志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2012年04月

西條剛央「人を助けるすんごい仕組み」を読む

 「人を助けるすんごい仕組み」(西條剛央・ダイヤモンド社)を読みました。「ボランティア経験のない僕が、日本最大級の支援組織をどうつくったのか」という副題がついています。著者は早稲田大学大学院(MBA)専任講師で、人間科学を研究し「構造構成主義」という理論の提唱者でした。災害の現場で出来ることを考え、理論通りに動いたら、大きな組織が出来てしまったというのです。
 大震災の現場に立った著者は、いたるところで助けを必要とする人のところに援助が届かず、一方で整理しきれない救援物資が山積みされているミスマッチを目撃します。これを最短経路で結ぶにはどうしたらいいか。著者の理論の基礎は「状況」と「目的」から始まります。状況の把握ができて、救うという目的があれば、「方法」は自ずから最適に構成されるというのです。威力を発揮したのはインターネットでした。
 助けを必要とする人たちがいて、助けたい人たちや提供できる物資や資金もあるのですから、最短時間で両者を結んでやればいいのです。「ふんばろう東日本支援プロジェクト」は、情報を統合するホームページを中核として、現地に多数の拠点を増やしながら、急速に有効な活動を広げて行きました。その記録は多くの示唆に富んでいて、今後もモデルとして役立つものですが、中でも印象的なこんな例がありました。
 それは「重機免許取得プロジェクト」で、被災地で仕事がなくなった人たちと、客が来なくなった教習所を結びつけて、復興に不可欠な重機運転の資格者を大量に養成したのでした。ヤマトの物流、アマゾンの「ほしいものリスト」の活用など、民間企業の協力や行政からの補助金も、最適な構成の中に組み込まれて、はじめて生きてくるのです。
 これは現代の組織論であり、インターネット時代の世の中がどう動いて行くかを占うテストケースとしても貴重なものです。しかし著者の結論は、意外なほど人間くさいものでした。自分が思いがけないこんなことをして、こんな本まで書いたのは、何かに「呼ばれた」からではないか、というのです。結びの近くに、こんな言葉がありました。
 「もし、そうだとしたら、東北は、日本は蘇るに違いない。すでにこれだけ多くの人が何かに『呼ばれて』動いているのだから。」

ブログ連歌が5000句・駄句名句 塵も積もって 四年半

 「ブログ連歌」が始まったのは2007年の10月でした。この年の参議院選挙の東京地方区で、社民党の候補者となって善戦した杉浦ひとみさんと往来した句が、きっかけとなりました。
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/55592771.html
このとき、ほんの思いつきだったにもかかわらず、これは半永久的に続くと確信したことを覚えています。「ご町内」の皆さんからの絶えることのない参加が、ここまで続く原動力になりました。私も、連歌への投句を考えたら、その日に書く記事のテーマ決まったというような経験を、何度もしました。連歌と記事とが相互に支えとなって私のブログを回していると感じています。
 平均すれば一年間に千句近くですから、毎日三句ぐらいの投句があることになります。私はあまり出すぎないで、なるべく多くの方々の参加を待ちたいのですが、つい早めにまとめてしまう癖があります。しかし、何が入ってきても何とかしてしまう流儀ですから、どうぞ今後とも、自由な発想でご参加ください。
 この連歌もまた、世の移り変りを映す一枚の鏡のように思います。


ブログ連歌(250)

4979 廃絶を 願ってトキも 産声を (うたのすけ) 
4980  そうだそうだと トキの声あげ (建世)
4981 朱鷺よ飛べ 佐渡の大空 トキ色に染め (みどり)
4982  歓び空し 亀岡の悲劇 (うたのすけ)
4983 それはそれ 喜悲こもごもに 春深し
4984  春眠一瞬 悲劇千尋 (建世)
4985 幼児らの 悲痛な叫び 耳弄す (うたのすけ)
4986  日の目見ざりし 胎児もありと (建世)
4987 再稼働 廃炉択一の 関ヶ原 (うたのすけ)
4988  やめるが安全 おまけに安い (建世)
4989 国会の 周辺散歩は 警護つき
4990  いっそ婦警の ガイドサービス (うたのすけ)
4991 雨降りを 辛くもこらえ 議事堂前 (建世) 
4992  国会内では 暴風警報 (霞)
4993 自然界 萌ゆる若葉は 清らかに (みどり)
4994  明日を託さん みどりの未来 (建世)
4995 新しき 潮流なるや 過去を見ん (みどり)
4996  若葉は萌える この年の初夏 (建世)
4997 シロでなし 疑わしくに 辛うじて (うたのすけ)
4998  歴史は裁く 司法の是非を (建世) 
4999 電気より お家の事情が 大事そう (うたのすけ)
5000  あれこれ言う間 原発ゼロに (建世)

今どきメーデーは四月に



連合メーデーの取材に行ってきました。今年はじめての初夏らしい晴天に恵まれ、代々木公園に主催者発表で3万名が集まる盛会でした。スローガンは「すべての働く者の連帯で、働くことを軸とする安心社会を実現しよう!」でした。古賀会長につづいて、来賓として野田総理、小宮山厚生労働大臣の挨拶もありました。今は支持政党が政権与党なのですから、違和感はありません。
 自民党政権時代でも、橋本総理などはメーデーの来賓として挨拶したことがありました。





この会場に、ぎっしり満員で3万名になるとのこと。実数では2万名近かったかもしれません。これだけの動員ができるというだけでも、やはり、なかなかの迫力です。





色取りも豊かで、言っていることも正しいし、力強さもあります。でも地盤沈下が言われて久しく、現代における労働組合の役割と進路は、常に古くて新しい課題です。その中でも明瞭なのは、市民に開かれた運動体でありたいという姿勢です。
 会場の隣では加盟組合や関連団体のブースが並び、ユニオン・カーニバルが午後まで開かれいました。世界の料理コーナーや、プロ野球選手と交流する子どもイベントなどもあり、学生と組合員が「働くこと」について語り合う場もありました。
 もちろん入場資格に制限などなく、通りかがりの立ち寄りでも歓迎されます。来年もおそらく同様なイベントがあるでしょうから、のぞいて見るのがおすすめです。
 連合のメーデーは、10年ほど前から5月1日ではなくなり、連休最初の日になりました。労働者の国際連帯の日だから動かすべきではないという意見もありましたが、連休は連休らしく休みたいという近代化路線をとったと聞いています。ちなみに、日本で最初のメーデーは、大正9年(1920年)に友愛会の主催で行われており、日付は5月2日でした。理由は「日曜日でないと労働者が集まれない」からだったということです。



歴史の流れの中で見る小沢裁判

 武蔵高校に在学中、歴史の増井経夫先生から「歴史を大きな流れとして見る」ということを教えられました。先生の授業は大学教授のようで、受験勉強にはほとんど役立ちませんでしたが、教えられた歴史の見方、考え方は、その後長く私の思想を支える柱になっています。
 小沢裁判の実体が「政治資金報告書への不実記載」をめぐるもので、政治資金の存在そのものを問題にしたのではなかったことを、どれぼどの人が正確に理解しているでしょうか。それでも「4億円」「政治と金」「疑惑」といった言葉が、この裁判を通して登場しないことはありませんでした。今回の検察側弁護士団の記者会見で、「無罪にはなったが、疑惑の存在が認められたのは成果だった」としているのは、「火元の特定には失敗したが、煙を立てることはできた」と言っているように聞こえます。
 小沢一郎氏への追及は、建設会社からの違法献金問題に始まり、それが不成立になると政治資金報告書問題へと移行して今に至ったものです。その時期は、自公政権が行き詰まり、民主党への政権交代が現実味を帯びてきた時期と一致しています。小沢氏は鳩山氏に党首の座を譲ることで当面の危機をしのぎ、選挙で政権交代を実現させたのでした。
 国民の期待を集めた政権交代ではあっても、旧体制を守りたい勢力の危機感は尋常なものではなかったでしょう。あらゆる機会、あらゆる手段を動員して新政権の信用失墜に全力をあげることになりました。鳩山氏は母親からの資金贈与問題と普天間基地移転問題で、小沢氏は政治資金報告書問題で、いずれも足元を掬われて退陣せざるをえなくなりました。
 潮流が変ってしまえば勢いは止まりません。その後の菅政権、野田政権は、相次いで旧勢力との妥協により延命をはかる以外に道がなくなりました。政権交代の阻止はできなかったが、政権交代をほとんど無意味にすることには成功したのが現状ということになります。
 歴史は、やり直すことができません。小沢氏が無罪になっても、2009年の政権交代直前の政治状況を再現するのは不可能です。小沢裁判を直接に担当した人々も、自覚的には、その時々に自分の職務を果たしただけだと言うでしょう。
 ほんの1%の黒幕が世界を操っているという陰謀説も、私は信じたくありません。しかし増井経夫先生の、もう一つの理論「文明の振動説」を思い出しています。文明の中心地は、世界地図の中を移動するというのです。それは今、アメリカを去ってアジアに向かいつつある。小沢一郎の政治感覚の中に、それに似たものがあったのは事実だと思うのです。

雨降りを 辛くもこらえ 議事堂前

 木曜日12時からの国会一周ウオーキング。今回は8名の参加でした。雨を覚悟して行ったのですが、曇り空は最後まで雨を降らせずに我慢してくれていました。
 国会の周辺道路では、いちょうの新芽が伸びはじめています。新芽でも、しっかりと「いちょうの葉型」をしているのが可憐です。それを見たりしながら、楽しく会話しながら歩きました。ウオーキング・トークなのかトーキング・ウオークなのか、どちらでもいいのですが、立食パーティーのように相手を変えながら情報交換ができます。
 話の中で、「最初の一人になることの難しさ」も出ました。経験のない人が、街頭のアピールに立つというのは、とてつもない勇気を必要とします。私が最初に新宿西口に立とうと思ったときは、軍事グッズの店で防刃チョッキを買い求め、それを身につけて行ったものです。今では笑い話ですが、当時は大まじめでした。すでに出来ているスタンディングの仲間に入るだけでも、それほどの緊張だったのです。
 しかし幸いにして今は治安維持法が通用している時代ではありません。信条と表現の自由が憲法で守られている国です。今日のウオーキングの全行程を通して、警察官からの質問は全くありませんでした。行き会う人にビラを配ろうとしたKさんが「ビラ配りは、あちら側の歩道でお願いします」と注意をされただけでした。
 来週の木曜日は憲法記念日で休日になります。みどりの季節の、気持ちのいい散歩コースになるでしょう。子ども連れでも安心して行ける場所です。子どもたちの未来のために、原発はない方がいいと思うのでしたら、いっしよに歩いてみませんか。
 今日はまた、小沢裁判の無罪判決がありました。公訴棄却でなく無罪判決で落着としたのは、これまた晴れでも雨でもない曇天の連続となります。これは民主党の力になるのか、あるいは破綻になるのでしょうか。党首が交代し、残る一年間で民主党が名誉を回復するという平成の奇跡は、果たして起こるでしょうか。
 目いっぱいに雨を含んだ曇天と、やや強い風と、それでも寒さは遠のいた今日の東京地方でした。



写真は大木晴子さんの撮影です

国会周辺の警備と一周ウオーク

 早いもので、もう明日が木曜日になります。国会周辺の警備とは何なのか、改めて考えてみました。ずっと以前にNHK「みんなのうた」の特集で国会の前庭をロケに使う件で交渉した相手は、議院事務局の警務課だったらしいことがわかってきました。そのとき憲政記念館側は「国民の広場ですから、どうぞ使って下さい」に対して、警務課は「議事堂の前庭だから使用許可は出せない」と言うので、面白い経験をしました。
 最後に「記念館では『どうぞ使って下さい』と言ってますよ」と言いに行くと、警務課の担当者は許可は出せないという原則を繰り返しながらも、ロケの予定が土曜日の午後であることを説明すると、「われわれも常時警備してるわけじゃないですからね」と言ったのでした。局に帰ってからチーフの後藤田純生氏と相談し、「これは無断でやれば黙認するということだ」と解釈して、その通り無事に実行しました。もちろん使用料は払わず、どこにも何の書類も出しませんでした。
 さて、憲法21条は国民の権利として「一切の表現の自由は、これを保障する。」と規定し、同16条では「平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。」としています。
 国会は自由な討論の場であるべきですから、周辺に大音量の街宣車を乗り入れて審議に圧力をかけるなどの行為を排除するのは必要なことでしょう。国会の敷地外は警察の管轄ですから、議院事務局の要請を受けて警備するのは警察の仕事になります。大勢が隊列を組み、気勢をあげるデモ行進なども、同様に好ましくないとして規制することは、ありえると思います。安保闘争の際に国会が包囲されて騒乱状態に陥った記憶は、警備側には強い影響を残していることでしょう。
 しかし個人が観光を兼ねて国会の周辺を歩きながら、ふだん思っていることを身につけて表現する程度のことを規制する根拠は乏しいと思います。議事堂に接する歩道を、一切の視覚的表現を禁止する特別な区域とするには、特例法の制定を要するでしょう。
 明日の木曜日、東京の天気はあまり良くなさそうですが、私は天候にかかわらず予定通りの国会一周ウオークに行くことにしました。私は一人でも大丈夫です。どなたも無理はなさいませんように。ただし気が向いたら、様子を見にいらっしゃいませんか。

「日本の税金」を読んで・正義の増税という視点(2)

 このエントリーのタイトルの後半「正義の増税という視点」は私が付加したもので、著者が述べているわけではありません。基本的に税制の原理と性質を述べているので、正邪の倫理とは別次元のものです。ただ、税は政治そのものですから、どんな世の中を可とするかという人間観とは関連してきます。
 たとえば古代国家などで人頭税を徹底した場合には、税を払えない貧民が大量に発生するでしょう。それらを罪人として人権を剥奪し奴隷として働かせれば、富裕層は高度な文明社会を築くこともできます。ローマ文明などには、そのような側面もあったと言われています。
 それと対極の例を考えれば、国の富の全体を国民全員で平等に分け合うという方法が出てきます。この場合は一定水準以上の財産や収益を得ている人にかける税率は、100%ということになります。共産主義に近い考え方ということになるでしょうか。
 人間に差別のない尊厳を認め、なおかつ自由を尊重するのであれば、上記両極端の、中間のどこかで折り合いをつけなければなりません。最低生活の保障をしながら、自由な経済活動も促進するという、近代国家に共通の価値観が生まれてきます。その価値観に照らして「正義の増税」があるべきだというのが、私の言いたかったことです。
 野田政権も言葉では「中間層を厚くする」と言っていました。しかし実際にしていることの最優先が「消費増税」であることへの違和感は消えません。自民党政権下で連発された減税のおかげで優遇された世代が、現役を退き年金受給者になる時代を迎えています。すでに蓄えた財産や、既得権として確定している給付金の削減が難しいのも事実でしょう。未だに年間1兆円近くも支出されている軍人恩給・遺族年金が、手のつけられない「聖域」になっているのも承知しています。せめてそれらを例外なく合算した所得への課税には、かなり強い累進性があるべきだと思います。
 日本の税制・社会保障制度に大きな欠陥があることは以前から指摘されていました。子育て世代への再配分機能が非常に弱く、国が関与する諸制度による調整の結果として、調整前よりも貧困化しているという驚くべきデータを見たことがあります。しかし民主党政権が唱えた「子ども手当て」は、ばらまきという不評の中に埋没し、実現しないマニフェストの象徴のようになりました。
 国の政策は金の使い方で評価されることが多いのですが、財政の源流は税金です。適切な税収は国力の源泉なのですから、税は安ければいいというものではありません。正義の増税は国民の意識を健全化し、経済を活性化するものだと私は思っています。

「日本の税金」を読んで・正義の増税という視点(1)

 「日本の税金・新版」(三木義一・岩波新書)を読みました。8年前に出ていたものの新版で、政権交代後の民主党による税制改革の方向性にもふれています。減税の連続で痩せ細った財源と累積赤字で苦境に立っている民主党政権の現状に理解を示しつつ、政治の根本である税制の建て直しへの期待を述べているところが、最近の一般の論調とは違っていて新鮮でした。
 内容は、―蠧誓如´∨/誉如´消費税 ち蠡垣如´ゴ崟楡播 γ亙税 Ч餾櫺歙如,箸修譴召譴望呂鯲てて特徴や留意点などをまとめてあるので、税の概略を知るためには好適な入門書でもあります。そして最終章は「税金こそ政治」で、税金とは政治の根幹そのものであることを教えてくれます。
 そもそも税金とは何であったかというと、伝統的には、王様などの権力者が、国家目的に必要な経費を国民から取り立てるためのものでした。それが西欧では市民革命を経て民主主義が定着するにつれて、共同体を維持するために集める「会費」のような位置づけに変ってきました。しかし日本では未だに「お上から取られる上納金」の感覚が強いのではないかと著者は言います。
 それと、西欧では減税の要求とは、おもに富裕層が唱えるものであって、庶民の側から出される要求は、むしろ行政サービスを向上させるための増税であったというのが、ちょっと意外でした。この傾向は、今のアメリカの民主党と共和党の違いにも残っているというのです。社会保険に反対し、増税の政策には激しく反発する共和党の根底には、自分の力を信じて政府に頼らない開拓者精神が生き残っているのです。
 今の日本のように、与野党そろって負担の軽減のみを言い立て、財源は「広く薄い」消費税しかないかのような風潮は、異様としか言いようがありません。それぞれの税の特徴と機能を生かした税制は、どんな国にして行きたいかという、国の未来像と関連してきます。さらに国境の障壁が低くなっている現代では、国際的な協調を進めなければ公正な課税が不可能になりつつあります。
 それにしても、まず日本の国内で積年の不合理な税制にメスを入れ、1%ではない99%が納得する税制を確立する必要があります。それに取り組むことを期待されていた新政権が、早くも政争に疲れ果てているように見えるのは、残念至極と言うほかはありません。

ブログ連歌(249)

4959 早寝の日 週に一二度 根付かせて (うたのすけ)
4960  原発なしの 健康ライフ (建世)
4961 真っ暗な 生活なんて あり得ません (うたのすけ)
4962  足らぬ足らぬは 工夫が足らぬ (建世)
4963 窮鼠なり 恫喝セリフが 次々と (うたのすけ)
4964  脇目もふらず 暴走車並み (建世)
4965 夏よ来い 来い来い夏よ 夏よ来い (うたのすけ)
4966  電力会社は 裸にふんどし (建世)
4967 いざ行かん 無手勝流の 武者奮い (うたのすけ)
4968  思い出します ランプの暮らし (みどり)
4969 木曜日 原発ゼロを 国会に (建世)
4970  背なのゼッケン 背筋が伸びて (うたのすけ)
4971 たかがテント されど不動の 意志がある (建世)
4972  子ら健やかに 原発ゼロの日 (みどり)
4973 やがて来る 核なし日本 五月晴れ (建世)
9474  次に来るのが ナノチューブ公害 (霞)
9475 発明も 儲け本位で 仇となり (みどり)
9476  何ナノと言う より勉強だ (建世) 
9477 学校も 格差選別 強めゆく (みどり)
9478  少子化原因 案外其処かも (霞)
4979 廃絶を 願ってトキも 産声を (うたのすけ) 
4980  そうだそうだと トキの声あげ (建世)



核大国は返上しよう



 昨日のデザイン団扇を新宿西口で試してみたのですが、どうもいまいちメッセージ性が弱いと感じられました。そこで再挑戦したのが上記のものです。これは紐をつけてゼッケン風に身につけることになりますが、どうでしょうか。なお、国旗の規格とは無関係です。
 今の日本は、押しも押されもしない世界の核大国です。狭い国土に54基もの原発を作り、核エネルギー立国をめざした核の先進国でした。それを狭い国土で地殻の不安定な地震大国で実現しようとしたのですから、まことに勇気ある決断だったのです。そして多くの国民は、核の平和利用は良いことだと思い込まされてきました。
 その幻想を打ち砕いたのが福島の原発事故でした。「核エネルギーは人間社会とは非和解的である」ことが改めて実証されたのです。これは偶然が与えてくれたラスト・メッセージです。わずか一年で原発がゼロになっても日本が破綻しないタイミングであったことは、天佑神助と言ってもいいでしょう。この機会を逃したら次はありません。
 次の世代以降に引き継ぐことのできる繁栄の道は、核からの決別以外にありません。核の廃絶は、軍事も民生も問いません。医療・研究用を除くすべてです。
 日本は核の先進国を返上し、核廃絶の先進国となる。そこに向かって、みんなの力を集めましょう。
 私がこのゼッケンを使う次の予定は、26日(木曜日)の12時、地下鉄丸の内線国会議事堂前駅が起点です。今のところ天気予報は、あまり良くありません。雨が激しいようでしたら、変更も考えられます。前日の25日(水曜日)の方が、天気は良さそうです。
  


核大国からの決別を



 この夏に持ち歩く団扇のデザインを考え、試作をしているうちに、こんな形に落ち着きました。手始めに、今日6時からの新宿西口地下広場に持って行ってみます。このデザインが何を意味しているかは説明しません。見る人の自由です。
 今の日本は核大国です。原発もそうですが、アメリカの核の傘を積極的に利用している軍事面でも同じです。核は、兵器としてはもちろんですが、エネルギー源としても使うべきではありません。安全に管理できる医療・研究の範囲にとどめるべきです。
 間もなく、稼動する原発が日本から無くなります。これを核時代の終焉の始まりにしましょう。
(追記・先日から記事下のtwitterマークを新しくしました。「ツイート」マーク右の数字をクリックすると、ツイートの内容が読めます。)

経産省前テントで原発再稼動に反対するハンスト決行中

 経産省前にある反原発の「テントひろば」では、この17日から原発の再稼動に反対するハンガーストライキが始まっています。稼動原発がゼロとなる5月5日までが期限ですが、「テント日誌」の最近号(18日)によると、6名がテント前で終日座り込み、その他に自宅で参加、一日のみ参加といった多様な形での参加があるようです。
 この「テントひろば」は昨年の9月から始まり、今日で223日目になります。最初は若者のハンガーストライキが発端でした。その後、福島の母親たちや多様な賛同者が集まるようになり、当局の退去要求や右翼の襲撃などにも耐え抜いて今に至っています。
 昨日の国会一周のあと、この「テントひろば」に立ち寄ってみました。







これは「第2テント」で、女性の宿泊用に使われている内部を見せていただきました。部屋の仕切りに使われている布は何というのでしょうか、小さなパーツの一枚一枚が、心を込めて手作りされたすばらしい作品で、感動的でした。ここに泊まる人は、多くの人たちの願いと支えを、心から信じることができるでしょう。
 マスコミには、ほんの少ししか登場しない経産省前のテント広場ですが、原発ゼロまでの2週間、何としても守り抜かなければなりません。54基あった原発が1年間でゼロになったニュースが、間もなく世界を驚かすでしょう。歴史の証人となる人々が夢を結んだこの場所は、聖地として保存する価値があります。
 なお、このエントリーの写真はすべて大木晴子さんの撮影です。
 

国会一周ウオーク・レポート

 本日の国会一周ウオークは、11名の参加者でした。インターネットで見て参加、偶然通りかかって参加という方もおられました。こちらはそれだけの参加者ですが、警備の方は、かなり気を使って準備していたようでした。よくありがちなパターンです。ソーシャルメディアの影響力はどのように出るか、誰にも予測はつかないのです。
 議事堂側の歩道を歩いて南門にさしかかったあたりで、警察官から「ゼッケンを外していただけませんか」と声がかかりました。「法的根拠は何ですか」と聞いても答えはありません。しばらくすると「あちら側の歩道に渡っていただけませんか」との要請がありました。これで、議事堂側の歩道を特に厳重にしたい意向がわかりました。
 こういうときに複数の人間が、団体でなく個人ごとの意思で参加している強みが出てきます。声のかからなかった者は先へ歩いて行きますから、全体としては止まらないのです。私は基本的に議論に深入りせず、平穏に歩いている歩行者の立場で通しました。反原発のマークは、市民の常識的な意識を示す現代のファッションです。
 あとで食事をしながら確かめたところ、警察の言い分は、あくまでも「命令ではなくて要請」だったことがわかりました。国会の正門前で記念写真を撮ろうとしたときには、国会の敷地内に入る入らないで、マンガのような論争になりました。歩道の敷石部分は警察の管轄で、門の敷地は国会側衛視の管轄になります。観光客には快く門扉前での撮影を許しても、警備がからむと、四角四面の論争になるのでした。
 警備を担当している人たちは職務でやっているのだし、国会周辺に出ている人たちのレベルは上質な方だと思います。子供づれで観光を兼ねて行っても安心な国会周辺であってほしいと思います。交通の妨げにならず、明らかに騒乱の意図のない人たちが、国政を心配してささやかな意思表示をしながら個々に歩くのに対して、圧力をかける必要はないでしょう。静かに見守るのが政治的中立というものです。
 国会一周ウオークは、来週も再来週も木曜日12時に、私は行きます。本当は誰でもが好きな時間に行くのが一番いいのです。でも、最初は仲間がいた方が行きやすいと思ったら、来てみてください。 



撮影は大木晴子さん



通用口前で、福島・会津から来た中学生たちに会いました。「よく勉強するのよ」と大木さん。撮影も大木晴子さんです。

雨の心配はなさそうでよかった

雨の心配はなさそうでよかった。
12時少し前に丸の内線国会議事堂前駅改札出口前に行きます。
気温は低めでも、冬の寒さとは違うでしょう。
国会一周のあと、ハンスト中の経産省テント村へ行ってみます。

今日の国会ウォーク

 19日(木曜日)12時、地下鉄丸の内線国会議事堂前駅改札口を起点として、国会一周の反原発ウオークをします。よろしかったら、いっしょに歩きませんか。手ぶらで見物でも結構です。詳細はこちら。
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/55594874.html

「動員の革命・ソーシャルメディアは何を変えたのか」を読む

 「動員の革命」(津田大介・中公新書ラクレ)を読みました。ここで言われているソーシャルメディアは、狭義ではtwitterを中心とするリアルタイムの通信であり、ブログは、フローに対するストックだという位置づけでした。ただしブログが広義のソーシャルメディアの重要な一部分であることは認めています。動員という現象から見れば、twitterが中心になるのです。
 twitterが「人寄せ」のツールとして絶大な効果を発揮することは、充分に実感しているところです。「経産省前テント村なう」といったつぶやきは、現場の写真とともにリアルの現状を伝え、間に合う距離にいれば直ちに駆けつける気持ちにさせるでしょう。そうした機能は、アラブの民主化運動などでも威力を発揮したと伝えられています。
 その現象自体はわかりやすいのですが、著者はこれから先に起こるであろう世の中の変り方を予測しています。その影響範囲は広いのですが、読み取れた印象的な指摘としては、次のようなものがありました。
 東日本大震災でも問題になった「デマ」の拡散ですが、一時的に混乱を引き起こすことがあります。しかし次々に正しい新しい情報が加わることにより、自浄作用が働いてくるというのが著者の基本的な認識です。むしろマスコミを動員して作られる組織的な情報操作の方が、修正が難しく悪質だと言えるでしょう。ただし「古い情報が消えない弊害」の指摘は盲点でした。たとえば緊急の救助要請があった場合、問題が解決しても古い情報が拡散しつづけるといった例です。削除や訂正の機能をどのようにして付加するかが課題になります。
 それと、これからの社会運動として「マイクロペイメント」との連動は面白いと思いました。ソーシャルメディアを通しての簡単な送金が可能になれば、応援メッセージとともにリアルタイムで寄付金を送ることができます。これは災害救助に限りません、共感できる社会的な起業に対しては、短時間で立ち上がり資金を提供できるようになります。
 とにかくソーシャルメディアは人と人との結びつきを簡単にしました。そこから今までにない社会が出現するのは当然です。著者は「売るほどに時間があった時代」の大切さにも言及しているのですが、私はこれを老人向きに解釈しました。売るほどの時間を持て余しているのは老人たちで、私は以前からインターネットと老人との相性の良さを感じていました。ソーシャルメディアは、老人の暮らしを変える大きな可能性をも秘めているのです。

原発なしでも関西の夏の電力が足りる理由

 「原発を一切動かさないということであれば、ある意味、日本が集団自殺をするようなものになる」という仙谷由人政調会長代行の発言があったそうだ。そんなことを言われると、「それなら原発と心中するつもりか」と言い返したくなるのが人情というものだ。しかし、たかが電気の足りる足りないで、命のやりとりをすることはない。よく計算して対策を考えればいいだけの話である。
 大学同期生の娘さんが働いているので縁のできたISEP・環境エネルギー政策研究所(所長・飯田哲也)から、ちょうどいいタイミングでブリーフィング資料が回ってきたので、これを読めば心配する必要がないことがわかる。原発を動かしたい一心で作り上げる「電力不足神話」には、多くの嘘と数字の操作が加えられていることを知っておいた方がいい。

原発を再稼働しなくても今夏の電力は足りる(関西電力版)
 上記を読んで頂けばいいのだが、一般にはあまりよく知られていないが重要なものに「揚水水力発電」というものがある。この発電能力は、一般の水力発電の合計よりも、ずっと大きい。なぜこういうものが必要だったかは、原発と密接に関連している。原発は常時フル稼働が原則だったから、夜間に余る電力の「捨て場」が必要になる。そこで余る電力を使って水を押し上げ、必要なときに上のダムから水を落として発電する揚水式発電所と組み合わせることで安定供給に近づける必要があった。つまり巨大な蓄電池の役割をしていたことになる。
 原発が止まれば揚水発電の必要も減るから今はあまり稼動していないが、これが短時間の電力不足に対しては力強い助っ人になるのだ。電力需要のピークは決して長いものではなく、ひと夏の合計で15時間程度というデータがある。節電の呼びかけや自家発電など、事前にわかっている対策を組み合わせれば、ピークを引き下げる余地はまだある。2年前の無自覚だったときのピークと比べて足りないと言い立てるのは、為にする宣伝の疑いが濃い。
 東電でも沖縄以外の他の電力会社でも共通だが、夜間の電力を極端な捨て値でも供給したかった電力料金体系は、原発による歪みの一つだった。無駄なく発電して無駄なく消費するのが健全な産業というものだろう。揚水式発電所のエネルギー効率は、70%程度ということだ。ここでも原発は無駄なエネルギー消費をしていたわけだが、今後のためには、非常用電源として「原発が残した唯一の使える遺産」なのかもしれない。

原発が絶対にだめな理由と、なくても良い理由

 世に絶対というものはなくて、原発がだめなら新幹線も絶対安全ではないなどと言う人がいる。だから原発が絶対にだめである理由を述べてみる。
 どんなに津波対策をしようと予備電源の準備をしようと、原発が絶対安全にならないことは、誰にでもすぐわかる。千年に一度の大地震・津波に備えても、万年に一度の地殻変動は想定外だろう。構造をいくら堅牢にしたところで、大型のミサイルや隕石の落下に直撃されたら破壊は免れまい。原子炉の爆発は大量の放射性物質を拡散させ、地表を人間の居住不能にする。自然界には存在しない高濃度のウランやプルトニウムを作り出して使っている間は、その不安から逃れることができない。それは核エネルギーに伴う固有の問題だから、他との比較は意味がないのだ。
 だから安全に暮らすためには、技術力を結集して核エネルギー源を人間の生活空間から遠ざけ、封印するより他に選択肢はありえない。
 原発がなくてもよい理由は、これまた単純明快で、電気は原子力がなくても作れるからである。間もなく日本の稼動原発はゼロになるが、その状態で夏を乗り切れれば、脱原発が「やればできる」ことが早くも証明される。原発が稼動しないと電気のない真っ暗な生活になるなど悪質な恫喝をする政治家がいるが、彼らは要するに人間の安全を経済問題の下位に置きたい人々なのだ。
 核エネルギーを他で代替できないものとして最後まで残るのは、結局は核兵器ということになる。軍事大国のアメリカの優位は、核兵器を全廃しても変化しないだろう。だったら核兵器の全廃は、アメリカを含む全世界の安全につながる。現にアメリカ国内でもそのような論調が出ていると聞いている。核の廃絶は、民生も軍事も問わず、人類の未来を安全にする自明の道になる。
 核の時代は人類にとって一時の迷夢であったと未来の歴史に書かれるように、私は行動したいと思っている。

ブログ連歌(248)

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

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