志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2012年06月

一人でも行ってみよう官邸前へ国会へ

 一人でも、デモはできます。大勢が日時を合わせて集まるのは、もちろん大事な表現方法ですが、いろんな事情で行きにくい人もいるでしょう。だったら一人でも、友だちや家族と二人でもいいのです。人ごみの中で政治的なスローガンを掲げるのは目立つから勇気が要りますが、いまの首相官邸前や国会周辺だったら少しも不自然ではありません。誰にも意味がわかります。
 自分の言いたいことを紙にでもカードにでも書いて、掲げて歩けばいいのです。現場周辺には警察官が常時たくさんいますから、必ず「どちらへ行かれますか、どこかの団体ですか」と聞かれます。これが「職務質問」と呼ばれるもので、警察官の「お仕事」です。「ご苦労さま」と応じてあげてください。「個人としてここを見たいと思ってきました。ひと回りお散歩するだけです。」とでも言っておけばいいでしょう。
 本来はそれだけで通してくれる筈ですが、今は警戒厳重なので「プラカードは畳んでいただけませんか」程度のことは言われるかもしれません。国会周辺にはデモ行為を規制する原則があるのです。これに素直に従って、少し歩いてからまた掲げてもいいのですが、「これはデモではなくて私個人の表現です。表現の自由は憲法で保障されています。」というのが法律的な正解です。交通の妨げにならず、公序良俗に反しないかぎり、公道を歩きながらの表現を禁止できる法律はありません。警察官に可能なのは、命令ではなく「説得」が限度なのです。
 しかし、ここで警官と対立的な言い合いをすることはありません。「お子さんはいますか、心配ではありませんか」など、ふつうの会話を心がければいいのです。すると警官は「原発に反対することが悪いというのではありません」と言うしかなくなります。
 一人目をクリアすれば、あとはずっと楽になります。「個人のデモです、一人通過」などと警察側では無線連絡が回るでしょう。相手が何をしに来ているかがわかれば、警察官も緊張しなくて済みます。あとは散歩を楽しんでください。
 何もない日の国会周辺には、ふだんは人通りがほとんどありません。出会う人は警察官ばかりということになるかもしれません。でも、それでもいいのです。国会周辺に、断続的にでも訴えにくる市民の数が増えているという情報は、必ず厳密にカウントされて政治の中枢に報告されることになります。
 気の弱い人だったら、手ぶらで行ってもいいのです。プラカードを持っている人を見かけたら、話しながらいっしょに歩いてみるといいでしょう。とにかく今、国会周辺で何かが変りつつあります。都合がつくかぎり行ってみましょう。首相官邸前へ、国会へ。

首相官邸前集会の迫力

 気にはかかっても、差し迫っている仕事に追われて行けませんでしたが、今夕の首相官邸前は空前の人出になったようです。写真と記事を総合すると、警察は官邸前に車両を並べて封鎖し、群集は議事堂南側の道路を一杯に埋めています。60年安保のときは議事堂正門前がこれと同じ状況になりましたが、今回はそれを上回る人数が集まったように見えます。
 テレビの解説でも言われていましたが、これは動員ではなく、自発的に集まった群衆です。労働組合や団体の旗は一本も見当りません。ツイッターなどの新しい情報ツールが使われたにしても、今までに見られなかった庶民の表現行動です。
 人数はどうだったのか。数え方にもよるし、どの時点なのか、累計なのかでも変るから、誰にも本当のことはわからないでしょうが、フェイスブックにあった「人数なんか、もうどうでもいい」という感想に実感があります。60年安保が10万人なら、それを上回ったと言ってもいいでしょう。
 誰かが「ベルリンの壁も、10万人が集まるようになって累計100万になったら崩れた」と書いていました。山が動くように人が動き、政治がそれを無視できなくなる日が、日本にも訪れるのかもしれません。
 官邸前の群集は武装していません。一本のゲバ棒も持たず、中には老人も子供も障害者もいます。機動隊の隊列を押しのける意志も力もないでしょう。それでもこの群集は、全学連よりも強いと私は思います。一人ずつが自分の判断で参加し、動いているからです。
 この群集の後ろには、できれば行きたかった何倍もの予備軍がいる筈です。その人たちは、自分の好きなときに一人で行ってもいいのです。自作のプラカードを掲げて公道を歩くのを、誰も止める権限はありません。一人でできることとしては、大勢の中に参加するよりも効果的かもしれません。一度でもやってみたら、自分が変ります。本当です。
 

「世界経済図説」第三版を読む

 「世界経済図説」第三版(宮崎勇、田谷禎三・岩波新書)を読みました。図説だから半分は「見た」わけですが、世界経済の概略をつかんでおきたいと思って、一週間ほど前に見ておきました。忘れないうちに記憶に残ったことを書いておきます。
 最近の世界経済の傾向を一口に言えば、多極化ということです。しかしアメリカ経済の優位は、依然として変りません。そして地球規模で低開発地域が減少し、全世界の「市場化」が進んでいます。
 国の経常収支については、黒字の国があればどこかに赤字を出す国があるわけで、全世界で見れば常にプラスマイナスはゼロになるという、言われてみれば当り前のことがわかります。黒字を貯めている国は、国内需要を拡大しないと世界経済を金づまりさせるのです。
 主要国の国内所得格差を表すジニ係数を見ると、係数が上がる、つまり格差が拡大傾向にある国が多く、日本、アメリカ、ドイツ、スウェーデン、カナダ、イタリアが、みなそうです。横ばいはイギリスで、若干低下しているのはフランスだけということです。
 世界の人口は増えていますが、絶対的貧困も飢餓も減少しています。世界経済は、今のところ世界の人口を養う力を持っているのです。それでも国単位、個人単位の格差が縮まらないのは、資本の集積が依然として続いているからでしょう。そして国を超えた再配分をする国際的な権力は、いまだに存在しません。
 日本の近くでは、中国の動向が気になります。統制された資本主義で高度成長をなしとげたのですが、日本が経験したような「総中流化」へ進むことなく、一部分だけが豊かになる巨大な格差国家になりつつあります。破綻せずに国の調和を保てるかどうかが、これからの大きな課題です。
 その他、「平和の配当」による軍事費の削減効果について、日本の教訓と役割を説いています。経済は本来は倫理とは別次元のものですが、軍縮の経済効果から見るだけでも、軍備拡張がムダの極致であることは明らかです。 

造反は有理か無理か

 民主党の長い一日が終った。問題の消費増税法案に反対が57名、欠席・棄権が16名で、合計73名が造反ということになった。マスコミの予想の範囲だったが、事前に個々の意向をきいて「出口調査」ならぬ「入口調査」をしているのだから、精度がよいのは当り前だろう。
 造反という語は、元は中国語で、毛沢東の文化大革命における「造反有理」から有名になった。本来は権力に対する謀反の意味で、反対するときの日常語でもあったそうだが、毛沢東の「造反有理=権力に反対する側に理がある」以来、世を正す「革命」に近い意味でも使われるようになってきた。反乱というと感じが悪いが、どちらが正しいかわからないときの中立的な言い方として便利だから普及してきたのだろう。
 今回も、執行部がきめたことだから従えという「有理」と、執行部のやり方が間違いだから賛成できない「造反」とのぶつかり合いだった。どちらがよいかは、党が割れて選挙があれば国民が決めることになるが、当面は、どちらに多く人が集まるかという話になってくる。ここしばらくは、新党がいつ出来るのか、集まる議員数は何人かというところにマスコミの興味は集中するだろう。
 人数によっては民主党が衆議院でも過半数を割ることになる。それでも総理を出している間は与党でいられるので、今でも野党の協力がないと法案が通らないのだから、たいして状況は変らないかもしれない。その状態であと一年以上も政権を維持するのは奇跡のようなものだが、何でもあるのが政界だから、その可能性も絶無とは言えない。
 小沢新党が、選挙が待ち遠しいような信頼できる政策を提起してくれるのなら、これは「造反有理」になる。しかしそれができなければ、造反は無理に終る。日本は史上に類を見ない政治的混沌の時代に入りそうな雲行きである。
 

ブログ連歌(261)

5199 夏来たる こころ晴れずに 蒸し暑し
5200  予感あれども 大地動かず (建世)
5201 颱風に 裂かれし桜 根は確か (みどり)
5202  今に見てろよ 百撓不折 (建世)
5203 気をつけて 行ってらっしゃい 津軽旅
5204  太宰治の あとも訪ねて (建世)
5205 新党かい よく言ったもんだよ こわし屋と (うたのすけ)
5206  起きて終るか 七転八起 (建世)
5207 ざまーみろ ほんとの意味は 座間を見ろ (ドリーム)
5208  心してこそ ざまを見るべし (建世)
5209 子供らの 野球はプロと 縁を切り (うたのすけ)
5210  逆に政界 横丁談義 (建世)
5211 ご隠居は 熊を伴い 論陣を (うたのすけ)
5212  張り合いもなく 週末となる (建世)
5213 来週は 野次馬気分に たっぷりと (うたのすけ)
5214  縁台将棋も 終盤の詰め (建世)
5215 民自公で 国民不在の 仮面劇を
5216  つづける 悪行の猛火 (静游)
5217 情けなし 日本の舵取り  数まかせ
5218  去る者追わず 国民に目を (うたのすけ) 
5219 選挙でも ないにマスコミ 票を読み (建世)
5220  挙句は読めず 姦しいだけ (うたのすけ)

映画「内部被ばくを生き抜く」を見る

 22日の老人党護憲+の例会で、鎌仲ひとみ監督の新作映画「内部被ばくを生き抜く」を見ました。核汚染の中でも最も不気味でありながら異論も多く、わかりにくい問題を、四人の医師へのインタビューと、福島の親子・家族の生活を通して掘り下げたものです。
 登場する医師は、広島の被爆者を診察し続けてきた肥田舜太郎、チェルノブイリやイラクで医療支援を続ける鎌田實(諏訪中央病院名誉院長)、福島で除染に取り組む児玉龍彦(東京大アイソトープ総合センター長)、チェルノブイリの小児科医師スモルニコワ・バレンチナの面々です。
 低線量被ばくについては、無害だから問題ないとする意見から、どんなに微量でも有害だから排除すべきとする意見まで、さまざまなグラデーションがあります。さらに体内に取り込まれた放射性物質が発する放射線は、外部から検知できない微量であっても隣接する細胞のDNAを破壊するであろうという、無視できない推測も成り立ちます。この考え方は、広島で原爆被害者の「ぶらぶら病」を研究した肥田舜太郎医師の持論でもあります。
 ですから一定の「安全基準」を設けて、「これ以下は安全だから問題は解決済み」とするのでは、隠された内部被ばくの問題を切り捨てることになります。とくに汚染地域にいた子供たちが今後どのようになって行くのかは、国の責任として注意深く見守らなければなりません。
 そういう視点を欠いている現政府の対策への告発の作品なのですが、しかし被災住民は日々の暮らしの中で、ただ国の救済を待っているだけではいられません。それぞれの家族には、それぞれの判断と未来のための計画があります。内部被ばくへの警戒を解かないことは大切ですが、人間はトータルの生命力で生きるものです。
 肥田舜太郎医師は最後に呼びかけていました。「食事に気をつけ、毎日の生活を健康にしてください。どんな病気と闘うときも、ものを言うのは基礎体力です。」と。

一もって之を貫く、それ「脱原発」か

 今から新党をつくるのなら、旗印に「脱原発」を大書するのがいい。もちろん人寄せの人気取りではなく、政治生命をかけて取り組む国政の原理としてである。
 スローガンはこの1本だけでよい。その方が多くの仲間を集めることができる。他のちまちました政策や理屈は、「後から貨車でついてくる」ことになる。その「脱原発」にしても、すぐに全部を止められなくてもいい。「なるべく早く原発に頼らない日本にする」という原理が確立していればいいのだ。簡単で甘いと思うかもしれないが、そうではない。
 「脱原発」を実行すれば、官僚主導の「自動運転政治」を打破することになる。アメリカ主導の産業政策や核による安全保障体制からも脱却することになる。つまりは歴代の日本政府には不可能だった自立へのマスターキーを回すことになるのだ。
 だから「脱原発」の新党は、1回の政界再編で過半数を取れなくても、この1点で協力可能な政党と連立を組むことができる。そこで大事なのは、あくまでも「脱原発の本家」の地位を保つことで、これさえできれば、国民の支持のもとに天下をとるのも夢ではない。
 横丁の隠居が縁台将棋を批評しているように聞こえるかもしれないが、永田町で毎週やっていることも、あまり褒められたものではない。政治家も、夜ごとに首相官邸前を埋める人々の波の中に身を投じてみたら、今までにない世論が渦巻いているのを実感するだろう。日本は変った。
 政治家なら百も承知だろうが、政治が大きく動くときは「勢い」で動く。政界再編をめざして新党を立ち上げるなら、旗には「脱原発」を大書せよ。

政界の風を読む

 国会の会期は、夏までの大幅な延長で調整されるようだ。今日が期限という緊迫感はなくなって、しばらくまた「消費税法案」採決についての駆け引きが展開される。その中で反対を貫く「小沢新党」の旗上げが現実味を帯びてきた。
 人間の集団が求心力をなくして再編成されるときには、独特の力学が働くものだ。各自が思いつきでいろいろなことを言うのだが、その言葉が他人の口を経由して返ってきて、言い出した本人を動かすことがある。そうすると思いつきが確信となり、思いがけない流れを作り出すこともある。
 策士は心をとぎ澄まして政界の風を読んでいるだろう。新党の旗上げをするには悪い時ではない。現状ではどうしようもないと思っている人が多いから、「こうする」という明快な主張には魅力がある。その「こうする」に何を持ってくるかで運命が決まる。
 いま人々が何を求めているか、その核心をつかんで短い言葉にできたらいい。小選挙区制度を恐れる必要もない。風に乗ったら小選挙区は追い風にもなる。なにしろ「支持政党なし」が最大多数なのだから。じり貧の敗戦よりはよいと割り切ればいいのだ。
 こんなとき、妙に血が騒いで、政治家という職業も刺激的で面白そうだと思ってしまったりする。

原理主義が政局を救うかもしれない

(熊さん)ご隠居、民主党はひどいことになりましたね。マニフェストを棚上げして自公と3党合意したら、こんどは党内が分裂しそうな騒ぎですよ。
(ご隠居)本当に末期的なありさまだが、あんまり評判が悪いと、わしは逆にいいところはないかと探したくなる。野田さんの突進は、官僚に入れ知恵された結果だろうが、誰がやっても同じようになる常識的な選択とも言えそうなんだ。消費税が上るのは、法律が通っても再来年からなんだよ。その前にやることができる時間もあるわけさ。子供手当も最低保障年金も、それほど評判のいい政策だったわけじゃない。しかも議論の場は残した形になってるんだ。
(熊)4年間は消費税を上げないという公約は守ってるってんですか。苦しいなあ。
(隠)マニフェスト崩壊、政権交代しない方がよかったみたいな印象は、行き過ぎてるってことなんだよ。長妻さんは今の国会にも公務員制度改革関連とか他の重要法案も出ていると強調していたが、誰もそんな話には耳を傾けない雰囲気になってしまってる。それはやはり公平な判断じゃないな。
(熊)その長妻さんだって執行部側だから、今は野田さんの代弁者ですよね。
(隠)それは立場として仕方ないんだ。だが、あの人のいいところは、信念を曲げない原理主義的な性格を持ってるところだね。先日の防衛省見学ツアーのときも、「究極的には核兵器のない世界にする」なんて言葉が出てきたんで、「へぇー」と思ったよ。政治家が行動の芯になる原理を持つというのは大事なことだ。オバマだって、それだけでノーベル平和賞を貰ったんだから。
(熊)今の日本の政治家には、その原理がない。
(隠)そうだ。だから「究極的には原発に頼らない日本にする」という原理を掲げるだけでも政局は救えるんだよ。じつは小沢グループから長妻さんへ水面下の誘いがあったが、丁重にお断りしたという話を聞いたんだ。私もそれで正解だとは思うが、発想は面白いと思ったね。トップに立つ人は原理主義者でいいんだ。どうせ官僚やら財界やら圧力団体なんかが寄ってたかって「常識的」な政策へ誘導するに決まってる。「万事よろしく」の調整型では、難しい時代には向かないな。
(熊)ふーん、長妻さんの出番が、案外近いのかな。
(隠)本人の迷惑になってはいけないから無責任なことは言えないが、人間として「やれるかもしれない」チャンスがあったら、逃げないでほしいと思うよ。政界はこれから乱世になる。政治家は常に戦場にいるようなものだ。

防衛省見学ツアーに行ってみた



 たまたま機会があって防衛省の「市ヶ谷台見学ツアー」に行ってきました。「自衛隊市ヶ谷駐屯地」であった時代から、車で正門前を通過することは何度もあっても、中に入ってみたのは初めてでした。官庁の中でも、防衛省は許可がないと門の中に入れない特異な場所です。ただし一般のために「見学コース」が設けられていて、これは団体でも個人でも、申し込み制で受け付けられるのでした。午前と午後に時間を決めて、省側の案内に従うシステムです。
 中心にあるA棟を中心とする建築群は、戦後の官公庁建設として最大規模ということです。A棟は地上18階、地下4階の大建築で、屋上に2面のヘリポートがあり、正面は「儀仗広場」となっています。地下には司令室があるとのこと。構内の撮影は基本的に自由ですが、A棟の玄関前を通過するときだけは、撮影厳禁を指示されました。
 構内の西端には、陸軍士官学校として建設され、後に陸軍参謀本部、大本営として使用され、戦後の極東裁判では軍事法廷としても使われた旧1号館の玄関と講堂、大臣室などが移築、復元されています。軍服、刀剣、文書、写真などの展示もあり、PRビデオの放映もあって、見学コースの中の目玉となっていました。
 構内には隊舎もあって、少数ながら駐屯している隊員もいます。儀仗隊が整列の訓練をしていました。防衛省全体としては1万名余りが勤務しているとのことです。厚生棟には食堂や売店もあり、さまざまな自衛隊グッズの販売もしていました。ここには広報展示室もあります。
 あとはヘリの野外展示場で記念写真を撮り、最後に記念碑、慰霊碑を集めた「メモリアルゾーン」を訪れました。この正面に建つ自衛隊殉職者慰霊碑には、1800名余りの隊員が祀られているとのことです。旧軍でも訓練中の事故死は戦死の扱いでしたが、おそらく自衛隊も同様にしているのでしょう。
 見学ツアーは自衛隊の全体像をつかむというよりも、名所観光に近いものでした。しかし自衛隊という実力組織が、確固たる形で存在していることを実感するには充分です。先送りされている大きな問題が一つ、ここにも横たわっているのでした。


ブログ連歌(260)

5179 毒きのこ 目障り良きも 命取り (みどり)
5180  皿まで食うな あと考えよ (建世)
5181 捕まって 逃げ応せたる 心あり
5182  因果応報 他人事ならず (玉宗)
5183 天地にも やましきことの あらざるも
5184  人目避けたき ことなしとせず (建世)
5185 責任を 取ると言うけど どうと取るの
5186  核燃料は ふふんと嗤う (うたのすけ)
5187 とりあえず あれば便利だ それだけで (建世) 
5188  核廃棄物 処理の知恵なし (みどり)
5189 なし崩し それがピッタリ 再稼働 (うたのすけ)
5190  明日をも知らず ただ流されて (建世)
5191 しゃしゃり出る 臆面もなく アノ人が (うたのすけ)
5192  今夜が勝負 議員総会 (建世)
5193 アノ人の お小使いが もの言うか (うたのすけ)
5194  結論なしで 一夜は明けて (建世)
5195 結論を 促すように 暴風雨 (うたのすけ)
5196  避難勧告 全国民に (建世)
5197 青嵐に 心乱さる 夜もすがら (みどり)  
5198  日頃の憂い 一挙に流せ (うたのすけ)
5199 夏来たる こころ晴れずに 蒸し暑し
5200  予感あれども 大地動かず (建世)

「マイム・マイム」の歌詞ふたたび

 昨日の朝日新聞「be」の「うたの旅人」はイスラエル民謡の「マイム・マイム」でした。フォークダンス曲として有名ですが、イスラエル建国当時に出来た「新民謡」で、作曲者も特定されています。私はこの曲に歌詞をつけたことがあるので、その歌詞も紹介されていました。
 歌詞を作ったのは1967年のことです。当時はまだテープレコーダーが普及しておらず、野外でレコードの音を大きく出すというのは、かなり面倒なことでした。そこで歌詞をつけて「歌いながら踊る」方式を発想したのです。イスラエル建国をテーマとした映画で、そのような場面を見たような記憶もありました。作詞したときの情報は「砂漠に水が出たという歌らしい」ということだけでした。そこで砂漠のオアシスをイメージした自由作詞になりました。
 その辺の事情および歌の原語の意味などについては、以前にブログ記事にしたことがあります。「マイム」は「水」であり、以下の囃し言葉は「喜びをもって水を汲む」という意味になります。「うたの旅人」の春山陽一記者は、アメリカまで旅して、この曲に凝縮されているユダヤ人の歴史と心情とを探っていました。まさに神から約束された「いのちの水」であったのです。





 話は変りますが、私は当時この「マイム・マイム」の他に、「オクラホマ・ミキサー」「コロブチカ」「キンダーポルカ」にも歌詞をつけています。趣旨は同様に「歌いながら踊る」ためでした。いずれも「ゆかいな歌」(野ばら社)に掲載されていますが、残念ながら今は絶版です。
 「マイム・マイム」をこの歌詞で聞いたこのある人は少ないでしょうが、珍しい録音があります。1969年に全繊同盟教宣部から出した「友愛コーラス指導テープ」第3集に歌と演奏が入っているのです。歌は矢野素子、アコーディオン横山太郎、ピアノ上北進、アナウンス明石光司(NHKのど自慢第1回優勝者)です。

↓下のボタンで再生できます。


(追記・以下のユーチューブで CSメヌエットの間庭小枝さんが歌っています。)
https://www.youtube.com/watch?v=vuarXje5PWg


無残なり民主党

 消費増税法案の3党合意が成立したと、今朝の新聞はいっせいに大見出しで伝えている。増税とともに社会保障についての民主党主要政策の棚上げでも合意したという。民主党の全面的な屈服としか言いようがない。「ねじれ国会」だから仕方がないというのが、いやというほど聞かされた言い訳だった。その恨みの「ねじれ」の実体はどうだったのか、改めて参議院の会派別勢力図を見て、感慨深いものがあった。
 参議院が自公2党の意のままになるようなイメージがあったが、本当はそうではなかった。「民主党・新緑風会」と「国民新党」を加えた与党の議席数は107、それに対して自公両党は合計しても105議席でしかない。可決に必要な過半数は122だが、自公に同調しない「共産・社民」が10議席あり、「みんなの党」11を加えても足りないのだ。つまりは無所属と小政党の支持を集める争いになる。参議院は与野党逆転ではなくて「与野党伯仲」と呼ぶべき状態にあるのだ。
 もし国会運営に長けた「策士」がいたら、衆議院での優位を生かして参議院でも法案を通すことが、まったく不可能とは思えない。国民世論の圧力を味方につけることもできるだろう。しかし民主党が実際にやったのは、社民党を早々と離脱させ、国民新党をも分裂させた「変節」で支持基盤を弱めることでしかなかった。
 本来は政権与党は支持者を増やす吸引力を持つものである。2010年の参議院選挙で負けたときも、政策的に近い公明党を自民から引き離して、安定した連立を模索する手があるのではないかと思ったが、そんな動きは全くなかった。なりふり構わず社会党党首を総理に頂いてまで連立政権を作った自民党のたくましさとは対照的である。
 とりあえず「非自民」で集まった寄り合い世帯の弱さが出てしまったが、これで「二大政党の交代による政治改革」という大きな構図が頓挫してしまうのは残念なことだ。3党合意の成立は、民主党を分裂させる危険をはらんでいる。もしそんなことになれば、結果として「巨大与党と万年野党」の時代への後戻りになる。
 民主党はもう「終ってしまった」政党なのか、それでいいのか。民主党所属議員は、もう一度衆参両院の会派別勢力図を眺めて、民主党に託された役割を考えてほしい。

追われる者の居場所

 地下鉄サリン事件の殺人容疑などで追われていた元オウム真理教信者の高橋容疑者が逮捕されたということだ。一件落着で「よかった」ということなのだろうが、例によってニュースはこの事件一辺倒になる。現場となったマンガ喫茶の前は、各社の中継カメラが並ぶ一時的な新名所になってしまった。おかげで税と社会保障に関する3党協議などの話題は小さくなっている。
 駅や街頭に設置された防犯カメラの解析から、容疑者は遠くへは行っていないという判断が警察から示されていたが、その通りだった。膨大な情報量を処理するのは大変な仕事だとは思うが、これが防犯対策の進歩というものなのだろう。それだけ犯罪者は逃げるのが難しくなるのだから、世の中は安全ということになる。
 報道によると、追いつめられてからの容疑者は、数軒の個室ビデオ店を転々としていたということだ。土地勘のある者であっても、そんな場所にしか居場所を得られないのでは捕まるのは時間の問題でしかない。捜査の網にかかりそうな場所にしかいられなくなったということだ。
 妙なことだが、昨日あたりから追われる者の居場所ということが、ちょっと気になっていた。たとえば容疑者が捜査とは全く無関係な個人宅に匿われたとしたら、おそらく半永久的に捕まることはないだろう。自由な外出はできないにしても、衣食住が足りていれば天寿を全うすることも不可能ではない。最後は孤独死しても、関係者もすべていなくなったあとの発見なら、誰の迷惑にもならない場合も考えられる。
 だから容疑者にとっては、当局が気づかない知人の家に匿われるのが一番安全になる。特高警察時代の「主義者」も、「アンネの日記」時代のユダヤ人もそうだった。これらは特定の権力により追われていたので、匿ってくれる同情者も現れたのだろう。権力者にとっては犯人を匿われては不都合だから、犯人蔵匿の罪というものを設けている。
 このエントリーは、何を言いたいかを決めないまま書き始めたので、最後をきれいに締めることができない。ただ、何ものかに追われる悪夢を見たことのある人は多いだろう。追われる立場になったら町の風景は一変するはずである。自分は絶対大丈夫だ、何も悪いことはしていないと思っても、追われる悪夢というものはある。今夜も自宅で眠れることに感謝しよう。

ブログ連歌(259)

5159 何故に引く 危険なカードを あの方は (うたのすけ)
5160  原発村の 包囲に負けて (建世)
5161 核よりも 牛生レバー 危険だと (hana)
5162  隠し置きたい 冥府の底は (建世) 
5163 オンカロを 千年見据え 掘り続け (みどり)
5164  先進日本で なぜそれ出来ぬ (建世)
5165 消費税 再来年とは 気が長い
5166  鬼は呆れて 宴会始む (うたのすけ)
5167 決めたがる 明日も知れない 内閣が
5168  自民公明 尻馬に乗せ (建世)
5169 せめてその 呉越同舟 といきたし (うたのすけ)
5170  どこへ行くのか 怪しさあれど (建世)
5171 公約の 旗を降ろして 談合す
5172  雑居ビル化の 国会議事堂 (建世)
5173 雑居ビル 変じて猿山 ボス跋扈 (うたのすけ)
5174  自ら侵す 国民主権 (みどり)
5175 公約を 二束三文 三代目 (建世) 
5176  とかく世間じゃ その辺りてパー (うたのすけ)
5177 綱渡る ような日本は 梅雨の中 (建世)
5178  互いに揺らし 生存賭ける (うたのすけ)
5179 毒きのこ 目障り良きも 命取り (みどり)
5180  皿まで食うな あと考えよ (建世)

公約を 二束三文 三代目

(熊さん)国会の3党協議が大詰めだって、民主党の公約がどんどん棚上げになりそうだけど、どうなっちまうんですかね。
(ご隠居)なんせ「ねじれ国会」だから、野党が賛成してくれないと法案は通らない。野田さんが頼りないのもあるが、誰がやったって難しいことは確かなんだよ。ふつうは野党が「こっちの言うことも少しは聞いてくれ」と与党に頼むんだが、今は与党が野党に「少しは格好つけさせてくれ」と頼むようなありさまだな。なにしろ首根っこを押さえられてるから弱いんだよ。
(熊)決められない国会じゃ困るから、解散選挙しちまえって声もあるんでしょ。
(隠)それが自民党の理屈だな。参議院には解散がないから、自民党が衆議院で勝って「ねじれ」を解消するしかない。でもそれは自公政権が復活することだから、わしも賛成はできないな。
(熊)政権交代しても、民主党がすんなり法律を通せたのは、最初の1年間もなかったんですよね。
(隠)そうだよ、2010年夏の参議院選挙がまずかったな。順当なら民主党が勝って基盤を固められるところだったのに、菅さんの「消費税」発言で、逆に大敗して参議院の過半数を明け渡してしまった。厳しいようだが、政権交代を台無しにした菅さんの責任は大きいな。二代目は楽して成果を上げられる筈だったのに、それが逆になった。窮余の策で大震災では自民党に「挙国一致連立内閣」まで持ちかけたが、責任を引き受けたくない自民党に断られてしまったんだ。
(熊)ああ、そんなこともありましたね。すると、あと1年以上も、こんなことが続くんですかね。
(隠)それが誰に聞いても、さっぱりわからんのだよ。このままでいいとは誰も言わないが、ねじれたままでは、ねじれを直す方法を言い出すこともできない状況だね。政治のデフレスパイラルが続いてるようなもんだ。とにかく今は、当面の関門突破だけにしぼって、なりふり構わず妥協を急いでるように見える。国家百年どころか、来年のことも考えるヒマがないんじゃないかな。
(熊)3党協議の場では、長妻さんが憮然とした顔で横に座ってましたね。
(隠)あの表情が今の民主党を象徴してるな。つらいだろうと思うよ。
(熊)おいらはただ見てるしかないんですかね。
(隠)残念ながら永田町の壁の中でやってることだ。わしらにできることは、そうだな、「だめなものはだめ」ということを、あきらめずに言い続けることだな。

明日死ぬが如く生きよ、永遠に生きるが如く語れ!

 表題はマハトマ・ガンジーの言葉だそうです。「自由進歩マガジン『青旗』!」ブログの2012年、年頭記事に掲げられていました。このブログ主である(ハンドルネーム)恩義(Oblige347)さんが医療の目的で日本に滞在中ということで、面会したいとのメールがあり、ランチをごいっしょする機会を得ました。
 高校まで日本にいたが不登校になり、イギリスのスコットランドに渡って大学教育を受け、歴史学から数学、経済学を修め、計量経済という分析法を身につけたとのことです。書かれたものを見て難しい理論家のようなイメージを持っていましたが、会ってみたご本人は話し好きの好青年でした。「まずは気楽な雑談をしましょう」との前提でしたが、楽しいひとときでした。
 海外に出て活躍している日本人で、日本の現状に関心を寄せている人は少なくありません。今はインターネットを使ってリアルタイムで発信してくれますから、私たちも「外から見た日本の姿」を知ることができます。日本の現状は「政府と日銀が、けんめいの努力で経済を悪くしようとしているとしか思えない」ということでした。
 とは言え世界の現状は楽観を許しません。通貨だけを統合したヨーロッパが破綻を免れるかどうかは不透明です。先進国がグローバル化すればするほど、構造的に失業者が増えるのは、世界共通の問題です。私は根が楽観的ですから「世界から貧困がなくなる日」などを話題にしたくなるのですが、これからしばらくの間、世界が深刻な混乱期を経験するのは避けられないようです。
 表題の言葉が今日の話題になったわけではありませんが、自らの立ち位置を確かめ、身を守りながらも「あるべき世の姿」を語り続けるのは大切なことだと思いました。「21世紀の末が見通せるような本を書いて下さいよ」とエールを送って別れました。

1歳半〜3歳児の幼児教育研究について協力グループを募集します

 該当年齢の複数の子供さん(できれば10名以上)を共同保育していて、週に2〜3回2時間程度、自由な時間にDVDをつけておいて、子供たちがどのように関心を示すかの調査(1ヶ月程度)に協力して下さるところを探しています。「一年生の漢字」「ひらがな」などの教育ビデオを見せる予定です。
 私が教育ビデオを開発した初期に、当時1歳半だった孫は、漢字のビデオが何よりも気に入って、2歳までの間に1年生の漢字80字全部の形と音訓の読みを覚えてしまいました。この年齢での記憶力がすぐれていることは研究されていますが、学習的な記憶はその一部分に過ぎません。また全部の子供がビデオに興味を示すわけでもなく、一定の「相い性」があるようです。
 ただ、遊びと学びが分離していない時期に覚えてしまった漢字の知識により、その子が学齢になってから「得をした」ことは事実です。だからといって以後ずっと学業優秀だったわけでもありませんが、少なくとも幼時に教育ビデオを好きで見ていたことが、成長に資することはあっても、マイナス要因にはならなかったと思っています。
 ですからこれは決して早期教育の押し付けではなく、自然状態での子供の興味の持ち方を調べてみたいのです。幼児の発達についてはさまざまな研究があり、発達を助けるとされる教材も開発・販売されています。私も「おぼえちゃおう!九九」のビデオを発売して以来、この業界では先駆だったと思いますが、自分のやってきた仕事を総括して、資料として後に残すことを考える年齢になりました。
 保育グループは、どのような形式であろうと結構です。私はポータブルのDVDプレーヤーを持参して、子供と遊んだり保育のお手伝いもしながら子供たちの様子を観察します。使ったDVD(にっく映像蠅寮宿)を贈呈する程度のことはあるかもしれませんが、特段の研究協力費など提供の予定はありません。地域は、JR中野駅から1時間で行ける範囲だと好都合です。
 ご協力いただける可能性がありましたら、このブログの「プロフィール」に表示しているメールにご連絡ください。あるいはコメント欄を使っていただいても結構です。

60年安保の国会前



昭和35年「60年安保」のときの国会正門前です。一段高い人垣は、バリケードとして並べた機動隊バスの屋根の上に立っているのです。流れている煙は火災でも催涙ガスでもなく、当時の映画カメラマンが照明のために焚いていた「フライヤー」の煙です。感度の低い当時の映画フィルムは、強い照明でないと「絵にならなかった」のです。私はこの現場を間近に見ていました。これを見て、何を感じますか。
 妻の感想は「日本もまだ元気だったのね。原発は安保よりも大事なのに。」でした。
 社会党も労働組合も、まだ元気でした。だからこれだけの動員力で国会を囲んだのです。しかしそれで安保条約が破棄されることはありませんでした。いつまでも「3分の1の壁」を破れない「革新勢力」でした。
 あれから半世紀以上が経過しています。激しいデモもストライキも影をひそめました。だから日本の国は平和で幸せになったのでしょうか。
 政治は選挙で変えられると思ったのは、一時の幻想に終るのでしょうか。安保闘争に郷愁を感じるとしたら、それは政治的主張を全身で表現できる場があった時代を懐かしんでいるのかもしれません。
 機動隊と衝突しなくても政治が変えられる方法があれば、その方が多くの人が参加できます。機動隊員も同胞に向かって盾を構えなくて済みます。政治的関心の効果的で今日的な表現方法を、もっと探してみたい。私はそんなことを考えています。

首相官邸前の歩道・国民の声がそれほど怖いのか

 首相官邸前の歩道に、不思議な看板が現れたというので見に行ってきた。たしかに国会記者会館前にそれは立っていた。この6月下旬から12月21日ごろまで「傷んだ歩道を直す工事」をしますと書いてある。しかし歩道はきれいなままであり、東京を代表するような目立つ場所の舗装を直すのに半年もの工期が必要なはずがない。このところ連続する官邸への抗議行動に対抗して、人が集まれる場所を狭くする意図が明瞭に見える。もちろん承知の上で、威嚇の効果を狙っているのだろう。
 なんとも浅はかで姑息な手段を弄するものである。かつては新宿東口アルタの前に「反原発」の人たちが集まるようになったとき、植え込みの工事をするという名目で長い塀を立て、歩道を狭くする処置を強行した。今度は首相官邸の目の前の歩道だから、官邸が知らない筈がない。あるいは官邸主導の「国家戦略」なのかもしれない。世にも情けない首相府ではある。
 この7日木曜日には、ここで福島の女たちによるダイ・インも行われた。連夜にわたって抗議デモが集中している事実も、ようやく新聞が報道するようになった。これらはきわめて健全な現象だと私は思っている。国政に意見を述べる言論および表現の自由は、憲法で保障されている。交通の妨害、公序良俗違反などの特別の理由がない限り、犯罪として取り締まることはできない。この原則は街頭、駅頭などすべての公共空間に適用される。
 民主主義のもとに成り立っている政府は、権力を用いて批判の言論・表現を封じてはならない。自らの政策が正しいと思うのなら、なおさら批判に耳を傾け、真摯に説得すべきではないか。姑息な手段でのデモ封じでは、自信のなさを告白することになる。今からでも遅くはないから、みっともないこの工事計画は、官邸の名誉のために直ちに撤回するのがよい。



首相官邸は、この画面の左手奥





(追記・土木建設に詳しい深山霞さんから「この歩道は使用限界にきている」というコメントも入っています。)

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
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