志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2013年10月

ブログ連歌(337)

6719 台風と 地震でテレビ 忙しく
6720  あちら立てれば こちらが立たず (うたのすけ)
6721 天変地異 まとめて過ぎる 列島に
6722  悩み多くも 明日は晴れるや (建世)
6723 台風も 先が見えたぞ どうしよう (うたのすけ)
6724  白む雲行き 先ずは洗濯 (みどり)
6725 肌寒し 太平楽に 熱燗と
6726  鍋焼きうどん 言うことはなし (うたのすけ)    
6727 明日からは 寒くなるとか 襟を寄せ (建世)
6728  夏の陽射しも 悪くはなしと (うたのすけ)
6729 黄落の 季を愉しまず 冬支度 (みどり)
6730  汚染大気も 海越ゆと聞く (建世)
6731 汚染水 なかなか政府 腰上げぬ
6732  ああだこうだと 口先だけで (うたのすけ)
6733 銀行の 融資の先に 闇の口 (みどり)
6734  ヤクザ永遠 銀行不滅 (うたのすけ)
6735 人はみな 照る日曇る日 生きている (うたのすけ)
6736  冬の時代を 耐え忍ぶとも (建世)
6737 冬迫り 熊さん眠し 球根も (みどり)
6738  隠居はひとり 長夜をふかす (建世)
6739 園遊会 なに様なの 太郎って (うたのすけ)
6740  直訴壮士の 一幕芝居 (建世) 

拝啓・小泉純一郎様、土曜日の新宿西口に立ってみませんか

 拝啓、小泉純一郎様、最近のあなたは、「核のゴミの処分場のあてもないのに原発を進める方がよほど無責任」「今こそ原発をゼロにする方針を政府・自民党が出せば、世界に例のない循環型社会へ結束できる」と講演しておられるそうですね。この夏にはフィンランドの核廃棄物処分施設「オンカロ」も見てきて、信念を深められたと聞きました。
 かつては「郵政民営化」をかかげて「自民党をぶっ壊す」と叫び、奇跡的な郵政選挙で勝利したり、北朝鮮へ2度も飛んで拉致被害者を救出し、北朝鮮を「開国」の一歩手前まで動かした実行力に、期待している人たちは今も少なくないでしょう。悪い意味で一枚岩に固まってしまったように見える今の自民党の中にあって、久しぶりに存在感のある発言が聞けました。
 もちろん周囲の抵抗はいろいろあるでしょう。私も個人としては、あなたが進めてきた政策には批判的な立場です。でも今の日本にとって、原発ゼロを国の方針として策定することこそが最善という一点では、文句なしに同じ意見です。
 そこでお誘いですが、土曜日の午後6時に、新宿駅の地下西口においでになりませんか。西口交番の近くに、1時間だけですが、誰でも自由に意思表示をするスペースが出現します。自分の言いたいことをサインボートなどに書いて、6本の柱のどれかの近くに立つのです。演説しない、歌わない、物もビラも配らないで、ただ立っているのが暗黙の約束です。
 これを、視察ではなく、ご自分で経験なさいませんか。書いたものを持っていれば、何のために立っているのかは誰にでもわかります。大半の人は無視して通過しますが、時には話しかけてくる人がいます。そのときは、街頭での立ち話ですから、なんでも話し合いができます。
 そんなことをして何の役に立つのかと思われるでしょう。私もそう思います。しかしこれを実行することで自分が変るのです。人々を見ている間に、いろいろなことを考えるし、そこからわかってくることがあるのです。言ってみれば「自分の原点を確かめる」ということでしょうか。仏僧の「托鉢」にも似た行為だと私は思っています。
 原発ゼロを語ることは、今の日本では「理想」を語ることのように見られかねません。しかし政治家の責務は「理想を実現する」ことですよね。新宿西口は、その出発点になると思います。

秘密保護について考えてみた

 子供のころ、自分の都合の悪いことを聞かれたときに「わが軍の秘密だ」と言って逃げる方法があった。「防諜」ということが言われて、ここは要塞地帯だから写真を撮ってはいけないとか、橋の長さを測るのも軍事情報になるから気をつけろとか言われる時代だったからだ。それが戦後は自由な時代になり、日本中のどこへ行っても気がねなく写真が撮れるようになった。
 日本はいま国の秘密を守る法律がなくて「スパイの天国だ」などと言われると、心配になる人が多いかもしれない。そこで現状ではそんなに不都合なのか、少し調べてみた。まず公務員には一般に、職務上知りえた情報をみだりに漏らしてはならない「守秘義務」がある。自衛隊員にはもっと厳しい軍事情報についての守秘義務があるし、日米安保条約には、相互に軍事機密を守る協定が組み込まれている。国益を損なうような秘密を野放しにしているというのは当らない。
 ただ、取り締まる側からすれば、秘密保護の一点で包括される法律があった方が都合がいい。秘密の持ち出しを意図したという目的さえ明らかなら、面倒な手続きなしに取り締まりに入れるからだ。ここを強調して、悪名高い「治安維持法」の再来だと警告する人もいるようだが、こちらは政治思想の取り締まりだから法律の性格が違っている。それでも拡張解釈されると危ないというので、この問題も考えてみた。
 治安維持法では、日本の「国体の変革」つまり天皇制を否定することが犯罪とされた。そこで「国体ヲ変革スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シタル者又ハ結社ノ役員其ノ他指導者タル任務ニ従事シタル者」は死刑または5年以上の懲役に処することとした。ところが実際に猛威を振るったのは、次の「為ニスル行為」の規定だった。「結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ二年以上ノ有期ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」。これだと、いくらでも解釈を拡大することができる。「天皇陛下万歳」を叫ぶ者以外は、疑われればいつでも捜索を受けることになってしまった。
 発表されている「特定秘密保護法案」は、細かい実技的な規定の羅列で、うんざりして全部を読み通す気になれなかったが、治安維持法の、大ざっぱで危険な規定と同じではない。しかし「秘密の漏洩を目的として」の「為にする」規定が入れば、一般国民が対象者になる。今までにない新しい法律を、なぜ今の国会で急いで通そうとするのか、その動機には非常に不自然なものが感じられる。一口で言って、それは国民への統制の強化と言える。現政府にとって、国民とは「縛っておかないと不安な不届き者の集団」であるらしい。

勝ちつづけることの栄光と重圧

 日本シリーズの楽天・巨人戦のテレビ中継を9時過ぎから、結局試合終了まで見てしまった。田中将大投手の表情が、最後まで能面のように厳しいままだったのが非常に印象的だった。今シーズンは24勝無敗で、これは新記録だという。常識で考えても、これは大変なことだ。勝利投手というのは本人の力量もさることながら、チームの援護がなければ成り立たず、運にも左右される。昔は国鉄時代の金田投手が、力投しながらも敗戦投手になるのを何度も見たものだ。田中投手はチームの力を引き出す大黒柱の風格を備えてきたということだろう。
 斎藤祐樹投手と投げ合った甲子園から7年になる。17歳の少年は24歳になっているわけだ。若くしてスターになる点では大相撲にも似ているかもしれない。横綱として土俵に上がったら、単に負けてはならないばかりでなく、横綱としての「風格」まで問題にされる。連勝記録を伸ばしているときの圧力は重いものがあることだろう。
 日本シリーズは後楽園に舞台を移して3連戦になるが、どちらかが3連勝して決着とはならないような気がする。また仙台にもどって決戦になるのではなかろうか。田中投手のあの厳しい顔が、もう一度マウンド上に見られる可能性がある。そしてその顔が、魔法が解けたように昔の「マー君」の笑顔にもどるとしたら、それは日本一の祝勝会になったときだろう。
 そのときは人間・田中将大にとっては人生最高の瞬間になる。しかし人生はまだ先が長い。むしろ何か事故でもあって急死したら伝説の人なるだろうが、そんなことを望む者は誰もいない。以前に、水泳で奇跡的な優勝をした10代の少女がいて「今まで生きてきた中で最高に幸せです」と言ったのが話題になったが、その後の彼女がどうなったかは、私を含めてほとんど誰も知らないだろう。
 田中将大も笑顔のインタビューのあとで、きっとこう言うと私は思う「きょうは最高です。でもこれは僕の通過点ですから」と。そして彼のその後の人生がどうなって行くのかは、まだ誰も知らない。

上所重助さんの「おかげさま」という詩

 長妻昭議員から「おかげさま」という詩を教えてもらいました。長妻氏の Facebook にも掲載されています。なかなかいい詩で、「インターネットで見つけた」ということでした。帰宅して検索したら、ネット上で最近かなり話題になっていますが、上所重助(かみところしげすけ)さんという作者についての詳細がわかりません。私が見た範囲では、2009年11月に鹿児島・串間市の商工会館に掲示してあったという記事が写真つきで出ていました。そこで筆者の新大隅青年会議所の元理事長さんに問い合わせ中です。著作権が少し心配ですが、こういう詩です。

夏が来ると「冬がいい」と言う
冬が来ると「夏がいい」と言う
太ると「痩せたい」と言い
痩せると「太りたい」と言う
忙しいと「暇になりたい」と言い
暇になると「忙しい方がいい」と言う
自分に都合のいい人は「善い人だ」と言い
自分に都合が悪くなると「悪い人だ」と言う

借りた傘も 雨が上がれば邪魔になる
金を持てば 古びた女房が邪魔になる
所帯を持てば 親さえも邪魔になる

衣食住は昔に比べりゃ天国だが
上を見て不平不満の明け暮れ
隣を見て愚痴ばかり

どうして自分を見つめないのか
静かに考えてみるがよい
一体自分とは何なのか

親のおかげ
先生のおかげ
世間様のおかげの固まりが自分ではないか
つまらぬ自我妄執を捨てて
得手勝手を慎んだら
世の中はきっと明るくなるだろう

「俺が」、「俺が」を捨てて
「おかげさまで」、「おかげさまで」と暮らしたい
(引用終り)

 みんなが「おかげさまで」「ありがとう」を交わしたら、世の中は明るくなるでしょう。特に政権与党になった政治家はどうでしょう。危険な「俺こそは」になっていませんか。

(追記・問い合わせた元理事長さんからは、残念ながら「私も孫引きでした」との返信をいただきました。)

自由律口語短歌習作

毎日書くと約束したわけでなし パソコン開いて心定まらぬ天気予報
ブログなるものに出会い八年になる 自分の日記のようでそうでない極まり悪さ
第一水曜日の国会めぐりなのに 病院の検査予定を入れてしまう無自覚
大腸がん切除して三年生存す 八十歳にして「完治」とは何の意味か
ひとつだけ今日も行くところがある 15時45分衆議院第二議員会館

ブログ連歌(336)

6699 自衛隊 居なかったなら 大変と
6700  テレビを見つつ 妻は感激 (うたのすけ)
6701 トロイアの 木馬に似たり TPP (建世)
6702  木馬の腹に 何を詰め込む (うたのすけ)
6703 海を越え ホテルに避難 する人も
6704  これも格差か 安倍のミスかも (うたのすけ)
6705 全国民 おかげで揃って 気象通 (うたのすけ)
6706  三球つづく きわどいコース (建世)
6707 紅葉狩り 避難が先の 暴風雨 (みどり)
6708  秋を楽しむ 間もあらばこそ (建世)
6709 都知事閣下 尖閣寄金 大島に
6710  まさかのまさか まさか五輪に (うたのすけ)
6711 愛おしき 暮らし薙ぎゆく 嵐かな (みどり)
6712  一転泪の 大島航路 (うたのすけ)
6713 お茶漬けも 文化遺産と 胸を張り (うたのすけ)
6714  出番が来るぞ 日暮らし食堂 (建世)
6715 予定の日 悪天候に 心折れ   
6716  転ばぬ先の 知恵と言い訳 (みどり)
6717 台風と 競って偽装が おお流行り (うたのすけ)
6718  食のブランド 木の葉のごとく (建世)
6719 台風と 地震でテレビ 忙しく
6720  あちら立てれば こちらが立たず (うたのすけ)

金子きみ歌集「草の分際」を読む

 新宿西口で、大木晴子さんから「これ読んでみて」と手渡された本です。短歌新聞社の単行本で、2005年の発行ですから、2009年に94歳で没した著者の90歳の祝いに間に合ったのでしょう。短歌の世界とは縁のなかった二人の子息が、苦心して刊行に漕ぎつけたようです。私も短歌には明るくないのですが、読んでよかったと思える本でした。
 金子きみは、1915(大正4年)に北海道で生れていますから、昭和の年代を最初から最後まで生き通した人です。若いうちから文才を発揮して、自由律口語短歌の旗手となりました。1938(昭和13年)、23歳で早くも歌集「草」を出版しています。また小説家としても立派な業績を残していますが、すべてがほとんど実録だと言われています。暮しは常に豊かさからは遠く、厳しい労働に明け暮れていました。その中で二人の息子を育て、戦中戦後を生き抜いてきました。
 最初は「反戦歌人」という認識で読みはじめたのですが、歌集の中にそれらしい作品は、さほど多くはありませんでした。ただ、開拓時代の北海道での農婦としての暮し、戦後混乱期の、海水を煮詰めるモグリ製塩業の経験、そして高度成長期で激変する都市と田舎の実景などを、折々の短歌作品として残しており、さながら「短歌で綴る昭和史」になっているのに驚きました。本人の筆による解説の文章が、要所ごとに置かれて理解を助けてくれます。自由律口語短歌は、このテーマに最適の表現形式であったと言えるでしょう。およそ三千の歌を残し、この歌集にはほぼ千首を収めたとのことです。以下に少しだけ引用させていただきます。

農業をうらやむ街のともだちに 笑って固い手を握らせる
戦死よりもブラジルで生きると 下の兄は東京の殖民学校に苦学の手続き
地球が割れるように生まれて たちまち母子と言うつながりの盲目
(見合い結婚し、長男出産)
何をか言わん日本男児 夫はみどり児に敬礼をして戦地に向かう
敗れた国を生きねばならぬ 塩の闇生産に手を出す居丈高
十年に十度住所が変わった もっとも背負って運べそうな世帯だと笑い合う
あそこには死の灰 ここにはさくら 入学児をつれて 命を惜しむ
横断歩道を歩き出す群集よりも シグナルの目が生きている都会
二十万死んだ 百万死のうと汚辱の戦死を拒んで 沖縄の海の白い砂
(「余生」と題した終期の作)
欅の梢で耳を立てている雲よ わたしにもいろいろあったが あっただけだよ

ぼくらはみんな生きている


 
 わが家の正面に生えている桑の木です。わずかの隙間から伸びてきて、「ここらは昔は桑畑だった」ことを主張しています。何度も切り取ったのですが、根が残っているので根絶できません。平和共存時代が長くなりました。


 
 よく通る路地の、電柱を支えるケーブルの根元です。草の下に土はありません。細い隙間からすべて伸びてきています。



 もとは大きな邸宅だった土地が、代替わりでアパートになりました。大きな木が茂り、池のある庭でした。一人残った娘さんが、今はおばあさんになり、猫と暮らしながら管理しています。



 一本だけ残った庭木が、道路の舗装と格闘しています。このまま人の手が加えられなければ、天寿を全うできるでしょう。



 以前にも当ブログで紹介したことのある柏木公園(通称・三角公園)の青桐です。5年前の写真と比べて、一段とたくましく鉄棒を体内に取り込みました。もはや主客逆転して、青桐が主役の風景に見えます。
 人間が滅んだとしても、地球は大丈夫です。少し安心しました。

アーサー・ビナード「日本語ぽこりぽこり」を読む

 先日、講演を聞いたアーサー・ビナード氏のエッセイ集(小学館・単行本)です。本のタイトルは漱石の句「吹井戸や ぽこりぽこりと 真桑瓜」から来ています。エッセイ集ですから、話題は多岐にわたり、決まった思想性はありません。しかし当然ながら、氏の来歴や来日してからの異文化体験、そして日本文学ヘの造詣の深さがにじんでいます。  
 話題を一つだけに絞ると、芭蕉の句「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」の、駅のポスター(山寺の風景写真)に載っていた英訳詩を論じたものがあります。ボスターでは、こうでした。
how silent! the cicada's voice soaks into the rocks 
 これを読んで、原作のうまみが、まるで出ていないと思ったというのです。最大の問題は silent を最初に持ち上げているが、この句は無音を表現しているのではなく、喧騒のない閑静さを表現している。それで気になって自分で英訳を試みたものが以下です。
Up here, a stillness
the sound of the cicadas
seeps into the crags.
 写真を見たから「山の上」を意識し、岩石の様子から crags を使ったのでしょう。ただ、蝉の声は合唱だと推定して the sound にしてしまいました。「しみ込む」に soak がいいのか seep がいいのかは、私の理解力を超えます。しかし全体として、ポスターから得られる状況には、よく合っていると言えそうです。
 そこで私は、俳句の研究家だったブライス師はどう訳したろうかと気になり、「HAIKU」第1巻を調べてみました。ブライス訳は、以下の通りです。
 The silence!
The voice of the cicada
  Penetrates the rocks.
 ブライス師は蝉を一匹にしています。「古池や蛙とび込む」も、絶対に一匹だと主張していました。静かな中の音の断続を強調し、岩を突き通すような強い言葉を使っています。夏の山寺の実際とは、おそらく違うでしょうが、これもまた俳句らしいシンプルさを素直に伝えています。
 最後の余談に、最初のポスターの英訳だと「なんて静かなんだ!」と蝉が騒いでいるようにも読めると書いてありました。この解釈を聞かせたら、ブライス師は大いに気に入って、即座に爆笑するだろうと思いました。

誰のための「積極的平和貢献」なのか

 安倍内閣は日本の「積極的平和貢献」への道を進むということだ。平和貢献なら日本のお家芸で、憲法9条の不戦の誓いを積極的に世界に広めるのかと思ったら、どうもそうではないらしい。アメリカとの軍事情報共有のための環境づくりに「秘密保護法」を作るとか、「集団的自衛権」を拡大する方向での解釈を進めるとか、それが平和のために役立つと思っているらしいのだ。
 そういう意味での平和貢献なら、日本にも昔からあった。「勝ってくるぞと勇ましく……」という軍歌が有名だから知っている人も多いだろうが、「露営の歌」というあの歌の、結びの言葉はどうなっていたかご存知だろうか。故郷の恩愛や戦陣の辛苦を、哀調を込めた旋律でつぶさに歌ったあとに「東洋平和のためならば 何の命が惜しかろう」と言っているのだ。
 兵隊たちの多くは、殺戮と破壊そのものが戦争の目的とは思っていなかったのではないか。苦しい戦いの向こうに平和な家族との生活が待っていると、少なくとも一時的には信じていた、だからこそ命を捨てる覚悟もできたのではなかろうか。
 さしあたり「東洋平和のためならば」を「世界平和のためならば」に置き換えると、現代では通りがよさそうだが、それを信じて「勝ってくるぞと勇ましく」出動したら、この次には自衛隊員は確実に海外で命を捨てることになる。それでも守りたい平和とは何か。
 その前に「平和」の中身を検証する必要がある。世界人類に等しく適用される真の「平和」と、いま日本で唱えられている「平和」とは、同じものだろうか。自分の国さえよければ、自分たちの同盟国さえよければといった、特定グループにとっての「平和」だったら、「東洋平和のためならば」と同じことになる。それでは命が惜しくないか。


SKD・OG、STASのレビュー公演を見る

 元松竹歌劇団SKDの解散後に、そのOGたちを中心に結成されたSTAS(千波ちどり、高城美輝、明石薫、銀ひ乃での頭文字)の公演「2013レビューランド」を浅草公会堂で見てきました。SKDの再興には苦難の歴史がありましたが、STASによって、ようやく継続的な公演の形が出来てきたようです。私は2006年のSTAS(スタス)公演「真夜中のデパート」(三越劇場)を見に行って、ブログ記事にしたことがあります。
 今年の公演を間際になって知り、久しぶりに見に行ったのですが、舞台正面を26名のラインダンスで埋める実力を復活していました。昨年は芸術祭に参加して、大衆芸能部門・優秀賞を受賞したということです。今回の演目は2部15景の構成で、それぞれに楽しめました。歌も踊りも若いメンバーの力が揃ってきて充実しています。浅草レビューの灯を絶やさないという目的は、ほぼ達したのではないでしょうか。
 欲を言えば、2部のうちの一方には、もっと話題性のあるテーマに沿った物語り性が欲しいように思いました。レビューの復活を懐かしむだけでない、若い観客を引きつける新しい魅力を創造できたら、浅草の新名物になるでしょう。来年の定期公演は、10月の17日から19日までの日程が、浅草公会堂で決まっているそうです。

アーサー・ビナード氏の講演で聞いた「TPPは亡国の道」

 昨夜は北区九条の会主催の「輝け憲法・生かそう9条」集会に行ってみました。私の出身区ですから知人が多いのです。シニア合唱団の歌、憲法9条を全国の方言で読み上げる「お国ことば9条」、主催者あいさつを兼ねた「集団的自衛権」の解説など充実した内容でしたが、目玉はアーサー・ビナード氏の講演でした。
 私は今まで知らなかったのですが、ビナード氏はアメリカ人でありながら、日本と日本語に恋してしまった快男児なのでした。著書のエッセイ集「日本語ぽこりぽこり」を会場で購入しましたから、読んでから紹介します。昨夜のテーマは、世界の経済とTPPの問題でした。話の中で「米帝」という言葉がポンポン飛び出すのですから新左翼も顔負けです。米帝とはアメリカの軍事力と合体した無国籍企業資本のことです。 
 いまアベノミクスで経済がよくなるという期待感を盛り上げていますが、そこで言われている経済成長とは、アメリカのドルを増やすことです。増えたドルで日本はアメリカの国債を買いますが、ドルは本当に実体のある基軸通貨でしょうか。ビナード氏に言わせればドルはマネーであって金(かね)ではない。借金を返す気など、さらさらないから、デフォルトに都合のいいタイミングを待っていて、時々予行演習をしている、ということになります。金(きん)との交換を停止したニクソン・ショックの前科もあります。ドルを世界の富と交換しておけば、アメリカは損しないのです。
 マネーの対極に位置する実体経済の手本が、かつての日本にはありました。「石高」という基準です。これは米の体積であって、一升の100倍であり、一人が一年間に消費する米の量に当ります。これを単位として「百万石の藩」などと国力の評価をしていました。言われてみると納得するのですが、こんな話を日本の経済学者からは聞いたことがありません。食糧の自給率を低下させている日本は、ドルが紙屑になったとき、どうして飢えずにいられるでしょうか。あらゆる富を差し出して食糧と交換せざるをえなくなるでしょう。
 TPP交渉の主役は、国家でさえなくなって、今はドルの支配者である無国籍企業です。世界の経済活動に共通のルールを適用させ、長期にわたる支配力を完成させるのが目的です。TPPは「とんでもないペテンの仲間(パートナー)」だと、会場を爆笑させながらの熱演でしたが、その内容の深刻さは変りません。
 今から100年後の孫たちの代にも、日本という国があって、日本語を使う人たちが残っていてほしいというのがビナードさんの願いだそうです。日本を狭い国だと思わないでほしい、奥行きのある豊かな国ですよとも言っていました。そんなヘンな外人の、忘れられない講演でした。

ブログ連歌(335)

6679 懸命に 被ばくなき世を 築きたき (みどり)
6680  先ずは原発 ゼロを掲げて (うたのすけ)
6681 暴風雨 過疎の村々 対策を (みどり)
6682  福島4号 天運いかに (建世)
6683 美辞麗句 傲慢振りに アラエッサッサ (うたのすけ)
6684  右翼ひとすじ 名の出たところ (建世)
6685 よくもまあ コントロール 出来てると
6686  二度も強調 コレ確信犯 (うたのすけ)
6687 原発に 整列点呼 号令し
6688  異常ナシとの 報告させて (建世)   
6689 十年に 一度の大型 台風と
6690  警告空し 伊豆の大島 (うたのすけ)
6691 無念なり 前日避難 指示如何に (うたのすけ)
6692  まさかと思う 人の世の常 (建世)
6693 避難場所 定め有りしも あまりに遠き
6694  選挙投票 その小学校 (みどり)
6695 猪瀬知事 一万本と 誇らしげ (うたのすけ)
6696  首相後から 手土産思案 (建世)
6697 争点を 全部隠して 「所信」とは
6698  アベノミクスの 一枚看板 (建世)
6699 自衛隊 居なかったなら 大変と
6700  テレビを見つつ 妻は感激 (うたのすけ)

ぼくらはみんな(パート労働者の歌・替え歌)

 2006年、パート、派遣、下請けなどの、いわゆる非正規労働者の増加が社会問題になってきて、連合でも春季生活闘争(昔の春闘)に非正規労働者の集会や街頭宣伝を行うようになりました。このときに作られたのが「手のひらを太陽に」の替え歌です。連合東京・真島明美さんの発案で歌詞を作り録音しました。正式に使うとなると原作者の承認が必要なので、やなせたかしさんの事務所に連絡し、FAXの通信でしたが快諾を得ました。

 「手のひらを太陽に」の歌は、もともと子供のために作ったのではなく、大人のための歌でした。失意に沈んでいたときに手を電灯にかざして、血が流れている生きていることを実感したと、やなせさんは書いています。みんな、生きていくのはたいへんなのです。でも、生きなければ何も始まりません。

 ぼくらはみんな(「手のひらを太陽に」替え歌)
  原作詞 やなせたかし 作曲 いずみたく
  改作詞 真島明美・志村建世
  歌唱 清水正美 コーラス 連合女性職員有志

1.ぼくらはみんな生きている 生きているから歌うんだ
  ぼくらはみんな生きている 生きているから悲しいんだ
  いつでも使い捨て 不安なあした 安い時給で 同じ仕事
    パートだって 派遣だって 下請けだって
    みんなみんな生きて行くのに たいへんなんだ

2.ぼくらはみんな生きている 生きているから歌うんだ
  ぼくらはみんな生きている 生きているから怒るんだ
  身分はパートでも 職場のベテラン 重い責任 社員以上
    パートだって 派遣だって 下請けだって
    みんなみんな生きて行くのに たいへんなんだ

3.ぼくらはみんな生きている 生きているから歌うんだ
  ぼくらはみんな生きている 生きているから叫ぶんだ
  いまこそ声あげて 要求しよう 同じ仕事に 同じ時給
    パートだって 派遣だって 下請けだって
    みんなみんな生きて行くのに たいへんなんだ
    パートだって 派遣だって 下請けだって
    みんなみんな同じ職場の ともだちなんだ

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やなせたかしさんの出世作「やさしいライオン」

 この13日に亡くなった「やなせたかし」さんは、私にとっても師匠でした。歌作りで相談に乗っていただいて、労働組合の愛唱歌の選と補作を共同作業でしたこともありました。古くは「みんなのうた」からですが、昭和40年代に私がNHKを辞めて独立するまでの半失業時代に、青少年文化センターという財団の職員として「やさしいライオン」の制作にかかわったことがあります。
 この作品については、やなせさん自身が「もしぼくの出世作というものがあるとすれば、それはこの『やさしいライオン』だと思う。」(「ザ・ストーリーゲート」より)と書いています。アンパンマンが世に出る前のことでした。短編のマンガで、母親を亡くしたライオンの仔が、子犬を亡くした母犬に育てられ、実の子のように育つ物語でした。おとなになったライオンは動物園に入れられますが、心は犬の仔です。老いて弱った母犬の子守唄が聞こえたとき、猛然と檻を破って母犬のもとへと走りました。しかし姿はライオンですから警官隊が出動します。そして母親と再会したところで銃撃に倒れるという悲劇です。
 これは最初はラジオドラマとして書かれ、次にマンガとなり、それをスライドで写しながらミュージカルにしたものを上演しました。磯部俶さんの作曲でボニージャックスが歌い、浦和の公会堂で親子教室的なイベントをしたのを覚えています。絵本を何かの賞に応募する手続きのお手伝いをし、「受賞しましたよ」と、にこにこしながら報告していただいた記憶もあります。
 この頃、「ボニージャックスゆうえんち」という企画で全国を回ろうという企画までありました。この企画はあまり発展せずに終ったのですが、今回検索してみて、「やさしいライオン」がその後何度もリニューアルされ、絵本の定番となり、アニメのミユージカルになり、舞台のミュージカルにまでなっていることを知って驚きました。「ぼくは5才の時に父親をうしなって、義父、義母に育てられたので、やさしいライオンを書く時自分の人生といくらか重なる部分があって涙がこぼれた。」と前掲の文章はつづいています。
 アンパンマン以降のやなせさんはメジャーな売れっ子でしたが、そこに至るまでには「なんでも屋」的な多彩な仕事の蓄積がありました。その底に一貫していたのは、控え目でいながら決して変らない「やさしさ」だったと思います。私の、やなせさんとの最後になったご縁は、「パート労働者のための替え歌」を作ったことです。やなせさんは常に弱者の味方でした。そのお話は、歌声とともに、次回にご紹介します。「パートだって 派遣だって 下請けだって みんなみんな……」

国会議員たちよ、あなた方は誰のために働きますか

 台風26号の接近で、夕方に予定されていた連合主催の「ディーセント・ワーク世界行動デー2013」の街頭行動が中止になりました。新宿と上野でそれぞれ街頭演説とチラシ入りティッシュの配布をすることになっていたので、その撮影取材の応援に行くつもりでしたが、とりあえず私の「今日行く」と「今日用」(教育と教養)が消えました。
 国会がようやく始まって「論戦」が再開します。しかし今の国会勢力図では、安倍政権の「言い値」に対して、野党が多少の「値引き交渉」をする程度のことにしかならないでしょう。かつて長く続いた自民党長期政権に対する批判勢力としての社会党が存在した時代よりも、政策はずっと暴走、迷走しやすくなっているように感じられます。共産党が活躍するにしても、その活動には限界があるでしょう。
 社民党の新しい党首が決まりましたが、野党の盟主として再起するにしては、あまりにも小さくなってしまいました。そして民主党は、ヨーロッパ諸国で政権党となっているような社民党に近い政党として、国民の信頼を再び集められるようになるでしょうか。それとも「第三の道」を模索して、この先も離合集散に悩むのでしょうか。そしてまた小沢一郎氏は、どこへ行くことになるのでしょうか。
 国政の主役は国民の筈なのに、国会議事堂は国民の希望のシンボルであるべきなのに、今は冷たくガードされた別世界のように感じられるのは、なぜでしょうか。秋の雨に濡れているから、だけではなさそうです。国会議員たちよ、あなた方は誰のために働きますか。日本を、また戦争をする国にしたいですか。放射能汚染よりも、原発が大事ですか。一人ずつが、人間として答えてください。
 

火野葦平の「密林と兵隊」(原題は「青春と泥濘」)を読む

 社会批評社から復刻刊行された「密林と兵隊」を、電子ブックで読みました。「火野葦平の兵隊シリーズ(土と兵隊・麦と兵隊・花と兵隊、に続く)総集編」というキャッチコピーでしたが、火野葦平の作品を検索しても「密林と兵隊」という書名はありません。原著は戦後の1950年(昭和25年)に書かれた「青春と泥濘」です。私は最初、南方の熱帯雨林での戦いの記録かと思いましたが、インド北部に侵攻したインパール作戦を舞台とした小説でした。
 読んでいるうちに、これを「兵隊シリーズ」の完結編と位置づけたかった編集者の意図がわかってきました。「土と兵隊」がドキュメンタリーに近い形で出発し、第2作、3作がその発展形であったのに対して、これは小説の色彩がより濃くなって、作品としての完成度も高まっているように思われます。また、軍部の検閲がなくなって自由に書ける立場になり、戦争そのものと本格的に対峙する態度になっていることも読み取れます。
 インパール作戦は、太平洋での日本の敗退がほぼ確定的となった時期に、インド国民軍とともに反攻に出て、インド解放の宣伝効果を得ようとした無理な作戦でした。戦力も補給もないままに投入された日本軍は、インパールを包囲する形だけは辛うじて作ったものの、そこで力尽き、動きのとれない密林の消耗戦で自壊しながら、インド国民軍にも離反され、壊滅的な敗走に至ったのでした。
 この戦場の中で下士官の指揮する敗残の中隊は、必勝の信念に支えられた隊長の指導力により、敵の戦車群を爆破するという特攻任務に挑戦するのです。筆舌に尽くし難い苦痛にさいなまれる兵隊たちは、軍の上層部への不満と不信を口にしながら、それでも任務を放棄しようとはしません。あと一歩で全面的な反軍の思想に陥るべき状況にもかかわらず、それを口にできない、ぎりぎりの葛藤がつづくのです。
 その葛藤は、死を待ちながら密林に横たわっても消えないのです。火野葦平は、戦後にも「反戦作家」に転じることはありませんでした。安易に転向しては「兵隊シリーズ」で国民的人気作家となった過去のすべてを否定することになります。さりとて戦争というものと正面から対峙して自己を確立することも容易ではなかった。その葛藤が、自殺をもって終る生涯を導いたように思われます。
 火野葦平が残した作品の中で、今も読み継がれるべき本だという判断は正しかったと思います。ただそれだけに、巻頭か巻末のどちらかに、改題した理由を含めた、ある程度の長さの編集者としての解説が欲しかったと思いました。

10.13原発ゼロ統一行動

 原発ゼロ統一行動の、日比谷公会堂集会とデモに参加してきました。公会堂の集会は定刻の1時間以上前から整理券の配布があり、2000名の会場が満席になった上に、場外にも2000名が集まっていると報告されました。
 会場では、肥田舜太郎医師のアピールが圧巻でした。広島でも医師は原爆症に対して無力であった。しかもアメリカ占領軍から命令されて、原爆症についての研究をすることも、記録・統計をとることさえも厳しく禁じられていた。それと同じことが、いま福島で行われている。同じように医師は無力で子供たちの被曝を見ていることしかできない、というのです。
 それは肺腑から絞り出すような悲痛な訴えでした。そして会場の皆さんにお願いがある。それぞれの年齢に応じて、生きている限り原爆・原発が人類と共存できないことを言いつづけてほしい。人間が生きられる環境を守ってほしいと訴えていました。それは96歳になる肥田氏の、生涯をかけた遺言そのものでした。



 大江健三郎氏は、作家らしい飄々とした語り口の中に、何度も「本質的なもの」を見定めることの大切さを強調していました。人間にとっての本質的なものとは、何よりも生きられる環境を維持することです。その観点からすれば、原発の経済性は明らかに本質ではない。生きられる環境こそが本質です。


 
 集会の後、日比谷公園から「巨大デモ」が出発しました。しかし出発には非常に長い時間がかかりました。警備当局は、休日で自動車の通行が非常に少ないにもかかわらず、信号機の操作をせず、横断できる時間を短いままに放置して、デモの細分化を意図しているように見受けられました。







 デモコースの途中、東京電力本社前では、自然発生的に抗議の声が起こります。デモ行進は日没時間近くまで続いたと思われますが、最後までの確認はできませんでした。 

ブログ連歌(334)

6659 消費税 値上げに庶民 選挙待ち (うたのすけ)
6660  今に見てろと 冬支度して (建世)
6661 悪政に 負けじと抗す 気概あり (みどり)
6662  昔は一揆 今アクション (建世)
6663 汚染水 初歩的ミスで 流出し
6664  怒り心頭 福島の漁師 (ひと) (うたのすけ)
6665 防衛費 ずさん会計 批判なく
6666  するりと通る 消費税なり (みどり) 
6667 晋ちゃんは あれこれ欲しい ものばかり (建世)
6668  地べたに寝ころび 手足バタバタ (うたのすけ)
6669 目算を 次から次と よくもまあ (うたのすけ)
6670  もう後ないか ここを先途と (建世)
6671 拉致あれど 憎悪表現 断罪す (みどり)
6672  南北是非も 弁ぜぬやから (建世)
6673 十八の ゆめ無残にも 散り果てる
6674  何で何でと 怒りは尽きぬ (うたのすけ)
6675 人として 保つ理性を 信じたき (みどり)
6676  一時の逆上 生涯の悔い (建世)
6677 母二人 コメント悲し 涙する (うたのすけ)
6678  被害と加害 辛苦はいずれ (建世)
6679 懸命に 被ばくなき世を 築きたき (みどり)
6680  先ずは原発 ゼロを掲げて (うたのすけ)

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
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