹介されていません。どんなことになっているのか見に行ってきました。
 場所は経産省の西北角に当る敷地内です。地下鉄霞ヶ関駅A12番出口を上ったところにあります。右から古い順に、第1から第3まで、3つのテントが並んでいて、ここに昼夜を通して人が詰めています。場所の使用については、「申請は出しているが受理されていない」状態で、省側は「立入り禁止の札は出しているが当面排除はしない」という微妙なバランスで今に至っているということでした。
 テント村には夜間の電灯がありますが、それは太陽光パネルと発電機を併用した「地産地消の自立電源」です。周囲には機動隊の車両も並んでいるのですが、おもに右翼の襲撃に備えているようだということでした。
 周囲にとげとげしい雰囲気はなく、気の合う仲間のたまり場という感じでした。たまたま「大きな古時計」を歌っている人がいて、私も唱和して歓迎していただきました。名前を記帳して、できれば少額のカンパでもすれば、その場で村の仲間として扱われます。親しげに話している人たちが、「私たちも今日ここで初めて会ったの」と言っていました。
 弱くなっていると言われるコミュニティーが、ここでは確かに成り立っています。いつまで続くかわかりませんが、東京の新名所として訪ねてみるようお勧めします。日本が変るかもしれない大事な芽吹きが、ここで始まっているのではないかと思いました。






周辺を固める機動隊


テントの中には電灯も


テント裏の太陽光発電パネル





みんなのエネルギー・環境会議(第2回)に行ってみた

 昨夜は東京工大を会場とした「みんなのエネルギー・環境会議」の討論会を聞いてきました。「リアルな原発のたたみ方」(橘川武郎)と題する問題提起を受けて、飯田哲也氏など5名の論客が討論を展開し、会場からも質疑を受けるという構成でした。
 討論は活発で、きっちりした時間配分による進行も円滑でしたが、論者の主張が具体的に説明される時間が短いため、初めての参加者の立場からは、互いに「わかっている」者同士の内輪の討論を聞かされているような感じもありました。そこが講演会との違いでしょうが、単なる脱原発論議だけでは論じ尽くせない「現代文明とエネルギー・環境問題の中にある原発」という広がりのある議論が聞けたのは収穫だと思いました。
 ヨーロッパでは脱原発を国是としたドイツと、原発を主要なエネルギー源とするフランスが隣接しているように、原発が現代社会の一部分として組み込まれていることは事実です。これを過渡的な電力源としてどこまで容認するか、各国の事情により左右されることは避けられません。地震国の日本に不向きであることは議論の余地がないと思うのですが、それにしても「すぐに全廃」から「使えるものは使いながら漸減」まで、多様な選択肢があります。
 原発の危険コストを正確に計算して、あとは市場原理に任せるという案まで出てきましたが、最後は政治的判断と国民の合意が決め手になるという点では一致していました。再生可能エネルギーの普及を促進する政策についても同じことが言えます。
 あと、世界の人口70億人のうち、12億人はまだ電気を自由に使えないでいるという話が印象的でした。生活用の電力だったら、地産地消型の自然エネルギー発電こそが福音になるだろうと思いました。そのほか、今は沈黙させられている原発推進論者にも発言させるべきだとの意見もありました。産業用の大電力をどうするかという問題です。工業団地の中心に原発を置いて自立した電力供給圏を作ることが可能でしょうか。
 それにしても、飯田哲也氏の弁舌が、やはり光っていると思いました。論旨と説得力がすぐれているのに加えて、よく通る天賦の声質も、リーダーとして大事な要素です。飯田市で展開していた小水力発電の市民投資ファンドも完売して、建設工事が順調に始まるとのことです。そうした実践活動を地盤とした上に立って、やがては日本の針路を託されるような立場になることを期待したい人物の一人です。

西向くアメリカ

(熊さん)野田総理は、こないだハワイに行ってTPPとやらの話をしたと思ったら、今度はインドネシアのバリ島でASEANの首脳会議だって。政治家の商売も、いろいろ忙しくて楽じゃないんだね。
(ご隠居)そうさな、TPPにはアメリカ、オーストラリアと東南アジアの国が入って、地図で言えば太平洋の右側から南側へ伸びてきてる。ASEANには日本、中国、韓国も参加することが多いから、東アジア全体をすっぽりまとめる形になるな。太平洋に張り出してる日本は、その両方の結び目みたいな位置にあるわけだ。どっちにも気を使わにゃならんから大変だな。今年から東アジアサミットには、アメリカとロシアも参加するから注目されてるようだ。
(熊)なんでアメリカやロシアが東南アジアに出てくるんですかね。
(隠)影響力の大きい国だから、ASEANの事務局も歓迎してるようだ。アメリカは「太平洋国家」と名乗ってるくらいだから、呼ばれなくたって参加したいだろうよ。
(熊)アメリカは、ヨーロッパの方がずっと近いのにね。
(隠)そうだよ、もともとはヨーロッパと縁の近い国だ。第二次世界大戦だって、ナチスドイツとの戦争が最優先だったが、日本が後ろから殴りこみをかけたもんで、太平洋の全域を占領する結果になった。アメリカを太平洋に呼び寄せたのは日本だったとも言えるんだよ。その前は、日本がアジアを代表して太平洋の西半分を支配してたんだ。
(熊)ご隠居は古い話が得意だからね。でも今はアメリカが直接にアジアへ出てこようとしてるわけでしょ。
(隠)うん、アメリカを中心にした地図で見ると、東側のヨーロッパや中東は、経済的にも軍事的にも行き詰まりの状態で、新しい手を打てなくなってきている。これからアメリカが伸びて行けそうなのは、西側の太平洋とアジアしかないというわけだ。そこで気になるのが中国の軍事力と経済力なんだな。だから占領政策を通して仲間に引き入れた日本を、上手に使って軍事的にも経済的にもアメリカの拠点にしておきたいわけさ。
(熊)いつまでも前の戦争の跡を引きずってるみたいで、あんまり気分よくないですね。
(隠)そうだよ、そろそろ「日本はこれで行きます」という将来ビジョンがほしいところだ。軍事力に頼らないで中国ともいい関係を作って、アジアの中で信頼される国になるのが一番だな。野田政権でじっとがまんしてるのもいいが、その間に少しでも日本の自立に向けた外交を進めてほしいものだ。

ブログ連歌(218)

4339 財界の ご機嫌取りの TPP (霞)
4340  日本列島 冬枯れを待つ (建世)
4341 沖縄に 風吹きわたり ジュゴン哭く (みどり)
4342  言わずと知れた 環境評価 (建世)
4343 我が国の 平和外交 誇らかに (みどり)
4344  経済覇権を 敢えて求めず (建世)  
4345 大相撲 客席まばらで 泣けてくる
4346  無気力相撲 相も変わらず (うたのすけ)
4347 国籍の 自由化相撲が 先行し
4348  再建いかに 国技と言えど (建世)
4349 慰めは 稀勢と琴との 活躍に (うたのすけ)
4350  国産横綱 復活を待つ (建世) 
4351 内視鏡 作る技術が 泣いている (霞)
4352  会社の中の 病変見えず (建世)
4353 米だけは 望み潰えて 天仰ぐ
4354  神に仏に 縋る術なし (うたのすけ)
4355 生受けて 真面目一筋 それなのに
4356  むごい仕打ちに 涙も凍り (うたのすけ) 
4357 放射能 どこまで続く ぬかるみぞ (建世)
4358  豊葦原に 燎原の「毒」 (ハムハム)
4358B  耳に悲しく お国訛りが (うたのすけ)
4359 次世代に 豊かな山河 渡したき (みどり)
4360  願いは遠く 牙は研がれる (うたのすけ)

株式非公開のすすめ

 企業が不明朗会計などの不祥事を摘発されると、とたんに株価が急落して話題になる。製品が優秀で国際競争力が充分であっても、経営体質が問題にされて、会社の存立そのものが揺らぐような事態になるのだから、経営者の責任は重いと言わなければならない。それはその通りなのだが、最近の株価動向を見ていると、株価は本当に企業を評価する物差しになっているのか、疑問を感じることが多くなってきた。
 株式投資とは、本来は多くの人が企業の目的に賛同して経営に参加し、利益が上ればそれを分かち合うことが基本だった。株式を市場に上場して、広く一般の人々が買えるようにしたのもその延長で、企業は直接に不特定多数の人々から資金を集められるというメリットもあった。しかし今や、そんな建前とは別な思惑で取引される株の方が圧倒的に多いだろう。
 言わずと知れたことだが、株の売買は、株価の上下で利ざやをかせぐギャンブルになった。外国人投資家も入っているから、日本株の評価も公正とは思えない。ニューヨークの株価をなぞって上下している間に、異常な安値圏に落とされた上、さらに暴落などと脅されている。そのうち安値にしておいて敵対的買収などが始まらないかと心配になる。
 株式会社は株式公開が義務ではない。日本でもロッテ、サントリー、竹中工務店などの有名企業が株を非公開にしている。ファスナーで世界制覇しているYKKも同様である。株を市場で売らなくても、希望者がいれば会社の承認のもとに株を売ることはいくらでもできるし、金融機関からの融資にも何の問題もない。不安定な株主がいないことは会社を安定させ、経営者は社外の雑音を気にしないで経営に専念できる。
 株を東証第一部に上場するというのは、これまでは会社の「出世コース」だった。潤沢な資金が調達でき、会社の知名度が上り、創業にかかわった人たちは株価上昇による莫大な利益を手にしてきた。その他、株の分割といった「錬金術」で驚くべき財をなして有名になった人もいた。
 しかし、投機資本が荒れ狂う現在の株式市場に会社の評価を任せておいていいものだろうか。企業の社会的役割と責任を自覚し、自社の経営に自信のある経営者なら、この際、株式市場から撤退するという選択肢もあるのではなかろうか。小さな株式会社を二つ作った経験しかない私だが、もしも自分の会社が大きくなっていたとしても、そんなふうに考えるのではないかと思っている。

「水主(かこ)町官有地103番地が消えた日・広島県病院看護婦たちの8月6日」を読む

 広島の深山あかねさんから送っていただいた図書の紹介です。編著・河合藤子、発行所は広島市の(有)家族社、1996年の発行です。編著者は深山あかねさんのお知り合いのようです。
 昭和20年当時の県立広島病院には、全員寄宿制の看護婦養成所がありました。4年制ですが3年生以上は看護婦免許を取得して希望の科で勤務しながら学びます。昭和19年からは戦時特例で短縮され、6ヶ月以上の講習で看護婦試験の受験資格が与えられました。最後の入所者は20年4月に入寮した1年生でした。
 当時は医療者には「防空医療従事命令」が出されており、空襲の際の医療に従事することは義務であって、許可なく勤務地を離れることも禁じられていました。養成所の看護婦たちも、もちろんそれに従うこととされ、講習中の1・2年生も同じ立場と思われていました。このことが、後に講習生の公務死認定の問題を引き起こします。
 この本は「慰霊」「祈り」「思い出」の3章からなりますが、少数の生存者の手記と、死亡者と遺族間の手紙や回想、関係者の証言、資料・公式記録などを集成したものです。中でも目立つのが、被爆直後は元気に看護婦として奮闘していたのに、自らも原爆症で亡くなって行った人たちの事例です。わずかに生き残った一人は、原爆資料館ができたとき「あんなものじゃないと思った」という感想を残しています。
 それと、被爆当日の記録から読み取れるのは、早朝から出ていた警戒警報が解除されて、人々がちょうど現場について平日の作業を始めたときに原爆が炸裂したという、タイミングの不運さです。日本軍の防空能力はそこまで落ちていたのかと、慨嘆せざるをえません。
 養成所の犠牲者たちは、戦後も長く医療者としての公務死亡の認定について差別を受けてきました。「従事指令書」の提出がないという理由で却下されたのでした。このために生存者と遺族が連絡を取り合って、各種の証言や資料を集めて厚生省援護局に陳情した結果、終戦から34年後の昭和54年(1979年)に、ようやく講習生の公務死が認められたということです。
 この運動があったからこそ、記録としてのこの本が出版できたのでしょう。日本という国は、さまざまな記憶を持っています。古いことは早く忘れたいと思う人もいるでしょうが、やはり知っている人は語らなければなりません。それは、同じ過ちを繰り返さないために必要なことなのです。

TPPを大相撲で考えてみた

 九州場所が始まったが、人気がいまいち高まらないようだ。賭博や八百長相撲などの問題で大揺れになり再建途上の「国技」だが、外国人力士の受け入れでは、むしろ先行して国際化しているのだから面白い。
 高見山や小錦の時代まではハワイ出身者が多く、珍しさもあって人気者だった。外国人が日本人と同じように部屋住みとなって稽古を積み、苦労が多いだろうに日本語も上手になって行くのは、いじらしいようでもあり、好感を持たれたのだろう。
 その後、曙、武蔵丸が横綱となり、しばらくは日本人横綱との取組みもあったが、貴乃花、若乃花の引退後は、日本人横綱は出なくなった。その後の頂点を朝青龍がつとめたのだが、奔放な言動で物議をかもしてしまった。対抗できる日本人力士がいないために、やんちゃものとして許される余裕がなく、「国技の品位にそぐわない」として引退に追い込まれたのは不運だった。
 その後は上位で活躍する力士は外国人が多くなった。各部屋1人と制限をつけ、枠外で日本に帰化するという抜け道も禁じたのに、活躍が目立つのはなぜだろう。身体的優位もあろうが、母国を離れて日本の相撲で立身出世するという、不退転の決意が固いのではなかろうか。そのためか、いわゆる先進国からの外国人力士は少ないようだ。
 つまり外国人力士は日本に馴化することで大相撲の上位を占めるようになった。これを国際化による「国技としての大相撲」の隆盛として、心から喜ぶことができるかどうかで、日本の観客は試されているのではないだろうか。国際化を歓迎するなら、かつての柔道がそうしたように、国際ルールを決め近代スポーツとしてオリンピックへの参加をめざす道もある。
 しかし、今の髪結い、まわし、呼び出し、行司などの伝統的な様式を捨て去っても大相撲の魅力が守られると思う人は少ないだろう。そうすると、大相撲は今の伝統様式のすべてを含めて保存する価値があるということになる。その場合、実力本位で上位者が外国人ばかりになり、優勝者が外国語でインビューに答えるなどは自殺行為になる。
 外国人力士は、誰もが驚くほど日本語が達者で立ち居振る舞いも日本化している。その限りにおいて遠来の苦労をねぎらい、拍手を送ることができるのではないか。日本人力士がそれに刺激を受け、発奮して上位をめざしてくれるのを期待したいのは、言うまでもない。
 国際化時代といえども譲ってはならないものがある。大相撲の外国人力士問題を、日本の伝統と国際自由化の問題の一つと考えると、興味深い試金石に見えてくる。

下村治の「日本は悪くない」を読む(3)

 著者の思想の根底は「経済(経世済民)は人間ためにある」としています。この対極にある思想は「経済のために人間がある」でしょう。新自由主義も人間が不要とは言いません。経営力としての人間や、労働力としての人間の価値は認めています。しかし優先順位が反対なのです。
 ですから著者は、まず「日本列島で一億二千万人(当時の人口)が生きられる道」を考えたといいます。そこから「国民経済優先」の政策が導かれました。所得倍増計画は、アメリカの消費力に吸引されて過熱し、バブル崩壊の破綻を招きました。だから「悪いのはアメリカだ」の結論になるわけです。日本人が貯蓄に熱心で輸入品を買わないという非難も、堅実な国民性は大事な美質だから「余計なお世話だ」と切り捨てています。
 今回のTPP交渉に関連して、アメリカ側から重要項目として「郵政(ゆうちょ銀行)優遇の見直し」が早くも出てきていますが、巨額の郵便貯金は、早くからアメリカにとって目障りだったに違いありません。アメリカの金融資本にとって、日本進出の最大の障壁と見ているのでしょう。下村氏は郵貯については何も語っていませんが、以下は私の判断です。
 全国一律のサービスである郵便集配と一体化して整備された郵便貯金は、日本人のもっとも身近な金融機関として庶民生活に溶け込んでいます。生活の金は郵便貯金、事業資金は銀行という住み分けもできていました。このネットワークは、資本主義によらない国の経済政策に威力を発揮する可能性があります。
 将来、国民への給付と徴税を一体化した「国民登録番号制度」が確立したとき、郵便貯金が健在であれば、全国民が給付と納付のための統一された預金口座を持つことも不可能ではありません。これは経済政策の端末として、公正で正確な事務の実行に使えるでしょう。民営化を急ぐことなく、国営にもどす道を残しておくべきだと私は思います。
 著者も経済成長が不必要などとは言っていません。ただ、人間の幸せを犠牲にしてまで経済成長を急ぐ必要はない。行き過ぎたら戻ればいいと言っているのです。最後に「論理的にアメリカを説得して、現在の異常な経済運営を改めるよう働きかけるほかない」と述べているのですが、野田総理にそれだけの見識を期待するのは無理のようですね。
(追記・「マスコミに載らない海外記事」さんから当記事にいただいたトラックバック、ラルフ・ネーダー氏の「日本の郵政民営化についての書簡もごらん下さい。)

下村治の「日本は悪くない」を読む(2)

 この本が書かれた当時の日米間の最大の問題は、貿易の不均衡による「貿易摩擦」でした。アメリカの地方議員たちが、輸入された日本車を「悪の根源」として叩き壊すパフォーマンスをしていた時代です。「日本は悪くない」という題名は、その時代背景でつけられました。しかし問題の本質は、今も少しも変っていないのです。
 日本からアメリカへの輸出が急増したのは、日本が押し込んだというよりも、アメリカが強力に吸い込んだのです。大減税を皮切りとする景気浮揚策でアメリカ国内の消費は刺激され、「安いものは何でも外国から買ってくる」政策が徹底しました。池田内閣が掲げた「所得倍増計画」は、実際は「所得4倍増」になったのですが、そのかげにはアメリカの野放図な消費拡大があったのです。その結果としてアメリカ製造業の崩壊が始まったのに、その責任を日本に押し付けるのは筋違いというものです。
 節度のない貿易の自由化が国内産業を破壊するという事実を、アメリカは世界に先駆けて自ら経験したのですが、アメリカはこれを教訓として引き返すことをしませんでした。そこにはアメリカの国益よりも企業の利益を優先する多国籍企業の圧力があったに違いありません。というよりも、アメリカという国家自体が、経済を動かす巨大企業の集合体と考えた方が実態に近いのかもしれません。そこでは国内の雇用や福祉を優先する「国民経済」を守ろうとする勢力は、常に少数派なのでした。
 オバマ大統領が「チェンジ」を唱えて期待されながらも、強い抵抗に悩まされて妥協を重ねている姿は、国の基本路線を変えるということが、絶大な権限を持つアメリカ大統領の力をもってしても、いかに難しいかを示しているように思われます。
 巨大企業にとっては、経済活動さえ順調にできれば、場所は世界中のどこでもいいのです。未開発の土地が開発され、低所得の人たちに現金収入を与えられるのですから、世界に福音をもたらすと考えるのも間違いではありません。しかしそれは世界に単一の価値観が通用すると仮定した場合にのみ成り立つことです。
 気候風土が違い、それぞれに長い歴史に裏付けられた宗教や気質や生活習慣を持つ世界の国々を、経済効率という一点でのみ評価して指導することが正しいのか、自国の産業を破壊してまでそれを急ぐ必要があるのか。アメリカという国への理解が深まるにつれて、疑問は大きくなるばかりです。

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
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