志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2012年03月

朝ドラ「娘と私」から「カーネーション」まで

 朝ドラの「カーネーション」が最終回で、みごとに終ってくれた。見ながら、本当に贅沢な作り方をするようになったものだと、今昔の感が深かった。最初は聞いても意味のわからない不思議なテーマソングが気になって、あまり好意的でなかったのだが、最後に主役の交代によって老齢を演じさせた演出は大当りだったと思う。ただし歌声は最後まで「よろこびうつせ日のため 心をさだめてるのね」としか聞こえなかったが。
 「カーネーション」は、NHKの朝ドラ85作目のシリーズだったそうだが、第一作は「娘と私」で、昭和36年(1961年)の4月から翌年3月まで放送された。この「娘と私」の前半は、私が美術進行として担当したのでよく覚えている。入局して一年半たって、高卒の新人が入ったのを指導しながらだった。美術進行というのは不思議な職種で、大道具の建て込みから小道具の配置、衣装、かつら、履物から消費される飲食物まで、撮影に必要とされるすべてのものの調達の責任者なのだった。
 「娘と私」は獅子文六の自伝小説をドラマ化したもので、時代背景は戦前・戦中に当っていた。主役(佐々鬼八)とナレーションは北沢彪、妻(千鶴子)は加藤道子で、娘の麻里役は、成長に従って三人が交代した。私としては担当した期間が相対的に長かったので、時代考証にもかかわり、出演者との交流も、結構あった。
 今でも忘れられないのが、温泉宿の止まり木に鎖でつながれた猿がいるという設定で、その猿を動物店へ借りに行ったことだった。電話で交渉して借りに行ったところ、檻にも入っていない猿を、そのまま貸すという。「慣れてますから大丈夫ですよ」と言われて肩に乗せられたのだが、まさかそんな仕事があるとは思わなかった。そのままタクシーに乗ってスタジオに戻った。結果は、スタジオはライトが熱いから猿は落ち着かない。台本の指定は「寒そうに丸くなっている猿」だったから、見ている夫婦のセリフとは、まるで噛み合わなかった。 
 当時のビデオ収録は、編集のできない「時間差ナマ放送」だから、原則として撮り直しはしない。別な録画場面の挿入などもないから、全部が生カメラ前の一発勝負だった。朝の居間の風景を、15秒ほど玄関を写している間に夕食の場面に飾り変えるなどの早業も、当り前のようにやっていた。数人のスタッフが、カメラの赤ランプが消えるのを待って、いっせいに行動するのだった。映像の編集が自由自在になってテレビドラマの作り方は映画に近くなったが、初期のテレビドラマには、舞台に近いナマの人間臭さがあったような気がする。
 私はこの年の秋から青少年部にスカウトされ、翌昭和37年(1962年)4月から「みんなのうた」の担当になった。

ブログ連歌(245)

4879 原発の 瀬戸際労務 身震いす (みどり)
4880  万骨枯れる 兵卒に似て (建世)
4881 愚か者 良民食らい のさばる世 (恩義)
4882  最優先が 消費税とは (建世)
4883 人の世に 特等席は なかりけり
4884  死出の旅ゆく 諸人ばかり (玉宗)
4885 さりながら 戦なき世に 暮らしたき (みどり)
4886  地獄はあの世に あれば充分 (建世)
4887 タダだから 頭下げます いくらでも (うたのすけ)
4888  プライド捨てて 満つ袖の下 (恩義)
4889 預かり金 消えても社長 高給で (建世)
4890  当たり前よと 怯みもせずに (うたのすけ)
4891 核燃料 落語の鰻じゃ あるまいに
4892  どこまで行くの 誰も知らない (建世)
4893 一億の 懺悔と言わせた 無責任 (みどり)
4894  懺悔もせずに 再稼動とは (建世)
4895 再稼動 するなら揃って 腹据えろ
4896  国の行く末 しっかと見据えて (うたのすけ)
4897 それはダメ 上塗りしたって ダメはダメ (建世)
4898  先ずは出来まい そう見てますよ (うたのすけ)
4899 大地震 どれが残るか 超高層
4900  その日来るまで わが事ならず (建世)


福島原発の核燃料はどこへ行く

 福島原発2号機の格納容器下部の放射線量は高かったが、温度は低かった。これは冷温停止の証拠で喜ばしいことかと思ったが、どうも簡単ではないらしい。温度が低いのは、もうそこには核燃料がないからだという説がある。溶融状態になって圧力容器の底を溶かして落下した核燃料が、半分だけ圧力容器の中に残っている図解がよく出ているが、あれも見て確かめたわけではない。高温の溶融物なら、全部まとまって下に落ちたと考えるのが自然だという気がする。
 これから先は私の空想だが、原子力と火山学にくわしい専門家の助言をいただけたら有り難いと思っている。
 さて、圧力容器を出て格納容器の底にたまった高温の核燃料は、同じように格納容器の鋼板も溶かすだろう。その下には建屋基礎のコンクリートがある。コンクリートの厚さと、コンクリートが何度で溶けるのかは知らないが、コンクリートも溶かして下の土と岩盤に向かうと言っている学者がいるから、核燃料の比重は、かなり重いのだろう。岩も溶かすような高温で、かつ重いのであれば、核燃料は下へ下へと動いて行き、ついには地殻の下のマントルに合流するのではないか。高温のマントルの中で、放射性物質はどうなるのだろう。分解して無害になるか、拡散して無害になるのであれば、これは労せずして核廃棄物の最終処分方法になる。
 ただし喜んでいる場合ではない。マントルに達する前に地下水脈に当ると、高温の放射性温水と蒸気が発生するだろう。突如として温泉が噴出することになるが、含まれる放射線が強かったら始末の悪いことになる。ハワイアンセンターを作るどころの騒ぎではない。
 運良く水と接触しないでマントルに達するとしたら、どれくらいの時間がかかるものだろうか。前例がないから、フクシマが貴重な研究材料になる。マントルに入った場合の拡散の速度はどうだろうか。濃いままで流れて行く先に火山があると、最悪の場合は「放射性噴火」を起こす可能性があるだろうか。もし放射性物質をマントルに送り込む最終処分方法が世界中で大規模に行われたら、地球規模で核物質による「マントル汚染」を心配すべきだろうか。
 いろいろ夢を広げてくれる放射性物質だが、人間の手に余る代物であるのは確かなようだ。

不可解な民主党の不可解な消費税法案

 民主党は消費税法案の閣議決定に党の命運をかけるつもりのようだ。なぜこの時期にこの法案を出すことがそれほど大事なのか、民主党は不可解な政党になってしまった。選挙で国民に約束したことは、この反対だった。約束したことは放り出しておいて、頼まれてもいない新方針を出してくるには、よほどの差し迫った事情が必要だが、それがさっぱりわからない。
 この法案には、それほど急ぐ緊急性が感じられない。法案の内容そのものの解説記事は非常に少ないのだが、要は消費税を2014年4月から8%に、翌2015年10月から10%に引き上げるのが骨子ということだ。増税が始まるのは2年先のことになる。そのときに民主党が政権を担っている保証はないし、むしろ与党でなくなっている可能性が高いだろう。ただでさえ不人気な法律を、次の政権のために作っておくとは、どういう感覚なのだろう。
 家人は「大震災の復興に必要だからじゃないの」と言うのだが、そうではない。震災復興のための臨時増税なら、すでに出されているし、2年先の増税では間に合うものではない。そもそもが「税と社会保障の一体改革」を売りにして出てきたのだった。社会保障の財源が足りなくなるのは選挙前からわかっていたことで、だからこそ国民は特別会計の解体など、抜本的な改革で財政の無駄をなくすことを民主党に期待したのだ。
 ところが政権についてみたら思ったほど成果が上らなかった。立場が変った苦労はわかるから、信任された4年間にやってくれればいいと思っていたのだが、どうも諦めが早すぎるように見える。ダムも新幹線も高速道路も、公共工事はほとんど止められなかった。特別会計に本格的なメスが入ったとは、とうてい思えない。
 それで当面の収支バランスが取れなくなったので、2年後からの消費増税で辻褄を合わせるというのは、もっとも安易な問題先送りの典型になる。どう考えても優先順位が逆ではないか。民主党内の事前審査では、連日深夜まで激論だったそうで、党員・議員は疲れたことだろう。国民新党との連立も危うくなった。これほどの犠牲を払ってまで持ち出す価値のある法案なのだろうか。私には不可解に尽きる。

殺人放射線の素顔

 福島原発2号機の格納容器に内視鏡が入り、信頼できる放射線量の測定ができたという。それによると、最大で73シーベルトが計測されたということだ。「マイクロ」も「ミリ」もつかない、ナマのシーベルト単位が出てきたのは、初めてのような気がする。これは100%致死量の10倍に相当する数字で、6分間で人が死ぬことになる。そんな場所で溶解している核燃料を取り出す作業がどれほど困難なことか、改めて事の重大さがわかるというものだ。
 同時に、格納容器内の水位が、毎日大量の注水をしているにもかかわらず、下から60センチと意外に低いことも明らかになった。つながっている圧力抑制室を経由して漏れ出しているらしいという。くわしい説明はないのだが、核燃料を直接に冷やしている高濃度汚染水が、行方不明ということだ。これでも冷温停止で安定しているなどと言えるのだろうか。
 まだ言えば、2号機の建屋は破損したままで、燃料プールには大量の燃料棒が水につけた状態で保管されている。青天井に置いてあるようなもので、これは大なり小なり1号から4号まで全部に共通している。燃料運搬のクレーンが整備されている話は聞かないから、運び出しだけでも何年もかかる大仕事になるのだろう。その間に大きな地震がないことを、天に祈るしかない。
 核燃料が、どれほど強烈な物質であるかの一端が、これでわかった。これを使って湯を沸かして蒸気で発電していたという、原発のアンバランスなローテクぶりも際立っている。こういうものを、まだ使い続けようとする人たちがいることに驚くほかはない。

ブログ連歌(244)

4859 逃れても ふるさと恋し 子の無念 (みどり)
4860  明日は我が身と 大飯の人よ (うたのすけ)
4861 なせばなる 無くせばそこに 道がある
4862  核なき日本 信ある国に (建世)
4863 活断層 またも見つかり 限度なし (ハムハム)
4864  右に同じの 放射物質 (建世)
4865 地球人 破滅の果てに 残りしも
4866  孤立無縁の シェルターの中 (みどり)
4867 生き残る 最後の一人 勝者とは
4868  世界制覇も 空しかるらん (建世)
4869 増税に 命を懸けると 言う神経 
4870  同じことなら 廃炉に命 (うたのすけ)
4871 ミサイルで 防空演習 思い出し (建世)
4872  益無き迎撃 知らぬ筈なし (うたのすけ)
4873 お互いに 本格戦争 願い下げ
4874  犬の遠吠え それで幕引き (うたのすけ)
4875 海外の ミサイル止めよ 今が旬
4876  言える資格は 日本の民意 (ハムハム)
4877 遠花火 川風寒き 向こう岸 (建世)
4878  線香花火で 無邪気に遊べ (うたのすけ)
4879 原発の 瀬戸際労務 身震いす (みどり)
4880  万骨枯れる 兵卒に似て (建世)

北朝鮮「ミサイル」発射で防空演習を思い出した

 北朝鮮がミサイルの発射をするというので騒ぎになっている。私は表題で「ミサイル」と引用符付きにしたが、それは北朝鮮が「人工衛星」だと言っているからだ。ミサイルと人工衛星は実質的に同じものだそうだが、目的が違っている。人工衛星なら、日本も何度も打ち上げている。一段目、二段目は海に落下するだろうが、事前に予告されるから誰も問題にしない。
 北朝鮮はすでに人工衛星を打ち上げた実績があると言っているそうだが、空を周回している事実はなさそうだ。発射の技術についても、国際的な評価は低いのだろう。今回の米朝合意でも、アメリカは人工衛星も打ち上げないことを明記させようとしたが、北朝鮮側が拒否したというネット情報がある。だとすると北朝鮮は、承知の上で瀬戸際外交を展開していることになる。
 そのことに、ここでは深入りしないが、沖縄周辺や首都圏にミサイル迎撃の配備をするという日本の対応で、私は戦時中初期の防空演習を思い出した。隣組が総出で、一発の焼夷弾が落ちたという前提でバケツリレーを繰り返したのだった。本当の空襲になったら、爆撃とはそんなものではなくて、防空演習が何の役にも立たなかったのは言うまでもない。
 高い買い物をした迎撃ミサイルだから、こんなときに動かして存在感をアピールしたいのかもしれないが、北朝鮮のロケットが軌道から外れて日本の領土内に向かっていると確認してから迎撃するという離れ業になる。そんな事態を想定したシステムではなかろうと思うのだが、監視するのも訓練になるということなのだろう。
 なんだか戦争ごっこをしているような気がするのは、私が本物の空襲を見て育ったからだろうか。
(追記・パトリオット・ミサイルは、20〜30キロ圏の近接した目標に対応するそうです。首都圏で迎撃する場合、燃え殻の2段目ロケットがそのまま落下するのと、一中隊20発程度の迎撃ミサイルを複数発射するのと、どちらが危険でしょうか。不発弾の落下爆発は考えなくていいでしょうか。空襲の際に高空から落下する味方高射砲弾の破片は、かなりの脅威でした。)

金星と月と木星と・東京でも見えた天体ショー

 長野の「くるみ」さんに教えていただいていた「タテ一列に並んだ金星と三日月と木星」が、東京でも見えました。夕方の西の空、午後7時15分ごろの撮影です。
 取るものもとりあえず、三脚も使わない手持ちのカメラを屋上の柵に押し付けて、無謀な一発勝負の長時間露出をしました。タテ方向に少しずれましたが、三日月の形が撮れているのに我ながら感動しました。三日月の暗い部分も少し丸い形が見えているのは、地球の照り返しに違いありません。月ではいま「お月さま」ならぬ「お地球さま」が照っているのです。
 でも、地球を見上げて感慨にふける月の住人は、たぶんいないでしょう。人間は、地球だけに生きている、思えばさびしい存在です。地上にいるすべての仲間と、許されるかぎり長く生きていたいと思わないでしょうか。



原発の全面停止まであと1基となる

 東京電力の柏崎刈羽原発6号機が、今日の午後から定期点検のため出力を低下させ、夜0時までには停止します。これで運転中の原発は、北海道泊原発3号機のみとなります。その泊3号機も、4月27日に停止予定だったものを、5月5日まで延長を申請している状態ということです。
 いずれ54基の原発がすべて止まることは決定的になったと言えるでしょう。原発ゼロを避けるために急いだ大飯原発の再稼動は、間に合いそうもありません。
 原発が全部止まっても電力は足りるということが、事実によって証明されることになります。もちろん夏場に向けての電力不足が問題にされるでしょうが、節電の呼びかけなどはあるにしても、今からわかっていて停電を避ける対策が不可能とは信じられません。福島の原発事故は、多くの火力発電所が廃棄されずに残っていた絶妙のタイミングで起きたのでした。
 何度も書いていますが、原発ゼロは原発問題の終りではありません。原発が止まっているところで、はじめて日本のエネルギー問題を公平に考えることができるのです。危険と隣り合わせで、広域にわたる事故対策や廃棄費用まで含めたら、とんでもなく高いものになる原発を、使いつづけることが既定路線であっていいか、冷静に考えたら答えは明白だと私は思います。
 黙っていたら既定の路線が続きます。日本は、これまでそういう国でした。しかし、国民の世論が政治を変える、史上初めてのチャンスが来たのです。

「原子力村」から「原子力マフィア」へ

 昨夜の「老人党護憲+」の例会には、東京新聞編集局次長の佐藤敦氏、同・特報部記者の小倉貞俊氏そして明治大学経済学部准教授・生方卓氏の出席がありました。話題は原発再稼動に向けての政治的状況と、市民運動の有効な進め方についての意見交換が中心になりました。
 いつも10名ちょっとの小さな会合で、後半は飲食しながらの雑談会のようになるのですが、福島への取材経験談など、他では聞けない話も聞けました。原発対策で集められる作業員にもさまざまなレベルがありますが、最も単純な作業では、下請けから孫請け、さらにまたその下請け孫請けへと仕事が下ろされて行く間に、10段階以上の搾取関係が成り立って、たとえば日当2〜3万円の仕事が、6〜7千円になって作業員に渡される場合があるということでした。
 「原子力村」と呼ばれ、閉鎖的な業界の体質が批判されてきましたが、この言葉には、時代遅れの古いものを見下すような「上から目線」の響きがありました。しかし、現実に日本の政財界を動かしてきた力は、そんな生やさしいものではありませんでした。むしろ「原子力マフィア」と呼ぶべきだという話になりました。原発再稼動に向けて着々と進められる手続きの裏には、各種の審議会、委員会、会議などの機関があります。それらを構成するメンバーの人選や日程は、依然として事務局を勤める官僚の仕事です。公正な審議をするように「慎重派」と呼ばれる人たちも参加させるのは今の常識ですが、枠組みが変らなければ結論は変りません。
 脱原発を求める市民にも、いろいろなレベルがあります。間もなく稼動している原発はゼロになるでしょうが、すぐ後で夏の電力をどうするかという問題が必ず出てきます。政府が原発の全面廃止を決めていない以上、必要最少限度の原発稼動をどこまで認めるかという議論へと誘導されるでしょう。それは「原子力村」改め「原子力マフィア]が存続することを意味します。
 マフィアと言えば犯罪者集団というイメージですから、本当はそれも違うと私は思います。巨大な産業界も、勤勉で誠実な官僚も、内閣総理大臣も組み込んでしまっているシステムとして原子力が動いていると考えるべきでしょう。究極的には、核エネルギーとの共存を私たちは容認するかどうかという問題になると、私は思っています。核からの決別を不退転の決意とする政権が日本に確立するまで、市民運動は続けなければならないのです。

ブログ連歌(243)

4839 春彼岸 せめて逢いたや 夢の中 (みどり)
4840  君なき里にも 花は開きぬ (建世)
4841 此岸より 手向ける花は スイートピー (くるみ)
4842  春の日ざしに めぐる思い出 (建世)
4843 間近なり 偲ばれる身に なり得るか (うたのすけ)
4844  永代供養は 水戸か松戸で (建世)
4845 花畑 戻れの声で 現世に (うたのすけ)
4846  いい夢見たが 浮世の義理よ (建世)
4847 荒波の 世にも甘露の 恵みあり (みどり)
4848  迎え火ともる 鎮魂の夏 (建世)
4849 泥鰌っ子の 饒舌近ごろ 空しくて (うたのすけ)
4850  なぜに急ぐか 消費増税 (建世)
4851 庶民なる 言葉忘れた ハゲタカは
4852  腐肉求めん 手練手管で (ハムハム)
4853 原発は 捨てるに惜しい 金蔓で (建世) 
4854  永代つづく 利権のさばる (恩義)
4855 原子力 「村」じゃなかった マフィアなり (建世)
4856  大飯お茶です 三時の集い (うたのすけ)
4857 原発は お呼びでないと 二児の母 
4858  避けて三遷 福島遠く (建世)
4859 逃れても ふるさと恋し 子の無念 (みどり)
4860  明日は我が身と 大飯の人よ (うたのすけ)


ドイツ公共放送ZDFが報じている「フクシマのうそ」の衝撃的な内容

 春休みで沖縄から東京に戻られた高江州先生の縁で会食した「武蔵野の風」さんから、衝撃的なビデオの存在を教えていただきました。すでに見ている人も多いと思いますが紹介しておきます。第2ドイツテレビZDFは、ARDと並んで全国放送を行っている公共放送で、日本で言えば「第2NHK」に相当するようです。写真で見る本部会館は、渋谷のNHKにも劣らぬ堂々たる大きさですから、ゲリラ的な制作集団ではありません。
 先日の3.11国会包囲デモのときも、熱心に取材していたのはドイツのテレビ局でした。日本のテレビ各社との姿勢の違いは、国をあげて原子力行政を見直しているドイツ政府の姿勢との違いを、そのまま反映しているのでしょう。
 まだ見ていない方は、どうぞご覧ください。30分番組ですが、釘付けになって見るに値します。「フクシマのうそ」とは、「福島の真実」の反語に当ります。ここで出されている疑問に答えを出さないまま、原発の再稼動を考えるのは論外だと私は思います。
 日本の「原子力村」の恐るべき力は何に由来しているのか。彼らにこの国を支配する権利があるのか。彼らの力を解体し、ふつうの日本人にもどすにはどうしたらいいのか。日本の未来を考える核心の問題がここにあります。アドレスは下記です。
http://datsugen.com/?p=731

「般若心経・262文字のことばの力」を読む

 「般若心経・262文字のことばの力」(島田裕巳・日文新書)を読みました。時間待ちをしていた書店の立ち読みで、偶然手に取ってみた本です。私は以前に「般若心経現代語訳」を作り、ブログにも掲載したことがありますが、あれは今にして思えば粗雑な逐語訳に近いようなものだったと思いました。何を言っている経文なのかを知る手ががりになるにしても、説明不足でした。この本で9ページにわたって掲載されている「現代のことばに直してみよう」は、すぐれた解説つきの訳文となっています。
 膨大な数と分量にのぼる仏典の中で、般若心経は、ただ一つ異例の短さで大乗仏教の本質を述べています。瑣末な宗教理論を既知のこととして省略し、略語で代表するなどの工夫はしていますが、仏陀が説いたとされる思想の全体を、これほどの短文にまとめた知性は、「岩波新書」編集部の比ではありません。しかも、経文はすべて「如是我聞」(かくのごとく我聞く)と、弟子が仏陀から聞いたことを伝える形をとっているのに、般若心経だけは主語がなく、あたかも仏陀本人が語ったかのごとくです。
 周知のように仏教は発祥地のインドには残っていませんから、般若心経が作られた事情はわかりません。サンスクリットで書かれた原本の写本も、日本の法隆寺にのみ現存しているとのことです。一般には玄奘三蔵が訳したとされる漢訳が流布していますが、大乗仏教がしっかりと根づいたのは、極東の日本だったというのも因縁めいています。
 般若心経は、前半部分では一切が「空」であることを説き、あらゆる権威、知識、感覚さえも否定しつづけます。存在と不存在の区別さえも認めません。もしこれを徹底するなら、そういう思想を経文で教えることさえも成り立たなくなるでしょう。しかしその矛盾は、流れるように密教的な信仰心へと導くことによって回避されています。万物は「空」であるという真理を知ったならば、究極の悟りの境地、涅槃に入ることができるというのです。これはもう宗教的救済の世界です。そして最後は、翻訳する必要のない、呪文に近い経文を唱えることで終了するのです。
 もし仏陀が悟りを得て、それだけが目的であったのなら、誰にも悟りの内容を伝える必要はなかったでしょう。しかし仏陀には、人々の悩み苦しみを救いたいという、強い救済の意志がありました。それがあったからこそ、仏教は宗教になり得ました。万物は「空」ではあるけれども、それを言い伝えることには意味があったのです。般若心経は、まさに仏教の濃縮された珠玉でした。

お彼岸ナマ中継・「あの世」から見た「この世」

(熊さん)ご隠居、きょうは何だか妙にふわふわした居心地ですね。遠くですごく大きな地震でも起きてるんだろうか。
(ご隠居)いやいや、ちょいと「お彼岸」の、こっち側へ来てみただけのことだよ。
(熊)お彼岸の、こっち側ですか。えっ、てぇとご隠居と二人で「あの世」へ来ちまったんですか。
(隠)でかい声だすな。こっちの人は静かにしてるのが好きなんだ。知り合いに一回り挨拶したら、すぐあっちへ帰るから心配するな。お彼岸には、生きてる連中が死んで別れた人のことを思い出すが、こっちでは生き残っている人たちのことを思い出して供養する日なんだよ。苦労することが多くて大変だろうが、助けに行ってやることもできない。せめて祈ってやろうってわけだ。
(熊)へーっ、人間はどこまで行ってもお互いさまなんだね。
(隠)そうよ。生きてる者は死んだ者を思いやる、死んだ者は生きてる者を思いやる。それでいいんだよ。この一年、死んだ者が多く出たということは、生き残った者にも、つらいことが多かったということだ。いずれは同じ岸で出会うにしても、それまでの人生がいいものであって欲しいと、しみじみ話してくれる人が多かったな。死んでしまうと、人はみんな素直になるものだ。金儲けとか地位とか名誉とか、そんなものに迷わされていたのが愚かだったと、終ってしまってから気づくんだな。
(熊)ふーん、そうでしょうね。
(隠)それと、最近の話題は、川を渡ってくる者が少ないということだった。昔なら当然に死にそうな大病でも、病院で直ってしまうことが多いから、川岸で渋滞が起きてるんじゃないかというんだな。大水でも出たら、いっぺんにこっちへ流れてくるんじゃないかと心配していたよ。舟にも乗せてもらえないで、流されてくるなんてのは可哀そうだ。人間らしい礼儀で送り出してくれるようにと、これは彼岸大僧正からの伝言だった。
(熊)そうですか。ところで、こっち側に来た人はもう死なないから、人口が増えるばかりで困らないんですかね。
(隠)いや、飯を食わなくても死なないし、インフラの整備は要らないんだよ。だから収容人数は無限大なんだ。それに、生きてる人に思い出してもらうことがなくなると、ひとりでに過去帳からも名前が消えるんだね。大きく循環しているのは、宇宙の全体と同じだよ。どうだい、こっちへ来ても、それほど変った世界じゃないってことがわかって、少しは安心したんじゃないか。
(熊)うーん、何だかな。ご隠居にだまされてるみたいだな。おいらはやっぱり現世に帰って、今夜もうまい飯を食いたいね。

振り込め詐欺の最新手口と対処法の模範例「詐欺に御用心」

 ブログを再開したばかりの信州の「くるみ」さんのところに、非常に有益なレポートが出ています。とくに中高年者で若い世代の家族をお持ちの方に、見ていただきたいと思います。誰でも「そんなバカな」と思いながらも、ある状況では陥ってしまう失敗という意味では、自動車のアクセル踏み違えとも似ています。危急の際には、理性よりも反射神経が優先するのです。それは人間としての情感に近いものです。
 休日の数分間、どうぞこちらをご覧ください。
http://pub.ne.jp/putioiya/?entry_id=4217497

 なお、自動車のアクセル踏み違えについては、こちらです。
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/55594319.html

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 ただし当方がそれで迷惑ということはありませんので、事情をご承知いただくだけで結構でございます。今後とも、よろしくお願いいたします。
 店主敬白

ブログ連歌(242)

4819 文民に 要らぬ義務化を すべからず (恩義)
4820  行き着く先は 軍事国家に (建世)
4821 この国は? それでもここで 生きている (建世)
4822  欧米アジア 散る日本人 (恩義)
4823 移住なら ヤップあたりが 限界か  
4824  冬ない国で ひねもすのたり (建世)
4825 この国に 原子炉廃し 生きる知恵
4826  なくばあの世で チャンチキおけさ (うたのすけ)
4827 待たせたね あれが地球だ おっ母さん (建世)
4828  死屍累々の 原発地獄 (うたのすけ)
4829 マジですか そりゃあんまりだ 黒澤さん
4830  言っておくれよ 映画の「夢」と (建世)
4831 この場所が 原発跡と バスガイド
4832  紅いホッペの 修学旅行 (うたのすけ)
4833 閉塞し 自由な言葉 奪いゆく (みどり)
4834  余寒の先に もの言える春 (建世)
4835 細野さん 香具師も真っ青 啖呵売 (うたのすけ)
4836  もう一声だ 持ってけドロボー (建世)
4837 人類の 悲劇というは 他ならぬ 
4838  帰るに帰れぬ 福島のこと (玉宗)
4839 春彼岸 せめて逢いたや 夢の中 (みどり)
4840  君なき里にも 花は開きぬ (建世)

春が遅い日曜日

(熊さん)ご隠居、きのうはどうしました、ぽっかりお休みでしたね。こんところ調子よく「ご隠居節」を吹かしてたけど、少々くたびれが出たんじゃないですか。
(ご隠居)そんなこともないが、たまにはポカンと休むのも、いいもんだな。義理で書いてるブログじゃないから、書けないときは無理しなくてもいいと思ったんだよ。やっておきたい仕事もあるから、これからしばらく休みの日が増えるかもしらんが、あまり気にしないでいておくれ。
(熊)いいですよ。ご隠居の家なら、ぽっくり孤独死なんてこともないだろうしね。
(隠)そりゃそうだ、有り難いと思ってるさ。それにしても、昨今の政治はひどいもんだな。長妻さんのところの金曜日の週間ビデオ報告もつづけてるんだが、税と社会保障の一体改革ということで、地方へも説明役で行ってるそうだ。消費税のお願いをして回るなんて、政権交代したときには思いもしなかった役回りだろうよ。口が重くなるのも無理ないが、与党の立場では勝手にリングから降りるわけにはいかない。ご苦労なことだ。
(熊)このところ長妻さんのテレビ出演が多いですね。
(隠)うん、きょうもBS−TBSの「政策討論・われらの時代」というのに出てた。将来の総理になるかもしれない若手の政治家が、国家百年の計を語るという趣旨なんだが、長妻さんは「正しい怒り」という色紙を出してたな。消えた年金への怒りでデビューした長妻氏は、政権の一端を担って苦労して、もみくちゃにもされたが、それでも「怒り」が次の行動への力になると言っている。国政の最大の課題は、格差の是正だとも言っていたよ。国のシステムを根本から作り直す「公務員制度改革」についても、継続して論文を書いたりしている。ただ、それが党内で大きな勢力になってこないのが歯がゆいんだな。
(熊)民主党は政策というよりも、政局でもめてるみたいですね。小沢さんの裁判の結果で、またどうなるかわからない。野党はとにかく早く解散して選挙をやれと言ってるわけでしょ。震災の復興も、原発の後始末も、エネルギー政策も、こんなことで進められるんですかね。
(隠)わしは今でも順序が逆のような気がしてしょうがないんだ。緊急課題に予算を集中して、急がない公共工事などは止めておく、公務員制度改革、特別会計廃止など、無駄を洗い出す仕事を最優先にして、将来の社会保障と税制の一体改革なんざ、その後でじっくり設計すればいいと思うんだよ。
(熊)ご隠居が総理なら、できますかね。
(隠)さあね、それはわからん。が、日曜日にお休みしてるわけには行かんだろうな。

原発は技術停滞の固まりだったという目からうろこ

 新聞のコラムをみていて、思いがけない大事なことに気がついた。核エネルギー開発の技術は、最先端どころか、現代で最も停滞している分野だったのだ。40年間も動いている原発があるということは、自動車なら1970年に「マイカー時代」の代表だったサニーやカローラが現役で走っていることになる。
 原発も、建設した当初に見込んだ耐用年数は、10年から、長くても20年だったという。ところが技術革新がなく、逆に廃炉の大変さがわかってきて、延長に延長を重ねて今に至っている。当初に期待した大きな技術革新は、何一つ実を結ばなかったのだ。
 およそ革新的な技術が導入されると、数十年のうちには初期には想像もしなかったような発展をとげるものだ。飛行機、蒸気機関、電気・電波の利用、コンピューターなどが、私たちの生活を大きく変えてきた。だから核エネルギーの利用も、同様に順調に発展したなら、今ごろは誰もエネルギーについては意識もしないで使えるような夢の世の中が実現してもおかしくはなかった。それこそキャンプに小型の携帯原発を持って行くような時代である。しかし、そうはならなかった。
 未来の原子炉と期待された「ふげん」も「もんじゅ」も、いくら手を加えてもモノにはならなかった。原発は小型化とは反対に、従来技術の延長で、ますます集約化・巨大化するしか活路がなくなった。要するに核エネルギーは、それほど扱いにくい危険な対象だったということだ。唯一の成功例が、67年も前の爆弾としての使用であったのだが、その後に残った放射線障害の深刻さに、使ったアメリカも「あれは止むをえなかった」と弁明に追われている。
 もうこの辺で目をさまして、人類は核エネルギーの開発・利用から撤退するべきではないのか。医療用などの微量の放射性物質を除いて、核物質の最終処分に向けた具体的な行動計画を立てるべき時期が来ているのだと思う。これまでに蓄積した核技術は、博物館的な安全な施設に見本だけ保管して、将来の人類のために参考資料として残して置けばよい。
 核兵器の唯一の被爆国だった日本が、福島原発で再び世界に問題を提起したのは、単なる運命のいたずらだろうか。起こってしまったことを今から変えられない以上、私たちにできることは、この運命を、核廃絶の伝道者としての役割に生かすことではないだろうか。

「君が代」を拘束具にしていいのだろうか

 大阪(だけではないが)の公立学校では、式典のときに全員が起立して「君が代」を歌うのが参加者の義務なのだそうだ。起立しない教師がいたら、懲戒処分の対象になる。ところが今度は起立しても歌わない教師がいるというので、管理職が教師たちの口の動きを監視して、歌わなかった3人を摘発したというのがニュースになった。その学校の処置を、大阪市長が褒めたというオマケまでついている。教育は100%強制だという信条の人物だそうな。
 次に考えられるのは、歌いたくない者は起立しても声を出さない抵抗で、全員起立でピアノ伴奏だけが響き、口は動くが声は聞こえないというのも面白い。すると一人ひとりの声量を測定して、一定のデシベル以上の声を出すのを義務づけることになる。これは充分に漫画になるが、やらされる当人は、たまったものではあるまい。歌ひとつでも強制すれば拘束具になる。
 こういうことが公然と行われる国は、少なくとも「思想および良心の自由は、これを侵してはならない」という憲法を持つ国ではない。だいたい、独立したばかりの新興国でもあるまいに、日本の国内で、なぜ日の丸や君が代を、これほど振り回さなければならないのだろう。日本人はそれほど独立心の薄い国民なのだろうか。日の丸、君が代を権威づけに使いたい人たちは、よほど自分の国に自信のない人たちに違いない。
 アメリカへ行ったとき、街のあちこちに星条旗を見かけるので、いろいろな人種が寄り集まって国を作っている苦労があるのだろうと思った。その点で日本は恵まれていると思ったのだが、最近の日本はこんなところまでアメリカの後追いをしているのだろうか。この傾向は、世界の共存をめざす現代の潮流に、明らかに逆行している。
 君が代が、天皇への礼式歌を流用した「とりあえず国歌」だったことなどの問題点は、今までにさんざん書いてきたから繰り返さないが、国のシンボルになる歌を持ちたいというのなら、いろいろな方法がある。そうした自由な発想を妨げる点でも、君が代の強制は害あって益がないと私は思っている。ただし君が代の歌を有り難いと思っている人たちの自由を妨げる意図はない。
 私なりに考えて録音してみた代案の「わが国は」という歌があるので、これでも聞きながら、抵抗感なくどこでも歌える国のシンボルになる歌はどんなものがいいか、思いをめぐらせていただきたい。

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

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