志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2013年05月

「へらへら笑うと殺されない」のは、なぜだろう 

 昨日の「麦と兵隊」の記事について、高江洲さんから「中国人が日本人の中に取り残されるとへらへら笑うのくだりは印象深い」とのコメントをいただきました。私もこの部分を読んだときに、敗戦後の「進駐軍」を迎えたときの日本人の顔を思い出していました。ジープに「ハロー」と声をかけてキャンディーを投げてもらった小学生の私たちも、似たような顔をしていたのでしょう。
 強者に敵意を持たれたら命が危なくなります。そのときに、ひたすらの「命乞い」よりも、追従の笑顔を見せた方が効果がありそうなのは、なぜでしょうか。おそらく笑顔というのは人間に独特のコミュニケーションであって、それを見せられると、ふと人間同士の親近感が浮かぶからではないでしょうか。警戒心を解かせる「無害証明」になるのかもしれません。
 人間には、競い合い、時には戦い合う性質があるとともに、助け合い協力する性質もあります。前者で役に立つのが決意や威嚇の表情とすれば、後者を象徴するものが笑顔と言えるでしょう。戦いに勝負がついた後まで戦いの表情をしていると「残敵」として殺されるが、へらへら笑えば、もう争うつもりはない、そちらの仲間に入れてくれというサインになる、ということは言えそうです。
 日本人はよく、困ったときに笑ってごまかすと言われます。私も空港の通関などで、わからないことを言われると無意識にそうしていることがあります。でもこれは、日本人に限ったことではありません。どこの国の人でも、言葉がわからないときはそうなります。ただ、日本人が総じて権威に対して従順で温和だということはあるでしょう。
 先日の当ブログで進化論に関連して、人類の繁栄は「強者の生き残り」であったのか「助け合いの強さ」であったのかという論点がありました。これを適用すると、笑顔は助け合いの強力なツールであったことは間違いありません。私は「助け合ったから繁栄した」説を好ましいと思いました。すると負けた場合は、へらへら笑って生き延びるのが正解なのです。
 ただし、反原発の運動では負けたくありません。負けてへらへら笑って、あちら側へ行くのは惨めだと思います。反原発は、日本人の争いではなくて、日本人の常識にしなければなりません。私は、本物の活動家は、対立の現場でも笑顔を絶やさないことに気がつきました。あれは「本当はみんな仲間だ、こちらへおいで」と誘っているのです。

「土と兵隊・麦と兵隊」の復刊を読む(2)

 「麦と兵隊」は、著者が芥川賞の受賞によって作家として認識され、通常の軍務から離れて軍の報道部所属となった状態で参加した徐州作戦での経験を記録したものです。これは(当時の名称で)支那事変の初期に、蒋介石軍の主力を包囲殲滅しようとした大規模な作戦でした。マスコミの記者を含む報道班は、先陣争いをして最前線の戦闘に巻き込まれる経験もしています。
 しかし総じて「土と兵隊」と比べると、周囲の状況を、やや距離を置いて冷静に観察しているところがあります。徐州は、どこまで行っても見渡す限り麦畑の連続でした。その麦は実りの季節を迎えているのに、取入れをする農民の姿はありません。無人となった農村地帯に点在する小部落の粗末な民家に寝泊りしながら、ひたすらに歩兵は進軍を続けるのです。
 部落に残された豚、鶏、米、塩などは、兵隊の貴重な食料源になります。著者は、どの家にも文字を書いた赤い紙が貼ってあるのに気づき、丹念に記録もしています。それは「良縁由人結・佳寓自天成」といった、ひたすらに家と家族の安寧を願っている守り札なのでした。美しい字で、家ごとに工夫した言葉であることに感心するのですが、それらを踏みにじっている作戦への罪悪感を直接に表明する記述はありません。
 作戦が進むにつれて、取り残された現地人が増えてきます。それらは日本兵を見ると、へらへらと愛想笑いをし、非常に協力的に行動するのです。何度も軍閥による内戦を経験している大陸の農民は、新しい征服者から身を守る知恵を身につけているのでした。蔭では敵への内通もするだろうし気を許せないと言うのですが、それらがあまりにも日本人の顔と似ていることに困惑すると、著者は書いています。
 この本が、時局に合った著作としてベストセラーとなり、当局からも推薦された事情は、よくわかります。戦地の実情を内地の国民に知らせる良心的な報告と思われたのでしょう。しかし末尾にこんな記述がありました。捕虜になった「支那兵」3名が、日本刀で斬首される場面です。尋問に答えず反抗的であるというだけの理由でした。
 「私は眼を反らした。私は悪魔になってはいなかった。私はそれを知り、深く安堵した。」というのです。自分にはそんなことはできないと、言外に言いたかったのでしょう。これで全文の終りです。
 敗戦後の1960年に、火野葦平は死にました。自殺でした。

「土と兵隊・麦と兵隊」の復刊を読む(1)

 火野葦平(芥川賞作家)の名著で昭和10年代のベストセラーともなった体験的戦争記録文学の「土と兵隊・麦と兵隊」が社会批評社(代表・小西誠氏から復刊(単行本・1500円+税)されました。帯紙には「厭戦ルポか、好戦ルポか」の文字がありますが、当時の市民にとって徴兵と従軍とは、避けることのできない義務でした。その中で人間はどうなるかを知るための、まことに時宜に適した出版です。
 原著の出版順では「麦と兵隊」が先でしたが、著者の経験としては「土と兵隊」の方が先です。まだ芥川賞を受賞しておらず、一下士官(伍長)の班長として13名の兵を率い、昭和12年9月の杭州湾上陸作戦に参加しました。日々の経験を家族に送る手紙として書き溜めたものを、整理・清書して発表しました。戦争初体験の生々しさがあり、日本兵の残虐さをも隠さずに記録しています。
 思うに芥川賞を受賞し、「麦と兵隊」のベトセラー作者ともなった余禄で、軍部としては不都合と思える記述も、検閲で大目に見られたのではないでしょうか。まだ戦争の初期で、軍による思想の統制が確立しておらず、時流に乗った文学者の書いたものに干渉するには、多少の遠慮があったのかもしれません。ともかく記録として価値の高い「土と兵隊」であると思いました。
 「土と兵隊」から読み取れるのは、現場で過酷な任務遂行を強いられる兵隊たちの、悲惨としか言いようのない状況です。制海権も制空権も支配して行われた上陸作戦にもかかわらず、日本軍の装備と兵站の貧弱さは信じられないほどです。それでも作戦通りの前進と占領が可能なのは、抵抗する中国軍(文中では支那軍・支那兵ですが)の錬度と士気が極端に低いからでした。
 トーチカに篭る敵も、地を這って迂回した日本兵が周囲を囲むと、簡単に抵抗をあきらめて降伏してしまいます。中から出てくる敵兵は、おしなべて体も小さく子供のようであったと著者は書いています。そして明らかな身ぶりで「どうか命だけは助けてくれ」と懇願するのでした。しかし日本軍には捕虜を収容する準備は何もありません。
 翌日、中隊に引き渡した捕虜たち36名は、一人残らず殺されて穴に折り重なっていました。近づくとまだ息のある者がいて、目顔で胸を撃ってくれと言うので、そのようにしてやった。すると隊長から「なぜ無駄な発砲をするのか」と言われたと、著者は坦々と書いています。
 このような事実を知らされても、当時の日本国民から軍への批判や反戦の声は表立っては上がりませんでした。それは当時の常識でした。私の少年期の記憶とも一致します。極限に置かれて選択の余地のない兵隊は、殺人を当り前の仕事と思うようになるのです。国民皆兵の「皇軍」の実像は、このようなものでした。

核エネルギーは許されるか・涅槃対談

(ご隠居)お釈迦さま、お久しぶりです。ちょっとご意見を聞いてみたいことがありまして、涅槃コールを押してみました。前回は大腸がんを切ったあとでしたから、あれから2年半になります。
(お釈迦さま)そうでしたか、手術の結果は、よかったようですね。前回は最新の宇宙理論を聞かせてもらって、面白かったですよ。人類の科学はずいぶん進んだようだが、何か問題がありますか。
(隠)それがいま、核エネルギーをどう扱うかで難しいところに来てるんです。万物は素粒子から出来ているから決まった形はない、つまり色即是空で諸行無常であると、ここまではお釈迦さまが言われた通りでしたからいいんです。ところが人間はその素粒子を操作して、自然界には存在しない元素を作り出し、その不安定さを利用して核エネルギーを取り出す方法を発明しました。これが原発で、石炭や石油の代りにウランやプルトニウムを燃やす発電所なんですね。
(釈)ほう、薪や地下資源を燃やすだけでは足りなくなりましたか。
(隠)現代の社会を動かすためのエネルギーは、途方もなく大きくなってしまったんです。ところが核エネルギーを出す物質には、同時に生き物に有害な強い放射線を出すという、やっかいな性質があって、これは変えることができません。そして使ったあとの核ゴミを安全に処分する方法も、まだ見つかっていないのです。
(釈)つまり、当面の役に立つからと、あまり先のことなど考えずに新しい技術に飛びついてしまったんですね。人間が陥りやすい欠点の一つですよ。先を急ぐと綻びが出ます。
(隠)そうなんです。そもそも核エネルギーの利用は、戦争に使う爆弾から始まったんです。たった一発で都市が壊滅し、10万人単位の人が死にました。
(釈)えっ、そんなことがあったんですか。人間の知恵を、人を殺すことに使うなんて。
(隠)だから戦争は、もうこれで最後にしようという憲法を作りました。でも今の問題は、発電のための核エネルギーなら許されるかどうかということなんです。
(釈)お話を聞くと核エネルギーというのは、季節の移ろいや生物の生まれ変りといった自然な元素の循環とは違った、非常に無理をして取り出すエネルギーのようですね。桁外れに強いというのが長所にしても、生き物が近づけないほど危険な放射線を出し続けるということは、本来、人が触れてはならないと教えているのではないでしょうか。
(隠)そうでしょうね。人として、してはならないことがある。
(釈)私はそう思います。私は古い人間ですから、人類の未来がどうなるかは知りません。ただ、私が教えたことが今でも役に立つと思う人は、核エネルギーから手を切ってほしいと思います。私がいま言えるのは、そこまでですね。(合掌) 
(隠)(合掌)

「人間は誰もが遺族である」という真実

 能登の禅僧、市堀玉宗さんのブログは、一貫して仏法の説話と発句で毎日更新されている。住職としての日常の作務や、俳人としての活動もあるだろうに、怠らずに継続しているその持続力がすごいと思う。私のブログも「よく毎日続きますね」と人から言われるのだが、これほどの一貫性はない。僧侶としても俳人としても、本物になっている人の姿だと思う。
 「人間は誰もが遺族である」とは、「復興の柱・『絆』再考」というエントリーの中で語られていた。いま言われている「絆」とは、人々の助け合う心の大切さを説いているのだろう。それはその通りなのだが、人の世は、自然災害を含めて、ありとあらゆる「想定外」の悩み苦しみに満ちている。その中での「絆」とは、誰が何に対して言うのであろうかと玉宗さんは問うている。
 むろん人が支え合うことで生きてきた尊さを否定するのではない。だが人の心に依拠する「絆」は、人の「いのち」と共に絶えず揺れている。そのようなものをスローガンにして「復興の柱」に据えるのには、些かの躊躇があるというのだ。ならば真に復興の柱に据えるべきものは何かと言えば、それは「諸行無常」の他にないと、玉宗さんの思索は続く。
 そして「人間は誰もが遺族である」という言葉が登場する。これから後は私が思ったことだから玉宗さんの論旨と違うかもしれないが、人は誰でも、誰かを失った生き残りとして生きている。その自分も、いずれは死んで、回りの者が遺族になる。それを知った上で、ただ一回を生ききる以外に人の生きようはないのだ。
 人を助け、人から助けられる「絆」は有り難く美しい。震災で寺を失い、その再興を果たした玉宗さんこそ、誰よりも深くそれを知っているに違いない。その玉宗さんの言う「諸行無常」は、「絆」よりもはるかに深いところにあるのではないか。人々の絆で再建された興禅寺も、諸行無常の一片に過ぎないだろう。次の震災で壊滅しても、おかしくはない。
 しかし、それでも、というか、だからこそと言うべきか、寺の再興は必要だったのだ。これから先は理論が飛ぶが、わかる人がわかってくれればいい。脱原発、反戦・平和、護憲のための運動をしている中で、私は多くの人たちとの「絆」を得た。絆があるから、がんばれるという場面は、とても多い。しかし人の絆は「政党」にもなる。
 政党が勝っても負けても、諸行無常の一瞬の姿に過ぎないのではないか。一人の人間として、生きている間に出来ることは、何なのだろう。

NHK「サキどり」で考えた貯蓄の消費と給与の消費

 日曜日の朝は、NHK総合の「サキどり」という番組をよく見ます。時代を一歩リードする、先進的な取り組みを取材・紹介してくれるので、世の中が良くなりそうな安心を感じることがあります。今朝のテーマは「さぁ旅に出よう!車椅子でも大丈夫」でした。要介護度5で、外出をあきらめていた障害ある老人たちが、旅に出ることで活性を取り戻す姿を紹介していました。
 車椅子対応の車両や、バリアフリー化しつつある公共交通機関、そしてバリアフリーを集客の目玉とする宿などを組み合わせれば、今でもかなり自由な旅行は可能です。それに加えて、要介護の旅を支援する介護施設や旅行会社、さらには町ぐるみでバリアフリーを推進する自治体も出てきました。そうした試みが、車椅子での旅行を、前向きな明るいものにしつつあるのです。
 要介護老人の旅への希望は、最初は「墓参りに行きたい」が第一だそうです。遠い故郷の先祖の墓参りをし、親戚にも会って、生きているうちに義理を果たしたいという願望です。ですから行く先では涙、涙の感動シーンの連続になります。それはそれで大事なことで有意義なのですが、番組では、それ以上の大きな発展がありました。
 体が不自由でも行きたいところへ行けることを実感し、喜んで支援してくれる人たちがいることを知ると、次々に行きたい場所が増えてくるのです。同じ人を密着取材した映像で、最初の墓参り旅行と、一年後の花見の旅とでは、表情が人が違ったように生き生きと変っていました。人は生きている限りは、自分の領域を広げることで生きがいを感じるのです。
 老人が生涯をかけてある程度の財産を積んだとしても、それを使って満足できる暮らしをするためには、一定の能力が必要です。体力も意欲もすっかり失くした後に財産が残っても、次の世代に相続の争いを残すだけで終るかもしれません。それでも領域を小さく固めた老人は、放っておけば、ますます保守的になって行くものです。
 老人にとって、何よりも欲しいものは「安心感」です。公的にも私的にも、老人の安心のために必要なのは円滑なコミニュケーションです。それが「金で買える」ものなら、老人は支出を惜しまないでしょう。そして支出された金銭は、直ちに若い世代の給与となって世の中に循環して行きます。そうした「金脈」が、日本の現代社会には埋もれているのです。それを「助けて詐欺」に巻き上げられる前に、喜ばれる方法で「先取り」したいものです。

ブログ連歌(316)

6299 政治家が 長屋談義で あるまいに
6300  身も蓋もない 本音をさらし (建世)
6301 それぞれの 家にそれぞれ 事情あり
6302  いちいち非難は はて困りもの (うたのすけ)
6303 韓中を 良き隣人と 心から
6304  言いきれる人 ハイ手を挙げて (うたのすけ)
6305 アノ二人 世代を超えて 睦まじく (うたのすけ)
6306  政治は男だ 女引っ込め (建世)
6307 誰ですか 暴言妄言 恥知らず (みどり)
6308  異心の会に 妖怪集う (建世)
6309 上が言えば 以心伝心 西の村 (パープル)
6310  無恥がうようよ 馬脚を見せて (建世)
6311 町々の 川の流れの 狭まりつ
6312  歴史も歪む 西も東も (みどり) 
6313 なに隠す そっと家族に 知らせては
6314  北の返事が まさかミサイル (うたのすけ)
6315 憲法が 世界の宝 日本国 (建世)
6316  お宝拝見 皆で朗読 (うたのすけ)
6317 不信感 殊更つよめ 敵性視
6318  友好築く 道拓きたき (みどり)
6319 先取りは 脱原発と 定むべし (建世)
6319B 夏が来る 電力足りる 乗り切ろう (パープル)
6320  二言目には 電力不足と (うたのすけ)

 

憲法 崖っぷち!6.15(ひ・み・つ)作戦会議

 きょうの西口で、出来たばかりのチラシを受け取りました。少し前から企画の話は聞いていました。講演会でも決起集会でもなく、知恵を出し合う「作戦会議」です。憲法を守りたい人なら誰でも参加できますが、すごい人たちの集まりになるかもしれません。以下はチラシからの抜粋です。

今度の参議院選挙は、ほんとうに崖っぷち!
憲法が出来てから戦争しなかったこの国が、かえられようとしている。
さぁーて、どうしよう!……
小さな一人が、自分の想いを書いて10枚のチラシを配ったら・・・素敵な未来へ繋がらないかなぁ・・・
やろう!知恵を出し合う話し合い!

☆6月15日(土曜日)
☆ネイキッドロフト 13:00〜16:00(開場12:30)
  東京都新宿区百人町1−5−1 百人町ビル1F
  電話03-3205-1556
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/naked/15930
  ☆参加費 500円(飲食代は別・1drinkの注文必要)
☆予約必要(上記電話またはWEBで)
☆主催 大木晴子(明日も晴れ)http://seiko-jiro.net/
☆協力 新宿西口反戦意思表示有志



連合主催の緊急集会と労使関係シンポジウム

 連合の「労働者保護ルールの改悪を許すな!5.24緊急集会」と、同じ会場(ベルサール神田)で行われたシンポジウム「日本の未来を拓く労使関係」の撮影取材に同行してきました。
 緊急集会は、安倍政権が進めている「成長戦略」の取りまとめの中で、「解雇の金銭解決制度」「准正社員制度」など労働者保護ルールの緩和が提起されているのに対応したものです。これらの提案は「産業競争力会議」など労働者側のいない場で出されたもので、経営側の一方的な要望に過ぎませんが、今後の予断は許しません。民主党からは改悪阻止の決意表明が寄せられましたが、情勢は厳しいのです。
 「労働者不在のまま経営の論理だけを優先し、労働者保護ルールの改悪に向けた議論を一方的に行う安倍政権の姿勢は、断じて許すことはできない。」との緊急アピールを採択し、「がんぱろう」の三唱をしたのですが、報じてくれるマスコミはあるでしょうか。連合傘下の各産別組合は、組織内や推薦候補を擁立して夏の参議院選挙に臨みます。その多くは民主党からの立候補です。選挙の結果は、連合運動の今後にも影響するでしょう。
 シンポジウムでは、労働政策・研究機構の呉学殊(おう・はくすう)氏と、日本プロ野球選手会事務局長・松原徹氏の講話を聞いたあと、パネリストによる報告と討論がありました。労使関係の未来像を模索する趣旨でしたが、パネラーの中でユニークだったのは、社員210名のリサイクル業で労働組合を結成した春江ユニオンの島崎裕久氏でした。
 リサイクル業は、大卒で第一希望で就職する職場ではありません。社員のモラルは高いとは言えず、会社の労務管理も乱暴なものでした。その中で地下鉄の中吊り広告で連合の「相談ダイヤル」の番号を見て電話をかけたのが発端だったとのことです。紆余曲折はありましたが、とにかく労働組合の結成に成功して、会社と対等の意見交換ができるようになりました。
 その結果は、会社全体の非常な活性化でした。リサイクル業を時代の先端を行く重要な産業と位置づけ、「理念」「思想」「目的」を明示した社風を築くこととなったのです。特に機密書類抹消の高レベルリサイクルシステムでは、世界にも例を見ないセキュリティーと処理能力を実現したとのことです。
 もの言わぬ従業員が、人としてもの言える立場になったことで企業を成長させた例と言えるでしょう。労働組合には、そのような機能もあるということを、もっと知らせたいものです。

「タックス・ヘイブン〜逃げていく税金」を読む

 「タックス・ヘイブン〜逃げていく税金」(志賀櫻・岩波新書)を読みました。著者は大蔵官僚の税務畑から警察庁への出向を経て、金融庁の国際担当や東京税関長などを歴任しており、国際的な税務の先端で仕事をしてきた人です。国境を超えて課税を逃れつつ、世界の経済を混乱させる投機マネーの温床となっている「税金からの避難港」を意味するタックス・ヘイブンの害悪を告発する書です。
 どの国でも高額所得者には高い税率を適用する税制になっていますが、日本の場合は1億円を超えたあたりから、実質の租税負担率は低下することが知られています。国際的な「節税対策」を講じて資本を安全なタックス・ヘイブンへ逃がす余裕が生まれるからです。
 世界には著名なタックス・ヘイブンがあり、小さなビルに著名な世界企業の本社が集まったりしています。本社の実体はなく、税制の差を利用するためです。各国は公正な課税のためにブラックリストを公表するなど圧力をかけようとするのですが、建前と本音の使い分けがあって、公正な国際基準の確立は、なかなか進みません。
 アメリカもイギリスも、支配下に複数のタックス・ヘイブンを温存しており、これらを利用してもいるのです。そこには大国の諜報機関も顔を出すとのことです。ですから互いに触れない暗黙の「聖域」も出来てしまいます。しかしタックス・ヘイブンが育てた国際投機マネーは、ついに各国政府の制御能力を超えるまでに肥大してしまいました。
 近年の多様な「金融商品」の開発は、リスクを分散する理論で構成されましたが、それはリスクの絶対量を減らしはしません。その結果、世界はほぼ定期的に、不必要な金融危機に見舞われるようになりました。現状ではこれを予防することは不可能です。各国の財政規模は、投機マネーの巨大さに比べて、あまりにも小さいのです。危機の穴埋めのために、各国の税金が消費されます。
 そもそも税金とは何であるかと言えば、「税は文明の対価である」と著者は言います。国民が餓死せず、教育も医療も受けるための原資が税金です。その税金を集める方法が、国境の壁を超えられない現状の矛盾を、端的に体現しているのがタックス・ヘイブンなのです。
 最後に著者は「新しい税のあり方」にも触れており、トービン税や国際連帯税についての言及もあるのですが、総じて一通りの紹介にとどまっています。何よりも今は「逃げていく税金」の逃げ道を塞ぐことが世界の急務だという、その警鐘を鳴らすのが著者の目的なのでした。
 タックス・ヘイブンという暗部にメスを入れることは、個々の国益を超えた世界の急務です。特にタックス・ヘイブンの隠れた庇護者である大国の責任は大きいのです。

本日おすすめ「木霊の宿る町」ブログの憲法資料

 トラックバックをいただいた「斧魔」さんが管理する「木霊の宿る町」ブログの「資料・憲法 石破さん、どこに書いてあるの」が秀逸です。
 「自民党の石破幹事長は21日の東京都内での講演で、憲法の前文について、『世界の人はみんないい人なので信用していれば平和で安全ですよ、と書いてあるが本当か』と述べた。」さらに「北朝鮮による日本人拉致事件などをあげながら、『みんなが憲法などうそっぱちだと思うようになる方が危険だ』と訴え、憲法改正の必要性を強調した。」そうです。
 日本の憲法をどうしても変えたいと思っているのは、こういう人たちだということを教えてくれます。この記事に貼り付けてある4点の動画も、それぞれに貴重品で、ある意味、楽しませてくれます。
 念のためホームページのアドレスも表示しておきます。
http://onomar.jugem.jp/?eid=4357



新自由主義に賛同できない理由を進化論から考えた

 一昨日の「病の起源」を見ての記事がきっかけになって、「逝きし世の面影」さんからいただいたコメントやトラックバック記事を読み、ダーウィンの進化論も調べてみて、人間が無理なく暮らせる世の中のありようということを、改めて考えてみました。
 進化論の「適者生存」の理論は、欧米諸国による近世の植民地征服の時代には、強者に都合のよい部分がつまみ食いされて、弱肉強食の人種差別を正当化しました。これに対してダーウィンは「種の起源」から12年後の1871年にThe Descent Of Man And Selection In Relation To Sex(人間の由来と性に関連した選択)を出版し、相互に助け合う集団こそが適応して生存したと説いたということです。
 人間が、他の猛獣にくらべて、はるかに多産であることは確かな事実です。それは自然状態では、人間は弱い生き物であることを示しています。その人類はコミュニケーション能力にすぐれ、知力で文明を発達させることで生物界の支配者となることができました。その実力が、腕力の強さでなく、知力による各種の発明や、共同作業の成果に基づいていることは明らかです。
 さて、こうして成立した人間集団の中では、どのような集団が生存に適しているのでしょうか。ちょっと見には、強いリーダーの下に統率されて武力にすぐれた集団が有利なように見えます。しかし歴史の中で見ると、強大な帝国が長く続いた例がありません。
 現代になると、20世紀型の国家間の戦争は影をひそめました。その代わりに登場したのが、世界企業を軸とする経済的な競争です。これに適者生存の理論を応用すると、新自由主義が「進化論」に近似して見えてきます。
 きょうの半日の間に思いついたことなので、まだ理論的な整理は出来ていませんが、現代の過剰な生産力は、人間の多産性に近似しているような気がします。現代の夫婦のほとんどが計画的に産・育児をしていますが、企業の生産性だけは、常に目いっぱいに向上させるだけでいいのでしょうか。
 「生き残りをかけて」戦うべき相手は、地球環境の悪化であり、世界的な失業問題ではないのか。助け合って生存してきたのが人類ではなかったのか。時間軸の長い「人間の本質」ということが、頭から離れない一日でした。

非自民票の受け皿として「インターネット政党」は間に合うのか

 天木直人氏の本日のブログは「政治の崩壊とインターネット政党への期待の高まり」と題しているのだが、これは本当に期待できるのだろうか。少し前には、その道の達人にインターネット政党創立の実務は任せた、という趣旨の記事があったように記憶している。夏の参議院選挙に向けた絶好のタイミングでの登場を期待しているが、短期決戦で話題をさらうような実力を、本当に発揮できるだろうか。できたら奇跡だが、その奇跡を期待したいと思っている。
 たまたま同じ日に、この選挙で政界デビューをめざす「緑の党」から最新の資料が届いた。それによると、「未来の党」と「みどりの風」が、「みどり」という統一呼称で合流することで同意し、これに対応して「緑の党」も、会員の総意を前提として協議を行うとしている。「緑の党」としてのコメントの要点は、以下の3点にまとめられている。
 嵜靴靴だ治」をつくることへの共感
合流のプロセスは対等な協議から
政治を市民の手に
 一方、護憲の「しにせ」である共産党、社民党はどうか。天木直人氏は「弱小左翼政党、政治家の迷走ぶりはもはや国民の関心のラチ外だ。」「そもそも今の野党では一致団結しようがない。」と手きびしいのだが、一定の支持層を持つ両党を全く無視することがプラスになるとは私には思えない。少なくとも自民一辺倒へのバランス感覚としての支持率回復は予想できるし、現にそのような傾向も出てきている。
 改憲阻止、具体的には「96条先行改憲」に賛成しないだけでもいいから、3分の1を確保するのがこの夏の選挙の戦い方だと私は思っている。それほど情勢は厳しいのではないか。インターネット解禁は選挙を変えるだろうが、それが魔法の杖になると思い込むのは甘いだろう。
 もちろん戦う当事者は奇跡を信じて戦う。奇跡であろうと順当であろうと、戦いに参加しなければ絶対に勝利はないのだから。間もなく熱い夏がくる。よく考えて賢く行動しよう。

「病の起源」を見て希望を感じた

 外出が続いて少し疲れたか、ややぼんやりした休日でした。
 ブログも休もうかと思っていたら、NHKスペシャル「病の起源」の第1集「がん〜人類進化が生んだ病」を見て、自分の病歴を納得するとともに、人類の未来に希望を感じました。男の精子分裂がほぼ生涯を通して長く続くことと、男女を問わない脳の巨大化が、いずれも、がんの増殖メカニズムと密接に関連しているというのです。
 また、人間はなぜ一年を通してまんべんなく生まれるのか、つまり「発情期」がないのかという疑問にも、かなり明快な説明がありました。発情期がないのではなくて発情の休止期間がないのです。それは困難な生活環境の中でも、わずかの機会さえあれば、たくましく子孫を増殖させる能力を備えていることを意味します。
 そしてまた、福岡伸一氏の名著「生物と無生物のあいだ」で述べられていた、女性の毎月の生理が、無駄のように見えるが本来は無駄ではなかったという説明も思い出しました。10代から始めて生涯に5人以上の子を生んで二歳になるまで授乳すれば、無駄になる生理の回数は激減するのです。(注・授乳をやめると「子供が死んでしまった」サインになるので、次の妊娠のための「生理」が再開する)
 がんは医療の進歩で制圧可能になってきているし、男女の役割分担は狩猟時代と同じではありません。それでも人間の生殖能力が、本来は非常に強いものだという事実は、人類の未来にとって究極の希望です。
 住みにくい世の中を作れば人口は減るでしょう。日本の人口減は既定の事実ですが、それで国が必ず滅びるとは決まりません。適度な人口の維持は、それが許されるときに実現するでしょう。もちろん、地球が住める環境を維持していることが前提ですが。

満80歳まで生きてきた

 1933年のきょうの朝に私は生まれた。「今度も安産でよかったですね、男の子ですよ」と言われたとき、部屋には朝日が差し込んでいたと母は日記に書いてくれている。すぐ上の姉が夭折していたので、その生まれ変りだと思った、だからあんたは優しい子になったと話してくれたこともある。出産は自宅で、お産婆さんの世話でするものと決まっていた時代だった。
 昨日は都庁にある「運転免許更新センター」で新免許証の交付を受けてきた。流れるように円滑な事務処理で、20分ほどですべてが完了したのには感心した。以前は一日がかりで検査を受け講習があって、免許証の交付は後日受け取りに来るか、郵送を依頼するのだった。その運転歴も、1949年から始って64年目になる。戦後すぐの教習所の車は木炭車で、エンジンのスタートは手でクランク棒を回すのだった。
 目まぐるしく移り変る世の中を見てきたわけだが、それに適応しながら、むしろ楽しんでいる自分であることを自覚している。人間とは、なんという適応力に富む動物なのだろうか。それを思うと、あまり未来のことは心配しなくてもいいようにも思えてくる。だが、自分が生きた80年間に起きた大きな変化は、さらに加速度をつけて未来にも変化し続けるのだろうか。
 歴史を長いスパンで見ると、大きく変化する年代と、比較的長い安定期とが交互に現れるのがわかる。人類の未来には、新しいレベルでの安定期が来るのではないかというのが、私の予感だった。それは、自分にとって安心できる生活環境が整って欲しいという願望と、ほとんど同じだった。
 さらに言えば、この世に、日々の生活に苦しむ人は、なるべく少ない方がいい。人と人とは、競い争うよりも、睦み協力し合う関係の方が好ましいという感覚がある。今朝の新聞には「アベノミクス」とやらの、兆円単位の景気のよい構想が並んでいたが、安定とは逆方向へ加速しそうな不安を感じるのは私だけだろうか。
 5月は気持のいい季節だ。5月になると落ち込んでいた私の欝傾向は、ブログを始めた70代あたりから消えてしまった。経産省のテントひろばの前には、当局が設置した監視カメラがあるが、私はブログを通して日本の政治の監視カメラになろう。それを満80歳の「所感」としておく。

捨てパンと失業と金余り投機資本

 このところ撮影取材への同行立会いが増えています。昨夜は職場風景の撮影で、大手デパートの閉店後の現場に入りました。売り場のコーナーを使って接客風景などを再現してもらったのですが、そこは食品売り場で、たまたま横で見かけた売れ残り食品処分の迫力ある情景に驚きました。
 縦横高さ1メートルぐらいと思われる大きな籠を引いてきて、その中へ周囲の売り場から残っているパン類を投げ込んで行くのです。ついさっきまで商品として大事に売られていたであろうパンを、素手で掴んで四方からどんどん放り込んで行き、見ている間に山盛りにまでなりました。デパートですから閉店間際の値引きもしないでしょう。売れ残りパンはただ捨てるのでなく、飼料などに回るのかもしれません。それにしても半端でなく「もったいない」風景でした。
 それより前の午後の時間帯には、連合の中央執行委員会で、来日中のILO事務局長、ガイ・ライダー氏の冒頭挨拶を聞きました。世界的に現代は労働者にとって冬の時代です。世界の失業者は、2億人にまで達しているとのことです。その中でも労働組合の基本権、ディーセントワーク(公正な労働)は守らねばならないと訴えていました。日本はいまだに、いくつかの重要なILO条約を批准していません。安倍内閣への懸念の言及もありました。
 働く能力と意思があっても働く場のない「失業」は、売れ残って捨てられるパン以上に深刻で「もったいない」現象です。人間の過剰は「処分」することができません。人手が余るなら新しい仕事を作り出すか、今の仕事を多人数で分けるしか方法がないのは誰にでもわかります。しかし企業の経営に労働コスト削減の動機が働く以上、自由経済は失業を内包するのです。世界に2億人もの失業者が発生した対極には、過剰な企業利益と、それを集積した投機資本が積み上がりました。
 ガイ・ライダー氏がこういうことを言ったわけではありませんが、企業の自由な活動を中心に据えて政治がそれに奉仕する新自由主義は、究極において人類を幸せにしないと私は思っています。いま「タックスヘイブン」という本を読んでいるのですが、企業活動の基盤となる社会の安定のためのコストは、企業活動そのものに公正に負担させるシステムが必要な時代なのだと思います。
 結局は世界的に、企業が政治を支配するか、政治が企業を制御できるか、という問題になりそうな気がします。

護憲のための投票行動を考える(その1)

 安倍内閣の予算案は、参議院での否決にもかかわらず成立した。時流に乗った勢いが感じられる。衆議院で多数を占める政府与党の強さを見せつけられるような展開だが、ひるがえって2010年の参院選で敗れたあとの民主党が、にわかに力を失って「ねじれ国会」が足かせとなり、実行力を失って行ったのが残念に思われる。やはり国会運営に不慣れだったからだろうか。
 この夏の参議院選挙の構図も3年前と似ていなくはないが、鳩山民主党が1年間で普天間県外移設問題で挫折し、菅首相の消費税発言も加わって大打撃を受けたのに対して、安倍自民党には今のところ大きな目に見える失政がない。もちろん外交関係の行き詰まりや、力任せの経済政策の先行きなど不安材料はあるが、この半年足らずではすべてが進行中なのだ。
 その中で安倍首相にとっての懸念は、自らが提起した改憲問題が、96条の先行改定という具体的な形をとってきたことで国民の関心を集め、それが自民党への警戒心を呼び起こすことであるように見えてきた。国民投票があるのだから、国民に意思表示の機会を多く与え、その意思を尊重することになるといった説明は、思いつきで加えた言い訳に聞こえる。もちろん真の狙いは、国防軍を作り「公益」を重視する同党の改憲草案にあるのだが。
 だからこの先の選挙戦では「改憲隠し」が意図的に行われる可能性もある。それは護憲の有権者にとっては、自民党の攻められたくない弱点になることを意味する。
 先ごろのNHKの世論調査によると、政党の支持率で自民党は43.4%を占めて他を圧している。民主党はわずか5.3%と過去最低を更新した。護憲がはっきりしている共産党は2%、社民党は民主党の低落を補って上向いたが1.1%にとどまっている。これだけを見ると、改憲阻止に必要な3分の1の確保は難しそうに見える。だが話は簡単ではない。96条だけを先行させる改憲案には、強い慎重論も広範に存在しているからだ。
 個々の政党、これから予想される新党の登場や、政党間の政策協議を含め、さらには議員候補者個人の信条も含めて、広い情報を集めて最適な投票行動をとる必要があると思う。投票日までの間、継続的にこの問題を考えて行こうと思っている。

運転免許更新・高齢者講習の3回目

 自動車運転免許更新のための、高齢者検査と講習に行ってきました。2007年、2010年に続いて3回目になります。朝から昼過ぎまで、3時間のコースを終了して帰ってきました。認知力検査と講習ですから試験ではなく、不合格はありません。高齢者に、自動車運転適性を自覚して貰うことが主な目的だと説明していました。
 シミュレーターを使っての反応時間テストと実車の運転は3名のチームで受講したのですが、今回心強かったのは、左足でブレーキを踏む両足運転の人が、私のほかにもう一人いたことでした。両足にした動機を聞くと、本で読んで、これは安全でよいと思ったということでした。しかし講師(教習員)は未練がましく「できれば右足ブレーキでやっていただけませんか」と言っていました。
 私は左足ブレーキの二人目でしたから、「10年もやっていて急に変えたら危ないですよ」と主張して、いつも通りの運転で通しました。シミュレーターも同様にしました。結果は良好だった思います。ただ一点注意されたのは、一時停止のところで完全に停車しない傾向があることで、これは全員共通でした。「止まって仕切り直す気持で」という指導がありました。
 この講習に行くと、料金は合計6000円かかります。その度に安全運転の資料としてパンフレット類もくれるのですが、かなりの分量です。この制度は、自動車学校業界と警察天下り団体との相互扶助制度的な性格もあると思うのですが、交通法規は絶えず変化していますから、休憩時間にはその点だけは読んでみて確かめることにしています。
 今回目についたのは、昨年4月から施行になった「右向きの矢印信号における転回が可能に」という項目でした。交差点の信号で右折専用の青矢印がついている間は、原則としてその交差点を利用してUターンしてもよくなったということです。これは今まで知らなかったし利用したこともなかったので、見ておいてよかったと思いました。
 私が今回受けた検査の総合判定は、記憶・判断力は「心配なし」、視力関係は30〜59歳の「ふつう」、運転適性B(30〜59歳比)は、4の「やや優」でした。当面は心配なく乗れそうですが、奢らずに安全運転で、細く長い車とのつきあいを続けたいと思います。それにつけてもAT車における両足運転の優位を、改めて実感しました。

「母さん助けて詐欺」と経産省テントひろば逮捕事件

(熊さん)振り込め詐欺の手口が変ってきたとかで、新しい呼び方に「母さん助けて詐欺」ってのが当選したんだってね。
(ご隠居)うん、銀行で振り込ませるのが難しくなって、直接現金を受け取りに来る手口が増えてるんだそうだ。それにつけても悪知恵の種は尽きないもんだな。人の善意につけ込むんだからタチが悪いや。罠にかからないように、お前も気をつけろ。
(熊)おやご隠居、きょうは何だか機嫌が悪いね。
(隠)いやな事件を聞いたんだよ。経産省の前に原発に反対するテント広場が出来てるのは知ってるだろう。そこでこの10日に、スタッフの一人が逮捕されたんだ。その方法が、どうにも陰険で気持が悪いんだよ。
(熊)テント広場は、明渡しの訴訟を起こされているんですよね。大変なことだ。
(隠)「テントひろば」から声明が出ているが、大筋はこういうことだ。経産省の担当官がビデオカメラを持った仲間を連れてきて、執拗にスタッフの一人の顔の撮影を続けた。肖像権があるから止めろと言っても聞かずに顔から数センチにまでカメラを近づけたそうだ。そこでカメラをどけようとした手が相手の顔に触ったら、とたんに警察を呼んで騒ぎになった。
(熊)ひどい陰険な挑発だね。
(隠)仲間も近くで見てたから、全然暴力なんてレベルじゃなかったと言ってる。警察も双方から事情を聞いて、その場は収まったように見えたが、最後にスタッフは事情を聞きたいからと同行を求められた。その人は、やましいことはないし「一人で大丈夫だから」と、行ったそうだ。ところがそのまま丸の内警察署で、暴行と器物損壊容疑で逮捕されたことがわかった。
(熊)うーん、怖い話だね。「話せばわかる」じゃないんだ。
(隠)こういう時代には、みんな自分を守る知識を持ってなくちゃいけない。任意同行は、断っていいんだ。明白な現行犯でなければ、逮捕状を示さない限り、警察も人の身柄を勝手に拘束することはできないんだよ。それから紛争の現場では手を出してはいけない。とくに警察が相手だと「公務執行妨害」を取られてしまう。昔の労働組合のピケ訓練では、手を後ろに組むように指導したものだ。苦しくても非暴力を守る。
(熊)でもね、警察が敵になるなんて、暗い時代ですね。
(隠)以前に書いた「公妨は公暴にもなる」も見ておくれ。国民が警察の武装を認め、頼りにしているのは何のためか。これは国家の根幹にかかわる問題なんだよ。

ブログ連歌(315)

6279 九条を 宝と護る 人信ず (みどり)
6280  夏の選挙は 護憲の陣に (建世)
6281 マスコミが 体制属し 誘導す (みどり)
6282  大勢翼賛 昔も今も (建世)
6283 お隣の お坊ちゃまかと 思ったら
6284  わが家のボクが 戦車オモチャに (うたのすけ)
6285 現世代 孫子の代に ナニ残す (うたのすけ)
6286  残してならぬ 原発だけは (建世)
6287 中国が 尖閣マトに 一矢二矢
6288  そして三矢と 沖縄狙う (うたのすけ)
6289 突っ張れば あれもこれもと 限りなし
6290  心は温め 頭は冷やせ (建世)
6291 木々青み 夏めく軒に つばめ待ち (みどり)
6292  時は過ぎれど 季節は還る (建世)
6293 助けてに 応じる資産 羨まし (うたのすけ)
6294  善意を餌に 悪ははびこる (建世) 
6295 減税の 何処かおかしき 不公平 (みどり)
6296  庶民増税 怠りもなく (建世) 
6297 風俗が 合法だとは 摩訶不思議
6298  枝葉のごとき 抜け道ありき (うたのすけ)
6299 政治家が 長屋談義で あるまいに
6300  身も蓋もない 本音をさらし (建世)

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
→著作などの紹介と販売について
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