志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2014年03月

「新・戦争論〜積極的平和主義への提言」を読む(3)

 著者が最終章の「日本の選択」で述べていることは、「日本はこれまで憲法があるので、あれもしない、これもしないと言ってきたが、これからは『あれもできる、これもできる』と、発想を変えるべきだ」ということに集約できます。この根底には「法制的・観念的思考」に対する「戦略的・現実的思考」の対比があります。
 法制的思考の典型が、憲法9条の絶対視です。決めたことは守ればよいのですが、不戦の原則なら、国際連盟の時代からすでに国際的な合意になっていました。しかし第二次世界大戦を防ぐことはできませんでした。戦争によらなければ解決しないと一部の国に思わせるような不合理が残っていたからです。法律は事実の後追いをして制定されるときに真に有効になるのです。
 その意味から、著者は日本の憲法第9条について、その第1項は、一言一句そのままでいいと断言してその全文を掲載しています。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」
 そしてまた、日本が世界平和のために、やればできるであろう貢献についても、「閣議決定さえすれば集団的自衛権の発動も可能だ」などとは、一言も言ってはいないのです。要するに安倍首相は、積極的平和主義の都合のいい部分だけをつまみ食いして、前のめりに突進しようとしているのがわかりました。
 これから後は、私がこの本を読んで「判定」を下した部分です。世界の軍事バランスが一極化している現状を、多極化に引き戻すのは好ましくないというのは、アメリカに対抗できる核武装国を増やしてはならないという意味で、その通りだと思います。中国の急速な軍備拡張も、それに準じて警戒すべきでしょう。しかし何よりも大切なのは、アメリカによって成立している世界秩序を、なるべく早く平和のうちに、世界連邦的な合意に基づくシステムに変えて行くことです。
 日本は安保条約で庇護されていた関係から、いつの間にかアメリカの同盟国に格上げされてしまいました。憲法と同じように、国際条約でも「解釈改変」が行われたのです。この位置は現政権が続くかぎり変えることができません。しかし、同盟国としてアメリカに追随するばかりでなく、内部からその世界帝国化を防いで行く貢献もできる筈だと私は思います。その際に、日本の「憲法上の制約」は、弱点ではなくて逆に「役に立つ武器」として働くに違いないのです。

「新・戦争論〜積極的平和主義への提言」を読む(2)

 第2次世界大戦後のアメリカとソ連との対立が冷戦に終ったのは、核兵器による「相互確証破壊体制」が成立したからでした。核戦争で勝てるとしても、耐え難い破壊に見舞われるという恐怖心のバランスが戦争を防止したのです。ですからこれは武力以上に、経済力、政治力を動員した総力戦でした。そしてアメリカが勝利し、ソ連は崩壊して敗戦と同じ憂き目を見ました。
 著者の判断よれば、これが人類史上最後の「戦争」であったのです。戦争の終了は、経済と政治のボーダーレス化を一段と加速しました。それにより世界はますます戦争を必要としなくなりつつあります。かつての戦争は、領土の拡大または保全と不可分でしたが、現代国家の発展が領土の拡大を必要としないことは、戦後日本の経済的発展を見るだけで証明されます。
 現代が戦争を必要としないことは、経済関係からも明らかです。経済的要求も戦争の要素の一つではあったのですが、国家を超える企業活動が盛んになるにつれて、戦争による断絶は、かつての核戦争理論と相似形の「相互確証損害体制」を築くことにより、双方にとって耐え難い損害を招くので、不可能になるのです。
 こうして成り立っている現在の「世界的不戦」状態は、最終勝利者となったアメリカの核戦力一極支配によって維持されています。アメリカが「核武装した保安官」の役割を果たしていることは、好き嫌いは別として認めなければなりません。ですからアメリカは核を放棄するつもりはなく、ミサイル防衛を徹底して絶対優位の永続をはかっています。
 一方、不戦の時代になっても世界に紛争の種は尽きません。不安の3大要素は「ならずもの国家」と「破綻国家」と「超国家テロ組織」です。現在の国連では、これらを安全保障理事会の判定によって犯罪と位置づけ、懲罰としての武力行使を容認しています。かつて国家の権利として公認されていた戦争は、今や人道への罪として犯罪として扱われる時代になったのです。
 しかし、こういう形での世界の統一は、アメリカを頂点とする「世界帝国」の成立に近づくことになります。アメリカにとっての平和、アメリカにとっての安全保障が最優先では、永続的世界平和は得られません。世界の現状には、まだ多くの不正義が残されています。それらを解消しながら合意に基づく「世界連邦」的な政治システムを模索して行くのがこれからの課題でしょう。
 その中で日本はどうして行くべきなのか。そこで著者が提言しているのが「積極的平和主義」なのですが、そこには当然、日本の憲法の問題が出てきます。あと一回、著者が提言していることと、私が考えたことを書いてみます。

「新・戦争論〜積極的平和主義への提言」を読む(1)

 「新・戦争論〜積極的平和主義への提言」(伊藤憲一・新潮新書)を読んでいます。かなり重要な本を読んでいる実感があります。この本は安倍首相の「積極的平和主義」の理論的根拠とされているもので、非戦平和の立場でいる私としては、言わば「敵方軍師の指南書」を入手したようなものです。しかし書かれている内容は、一連の安倍イズムから受ける印象とは違うのです。
 議論の前に、まず「戦争」とは何であるかを決めなければなりません。ここでは「自立している政治単位(国家)が、他国との利害対立を解消するために、やってみなければ勝敗がわからない状態で軍事力行使を始めること」とします。「紛争」や「介入」や「反乱」とは違うのです。
 この意味での戦争は、人類史のどこから始まって、いつ終るのかを考察しているのが、この本のテーマです。結論を先に言ってしまうと、それは、ほぼ1万年前の新石器時代から始まり、21世紀はすでに戦争が終った時代に入っているのです。
 戦争は、大きく3期に分けることができます。「地域覇権戦争期」「世界分割戦争期」「世界覇権戦争期」の3つです。それぞれの期は、武器の開発とも関連していて、それは「刀槍弓矢」から始まって「銃砲火薬」へと発展し「核兵器」に至りました。兵器は「矛盾」の語源となったように攻めと守りの技術を競い合ってきましたが、核兵器にまで到達して、ついに「攻め」が勝って「守り」の方法がなくなったのです。
 人には人を支配したい本能があります。それは親子家族から始まります。遊牧狩猟の「獲得経済」から定住農耕の「生産経済」へ移行したときから人間の「政治単位」は拡大を始めました。やがて国土と国民と主権という「国家の3要素」が成立します。国家を維持するのが「国内政治システム」ですが、複数の国家が並立すると「国際政治システム」が必要となり、それは協調や戦争を経て、より大きな「国内政治システム」へと統合されて行きます。
 16世紀の初頭、大航海時代で世界分割戦争が始まる直前の世界には、「中華帝国システム」「中世欧州システム」「アラブ回教システム」「インド亜大陸システム」「ユーラシア内陸システム」という5つの大きな政治システムがあったと著者は述べています。
 この均衡状態を一挙に崩壊させたのが、ヨーロッパ諸国が主導した世界分割戦争でした。分割戦争は2回の世界大戦を経て、勝ち残ったアメリカとソ連という2強の対立を残しました。本来ならここで最終戦争で決着をつけ、世界大の政治システムが成り立つところでしたが、米ソは「冷戦」したのみで「熱戦」には至りませんでした。著者の定義による「戦争」が不可能になったからです。 
(コメントもトラックバツクも受付可能です。当面は受付フリーの設定とし、問題がある場合は承認制に移行します。)

ブログ連歌(355)

7079 プーチンは 世界の地図を 塗り替える
7080  羨ましげな 中国首脳 (うたのすけ)
7081 次点者たち より多かった 棄権票
7082  一人相撲の 大阪場所は (獣医さん)
7083 大阪の 市民はみんな 呆れ果て (うたのすけ)
7084  離反が8割 維新は霞み (建世)
7085 国税が 意味なくムダに 消えていく 
7086  市民をよそに 空虚な選挙 (パープル)
7087 消費税 上がる四月の 悩ましき (みどり) 
7088  行方知れずも 旅立ちもあり (建世)
7089 G7 ロシアを責める 居丈高 
7090  イラクの時は 何も言わずに (獣医さん) 
7091 あと四日 三月終わって なに起きる (うたのすけ)
7092  四月バカかよ 消費増税上げ (建世)
7093 花曇り 翳るは庶民 ばかりなり (みどり)
7094  日差しまばらに 格差埋まらず (建世)
7095 数億の 熊手この目で 見てみたい (うたのすけ)
7096  宇宙ゴミでも 集めるつもり? (建世)
7097 公平に 皆に与えし 熊手なり (みどり)
7098  猫の手孫の手 禁じ手もあり (建世)
7099 激変の 情報文化 苦慮つづき (みどり)
7100  なんとか越えて 花咲く四月 (建世)

警察権力の違法性にどう対処するか

 昨夜の老人党護憲プラスの例会(月1回、第4木曜日)のゲストは、東京法律事務所に所属する坂本雅弥弁護士でした。この事務所は、労働事件の労働側の弁護を担当する場合が多いとのことです。テーマは「壊憲による集団的自衛権行使は許されない」で、憲法の原理と歴史経過にもとづく順を追った説明があり、閣議決定だけで自衛隊を海外の実戦に参加させることの違法性を明らかにしていました。
 そしてこの試みは過去にも何度も持ち出されては世論の反発で頓挫してきた経過があり、今もまた国民の声が重要になる、というまとめでした。その通りだと思いましたが、後半の自由対話の時間に、私は先日の国会前アピール散歩で、首相官邸横の坂道の通行を阻止された件について、弁護士としての見解を聞いてみました。
 事実関係をなるべく正確に思い出すと、国会一周を終えて官邸横の坂道を下って溜池山王へ食事に行こうとしたとき、私服の公安を先頭とする警官の人垣に「ここは通れません」と止められたのです。そこでプラカードなどの示威行動をやめて帰り道だから、いつも通っていると説明しても、この日は強硬でした。問答のやりとりでわかったのは、通行禁止の命令ではなくて警備上の「お願い」である、しかし実際には人垣を作って阻止しているのでした。
 その間にも、ふつうに通り抜ける人たちはいます。「なぜあの人たちは止めないんですか」と聞くと。「あの人たちは自然人だからいいんです」「では私は不自然人ですか」と、笑い含みの漫談のようでしたが、「あなたは仲間といっしょにデモ行為をしていたのを見てますから、今日はだめです。あした来たら通します」という理屈でした。 
 「お願い」の人垣ですが、体で押して突破すると、わざと転んで「公務執行妨害の暴行」で逮捕される危険があります。やむをえず回り道で帰りましたが、公道で人を差別した妨害行動だったことは明らかです。この場合は「あなた方のしていることは公益に反する違法行為だから問題があると思う。所属と姓名を記録します」と言ってメモを取るのが良かったのではないか、ということになりました。
 警察官には、公益を守る「行政警察」としての行動と、犯罪を摘発・捜査する「司法警察」としての行動とがあるそうです。公安は「行政警察」に入りますが、いつでも「司法警察」に変身できるのですから侮れません。今の憲法が規定する「公益」は基本的人権を踏まえていますが、自民党改憲案の「公共の秩序」とは、似て非なるものです。個々の警察官も「自分で考える力」を持たなければなりません。

映画「ハンナ・アーレント」を見る

 ドイツ系ユダヤ人としてアメリカに亡命し、政治哲学者として著名な活躍をしたハンナ・アーレントを主人公とした劇映画ですが、1960年に逃亡先のアルゼンチンで捕らえられ、裁判を経て処刑されたアイヒマンの証言実像をも多用している実録的な映画でもあります。
 自らフランスでユダヤ人収容所に入れられた経験があり、ホロコーストの実行犯であるアイヒマンを厳しく断罪するだろうと期待されたハンナ・アーレントでしたが、彼女が裁判の傍聴を通して知ったアイヒマンの実体は、血に飢えた怪物などではなく、ひたすら命令に従って任務に精励した小心者の官僚に過ぎなかったのです。
 そこから導かれた「悪の凡庸」という考え方は、アイヒマンを弁護するかのように受け取られ、アメリカのみならず世界中のユダヤ人から非難が集中しました。しかしハンナ・アーレントは決して自説を曲げません。ホロコーストは疑いようもなく人道に対する巨大な悪ですが、それを実行した人には信念も意欲も思考さえもなかった。ただ言われた仕事を能率よくこなしただけだった。そこに見えた人としての欠陥は、「思考の停止」であったのです。
 政治的にも学界の中でも圧力を受け、後援者や友情まで失って孤立しても、ハンナ・アーレントは妥協しません。哲学者として人間の本性を解明するカギが、そこにあると信じるからです。映画の最後に、彼女の著述のすべてを集大成したような渾身の講義が8分間にわたって行われます。
 「アイヒマンは人間の大切な質を放棄しました。それは思考する能力です。その結果……平凡な人間が残虐行為に走るのです。……私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考えぬくことで、破滅に至らないように。」
 この映画は、下高井戸シネマで4月4日まで上映されています。私はこれを見て、ハンナ・アーレントが提起した問題は、ホロコーストに限定されないことを痛感しました。中国戦線や沖縄の日本軍も、近くは原子力村の人々も、思考を停止することで深刻な破綻を作り出してきました。もっと小さな悲劇は、司法や行政機関の窓口でも、日常的に繰り返されていることでしょう。
 以前にこのブログで「ハンナ・アーレントの『暴力について』を読む」を書いていますが、
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/55595605.html
映画を見たことで、少し著者が身近に感じられるようになりました。国の政治が誤った道へ踏み出そうとするとき、私たちは何ができるかも、教えてくれているような気がします。アイヒマンの証言を聞いていると、「粛々と進めてまいります」という安倍晋三の声がエコーしてくるのです。

このブログは4月1日から移転いたします

 ぷららブローチのサービス終了が予告されましたので、当ブログは来月からライブドアブログに移転することとしました。タイトルは今まで通り「志村建世のブログ」ですが、アドレスは
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/
となります。現在は工事中ですが、4月1日午前0時より運用を開始いたします。過去記事も含めて、すべてが現在とほぼ同じ状態で移行できる見込みです。
 このぷららブローチのブログは3月31日まで記事を更新しますが、29日から31日までの3日間は、コメントとトラックバックの受付を停止いたします。移転先でのコメントとトラックバックの受付は、当初は全面的に「承認後掲載」の方式になるかもしれません。
 4月以降も、このブログは2005年に開設以来の全記事について閲覧可能です。ただしコメントは受付けられませんので、過去記事にコメントを下さる場合は、新ブログの同じ日付の記事の方へお願いいたします。そして6月30日になりますと、サービス終了に伴って、ぷららブローチの全記事はネット上から消えるものと思われます。
 4月になりましたら、gooブログおよびウェブリブログによる私のブログは閉鎖いたします。ツイッターとフェイスブックについては、何も変更はありません。
 以上の予定ですが、移行した初期には予想外のトラブルがあるかもしれません。時間をかけて見やすい形を整えて行きますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 なお「ご町内」でブログの移転についてお困りの方がおられましたら、メール等でご連絡いただければ、できる範囲でサポートさせていただきます。

極楽往生の沖縄版

 「読谷の風」さんブログのおかげで、底抜けに明るい話題に出会いました。琉球新報コラム「南風」からの引用ですが、あるオバアの見事な生き方を紹介しています。
http://navy.ap.teacup.com/applet/yomitanbreeze/20140325/archive
 全文を見ていただくのがいいのですが、お急ぎの方のために概略を紹介すると、悪性腫瘍の末期だった80代のオバアは、最後に自宅へ帰ると言い出し、担当医に天を指して「早くね」と告げたそうです。事態を察した医師と病院は機敏に動いて退院の手はずを整えました。
 そして3日後に自宅へ搬送したとき、そこはすでに親族が集まって退院祝いのお祭り状態になっていました。自宅に帰って安心したオバアは、呼吸がしだいに穏やかになり、そのまま永眠に移行して、駆けつけた医師もそれを確認して一時間ほどで辞去したということです。
 その場が退院祝いから、そのまま通夜の晩へとつながったことは言うまでもありません。人々は口々に「ああ良かった、良かった」「さすがにオバアだ」と繰り返し、孫たちは元気にあたりを駆け回っていたということです。
 少し前の「Dr鼻メガネ」さんのブログでは、「癌は、残された時間が計算できるという意味では、組みしやすい病気だ」という見方を教えていただいた記憶があります。
 また、能登の禅僧、市堀玉宗さんは昨日のブログ「永遠を失くした現代人」で、「自然というものは元来人類を顧慮などしない容赦のないものなのだろう。人類が勝手に恩恵としてその実りを頂戴してきたのである。我々は母なる大地に育てて貰った恩がある。恩を忘れて貪り続けてきたのではないのか。」と述べています。
http://72463743.at.webry.info/201403/article_21.html
 現世の都合だけで世界を仕切ろうとしている政治家たちも、わずか数十年の中で動いているに過ぎません。彼らが何を企もうと、人間の生死は厳然として律動しています。
 冬のない沖縄に住んでみたい。昔から持ちつづけているあこがれが、また沸いてきます。辺野古の海を守るためにも、何かできることがあるでしょうか。

ライラック少年少女合唱団の40周年コンサート

 昨夜は吉祥寺の武蔵野公会堂で、ライラック少年少女合唱団の40周年記念・定期コンサートを聞きました。この合唱団は練馬区関町に本拠があり、「日本一安い団費」を公表して福島弘治氏が主宰するユニークな合唱団です。昨年秋に福島氏からメールをいただき、その活動を知りました。「みんなのうた」初期の路線を現代に生かすという立場から、接点があったようです。
 それは「子供たちを楽しく歌わせる」ことに尽きます。厳しい指導で音楽嫌いにしてしまうのと対極にある、生きる力としての歌を求めることです。ですから団費は月額500円のみで、その他の指導料などはなし、昨夜のコンサートの入場券も無料でした。これでどうして経営が成り立つのか不思議ですが、その通りに何度も危機があり、それでもやめない主宰者の情熱を柱にして、40周年を迎えたようです。
 現在の団員は18名。その半数の9人が幼稚園・保育園年長組園児、6人が小学生、あと中学生2名と高校生1名という構成でした。曲目は
★私たちの楽しい歌
  歌のメリーゴーランド
  この星に生まれて
  夕焼けがみえるから
  つばさをひろげて
★NHK「みんなの歌」を歌う
  逃げた小鳥
  はさみとぎ
  おんぶおばけ
  ピエロのトランペット
  トトトのうた
  トットトコ
★日本のうた
  牧場の朝
  朧月夜
  小さい秋見つけた
  秋の子
  ふるさと
★NHK全国学校コンクールを歌う
  空がこんなに青いとは
  地球の子ども
  夕焼けに拍手
  未知という名の船に乗り
  夕日が背中を押してくる
★素敵なレパートリーより
  たんぽぽ
  わたしの紙風船
  ぼくたちのうた
  ほしまつり
  カントリーロード
  夢はともだち
  夢の世界を
と28曲もあります。これらをほとんどすべて、全員の斉唱で歌い通したのには、ちょっと驚きました。コンサートというよりも、身内の発表会か学芸会に近いような雰囲気になります。でも聞いているうちに、これが文字通りの「みんなのうた」の原点だったと思えるようになりました。
 欲を言えば、曲によってはソロを立てるとか、パートを分担させて集中させるとか方法はあるでしょうが、これはこれで「ライラック」のカントリーロードです。全員参加で歌を楽しむこと。それこそが私たちの「みんなのうた」でした。



「笑っていいとも」は笑うしかない

 安倍首相が「笑っていいとも」にサプライズ出演したというので、ちょっとした騒ぎになった。理由は何でもいいから話題になってリップサービスしておけば損はないという計算が見え見えで、あまり話題にしたくないと思っていたのだが、当日の新宿アルタ周辺は、やはり、かなりの騒動になった様子がユーチューブで見られた。
 「辞めていいとも」のプラカードが取り巻くあたりは想定内だし、出演の内容は当りさわりのない雑談に終始するのだから、取り上げて論じる対象にはならない。少し意味のあるように感じられたのは、政治家はパラエティーとは無縁と思われているようだが、実際にはけっこう見ているし、ふだんは質問もされないから話題にしないだけだという弁明だった。皆さんと同じ「庶民感覚」だって大事にしてますよ、というわけだ。
 「お友だち放送局」のフジテレビは視聴率を上げただろうし、「笑っていいとも」の幕引きを飾る話題づくりとしては成功したのだろう。事前登録していた会場内の観客たちは、首相という超有名人がナマで見られたのだから、それだけで大満足に違いない。この場では、政策の良し悪しも、国の未来も、そんなことは一切関係がないのだ。 
 安倍首相をタレントとして評価したら、評点はかなり高いだろう。声はよく通るし、態度も決して悪くはない。民主党の3首相、鳩山、菅、野田の3人のうちで、こういう番組に出て勝ち目のある人はいるだろうか。本業とは関係ないとはいうものの。
 折りしもきょうの大阪では市長選挙をやっている。どうやら記録的な低投票率になりそうで、橋下を当選させたくない人たちの投票行動の結果がどう出るか、興味がある。ここもタレントの人気投票のようなもので、政策はどこかへ行ってしまった。タレント性で一時は人気を集めたことのある橋下は、今後も政治を続けるのだろうか。
 庶民は笑いが好きで、いつでも笑いを求めている。だから「笑っていいとも」と言われて安心していた。そこへ政治家が登場しても、やっぱり笑って迎えている。だが政治は笑いごとではない。確実に私たちの暮らしを変えて行く。苦しくなって笑えなくなったときには、誰が救ってくれるのだろう。
 そのときにわき上がるのは、自分の愚かさに気づいた反骨の笑い声かもしれない。

ネズミだって「家族」になれる

 彼岸の日のきのう、私と同年のいとこ(従弟)が、母親の墓参りにつきあってくれました。几帳面な性格で、用意してきた大きなビニール袋で大量の水を運び、墓石から基礎部分に至るまで、持参のタワシで洗ってくれました。ふだんは閑散としている墓地ですが、さすがに昨日は人出が多くて、「志村家」の隣の墓にも前の墓にも来訪者があり、それぞれに花と線香を手向けていました。見ていると型通りに「お参り」を済ませて、短時間で帰って行きます。ウチの墓参りも、いつもはこうだよなと思いました。
 しかし私たちの墓参は30分以上にもなりました。私の母、彼にとっての伯母は、大恩人なのだそうです。私の実家の庇護のおかげで、音楽の道に進むことができたというのです。帰り道に芸大音楽部の構内に私は初めて入り、ベートーベンの胸像などを案内してもらいました。上野の「奏楽堂」は、元は正門から入った正面にあったものを、昭和60年(1985年)ごろに現在の場所に解体・移築したのでした。
 彼の気に入りの上野「やぶそば」で昼食しながら、しばらく懐旧談をしました。彼が選んだ道は作曲の現代音楽でした。彼の業績としては、人に知られているようなメロディーはありません。あなたにとっての音楽は何だったの、という私の問いに、しばらく考えた彼は「自分を完成させること、かな」と答えました。
 彼の結婚相手は、控え目で病弱な人でした。二人だけの暮らしは、数年前から一人だけになりました。彼の家では猫が家族でした。代々飼っていて、いちばん多いときは4匹いたそうです。しかし今はいません。何年か前に、大事にしていたらしい猫の立派なアルバムを見せられたことがあります。あれは最後の猫だったのかもしれません。猫は犬よりも長生きだから、この年ではもう責任もって飼えないというのが、やめた理由だと語っていました。
 一人暮らしにももう慣れた、3度の食事は、ちゃんと自分で作っているということでした。猫の代わりには、ネズミが4匹いるそうです。野菜くずなどを決まった場所に置くと食べにくる、顔を合わせても逃げたりしないで、平和的に共存しているとのことです。ネズミは頭のいい動物ですから、それくらいのことはできるでしょう。ハムスターを飼うよりも面白そうです。
 彼のことですから、絶対にゴミ屋敷にはしないでしょう。ピアノ教室にしていた部屋には、今も手入れされたグランドピアノがある筈です。そういえば昔の家にはいつもいたネズミなのに、草加の公団住宅に住んで以来、縁がなくなってしまいました。猫がいなくなってもネズミがいるというのは、千葉の一軒家に住んでいるからできる贅沢なのかもしれません。 

ブログ連歌(354)

7059 恰好の 標的憐れ 稀勢の里
7060  次なる場所で 存在感を (うたのすけ)
7061 国籍は しばらく措いて 大相撲 (建世)
7062  ものの見事に ごっつあんです (うたのすけ)
7063 差別受け 育ちし人の 友となれ (みどり)
7064  拾う神あり わかる人あり (建世)
7065 祈る神(紙)など とうに忘れて
7066  おてんと様に 今は祈ってる (パープル)
7067 やっぱり あやしい 雪に沿うかに  
7068  集計疑惑の 都知事選 (キューピー)
7069 闇雲に 信じ来たるに 唖然とす (みどり)
7070  「想定外」に 鈍感日本 (建世)
7071 想定外で 住むならば
7072  これほど 済みよい国はなし (キューピー)
7073 春一番 ブログ引っ越す 年度末 (建世) 
7074  新たなる道 別れもありぬ (みどり)
7075 福島は フクシマとなり 言挙げす (建世)
7076  春の彼岸へ かたむく心 (みどり)
7077 みどりなす 美しき山 永久にあれ (建世)
7078  蛙(かわず)出でたる 川辺の光 (みどり)
7079 プーチンは 世界の地図を 塗り替える
7080  羨ましげな 中国首脳 (うたのすけ)

ぷららブローチ・ブログ終了への対策(2)

 ブローチから新しいブログへ、過去記事を連れて引っ越すには、まず、今までのデータを自分のパソコンに取り込まなければなりません。そのときに使うのが「エクスポート」で、これはすでに試みた方も多いでしょう。最初期のものよりも、最近のものを再度申し込むと安心です。完了までに時間がかかりますが、作業はブローチの中でやっているので、自分のパソコンは閉じて待っていても構いません。
 出来たファイルをダウンロードすると「broach_export.zip」が手に入ります。これは梱包荷物のような(zip圧縮ファイル)ですから、Windowsパソコンの場合、「broach_export.zip」を右クリックし「すべて展開」します。すると「ユーザー名+ファイルが出来た年月日時間」の名前が付いたフォルダが現れます。さらに中を見ると「images」と「export.txt」が入っています。「images」にはブログに掲載した写真と音声が入り、「export.txt」には記事やコメントなど文字のデータが入っています。
 以下はgooブログに引っ越す場合ですが、使うのは「export.txt」だけで、写真は自動的に所定の場所に入ります。ただし音声は入りません。gooブログではインポートの説明に「インポートは1日3回まで、インポートできるファイルは10MBまで」とあるので「export.txt」が大きいサイズの場合は分割する必要があります。ここでは専用の無料ソフトを使う方法で説明します。
「ブログエクスポートファイル分割くん」
http://okamerin.com/koubou/item_blogfl_bunkatukun.html
をダウンロードします。このトップ画面左の「更新日2011-03-22」と書いてある下の小さなひらがなの「だうんろーど」の窓をクリックするとダウンロードできます。ダウンロードした「blogFL_bunkatukun_1.0.5.6_setup.exe」をダブルクリックして開きます。「ファイルを展開(解凍)を行います」と出るので「はい」をクリックします。展開(解凍)先フォルダを「参照」から指定します。デスクトップなど好きな場所で構いません。「ブログエクスポートファイル分割くん」フォルダが現れます。中にある「blogFL_bunkatukun.exe」をダブルクリックすると「ブログエクスポートファイル分割くん」の画面が出ます。この画面の「元になるデータの場所」の欄に、入手した「export.txt」をドラッグ・ドロップで入れます。
 次に画面左側の「分割サイズの目安」のところにサイズを入力します。選択では500が限度ですが、9000を手動で入力して、右側の「分割開始」を押せば「export_parts001.txt」などと数字のついた複数の分割ファイルがすぐに出来上がります。
 これを、順番に gooブログの「インポート」に入れてやれば引越しは完了します。インポートの作業はgooブログがやっているので、自分のパソコンは閉じてしまっても大丈夫です。これで音声を使わない人の場合は完成です。しかし私や「花てぼ」さんのように音も使いたい場合は、あと一苦労しなければなりません。
(追記・「顧問」から助言がありました。gooブログとライブドアブログに画像つきで移転した場合は、画像が複製されているので、ぷららブローチが終了しても消える心配はないとのことです。いずれにしても、過去記事(映像)の移転は、6月30日までに行うのが肝要です。)

劇団風の子東北の「フクシマ発」を見た

 高円寺南にある「明石スタジオ」で、この23日まで公演中の一人芝居「フクシマ発」を見てきました。作・出演、澤田修で、喜多方シティエフエムの協力。FM局のDJアナウンサーと福島新聞社記者との一人2役という設定で、福島発の歌などもとりまぜながら進行していく1時間ほどの構成でした。毎週一度、震災と原発事故を風化させないために放送を絶やさないというコンセプトでがんばっているうちに、ひとりでに舞台劇が出来てしまったという成り立ちだそうです。
 福島弁のアナウンサーと、ゲストの新聞記者とのやりとりの間には、観客へのインタビューも入ります。すべてはナマで放送中という前提なのです。おそらく一回ごとに内容は自在に変ることでしょう。観客参加型の一人芝居として東北を巡回し、東京には初めて進出してきたようです。
 同じ日程、同じ劇場で、風の子OBによる「子どもが少国民といわれたころ」も上演されています。これは戦時中の小学校(当時の呼称では「国民学校」)の生徒たちの日常を、旅回りのベテラン役者が回想するという二人芝居で、昭和前期の子供たちの遊びなども生き生きと再現されており、春休みの親子劇場として最適の内容です。この観劇記は、私もブログ記事にしています。
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/55594342.html
 これらの劇を実際に見に行きたい場合の情報は、ネット検索では弱いところがあって、制作の細沼さん(メール toshiko69@jcom.home.ne.jp)に集中しています。
また「第11回杉並演劇祭」のサイトでは、明石スタジオの電話(地図)と「少国民といわれたころ」の日程・時間などがわかります。「フクシマ発」の開演時間は、20日が19時、21〜23日は17時半です。
http://www.dengeki.co.jp/suginami.html
 昨夜の会場では、「福島の声を届け、3.11以降の生き方を探る支援型雑誌」のJ-one(ジーワンwww.j-one21jp)も販売していました。私が買った号には、相馬高校演劇部の女子生徒が骨格を作ったという「今伝えたいこと」の台本も採録されていました。いま福島県民は、「放射能」という共通の負のキーワードで結ばれているようです。絆にも、いろいろあるのです。それは重荷であるとともに、疑いもなく、怒りを込めた大きな力です。何の脈絡もなく、私はこんな願いを込めた期待を感じました。
 これからの日本の「救国の偉人」は、福島から出てほしい

この時代に生きる私たちの矛盾

 私は「花てぼ」さんのブログに引用されているのを見て気がついたのですが、1年ほど前からネット上で話題になっている詩があります。原典は英語でアメリカ由来ですが、誰が翻訳したのかもわかりません。でも、反省させられるところが多々あります。とりあえず私のブログでも紹介させて頂きます。

この時代に生きる 
私たちの矛盾

ビルは空高くなったが 
人の気は短くなり
高速道路は広くなったが 
視野は狭くなり
お金を使ってはいるが 
得る物は少なく
たくさん物を買っているが 
楽しみは少なくなっている

家は大きくなったが 
家庭は小さくなり
より便利になったが 
時間は前よりもない

たくさんの学位を持っても 
センスはなく
知識は増えたが 
決断することは少ない

専門家は大勢いるが 
問題は増えている
薬も増えたが 
健康状態は悪くなっている

飲み過ぎ吸い過ぎ浪費し 
笑うことは少なく
猛スピードで運転し 
すぐ怒り
夜更かしをしすぎて 
起きたときは疲れすぎている

読むことは稀で 
テレビは長く見るが 
祈ることはとても稀である

持ち物は増えているが 
自分の価値は下がっている

喋りすぎるが 
愛することは稀であるどころか憎むことが多すぎる

生計のたてかたは学んだが 
人生を学んではいない
長生きするようになったが 
長らく今を生きていない

月まで行き来できるのに 
近所同士の争いは絶えない

世界は支配したが 
内世界はどうなのか

前より大きい規模のことはなしえたが 
より良いことはなしえていない

空気を浄化し 
魂を汚し
原子核を分裂させられるが 
偏見は取り去ることができない

急ぐことは学んだが 
待つことは覚えず

計画は増えたが 
成し遂げられていない

たくさん書いているが 
学びはせず
情報を手に入れ 
多くのコンピューターを用意しているのに
コミュニケーションはどんどん減っている

ファーストフードで消化は遅く
体は大きいが 
人格は小さく
利益に没頭し 
人間関係は軽薄になっている

世界平和の時代と言われるのに
家族の争いはたえず

レジャーは増えても 
楽しみは少なく
たくさんの食べ物に恵まれても
栄養は少ない

夫婦でかせいでも 
離婚も増え
家は良くなったが 
家庭は壊れている

忘れないでほしい 
愛するものと過ごす時間を
それは永遠には続かないのだ

忘れないでほしい 
すぐそばにいる人を抱きしめることを
あなたが与えることができるこの唯一の宝物には 
1円もかからない

忘れないでほしい
あなたのパートナーや愛する者に
「愛している」と言うことを
心を込めて

あなたの心からのキスと抱擁は
傷をいやしてくれるだろう

忘れないでほしい
もう逢えないかもしれない人の手を握り 
その時間を慈しむことを

愛し 
話し 
あなたの心の中にある
かけがえのない思いを
分かち合おう

人生はどれだけ
呼吸をし続けるかで
決まるのではない

どれだけ
心のふるえる瞬間があるかだ

ぷららブローチ・ブログ終了への対策(1)

 当ブログのプロバイダー、ぷららブローチが、この6月30日でサービスを終了するので、その対策を始めています。これまでのデータを個人のパソコンに取り込める「エクスポート」が提供されているので、これを取り寄せた上で移転先を決めることになります。
 ぷららとしては、同系の「gooブログ」へ誘導しているようなので、それをまず試してみました。現在「志村建世のブログ(2)」として、以下のアドレスで開設しています。
http://blog.goo.ne.jp/8518shimura
ただしまだ確定はしていません。過去記事の再現に支障がないか、などを調べています。「横丁の顧問」の診断によると、音声ファイルが使えない可能性があるとのことです。
 ブログの引越しの手順としては、自分のパソコンに取り込んだデータを、移転先のブログへ「インポート」を使って送り込むことになります。このとき一度に全部が行けばいいのですが、データ量が多いと、一回に送れる分量が制限されます。そこでデータを分割する必要があるわけですが、その方法は、今のところ私は把握していませんので、顧問に教えて貰って自分でできるようになったら、続編でブログ公開します。
 新ブログの開設そのものは、皆さん一度は自分のブログを開いた経験があるわけですから、決して難しいことではありません。あと3ヶ月以上ありますから、とりあえず新ブログを開いておいて、6月末までに過去データの取り寄せができればいいと考えたら、いいのではないでしょうか。
 ぷららブローチに言いたいことは、たくさんあります。過去記事は「文献」として半永久的に残すぐらいのことが、なぜ出来ないのかとも思います。現在検索に乗っている膨大な量の情報源が、照会不能になってしまう事態は避けるべきではなかったでしょうか。個々のブログは、小さいながらも独立した「図書館」なのですから。
 当ブログでは、ブログ引越しをリアルで実況報告して行きますので、よい方法の伝授など、情報をお寄せください。また、具体的な困りごとなどは、お知らせいただければ、個別のレスキューも考えて行きます。

原発事故は繰り返すという予感

(熊さん)ゆうべのNHKスペシャル「メルトダウン」の第4作ってやつ、見たでしょ。
(ご隠居)ああ見てたよ。大量の放射能を出して近隣を汚染したのは、水素爆発しなかった2号機だったんだな。湯気を吹いただけだから損傷は少ないかと思ったら、逆だったんだ。ずいぶんくわしく格納容器の壊れ方を検証してた。ベントで放出される放射能が、沸騰した湯では500倍にもなってしまう実験は迫力があったよ。今わかっても後の祭りだが、順を踏んで調べれば、失敗の原因ってのは、かなり解明できるもんなんだな。
(熊)おいらも感心しましたよ。でもね、あと知恵ってやつですよね。
(隠)そうなんだ。巨大技術にだって盲点があって、いろんな想定外の事故を起こしたりたりして、少しずつ進歩して行くものなんだな。それはいいんだが、原発の事故では、一度失敗したから、次はうまくやればいいってわけに行かないんだよ。
(熊)そうですよ。復旧の作業員が2回目に炉心に近づこうとしたら、もう蒸気が来て人間は入れなくなってたでしょ。あの場面が象徴的ですよね。ふつうの火事なら特攻隊みたいに突っ込めても、相手が放射能じゃ勝ち目がないもんね。
(隠)そこなんだな。少しあとの方で、東電の安全担当役員という人が、格納容器の安全性について話してたが、あの場面が象徴的だとわしは思ったね。メルトダウンした核燃料が落ちてくると鋼鉄が変形して破損が始まる。それを認めて「そういうことも考慮に入れて対策をして行く必要があるでしょうね」と言うんだが、それが、なにか他人事みたいに聞こえたんだよ。悪けりゃ直せばいいでしょ、みたいにね。それが本音じゃないかと思った。
(熊)うーん、そりゃないよね。原発の事故は、ほかとは違うんだから、絶対に起こしちゃいけないんだから。
(隠)でもな、人間の技術に絶対はない。安全性を高めるといっても、今までの経験から割り出した率を高くして行くことしかできないんだよ。
(熊)それでも今の政権は、原発再稼働へ向けて一直線ですよね。安倍さんが責任を取るのかな。
(隠)そんなわけないだろ。法律に従って手続きを進めているだけですと言うに決まってるさ。誰も責任を取るつもりはないし、取りようもないんだ。わしは昨日の番組を見て、あと2〜3回ぐらい事故を起こしたら、原発は安全になるのかなと思ったよ。そのときに日本の国に人が住んでるかどうかは知らないけどね。

映画「遺言〜原発さえなければ」を見て

 豊田直巳・野田雅也の共同監督による「遺言」を見てきました。3時間45分の超大作ですが、中野ポレポレでの上映が連日満席で、予約券があっても入れない人が出たということで、急遽中野ゼロ視聴覚ホールで行われた一日だけの上映会で見ることができました。この22〜28日には、中野ポレポレで追加上映が予定されています。
 映画の構成は 第1章「汚染」 第2章「決断」 第3章「避難」 第4章「故郷」 第5章「遺言」の5章からなり、途中で5分間の休憩が入ります。ほぼ全編が飯館村の村民個々人への密着取材とインタビューからなり、ナレーションも音楽も使わないドキュメンタリーに徹しています。それでいて225分の長さに緊張感が途切れることなく、深い感銘を受けるという驚異的な事実は、多くの感想や批評で書かれている通りでした。長い時間を通してのつきあいで、観客に「当事者意識」が生まれるからではないかと思います。
 言うまでもなく最も重いのは、堆肥小屋の板壁に「原発さえなければ」「もう仕事を続ける気力がありません」とチョークで書き残し、その前で梁にロープをかけて自殺した菅野重清さんの筆跡です。7歳と5歳の子供がいる、世話好きで働き盛りの酪農家でした。殺処分されるために送り出した多くの牛たちの、後追いをするかのような最期でした。
 これは間違いなくすぐれたドキュメンタリー映画作品です。その長さは、作家にとっては勲章でもあるでしょう。上映の長さで通常の2本分を費やし、その結果として通常の2倍の入場料になる負荷をも超えて観客に支持されたのですから。ただ、それを前提とした上で、私は次のような感想を禁じることができませんでした。
 これは日本の映画界が手にした、世紀的に貴重な原石となる映像資料だと思いました。映像も言葉も、短いがゆえに強く心に残る場合があることは、映画人なら誰でも経験しているでしょう。この原石に最低限必要な説明として、ナレーションか字幕か位置関係のわかる地図などが加わり、適切な音楽が加わったら、日本のフクシマ発で、世界の映画史に残る文化遺産としての映画が出来上がるではないかと思ったのです。
 もちろん、現在の作品はそのまま完成品として尊重した上で、日本映画界の総力をあげて世界に問う、(その問いには、核エネルギーと人類という、根源的な問題意識を含みます)メジャーな作品としてのリニューアル制作が欲しいと思います。たとえば「フクシマからの遺言」といったタイトルで。

何とも気になる「都知事選挙の不正疑惑」

 逝きし世の面影」さんからトラックバックで知らせて頂いた都知事選挙の得票の不思議は、グラフで視覚化されると言葉を失ってしまう。猪瀬当選の得票数に48%をかけたものが舛添の得票になるという「偶然の一致」が、有権者数の少ない(従って不正操作がしにくい)地区を除く大半の市区別でピタリと実現しているのだ。これは人為的に所定の按分率を適用したと考える以外には、合理的な説明がつかない。
 この事実を指摘しているのは孫崎享氏だが、見れば見るほど、不正操作したことがバレやすいように不自然さを公然化しているようにも見える。考えれば謎は深まるばかりなのだが、結局は問題が深刻すぎて、誰も「そんなこと本当に出来るのか」と疑問を持ったままにしてしまう。そのようにして、重大な問題であるにもかかわらず、時間とともに風化しつつある。
 各開票所では、立会人がいるし、個々の開票は正しく行われるだろう。その集計結果は選挙管理委員会に送られて集計され、公式の発表となって行く。ところが、開票が終ったデータが、実際にどのような経路で送られ、どのように集計されるのかを、信頼できるように詳しく説明してくれる人の話は聞いたことがない。本当に、どうなっているのだろう。
 開票にかかるすべての作業は、単独の企業に独占されていて、そのシステムは外部からはブラックボックスだという情報は以前から出ているが、その疑問を選挙管理委員会が取り上げて何らかの回答をしたということも聞いたことかない。本当は、どうなっているのだろう。
 選挙の結果が、一定の意図で操作されるとしたら、これは民主主義の危機どころか、民主主義の破壊そのものになる。この疑問は、誰がどのようにしたら解明できるのか。本当に、どうなっているのだろう。

JAPANESE ONLY で思い出したこと

 サッカーの試合場でJAPANESE ONLYの横断幕が掲げられた件で、浦和レッズが制裁を受けたことが話題になっている。特定の選手を標的にしたものか、観客としての入場が不愉快だというのか真意はわからないが、要するに日本人でないやつは入るなという差別意識は明瞭に感じられる。
 差別というのは、それを仕掛ける優位側からは快感になる場合もあるだろうが、される側になってみると不条理で不愉快なものであるのがよくわかる。戦後しばらくの間の東京の電車には、省線にも私鉄にも進駐軍専用車両がついていて、ALLIED FORCES ONLY と表示してあった。省線電車には車両に白い帯を塗装した専用車両もあったが、臨時的には、車両の半分をロープで仕切って、そこにALLIED FORCES ONLYの札を下げていることもあった。
 山手線などでは常時運行していたようだが、進駐軍関係者が乗るときだけ設定されることが多かったのだろう。もちろん混雑している車両の半分を占領されるのだから、乗客の不満は大きかった。ぶつぶつ文句は言うのだが、大きな声では言えない。乗っているアメリカ兵も、きまりの悪そうな固い顔をしていることが多かった。
 通学に使っていた武蔵野線(今の西武池袋線)では、たった2両だけの編成の電車が、1両丸ごと専用車になっていたこともあった。もちろん相手の車両はガラガラで数名の兵隊が乗っているだけだった。そんなとき言われる愚痴が「負けたんだからしょうがねえや」だった。
 あるとき下校時に先頭車両に乗ったら、大勢の子供たちが乗って楽しそうに歌っていた。その中に数名のアメリカ兵が立っていて、にこにこしていた。幼稚園の先生らしい若い女性が「次は『空の雲さん』を歌ってあげましょう」と音頭をとっていた。私も面白いと思って見ていたのだが、その先生が近くへ来て、「あの、ここは進駐軍専用車なんですけど」と私に注意した。気がつけば、たしかにロープで仕切られているのだった。
 中学生だった私はすぐに一般席の方へ移動したのだが、その先生は進駐軍の一員になったかのように、次の駅でも、知らずに乗ってくる人たちを指導していた。アメリカ兵が子供たちを招き入れた気持はよくわかる。そして先生も嬉しかったし、少し得意でもあっただろう。ロープの「あちら側」に入って、日米親善の最前線にいたのだから。
 「あちら」と「こちら」を峻別しようとすれば、一本のロープが越えがたい権力の象徴となる。しかしその電車の中は、いつまでも子供たちの底抜けに明るい歌声に満たされていた。家に帰ってから、得意満面でその親たちに話したことだろう。

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
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