志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2012年02月

「カオスの深淵・市場の正体」を読む

 朝日新聞1面の連載「カオスの深淵」の第4回は「市場の正体」でした。市場を駆けめぐる「マネー」は、私たちが日常の買い物で使う「お金」と同じものです。しかしその働き方は、とうてい同じものとは見えません。最近は国際金融市場で動く金を「マネー」と呼ぶことが多く、「お金」と違う感覚でとらえるようになりました。この感覚は正しいと思います。
 しかし、違う世界の「マネー」が、実際には圧倒的な力で私たちの「お金」を支配している。コンピューター上の損失が、零細な庶民の年金まで召し上げるようなことになっては放置しておけません。マネーをどうしたら本来のお金に戻すことができるのか。私がこうした解説から読み取りたい課題は、そこにあります。
 今回の解説によると、現在国際市場に出回っている余剰な資本は、100兆ドル以上と見積もられるということです。円の単位にすれば兆の一万倍の「京」を使うレベルで、これは全世界のGDP合計の2倍近くであり、この10年間で倍増しました。世界の経済は、それほどたくましく成長したのでしょうか。そんなことはありえません。
 マネーの増殖には、原価はかからないのです。投資のリスク分散のために新しい金融商品を開発すれば、そこに新しい価値が生まれます。その価値を担保するために保険をかければ、それもまた新しい価値になります。ついには権利関係が複雑になり過ぎて、誰にも内容がわからない状態になるから、デフォルトが起きると恐慌が連鎖するのです。
 この実体のない架空の価値が弱点をさらしたとき、意外な結果が出てきました。ギリシャの国債が破綻の危機に陥ったとき、各国が自主的な債権放棄に同意したところ、実際の損害額は、見かけほど大きいものでないのがわかったというのです。つまり、債権の買い手と売り手が同一である場合が多く、差し引きすると「保険金」の支払いは、当初の20分の1以下で済むことがわかったというのですから驚くほかはありません。子供の銀行遊びでも、これでは「詐欺だ」といって非難されるでしょう。
 落ち着いて考えれば、右手と左手に同じ額面の債権と債務の証券を握って、金持ちになったといい気になっていたようなものです。デフォルトしてみれば、やはり無から有は生じないという原点に戻るしかなかったことになります。しかし、それで免責にはなりません。
 ひたすら利益を求め、最新のIT技術を駆使して世界制覇に向かうマネーを、世界の福祉増進や環境保全に役立つ「お金」に立ち返らせることができれば、人類には明るい未来があります。核エネルギーと並んで、マネーを制御することは、人類の二大課題となりました。

素人が投資で儲けるのは難しい

(熊さん)投資顧問とかいう偉そうな名前の会社が、民間の年金資金を預かっておいて、パーにしちまったんだってね。
(ご隠居)ああ、利率がいいからって預けたんだろうが、今の世の中、そんなにうまく金が増やせるわけはないさ。年金を払う側としちゃ、少しでも財産を増やしたいと思ったのが仇になったんだな。結局は儲け話につられたネズミ講みたいなことになっちまった。
(熊)素人には難しいから、投資のプロが預かりますってことですよね。
(隠)それがさ、プロがやったってダメなときはダメという当たり前の話だ。だからリスクの分散ということで、複雑に組み合わせた金融商品なんてものが次から次へと作られる。それが不景気で破綻すると、みんなが不安になって早逃げしようとするから余計に混乱する。そんな悪循環を繰り返してるのが金融投資の世界なんだよ。
(熊)でも、それで儲けてる人もいるんでしょ。
(隠)格付け会社なんてのは、格付けの手数料を稼げるし情報も早いから、まず損はしないだろうね。新聞の解説を読んでたら、格付け会社は競馬の予想屋みたいなものだと書いてあったよ。予想が当らなくたって責任を取るわけじゃない。ただ、予想屋の言うことで世の中が動かされて、予想の通りになるということもあるんだ。馬は予想屋が何を言ってるか知らないで走るが、人間は回りの空気を読んで行動しようとするからね。しかもそれをコンピューターのプログラムにしてるんだから、個人じゃ太刀打ちできないってことだよ。
(熊)ところでご隠居も株の取り引きやってるでしょ。
(隠)ここだけの話だが少しはな。しかし難しいものだ。いろいろ考えたつもりでも、結局は平均株価と同じ率で上下してるだけの結果だよ。大震災後の暴落で、狼狽売りをしたのが痛かった。
(熊)ご隠居でもやっぱりそうですか。いろいろ本も読んでるだろうに。
(隠)波を見ていて、低いところで買って高いところで売る。それだけの簡単なことに見えるから間違うんだな。穴を狙おうなんて思うと、たいてい失敗する。長い目で見ていて、堅実な会社の配当も計算に入れて、定期預金より少しは利子がいいぐらいのところがよさそうだ。誰かの本に書いてあったが、株取引もマクロで見れば、手数料と税金を取られるだけのシステムになる。宝くじを全部買い占めれば、必ず損をする話と似たところがあるんだよ。
(熊)ふーん、濡れ手で粟なんてわけには行かないんですね。
(隠)それだけに、大きなシステムを揺さぶって利益を増やしている連中からは、しっかり税金を取ってやりたいものだよ。

ブログ連歌(237)

4719 欲望と 幼き命 引き換えに
4720  オトコとオンナの 痴情の果てか (うたのすけ)
4721 罰あたり 少子化なのに 持て余す (建世)
4722  エン無し時世 子作りできぬ (恩義)
4723 金は縁 切れ目であれば また始め (恩義)
4724  未来を築く 礎石ともなる (建世)
4725 ファッションショー 練炭女の 狙いとは (うたのすけ)
4726  色気で誘い 食い物にする (建世)
4727 情けなし 結婚えさに 悪の華 (みどり)
4728  色と金とに 弱いが男 (建世)
4729 世の中にゃ そんな悪女が 稀でなし
4730  受難の予備軍 絶えることなし (うたのすけ)
4731 人は皆 生まれながらに 悪ならん? (ハムハム)
4732  わが連れ合いは 例外なるや? (建世)
4733 人の性 善悪ならず 性弱説 (恩義)
4734  言えて妙なり 座布団一枚 (建世)
4735 あら不思議 悪にあらざる 性 悪に (ハムハム)
4736  善悪混ぜて これが人間 (建世)
4737 弱くとも ええ知恵集め 英知なり (建世)
4738  塵も積もれば 山なる質へ (ハムハム) 
4739 一日を 得したような うるう年
4740  しばしの怠惰 わが身に許す (建世)

ヒューマン「そしてお金が生まれた」で考えたこと

 昨夜のNHK「ヒューマン・なぜ人間になれたのか」の最終回は「そしてお金が生まれた」でした。歴史経過の説明が主で、資本が暴走する現状への考察は少なかったように思いましたが、金とは何かという原点を考えさせてくれるものがありました。
 小麦、羊などの必需品が、貨幣に先行して交換財として用いられた事情は容易に理解できます。それが希少な金属の金を媒介として「通貨」になったとき、今までになかった力を人類に与えました。小麦は腐るけれど通貨は腐らない。限りなく蓄えて未来に備えることが可能になったというのです。
 しかしそれは、部族で得た食料は全員で平等に分け合う自給自足経済からの決別でもありました。通貨を集める能力の違いは人々を分断します。しかしそれなくしては、職業の発達も、都市の成立も、文化の成立もありえませんでした。「お金は人々に未来を与えた」という説明が重く心に残りました。こう考えると、人と動物とを分けたものとして、通貨の重要性がよくわかります。
 ところが同じ日の新聞には、通信回線の高速化は1000分の1秒を争う段階になっているとの記事がありました。金融決済は先着順に受け付けられるので、わずかな高速化でも巨額な投資に値するというのです。そして、現在の取引は人間が判断して決められるレベルではなく、設定されたコンピューターのプログラムにより、わずかな時間差をぬって利ざやを稼ぐ状態になっているとの解説がついていました。これでも所有権の移転を伴う人間同士の取り引きと言えるのでしょうか。
 消費税が世界的に有用な現代の税制だというのなら、為替取引や証券取引にこそ率先して適用すべきだというのが私の持論です。所有権の移転ごとに国際共通税をかければ、投機目的の短期取引を抑制することができ、その一方で低率であれば、本来の貿易や投資のための取り引きには大きな障害になりません。税率は状況を見ながら適切に変動させればよいのです。
 人間に未来を与えた筈の通貨が、今は人間の生活感覚とは無縁な世界で暴走し、多くの人々の未来を奪っているのですから、これほど大きな皮肉はありません。通貨の適切な管理は、今や核エネルギーの管理とともに、人類最大の課題になったと言ってもいいでしょう。
 為替取引に一万分の一の税をかけるという「トービン税」は古くから提唱されていて、最近でも時々は小さなニュースで見るのですが、このささやかな新しい税源さえも、なかなか実現しません。有用な人間の家僕であった通貨を、再び人間の制御の下で働かせるには、税制という手綱をつける必要があるのではないか。まさに「手綱を握って馬に乗れ」だと、改めて思いました。

わが家のローテク自動ドア

 きょうは、わが家が誇るローテク自動ドアをご紹介します。ここ20年近く好評のうちに使われていて、実績のある装置です。



 玄関から居間に通じるドアは、人の出入りのもっとも激しいドアですが、暖房、冷房の空気が逃げやすい場所でもあります。建築当初は通常の金属製アームがついていたのですが、この動作が重くて不評でした。そこで連結を外したところ、孫たちも小さかったし、閉め忘れが続発しました。



 そこで工夫したのが、自然に静かに閉まるドア装置です。動力はテグスで吊るしたペットボトル。中の水の量で閉まる速度が調節できます。ドアのロック穴はガムテープで塞いで、ハンドルに触れることなく、押しさえすれば常に軽く開くようにしました。



 使用器材は、ペットボトルとテグス以外は、3本の丸型ネジ金具とゼムクリップ1個だけです。金具は、真鍮製のものは柔らかく溝が出来やすいので、鋼製のものがよろしい。テグスは丈夫なもので、年に一度ぐらい切れるかどうかという耐久性があります。あらかじめ余裕を持たせて結んであるので、切れた分だけ伸ばして結んでやれば、すぐに復旧します。テグスは婿殿の釣り用具から提供して貰いました。
 通った後で、ひとりでに閉まる音を背中に聞くのは、気分のいいものです。開発者の私が満足しているだけでなく、家の全員から評価されていると自負しています。私が今も管理責任を放棄していない、残り少ない分野の一つです。
(追記・すき間のグレーは、衝撃音を抑えるクッションです。)

貯金は何のためにしてたのか

(熊さん)ご隠居、久しぶりじゃないですか。
(ご隠居)ああそうだな、世の中どうも落ち着かなくていけない。政治は八方ふさがりになってきた。たしかなことは、何をするにも、国には金がないってことだけだな。
(熊)日本の国って、本当にそんなに貧乏になっちまったんですかね。
(隠)それが問題なんだ。どうもわしらの実感とは違うな。国の借金が大きいのも、これから若い者の負担が重くなるのも本当だろうが、余るところには金は余ってるとしか思えない。
(熊)そりゃ、一体どういうことですか。
(隠)話を一つの家族だと思ってごらん。一人の若者が一人の老人を養うのは大変だという話ばかり言われてるが、一人の若者には二人の親がいて、その上には四人の祖父母がいる。結婚相手にも同じように両親と祖父母がいるから、夫婦なら合計で十二人になる。この十二人がみんな貧乏だったと思うかい。そうじゃなかろう。
(熊)ああそうですね、近頃の孫は、お年玉を方々から貰うって話は、よく聞きますよ。
(隠)しかもその親たちは苦労した経験があるから、しっかり将来に備えていた人が多い。わしだって老後に働かずに国から年金を貰えるなんて、思ってもいなかったよ。死ぬまで自分の責任だと思ってたさ。もちろん貧しい老人は少なくないだろうが、全部がそうじゃない。そこそこの暮らしをしていた老人たちの住んでいた家や貯金は、最後には子や孫のところへ行くしかないだろさ。
(熊)そりゃそうですよね。少子化時代の子供は、貰える相手が多くなる。
(隠)大きな声じゃ言えないが、わしの両親も連れ合いの両親も、それぞれに亡くなったときには、そこそこの財産を残して行ってくれたよ。それを子や孫のために使ってやろうと思うのは自然な流れだ。減税のおかげで、ほとんど相続税がかからなかったのにも驚いたが、助かった。 
(熊)ふーん、羨ましい話だね。黙ってりゃ誰にもわからない。
(隠)そうだ。だがな、これは国全体の話にしなくちゃいけないと思うんだ。老人の蓄えは、本人の安心できる老後生活と、子孫のためにきっちりと使ってやらなくちゃいけない。これは個人任せにするだけじゃなくて、国の政策として取り組むべきなんだよ。個人資産の把握というのは難しいものだが、相続税は大事なチャンスなんだ。年金給付の不公平も、年間総合所得にきちんと課税すれば大幅に緩和できる。人口が減ることは、ピンチでなくて、これから生きていく人たちが豊かになるチャンスになる筈なんだよ。
(熊)そうですよね。家だって土地だって余ってくる。
(隠)金だって余ってくるんだよ。足りないのは、それを生かす工夫と制度なんだ。この20年の経済政策はひどいものだったが、日本の国は決して貧乏じゃない。金の回し方が下手なだけなんだ。

ブログ連歌(236)

4699 医学にも 貢献の技 誇りしに (みどり)
4700  あらま欲しきは 社内視鏡か (建世)
4701 再稼働 虎視眈々 何ゆえに (うたのすけ) 
4702  あきらめ悪い 官僚の弊 (建世)
4703 また地震 度に縮める この命 (ハムハム)
4704  脱原発が なにより急務 (建世)
4705 マスコミは 電力不足と 吠えている (うたのすけ)
4706  それでも回る 暮らして行ける (建世) 
4707 廃れ行く 社会にぞ人 輝かし (恩義)
4708  正邪はいずれ 後の世に知る (建世)
4709 光市の 光と闇の 十三年 (うたのすけ)
4710  命もて命 購い得るや (建世)
4711 十字架に 贖罪負うは 神のみか (みどり)
4712  現世をいかに 復活の日よ! (建世)
4713 極まりし 希求の遙か 啓けゆく (みどり)
4714  せめて万年 安泰であれ (建世)
4715 飢え死にを よくもせなんだ 敗戦時 (うたのすけ)
4716  とんからりんの 隣組あり (建世)
4716B  今経済に 敗戦し飢餓 (恩義)
4717 TPP 三国同盟 思い出し (建世)
4717B 憲法を 敵視の布陣 じわり輪に (みどり)
4718  悲しからずや 理想なき国 (建世)
4719 欲望と 幼き命 引き換えに
4720  オトコとオンナの 痴情の果てか (うたのすけ)


映画「医(いや)す者として・映像と証言で綴る農村医療の戦後史」を見る

 日本の医療を守る市民の会からのお知らせメールのおかげで、東中野ポレポレで上映中の映画を見ることができました。本日16時15分から、同所で最終回の上映があります。これは長野県の佐久総合病院で、地域医療の先駆的な活動をした若月俊一医師の業績を伝えるとともに、日本の医療の過去と現在そして未来への展望をも示してくれる、非常にすぐれた記録映画です。
 長野県の医療が先進的であることは、今までにも断片的には聞いていましたが、この映画には佐久病院映画部が制作してきた広報映画や豊富な映像資料が生かされているほか、関係者の証言もていねいに集められており、農村医療のみならず日本医療の全体像が浮かび上がってきます。誇張ではなく、日本の医療を知るためには、20冊の本を読むにもまさる資料だと思いました。
 映画の中で、若月氏の言葉として「二足のわらじ」ということが言われます。外科医として最先端の技術を保つとともに、医療を地域の農民にまで届かせなければならないということです。それを象徴するのが、外科手術室にガラス張りの観覧窓をつくり、見学者に自らマイクで説明しながら執刀するという発想でした。手術は怖いものという先入観を破り、盲腸炎まで我慢してしまうような農民気質を変えさせるためでした。
 佐久病院が、国の保険制度よりもはるかに先行して実施したのが地域住民の全員を対象とする健康診断と、個人ごとの健康手帳の普及でした。健康、衛生、栄養指導を徹底する活動は、農民の暮らしそのものを向上させる運動でもありました。そして「予防は治療にまさる」という信念は、経済的にも真実であることを実証して行ったのです。若月氏は、まさに医の巨人であったと言うほかはありません。
 当然ながら、佐久病院の環境も時代とともに変ってきました。戦後すぐは過労による農夫症や回虫、妊婦と新生児の衛生などが中心でした。高度成長期には農薬の害や農機具の機械化による負傷が問題になり、やがて農村の過疎と老人の介護が深刻化してきました。そこで必要なのは医療と介護と福祉の連携です。佐久病院は、老健施設と訪問医療の充実で対応してきました。
 いま佐久病院が直面しているのは、高度専門医療と地域医療の両立の問題で、基幹治療センターと地域医療センターの分立が準備されていますが、人的にも機能的にも一体の運営を模索しています。「二足のわらじ」の思想は今も変らないのです。
 映画は最後に生前の若月俊一医師の、まことに適切な言葉を伝えて終っています。「医療の民主化とは、誰でもどこでも良質の医療を受けられるということです。それは医療だけで出来ることではない、地域の民主化と平行して、はじめて実現するのです。」
 なお、この映画は螢哀襦璽弩渋紊稜杁襪如⊆主上映会にも対応しているようです。
http://iyasu-mono.com


「ヒューマン・なぜ人間になれたのか」を見る

 この1月から始まったNHKスペシャル「ヒューマン・なぜ人間になれたのか」を、再放送で見直しました。人間を他の動物から分けたものは何であったのか、発生から現代までをたどる4回のシリーズです。
 人間は生物としては単一の種です。世界にいろいろな人種がいるように見えるのは、住んだ場所に適応したマイナーな変化にすぎません。知的能力でも均一であることは、未開と思われている民族からでも、教育さえ受ければ一代で世界的に通用する人物が現れることからも証明されます。国際結婚でも、子孫を残すのに何の支障もありません。
 この番組では、最新の研究結果を踏まえた新しい推測を加えていて面白いのですが、私の印象に残ったのは、絶対人数の少なさということでした。始祖の人類が誕生してから現代まで20万年のうち、3分の2の長さはアフリカにいたのですが、その間の人口は、最大でも2万人程度だったというのです。気候変動などで、絶滅してもおかしくない危機が何度もあったに違いありません。
 そしてさらに驚いたのは、環境の変化に追われて世界に向けた拡散を始めたとき、その人数は数千人の規模を上回ることはなかったということでした。しかし考えてみればこれは当然のことです。移動手段は歩くしかなく、食料の確保も容易でない中では、大人数が簡単に動けるわけがありません。民族大移動というようなイメージとは違った、食いつめた家族あるいは部族ごとの必死の放浪だったに違いないのです。そして運よく死滅しなかった人たちだけが新しい土地で子供を増やすことができた。
 そこには感動的な人間ドラマが、無数に転がっていたことでしょう。無念にも死滅した人たちの記録を、私たちは知ることができません。私たちはすべて、力と知恵を尽くして生き残った者たちの子孫なのです。これから先も、常に安泰でいられると思ってはいけないでしょう。
 人類はその後繁栄をきわめ、いまや全世界に100億人を予想するまでになりました。そして繁栄をきわめたこと自体が危機となって、私たちの前にさまざまな困難を突きつけています。その中でも最大の危険は核エネルギーの開発に手を染めたことでしょう。外敵ではなく、自分たちの中から最大の脅威を作り出したのは、人類として初めての経験です。
 人類が滅びたあとの地球に到着した知的生物たちが、「なぜ人類は滅びたのか」の特集番組を作るとしたら、どんな構成になるでしょうか。トップシーンに福島原発の映像が使われるのでなければ幸いです。「その悲劇は、小さな島国の原子力発電所の破綻から始まった。この警告が生かされていれば、人類は救われたかもしれない。しかし……」

長妻昭の日本政策学校講義をニコニコ生放送で見る

 昨夜はニコニコ生放送で、長妻昭氏の日本政策学校における講義の生中継を見ました。講義内容は当面の年金制度改革と消費税問題を中心にしながら、厚生労働大臣当時の体験談と公務員制度改革にもふれ、1時間の講義と、会場内および事務局に寄せられた質問による質疑応答を含めて、2時間40分におよびました。
 ニコニコ生放送は、会員でなくても、登録すれば事後にも見られます。登録に必要なメールアドレスは携帯電話でも可能です。下記のアドレスで、当分の間、視聴可能と思われます。
http://live.nicovideo.jp/watch/lv81675444
 長妻氏の講義は、最初やや改まった固い感じでした。地元での国政報告会とは違って、他流試合のような緊張感があったのかもしれません。しかし長妻氏は、一般には舌鋒鋭く迫る論客のイメージがあるかもしれませんが、地は非常に慎重な言動をする人です。ただし納得しない話には安易に妥協しない人ですから、信念を通す頑固さは一流のものです。話術の巧みさで聴衆にサービスするタイプではありません。政策を担当する与党の立場になってから、物言いが重くなったような印象があるのは、ある程度やむをえないのです。
 聞いていて生き生きとして面白かったのは、質問に答え大臣としてどんな日常を過ごしていたかを語った部分でした。国会の開会中だと、一日に200問の質問に答えるそうです。当日の早朝から官僚が用意した答弁資料の説明を受けるのですが、自民党時代には大臣が一人で官僚に囲まれ、本番でもそのまま読み上げるのが慣例だった。しかし政権交代後は、副大臣・政務官とともにチームとして対応したので、しばしば激論になって時間がかかったとのことです。
 その他、官僚として意思決定する実力者は局長であること、したがって政治主導を浸透するには局長の数に対応する政務官など政治任用者を送り込む必要があるなど、公務員を省庁のための奉仕者でなく国民のための奉仕者に変えていく方策も語られました。
 会場にいたのは政策を学ぶ学生という立場だったので、概して素直な態度の質問が多く、激論になる場面はありませんでした。しかし、聞かれたことには必ず何かを答えなければならない政治家の立場とは、つらいものです。長妻氏も「未来塾」という若者を育てる活動をしていますが、早く党内に「長妻チーム」を作ってほしいものです。
 なお、本日朝9時から衆議院予算委員会で社会保障と税に関する集中審議があり、長妻氏は冒頭の45分間、質問に立ちます。NHK総合でテレビ中継もあります。

原発の全面停止まであと2基・国家の大事を決めるとき

 昨夜から今朝にかけて、関西電力の高浜原発3号機が定期検査のため停止しました。これで残る稼動中の原発は

北海道電力 泊3号 2012年4月下旬 定検停止予定
東京電力 刈羽6号 2012年3月26日 定検停止予定

の2基のみとなりました。間もなく日本は原発ゼロになると、少し安心を感じる人がいるかもしれませんが、ことは簡単ではありません。政府の基本方針は、依然として安全が確認されたら運転を再開することになっており、それを前提として準備を進めています。ただし地元住民の同意が必要なので、慎重に進めると言っているだけです。
 原発が動かないために、液化天然ガスの輸入量が増え、電力各社の経営が厳しくなっている上に、日本の貿易が赤字に転落した原因になっているとも言われます。産業界はもちろん一刻も早く原発の再開をと催促するでしょう。国の方針は、まだ原発依存から脱却していないのです。
 しかし、まさに今、国家の大事として脱原発の決断をすべきだと思います。早ければ早いほど無駄な投資を省き、脱原発国家の建設に進むことができます。原発の運転が止まっても、各原発の燃料プールには膨大な核物質が保管されており、それらは継続的な冷却が止まれば、いつでもメルトダウンする状態なのです。自然災害の多いわが国は、危険を冒して原発を維持すべきではありません。
 さらに原発には、余剰電力を吸収するために揚水式発電所が欠かせないという、あまり知られていない重大な事実があります。出力を調整しにくい原発は、夜間に出る大量の余剰電力を使って水力発電機を逆転させ、上の湖水に水を貯めておく蓄電池としての水力発電所を必要とするのです。そのときのエネルギー効率は70%ですから、30%はロスになります。さらにその発電能力は巨大なもので、巨大ダム発電所として知られる黒部第四発電所を上回るものが20ヶ所もあると知って驚きました。これら揚水式水力発電所の建設・維持経費を加えれば、原発の実際の発電コストは、さらに高いものになります。
 原発を無理に維持しようとする経費を打ち切り、総力をあげて脱原発の工程を進め、核廃棄物最終処分場の建設に着手しなければなりません。合わせて自然エネルギーの開発を促進するのは、もちろんです。これは日本にとって、世界史的に重要な決断になるでしょう。

1000円床屋に見るデフレスパイラルの典型例

 わがブログの旧友「うたのすけ」さんによると、行きつけだった床屋さんがこのところ閉店つづきで、もう仕事は無理になったのかもしれない。そこでいま流行のカット専門1000円のチェーン店に行ってみようと腹を決めたとのことです。これとほぼ同じ状況を、私も数年前に経験しました。私が行きつけだったのは、近所で町会長もしていた床屋さんでした。すでに故人となり、跡地は人手に渡って警察病院前の薬局になっています。
 以前は床屋へ行けば3000円かかるのが常識でした。私も調髪してもらいながら、戦前から中野にいる店主の思い出話などを聞き、近所の移り変わりや人脈の知識などを仕入れたものでした。うたのすけさんも、帰りには自宅まで車で送ってもらうサービスを受けることが多かったとのことです。私の子供時代を思い出しても、床屋さんは小さなコミュニティーセンターのような場所でした。
 それが1000円カットの時代になり、私自身はそれなりに満足もしていたのですが、日本経済の現状を考えるようになって思い当りました。早くて安いと喜んでも、それで3倍の回数床屋へ行くことはありません。理髪に関する支出は3分の1に減ったのです。それは理髪業界に落ちる金が、それだけ減ったということです。輸出産業でもない理髪業のパイの大きさは一定なのですから。チェーン店には「新分野の開拓により業界の発展に寄与し」云々の経産大臣の表彰状が麗々しく掲げてありましたが、あれは逆ではなかったのか。
 規制緩和で価格破壊が起こり、ある業界に失業と衰退があっても、成長期なら他の成長産業に人も資本も移動するから好都合です。しかし成熟社会ではそうは行きません。床屋の跡継ぎはいなくなり、理容学校の卒業生の就職先は、高収入の望めないチェーン店のみとなります。勝ち組は、大規模チェーンの経営者と、水を使わない規格品の理髪室を作るメーカーだけでしょう。
 こういうことが国内の多くの業界で起こったに違いありません。理容業界だけでなく、どこでも経済規模の縮小が起こったのです。サービスや物の価格が下がったのを喜ぶ一方で、余裕のある収入で暮らせる働き手を減らしつづけたのですから、世の中全体が貧しく不景気になるのは避けられない成り行きでした。この連鎖を断ち切るのが政治の役目です。
 幸いにして、スパイラルは、どこから始めても逆方向へ動かすことができます。たとえば雇用を増やせば労働所得の合計が増えます。労働所得の合計を先に増やしても消費が増えて雇用が増えます。残る問題は、どこにどれだけ予算を投入するか、その財源をどう調達するかということなのです。

2.19脱原発杉並(有象無象)デモ

 冬晴れの一日、脱原発杉並有象無象デモに行ってきました。会場は環七通りと青梅街道が交差する高円寺陸橋の南東側に広がる蚕糸の森公園。明治時代からの蚕糸試験場があった跡地です。自宅からは歩いても30分ぐらいと近いのですが都合のいい交通機関の便がなく、全行程を歩いて往復しました。



 主催者の告知ビラによると、申請の参加人数は800人、最大で2万人という大らかなものです。定時の13時に行ってみると、さして広くない広場ですが、すでに数千人規模の人が集まっていました。東京の杉並は、かつては原水爆禁止運動の発祥地でした。今日もその言い出しっぺになった人の娘さんが挨拶に登場しました。保坂展人世田谷区長も登壇しました。



園内で大木晴子さんに会いました。大木さんはtwitterで現場発信中。



13時半にデモ行進出発。まずは青梅街道を東へ。



先頭の集団は子供たちです。保育士さんたちが付き添い、疲れた子は車に乗せます。



台車に乗せた「お菓子センター」も随伴していました。



デモコースのハイライトは環七通りの横断でした。大久保通りから出て右折します。



広い環七通りも、一時は半分が人で埋まる状態になりました。警察は協力的だったと思います。



若い人たちは鳴り物入りのパレードです。デモコースは高円寺の南側を半周して阿佐ヶ谷に向かいます。





子供、若者、老人、年代も所属もばらぱらな人たちの共通点はただ一つ、「原発はいらない」「原発はやめよう」でした。今日の参加者は一万人に近かったのではないでしょうか。どこの誰とも知らない人たちが集まったところに価値があります。

「平成不況の本質」を読む

 「平成不況の本質・雇用と金融から考える」(大瀧雅之・岩波新書)読みました。要所で私には苦手の経済学の数式が登場するのですが、著者の基本的立場は、全体の構成からも明らかです。先日紹介した「成熟社会の経済学」とも共通点が多いのですが、精密な理論で主張を構成しているのは、金融の現場で研究してきた経歴に裏付けられているのでしょう。

 第1章 「デフレ」とは何か
 第2章 なぜ賃金が上がらないのか
 第3章 企業は誰のものか
 第4章 構造改革とは何だったのか
 終章 いま、何が求められているか

 有効需要の減少が続くとき対策を誤れば、デフレ・不景気、賃下げ・失業、消費縮小の悪循環に陥ります。その対策としての減税や海外投資の優遇は、逆に所得格差の拡大や企業の空洞化を招きました。そこへ大規模な規制緩和の「構造改革」を強行した結果が現在の日本です。
 企業は株主の所有物であると考えれば、最優先の目的は株主のために利益を上げることになります。しかしここで重要なのは、企業とは単に資本、設備、労働力などパーツの集積物ではなく、「組織体」として動くということです。この観点からは、株主主権とは正反対の従業員主権という考え方が現実的である場合もあると著者は言います。
 構造改革の失敗例としては、郵政の民営化がありました。官から民への移行によって実際に起こったことは、誰の目にも明白な組織の混乱と非効率化、そしてサービスの低下でした。さらに著者は新日銀法による日本銀行の「独立性」付与にも懸念を示しています。市中銀行との蜜月の関係が強まり、財務省からの圧力が減じて、三角関係のバランスが崩れるというのです。
 終章では、公正な所得配分のために早急に政治がすべきことを列挙しているので引用します。私も全面的に賛成です。
―蠧誓任領濘蔑─最高税率をもとへ戻し、高額所得者の優遇をやめること。
∩蠡垣任領濘弊芭┐1992年以前の水準に引き上げ、それに見合う贈与税率も引き上げること。
8什瀛離課税になっている証券からの所得を、所得税の課税ベースに算入し、富裕層・高額所得者を対象とした証券優遇税制をやめること。
(追記・以前に「税率はどのように変ってきたか」を記事にしたことがあります。驚くべき減税の大盤振る舞いでした。)
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/2009-11-11.html

参議院の勢力図に見る「動けない日本の政治」の現状

 今の野田内閣は、何を提案しても野党から協議に乗ってもらえない。言わずと知れた参議院で法律を通す力を持っていないからだ。それでも何もしないわけには行かないから、これから単独で法案を提出して行くことになる。それが参議院に回って立ち往生する事態になると、本当に日本の政治は動きのとれないことになる。そこで解散総選挙という筋書きが出てくるのだが、それでも何の解決にもならないことは、参議院の勢力図を見たら一目瞭然になる。
 参議院の定員242人のうち、民主党・新緑風会104に対して、自民党・たちあがれ日本・無所属の会86と公明党19の合計が105で、ちょうど拮抗しているのだ。あとはみんなの党11、共産党6、社民・護憲4、国民新党4などとなっていて、ここでも左右はバランスしている。そして参議院に解散はないから、来年の夏までこの状況が変ることはない。
 ここで選挙をして自民・公明連合が勝ったとしても、今と全く同じことの裏返しが起こるだけなのだ。新党が登場して健闘したとしても、安定多数の形成はますます難しくなる。下手をすると衆議院でも過半数をまとめる政治勢力が姿を消すかもしれない。今の政治に感じる深い閉塞感は、このように先の見通しが立たないところから来ているのだと思う。
 野田総理に可能な、おそらく唯一の活路は、弱みを逆転の強さに変えて前進することしかない。法案が参議院で否決されれば、責任の追求は対案を出さない野党に向けられることになる。国会でやっていることが数合わせの儀式だとしても、暮らしに直結する法案の成否は国民の関心事になるだろう。本当の民主主義への一歩前進にもなるかもしれない。
 内閣支持率の低さを気にしても始まらない。多くの内閣が支持率の低下におびえて倒れてきたが、それで日本の政治がよくなることはなかった。政治には、何があろうと止めてはならない部分がある。その立場になった人間には、最低限果たすべき役割がある。

ブログ連歌(235)

4679 国会の テレビ中継 ショウ化して
4680  セールスマンの プレゼンに似る (建世)
4681 色々と 揶揄する言葉 多種多様 (うたのすけ)
4682  ガス抜きもあり ガス欠もあり (建世)
4683 開花せよ 惜しめ留めし 自由主義! (恩義)
4684  種まく人に やがて来る春 (建世)
4685 アオモジの ほろり落ちゆく 小間の床 (みどり)
4686  子育て終えた 家の静かさ (建世)
4687 身に沁みる 静かな家の 佇まい
4688  ただ願望に 終わる身の業 (うたのすけ)
4689 じいちゃんと 呼ばれ今年も チョコひとつ (建世)
4690  お返し毎度 ショートケーキに (うたのすけ)
4691 涅槃会の 前夜祭とて バレンタイン
4692  泣いて笑って 恋する人生 (玉宗)
4693 愛の函 義理に友情 幅ひろく 
4694  逢いたき人へ 贈りたきチョコ (みどり)
4695 寒空に いい年こいて 檻のなか
4696  孫の悲しみ 知るや知らずや (うたのすけ)
4697 雁首を 揃えてこれぞ 数珠繋ぎ (うたのすけ)
4698  光学技術も 未来は見えず (建世)
4699 医学にも 貢献の技 誇りしに (みどり)
4700  あらま欲しきは 社内視鏡か (建世)

「国民登録番号」なら納得する

 政府は共通番号制の導入に必要な法案の提出を閣議決定したということだ。ところが、いま話題の「税と社会保障の一体改革」論の関連として受け取られているらしく、あまり評判は芳しくない。新聞の論調なども、個人情報の過度の集中とか、情報管理への不安とか、疑問を投げかけるものが多い。しかし私は以前にも書いたことがあるが、これは「国民の権利を保全するための登録」と考えたら、積極的な意味づけができるのではなかろうか。その意味で「国民登録番号」と名づけるのがいいと思う。
 すべて国民は人として尊重される、その権利の第一歩として、出生とともに固有の番号を持つのがよいと思う。日本の戸籍制度は世界でも例が少ないそうだが、これが順次国民登録制度に切り替わって行けば、将来は世界に通用する人間の登録制度として普及するかもしれない。
 ところで登録される情報の範囲は、当然問題になるだろう。生活保障の権利に抵抗はないだろうが、所得の把握や納税の記録などは、無制限に公開していい情報とは言えない。しかし公正な納税が実現することは、大多数の国民にとっては安心の要素になるだろう。
 いちばん問題になるのは、犯罪歴、病歴などの負の情報ということになる。これは本人にとっては知られたくなくても、社会的には有用な情報になる。アクセス方法を厳しく制限することがポイントになるだろう。反国家的思想犯などという分類に使われたら、とんでもない恐怖社会にもなりかねない。
 以前に書いた「国民登録番号制度のすすめ」の記事には、「愚樵」さんから「自分でロッカーを管理する権利」についてのコメントをいただいた。誰が何の目的でアクセスしたかを、本人が知る権利を持つべきだという趣旨だったと思う。つまり「管理を管理する」ことが重要になるということだ。
 世界のIT化によって、このような制度が可能になってきた。これを個人の自由への脅威として、あくまでも反対を貫くべきだとは、私は考えたくない。人は社会的かかわりの中で生きている。だから私についての情報は、社会の一部分に属すると思えるのだ。

地下鉄のワンマン化は賛成できない

 先日の「成熟社会の経済学」を読む(2)の記事に「恩義」さんから頂いたコメントによると、オランダで普及している現代型路面電車LRTの車内には、自動発券などの機械は何もなく、車掌が乗務しているということでした。さすがに成熟社会先進国だと、うれしくなりました。
 オランダと言えば、同一労働・同一賃金が徹底していることでも知られています。フルタイムでもパートタイムでも、勤務形態によらず賃金の時間単価が同じであれば、誰でも安心して自分のライフスタイルに合わせた働き方を選ぶことができます。社会の全員が適度に働いて社会を支えるという思想こそ、これからの成熟社会に必要な潮流でしょう。経済効率至上の人減らしは、そろそろ見直すべき時代になっているのではないでしょうか。
 最近の都営地下鉄で、乗務員のワンマン化が進んでいるのが気がかりです。ホームドアの整備と関連しているようですが、久しぶりに乗った都営三田線で、6両編成の列車に車掌が乗っていないのに気がつきました。ホームドアと監視カメラがあれば運転士だけで安全に運転できるという考え方でしょうが、それだけで済ませられる問題でしょうか。
 首都圏大震災の危険性が言われている今、地下トンネルで止まった列車はどうなるのか。全電源の喪失や、浸水の事故は絶対にないと言えるのか。6両編成はかなりの長さですが、先頭に運転士が一人しかいない状態で、乗客を安全に避難誘導することができるものでしょうか。もちろん車掌と二人なら安全とは言えませんが、一人だけと二人との差は大きいと思います。
 安全対策については専門的な検討をした上でしていることとは思います。しかしこれは、乗客として安心して乗っていられるかどうかという感覚の問題です。そういう人間的な要素を無視してはいけない、これ以上進んではいけないと思うのです。

今夜だから書けそうなこと

 進めておきたい仕事があって、今日のブログは休もうかと思いましたが、次女がチョコレートをくれました。市堀玉宗さんから、連歌への投句もありました。玉宗さんの昨日のテーマは「法事は何の為にするのか」でした。
 今から52年前に生まれた私たちの長女は、死産でした。妻が妊娠中に風疹にかかり、高熱を発したことが疑われました。名もつけられなかったその子は、小さな骨壷になりました。その子は今も大事に包まれて私たちの枕元にいます。年はとりません。ちびちゃんと呼ばれています。
 医師は私に一度だけその子を抱かせてくれました。そのとき、男にとっての「わが子」とは、自分が愛した女が産んだ子のことだと思いました。
 その子の骨は、妻が死んだら妻に返してあげると約束しています。そのときには玉宗さんのお世話になろうと思いました。
 人に知られたくない話かもしれませんが、ここに書いたのを妻が許してくれることを望みます。私は妻よりも長く生きなければなりません。

「成熟社会の経済学」を読む(2)

 この本の後半で、成熟社会に適合する経済政策が具体的に提示されるかと期待したのですが、その部分は、やや抽象的な提言に終わったように思いました。しかし、いくつかのヒントはありました。まず推奨されるのは環境エネルギー対策に関連する新技術の開発と普及です。さらに雇用を増やす係数の大きい分野の産業を育成することです。就業者を増やす力が大きいのは、農林水産業、対個人サービス業、医療・保健・社会保障関連業などです。
 ここで面白いと思ったのは、高齢者の年金を現物で給付するという発想でした。現金給付だけでは、萎縮した発想で生活を切り詰めても「何かあったときに備える」習慣を変えさせることはできません。それよりも税金投入部分を対面しての個人サービスとして現物給付すれば、新しい雇用が生まれる上に、受給者にも将来への安心感が生まれます。いま必要なのは、死蔵されている余剰資産を、暮らしを楽しく明るくするするために生かして使うことなのです。
 同様に、増税をタブーにしないということがあります。格差が拡大している現代の日本で、大量の余剰資産が眠っているのを実感している人は少なくないでしょう。合理的な税制で必要な財源を確保するのは、政府の大切な権能です。成熟社会には、発展途上社会とは違う税制があるべきです。
 最後に、少し長文ですが、著者のあとがきから引用しておきます。

 そもそも、無駄っていったい何でしょうか。お金を握りしめ、欲しい物も買わずに我慢し、その結果、仕事が減って若者も就職に困り、働き盛りの人たちも肩たたきにあい、働きたい人が働けないでいる。これこそが無駄ではないでしょうか。経済の本来の目的とはお金をためることではなく、日本がこれまでに積み上げてきた巨大な生産能力と富を生かして、私たちの生活を楽しく快適にすることです。いまの日本はその本来の目的を見失っているのです。
 したがって、長期不況を克服するには、お金の呪縛から解放され、私たちが生活を楽しむことに知恵を絞ればいいのです。それによって働く場も増え、企業の収益も拡大して株価も上がり、結果的にお金がついてきます。これだけの生産力を備え、優秀で勤勉で働くことの好きな国民がそろった日本ならば、国民に気持ちよく働いてもらうだけで、世界でもトップクラスの楽しく安全で豊かな国ができます。それなのに、お金の亡者になっていて、それができない。
 これほどもったいないことはありません。

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
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