志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2013年02月

少子化の先はどうなる

(熊さん)ご隠居、きょうはちょっと神妙な顔してるね。
(ご隠居)先日アフリカの話を聞いてから、少子化のことを考えてるんだよ。自分の家族もその通りだと思ってね。親を基準にすると、まさに日本の縮図だね。
(熊)ご隠居のとこは、娘2人でしたよね。
(隠)そうだ、わしのきょうだいは5人で、そのうち2人が2人ずつの子持ちになった。その子供たちの次の世代は合計5人で、これでもう終りだな。
(熊)まあ、今の時代ならふつうじゃないですか。
(隠)だがな、結婚のたびに二つの家族が合流するんだから、一世代ごとに子孫の数は倍にならないと全体の人口は減るんだよ。子は2人、孫は4人、ひ孫は8人が必要ということだ。わしの親の代を100%とすると、子は250%いたが、孫で100%にもどり、ひ孫で62.5%に減ったことになる。だがピークだった子の世代を100%とすると、わずか2世代で25%へ、4分の1に減っているんだな。
(熊)なるほど、そう言われると大変なことですね。
(隠)だがな、孫の代は4倍もの祖父母世代を養うと考えたら大変だが、その逆に、4倍もの祖父母世代から応援されて、その財産を相続できるという面もあるんだよ。現にウチの孫なんかは、そのおかげでずいぶん助けられているさ。社会保障なんかで、現役世代の負担が重くなると言われるが、実際面では、いろんな世代が入り混じって暮らしているのが世の中だ。特に経済的に安定していた家系では、孫世代が助けられる場面が多いだろうね。
(熊)うーん、そういうこともあるでしょうね。でもね、そうじゃない家系も多いよね。
(隠)そりゃそうさ。わしが言いたいのは、少子化には暗い面ばかりじゃないということだ。これまでの蓄積を上手に使ったら、少人数で余裕のある安定した暮らしが出来そうじゃないか。そういう世の中になるように、いろんな仕組みを変えて行くのが政治の課題になるということだ。日本が上手に少子化に対応する先進国になってくれるといいな。
(熊)おいらは何となく一人もんで通してきちゃったけど、ちっと考え直すかな。
(隠)おお、そりゃいいや。お前さんも家族ってものを持ってみなよ。人間、思い立ったら「もう遅い」なんてことはないんだよ。

民主党に沖縄の新聞が「喝!」

 高江洲瑩(あきら)さんのブログ「読谷の風は、琉球新報の記事を紹介してくれることが多いので参考になる。先日の民主党大会については、こんな社説が紹介されていた。反省の総括の方向が的外れだと指摘した上で
(以下引用)
……公約を守ろうとする気概の欠如が問題なのだ。
 官僚丸投げから政治主導、緊密で対等な日米関係、税金の無駄遣いと天下りの根絶、中央集権から地域主権と並ぶ政権奪取時の公約の方向性は、誤ってはいない。それなのに今大会でこれらは軒並み後退した印象を受ける。これでは民主党の存在価値がうせてしまう。
 策定された新綱領にも落胆せざるを得ない。「日米同盟を深化させ」と自民党並みの文言が踊った上、「未来志向の憲法を構想する」と記す。玉虫色の表現で、改憲を明言する自民党への対抗軸になっていない。「第二自民党」そのものだ。
 透明・公正な社会を目指し、分権社会を再構築すると明記した従来の「基本理念」は正しい。所属議員がその理念をきちんと共有していなかったのが問題なのだ。かつての国民の期待は何だったのか、原点に立ち返ってもらいたい。
(引用終り)
 私の不満もこれと同じだった。安倍自民党政権が、3本の矢とやらの連射で支持率を稼いでいる一方で、次の選挙への対抗軸が一向に見えてこない。負けたとはいえ先日まで政権を担っていた民主党が、崩壊状態から立ち直れないままでいることに最大の責任がある。
 敗戦後の「一億総懺悔」のようなことをしている場合ではないだろう。やろうと努力したが、一度では実現できなかった政策に誇りを持ってもらいたい。「失敗の原因は私たちの未熟さと弱さでした、経験を生かして次には必ず実現します」と誓うのが筋ではないか。
 私が思っていたことを代弁してくれたような社説なのだが、東京の新聞でこのような論説が一つも読めなかったのはなぜだろう。鳩山元首相が沖縄を訪ねたとき、意外なほどの声援を受けたとも聞いている。「こういう日本に住みたい」という夢が、あの政権交代には確かに込められていたのだ。民主党は自らの役割を萎縮させてはならない。

「知の虚人・吉本隆明」を読む

 「知の虚人・吉本隆明」(土井淑平著・編集工房「朔」発行・星雲社発売)を読みました。三角忠氏が主宰する編集工房「朔」は、老人党護憲プラスの月例会の会場として、会議室を提供して下さっている縁があります。私は吉本隆明の著作に親しんでいないので、評論だけを読んでも評価ができないのですが、わかったことだけを書いておきます。
 吉本隆明は1960年代に最も活躍した文化人で、理系の出身でありながら詩人・著述家であり、戦後日本を代表する「知の巨人」と言われたということです。それをあえて「虚人」と呼んでいるのですから、著者はもちろん批判的に吉本隆明の実体を解明しようとしているのです。一時は新左翼の神様のようにもてはやされながら、最後は「反原発で(人間は)猿になる」との名言(迷言?)を残して2012年3月に87歳で没しました。ちなみに、吉本ばなな氏は、隆明氏の次女です。 
 この本では、著書からの引用文が、かなりの部分を占めています。それを手がかりとして読者は吉本隆明の思想にふれることになります。その資料から判断するかぎり、かなりユニークで独断的な思考パターンに導かれます。たとえば大衆とは日常の暮らしから遊離することは絶対にない。それに対して進歩的(と自称する)文化人は、高見から指導しようとして遊離する。これは既成左翼への強烈な批判ですが、それを徹底すれば大衆運動は自閉症に陥るほかはなくなるのです。
 難解な造語を多用して深遠な思想を語っているかのように見せながら。結局は唯我独尊の引きこもりが吉本隆明の実体であったというのが、著者の結論であるようです。その評価が正当かどうかについては、私には責任をもった結論は出せません。ただ、科学の進歩が人類進化の必然であるとしても、今の原発に反対することが「猿になる」愚行だという断定が正しいとは、到底思えません。
 この点については、著者の立場は明快でした。原発という具体的な科学技術は、「科学」そのものと同じではない。人類の進化が必然であったとしても、原発の否定が直ちに科学の全面否定でないことは明らかです。吉本隆明の実体は、その区別もわからないほど遠回りした果ての虚構の固まりだったというのです。
 吉本隆明という、名は知っていても読んだことのない人について書かれた本と格闘した二日間でした。吉本隆明をもっと読んで正当に評価すべきでしょうが、その気になるかどうかは、今のところわかりません。
(追記・この記事にいただいた「マスコミに載らない海外記事」さんからのトラックバックの後半もご参照ください。吉本隆明の核についての理解力の低さがわかります。)

ブログ連歌(305)

6079 生きてると 欲か未練か 嘘をつき (建世)
6080  わが子死なせて 打ち出の小槌 (うたのすけ)
6081 児の生死 明かせぬ事情 底深き (みどり)
6082  家庭それぞれ 深き淵あり (建世) 
6083 祈るのみ せめて病死で あれば良し (うたのすけ)
6084  ふたたび闇へ その後を聞かず (建世)
6085 砥ぎ澄ます 包丁隠す 鬼女もあり (みどり)
6086  七変化して この世を渡る (建世)
6087 時により 国も家庭も 魔がさして (うたのすけ)
6088  思いもかけぬ 深みに落ちる (建世)
6089 庭掃除 いつしか絶えし 焚火なり (みどり)
6090  袋に入れる ゴミとはなりぬ (建世)
6091 農地でも ご法度なりの 落ち葉焚き (うたのすけ)
6092  断捨離とても ままならぬ世ぞ (樹美)
6093 この国の 原風景は いま何処 (うたのすけ)
6094  かまども薪も 五右衛門風呂も (樹美)
6095 三世代 文明開化を 超えにけり
6096  次の二世代 保守の予感す (建世)
6097 去りゆくに 託せし未来 平和あれ (みどり)
6098  若者たちに 永劫の幸 (うたのすけ)
6099 矢継ぎ早 三本の矢は 今のとこ (うたのすけ)
6100  すり抜けて行く 一票差でも (建世)

2年目の3・11はフクシマへ、日帰りバスツアーで



 新宿西口スタンディング仲間で、たんぽぽ舎のボランティアでもある青山晴江さんからのお知らせです。3NON(スリー・ノン)の女たち「WALKin 郡山」というイベントです。
 3・11はフクシマの現地に立ちたい、自分たちの手作りの何かをしたい、という思いを形にしたくて企画したということです。3NONとは、たとえばNON原発、NONバイオレンス、NO WAR、NONセクショナリズムなど、各自の意思表示でいいのです。日程その他は

☆3月11日(月)朝8時バスで新宿発(帰りは22時ごろ)
☆郡山にて現地の女たちとデモ行進(かんしょ踊り、風船など予定、手作りバナーなど持参歓迎)
☆デモ後の交流会 映画「グリーナムの女たち」上映
         李政美(イ・ジョンミ)ミニコンサート
         福島報告その他(リレートーク、キャンドルナイトなど)
☆費用は往復バス代3000円、食事は各自で
☆参加者はサポート精神の男たちも歓迎です。ただし郡山市は高線量の所もあるので、妊婦さん、子供さんには、残念ながらお勧めしないということです。
☆申し込みはFAX 03-3657-9820 へ。氏名(よみがな)、生年月日(旅行保険のため)、住所、連絡電話番号、メールアドレスをお知らせください。
☆世話人は近藤和子(批評家)、問合せ・連絡先は青山晴江(090-8455-2512)です。

 2年目の3・11をどう過ごすか、まだ予定を決めていない方、いかがですか。

ああ長恨の歌もなく・山本荘二を送る

 武蔵高校同期生の山本荘二の葬儀・納骨に参列してきた。彼は1934年の早生まれ、今年1月7日に居住先のインドネシアで、78歳で亡くなった。7年前には夫人を亡くしており、現地で一人住まいだった。埼玉在住の子供たちが帰国しての同居を勧めたが、「日本には帰らなくていい」という意思は、最後まで変らなかったということだ。晩年も、現地に溶け込んだ暮らしが性に合うようだった。
 武蔵高校では、旧制高校時代からの蹴球部が断絶状態になっていたものを再建し、新制中・高校のサッカー部につなげた中興の祖としての役割を果たした。大学受験では、3年間もの浪人生活に耐え、4回目の受験で京都大学の農学部に入学した。入学して最初に作った名刺の肩書きは、「京都大学蹴球部」だった。とにかく京大で球を蹴りたかったのだ。
 私とのつきあいは、3年間の浪人生活中のものが多い。下町育ちの彼は、予備校などに通うことなく、もっぱら図書館で勉強していた。そのかたわら、サッカーに打ち込んでいたことになる。しかし自分が浪人だから試合には出られない。そんな彼とのつきあいで、私も「名誉部員」みたいなことになって、合宿にまで参加するようなこともあった。
 京大では「長老」と呼ばれて一目置かれたらしい。一種の押しの強さと、下町っ子らしい飾り気のなさが彼の魅力だった。卒業してからは、専門を生かして木材・合板の会社に就職したのだが、一企業に納まる人間ではなかった。詳しい経緯は知らないが、出張先のマレーシアを振り出しに、業界団体の職員をつとめたりしながら、結局はインドネシアのスラバヤに居ついて、自営に近いコーディネーターのような仕事をしていた。現地語を自由に操り、コミュニケーションは完璧だった。
 私は2000年の少し前にインドネシアの自宅を訪ねたことがあるが、お手伝いさんのいる大きな家と運転手つきの車を自由に使って、快適ライフを楽しんでいた。しかし日本の政治の現状については、辛口の批判を連発していた。援助が的外れで役に立っていない、国としての進路が見えない、などだった。あえて日本に帰りたくない理由に、政治に対する不信があったのは明らかだった。
 そんな彼も骨壷に入って日本に帰り、江東区の寺で、先ほど妻の骨壷と並んだ。意のままに自由に生きた人生だった。人づきあいの良さと常識さえあれば、世界に国境はないのだった。
 彼を送るのにふわさしい歌がある。旧制高校に特有の、沈鬱さと浪漫に満ちている。

  武蔵高等学校蹴球部 逍遙歌

戦いを知る若人が 今日を門出の宴とて
われらが永久の望みこそ 勝利の酒の甘酔(うまい)なれ
篝火のかげ頬照らす 円居(まどい)の宵は更け行けど
ああ長恨の歌もなく むなしく去れるわが友よ

濃き紅は緑して 春は流転の姿かな
憂いは深く夏されば 信濃路通う旅心
かげ慕わんや火の山辺 血の色に染むつづれ着て
いけにえの神祭りする 不断の誓い新たなり

平原の果て秩父嶺(ね)に 白雪映ゆる皚々乎(がいがいこ)
われら四年(とせ)のいそしみは 静かに向かう今日の日ぞ
ああ明け初むる初春の 瑞雲の空声ありて
はなむけにせん天籟(らい)は 十一の行を送るかな


可能性の大陸アフリカ

 昨夜の老人党護憲プラスの例会で、国立感染症研究所研究官、石川晃一氏の話を聞きました。最近はガーナでエイズ等の感染症の研究をしていたということです。官僚の学者風ではなく、在野の実践家の風貌の人でした。テーマは「海外で活動することの意味」でしたが、アフリカの大地の巨大さと、日本人の立ち位置ということを考えさせられました。
 海外への援助は、上から目線で「教える態度」ではうまく行かない。先方には、欧米の大学で一流の教育を受けてきた人たちもいて、知識はあるのです。基礎的なインフラがなく、識字率も低い広大な地域に散らばる人々を救うには、現地に合った方法を、協力しながら開発して行くということでした。
 今の日本には、豊富な資金量で箱物を作るような力はありません。その分野で盛んに進出しているのは中国だということです。しかし中国の援助は、労働力まで本国から連れてきて箱物を作り、それを地元の資源と交換する強引な方法です。そこに、現地のために役立つ科学技術を育てるという、日本らしい信用される援助がありえるということでした。
 パソコンを使っての写真などのディスプレイもあって、実感がありました。石川氏は、子供たちを含む家族を連れて現地に入ったということですが、「あっちの子供たちの方が、どう見ても幸せそうにしか見えなかった」という発言が印象的でした。どこの村へ行っても、妊婦と子供たちがうじゃうじゃいて、活気に満ちているというのです。人間の幸せということを、根本から考えさせるような何かが、現地にはあったのでしょう。
 アフリカ諸国の人口ピラミッドは、きれいな富士山型に裾野を広げています。これから増える人口をどう養うかだけでも、世界の大問題になってくるでしょう。一方、アフリカの地図と他の大陸を重ねてみると、驚くほど広い地表面積をアフリカ大陸が占めているのがわかります。アフリカは人類発祥の地でもありました。人類の本場として復活すれば、「もう一つの世界」を作り出すほどの可能性を秘めているのかもしれません。
 その一方で、日本の人口ピラミッドは、すでにピラミッドではなく、はっきりした逆三角形になっています。人口の上で大国でなくなることは避けられません。成熟した人間文明は単に衰弱して消滅して行くのか、あるいは成熟しても幸せでありつづける新しい先進国モデルになることができるのか。日本の将来は、人類史的にも非常に面白いことになる。そんなことまで考えてしまいました。

TPPとISDS(投資家対国家の紛争解決)条項

 「マスコミに載らない海外記事」さんからのトラックバックで、いま話題のTPPに関連してISD条項なるものの存在を知りました。概略的な説明は、ウィキペディアにも出ています。国家間の貿易協定に付随して、外国の投資家・企業と国家との間で発生する紛争の解決方法を定めておくものです。TPPに特有ではなく、現在もすでにある問題ですが、TPP加盟の可否を考えるに当って注意を要する問題です。
 ISD条項の基本は、特定国から差別的で不利益な扱いを受けた多国籍企業等が、国際機関に提訴することによって仲裁を受けられるようにするということです。ただし使われ方によっては、国家主権をもゆるがす「外国資本の論理の受け入れ」を迫られるおそれがなしとしません。たとえば食品の安全基準が紛争の原因になるような場合です。マスコミに載らない海外記事さんは、これを「憲法違反」と表現しています。
 私はこの件について専門知識はありませんが、一般論として「国を開く」ということは、今まで国内になかった異質なものを受け入れることを意味すると思います。開く前と何も変らないのでは、そもそも開国する意味がありません。その結果として、わが国にとって得るものが多ければいいのでしよう。しかし事実上の交渉相手がアメリカであって、本当に対等な交渉ができるものかどうか、「日米同盟」の強化を約束するであろう安倍首相に任せるのは不安に感じます。
 国際基準の採用とは、多かれ少なかれ各国ごとの国家基準を緩めることを意味します。ヨーロッパもそれで揺れているわけですが、アジアの今後はどうなるでしょうか。アメリカ基準は万能なのか、日本基準でも、良いものはむしろ世界に広めるべきではないのか。TPPの問題に、新たにISD条項という新しい視点が加わってきました。

ビンタで兵隊は強くなるという思想

 19日の朝日新聞文化欄に「体罰・近代日本の遺物」と題した片山杜秀氏の寄稿があった。個人の体格でも装備でも西洋列強に劣る日本の軍隊が、戦って勝つためには「大和魂」という下駄を履かせる必要があったというのだ。その転機は日露戦争だった。体が大きく銃の性能もよいロシア兵と白兵戦を交え、膨大な犠牲を出しながら辛うじて勝利を得ることができたのだった。
 そこで大正期以後の日本の軍隊では、兵隊を教育するのに「ビンタ」を用いるのが常識になった。海軍では「修正」という言葉も用いられたそうだが、とにかく体罰を加えることで、絶対服従と命令一下で突進する闘争心を植えつけることができると信じられるようになった。この風習は学校にも持ち込まれて、教師が生徒にビンタを張るのも当り前のことになった。
 戦後の東京裁判では、捕虜にビンタを加えたことが犯罪になるかどうかが論点になった。弁護側は「よく用いられる統率の手段であって、暴行ではない」と説明につとめたのだが、連合軍の検事には受け入れられなかった。その経緯をラジオ放送で聞いた記憶がある。
 痛い思いをさせて教育するというのは、動物に対してよく行われる。競争馬が鞭を当てられて疾走する姿は日常に見られるし、荷車の牛もそうだった。船を走らせる動力として用いられた奴隷たちも、おそらく同じような立場だったのだろう。
 先ごろ五輪女子柔道の15人の選手たちが「告発書」を発表して話題になった。その声明文の中心部分は、以下のように述べている。
「園田前監督によって行われた暴力行為やハラスメントにより、私たちは心身ともに深く傷つきました。人としての誇りをけがされたことに対し、ある者は涙し、ある者は疲れ果て、またチームメートが苦しむ姿を見せつけられることで、監督の存在におびえながら試合や練習をする自分の存在に気付きました。代表選手・強化選手としての責任を果たさなければという思いと、各所属先などで培ってきた柔道精神からは大きくかけ離れた現実との間で、自問自答を繰り返し、悩み続けてきました。」
 近代スポーツが体罰で強くなったりしないことは、あまりにも当然だから議論にならない。選手たちの告発は、前近代的な日本の体育界の体質に向けられていた。これほどの思いをしなければ告発の声を上げることさえできなかった現状をこそ変えなければならない。
 スポーツ選手も企業の従業員も、戦争に勝つ目的で消耗させられる兵隊であってはならない。兵士でさえ、体罰で鍛えて近代戦に役立つだろうか。そして何よりも、人間は馬ではないのだ。

ブログ連歌(304)

6059 漆黒の 空に秘めたる 星座あり (みどり)
6060  目に見えぬとも 質量ありと (建世)
6061 命すら 探り究めど 未解明
6062  細胞分裂 核を掴めど (みどり)
6063 物理学 極めた末に 核のゴミ (建世)
6064  処置も決まらず 人智及ばず (うたのすけ)
6065 隕石の 小惑星に ぶち当たり (みどり) 
6066  どこもかしこも 明日はわが身か (うたのすけ)
6067 地球さえ 宇宙由来の 浮遊物
6068  その上に住む われの小ささ (建世)
6069 行く末を 計りかねては 止まらぬ
6070  地球の自転 人の愚かさ (玉宗)
6071 賢人は 地球に住まぬか 思いたり (樹美)
6071B めくりめく 地球の角に 隕石や (あかね)
6072  チリの一粒 何事もなし (建世)
6073 廃炉には 強い味方の 活断層 (うたのすけ)
6074  万年単位で 動いた残った (建世)
6075 廃炉にて 万年後にも つつがなく (うたのすけ) 
6076  地形ゆがめど 生き延び行かん (みどり)
6077 その時に 二人に何が 起きたのか
6078  育児手当を 詐取した夫婦 (うたのすけ)
6079 生きてると 欲か未練か 嘘をつき (建世)
6080  わが子死なせて 打ち出の小槌 (うたのすけ)
6081B いまどきは 神も仏も 見えぬのか (樹美)



人間についての真実〜「現代版般若心経」の試案・その1

 人とは、地球上に生息する生物の一種である。発達した知能を有し、自分と他者とを分ける明瞭な自意識を持つのを特徴とする。この自意識により、人は多くの場合に自分以外のすべてと対峙せざるをえず、この対峙によって自己を確立する。
 人は生物であるゆえに、自己保存に資する各種の感覚と本能を持つ。不愉快な環境を避け、清潔で安全な環境に住み、安心できる家族や隣人とともに生活することを好むのは、当然の本能である。特に種の保存にかかわる異性との親密な関係を結ぶことは、時として人生のすべてを賭ける情熱の対象となる。
 人はまた自己を拡大する欲求を持つ。好奇心に基づく知識欲を基本とし、それは各種の物欲から金銭欲、名誉欲、さらには他人を支配する権力欲にまで及ぶ。この欲求が無制限に発揮されるときは人々の間に争いを生じ、争いが集団の単位に拡大すれば、各種の紛争および戦争に発展する。これに対し、話し合いによる利害の調整と、欲望を抑制する理性とは、争いを抑止する力となる。
 人は地球上の生物種として唯一、独自の文明と科学技術を発展させ、自然環境および他の生物種を利用してきた。しかしながら、個々の生命の有限性と世代交代による種の保存の原則は変えることができない。人もまた素粒子の循環によって成り立っている宇宙の一部分だからである。
 この個人の有限性は古来人々を悩ませ、多くの哲学者や宗教家が、人の永遠の生命や霊魂の不滅を求めてきた。今も世界には、現世を超えた不滅の精神世界の存在を信じている人々は少なくない。人の精神は、現実を超越した世界を構想することもできるからである。それらは科学技術の枠外にあるが、人間にとっての真実の一部分である。
 かくして人は無知無能の赤子として誕生してから死に至るまでの間に、さまざまな知識を得、自らの意思を持ち、能力を発揮しつつ人間世界の一員となる。この一生の全体には、いったいどんな意味があるのかと問うことは、宇宙の存在にはどんな意味があるのかと問うことと同じになる。この問いには、誰も答えることができない。ただ一つ明らかなのは、宇宙がなければ人は存在しなかったということだけである。
 現にいま生きている人は、人とは何かという問いから出発するほかはないのである。そして話は再び冒頭に帰る。
(追記・高校三年のとき、命がけで考えた(つもり)の「人はなぜ生きるのか」について、大人になった自分からの回答です。将来、もっといい答えが書けるかもしれないので「その1」としました。)

知的その日暮らしからの脱却

 真夜中にふと目がさめて、そのまま妙に頭が冴えてくることがあります。そのときに、次のブログ記事のテーマが浮かぶこともあって、そういうときは午前中に投稿を終え、一日が順調に回って行くように思えるものです。今朝もそれに近い眠れない時間があったのですが、考えたことの中身が少し違いました。
 最近の暮らしの中で、ブログを書くことが自分の「本業」になりつつあることを自覚しています。一定の世間に通用する仕事をしたあとの晩年は、「物書き」をして暮らしたいというのは、私の早くからの夢でした。それがインターネットのブログという形で実現したのですから、これは計算通りというか、むしろ望外の幸運でした。
 よく人に「毎日工夫して書くのは大変でしょう」と言われます。しかし苦労という意味で大変なら、こんなに続くわけがありません。自分で楽しんでいて、人から面白いと言われて張り合いがあるからに決まっています。でも最近、このままでいいのかという疑問が芽生えて、それがだんだん大きくなってきました。この調子で続けて、それだけで終っていいのかという疑問です。
 一日分の記事を仕上げて、そこで安心してしまう「その日暮らし」のほかに、自分にはもっとやりたいことがあったのではなかったか。今日と明日のブログのことを考えている間に、間もなく満80歳を迎えることになるが、自分が生きて考えてきたことを集大成しておかなくていいのか、という反省です。そして、本当は何を書きたいのかを考えました。
 その一つが「現代版の般若心経を書いてみたい」ということでした。そんなに長いものではなく、私の得意技の1200字、読み上げて4分以内にまとめて、「人とは何で、何のために生きているのか」を解き明かし、読んだ人が、すっと楽な気持で生きて行けるようになる、そんな言葉が書けたら、自分にしかできない提言として後世に残るかもしれない。もちろん世界のどんな言語に翻訳しても理解されるものでなければなりません。 
 これの試案のようなものなら、なんとか書けそうな気がしました。そして次に考えたのは、これをブログ上の「公案」として開示し、いろいろな人の意見も聞きながら推敲していったらどうなるだろうということでした。もしそういうことが可能なら、これは私が以前から漠然と考えていた「人間の知の統合」の具体的な作業になります。
 そんな大それたことが可能でしょうか。可能かどうか、それは、やってみないとわかりません。

おバカさんな左手

 「左手って、こんなにおバカさんなのね」というのは、この一ヶ月ほど聞かされている妻の愚痴です。成人の日に降った雪の残りで滑って転び、右手首を骨折したのが1月17日でした。病院の整形外科で骨の位置を直してギプスを巻いたのですが、整形は文字通りに医師の腕力で、ポキポキと音をさせながら骨を押し込むのだそうです。それを途中で修正があって2回受けました。
 右腕は肘の少し先から掌まで、がっちりとギプスで固められました。巻くときは柔らかで、時間がたつと硬くなる包帯状のギプスです。右手は5指とも指先だけが動かせる状態になりました。それも「あまり使わないように」と言われています。結果的に、右手では食物を口に運ぶこともできなくなりました。頼りになるのは左手だけです。それで日常生活をすることになりました。
 以前の朝ドラ「ゲゲゲの女房」では、右手だけになった水木しげる役が、ほとんど不便を意識させない暮らしぶりを見せていましたが、にわかの左手生活では、意外な不自由が出てきました。毎日の洗濯では、小物干しに靴下を吊るすことができません。片手でピンチを開き、そこへ靴下の端を差し込むのですから、両手がないと仕事になりません。いかに多くの動作が、両手を前提にして行われているかを痛感させられました。
 私は極力近くにいて、妻の「右腕」になるように過ごしてきたのですが、たとえばボトルの蓋をひねって開ける、個包装の食品の封を破るなどの簡単な動作が、片手では非常に難しいのでした。無意識に片手でやっているつもりの動作も、対象物を押さえておく反対側の手がないことには力の入れようがありません。牛乳パックの開封なども片手では不可能です。
 「左手のおバカさん」の典型は、鋏が使えないことでした。出来そうに見えるのに切れないというのです。私もやってみましたが、確かに鋏はただ開いて閉じればいいのではなくて、切れる方向に微妙にひねりを加えないと切れ味が発揮できません。だから昔から「バカと鋏は使いようで切れる」と言うのでした。左手は形は似ていても、そのような経験がないのです。結局、ナイフの方が役に立つということでした。
 本当に片手を失くした人は、長い時間をかけて適応力を身につけて行くのでしょうが、ふだん「五体満足」でいられることの有難さを教えてもらった一ヶ月でした。両手と同じように、夫婦も相手がいるから満足に動けるのかもしれません。ギプスは明後日の火曜日に外してもらえる予定になっていますが、果たしてどうでしょうか。

俳句と短歌という表現形式

 市堀玉宗さんのブログに、最近ネット上で話題になっているという口語俳句が紹介されていた。
コンビニのおでんが好きで星きれい 神野紗希
という作品だ。一読して、コンビニのおでんが気に入りの現代娘が、店を出て夜空を見上げる情景が浮かんで、こんなのも悪くないと思う。でも玉宗さんも言う通り、これを現代俳句の金字塔と持ち上げるほどのこともないと思った。
 すぐに連想したのは、俵万智の短歌
万智ちゃんを 先生と呼ぶ子らがいて 神奈川県立橋本高校
だった。これも読んだとき面白いと思った。下句は校名の固有名詞をそのまま用いている。それでも短歌になっているのは、子らがいての「て」が生きているからだと思った。前出の俳句に当てれば、おでんが好きでの「で」に相当する。
 これに関連して思い出すのだが、芭蕉の名句
古池や かわず飛び込む 水の音
が大学でR.H.ブライス師の教材になったとき、古池やの「や」が poetical point で、これがないと古池も蛙も水音も、すべて無意味な単語の羅列に分解すると教えられた。ブライス師が「切れ字」をそのように説明したのは非常に正しいと思う。しかしこれを英語に翻訳しても、世界で最も「純粋に近い poetry 」 になるというのが、ブライス師の主張だった。
 英語国民であるブライス師がそこまで言ったのは、禅の理解と無関係ではありえなかったろう。真理はもともと言語では表現不能だから、そこに至るヒントは短いほどいい。古池と蛙の水音と、それを聞く人間の耳との関係で、人間の宇宙理解は完結する。世界最短の定型詩である俳句と出会ったことで、ブライス師は「悟り」を得た。ブライス師にとっては、poetry と悟りとは同じものだったと私は思っている。
 ところで芭蕉の「古池や」の句を最初に読んだとき、芭蕉の同世代人たちはどのように評価したのだろうか。ある笑劇で、この句が「当り前じゃないか」と散々に酷評される場面を見たことがある。その評は、あながち的外れというわけではない。禅の公案などは、落語のネタとしても充分に使えるものが多いし、そのような演目もある。ブライス師も川柳が大好きだった。
 さて、収拾のつかないエントリーになりそうだが、真理はどんな短い言葉の中にも宿るということだ。31字でも17字でも、さまざまな表現が可能な短歌や俳句を持つことが、日本語に大きな魅力を加えていることは間違いない。

岩波新書「政治的思考」を読む

 岩波新書の新刊「政治的思考」(杉田敦)を読みました。政治というものを、熱くならずに距離をおいて眺めるような、ちょっと不思議な感じのする本でした。私たちは、あまりにも政治に多くを期待し過ぎていたのかもしれません。目次は以下の通りです。
第1章 決定〜決めることが重要なのか
第2章 代表〜なぜ、何のためにあるのか
第3章 討議〜政治に正しさはあるか
第4章 権力〜どこからやってくるのか
第5章 自由〜権力をなくせばいいのか
第6章 社会〜国家でも市場でもないのか
第7章 限界〜政治が全面化してもよいのか
第8章 距離〜政治にどう向き合うのか
 よく誤解されるのですが、政治でよく用いられる「多数決」は、唯一の真理や正義を決めるシステムではありません。多数が誤った判断をする場合は、いくらでもあります。何かについて多くの人間の意見が分かれるときに、とりあえず不満を最小にするために、仕方なく決めて前へ進めるための方法の一つであるに過ぎません。
 ですから政治的な決定に対して、異議のある者が抗議をするのは、当然の権利です。選挙で負けたから発言の権利がないなどと封じ込めるのは、原理的に誤りです。これは王政で権力が一人の個人に集中していても、民主的に成立した政権でも同じことです。ただし国民個人は、権力を承認し構成している当事者でもあるのです。そこで、この本で最も重要と思われる著者の言葉が出てきます。
 「権力を一方的に行使されているという考え方をやめ、権力過程の当事者であるという意識を持った時に、すなわち責任者はどこか遠くにいるのではなく、今ここにいると気づいた時に、権力のあり方を変えるための一歩がふみ出されるのである。」
 現代は政治的な選択肢の幅が、決して広くない時代です。政権は国民に「利益の配分」ではなく「負担の配分」を求めなければなりません。万人に人気のある政策を実行するのは、非常に難しいのです。こういうときに危険なのは、打倒すべは敵を国内または外国に求めて人気を集めようとするポピュリズムです。それらに流されず、国民の主権をつらぬくには、個々人の冷静な判断の力が必要なのです。

「核のゴミはどこへ〜検証・使用済み核燃料」を見る

 この10日に放送された表題のNHKスペシャルを録画で見ました。原発が持続可能なエネルギー源にはなり得ないことを、雄弁に物語っています。原発から必然的に生み出される核のゴミは、いまだに一度も最終処分されたことがありません。原発の活動を一つの生体と見立てれば、一度も排泄せずに動き続けて、自家中毒で倒れる寸前の状況です。
 使用済み核燃料を、ゴミとせず再処理して半永久的にリサイクルするという夢のように都合のよい当初の構想は、何十年かけても、結局モノになりませんでした。青森県六ヶ所村で試みている国内技術による再処理は、ドラブル続きで19回も延期を重ねて、いまだに稼働を始められません。再処理されたプルトニウムを燃やす筈の高速増殖炉も、原型炉「もんじゅ」の段階で頓挫しています。
 にもかかわらず、日本の原子力政策を抜本的に見直すことは、きわめて難しくなっています。民間の資本を動員して推進する態勢をとってきたために、急な転換は、複雑にからみ合う産業界の秩序を根底から揺るがすことになるからです。通用しないことがわかっても、巨大になり過ぎて止めることのできない虚構の典型と言うほかはありません。
 番組では、諸外国の例も紹介していました。フィンランドとスウェーデンは、すでに核ゴミの最終地下処分への取り組みを具体的に進めています。スイスでも、政府の責任で地下処分地を選定するとしています。いずれも核燃料を一回使用の消耗品と割り切っている点が共通しています。スイスの地元民が、「最初は単純に反対していたが、福島の事故のことを聞いてから、どこかで引き受けなければならないと思うようになった。」と語っていたのが印象的でした。
 日本でそのような国民の協力が得られるかどうか、それは政府の政策が信用されるかどうかにかかっているでしょう。利益誘導して地方自治体に応募の手をあげさせるような方法では、かえって住民の反発を受けて行き詰るのは目に見えています。そして何よりも、原発を運転して際限なく核ゴミを増やしている状態では、最終処分の計画が立てられる筈もありません。
 ここには、核技術の先進国が、核ゴミの処分では最も後進国になるという皮肉な構図が生まれています。煮え切らない態度が続くかぎり、日本全国の原発には、膨大な量の「使用済み核燃料」という名の核ゴミが、5階の高さのプールに保管され、増え続けることになります。
 まずは脱原発して核ゴミを有限の量で抑えるのは、最低限の政治の責任でしょう。それもできないようでは、美しい日本の未来などを語る資格はありません。

北朝鮮は核実験でどうなる

(熊さん)北朝鮮が、とうとうやっちまいましたね。世界中から反対されてるのに核実験を強行して、何か得になるんですかね。孤立するばっかりだろうに。
(ご隠居)アメリカに脅威を感じさせて取り引きの材料に使いたいんだろうが、逆効果の方が大きいだろうね。まともに戦争を仕掛けたって、勝てる相手じゃないんだから。それでも核兵器があれば、イラクやシリアみたいにアメリカにつぶされないという理屈なんだな。
(熊)日本にだって脅威ですよね。日本がその気になれば、核爆弾ぐらいはすぐ作れるだろうに、ちょっと悔しいね。
(隠)作れる技術力があったって、それを言っちゃおしまいよ。爆弾で脅す外交で国を守るなんて、前世紀の遺物なんだな。北朝鮮だって、核兵器を使ったらそれっきり国が滅びるのは承知の上で無理をしてるんだ。そんなレベルで張り合ったって、何のいいこともありゃしない。
(熊)すぐ近くに危険な国があるのに、それじゃどうしたらいいんですか。
(隠)テロ支援国家に再指定しろなんて強硬論もあるようだが、力で押し潰すってのは上策じゃないと思うよ。要するに北朝鮮がふつうに話し合いの通じる国になれば一番いいわけだ。それには日本だからこそ出来る秘策があるんだがな。北朝鮮だって、好き好んで孤立してるわけじゃない。ちゃんと先例もあるし。
(熊)いったいそりゃ何です。
(隠)小泉首相のときに北朝鮮と極秘の直接交渉をして、5人の拉致被害者と家族が帰ってきたのは知ってるだろう。あのとき北朝鮮としては、面子を捨てて謝罪をしても、日本を橋がかりにして国際的孤立から抜け出そうとした。それは本気だったんだ。でも日本の世論の流れと、アメリカの圧力で思い通りには運ばなかったんだな。
(熊)ああ、そんなことありましたね。
(隠)今の北朝鮮は、もっと追い詰められて孤立してる。そこで極秘の話し合いで、生存している拉致被害者は全員返します。不明者の消息も全部情報開示します。日本側もそれを信じますという約束ができて、正常な国交が回復したらどうなる。東アジアの緊張は一気に緩和するさ。それで大いにあわてるのはアメリカだろうね。世界戦略に大きな穴があいてしまう。でも世界の平和のためには、いいことだよ。
(熊)うーん、奇想天外だけど、できたらすごいですね。
(隠)それにはすごく有能な忍者外交のできる人物が必要だ。できることなら熊公に北朝鮮へ行ってもらいたいんだが、先方は何と言うかな。

ブログ連歌(303)

6039 正札が 価格破壊で 身をすぼめ
6040  いつの間にやら 暮らしも壊れ (建世)
6041 円安に 年金暮らしの 頼りなさ (樹美)
6042  とどのつまりは 欲しがりません (うたのすけ)
6043 よく耳に 現地の暴走 その昔 (うたのすけ)
6044  コレでやりました 日中戦争 (建世)
6045 きぬ着せて 参院選に 勝つまでは (樹美)
6046  歯に衣着せず まやかしご免 (うたのすけ)
6047 火付け役 日中友好 突き崩し (みどり)
6048  太陽季節 よんで白ける (樹美)
6049 「太陽…」に 「異形…」の方が 先んじる
6050  障子破りは 二番煎じ (うたのすけ)
6051 生きている ただそれだけで 安息日 (パープル)
6052  節分過ぎて 夕日は長し (建世)
6053 春めくに 苦楽ある身の 花衣 (みどり)
6054  まとい歩めば 舞台にも似て (建世)
6055 お代官 一同集めて 恫喝か
6056  越後屋シレッと 賞与で逃げる (うたのすけ)
6057 如月は 月があるのに ツキがない 
6058  短い月は 運を逃さず (パープル)
6059 漆黒の 空に秘めたる 星座あり (みどり)
6060  目に見えぬとも 質量ありと (建世)





太田雪影の書道個展「書と遊美(すさび)」を見る

 ブログ友の「花てぼ」さん、こと太田雪影さんの書道展を見てきました。朗読でも活躍している多才の人ですが、書道の個展でも、型にはまらない伸び伸びとした表現を展示していました。
 会場の正面を飾るのは「脱原発」の大文字です。その横には「拝啓関西電力様」と題する手紙形式の詩を書いた額が並んでいました。これらは当初は雪影さんが作品として書いたものではなく、書展に出すつもりはないということでしたが、ブログ友たちのリクエストもあって展示になりました。





 私としては、現代的メッセージ性の強い書道作品があるのは当然と考えますから、わが意を得たりと思います。この「脱原発」の掛け軸は、貸し出しも可能ということでした。また、これを原稿にして「桃太郎旗」に染めることもできるのではないかと思います。雪影さんは、たった2枚しか書かなかったそうですが、一気に書き上げた勢いがあります。



「拝啓関西電力様」は、南相馬市の出身で今は水戸市で避難生活中の青田恵子さんの詩です。相馬弁で綴られた強烈な怒りが込められています。「エアコン止めで、耳の穴かっぽじって よーぐ聞け。」で始まる全文は、こちらで読めますこれも、作品としてではなく、あり合わせの紙に自分の気持で書いてみたということです。



この他にも、とうもろこしのヒゲで書いた、茎で書いたというユニークな作品もありました。そして、鍛鉄作家の西田光男氏に依頼した「鉄額」入りの作品もありました。鉄の重量感と、書のメッセージが融合した見事なものでした。
 自由な発想と遊び心と、その底にある表現者としてのメッセージが満ちている会場でした。この個展は明日の16時までです。ご紹介が遅くなったのが残念です。

こんにゃく座のオペラ「アルレッキーノ」を見る

 この9日に世田谷のハブリック・シアターでオペラ「アルレッキーノ」を見てきました。原作はイタリアのカルロ・ゴルドーニ。加藤直の台本・演出、萩京子の作曲による新作です。主役である道化のアルレッキーノをはじめとして、すべての登場人物が道化的に行動する祝祭喜劇ですが、それを楽しめる日本語オペラに仕上げた作品でした。
 テンポのよい喜劇的な展開は、こんにゃく座のベテラン歌役者たちには得意の分野です。それでも筋立ては複雑怪奇で、殺された男の妹が男装して兄になり代わっているのを誰も気づかないなど、人間関係を飲み込むまでに少々疲れました。ザンニという4人組の道化が舞台回しに活躍し、説明役もつとめるのですが、それもどこまで信用できるのかわかりません。
 それより何より信じ難いのは、アルレッキーノが同時に二人の主人に仕えるという設定です。どちらの主人の言いつけも守ろうとすれば、アクロバット的な行動で切り抜けるしかありません。私が見たのはダブルキャストB組の島田大翼でしたが、身体能力的にもアクロバットに近い皿投げや皿回しを、みごとにこなしていました。
 休憩をはさんで2時間あまりのオペラで、喜劇としては少し長いように感じましたが、道化にかき回される大騒ぎのうちに、最後は三組の男女がめでたく結婚の運びになるのでした。その最後の一組がアルレッキーノと小間使いの娘(太田まり)なのですから、両人には得な役どころです。
 いつものことながら、簡単な装置をフル回転させる場面転換には感心させられます。喜劇的な要素はこんにゃく座オペラのどの作品にも見られますが、これは喜劇そのものに最も肉薄した作品と言えるでしょう。
 演出の加藤直氏は「道化は正体不明、いつも何かが足りない『無』だが、無駄ではない」と書いていました。それは音楽にも似ているというのです。日常的な世界を、非日常へと解き放つとは、どういうことなのでしょうか。オペラが終って、右手にギプスをしたままの妻と三軒茶屋の町で食事をしました。妻にとっては、今年になって初めての外出でした。

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
→著作などの紹介と販売について
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