志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2012年07月

湖上祭の思い出・深夜の湖上での孤独

 毎年7月31日には箱根で湖上祭が行われ、水上花火大会がある。これは箱根神社例祭の前夜祭に当るもので、元箱根の神社前の湖面には観光船も集まって例年の名物行事になっている。母の晩年には見晴らしの良い食堂の二階席を予約して楽しんだこともあった。また、この日は妻の誕生日でもあるので、いろいろ思い出すことが多い。
 もっと古い学生時代のことなのだが、湖尻に近い温泉荘に父が山小屋を持っていたので、夏はそこで過ごすことが多かった。昭和30年前後のことだと思うが、湖尻から手漕ぎのボートを借りて湖上祭の花火を見に行ったことがある。漕力には自信があり、ボート屋のおばさんは顔見知りだから適当な料金で折り合いをつけた。夕方に漕ぎ出して、2時間ほどで元箱根の会場近くに着き、無事に花火見物はできたのだが、帰途で湖上に霧が出てきた。
 帰りは星明りで方向はわかるだろうと思っていたが、霧は計算外だった。湖岸の民家の灯りがなくなる所まで来たら、ついに完全な闇の中になった。懐中電灯は持っていたのだが、数メートルの白い棒のようになるだけで役には立たない。方角がわからなくては漕いでも意味がないから、一人で水の上に浮いているだけになった。舟べりの小さな波音のほかには音もない。
 自分の位置が地上にはなく、湖底からも距離のある水の上というのは、奇妙な感覚だった。それでも具体的な危険は何もないことは自覚していた。最悪でも霧が晴れるか朝になるか、明るくなるまで待つだけのことだ。しかし、周囲から押し寄せる言いようのない圧迫感は何なのだろう。こういうときに人は湖底に住むという竜神を信じたりするのだろうか。
 このボートに一人だけでなく、もう一人の人がいたらどうなるかも考えた。おそらく一人だけとは天と地ほども違う状況になるだろうと思った。その相手が妹でもいいし、恋人だったらもっといい。天地創造みたいな大きな物語が始まりそうな気がした。しかし一人だけでは何も始まらない。ただ自分という存在をあるままに維持するので精一杯になっている。これが淋しいということなのだと思った。自分のいつものやり方で、この状況を招いた。
 この時間がかなり長かったから、今でもよく覚えている。結局は少し霧が薄れて遠くに灯火が一つ見え、そこは大学寮の船着場だったので事情を話してボートを係留してもらい、地上を歩いて帰宅した。翌日にボートを引き取りに行ったのだが、この一連の行動で誰からも叱られた覚えはない。
 暗闇の中で水に浮かんでいた一時間ほどの経験は、私の中では一つの自信になっている。


ブログ連歌(269)

5359 すぐこうだ アベック金と マスコミは (うたのすけ)
5360  にわか解説 一喜一憂 (建世)
5361 猛暑日で 日本列島 真っ赤っか
5362  空爆被害の 過ぎ日さながら (うたのすけ)
5363 天災は 戦災に似る さりながら
5364  敵の悪意の なきをよしとす (建世)
5365 原爆展 むごき真実 広めゆく (みどり)
5366  「語り部」絶えても 写真は語る (霞)
5367 語り部は 雲霞のごとく 生まれ出づ
5368  怨念の火の 包囲の夜に (建世)
5369 十重二十重 がんじがらめで もがくのは (うたのすけ)
5370  民主忘れた 末路なりけり (建世)
5371 ベルリンの 壁を匂わす どよめきぞ (うたのすけ)
5372  時代を開く 鉄槌下る (建世)
5373 西班牙が 予選で負けて 拍子抜け (パープル)
5374  栄枯盛衰 常ならぬ世は (建世)
5375 乃木坂を 歩めば蝉の 鳴きしきる (建世)
5376  殉死の悲話を 告げるかの声 (みどり)
5377 厩舎には璞號(あらたまごう)と 壽號(すごう)の名 (花てぼ)
5378  いにしえ思う つわもの(兵)が夢 (くるみ)
5379 音もせぬ 花火の記憶 よみがえる
5380  老人仲間の 母に会いたし (建世)






国会議事堂を包囲した怨念の渦

 昨夜の「7.29脱原発国会大包囲」に参加してきました。自分の体力を考え、夕方7時ごろから国会正門前の向かって右側の坂道を上がり始めました。今日は国会前庭の憲政記念館側が「ファミリーエリア」とされていました。すでに「正門前は非常に混雑しています」と警告されていましたが、人混みに揉まれながらも、なんとか正門前を経由して国会図書館前から永田町の地下鉄入り口まで、一時間足らずで議事堂を半周することができました。
 いつもながら、ドラムなどの「鳴り物」と、キャンドル、提灯、LEDなどの「光り物」が活躍していました。地上を歩いている立場では、どれほどの人が集まっているのか見当はつきません。しかし桜田門の駅前からすでに相当多くの人が出ていましたから、周辺地区を含めた総数は巨大なものでしょう。主催者スタッフは「国会包囲は、ただいま完成しております」と触れ回っていました。
 警備の方針は少しも変りません。歩道に細長く群集を並べて進路をふさぎ、自由に行動させないことです。国会正門前を横断させず、左右に分断するのも前回と同様でした。その規制に対しても、群集は泣きたくなるほど従順なのです。汗まみれで押し合っている向かいの議事堂側の涼しげな歩道では、警官と平服の議会関係者か報道か、少数の人々が特権階級でもあるかのように、こちらの混雑ぶりを観察しているのでした。









 自動車の通行が優遇されている点も変りがありません。「交通障害なし」が警備の成績のつもりなのでしょう。多くの人を集めるのは運動として成功でしょうが、事前に届け出て許可を受けて行う大衆行動の限界もあると思わざるをえませんでした。「集まっても構わないが、交通障害は起こさせない」という規制方針は、現政権の態度を象徴しているように思われます。
 この夜、国会周辺に集まった人たちが、この規制に好意的な感情を抱いたわけがありません。聞く耳を持たない政権には、この怒りを機会さえあれば思い知らせてやりたい、そんな怨念が各所に渦巻いているように見えました。
(追記・今朝になって、私が通過したすぐあとで正門前の規制線が破られ、群衆が広い道路を埋めたことを知りました。物理的な多数の前には、警備計画も破綻するのですね。いいかげんで政府は現実を直視すべきです。)


脱原発中野でもパレードと緑の党

 昨日は地元の中野で「脱原発中野でもパレード」がありました。若者が中心になって5月あたりから活動を始めたようで、高円寺に隣接する中央線沿線の「何でもあり」文化に親和性がありそうです。「中野でも」の「も」を強調して、子供でも隠居でも誰でも何でもいいから集まろうと呼びかけていました。
 私は長妻昭の地元報告会に顔を出していて、新宿西口へ行く途中の中野通りでパレードと行き会いました。最近の脱原発イベントでは「デモ行進」とは言いません。アピールしながら街を歩くのはパレードなのです。その考え方が、よく出ている行進でした。集会は15時半から紅葉山公園で行われており、にぎやかな盛会で、社民党福島みずほ党首の声も聞こえたということです。隊列は思いのほかに長く、ブログでは700名参加という数字がありました。(参加した区会議員のtwitterでは1300名としてあります。)







 歌入り、演奏入りのパレードです。トラックの荷台に人が乗るには警察の許可がいるそうで、建前は「積荷の管理に必要な人数」に限られるとのこと。ミュージシャンは楽器や器材の「管理人」なのでした。苦労したスタッフは、それでも「中野警察署は、やさしかった」とブログに書いています。





隊列は2車線道路の片側を完全に埋めていましたが、警備の警察官は、ほとんど見えないほど少数でした。日曜日の午後、一時的な車両止めがあっても、大規模な混乱は起きません。ドラム隊はパレードの華です。元気に最後を締めていました。このほか、このグループは水曜日の夜に閉店後のサンモール商店街で「オキュパイ」も試みているとのこと。息の長い活動をしてくれそうです。
 同じ28日には、日本版の「緑の党」も正式に結成されました。私は前身の「みどりの未来」のときからサポーター登録をしており、結成総会への出席もわざわざ勧誘の電話をいただいていたのに、不義理をしてしまいました。今朝の新聞でも取り上げられており、行くべきだったかと、少し悔やんでいます。まだ在籍する国会議員はおらず、次の参議院選挙から国政選挙に参入するとしています。
 今の情勢でゼロからの手堅いスタートで間に合うか、とも思いますが、とりあえずは山口県知事選挙に出馬している飯田哲也氏の選挙結果に注目です。それと、今日の夕方から夜の国会包囲大行動にどれほどの人が集まるか。こちらの方が、オリンピックよりもずっと大事な「熱い戦い」になると私は思っています。

オリンピックでも戦争は止まない

 NHKの総合テレビは朝からロンドンオリンピックばかりになった。華やかで豪華で、適度に親しみやすく、健康そうな笑顔に満ちている。見渡すかぎり、この世のどこにも不幸や貧困や紛争は存在しないかのようだ。全体が工夫を凝らした巨大なCMのように見えてくる。世界の国々が存在感をアピールする宣伝の舞台と見ても、見当違いではないだろう。
 古代のオリンピックでは、期間中は戦争を一時的に中止する習慣があったそうで、だから「平和の祭典」とも呼ばれるのだが、近代のオリンピックはそれほど牧歌的ではない。1940年に東京で予定されていたオリンピックは戦争で中止になり、その代わりに「紀元二千六百年」の祝典が行われた。世界大戦が終ってからも、敗戦国の日本は参加を認められなかったし、冷戦時代には、アメリカとソ連が交互に相手国での開催をボイコットしたこともあった。
 今もシリアでは内戦状態が続いている。アサド政権側の委員の入国を英国政府が拒否したというニュースもあったが、どうやら選手団は参加しているらしい。だからといって、オリンピック期間中にシリアで一時停戦が実現することはなさそうだ。もし選手が入賞したら、国旗や国歌はそのままでいいのだろうか。そのほか「テロとの戦い」は継続中だし、競技場の防衛に対空ミサイルまで配置しているという。
 日本の国内も問題が山積したまま酷暑を迎えている。原発の再稼働続行や、沖縄高江のヘリパッド建設、オスプレイの受け入れ、増税法案の可決など、マスコミがオリンピックに集中している間のどさくさに進めてしまいたい案件がたまっている。高まってきていた市民の抗議行動は、このオリンピックでどんな影響を受けるだろうか。昨夜の老人党護憲+の例会では、話が別だから影響ないという意見が多かったのだが、少しは希望的観測のようでもあった。
 明日の29日日曜日、恒例の「金曜日官邸前デモ」を進めてきた市民連合は、午後7時に国会議事堂を抗議のキャンドルで取り囲む大規模集会を呼びかけている。「日曜日の議事堂は、中に誰もいないよ」という者もいるが、ヤボは言わないことにしよう。フランス革命で民衆がバスティーユの監獄を襲撃したのは有名だが、このとき解放された囚人はコソ泥が数人だったと聞いたことがある。民衆の力が結集することが大事なので、議事堂はシンボルなのだ。
 事前の集会もあるし、夕涼みには早い時間だが、なるべく多くの人に来てほしいと思う。話の種に見物する気分だって構わない。いい汗をかいて、夜は冷房でさわやかに、ゆっくりテレビを見たらどうだろう。

暑さと五輪と政局と

(熊さん)ご隠居もちっと暑さに当てられましたか。またお休みでしたね。
(ご隠居)夏には強いつもりだが、いろいろあって、ちょいとぼんやりしたな。でも大丈夫だ。
(熊)やっぱり夜のサッカーは見てたんでしょう。
(隠)昔は「蹴球部」だったからな。見はじめると最後まで行ってしまう。これは仕方ない。脱原発は大事だが、それはそれ、これはこれだよ。いろんなものがあって人生だよ。オリンピックの開会式はあるし、テレビを見ていたい人は増えるだろう。29日の国会大包囲抗議行動にも、多少の影響はあるかもしれないな。でもそれで運動が下火になるってことじゃないと思うよ。当面の話題がオリンピックになろうと、忘れちゃいけない問題は、必ずまた浮かんでくるさ。
(熊)この大事なときにオリンピックを見るのは裏切りだ、なんて怒るのは筋違いってことですね。
(隠)そうだよ。ようやく新聞でもテレビでも論じられるようになったが、ノンポリだったふつうの人たちが、自ら進んで抗議行動に集まるようになったのは、日本の歴史で初めてのことなんだよ。政治で決まることには文句を言っても仕方ないと思っていたのが、実際に町へ出て「反対」の声をあげる経験をした人が増えてきた。つまり政治への注文の「見える化」が始まったんだ。みんなの意識が高まれば投票率も高くなる。民主主義が機能する可能性が高くなったと言えるだろうね。
(熊)でも国会の中では浮世離れしたような議論を延々とやってるし、野田政権の政策は変りそうもありませんよ。
(隠)八方ふさがりの野田政権には、あれより他にやりようがないんだ。解散権は首相にあるから、案外長く続くかもしれない。でもその間にも抗議行動は高まって、みんなの不満はマグマのように溜まる一方だろう。そして次の選挙がいつになるか、どんなに遅くても来年夏までの間に来る。この選挙が日本の大きな転換点になるだろうね。
(熊)暑さもオリンピックも乗り越えて、次に備えるってことですか。
(隠)もちろん、今できることは手抜きしないで、それでもこの夏はテレビも冷房も適当に使って、健康第一に過ごすことだな。わしはこの8月の末には、対馬へ行こうと思ってるんだ。出身校でもある私立武蔵高・中学校のホームステイの恒例のイベントがあって、知り合いの先生が行くので、現地でちょっと会えそうなんだ。秋には、おつきあいの長いUIゼンセン同盟が組織統合して日本一の大産別組織になる。そこでビデオを一本作るんだが、テーマは「強くそして大きく」だよ。所属組合員の半数は非正規の労働者なんだ。日本の労働組合の歴史は今年で百年になるんだが、現代的な役割は何か、改めて考えてみるよ。

ブログ連歌(268)

5339 この国の 先行き見ずに 死にたくなった (うたのすけ)
5340  死ぬは必定 急ぐことない (建世)
5340B  生き難き世も 夫婦善哉 (みどり)
5341 お言葉に 甘えて上る 夫婦坂
5342  杖を担いで 鼻歌まじり (うたのすけ)
5343 いじめても いじめられても 生きねばならぬ 
5344  生きて生き 大往生 (パープル)
5345 沖縄の 怒りを知れと 官邸前 (建世)
5346  政権末期 馬耳東風 (霞)
5347 牛馬の耳 まともな耳は いずこにや (うたのすけ)
5348  国会審議は 儀式のように (建世)
5349 呆れます 敷かれたレールを なぞるだけ (うたのすけ)
5350  五輪の陰に 軍備強化す (みどり)
5351 なでしこが 幸先良しの 一勝を (うたのすけ)
5352  女性パワーが 日本を救う (建世)
5353 猛暑日と 聞かされ朝から 萎えている (うたのすけ)
5354  打ち水代わりに 弱めの冷房 (建世)
5355 倫敦で 西班牙に勝つ 大和なだし (パープル)
5355B 信州も 真夏日よ 風呂上りは
5356  扇風機出番 団扇は休憩 (くるみ)
5357 オフサイド 知らずにサッカー 声援し (うたのすけ)
5358  テンポの速さ 今昔の感 (建世)
5359 すぐこうだ アベック金と マスコミは (うたのすけ)
5360  にわか解説 一喜一憂 (建世)

「日本という国」はどこにあるのだろう

 昼のテレビは参議院の「社会保障と税の一体改革特別委員会集中審議」なるものを中継放送していた。よく見る顔ぶれの人たちが、よく見聞きした話のおさらいのような問答を繰り返していた。法案を採決するためには、このような手続きが必要不可欠であるらしい。国会議員にとっては働いている現場を見てもらう舞台だから、手抜きするわけには行かない。それはわかるのだが、「政治の現場」を見ている緊迫感が感じられないのは、なぜだろう。
 夕方のNHK「クローズアップ現代」では、水俣病救済の期限を目前にして「苦海浄土」を書いた石牟礼道子さんが語っていた。50年たっても「和解」がなく、線引きと切捨てで終ろうとしているのを悲しんでいる。被害者とともに何度も上京し、座り込みもした人生だった。「東京まで行っても日本の国はなかった」という言葉を聞いたという。苦しみに耳を傾け、進んで救いの手をさし伸べてくれる母国はなかったというのだ。裁判で負けては少しずつ責任を認めてきた歴史だった。
 ある被害者は「国も許す、チッソの会社も許す。許さなければ自分が苦しくてたまらない。それでも生きていたい」と言いながら死んでいったということだ。被害者たちは「日本の病気」を自らに引き受けて病んでくれたのだと石牟礼さんは語っていた。80代の半ばとなり、パーキンソン病とたたかいながらも、石牟礼さんの意思は明瞭だった。「国は最初に徹底した基礎調査をすべきだったのに、それを怠った」というのだ。真実を明らかにすれば、救済と和解は成り立ったかもしれないのに。
 「自分たちの国を作りたい」という言葉もあったという。ごく最近も聞いた言葉と同じだった。そう「阿武隈共和国独立宣言」だった。偶然の一致ではあるまい。水俣も、原発も、オスプレイも、根っこは通じていると思った。自分たちで作った国なら、こんなことが起こるわけがない。他者として民の前に立ちはだかる「日本の国」とは、いったい何者なのか。
 選挙で負けた少数派は我慢しろと多数派は言うのだろうか。ならば選挙に勝っても「日本の国」が変らないときは、どうしたらいいのだ。議会主義を捨てて、直接行動主義に先祖返りしろとでも言うのか。それでは血と涙の歴史を、最初からやり直すことになる。自己破滅は負けに等しい。
 今の永田町を探しても「日本の国」は見つかりそうもない。しかし本当に欲しいものを手に入れたかったら、一度の失敗であきらめてはだめだ。

プロ野球選手会が投じた日米対等への第1球

 労働組合・日本プロ野球選手会は、第3回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)への不参加を全会一致で決めたということだ。理由は、あまりにもアメリカ本位になっている運営に対して改善を求めたにもかかわらず、運営団体から何の反応も得られないからだという。過去2回は日本が優勝して「侍ジャパン」の名を高め、スポンサー料の負担も日本が最大だったのに、アメリカ側の取り分は3分の2、日本には13%しか配分されないなど、アメリカ基準の不公平が目にあまるということのようだ。
 選手としては参加して活躍したいのはもちろんだが、将来の日本野球界のために、公平な野球の世界大会を実現したいという意気込みは、壮としたい。アメリカ側には、野球はアメリカの国技だから、アメリカが中心で当然とする空気があるのだろう。日本の柔道にも似ているのかもしれない。しかし柔道は国際化を受け入れ、オリンピックにも取り入れられる国際競技になった。アメリカも得意のグローパル化を受け入れるのなら、野球を独占する感覚から卒業する必要がある。
 理は全面的に選手会側にあると思うのだが、日本の運営機構はすでに参加を決めており、これから選手会の説得に当るということだ。政治的な判断を先行させて「国民の期待を裏切らない」ための妥協工作を始めたりしないかと気になる。本来なら選手会の決意を力として、アメリカ側に運営の改善を求めるべきだと思うのだが、日本選手会とWBCI(運営機構)と、どちらの側に立つのか、これから注視しなければならない。
 野球にはルールがあり審判がいるから、日本はアメリカとも対等に戦って優勝できた。それ以外の外交でも経済でも技術でも、日本政府がアメリカとは対等の交渉をしない姿を、いやというほど見せつけられて今に至っている。アメリカ追従基準から真の世界基準で物を言う日本へ進む、その第一歩を労働組合・日本プロ野球選手会の決議に重ねるのは、期待し過ぎだろうか。

「権力の病理・誰が行使し誰が苦しむのか」を読む

 「権力の病理」(ポール・ファーマー著、みすず書房)を読みました。「医療・人権・貧困」をテーマとした著作です。著者はアメリカ出身で、長年にわたり貧困国で医療活動に従事してきた医師であり、人類学者です。医療が高度に発展したと言われる現代でも、貧困国には健康な生活のための医療を受けることのできない多くの人々がおり、格差は拡大しつつあるというのが著者の見解です。
 膨大な原注と文献、索引を備えた大冊で、読み通すのに非常に疲れました。貧しい医療しかない所には貧しい暮らしがあるわけで、それは個人の努力を超えた構造的な「選別」です。つまりは医療を通して見た現代社会への告発で、批判の矛先は新自由主義とグローバル経済に向けられています。医療を市場経済に任せたら、基本的人権の大切な部分である健康は、万人のものにならないというのです。しかし、そのための社会改革の方策は、必ずしも明示されません。現場からの報告と告発に重きを置いているようです。
 内容は「証人となる」および「人権をめぐる一医師の視点」の2部で構成されています。証言はいずれも実名を入れた詳細なもので、死に至るまでの必然的な経過を説明しています。それは医療を受ける以前からの政治的暴力や、極度の貧困、飢餓などの状況を含みます。中でも印象的なのは、ロシアの刑務所における多剤耐性結核の蔓延でした。不衛生で過密な拘置生活の中で、収監者は裁判を待つ間にも、多数が病死という処刑を受けてしまうというのです。そして刑期を終って社会復帰する場合には、不徹底な治療の結果としての多剤耐性結核を国内に広めることになります。
 ちなみに、ロシアとアメリカは、人口比で刑務所に入っている者の多い、世界でも突出した「収監者大国」だということです。さらにアメリカは「医療の商品化先進国」でもあります。品質と価格は需要と供給で決まり、公的な医療保険は国民から強い反発を受けています。ただしこの場合の国民には、医療から無縁にされる貧困層は含まれません。
 世界人権宣言の第25条が、医療を基本的人権の大切な一部分であるとしてから50年を経ていますが、良質な医療を受ける権利は、貧困から救われる権利とともに、まだ世界に普及していないのです。「難なく直せる筈の病人」が倒れていく姿を見てきた著者の告発は、かなり左翼的になっているように見えます。

「阿武隈共和国独立宣言」を読む

 「阿武隈共和国独立宣言」(村雲司・現代書館・1200円+税)を読みました。まだ正式な発売前ですが、アマゾン等では、すでに予約受付を始めています。この夏に大きな話題にしたい本です。原作は新宿西口スタンディング仲間でもある著者の「梅が丘通信」(俳句・文集の定期的自費出版)に掲載された短文でした。福島県飯館村をモデルとし、全村を放射能汚染された村の老人たちが国に抗議して、土地と共に滅びる覚悟の上で独立を宣言するという空想物語です。
 これに出版社から声がかかり、著者がこれまでの全人生を叩き込んだような迫力ある一編の小説が仕上がりました。私は井上ひさしの「吉里吉里人」のような、時代風刺とローカル色を強調した軽妙な作品になるかと思ったのですが、その痛快さは残しながらも、国家と国民とはどういう関係なのかを、根本から考えさせてくれる深みを見せてくれるのです。
 著者は1945年つまり終戦の昭和20年生まれです。終戦とは太平洋戦争の終りだけでなく、日本が戦争をしない国になった終戦だと思って育ったということです。それが「もはや戦後ではない」と言われるとともに憲法は邪魔物のようになり、経済発展を追求してきた果てに原発の時代がきました。その犠牲に供されたのが「阿武隈村」だったのです。
 ですから「阿武隈共和国」の憲法は、天皇に関する部分のみを除いて「日本国憲法」をそのまま採用します。「故郷の山河を捨てろと国が強要するのなら、自分たちは国を捨てる」と決意した共和国の人々によって、日本国憲法は守られ伝えられるという逆転が、ここで生じます。
 ところで、日本国はこの「国の中に国を作る」企てをどのように扱うでしょうか。それを書いたらネタバレですから書きませんが、今の日本政府が「阿武隈共和国」をやさしく包み込み、平和共存を図るとは信じられません。物語は悲劇へと進まざるをえないのです。
 しかしこれは、あくまでも小説です。著者の思考に自由な形を与えた劇的な空間です。私たちはどんな国に住みたいか、いろいろな記念日がめぐってくる夏に向けて、思いをめぐらす格好の材料になるでしょう。心からお勧めする一冊です。

ブログ連歌(267)

5319 非戰国 非核の誓い 忘れまじ (みどり)
5320  被爆忘れず 被曝許さず (建世)
5321 仲間うち 誹謗離反が 相次いで
5322  家庭崩壊 憂き目さながら (うたのすけ)
5323 民主党 民が主役は どこへやら (建世)
5324  何が何だか 分からん党に (うたのすけ)
5325 首引きの 鬼の加勢に 動揺す (みどり)
5326  頃合いはかり 逃げる算段? (建世)
5327 そりゃないよ それじゃあんまり ひどすぎる (うたのすけ)
5328  逃げるより前 追い出されるか (建世)
5329 梅雨の明け 気持ち切り換え 盆おどり (みどり)
5330  来たよ来ました 今年も来たよ (うたのすけ)
5331 アノ人が 選挙目当てか しゃしゃり出る
5332  まこと真意の 分からぬ人よ (うたのすけ)
5333 脱原発 宇宙人まで 参加して
5334  ヒッグス粒子で 止めたいと言う (建世)
5335 繕った 大飯元年 行く末は (うたのすけ)
5336  廃炉の荒野 立ち止まれ日本 (建世)
5337 オスプレイ サタンの使者か 不気味なり (みどり)
5338  見るから知れる 不安な構造 (建世)
5339 この国の 先行き見ずに 死にたくなった (うたのすけ)
5340  死ぬは必定 急ぐことない (建世)

金曜夜の国会周辺をインターネットで見守る

 昨日は、議員会館へ行く用事の待機状態のまま夜になり、結局外出せずに夜になりました。インターネットでは、車を使っての現場中継を見ていました。ニコニコ生放送ではなく、屋根の開く車を使っての映像と生アナウンスの中継を、twitter経由で見ました。
 雨にもかかわらず、白い風船を持つ人たちが歩道につめかけ、「再稼働反対」を叫びつづけていました。警備の強化に対応して、参加者が細く長く広範囲に拡散している状況が、よくわかりました。自動車を使ってのアピール行動も、確実に始まっていました。この戦法は、今後大きく発展する可能性があります。また首相官邸裏側では、別個の独立した行動として、20名規模のコールとスピーチが、警察の介入を招くことなく長時間にわたって実施できたとのことです。
 次は27日、そして7月29日の「国会包囲」へと続きますが、抗議行動は主催者の統制や警察の規制計画をも超えて勢いを増して行くでしょう。大飯原発の4号機も発電を開始しました。抗議にもかかわらず政権が何も反応せず、最低限の将来見通しさえ示そうとしないからです。政府の無反応が、人々をあきらめさせるのではなく、抗議行動に新しい力を注入し続けていることに、どうして気がつかないのでしょうか。これを受け損なったら、間違いなく政権は倒れます。
 国民的関心の高まりは、政治的には大きなチャンスです。それは「脱原発」を唱えれば人気が得られるという低次元の話ではなく、政治への信頼回復は、どこから手をつけるべきかということです。これを理解できなければ、政治家をやめるべきだということです。
(追記・主催者は、7月27日の官邸前は休止にして、29日の国会包囲に集中する意向のようです。ただし、もちろん個人としての表現行動は、日時を問わず自由です。)

「戦争を考える旅」を読む

 「戦争を考える旅」(水沢澄江・自費出版)を読みました。著者は公立中学校の社会科教師として39年間働き、このほど退職した人で、新宿西口スタンディング仲間の一人でもあります。義務教育の中で丁寧に教えられることの少ない現代史の、戦争にかかわる部分を実地に旅して確かめたいという、有志の仲間とともに歩いた実感的旅日記です。
 内容は、アウシュビッツ編(その1と2)1994年 中国編・1995年 韓国編・1996年 マレーシア編・1997年 から成っています。毎年の夏休みごとに1週間から10日程度の日程を組み、意欲的に旅をつづけた情熱が伝わってきます。旅で得られた知識は、どのようにして生徒に伝えられたのでしょうか。この先生に出会えた生徒たちには、かけがえのない宝が手渡されたと信じられます。
 アウシュビッツについては、さまざまな本が書かれているし、目的意識をもって旅するのですから当然事前の知識をもって現地に立つことになります。現場を見て確かめ、現場でなければ得られない若干の発見もし、納得して帰る。歴史の探訪であっても、ここまでは観光旅行と同じことです。しかしアウシュビッツは、それ以上に深い「人間の根源についての問い」を残す場所でした。ですから著者は「なぜ人間はこうなるのか」についての(その2)を書かざるをえなくなったのです。この経験が、その後のすべての旅についても著者の視点を深くしたと私は思います。
 惨劇の場には、加害者と被害者がいます。その場での力関係には絶望的な格差が存在するのですが、それでも加害者も被害者も同じく人間であることに変りはありません。そして状況によっては、人がどちらの側に立つかは、意外なほど簡単な事情で反転もするのです。それでも起こったことの結果は深刻です。死んだ者は生き返らず、砕かれた希望も信頼も回復のしようがありません。にもかかわらず生き残った人間は生きつづけなければならない。どのようにして?
 ここで否応なしに登場するのが「戦争」というキーワードです。戦争が人を狂わせた、人間性を失わせた、不正義を正当化した。ならば、なぜ戦争は起こったのか、どうすれば防げたのか。このテーマを抱えたら、旅する風景は一変します。「戦争を考える旅」というタイトルは、まことに適切でした。
 今の中学生が、戦争があったことさえろくに知らないまま卒業したら、歴史は繰り返されるかもしれません。一人の良心的な社会科教師が残してくれた貴重な記録です。この8月には、続編として「インドネシア編」を出すとのことです。なお、この本の入手方法など著者へのご連絡は、私のメールアドレスからお取次ぎします。

やめない、あきらめない、工夫しながら何度でも

 7.16の「原発さようなら」集会は、空前の規模で盛り上がり、マスコミで紹介もされた。でも、それで政府の方針が変るだろうか。今日からはたぶん大飯原発4号機が起動する。関西電力の電力使用量は、梅雨明けの酷暑でも90%に達しなかった。原発の起動が夏の電力危機回避のために不可欠だという説明が、最初から嘘だったのは予想の通りだ。原発を動かせば当面の発電コストが下がって経営利益になる、それだけの話だった。
 野田政権は政策を変えるつもりがない。他に選択肢はなく決めたことは押し通すのが使命と思い込んでいるから、脱原発の声も「よく聞いて受け止めています」と言うだけだろう。それが真剣に脱原発を願っている人たちをさらに怒らせる。
 当ブログ昨日の最後の写真を見てほしい。警察は路上のデモ行進を5列縦隊でしか認めないので大渋滞になった。従来の革命理論だと、こういうときは、たとえば組織労働者や学生たちが「前衛」となって進路を押し開き、市民の権利を拡大して世の中を変えて行くことになる。しかし今は検挙される覚悟で突進する「前衛」はいない。その代わりにインターネットで動く新しい前衛が出てきた。世の中の動かし方が変っているのだ。
 私はこんなことを考えた。警備の方針が「おとなしく歩道に並ばせる」ことにあるのなら、事前の申請も許可も要らない。公道を公序良俗に反しない表現をしながら歩くのに許可は要らないからだ。10人の仲間がいれば、朝から晩まで1時間交代で2回ずつ、常時誰かが国会の周りを歩いている状態を作り出すことができる。また、金曜デモのときは官邸の裏側(坂下)が警備の穴場で、ここから稼動反対コールを送ったというレポートも見ている。
 今のデモ規制は、車の通行を止めないことを前提にしているから、これを有効に使う手もある。官邸デモなどに合わせて、ボディーに意思表示をした車で議事堂周回道路を回ってみるのもいいかもしれない。規制側にとっては、扱いにくい相手になるだろう。インターネットで検索したら、すでにさまざまな「脱・反原発グッズ」が販売されていて、マグネットで車体に貼り付けられるものも出ていた。もちろん、こういうものは個々に工夫して手作りするのが真骨頂なのだが。
 最後に面白いエピソードを一つ。「国会お散歩デモ」のとき、「自粛の要請」に来た警察官にメンバーが「問題ないでしょ」と断ったところ、その警官は直ちに無線で「却下されました」と報告していたというのだ。主権者が国民であることは警官も知っている。とくに国会警備の警察官には紳士が揃っていると信じ、気持ちを楽にして歩くといい。

ブログ連歌(266)

5299 官邸前 今夜も寄せる 人の波
5300  国よ変われと 海鳴り起こる (建世)
5301 百人に 百人期待で 見守って (うたのすけ)
5302  東京名物 見なけりゃ損々 (建世)
5303 蒼海に 水漬く屍(かばね)の ありし日を
5304  心に刻み 平和の徒なれ (みどり)
5305 かえりみも せずに規制す 機動隊 (建世)
5306  何処の何方が 規制させるの (うたのすけ)
5307 金曜日 なにやら「音」が うるさくて (建世)
5308  音も積もれば 富士山になる (パープル)
5309 国動く 代々木の森の 揺れる日に (建世)
5310  一人一人の 気迫がたぎり (うたのすけ)
5311 海の日の 原発なくせ 人の渦 (みどり)
5312  町へ繰り出す 大波となる (建世)
5313 民草の 十七万は 伊達じゃない (うたのすけ)
5314  スマホに写し 歴史に残る (建世)
5315 人なれば 死線を越える 叡智あり (ハムハム)
5316  どうするどうする 思案のしどころ (うたのすけ)
5317 警官が 一緒にデモする 夢を見た
5318  彼も人の子 子の行く末に (うたのすけ)
5319 非戰国 非核の誓い 忘れまじ (みどり)
5320  被爆忘れず 被曝許さず (建世)

原発さようなら10万人超えた集会

 16日の代々木公園は、17万人の人波で埋まりました。私は毎年連合メーデーの取材に行っているので会場をよく知っているのですが、メイン会場を埋めて公称5万人、実数は3万5千人ぐらいが例年の実績です。それに比べて3倍というのは、ごく妥当な見積もりと思われました。







メーデーの場合は産別ごとに地割りするのですが、この日は全部自由席での満員ですから密度が違います。それに加えて野外ステージ前のイベント広場も、メーデーでは駐車場などバックヤードになる西側のスペースも、すべて人で埋まった上に、接続道路や周辺緑地、さらには道路をへだてた森林公園の中にまでデモ参加者が入り込んでいました。緑地を吹き抜ける風は、炎暑の中のオアシスでもありました。





パレードへの出発は、労組系のコースが街宣車をはさんだ手なれた隊列で順調に進んだのに対して、大多数を占めるNPO・市民グループの原宿コースは、道路いっぱいに広がった群集を5列縦隊に圧縮する規制のため、出口手前で大渋滞を起こしていました。あきらめて離脱した家族連れなども多かったように見受けます。それでも、この集会に参加した事実は消えません。
 警視庁は集会の人数について調査はするが公表はしない、公表しない理由も言わないということです。恣意的なリークでマスコミが受け売りする「警視庁調べでは00人」などという数字には責任者がいないのです。参加者は主催者の集計で17万名でした。
(追記・大集会の人数として、1946年の「復活メーデー」が50万人、同年5月の「食糧メーデー」が25万人と記録されています。いずれも会場は皇居前広場、当時の新聞報道による。)




デモで政治が変えられるか

 7月16日の代々木公園を会場とする「原発さようなら10万人集会」は、日本の歴史に長く記録される集会になるかもしれない。規模として明治公園での6万人集会を上回るのは、ほぼ確実と思われる。首相官邸前での金曜日ごとの抗議集会が話題になったのも力になった。こちらは広い会場だから大勢が集まるのに障害はない。思いっきり集まって20万人になっても大丈夫だ。
 大規模なデモと言えば、日本では60年安保の際の国会包囲デモが引き合いに出される。強行採決に抗議する10万人のデモ隊が国会議事堂を取り囲み、一時は正門を突破して正面玄関を占拠したこともあった。南門での機動隊と全学連との押し合いでは、東大生・樺美智子が転倒・圧死して、アイゼンハワー大統領の訪日が延期される事態になり、岸内閣は8日後に総辞職した。しかし条約そのものの発効が影響を受けることはなかった。
 その他、有名な「血のメーデー」事件は、決まってしまった講和条約と日本独立の形をめぐる不満の爆発だったし、大規模な大衆行動の結果として政権交代が起こったり、重要な政策の変更が行われた例は、日本の歴史ではこれまでになかった。ただし警職法の改悪反対など、社会党と労働組合の連携による組織的な反対運動が、効果をあげ成功した例も少なくはない。これらは業界など各種の「圧力団体」による政治への働きかけと似ている。
 考えてみれば、国民は国政に対する最大の「圧力団体」であって当然なのだ。もちろん選挙権という絶対的な武器があるのだから、それを行使すれば政治は変えられる。だが選挙で選んだ政権が常に必ず国民の意思に沿うとは限らない。今回のように国民の意思から乖離した政策を進めようとする場合に、異議申し立てをするのは当然の権利になる。政府がそれを無視すれば、次の選挙で負けるだけの話だ。少なくとも政府に異議申し立てを封殺する権利はない。
 今日の代々木地区では、複数の会場で同時進行で各種の集会やイベントが行われ、市中に向かうパレードも3方向に分かれるということだ。親切なネット情報も案内書も用意されているようだから、自分はどこへ行きたいかを選んで参加したらいい。歴史的な日になるかもしれない現場を、みんなで見に行こう。デモで政治が変えられるか、身をもって体験する当事者になってみよう。

(追記・朝から注意していますが、NHKテレビも朝日新聞も、今日の「原発さようなら集会」について全く言及していません。メーデー以上の人出が予想されるのに、自主規制しているようです。)

「花てぼ」書道展・一人でもデモの部

 昨夜の新宿西口スタンディング(毎週土曜日6〜7時、地下西口交番前)の1コマです。



花でぼ・太田雪影さんの作品は、「毎日書道展」の「近代詩文書」は7月16〜23日、東京都美術館で、「大字書」は7月25〜30日、新国立美術館 で展示されます。この「脱原発」は展示作品ではなく、「デモに行く代りの一人デモとして一気に書いた」ということです。
 次回は社会派書道として出品して下さるといいですね。
(追記・撮影は大木晴子さんです)

おとなしいデモと過剰な警備

 金曜日官邸前デモに行ってきました。前半は全体がわかる位置から、後半は参加者の中に入ってみました。全体として、おとなしいデモと過剰な警備でした。警備の基本方針は、あくまでもデモを歩道に並ぶ「線」の状態に保ち、かつ分断して、決して滞留した「面」を作らせないことでした。
 


定刻6時直前の官邸前です。いつもと同じようですが、車道側に張り出す細い通行帯に、従来のポプコーンとロープではなく、金属製の柵が並べられていました。



5時半ごろの全景です。霞ヶ関方面からの人々が、議事堂正門方向へ誘導されるのが遠望できました。かなりの人数が出ているように見えますが、全体でどれほどの人がいるのか、正確に把握するのは非常に難しいだろうと思いました。



集会半ばの7時過ぎの状況です。人数が増えているようには見えません。人が集まれない環境が出来上がっています。ただし「再稼働反対!」のコールは、12階の窓ガラスを通しても明瞭に聞こえていました。道路が人で埋まることはないと判断して地上に出ました。



議事堂側から見たデモの先頭集団です。どちらへも動くことができないのは、従来と全く同じでした。議員会館前の歩道は、今回から参議院と衆院第二前まではデモに開放されましたが、第一と第二の間の道路を右折して坂を下りるように誘導され、官邸前とは無関係にされました。
 有楽町線永田町駅の1番出口では、議員会館前が混んでいないにもかかわらず、かなり強引に国会図書館(議事堂正面)方向への誘導が行われていました。国会前の公園(憲政記念館公園)の門は固く閉ざしてあり、掲示をよく見たら午後5時で閉門なのでした。「国民の公園」と称していても、こういう場合のサービス精神は持ち合わせないようです。



議事堂正門前。ここで横断歩道を封鎖して、霞ヶ関方面との往来を遮断しているのには驚きました。全く無意味で過剰な規制であり、糾弾に価します。参加者に不便を感じさせ疲れさせる以外に何の効果があるのか、むしろ流動・通過させた方が安全ではないのか、警備の思想が群集の分断と制圧に傾き過ぎています。おかげでドラム隊の活躍を見に行けませんでした。
 デモの参加者は、あくまでも従順でした。過剰な警備で市民に反感を抱かせるのは警察にとっても本意ではないでしょう。警察側にも反省点があったと思われる金曜デモでした。



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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
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