志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2014年05月

三陸鉄道リアス線の旅(1)〜大船渡線BRT

 ちょうど3年前に、ボランティアとして連合の大震災救援活動のビデオ記録撮影に行った現地がどうなっているか、それを見たいと思いました。

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三陸鉄道南リアス線の起点は盛(さかり)ですから、そこまでは新幹線を一ノ関で降りてJR大船渡線に乗り換えます。ただし今は部分開通で、気仙沼から先はBRT(バス高速輸送)で運行しています。鉄道の軌道跡を利用して専用道路とするのが基本ですが、陸前高田あたりの激甚被災地では、大規模な復興事業の工事中で、どこが鉄道線路だったかもわからない状況になっているのが、乗ってみてわかりました。写真はBRTの終点、盛駅です。

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BRTの車体は、ふつうの路線バスと同じです。走行中のBRTから見た復興工事です。遠くの山を取り崩して、巨大なベルトコンベアを設置して土砂の運搬をしているのです。山を移して新しい地盤をつくる、まさに現代の「国引き」のような巨大事業を実行中なのでした。なお、全体に霧が立ち込めていて、最初は砂塵かと思いましたが、これは海霧です。三陸の初夏には、よく起こる現象なのです。冷水が温かい空気にふれるからで、水田地帯では、田んぼが湯気を立てて湧き立つような幻想的な光景が見られました。

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BRTが専用道路を走ったのは後半部分だけでしたが、非常に大きな可能性を感じました。鉄道と同様に「単線」ですが、一定の間隔で「待避信号所」が設けられています。感応式の信号が「青」になれば、正面衝突の心配なく進行できるのです。もっと面白かったのは「踏切」でした。遮断機が、鉄道のときとは反対にBRT側を閉鎖しているのです。これで一般車両が誤って進入するのを防げます。そしてBRTが接近すると、道路側の信号が赤になり、遮断機が開いて、BRTは一時停止することなく通過できるのでした。これなら赤字鉄道を安易に廃止せずに、路線を有効利用できるのではないかと思いました。

お知らせ
コメントの受付を「即時表示」にもどしました。今後は「確認後表示」との使い分けは、適宜にいたします。

四方の海みなはらからと思ふ世に

 「四方の海 みなはらからと思ふ世に など波風の立ちさわぐらむ」は、明治天皇の御製だが、太平洋戦争の開戦直前の御前会議で、昭和天皇が会議の冒頭で引用し朗詠したことで知られている。何となく昭和天皇の歌のように思われているかもしれないが、昭和天皇は、明治天皇の権威を借りて戦争回避への希望を述べたのだった。
 歌の意味は明らかだと思うが、明治天皇がこの歌を詠んだ動機は、ネット検索ではわからなかった。日清戦争、日露戦争と、国運をかける戦争が続いた明治期のどこかで、戦争で事を決するのは本意ではないという心情を述べたものだろう。好んで戦うわけではない、できれば戦争などしたくはないのだがという気持ちは、自然なものだったと思う。
 しかしこの御前会議で、条件付きながら「開戦」の選択肢が決定された。首相の東条英機も、決して武断主義者ではなく、天皇への忠誠心は厚かったし、好戦的であったわけではなかった。しかしながら、アメリカとの外交交渉が破綻して、開戦するしかない条件が満たされてしまったとき、御前会議の結論は守らなければならなかった。
 開戦の詔勅には「まことに止むをえざるものあり」との文言がある。だが、どんな言い訳をしようが、ハワイ攻撃を実行してしまったからには戦争は止められない。誰でも知っている通りの経過をたどって敗戦を招いた。
 戦争をするかしないかの決断をするとき、理で考えれば戦争止むなしの方向に傾くことが多い。戦争は軍人が立案し、勝てる可能性を最大限に大きくしようとするからだ。そして反戦の思想に対しては、「情緒的だ」「愛国心が足りない」などの批判が浴びせられる。「四方の海」の歌も、そうした「お気持ちはわかります」で聞きおかれたに違いない。
 昨日の記事へのコメントを、私は削除せずそのまま置くことにした。太平洋戦争は、やはりしない方がよかったと、私は今でも思っている。

お知らせ・突然ですが、明日から1泊2日で三陸鉄道に乗りに行ってきます。南から北へ、途中の宮古あたりで一泊して、金曜日の夜には帰ってきます。)
お知らせ2・コメントの受付を、「確認後表示」に変更しました。)

「侵略された領土を軍事力で取り戻す」ということ

 きょうの朝日新聞に、アメリカのシンクタンクがアジア11カ国の外交専門家らを対象に行ったアンケート調査(朝日新聞後援)の結果が出ていた。10年後のアジアを考えるのが趣旨のようだが、その中に気になる設問とその回答が図示されていた。「侵略された領土を軍事力で取り戻すことに賛成?」と聞いて答えさせている。
 結果は、賛成率の高いのがアメリカ、台湾、韓国、インドネシアで、やや低いのがタイ、ミャンマー、オーストラリアとなり、平均では賛成が81%で反対は10%しかない。日本は81%の平均値で、中国はやや高い83%だった。これは相手国が一方的に悪いような聞き方をしている設問が良くないし、国民一般を対象にした調査でもないのだが、それにしても「軍事力で取り戻す」意見が圧倒的に多いのには驚く。あたかも戦時モードを煽るキャンペーンのようだ。
 そもそも「侵略された領土」という規定には、客観的な基準が何もない。千年も昔の歴史を持ち出すこともできるし、ほとんどすべての領土紛争に「失地回復の正義」が語られなかったことがあっただろうか。人間集団の縄張りには、必ず支配のあいまいな周辺地域が残る。そこで止むをえず関係者の知恵で線引きをしているに過ぎないのだ。
 「領土を守る」と言えば、父祖の代から伝わる生れ故郷を侵略者から守るような悲壮感があるかもしれないが、現代の紛争にそのようなものは少ない。多くは国が決めた「たてまえ上の領土」をめぐる論争や紛争になっている。「行ったことも見たこともない辺境の寸土を守るために、あなたは命を捨ててもいいと思えますか」と聞いたら、回答はずいぶん違ったものになるだろう。現代の戦争では、前線の兵士よりもはるかに多くの民間人が殺されるのが常識なのだ。
 石垣の竹富島の人々が採用を拒否したという育鵬社版の「中学公民教科書」の概要を見てみた。尖閣諸島のところでは、日本の固有の領土であって、中国が海洋資源を目的として領有権を主張してきているという、外務省のホームページからの引用だけを掲載して、他のことは何も説明していない。国の広報機関に徹しているのがよくわかった。
 この「固有の領土」論と「侵略された領土」アンケートは、今のところ別個のもので関連はないように見える。しかし集団的自衛権など、「軍事力の行使」が国として必要不可欠だとする議論を常識化しようとしている今の雰囲気には、非常に危険なものがある。孫子も言うように「兵は国の大事」である。軽々しく論じてほしくない。

「だから日本はズレている」を読む(2)

 2040年といえば昭和一桁生れの私たちはいなくなっている時代ですが、その時代を著者がシミュレーションすると、意外に平穏で、憲法さえも改定されずにそのまま残っているのだそうです。ただし人口減少は急激に進んで一億人を切り、働き盛りの中産世代は海外へ流れてしまって、日本国内では年齢でも所得でも二極化が進んでいます。
 しかし生活できない極貧層が顕在化はしていません。ベーシックインカム制度で最低限の生活は保障されるからです。ただし給付は追跡可能な電子マネーでのみ行われるので、不正受給や不適切な浪費生活は抑制されます。一部の富裕層と、低所得層との階層分離が進むため、それぞれの階層内部での不平不満は、むしろ少なくなります。
 地理的には、大都市圏への人口の集中が続き、地方の過疎化、無人化が進んでいます。そういう地域では社会インフラも撤退して、野生の動植物が繁栄する自然の復権も見られます。無気力社会は、エコ社会でもあるのです。そうした中で、自給自足の自立した地域社会を作ろうとする人たちの試みも見られます。
 あまり魅力的な未来世界ではなさそうですが、これは発展期を過ぎてしまった中国でも、その他の国々でも、いずれは迎えることになる人類の近未来像です。それから先については、著者は多くを語りません。そんなのではなくて、格差が少なく、すべての国民が生き生きと暮らせるような理想を描かないのか、などと言えば、それこそが「おじさん」の罪で、ズレているよと言われそうです。
 読み終っても、この本で何を言われたのかは、よくわかりませんでした。ひつとの「謎かけ」をされたような気分です。ただ、おぼろげながらわかるのは、こんな日本でこれから先を生きて行かなければならない世代の「やりきれなさ」です。あり余る資本力、軍事力を積み上げながらも、人間の幸せのためになる世の中の作り方を真剣に考えなかった「おじさん」たちは、はいこれまでです、退職金をいただいて帰りますと言っていればいいのかと、責任を問われているのではないでしょうか。
 だから若い世代と話したい、連帯して世の中を変えようよなどと言ったら、やっぱり「ズレてる」と言われるのかな。

「だから日本はズレている」を読む(1)

 先日「読谷の風」さんのブログで紹介されているのを見て、気になっていた本を読んでみました。29歳の社会学者で、東大大学院生でもある古市憲寿の「だから日本はズレている」(新潮新書)です。若者の立場からの発言が注目されいてる人で、さまざまな雑誌等で発表したものを集め、加筆して一冊にまとめたとのことです。目次の項目を一覧しただけでも、内容のユニークさが伝わってきます。

はじめに 不思議の国の「大人たち」
「リーダー」なんていらない
「クール・ジャパン」を誰も知らない
「ポエム」じゃ国は変えられない
「テクノロジー」だけでは未来はない
「ソーシャル」に期待しすぎるな
「就活カースト」からは逃れられない
「新社会人」の悪口を言うな
「ノマド」とはただの脱サラである
やっぱり「学歴」は大切だ
「若者」に社会は変えられない
闘わなくても「革命」は起こせる
このままでは「2040年の日本」はこうなる
おわりに 「おじさん」の罪

 要するに「テクノロジー」に通じ「ソーシャル」に活動し「ポエム」を抱く「若者」の「リーダー」に未来を期待しているらしい「大人たち」や「おじさん」はズレていると言っているのです。どのようにズレているのかを一章ごとに論じているので、なるほどと思い当る部分はあります。たとえば「若者」に社会は変えられないのは事実でしょう。今の日本を支配している実力者は中高年世代で、圧倒的に人数も多いのです。「若者」の選挙での投票率が多少上がった程度では、とうてい動かせる相手ではありません。
 こうした動きのとれない国づくりをしておきながら、若いリーダーに期待するみたいなことを言うのはズレている。とはいうものの、「おじさん」(私は「おじいさん」?)としては返事のしようがありません。「俺たちはどうせ間もなくいなくなるから、あとは勝手にやってくれ」と、それでは話になりません。ところが、話には続きがあります。
 たとえば「リーダー」論では、毎年コロコロ首相が変る「リーダー不在」を嘆くよりも、誰が首相だろうとたいして変らない安定した日本の政治体制を、自慢したっていいではないかという視点が出てきます。今の若者の自己満足度は決して低くないという調査結果も出てきます。では「おじさん」たちの罪とは何でしょうか。この本でもっとも注目すべきは「2040年の日本」はこうなると予測している部分だと、私は思いました。

よみがえる新宿西口地下広場と大木晴子さん

 先日の老人党護憲プラスの例会「サロン・ド朔」では、大木晴子さんをゲストに迎えました。1969年に「70年安保」の先駆となった「西口フォークゲリラ」の歌姫だった人です。この6月に当時の記録とDVD映像がセットになった「1969新宿西口地下広場」(新宿書房・3200円)が大木さんの自費出版で発売予定で、予約の受付が始まっています。
 お話を聞く前に、本に添付するDVDの前半部分を試写して見ました。製作監督・大内田圭弥、モノクロ84分のドキュメンタリー映画で、1970年に一度だけ日本テレビの深夜帯に放送されたことがあるという、幻の記録映画です。画面には当時20歳だった大木(当時は山本)晴子さんの姿があり、その歌声が流れます。そして圧倒的なのは、広場のあちこちで交わされる出会った者同士の討論の熱気でした。当時の技術で音声同時録音の撮影をしているのは、驚くべきことです。
 大木晴子さんは、出版の趣旨を「今この映画が歌いたがっていると思った」と語りました。目ざめた群集が新宿西口で自分たちの力が盛り上がるのを感じた。そして「夜明けは近い」と歌ったのです。日本に初めて生まれた自然発生的な「民衆の広場」だったと言えるでしょう。その伏線には、ベトナム戦争に反対する市民連合「べ平連」の活動がありました。
 その直系の娘だった晴子さんが、フォークゲリラの輪の中心へと導かれたのは、自然な流れだったのかもしれません。キリストの前に海が開いたように、大群衆の中に自分を通すための道が開いたという体験談を聞いたことがあります。歴史の中で何かの役割をする人には、そのような瞬間があるのでしょう。
 西口広場は、やがて「西口通路」と名称を変えられ、動員された機動隊によって「立ち止まってはいけない」規制がかけられました。フォークゲリラの指導者たちは次々に「道路交通法違反」で検挙され、大木晴子さんも3泊4日の拘留を経験させられることになりました。こうした運動の中での結婚から現在に至るまでの晴子一代記は、そのままで一つの文献になるでしょう。次の仕事としての執筆をお勧めしたのですが、どうなるでしょうか。
 それにしても、自身で言うように「壁をつくらない、誰とも心でつながる」ことのできる人がらは、社会活動家として、かけがえのないものです。そして目指しているのはただ一つ、「人間を大切にし、あらゆる戦争に反対する」ことです。この人と知り合えたことは、私の後半人生の大きな収穫でした。
 きょうは土曜日。午後5時からは新宿西口の地上で、そして6時から7時までは地下広場西口交番前で、いつものように反戦スタンディングに立つ大木晴子さんの姿があるでしょう。

ブログ連歌(370)

7379 ガス抜けば シェールの神様 怒り出す (八っつぁん) 
7380  臆面もなく 武威を誇示して (うたのすけ)
7381 頬伝う 涙で支持を 得られるか (うたのすけ) 
7382  韓流ドラマ 根強い人気 (建世)
7383 官邸は 朝日のスクープ 迷惑顔
7384  調書が短所を つついて出るとは (八っつぁん)
7385 官邸に 厚木大飯の 逆風(さかさかぜ)
7386  米機沙汰なし 治外法権 (八っつぁん)
7387 大飯追う 訴訟の準備 女川も (八っつぁん)
7388  援軍よろしく 四方より来たりて (キューピー)
7389 草の民 脱原発へ 勇躍す (みどり)
7390  神の御加護が ありてこそ成る (キューピー)
7391 大飯では なんと原発 稼働とは
7392  三権各自 それぞれ勝手 (うたのすけ)
7393 最近は 海さえキノコを 生やすとか (八っつぁん)
7394  やがて降るのか あの鉄の雨 (建世)
7395 今のよな 狂歌の浮き世の 穢土を去り
7396  行きたや歌聖 坐す浄土へ (キューピー)
7397 両陛下 足尾の訴状 ご閲読
7398  真の文明は 人を殺さざる (キューピー)
7399 近代化 陰に公害 底知れず (みどり)
7400  太古の時代に 想いを馳せる (キューピー)

「民主平和」と「三原則」の小旗

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「民主平和」と「三原則」の小旗を作ってみました。
サイズは30×20センチで、四隅に紐通しのハトメをつけてあります。
適宜のポールにつけて手旗としても、吊るしても、
また、ゼッケンとして身につけるのにも使えます。
ご希望の方には、2枚一組1500円で販売いたします。
ご注文の方法は「著作などの販売について」をご覧下さい。

大飯原発差し止め訴訟に見る「人間あっての電力」か「電力あっての人間」か

 大飯原発差し止め訴訟で福井地裁が出した判決は、憲法に定める人間の生存権と、人間生活に必要な電力の供給方法について、前者の価値を優先させた一種の思想裁判と見ることができる。もちろん電力が要らないと言っているわけではない、今の大飯原発の安全対策では万全と言えないから、稼働させるべきでないという判断を下したわけだ。
 その判断の基準として、現行の「新規制基準」に適合していれば合法という機械的な政治手順に従うのでなく、原発の現状が本当に人間の生存を脅かさない安全性を備えているかどうかを、裁判所として綿密に考慮した結果の判決であるところに価値がある。過去の基準は「想定外」による破綻の連続だった。新基準にも信頼できない弱点が内包されている。破綻した場合の災害の大きさからして、稼働させるのは相当でないと結論した。
 原告側からすれば「よく言ってくれた」と思える判決で、原発推進で固まっている政府・経済界にとっては衝撃だろう。しかし被告の関西電力は、直ちに控訴するとしているし、政府も「新基準に適合したら再稼働」の方針は変えないと表明している。ちょうどこれは、アメリカ軍の駐留は憲法に違反するとした伊達判決に似ているように思えてきた。憲法を素直に読めばその通りだと、久しぶりの青空を見たような気がしたものだ。
 伊達判決では、当時の最高裁判所長官の田中耕太郎が、直ちにアメリカと連絡を取り、「善処」を約束したという記録があるそうだが、この「樋口判決」はどうなるのだろう。上級審へ行くほど「高度な政治判断」が働くことは予想されるが、まともに考えればこうなるという金字塔として、長く歴史に残るかもしれない。
 おそらく裁判だけでは国は変らない。しかし「人間あっての電力」と思うか、経済に不可欠な電力のためには人間の生命や健康は多少は犠牲にしてもいいとあきらめるのか、どちらがいいかを国民が選ぶ判断の材料にはなる。今すぐには政権を変える方法はないが、意思表示だけなら誰にでも今すぐできる。反・脱原発の運動にとって、大きな力になるだろう。

原子力ムラ境界線上の「哲人(アホ)対話」を聞く

 昨夜は大岡山の東工大蔵前会館で行われた表題のネット中継を、ナマで聞いてきました。ミスター・エネルギーシフトとして知られる飯田哲也氏(環境エネルギー政策研究所長)と、東京工業大学の助教で自称・原発右翼の澤田哲夫氏との対話です。なぜか(アホ)の注釈がついて「女子大生の素朴な質問に答える」ことになっていました。フェイスブックで発見し、早々と傍聴を申し込んだのですが、聴衆はわずか数名でした。内輪のフレンドリーな雰囲気で本音を語らせる趣旨のようです。
 内容は決してアホではありません。最初の話題は「美味しんぼと鼻血」でした。飯田氏の第一声は「大人げない騒ぎだね」でしたが、問題の根本は「信頼できる情報がない」ことです。当初の高線量被曝については調査が間に合わず、以後の低線量被曝についても統一した基準がなくて、情報操作の疑いが消えません。甲状腺ガンの手術についても、福島医大でのみ行われて情報が閉じている。チェルノブイリでは標本を保存して遺伝子レベルの解析が公開されているのに、福島ではどうなっているのか、触れてはいけないような空気が出来ているという指摘もありました。
 総じて飯田氏が問題を提起し、澤田氏が「誰が言ったんですか、裏づけデータはあるんですか」と突っ込みを入れる場面が多かった印象でした。原子力ムラの、とくに官僚の部分については、飯田氏の感想は実地に経験を重ねている説得力がありました。核燃料リサイクルといった官が主導の巨大プロジェクトが次々に失敗に終っているのは、予算と権限を握っている官僚が自分の責任範囲のことしか考えず、事業の全体を見通していないからだというのは、おそらく当っているでしょう。その同じ路線で、今は原発の再稼動が、自動運転のように着々と進められています。
 原発の再稼動については、飯田氏はエネルギーシフトで一貫していますが、澤田氏は「6〜7割は動かして廃炉費用を稼がせる」と主張していました。また、中国が次世代型の安全性の高い原発の開発に成功したとも語っていました。アメリカは潜水艦用の小型原子炉では進んでいるが、発電用原子炉では、むしろ遅れているということです。
 今後の原発の廃炉については、福島第一は「事故処理」であって「廃炉」ではない、という点で一致しました。チェルノブイリは爆発で核燃料は飛散し、スリーマイルではメルトダウンして圧力容器の中にあったのですから、圧力容器を貫通した(と見られる)福島の事故は、世界に前例がないのです。40年やそこらで解決できる問題とは思えない、場合によったらその場で覆って封じ込めるしかないかもしれないという飯田氏の見解に、澤田氏も反論しませんでした。
 2時間弱の対話は以上で終りましたが、今後の日本で重要人物になるであろう飯田哲也氏の発言を間近で聞けたのは収穫でした。この対話中継は今後も続きますかと事後に質問したら、「月に一回ぐらい」という声が聞こえたのですが、果たしてどうでしょうか。

グレーゾーンの公明党

(熊さん)安倍内閣の憲法解釈談義で、意外に注目されてるのが公明党みたいですね。
(ご隠居)一応は平和主義だから、簡単に「はいわかりました、憲法の解釈変えましょう」とは言いにくいんだな。本家の創価学会が憲法9条は守る立場だしね。支持者の動向も気にしてるわけだよ。
(熊)今は自民党が強いんだから「いやならいいよ」って押し切りそうなもんだけど、公明党には案外低姿勢ですね。
(隠)本音では早いとこ連立を打ち切って維新あたりと組んだほうが、政策的にはやりやすいだろうが、何せ公明党は固い組織票が魅力だから、なるべく手もとに置きたいだろう。今でも参議院では公明党を足さないと3分の2になれないから、簡単に手を切るつもりはあるまい。
(熊)そう言や、自公の連立って、もうずいぶん歴史が長いですよね。
(隠)そうだよ、細川内閣のあと、少数になった自民党が、政権に返り咲きしたい一心で社会党に抱きついて作ったのが村山内閣だった。その時代に地下鉄サリン事件とか阪神淡路大震災とかの不運な事件もあったが、この自社連立で、社会党はすっかり力を吸い取られてしまったんだ。その当時から、自民党が狙っていた「本命」は公明党だったと言われてる。そして、それが実現したのが1999年からだったんだよ。
(熊)それから15年、民主党への政権交代でも、自公の協力は続いてたんですよね。
(隠)あのときの民主党は自信過剰になっていたから、公明党を取り込む工作をしなかった。自公はまとまったままで、政権を復活したわけだよ。それでも公明党には、保守党にはなれきれない部分がある。国民福祉や平和を大事にするという理念があるからね。それを生かして、自民党政権を内部から牽制するという立場が、伝統的にあるんだよ。
(熊)それが防衛の問題でも出てくるわけですね。
(隠)そう。憲法の解釈を変えなくても、今までやってきた「自衛」の考え方で出来ることがあるではないか、そのグレーゾーンから議論しませんか、というわけだ。自民党も、どうやらそれに乗りそうなんだよ。
(熊)与党のグレーゾーンが、防衛でもグレーですか。
(隠)それでも今の安倍政権にブレーキをかけられるのは、公明党だけみたいな構図になってきた。闇の一歩手前のグレーゾーンが頼りなんて、情けない話だが、どうもこれが現実だな。

ブログ連歌(369)

7359 ティーピーピー 不落の農協 株式化 (八っつぁん)
7359B 解釈も 噓も方便 有識者 (うたのすけ)
7360 軍事将棋で 作戦会議 (建世)
7361 解釈を 変えて意のまま 9条も (うたのすけ)
7362  やることなすこと 闇米の影 (八っつぁん)
7363 顕れる ユダ金国家に ひかりの和 (キューピー)
7364  剣より強い ペン猶ありや (建世)
7365 そういえば マレーシア機は 何処にか (獣医さん)
7366  南海の闇 行く方知れずも (建世)
7367 友垣の 投稿ありて 賑わしく 
7368  響くこころで 下の句繋ぐ (キューピー)
7369 待ちかねた 自衛の拳 振り上げて
7370  山の大将 怖いものなく (建世) 
7371 何処ゆく 夏めく空に 軍用機 (みどり)
7372  基地は許さじ 沖縄の海 (建世)
7373 飼い主の 子供かばって ネコ必死 (キューピー)
7374  集団的の 自衛権だと? (建世)
7375 駐屯地 石垣・宮古 狙いあり (みどり)
7376  誰を守るか 軍の駐留 (建世)
7377 破られし 9条前例 なに思う (キューピー) 

7378  闘い済んで 間引かれて (八っつぁん)
7379 ガス抜けば シェールの神様 怒り出す (八っつぁん) 
7380  臆面もなく 武威を誇示して (うたのすけ)

不思議な電柱

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 よく散歩で通る近所に、どう見ても道路のまん中に立っているとしか思えない電柱があります。よく見れば道路を拡幅する工事の途中だということはわかるのですが、この状態が、あまりにも長いのです。この地に越してきてから40年、その最初からでもないのでしょうが、少なくともこの20年ぐらいは、変らない見なれた風景になっているような気がします。
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 戦災で焼けていないこの近所には、意外に古い昭和初期ぐらいの町の痕跡が、ところどころに残っています。以前にも紹介したことのある「一間路地」(幅1.8メートル)は、両側が新しくなって舗装されたものの、今も同じ幅で使われています。
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 私の家の北側の道路も、一間よりは広かったものの、土の道の中央に飛び石を並べた路地でした。画面の左手前の私の家は、最初に土地の一部を提供させられて、塀を後退させました。塀ぎわにあった井戸は蓋をして、今も塀の真下にある筈です。その後、隣家もその先も、代替わりとともにアパートつきの二階家となり、次々に塀が後退して道が広くなりました。右側手前の家は、アパートつき三階ビルに建て替えるとき、提供する土地を当面は花壇として使えるように、がんばったと聞いています。
 この道は長く「車は通らない」のが暗黙のルールだったのですが、右側奥の家も建て替えになった数年前からは、ついに他所の車も通過するようになってきました。そしてこの夏には、最後に残っていた右側二軒目も建て替えに入るということです。おそらく、どこにもある3.6メートル道路が完成するのでしょう。
 都市計画とは気の長い仕事で、一本の路地を拡幅するのに40年をかけているわけです。その代わり住民には土地収用の補償金は全くありません。住民のためになる計画だからということでしょうか。しかし車が2台並ぶ道路と、両側に花壇のある道と、どちらが住民にとって好ましいか、40年の間に価値観は微妙に変っていないでしょうか。

「ある奴隷少女に起こった出来事」を読む(2)

 自由にはなりたいが、親族や知人を危険にさらさないためにはどうするか、その答えは「どこへも行かずに隠れる」ことでした。不可能と思えるこの計画を可能にしたのは、著者(作中の名前はリンダ)の祖母の絶大な信望と人脈でした。好意的な白人の夫人が、屋根裏部屋を潜伏の場所として提供してくれたのです。怒り狂った医師は懸賞金つきの手配書を配って厳重に捜索しましたが、リンダは捕まりませんでした。
 この潜伏場所で、結局リンダは19歳から26歳までの7年間近くを過ごすことになります。アンネフランクの2年1ヶ月に比べても、想像を絶する長さです。しかもその場所は最大の高さが90センチしかなく、立つことも歩くこともできない空間でした。リンダはやがてニューヨークへ行ったと信じられるようになるのですが、警戒は厳重に、秘密は最後まで守られました。リンダを守ろうとする人々の高い倫理性が、奇跡のような秘密の保持を可能にしたのでした。窓がなく、板を切り抜いた1インチ角の穴からしか外の見えない逃避生活の明け暮れのうちに、リンダは少女から大人への青春の時期を過ごしたのです。
 この7年のうちに、著者の記憶は反芻されて確実なものとなり、また奴隷制度の不条理に対する怒りが思想として固まったために、この自伝を書く力が育てられたのであろうと解説者は書いていますが、まさにその通りでしょう。艱難辛苦は、一人の奴隷少女を、作家・活動家に変えたのです。壁の穴から自分の二人の子供が育って行く姿を見ることはあっても、潜伏中はついに腕に抱くことができずにいたのでした。
 その後リンダは奴隷解放地下組織の力を借りて脱出し、海路でニューユークにたどりつきます。ほぼ自由人として暮らせるようになり、イギリスへの旅も経験して、人種差別制度のない国で暮らすことの晴れやかさを実感しました。しかし二人の子供は依然として故郷で奴隷として医師の支配下にあり、州を超えて脱出したリンダ自身にも、「逃亡奴隷法」により身柄を拘束されて持ち主に返還される危険は続いていました。でもリンダにはもう「自分を買い取る」気はなく、権利としての自由を求め続けたのですが、医師の病死と相続を機会に、周囲の好意によってリンダと二人の子供たちは1900ドルで購入され、自由人になることができました。1897年に娘に看取られながら84歳で没したとのことです。この本を書いたことで、名声も富も得ることは全くありませんでした。
 以上がこの本の概要です。遠い昔のよその国の出来事です。でもこの本から与えられるのは、ナマの人間のリアリティーです。人間はさまざまな不合理なルールを作り出しますが、アメリカの奴隷制度はその最たるものでしょう。人種差別の廃止は現代の常識になりましたが、まだ記憶にある過去に、アメリカという国とその国民がこの極端な人種差別の制度を保持していたことを、忘れることはできません。
 人種という差別は目に見えやすいものですが、混血して4分の1、8分の1が黒人の系統でも奴隷という時代が、現実にあったのです。その不条理さはアメリカを変えましたが、差別とは人種だけの問題でしょうか。新自由主義が支配する現代には、金力の強弱によるさまざまな身分格差が生まれてきています。同じ民族の間でさえそうなのですから、国家や民族が違えば、偏見と差別の種は尽きません。それらの差別を超えたところにある「人間の尊厳」を描いたのが、この本でした。

(追記・この本は中野区立図書館から借りました。本日返却します。)

「ある奴隷少女に起こった出来事」を読む(1)

 先日「村野瀬玲奈」さんのブログで紹介されていた、気になる本を読んでみました。およそ150年も前に発行されたものの長く忘れ去られていて、近年に再発見されてベストセラーになっているというハリエット・アン・ジェイコブズ著、堀越ゆき訳の「ある奴隷少女に起こった出来事」(大和書房・単行本)です。6歳のときに自分が奴隷であることを知った少女が、あらゆる苦難を超えて自らの意志で「人間の尊厳」を確立した半生を、詳細に記録したものです。
 物語の内容は信じられないような波乱に富んでおり、覆面の小説家による創作と思われていたものが、じつはすべての登場人物が実在であることが検証されて、真正の自伝であったことがわかりました。奴隷制度とは何であったのか、それは人間の良心をどれほど歪めたかを教えてくれる第一級の歴史資料となりました。そしてさらに「人間が人間であることの条件」を深く考えさせる文学作品として評価されるようになったのです。この本を読んだ女性は、「もっと早く読んでいたら、私の人生は変ったのに」と思ったそうです。
 この本の現物を読まないかもしれない人のために、内容の概要を紹介しておきましょう。著者は南部の医師であり農場主でもある主人に仕える奴隷の娘として生まれました。祖母の代から白人にも信頼される「良い黒人」の家系であり、祖母は黒人と白人との混血でした。奴隷の所有者である男性が奴隷の女に子を生ませるのはよくあることで、生まれた子は母親の属性を引き継ぐ、つまり奴隷の身分となります。白人の男は、自分の子である混血の奴隷を、いつでも所有物として売りに出すことができました。ここから白人社会に深刻な倫理の問題が起こり、白人の妻の嫉妬もからんで家庭を混乱させる、そんな時代でした。
 著者が10代にまで育つと、その賢さと容姿が気に入られて、著者は医師から執拗に誘惑されるようになります。しかし著者には祖母や母から受け継いだキリスト教への厚い信仰心があり、真の愛で結ばれる結婚へのあこがれがありました。賢く立ち回りながら、白人の約束は決して信用できないこと、奴隷という物品扱いされる立場は絶対に容認できない身分であることを学んで行きます。しかし医師の執念は、奴隷所有者という絶対優位の立場を駆使して迫ってきます。
 自身と家族の安全を守るために、著者が選んだ最後の奇策は、理解ある独身の白人紳士に近づいて、その人の子を妊娠し生むことでした。医師は怒って著者を売り飛ばすだろう、それを紳士が買い取って自由にしてくれるという算段でした。しかし医師の執念は深いものがありました。もはや金の問題でもなく、著者を生涯を通して所有する奴隷の身分にしておくことが目的となったようでした。所有物であるからには、誰からも売却を強制することはできないのです。
 著者はここで生涯の決断をします。自由を求めての逃亡を決行することにしました。当時、北部には自由州があり、そこへ向けての逃亡は、南部で頻発していました。しかしその多くは失敗して捕らえられ、凄惨なリンチを受けて、より悲惨な境遇に落とされていました。著者には安定して暮らしている親族が多いだけに、迷惑をかける失敗は絶対に許されなかったのです。

集団的自衛権って何だ

(熊さん)ご隠居、ゆうべの「集団的自衛権」ってやつ、見てたんでしょ。
(ご隠居)ああ、ちょっと出かけてたが、テレビも見たし新聞も読んだよ。
(熊)やっぱし、周辺が物騒だから備えておけってことですかね。
(隠)お前さんもそう思うかい。でもなんか変だと思わないかい。海外で紛争があって日本人を助けてくれたアメリカの船が攻撃を受けたら、日本の自衛隊が反撃できないのはおかしいだろう、みたいな議論をしてるんだ。あるかもしれない事態をあれこれ想像で作り上げて、それに対処するにはどうするってやってるわけだよ。これは丸っきり軍人の発想なんだな。軍人は戦うことが本業だから、敵がこう出てきたらこっちはこうするとか、図上演習でいつも考えてるわけだ。その軍事オタクの議論を、日本中に広げてやってるわけだよ。これって、かなり宣伝臭くないかい。
(熊)そうですね。備えてないと大変だぞって、国民の意識を変えたがってるのかな。
(隠)この議論の元になったのが安倍政権お抱えの安全保障懇談会ってやつだが、これからいろんな脅威が増えてくる、それでアメリカとの同盟が強化されるって前提で対策を考えたわけだ。その用意された土俵に国会も国民も乗っけて、さあどうぞ議論して下さいったって、前提条件を変えたら、何でいまそんなことを議論しなくちゃいけないんだって立場もあるわけだよ。その冷静さを、みんながなくしてしまうのは危ないと、わしは思うな。だいたい自衛隊が武器を使うとか使わないとか、あらかじめ決めておくことが日本の利益になるのかな。抑止力というのは、相手からわからない部分を残しておくことで効果がある場合も少なくないんだよ。日本が平和国家ということは世界に知れている。その自衛隊は、文字通りに自衛の実力はあるが、国際紛争に参戦する軍隊ではないという原則を守った方が、よほど信用されるだろうよ。
(熊)うーん、その方が日本らしくて格好いいですよね。
(隠)そこで、集団的自衛権ってものの危険性を考える必要があるんだ。どんな理屈をつけようが、自衛隊が同盟国に同調して第三者との戦闘を始めたら、それは相手にとっては日本が「敵国」になったことを意味する。敵国になったら、相手からどこを攻められても文句が言えなくなる。海外の戦闘で日本の本土が危険になることも考えなくちゃいけなくなるんだ。軍人の頭で考えたら、日本はどんどん重武装しなければならなくなるだろうさ。
(熊)それって日本の憲法の正反対ですね。
(隠)そうだよ。だから原則が、第一歩が大事なんだ。軍事将棋の盤面ばかり見てたら国を誤るぞ。

藻谷浩介の講演「里山資本主義・アメリカ型資本主義との訣別」を聞く

 民主党・長妻昭議員主催の時局講演会を聞いてきました。自分のメモ代わりに要点だけ書いておきます。
 まず、藻谷氏の唱える「里山資本主義」とは、資本主義の一種ではあるけれど、アメリカ型の自己責任による利益追求、資本集積型の新自由主義とは方向性が違うのです。人間の関係性を重視し、資本を円滑に循環させて、場合によっては物々交換までも活用して、過大な資本を死蔵することなく自立的な経済圏を作り上げるという考え方です。
 日本の未来像については、人口構成の変化に伴う必然的な少子高齢化を予測していました。老齢人口の扶養負担がピークに達する2040年を、蓄積の取り崩しと相互扶助で乗り切るしかないのです。そしてその先に、新しい安定した人口構成の時代を迎えることができます。それにしても、経済格差の縮小を急がなければなりません。
 きょう聞いた中でもっとも衝撃的だったのは、今の日本では毎年およそ100万人の子供が生まれるが、同時に毎年約50万件の妊娠中絶が行われており、その大半は結婚している夫婦によるという話でした。出生率の回復が叫ばれていますが、安心して産める環境づくりこそが急務だということです。

孫崎享の「小説・外務省〜尖閣問題の正体」を読む(3)

 石原都知事の尖閣買取り発言に対し、野田政権は政府の直接買い取りによる国有化で対抗しました。石原都知事の主導で尖閣に施設を作るなど、突出した行動に出られることを警戒したのだと思います。これは私にも妥当な判断と思われました。しかし中国側としては、これを日本が国内法によって所有権を確定させる「棚上げ合意に反する現状変更」と受け取ったようです。このとき事前に「石原氏の行動に不安があるので形式上の国有化はするが、これは『領土問題は棚上げにする』という国家間の合意を確実にするためなので、理解して欲しい」といった説明をしておけば、事態は沈静化したかもしれません。
 しかし外務官僚が用意した答弁は、すでに「尖閣棚上げ合意は存在せず、尖閣は日本の固有の領土であるから問題はない」で固まっていました。前原外務大臣時代の「国内法を適用する」路線が引き継がれたわけです。これで中国との対立は決定的になり、「問題は存在しない」と言っているのですから、話し合いの糸口もなくなりました。
 「尖閣問題の正体」は、以上で尽きます。ただしこの本は小説ですから、少しだけ未来のシミュレーションが入っています。「日本が一方的に棚上げ合意を破棄した」という口実を与えたことは、中国が必要と感じる任意のときに、日本を攻撃できる可能性が開けたということです。中国の政権内部で語られる架空の会議では、尖閣での小競り合いから海戦、空戦、ミサイル戦へと拡大する過程を論じています。日本ほどミサイル戦に弱い国はありません。このときアメリカ軍は参戦しないでしょう。「局地戦に限定する」合意が、米中間でできているからです。
 日本の隣国であり巨大な市場でもある中国と、協調的であるのと対立的であるのと、どちらが有利かは論じるまでもないでしょう。しかしアメリカの世界戦略から見れば、中国を封じ込める最前線の位置になります。かつては北方領土がソ連に対して尖閣と同じ位置にありました。鳩山一郎首相のとき、2島返還で平和条約の締結直前まで進んでいた交渉は、アメリカの圧力で中止させられました。政治、経済、情報を他国に支配されている国の「国益」を守るのは、難しいのです。
 いつもトラックバックなどで貴重な情報を寄せて下さる「マスコミに載らない海外記事」さんは、日本にとってのアメリカを単に「宗主国」と呼んでいます。ならば日本はアメリカの植民地ですが、現代の植民地は国民の移住を必要としないのです。政治、経済、情報の支配さえ確立しておけば、思うように利益をあげることができるのですから。
 さて、この本を読んで、私はこんなことを考えました。アメリカ政権の正体とは何なのでしょうか。アメリカ国民を代表する権力と言えるのでしょうか。どうも違うようなのです。周知のようにアメリカ政権の中枢にいる人たちは、グローバルな資本と企業(軍部も一種の企業です)の支配者と同一の人物です。アメリカ国民の幸福よりも、もっと優先順位の高い目的のために精励しているのではないでしょうか。それは言うなれば「地球上の全人類と資源の完全支配」です。そのためには、自由と民主主義と平和が障害物になる場合もあるのです。
 この文脈でなら、日本の国民は、アメリカの国民とも連帯できるのかもしれません。

ブログ連歌(368)

7339 銃社会 インターネットで 直輸入
7340  スリーD汝に 罪はなかれども (八っつぁん)
7341 おい八っつぁん お前の話題は いつも闇
7342  もちっと明るく 前向き仕立てに (キューピー)
7343 連歌の座 互いにゆずり 出過ぎずに
7344  歌のかがやき 頃合いの妙 (みどり)
7345 五七五で 遊び心の 受け渡し (建世)
7346  七七で受け こんなのいかが (ひさ江)
7347 諭されし 連歌の妙に 感謝しつつ
7348  皆でかがやく よろこび祈る (キューピー)
7349 歌壇には 遠きも続く 友の垣 (みどり)
7350  歌壇に遠くも 愚直に励む (キューピー)
7351 悪いのは 見ても聞いても アノ国と (うたのすけ)
7352  思えど今は 複眼で見る (建世)
7353 かの国には 闇と光が 住むという (八っつぁん)
7354  この国当面 ヤミばかりなり (建世)
7355 ネタニヤフ マスゴミさんには 腫れ物か
7356  膿が出そうで 繰り上げご帰国 (八っつぁん)
7357 メッツ戦 マーくんありがと 初初初
7358  国民レベルで 日米親善 (キューピー)
7359 ティーピーピー 不落の農協 株式化 (八っつぁん)
7359B 解釈も 噓も方便 有識者 (うたのすけ)
7360 軍事将棋で 作戦会議 (建世)  
 

孫崎享の「小説・外務省〜尖閣問題の正体」を読む(2)

 周知のように尖閣問題は、当時現職だった石原慎太郎東京都知事のアメリカでの発言から始まりました。アメリカ政権のブレーン機関とされるヘリテージ財団での講演の中での発言です。だからといってこれをアメリカが言わせたわけではありません。ほかの各種の工作とも共通ですが、常にアメリカと通じる日本の人脈を通して働きかけるのです。アメリカの要人から声がかかると、実力者であるほど喜んで会見に応じます。それが立身出世に役立つことを知っているからです。
 この尖閣購入発言は、アメリカ政府筋にとっては望外の成果でした。「そこまで言ってくれるとは思わなかった」と、直後のパーティーは祝杯をあげる雰囲気だったと著者は表現しています。当時の民主党政権は、すでに鳩山・小沢内閣は崩壊し、菅首相を経て野田首相に交代していました。
 政権交代の直前、民主党の長妻昭は著書「闘う政治」の中で「手綱を握って馬に乗れ」と書いていました。馬とは、もちろん日本の官僚組織のことです。この「馬」は、一瞬はたじろいで新しい御者に適応する素振りも見せたのですが、半年や一年で変身するわけもありません。普天間移転問題を逆手にとり、外務省、防衛省は総力をあげて抵抗し、「金脈問題」で鳩山・小沢の足元を掘り崩し続けた相乗効果によって、鳩山・小沢の追放に成功しました。その教訓を見ていた菅にも野田にも、あとは旧勢力との調和で延命をはかる以外の選択肢がなくなりました。
 尖閣問題には、島の購入以前に「漁船衝突事件」という伏線がありました。違法操業していた中国の漁船が停船に応じず巡視船に体当りしてきたので、船を拿捕して船長を逮捕したというものです。これに中国が猛烈な抗議をしてきたため、結局は処分保留のまま釈放するという、あいまいな結果になりました。当時の前原外務大臣は「日本の国内法を適用した」と説明しましたが、これは日中間の漁業協定とは矛盾していました。尖閣周辺では互いに自国の漁船を統制し、違法な操業があれば制止して領海の外に出るまで監視することで了解していたからです。
 しかし当時は海上保安官が撮影したビデオ映像の流出だけが大きな話題になり、漁業協定による慣例のことにふれる報道はありませんでした。私も小さな新聞記事で一度見ただけです。大手の論調は中国に対する強硬姿勢で染まっていました。この問題に関しては、孫崎氏の本には2010年の2月にキャンベル国務次官補が前原氏と小沢氏に相次いで会った話が出てきます。アメリカが「小沢切り」を決め、対抗勢力の育成へと舵を切った時期と一致するというのです。 
 尖閣問題は、日中国交回復の時点から長い間「棚上げ」されていました。アメリカは射爆場として使用していたのを沖縄とともに返還したものの、「領有権としては中立」の立場をとり、日本は実効支配を続けてきました。これは日本としては有利な状況でした。問題は、中国が台頭してきた今、この状態をいつまで維持できるかということなのです。
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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
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→著作などの紹介と販売について
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