志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2014年04月

あんころもちありやなきや

 珍妙なタイトルだが、高校の国語の授業のとき、三木先生から教えてもらったので覚えている。昨夜の信濃毎日新聞の記事「岡谷に人道はありや、なしや」で思い出した。峠の茶屋の、のぼり旗だというのだ。「あんころもちあり 柳屋」と読める。これを「あんころもち ありや なきや」と読むと、間違いだよという教えだった。
 正しくは「あんころもち ありや なしや」または「あんころもち あるか なきか」でなければならない。助詞の「や」は終止形につき、「か」は連体形につくからだ。信濃毎日の記事は、もちろん正しい。ところが「行くか 帰るか」「行くや 帰るや」などでは、どちらを使っても支障がない。これは連体形と終止形が同じである動詞が多いからなので、区別があいまいになるという話だったと思う。
 誰でも文法を習ってから話したり書いたりするわけではない。使われている言葉を研究して、わかった法則が文法になる。法律の出来る過程と似ているところもあるかもしれない。文法の誤用が多ければ慣用として辞書にものるし、赤信号も、みんなで渡れば怖くなくなる。
 ここでは、あまり深入りするつもりはなかった。ついでに思い出した、少しエッチな「国語の問題」がある。文章の書き方や校正の講座で、前座に使うと、場をほぐすのに使える。「点の打ち方が大事ですよ」というお話。

 問題。次の文章に、点を二つ入れて、読みやすくしなさい。

「期待していただきたい女性映画の決定版」

(「正解」は、最初の「た」と、「女」のあと)

ブログ連歌(363)

7239 富裕層 イヤな言葉の 一つなり
7240  テロリスト生む 予兆歴然 (うたのすけ)
7241 天国と 地獄の格差 唖然とす (うたのすけ)
7242  平等捨てて 自由大国 (建世)
7243 自治体は 護憲の集まり 排除して (獣医さん) 
7244  憲法守るは 偏向なのか (建世)
7245 科学では 理研の常識 非常識 
7246  孤独の闘い プライド棄てず (キューピー)
7247 ネタニヤフの ハナシ聴けやと オバマさん (八っつぁん)
7248  安倍イズムでは 対応不能 (建世)
7249 富岡を 麻呂はうらやむと 九条殿  
7250  隣の芝生は いいとこ取りで (八っつぁん)
7251 連休の 陰で働く 母子居て (うたのすけ)
7252  他人(ひと)事でない 女性の貧困 (建世)
7253 国越えて 癒やしを運ぶ 千の風 (キューピー)
7254  大きな空に 色分けもなく (建世)
7255 自らの 国を三流と いう度量
7256  玉石混じる 沈みゆく船 (うたのすけ)
7257 見習えよ 隣のマスコミ わが国も (八っつぁん)
7258  何流なのか ゴミとも呼ばれ (建世)
7259 安倍殿は 連休旅行 豪華なり (建世)
7260  並べるウソに ドイツも唖然 (八っつぁん)

岡谷の山一林組争議と日本の革命歌

 昨日紹介した女工小唄は、哀調を帯びた民謡系の恨み節だったが、昭和2年の山一林組争議では、「立てよ日本の女工」が歌われた。「日本の革命歌」(西尾治郎平・矢沢保編…一声社1974年)によると、メロディーはメーデー歌(聞け万国の労働者……)と同じだった。歌詞は製糸労働組合が作り、デモ行進で歌ったとされている。

 搾取のもとに姉は逝き 地下にて呪う声を聞く
 いたわし父母は貧に泣く この不合理は何なるぞ

 かくまでわれら働けど 製糸はなおも虐げぬ
 悲しみ多き乙女子や されどもわれらに正義あり

 苦しきときは組合の 人と語りて胸晴らす
 組合こそは味方なれ 組合こそは母なれや

しかし同時にこんな「労働者の歌」もあって、こちらは「船頭小唄」(おれは川原の枯れすすき……)のメロディーデ歌われたそうだ。

 オレは非道の紡績で お前は涙の林組
 朝の五時から暮れるまで こき使われる労働者

 労働者とてねえお前 この安月給じゃ暮らせない
 栄養不良と寝不足で 肺は虫ばみ目はくらむ

 どうせオレらの一生は 枯れたすすきで暮らそうと
 後の子供の世のために 力合わせて戦おうよ

このころの労働歌には、当時の流行歌のメロディーを借りたものが多かった。「美しき天然」(空にさえずる鳥の声……)も、強欲不遜の資本家を攻撃する歌になっている。しかし「気勢の上がらないデモ行進だったのではないか」と、編集者は同情的に書いている。
 岡谷の争議は、従業員の大半を占める千名以上が参加して「私たちの組合を認めて下さい」と嘆願したのだが、会社は「団体交渉権を認めたら産業が崩壊する」として、町ぐるみで徹底的な弾圧に出た。寄宿舎や食堂が閉鎖されて追い出された組合員は、争議団も策が尽きて夜の雨の中を空腹でさまよい、わずかにキリスト教会などに救済された。信濃毎日新聞は「実に長野県の大なる恥辱でなくて何であろう。あえて問う、岡谷に人道はありや、なしや」と書いた。

富岡製糸場と女工小唄

 ゼンセン40周年の「歴史をつくる」を久しぶりにビデオ版で見てみたら、案の定、富岡の場面は正門の10秒足らずしか使っていませんでした。もったいないような、贅沢な取材旅行をしたものです。
 昨日の記事に「じゅんこ」さんからコメントをいただいたので、繊維労働者の歴史を思い出しました。富岡は政府のモデル事業だったので、「工女」と呼ばれた従業員は士族の娘が多く、待遇も良かったと記録されています。その後民間主導で生糸生産が外貨獲得の戦略産業となるにつれて営利本位となり、中心地も長野県の岡谷に移りました。農村の娘たちを集めて寄宿舎に入れ、24時間管理で長時間労働させるようになり、呼び名も「女工」になりました。
 彼女たちは、日本の初期の「労働者」の集団でした。待遇の不満を訴えて史上初のストライキも起こしています。大正から昭和の初期には総同盟が労働組合の結成を支援して、大規模なストライキを組織したこともありましたが、弾圧を招いて惨敗した悲劇を残しています。この流れで戦後昭和21年に再建されたのが全繊同盟でした。
 「婦人の集い」の行事で、労働組合の歴史を西田了さんの演出でドラマとして上演したことがあります。そのとき、岡谷に伝わる「女工小唄」を発掘して劇中で歌いました。
 工場は地獄よ 主任が鬼で 回る運転 火の車
 工場勤めは 監獄勤め 金の鎖が ないばかり
 寄宿流れて 工場が焼けて 門番コレラで 死ねばよい
 早く年明け 二親さまに つらい工場の 物語り

富岡製糸場の思い出

 歴史の教科書にもよく出てくる「官営富岡製糸場」の遺構が、世界文化遺産に登録されそうだというので話題になっている。この工場は、明治5年(1872年)の創立以来、昭和63年(1988年)に片倉工業富岡工場としての操業を停止するまで、116年にわたって、同じ絹の製糸工場として操業していたことになる。それだけでも驚異的な事実と言える。
 この工場を、私は操業停止直前の昭和61年(1986年)に、映画カメラで撮影取材する機会に恵まれた。ゼンセン同盟(糸偏の全繊からカタカナへ名称を変更した)の結成40周年を記念する映画の制作を依頼されたのだった。組合の教宣担当者として、片倉出身の増尾茂之さんに世話役をつとめていただいた。映画のタイトルは「歴史をつくる」とし、出だしのナレーションは「歴史は、川の流れに似ている……」から始めた。BGMにスメタナの「モルダウ」を使ったのを覚えている。
 結成40周年時点でのゼンセンの職場を、映像記録として「動態保存」しようと取り組んだこの仕事は楽しかった。私の運転する車に増尾さんを乗せ、次から次へと職場を訪ねて歩いた。繊維産業から流通産業へと、職種が広がりはじめた時期でもあった。その中で、冒頭の重要な位置を占めたのが片倉の富岡工場だった。
 この工場の正門前に立ったとき、入り口の「明治五年」の刻印の印象が強烈だった。年号をこんな形で明示するのは尋常ではない。歴史的事業だということを、当時の担当者が意識したのだろうか。その刻印からズームバックしてレンガ造りの工場の全景が撮れたとき、そのワンカットだけでここでの取材目的の大半は済んだと思った。もちろん場内も見せてもらったのだが、動く文化財のような現場は魅力的だった。
 製糸機の一台ごとに碗型の容器があり、その湯の中に十数個の繭が浮かんで、そこから出る糸が撚り合わされて上へ引かれて行く。繭が裸になって終ると新しい繭の糸口を探り当てて糸につなぐのが「女工さん」の仕事なのだった。常に同じ数の繭から糸を引くので一定の太さが保たれるのだから、糸つなぎは迅速でなければならない。百年変らない製法だった。
 私が見たのは、現役の工場としての操業風景だった。「文化財に指定したいという申し出が来てるが、いっしょうけんめい断っている。文化財になったら電線一本引くにも許可が必要になって、やってられない。ここは現役の工場なんだから」という説明で、本当にそうだろうなと思った。
 増尾さんは富岡で働いた経験もあり、顔がきくので、その夜は構内の「貴賓室」に泊めていただいた。視察の皇族の宿舎にもなる部屋ということだったが、その割には質素だった。お互いに酒の飲めない体質で、夜更けまで楽しい自慢話を聞かせていただいた。ボイラーのタンクはフランスだかイギリスだかの軍艦の払い下げとか、由緒ある物品が工場内にはごろごろしているのだった。
 こうして完成したこの映画なのだが、冒頭のワンカット以外の富岡の細部描写のシーンを本編でどう使ったかは覚えていない。記憶に残っているのは、ナレーションの断片ばかりである。「そのようにして歴史は流れ、私たちの暮らしも、その中で営まれているのだ……」。この仕事が最後の長編映画作品となり、これ以降はビデオの時代になって行った。

メーデーでなくなったメーデー

 連合主催メーデーの撮影取材に行ってきました。暑いほどの好天に恵まれ、とどこおりなくすべての付随イベントも行われました。2001年から、連合のメーデーは、5月1日ではなく、連休の最初の土曜日などに行われるようになりました。連休を分断せず、組合員がゆっくり休めるようにという趣旨のようですが、「世界の労働者の連帯の日」という本来の意味は薄れてきました。連合加盟以外の労働組合では、今も5月1日をメーデーにしているところがあるようです。
 今年のメーデーで話題になったのは、安倍総理が、政府代表の来賓として出席し挨拶を述べたことでした。自民党政権の首相としては、小泉純一郎以来、13年ぶりの出席とのことです。折から連合は、「格差是正」をスローガンとして、雇用ルール改悪反対の大集会を開いたばかりです。どう考えても相性が悪い相手だし、現に、先立つ古賀会長の主催者挨拶でも、格差是正は主要なテーマでした。例年出している招待に、安倍首相側が応じたということでしょうか。
 来賓の最初として祝辞を述べ、景気回復に尽力するという首相挨拶の内容は想定内のものでしたが、その最初から、会場からのヤジが入りました。これまで橋本竜太郎、小泉純一郎のときにもヤジはありましたが、笑いをさそう冷やかし程度のものでした。しかし、複数による妨害ヤジが入ったのは、私は今回初めて聞きました。会場警備の担当者が集まってヤジグループを演壇から遠ざけ、しだいに声は遠くなって行きましたが、確信犯的に首相に抗議しようとした人たちがいたことは明らかでした。マスコミのカメラも興味は示しましたが正面のカメラは演説を撮影中ですから動けません。式典の進行が乱されるというほどのこともなく、首相は演説を終わって「公務のため、ここで退席」となりました。
 私が最初にメーデーの取材に行ったのは、全繊同盟とのおつきあいが始まった昭和44年(1969年)だったと思います。全繊の滝田実会長が、同盟の会長でした。神宮・絵画館前の広場に大群衆が集まり、赤い組合旗が林立していました。マーチングバンドが先導するデモ行進は、果てもないと思われるほど長く続いて、みんな行進しながら声を合わせて歌っていました。全繊同盟の隊列にカメラを向けると、若い女子労働者たちが、いっせいに笑顔で手を振ってくれました。当時はスライドの撮影でしたが、すばらしい表情が撮れたのを覚えています。
 自分が今まで知らなかった世界がここにある、「われら未来を語るもの」のための仕事が、できるかもしれないと実感しました。私にとってのメーデーは、そういうものが原点でした。

駅の自動改札機を使わないという反骨

 昨夜の老人党護憲プラスの例会では、会場の提供者でもある編集工房「朔」の三角忠さんから「逮捕騒動顛末記」を聞きました。三角さんは編集者であり社会活動家でもありますが、昨年の11月にJR水道橋駅で起きたささいなトラブルを理由として、この2月20日に神田警察署に逮捕され、12日間の拘束を受けたのちに、不起訴で解放されました。駅員が「全治3日間」の診断書を添えて被害届を出したため、傷害容疑者とされたのでした。
 騒動の全体像から見ると、三角さんの関係する集会の直前であったなど、活動を妨害する「公安逮捕」であった疑いが濃厚であり、活発な救援活動もあって解放されたのですが、私はその発端となった駅でのトラブルの説明に深い感銘を受けました。三角さんは自宅から事務所に通う駅の改札で、常に有人改札口を利用して、自動改札機は使わないというのです。それには、国鉄の分割民営化に反対してきた長い活動歴が反映しているのでした。
 今の定期券でも、表面には区間・有効期限や人名など必要な情報は印刷されています。それを有人改札で駅員に見せれば通過は可能です。そして同時に「おはよう」とか「ご苦労さん」とか声を掛けるようにしているとのことです。改札口とは、本来そういうものでした。そして定期券の約款にも、自動改札でのみ有効とは書いてありません。むしろ表面が判読できない券は再印刷するか交換するという規定があるそうです。
 それを習慣として、顔見知りの駅員もいて何の問題もなく過ごしてきたところへ、昨年の11月15日、突然「キセルだ」として摘発され、事務室に連れ込まれて、定期券を抜き出して磁気記録を調べると要求され、それを断って手を振り払ったところ、相手はその場に倒れて「痛い痛い」と言い出した。「どうしたんですか、起きなさいよ」と言っても「110番、110番」と連呼して、警官が駆けつける騒ぎになったという三角さんの報告でした。その駅員は、今はもう水道橋駅からいなくなり、移動先も知らされないという謎を残しています。
 対人サービスも機械化され、コンピューターで管理される世の中になりつつあります。それが便利だとか味気ないとか言っている間にも、変化は刻々と私たちの身辺に迫ってきています。慣れれば気にならなくなる、たいていの変化は、そういうものです。しかし万事が完全に管理される世の中が、単一の権力によって支配されたらどうなるか、三角さんは半ば本能的に、そこまで感じているのだと思いました。反骨ある人たちが排除される世の中にしてはならない、それは人間の多様性を殺すことです。

国会(衆議院)の憲法審査会を傍聴した

 民主党・長妻昭議員から呼びかけがあって、国会の憲法審査会を傍聴してきました。自民、民主が共同提案している国民投票法案の審議をしており、長妻議員が質問に立つということでした。事前に政策秘書さんから聞いたところによると、集団的自衛権の問題は、解釈改憲というような姑息な手段によらず、国民投票法で手続きが整うのだから、国民の意思を聞いてから決めるべきだという趣旨で質問するとのことでした。
 国会見学の人たちととともに、第18委員会室の傍聴席で、長妻議員の質疑と応答を聞きました。長妻議員の質問は、国民投票法が成立すれば、理論的には最速で今年の9月にも国民投票による憲法の改定が可能になる。議論の時間をとっても、来年には可能であろう。国の安全にかかわる集団的自衛権を容認するかどうかという重大な事項を、憲法の解釈変更で決めるのと、憲法改定の手続きを踏んで行うのと、どちらがいいと思うか、立法担当委員(4名)それぞれの意見を聞きたいというものでした。
 提案側の委員は、自民党2名、民主党2名です。4名の委員の全員が、憲法の改正によって行うのが望ましという意見を述べました。民主党はもちろん、歴代の政府が重ねてきた解釈の範囲を、安易に拡張すべきではないという点で一致しています。それに対して自民党は、理想としては国民投票による改憲を待つべきだが、それではさし迫っている国際情勢の変化に対応できないとして、日米が共同で行動している艦隊でアメリカ艦が攻撃されたら傍観していられるか、アメリカへ向かうミサイルを放置しておけるかといった例を持ち出すのでした。
 そして最後の方では、自民党の本音らしい「憲法の全面的見直し論」までが出てきました。集団的自衛権と憲法9条だけが問題なのではない、だから自民党としての改憲草案を発表している。これを国民の間で議論していただくには、相当の時間をかけなければならないだろうというのです。つまりは、緊急対策としての集団的自衛権の容認では、現状では難しいと思われる国民投票で信を問う気はないのです。
 国会の委員会といえば「政治の現場」でしょうが、そこで行われているのは形式尊重の言葉のやりとりだけで、聞いていて面白いものではありません。しかしそこで作られる法律が、国の進路を決めて行くことになります。国民投票法は、この国会で成立するでしょう。しかし実際に改憲に手がつけられるのは、まだ先のことになるでしょう。政権与党が、負ける可能性のある国民投票を実施するわけがないのです。なりふり構わずやりたい政策をどんどん進めた上で、最後の仕上げとして「実態に合わせるための改憲」を持ち出すに違いありません。
 この政権を長続きさせるのは、とても危険なことに思われます。

ブログ連歌(362)

7219 認知症 保護は出来ても 身元不明 (キューピー) 
7220  漂流国家に 漂流家族 (建世) 
7221 ゾロゾロと あまた靖国 なに祈願 (八っつぁん)
7222  自民安泰 国論統一 (建世)
7223 懲りぬ奴ら 英霊達も あきれ顔 (八っつぁん)
7224  魂魄すでに 故郷の墓に (建世)
7225 珍島(チンド)にも 清太を見たり 兄の愛 (キューピー) 
7226  人は帰らず 美談を残す (建世)
7226B  身は滅びても 慈愛は永久に (八っつぁん)
7227 身一つを 捨つる覚悟を 学ばぬか (みどり)
7228  難あって知る 海員魂 (建世)
7229 東京は たった一人で 大騒ぎ 
7230  夜来る客に 日がな一日 (建世)
7231 また出たホイ 事後承認に 時間外 (八っつぁん)
7232  大事なことは 目立たぬように (建世)
7233 国賓も いいが極貧 何とかせえ (うたのすけ)
7234  国の不名誉 極貧待遇 (建世)
7235 Hey Heyに オバマも一瞬 笑みが消え (八っつぁん)
7236  すし食いねえと 誘ったものの (建世)
7237 立ち別れ TPPは 険しかり
7238  安倍に功なく オバマ渋面 (建世)
7239 富裕層 イヤな言葉の 一つなり
7240  テロリスト生む 予兆歴然 (うたのすけ)

お知らせ
上句(または下句)が連続した場合は、コメント欄に保留しておき、次につながる機会があればオモテに出すこととします。ただしオモテの先行句を意識した新しい句と競合する場合は、採用されない場合があります。しばらくこの方式で運用してみます。

ひねもすのたりのたりかな

(熊さん)ご隠居、なんだかヒマそうじゃないですか。冬眠からさめたクマみたいですよ。
(ご隠居)昔から春先はポカンとすることがあってな、ちゃんと寝てるはずなのに昼に眠くなったりするんだよ。見るもの聞くこと、気に入らんことばっかりで、元気が出ないってこともあるな。少しばかり見てる日本の株価も、このところ、ひねもすのたりって感じで、一向に方向性が見えてこない。一秒間に何千回も売り買いする電子取引が主役の時代じゃ、個人の才覚でいい結果を出すってのは、至難のわざだな。
(熊)下手に細かく動かさないで、長い目で見てるのがいいようですね。
(隠)結局はそうなんだな。最近は、将棋でもコンピューターが強くなったって新聞に出てたな。団体戦で、プロ棋士のチームがコンピューターソフトに連敗したそうだ。チェスでは、とっくの昔に人間はコンピューターに勝てなくなってるんだが、将棋は手駒を打ったりして複雑だし、構想が大事だから人間が有利だと言われてたんだ。だけど、名勝負の棋譜もどんどん覚えさせたら、強いコンピューターソフトが作れるようになったっていうんだ。
(熊)えらい時代になりましたね。将棋名人はコンピューターですか。
(隠)それでも名人戦は今でも盛んにやられてる。コンピューターが強いからって、将棋はやっぱり人間のゲームなんだな。人間は限りのある時間と空間の中で生きてるんだから、その条件の中で勝負すればいいんだよ。ゲームだけじゃなくて、たとえば俳句を作るのは17文字の組み合わせだから、今のコンピューターなら作れる限りの俳句を全部作ってしまうことだってできるだろうよ。あああああ あああああああ あああああ から始まるわけだ。だけどそれが文学として価値のある仕事にはならないさ。人間にとって意味のある言葉を綴るのが文学だからね。
(熊)へー、奥の深い話だね。俳句の終いは んんんんん んんんんんんん んんんんん ですか。
(隠)こういう日は、熊公を相手に のたりのたり してるのがいいね。沖縄の辺野古を応援したい、憲法九条の平和戦略をみんなに知らせたい、民主平和党と三原則の旗も、5月には空に掲げてみたい。やるのは今でしょうって気持ちはあるんだが、きょうはこれで日が暮れそうだ。交通労連さんの組合旗を屋上のポールに掲揚してビデオ撮影しようと狙ってたんだが、風が弱くてだめだった。この週末から連休の間に撮れればいいや。

オバマは何をしに来るのかな

(熊さん)アメリカのオバマ大統領が日本に来るんだってね。国賓で来るんだそうだけど、それにしちゃ、あんまりニュースになりませんね。
(ご隠居)タイミングが悪かったな。韓国の「セウォル号沈没事件」で、日本も韓国も手いっぱいになっちまった。日本の次に韓国へ行くのは、弔問外交みたいなことになるだろうね。明日の夕方から2泊3日で日本に来るんだが、なんでも異例ずくめの国賓になるようだよ。本来は夫人といっしょに来るべきところを一人だけで来て、迎賓館にも泊まらずに大使館近くのホテルに泊まるそうだ。
(熊)身軽に動きたいタイプのようだから、格式ばったことは嫌いなんじゃないですか。
(隠)それはそのようだな。天皇は2日目の晩餐会でオモテナシをすることになってるが、こちらも天皇の単独で、皇后は出席しないようだ。外交儀礼というのは、とかくうるさいんだよ。
(熊)で、肝心の目的は何なんですかね。
(隠)問題はそこなんだよ。日米同盟の深化とか、TPPの地固めとか、ぎくしゃくしている日韓関係の調整とか、いろんな思惑があったんだが、どれ一つとってもパッとしないんだよ。安倍政権は日米同盟の強化ではアメリカ路線に忠実なんだが、靖国参拝とか戦前回帰的な右翼化なんかではアメリカに警戒されている。TPPでもアメリカが満足するような結果は出せなくて、引き続き努力するぐらいのことしか言えないんだ。結局は抽象的に「互いに大切な同盟関係を確認した」ぐらいのことで体裁をつくろって終りだろうね。
(熊)オバマも、最初に当選したころのような人気は、もうないですよね。
(隠)そうだな「核兵器をなくす」って演説してノーベル賞をもらったころに日本へ来て、広島を訪問でもしていれば、もっと違っていたろうね。アメリカを根っ子から変える勢いだった「チェンジ」の声が、いまは懐かしいよ。今回は、なぜかわからんが、明治神宮に参拝するんだそうだ。
(熊)近代日本を作った明治天皇に敬意を表すんですかね。
(隠)でもさ、その明治政府が韓国を併合したんだよ。韓国へ行く前にお参りするってセンスがどうかね。日本の官僚は、その程度のアドバイスもしないんだろうか。それより千鳥ヶ渕の戦没者墓苑に行ってくれればいいんだが、当て付けがましいんで遠慮したかな。
(熊)駅へ行ったら、コインロッカーが全部閉鎖になってるんで驚きましたよ。
(隠)オバマが駅から電車に乗るわけもないのに、迷惑な話だ。困ってる人も多いだろうに。

「死ぬ苦しみ」は体験しなくていいらしい

 九州在住の医師「Dr.鼻メガネ」さんは、多くの患者の終末を見とどけてきた人です。そのブログは、短い言葉で、人のいのちについての真実を、深く考えさせてくれることがあります。先月の末には、こんなエントリーがありました。

http://blog.goo.ne.jp/hanamegane_2006/e/834e4bdca8cc7b62067cee9f679b1da4
 苦 痛

死ぬ瞬間の自分を
自分で見ることはできない
意識を失い
 その後に心臓の鼓動や呼吸が
止まって行く

 だから
最後に知覚出来るのは
意識のある自分
つまり生きている自分

 死ぬまで
 そして死んでも
自分の死の瞬間を
体験することはできない 
…… 

 人は、いつどこで不慮の死をとげるかもわかりません。水没する船の中に閉じ込められて死を迎える絶望と苦悩は想像に余ります。鼻メガネ先生は別な記事で、死期がある程度予想できるガンは、別れの時間を与えてくれるという意味での「やさしさ」を感じることがある、という趣旨を書いておられたこともありました。不慮の急死か、闘病の末の最期か、いずれにしても誰でも一度は経験しなければなりません。しかし「その瞬間を体験することはない」とは気がつきませんでした。
 「死ぬような苦しみ」は怖いですから医師の助けも欲しいものです。しかし本番の「死ぬ苦痛」は存在しないのです。コメント欄の補足説明では、「息を引き取る」ときは、横隔膜がニュートラルになって呼吸が止まり、その直前に意識は絶えているので、現象としては眠りに近いように思われると書かれていました。

「憲法九条の軍事戦略」を今だからこそ読む(2)

 「九条の軍事戦略」を要約すれば、「専守防衛に立ち返る」ことに尽きます。その戦略であれば、日本の自衛は現在の自衛隊の実力があれば充分という立場です。そこで重要になるのが「抑止力への信仰」を捨てるべき時代がきているという認識です。
 「抑止力」とは、米ソ対立時代の「核の恐怖の均衡」に典型的に見られるように、相手国にも耐え難い殺戮と破壊がもたらされると威嚇することによって、国家間の全面戦争が回避できるとする思想です。これが時代遅れになっていることは、現代の最大の対立になりつつある米中関係をとってみても、相互の経済的依存関係から、全面戦争が不可能になっている事実からも明らかです。
 日本が長期間平和でいられたのは、アメリカ軍が駐留して侵略を「抑止」していたからというのは誤りです。憲法九条を持つ日本に対して、周辺諸国は侵略する動機を持たなかったのです。中国の台頭で尖閣諸島などの問題が出てきましたが、これも島そのものよりも周辺海域の権益の問題として話し合うべきで、アメリカに頼って解決するような問題ではありません。
 むしろ「集団的自衛権」でアメリカとの軍事同盟を強化すれば、日本はより多くの危険にさらされることになると著者は判断しています。たとえば日米が協力している艦隊で、アメリカ艦だけが攻撃された場合、相手国には「日本を敵に回したくない」という判断があるだろう。そのときに日本が積極的な反撃を始めれば、それは意図的に参戦したことになります。
 また、アジア大陸からアメリカへ向かうミサイルが発射された場合、それを迎撃・破壊しても、日本の安全には何の利益もありません。逆に敵対国に加わったとして、日本もミサイル攻撃の標的にされるのが必至です。要するに、「アメリカの抑止力」に頼らなければ日本は生きて行けないという強迫観念から解放されたときに、初めて日本は真に自衛のための戦略を確立することができるのです。
 アメリカとの軍事同盟や戦力の強化よりも前に、外交でも経済関係でも、周辺諸国との平和な関係の構築のためには、できることが沢山あります。これから予想される米中対立の時代に向けて、著者はヨーロッパにおけるドイツの役割を日本に期待しています。東アジアにおいて、日本は今後とも重要な国でありつづけるでしょう。近隣諸国との安全保障体制を築いていく上で、「憲法九条の軍事戦略」は、制約どころか、もっとも先進的で強力な戦略になるに違いないのです。 

「憲法九条の軍事戦略」を今だからこそ読む(1)

 「憲法九条の軍事戦略」(松竹伸幸・平凡社新書)を読みました。ほぼ1年前に出た本ですが、この本の存在を私は老人党護憲プラスの例会仲間である「じゅんこ」さんから教えていただきました。日本の安全のために軍事戦略は不可欠である。そのためにこそ憲法九条が役に立つという立場で書かれた本です。憲法九条を日本の安全保障を制約する「縛り」と見ている作今の風潮に対して、目からうろこ的に発想を変えさせてくれる本でした。
 内容は、以下の5章からなります。
第1章 九条の軍事戦略が必要とされる理由
第2章 戦後日本に軍事戦略は存在したのか
第3章 九条の「制約」は「優位性」に変えられる
第4章 九条の軍事戦略を語ろう
第5章 日米安保条約をどうするか
 「憲法九条を守ろう」と訴える人たちは、「夢見る理想主義者」であるかのように批判される場合があります。「平和、平和」と唱えていれば戦争が止められるのなら誰も苦労はしない、日本国民の生命財産を本気で守ろうと思うなら、世界の現状を見て現実的な対策を考えろ、といった類の批判です。その代表格が、現政権の指導者たちでしょう。
 だからいま九条を守りたかったら、九条があるから日本の安全が保障されるという軍事戦略を立てなければならないのです。これは世界の潮流に逆らう無謀な試みでしょうか。日本の憲法の条文は、世界標準から見て、それほど偏向した「変な規定」なのかと思うと、全然そうではないのです。国連憲章は、日本の憲法とは無関係に、とっくの昔に「国際紛争を解決する手段としての戦争」を非合法化しているのですから。
 自民党政権がしきりに有難がっている個別・集団の「自衛権」も、急迫不正の侵略を受けたときに、国際機関による救済が得られるまでの間、最低限必要な防衛的な実力の行使を妨げないとしているに過ぎません。報復的な侵略や、「抑止力」としての先制攻撃を認めていないことは、もちろんです。
 以上は国連憲章の上での話です。その理想が今の世界でまだ実現していないのは見ての通りですが、だからといって無意味ではありません。どこの国も、国連の方針に反対を唱えている国は一つもなく、北朝鮮でさえ脱退するとは言わないのです。
 

ブログ連歌(361)

7199 沖縄の 島々揺する 春あらし (みどり)
7200  旅人われに いかに吹くらむ (建世)
7201 被曝量 都合悪いけりゃ 非公開 (八っつぁん) 
7202  やっぱり消された この電子記事 (キューピー)
7203 客船事故 北朝鮮か CIAか (八っつぁん)
7204  疑心暗鬼は この際無用 (建世)
7205 つくられし 空気に馴染む 危険性 (みどり)
7206  真実いずこ 瞑目して見る (建世)
7207 
茶番劇 覆面付けて 親ロシア (八っつぁん)
7208  もとは同根 スラブの民で (建世)
7209 事故の船 日本製だと 騒がれて (八っつぁん)
7210  中古に増築 背伸びをしたか (建世)
7211 
まーくんは 真(まこと)を歴史に 刻んでく (キューピー) 
7212  
君がいるから 日本は明るい (八っつぁん)
7213 
新ブログ お客さんが 激減し (獣医さん)
7214  慣れれば戻る 千客万来 (八っつぁん) 
7215 
原発の 輸出災禍も 視野に浮き (みどり) 
7216  災害補償の 採算立たず (建世)
7217 
船腹で 逃げ惑う声 悲痛なり (うたのすけ)
7218  謝罪も空し 鉄棺沈む (建世)
7217B 城南に 脱原発の 光見ゆ 
7218B  今に引き継ぐ 小原哲学 (キューピー)
7219 
認知症 保護は出来ても 身元不明 (キューピー) 
7219B 
続く事故 やっぱり気になる 韓国船 (八っつぁん) 
7220  漂流国家に 漂流家族 (建世) 

復元力が弱いのは危ない

 韓国で転覆事故を起こしたフェリーは、日本で18年間も使われていた中古船だったということだ。韓国の会社は、これに3階部分の増築をして、旅客定員を100名以上増やしていたと伝えられる。もちろん保安基準は満たしていたのだろうが、重心が高くなって復元力が小さくなるのは避けられない。事故の原因調査はこれからの課題だろうが、復元力の弱さが転覆の速度を早めたということは考えられる。
 日本海軍には、昭和9年に「夕鶴事件」というものがあった。ロンドン条約の制約から、水雷艇に駆逐艦以上の重装備を載せてしまった「夕鶴」(ともづる)が、荒天での訓練中に転覆し、乗員のほとんど全員が水没する惨事を引き起こしたのだ。90度の横倒しでも立ち直るべき軍艦が、40度の傾斜で転覆するのでは役に立たない。その後の建艦思想に大幅な装備の減量など、深刻な影響を残したと伝えられている。
 ところで、船の復元力の強さと乗り心地のよさにつていは、広く流布している誤解がある。重心が高くて不安定な船は揺れやすいと思う人が多いだろうが、本当はその逆になるのだ。復元力の強い船は、少しの波でも大きく揺れる。復元力が速く強く働くからだ。それに対して復元力の弱い船は、波で傾いてもゆっくりと立ち直るから、乗り心地はよくて安定しているように感じられる。それでも傾斜への耐性は低いから、一定の限度を超えると、一気に転覆に向かうことになるわけだ。客船の設計では、安全性と乗り心地よさとの兼ね合いが難しいと聞いたことがある。 
 今の安倍政権への支持率の高さが、なんとなく復元力の弱い船の乗り心地に似ているような気がしてしまうのは、最近の私の思考が政治に傾いているからに違いないのだが、一見平坦のように見える政権の前途に対して、批判する力が弱いのが気がかりである。
 上部を飾り立てる見えやすい現象ばかりでなく、水面下に用意されるべき復元力が弱まったら前途が危ない。この船長は、船が傾いたら一番に逃げ出さないだろうか。

人間の尊厳と不寛容の時代

 昨日まで2回にわたって紹介した林典子の「人間の尊厳〜いま、この世界の片隅で」は、現代にも横行している人間の尊厳を破壊する行為を、写真という証拠を突きつけて鋭く告発する出版物でした。著者は「この世界の片隅で」としていますが、これが先進国と言われている日本の今と無縁の問題でないことは明らかです。
 人間の尊厳は、さまざまな場面で蹂躙され、それが正当化される理由は、「○○はこうであるべきだ」と断定する差別感情です。差別される理由は千差万別で、たとえば在日外国人という身分だったり、君が代を歌わないことであったり、正社員でないことだったり、あるいは単に「女だから」ということだったりします。
 差別感情は、攻撃する対象を「人間の仲間」から外してしまうことで成り立ちます。たとえばヘイトスピーチで「日本から出ていけ」的な雑言を長時間聞かされていると、絶叫している彼たち彼女たちにも家に帰れば親がいたり子供がいたりして家庭生活を大事にしているだろうと思い、その人たちの「人間の尊厳」も守ってあげなければと考えるのは非常に難しくなります。攻撃は反作用の攻撃をを引き起こすからです。むしろ「差別主義者は人間の仲間から出て行け」と言い返したくなるのです。
 この問題は要するに、「人間の仲間」としての意識を、世界の大きさに広げるか、身近の特定集団の中だけで小さく固めるかということです。「人間の尊厳」を、人類普遍の価値として認めるなら結論は明らかなのですが、問題は簡単ではありません。世界の現状は、まだ群雄が割拠している再編の途上なのです。
 以前に「寛容は不寛容に対してどこまで寛容であるべきか」というテーマを論じたことがあります(ただし過去記事の検索では出ませんでした)が、無制限に不寛容を容認したら寛容は死滅するので、それは認められないのです。民主主義の手続きをとったとしても、民主主義の廃止を決議してはならないのと同じことです。
 いま警戒しなければならないのは、不寛容の風潮が時の権力と結合して民主主義の諸原則を無力化して行くことです。民主主義は、人間の尊厳を普遍価値とする思想と一体化している政治システムです。これを捨ててしまったら人類の未来はありません。

「人間の尊厳〜いま、この世界の片隅で」を読む(2)

 第3章「HIVと共に生きる」(カンボジア)、第4章「硫酸に焼かれた女性たち」(パキスタン)、第6章「誘拐結婚」(キルギス)は、著者がフォト・ジャーナリストとして自覚的に取材したテーマを時系列順にまとめたものです。「HIVと共に生きる」では、取材対象を一人の少年とその母親にしぼりました。母親は、離婚した夫を通してHIVに感染し、男の子を生みました。母子感染で生まれつき聴力がなく、片目失明の息子は、学齢になっても言葉を知らず、わずかな身振りで母親と意志疎通するだけです。その息子が、町で空き缶を集めて生計の足しにしているのです。缶ジュースを飲む観光客の近くで、飲み終わって缶が空くのを待っています。母親の悩みは、やがて大人になる息子に、HIVにかかっているから薬を飲み続けなければならないことを、どうしたら教えられるかということです。
 「硫酸に焼かれた女性たち」では、夫の暴力、一方的な求婚などに抵抗して「男の名誉を傷つけた」とされる女性が、復讐として半ば公然と硫酸を浴びせられ顔を焼かれる習慣を取材しています。もちろん違法行為として禁止されていますが、加害者はめったに処罰されることはなく、女性の側も「家の恥」として、警察への届け出をしない場合が多いとのことです。硫酸が入手しやすいのは、農薬としてよく使われるからだそうです。被害者を救済するNGOが活躍していますが、皮膚の移植など、苦痛を伴う手術を繰り返しても、もとの容姿を取り戻すことは不可能です。女性の生涯を暗転させる残酷な仕打ちですが、その中でも、顔をそむけたくなる自分の顔を鏡で直視して、立ち上がろうとする女性たちがいました。
 「誘拐結婚」では、意中の女性がいると本人の意思にかかわらず、親族ぐるみで強引に拉致してきて結婚式をあげてしまうキルギスの農村を取材しています。もと遊牧民だった民族の伝統的な文化とする説もありますが、遊牧民が農村に定着させられた旧ソ連時代以降の現象だと、著者は古老から聞いたそうです。いずれにしても、婚約者がいたり、大学に通って就職を目指していたりする現代の女性にとっては、とんでもない人権の蹂躙です。当然ながら、無理やり結婚させられたが、今は幸せな夫婦になっているという例はありますが、その一方では、自殺者を出す悲劇も起こしているのです。「取材者は『あるがまま』を見つめて現場の事象には介入しない」のを原則にしてきた著者ですが、ここでは例外的に、不本意な結婚をさせられた女性の救済に動かざるをえませんでした。
 これらの告発的な各章に比べると、第5章の「震災と原発」は、著者が外国特派員のアシスタントとして働いた事情もあり、村の最長老、102歳の自殺を伝えたりはしていますが、内容的にはマイルドに感じました。著者が本気で「震災と原発」を表現するのは、これからの仕事かもしれません。
 この一冊を読み終り、どんと重くのしかかってくるのは「人間の尊厳」とは何かという根源的な問いです。日本はバキスタンやキルギスのようでなくてよかったと、安心して済ませられる話ではありません。この世界の片隅で起こっていることの根源は、すべて人の心の中にあります。時と場所が変っても、絶対に「人間の尊厳」を守れるかということです。特に他人のそれを。

「人間の尊厳〜いま、この世界の片隅で」を読む(1)

 「人間の尊厳〜いま、この世界の片隅で」(林典子・岩波新書)を読みました。フォト・ドキュメンタリーの肩書きつきで、岩波新書には珍しい写真ブックです。著者は大学卒業を目前にした進路選択で、フォト・ジャーナリストの道に踏み込みました。世界の6ヶ所をめぐったレポートは、彼女の成長の足跡そのものです。6ヶ所の中には、日本の福島も含まれています。
第1章 報道の自由がない国で〜ガンビア
第2章 難民と内戦の爪痕〜リベリア
第3章 HIVと共に生きる〜カンボジア
第4章 硫酸に焼かれた女性たち〜パキスタン
第5章 震災と原発〜日本
第6章 誘拐結婚〜キルギス
 第1章は、アメリカ留学先の大学の研修旅行で行ったガンビアへの滞在を、一人だけ延長して現地ジャーナリストと交流した記録をつづったものです。独裁政権の下で身の危険におびえながらも、真実を伝えたい一心で妥協せずに活動している記者たちがいました。経済的に恵まれず、国民から感謝も尊敬もされなくても、彼らは「自由に考えて伝える」ことを止めないのでした。その姿から、著者は「人間の尊厳のために伝える」という生涯のテーマを発見したようです。
 しかし現実はきびしく、途上国にいたままでは出来ることに限りがあります。気心の知れた仲間は、次々に出身国を後にして世界に活躍の舞台を求めて行きました。国境にとらわれない立場で取材し表現する著者の、原点となったのがガンビアでの経験でした。
 第2章のリベリアは、アフリカで最初にできた独立国です。アメリカからの解放奴隷が建国の中心になりました。しかし近年になると先住民との対立が繰り返されて、二度の大きな内戦を経験しました。著者はガンビアにつづいて単身でリベリアに入るのですが、独裁政権でも治安の維持されていたガンビアとは違って、ここでは「外国人として自己責任で取材活動する」ことの基本を学ぶことになります。
 そしてまた、難民救済に活動する国際機関やNGO、さらには国際的通信社と契約して活動を継続していくノウハウも覚えて行きます。このあたりは、業界出世物語りとしても興味深く読むことができました。世界のどこでも「意志のあるところに道は開ける」のです。

季節と時代の中で私が生きているということの不思議

 春らしい気候が本格的になってきました。今朝は病院に行って、大腸ガン術後3年半の検査結果を聞いてきました。各種の指標に異常はなく、無事経過が確認できて、投薬も注意事項もありません。5月になったら三陸鉄道に乗りに行こうと決めています。被災地のビデオ取材で歩いた気仙沼、釜石、宮古は、どうなっているでしょうか。
 夏の間には、沖縄へまた行ってみるのが目標になっています。教科書の選定で文科省に屈しなかった竹富島とは、どんなところかと、少し調べてみました。沖縄固有の文化を、今も色濃く残している島のようです。村役場は石垣島に置かれているものの、島では公民館を拠点とする住民自治の意識が強く、島の暮らしでは上からの行政よりも、島民の合意が尊重される気風があるようです。石垣からフェリーで10分で行ける距離にあるので日帰りの観光客が多いが、最終便が出たあとの島の雰囲気は昼とは違うという記述がありました。行くなら島に泊まらなければと思いました。
 自由に動ける体と時間があって、自分の行き先を思ったままに決められる立場にいることが、とても不思議に思えます。この宝物のような時間を、私はどのように使うべきでしょうか。
記事検索
プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
→著作などの紹介と販売について
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ