志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2014年10月

教育勅語を深堀りしてみた

 昨日の「教育勅語」の記事に「花てぼ」さんからコメントをいただいた。以前に書道展での経験から調べてみたことがあるそうで、2011年2月28日にブログ記事を書かれている。そこに掲載されていた「12の徳目の訳文」というのが、なかなかよかったので、そのまま転載すると……

1 親に孝行をつくそう(孝行)
2 兄弟・姉妹は仲良くしよう(友愛)
3 夫婦はいつも仲むつまじくしよう(夫婦の和)
4 友だちはお互いに信じあって付き合おう(朋友の信)
5 自分の言動をつつしもう(謙遜)
6 広く全ての人に愛の手をさしのべよう(博愛)
7 勉学に励み職業を身につけよう(修業習学)
8 知識を養い才能を伸ばそう(知能啓発)
9 人格の向上につとめよう(徳器成就)
10 広く世の人々や社会のためになる仕事に励もう(公益世務)
11 法律や規則を守り社会の秩序に従おう(遵法)
12 国難に際しては国と天皇のため力を尽くそう、それが国運を永らえる途(義勇)

となっていて、花てぼさんは「イイジャ−ン!」と思ったということだ。
 ところが私は、この程度のことさえ先生に教えてもらった記憶がないのだ。そこで気になって学校の「修身」では、いったい何を習っていたのだろうとウィキペディア程度で調べてみた。すると私の在学当時は「国定教科書」で習っていたことがわかった。その5年生あたりで「教育勅語」の解説も教えることになっていたらしい。しかし集団疎開などで学校も混乱期になっていたから、修身の授業は重要視されていなかったのかもしれない。
 ただし学期末の「通信簿」では、「修身」は常に全教科のトップに据えられていたのを覚えている。授業の内容は「偉い人の話」が多かったので、国語の授業と似ていて、印象が薄いのではないかと思われる。その他、ふだんの素行も評価には加味されたのだろう。要するに先生に叱られる回数が多ければ、修身の点が下がるというのが一般的な理解だったと思う。
 私にとっての「修身」は、必ず「優」に決まっている、あまり大事でない教科という認識だった。しかし今回「教育勅語」を読みなおして、安倍晋三クンにぜひ教えておかなければならない徳目があるのに気がついた。それは「常に国憲を重んじ」というところだ。ここはぜひケンケンフクヨウしなければならない。今のままでは、安倍クンの修身は「不可」である。
(註・「拳拳服膺」は、両手で胸の前に捧げ持つことで、「心して尊重する」姿です。)

10月30日で思い出した「教育勅語」

 ブログに何を書くか迷ってカレンダーを見たら、10月30日だった。「明治23年10月30日、御名御璽」というと、校長先生が読み上げる「教育勅語」の末尾である。これを聞くと、ずっと頭を垂れて終りを待っていた生徒たちは、たまっていた鼻汁をすすり上げるとともに、一礼して立ち直るのだった。私の小学校(国民学校)時代には、各学期の始業式には、必ずこの「教育勅語奉読」があった。
 何度も聞かされたから、私の前後から上の世代の人たちは、その文言の大半を覚えている。ふだん意識していなくても、一部分を聞くと、その続きがすらすらと出てきたりする。老人ホームで式典歌などの古い歌を歌ってみるボランティアをしたとき、この教育勅語も好評だった。記憶力のテストにもなり、懐メロの一種として、充分に使えることがわかった。その全文を掲げてみる。ただし私の「おじいちゃんの書き置き」からの引用で、現代かなづかいとし、一部の漢字はかなに変えてある。

 教育に関する勅語
朕おもうに我が皇祖皇宗国をはじむること宏遠に徳を樹つること深厚なり 我が臣民よく忠によく孝に億兆心を一(いつ)にして世々その美をなせるはこれ我が国体の精華にして教育の淵源また実にここに存す なんじ臣民父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し朋友相信じ恭倹己を持し博愛衆に及ぼし学を修め業を習い以って智能を啓発し徳器を成就し進んで公益を広め世務を開き常に国憲を重んじ国法にしたがい一旦緩急あれば義勇公に奉じもって天壌無窮の皇運を扶翼すべし かくの如くはひとり朕が忠良の臣民たるのみならずまた以ってなんじ祖先の遺風を顕彰するに足らん
この道は実に我が皇祖皇宗の遺訓にして子孫臣民のともに遵守すべき所 これを古今に通じて謬(あやま)らずこれを中外に施して悖(もと)らず 朕なんじ臣民とともに拳々服膺してみなその徳を一(いつ)にせんことをこいねがう
 明治二十三年十月三十日 御名御璽

 私が2005年にこれを引用したときは、「いちばんの問題点は日本が天皇を中心に成り立っている国家であることを、大昔から決まったこととして押し付けていることだが、それを除けば「なんじ臣民」以下に列挙されている徳目は常識の範囲と言えるものばかりである」と、かなり好意的に紹介している。
 しかし少年期の記憶でも、教育勅語が自分の行動の規範になっていたなどということは全くない。先生から勅語の内容をわかるように説明されたこともなかった。それでも学校にとっては便利な道具だったことだろう。行事のたびに、お経のように読み上げていれば「教育」したことになっていたのだから。
 安倍政権は、義務教育での「道徳の教科化」を図りたいそうだが、現場教師に今以上の困惑と負担をかけないように、教育勅語を年に三回朗読して聞かせることで代用するといいかもしれない。格好がつくし、おそらく実害が少ないだろう。

「自衛隊・この国営ブラック企業」を読む(3)

 報道によると、自衛官の「教育訓練中の事故死率」は、消防士の3倍、警察官の7倍に達している(東京新聞2014年7月6日付)とのことです。その内容を詳しく見ると、自衛隊での訓練中の事故死のほぼ半数は「持続走訓練中」に起きています。自衛隊員の持続走とは、武装して野山を走ることで、これには旧日本軍の「突撃訓練」以来の伝統があります。海軍兵学校でも、この訓練がいちばんきつかったという手記を読んだことがあります。
 銃剣をつけた日本軍の突撃は、中国戦線では中国兵の恐怖の的でした。しかしアメリカ軍の優勢な火力の前では無力で、のちにバンザイ突撃と呼ばれる玉砕の代名詞になりました。朝鮮戦争を取材した記事で「アメリカ軍は戦場では走らない」ことに驚いたというのを読んだ記憶があります。掩護を確かめながら慎重に前進するのが基本なのでした。戦闘に体力が必要なのはもちろんですが、著者の小西氏は、精神主義が先行して、緊急救命医療態勢がおろそかになっているのではないかと疑問を呈しています。
 自殺者については、20代から40代で、階級では下士官に当る「曹」が最多を占めています。もっともこの階級は実人数も多く、定員充足率は100%を超えていて、ヒラの兵隊に当る「士」の不足とともに階級構成のアンバランスを招いています。自衛隊の自殺者の統計は、一般国民の平均に比べると1.5倍ほどですが、一般では60代以上の高齢者が多いのに対して、自衛隊では若年者の自殺が多いのが目立ちます。隊内での生活にストレスの多いことが想像されます。
 最近はネット上に、全裸で縄で結ばれた複数の男性が並んで立たされている写真が「自衛隊で訓練中の隊員」として出回っていました。本当に訓練中だったのか「私的制裁」の一部だったのか詳細はわかりませんが、白昼の野外でこのように醜悪な場面があったとは、常識の通用する社会では、ありえないことです。「国営ブラック企業」の強烈な宣伝材料になってしまいました。
 このほか歴史的に重要な出来事として、「保安隊」から「自衛隊」になったときの「再宣誓」の説明がありました。1954年に、それまで国内の治安維持を目的としていた「保安隊」が、国防を任務とする「自衛隊」に組織変えされたとき、初めて「危険をかえりみず」の賭命義務を含む宣誓を、全隊員に求めることになりました。このとき、防衛大学校在学生を含む6300名が退職しています。これは当時の全体の5%に近い人数に当りました。当時の吉田茂首相は、それだけの手続きを踏んだのです。
 自衛隊が、自衛隊法に基づく「わが国の独立と安全を守る」目的を超えて、同盟国のために海外でも戦える組織に変るのであれば、当然に隊員の同意による「再宣誓」を求めなければなりません。そうでなければ隊員の「目的外使用」になります。その手続きもせずに命令を下せば、自衛隊内のモラルはさらに荒廃をきわめるでしょう。隊員の募集はさらに困難になるのが目に見えています。
 自衛隊が「ブラック企業」のままで、日本が「戦える国」になど、なれるわけがありません。

「自衛隊・この国営ブラック企業」を読む(2)

 自衛隊は朝鮮戦争に対応してアメリカ軍の要請により急造された「警察予備隊」が元祖です。当時はまだ戦後数年しか経過しておらず、応募者の大半は旧軍の経験者でした。この人たちが順次昇進して「保安隊」から「自衛隊」へと続いているのです。旧日本軍の雰囲気を引き継いでいるのは、ある意味で自然な流れだったかもしれません。もちろん「軍部の独走」を繰り返さないための「文民統制」の原則はありました。しかしこの文民統制はしだいに骨抜きとなり、今や現場とは縁の薄いトップ人事の建前だけになりました。
 ところで著者の小西氏が「ブラック企業」と呼ぶ理由は、税金を使う派手な宣伝で人集めをするが、入ってみれば人権無視のタテ社会であること、残業代なしの拘束時間が長いこと、「曹」以上のプロになるつもりのない「士」にとっては2年ごとの有期契約であること、プロになっても若年定年制のために人生設計が立たないことなどを指しています。隊員には団結権も団体交渉権もなく、不満があっても内部告発の制度は非常に限定されています。
 考えてみると、自衛隊は個人の成果が出しにくい職場です。平時にあっては「武勲」を立てる機会はありません。万一のために備えているのですから、ふだんは「存在自体を目的としている組織」です。究極の官僚組織と言えるでしょう。人事考課は年功序列で硬直的にならざるをえず、上の者は「決まっていることだから従え」と命令権を乱発することになります。自衛隊法も「命令への服従」を定めています。それは実力組織として当然ですが、隊内が無法地帯でいいわけがありません。
 戦後の軍事裁判で、少なからぬ日本兵が「上官の命令は絶対」と信じた残虐行為で戦争犯罪に問われました。違法な命令を拒否できる良識は、「天皇の軍隊」には存在を許されなかったのです。今の自衛隊が、著者の言葉によれば「憲法の通用しない特殊社会」で、命令に従うだけの単細胞人間を作り出す組織では、過去の過ちを繰り返すことになるでしょう。
 著者は、自衛隊の体質を抜本的に改善するには、北欧の軍隊に見られるような外部者によるオンブズマン制度が必要であろうと提言しています。自衛隊員は任官のときに「宣誓書」を読み上げますが、その第一行には「日本国憲法を順守し」と書かれています。平和国家をめざした日本には、自衛のための実力組織を作るにしても、21世紀にふさわしい理想がありえただろうと私は思います。個々の隊員が人間として尊敬される教養と良識を備え、世界のどこへ出しても恥ずかしくない人たちである、というようなことです。
 今や予算的にも優遇され、ますます存在感を増してきそうな自衛隊ですが、その内実には解体的な再建を必要とする矛盾や不合理を抱えています。増強の前に、やることがある。国民の名において、この巨大ブラック企業にメスを入れなければなりません。
(追記・この回は抽象論に傾いてしまったので、もう1回、重要な具体例を紹介します。)

「自衛隊・この国営ブラック企業」を読む(1)

 話題の新刊「自衛隊・この国営ブラック企業」(小西誠・社会批評社)を読みました。「隊内からの辞めたい死にたいという悲鳴」という副題がついています。筆者は元・航空自衛隊の自衛官(レーダーサイト勤務)でしたが、70年安保に際して自衛隊の治安出動訓練に反対する運動を隊内で立ち上げ、自衛隊法の「煽動罪」に問われました。裁判で無罪を勝ち取りましたが、懲戒免職取り消しの訴訟は却下され、現在は自ら経営する社会批評社を拠点として平和運動を展開しています。「自衛官人権ホットライン」の主宰者でもあります。
 この本は、「自衛官人権ホットライン」に寄せられる相談事例をふんだんに紹介しながら、自衛隊の内部でいま何が起こっているのかを、国民の前に明らかにしようとしています。集団的自衛権の論議などで話題になる自衛隊ですが、国策の変更によってどのようにその任務内容が変るにしても、実際に出動して必要ならば「危険をかえりみず任務を遂行」(自衛隊法で定められた賭命義務)しなければならないのは自衛隊員です。その人たちが、日常どのように暮らしているかは、一般には知られていません。
 言うまでもなく自衛隊員は国家公務員であり、雇用主は国家です。しかし他の省庁と違っているのは、任務の性質上、危険をかえりみずに行動しなければならない前提があり、常に呼集に応じられる態勢でいなければならないことです。そのため上級の幹部を除いては隊内で生活することが基本であり、結婚して自宅を持つことが許されても、それは例外であって、常に届出と許可を必要とするのです。
 こうした閉鎖的な環境ですから、そこでの人間関係は非常に重要です。職場の人間関係なら勤務時間が終れば解放されますが、隊内の生活では任務上の上下関係が、私生活にまで及んでしまうのです。その上に、隊員は上司の命令に服従することを義務づけられています。学生の体育会系でもそうですが、力関係の偏在は、指導とパワハラの区別のできない暴君を生み出す土壌になるのです。
 そこにまた自衛隊員の特殊事情がからみます。隊内のいじめに耐えられなくなって「辞めたい」と申し出ても、辞めさせてくれないという悩みの相談も少なくありません。「任期制採用」という制度があり、任期途中の退職は隊の失点になるので、有事を想定した「止むを得ない場合は辞任を認めないことがある」という規定が悪用されるのです。
 自殺者を出すような悪質ないじめで、遺書などで加害者が特定されても、上司が処罰されることはめったにありません。隊内の規律を任務とする警務隊はありますが、所詮は身内の組織であり、犯罪として明るみに出れば幹部の責任も問われる大問題になるので、極力隊内だけで納めようとする傾向は避けられません。公式の自殺原因の中でもっとも多数を占めているのは「その他・不明」です。
 小西氏が憂慮しているのは、ホットラインに寄せられる悲痛な相談が急増していることです。中間管理職に当る年代の対応力が劣化しており、自浄努力では解決を期待できないというのですが、そこには旧日本軍の暗い記憶がよみがえってきます。つまり悪名高い「内務班」の復活です。

「元原発技術者が伝えたいほんとうの怖さ」を読む

 ネット上で見かけた「元原発技術者が伝えたいほんとうの怖さ」(小倉志郎・彩流社・単行本)を読みました。著者は2002年に定年退職するまで、原発エンジニアリング(技術とりまとめ)の最前線にいた人で、基本設計から定期点検・保守の現場、原発技術者の養成・教育まで、原発のすべてを知り尽くした人ですから、書かれていることには迫力があります。民主党政権下の2012年には、国会事故調の調査員に採用され、報告書の作成にもかかわっています。
 著者は希望に燃えて原子力にかかわったものの、経験を積むにつれて「人間の限界を超える」巨大な複雑さに圧倒されるようになったと述べています。最上位の責任者であっても、全体を把握することは事実上不可能だというのです。マニュアル上の図面と記述を、現場のリアルな配管や計器、操作ハンドルなどと結びつけて全体にわたって記憶するのは、人間の能力を超えるというのです。
 放射線管理区域では、厳重な防護装備が人間の行動を制約します。区域内ではトイレを使うことはできず、一切の飲食はもちろん、呼吸を楽にして一休みすることもできません。マスク越しでは隣の人との会話も思うようには通じず、手は四重の手袋で防護されていますから、簡単な作業でも非常に難しくなります。そのように苛酷な作業環境で人を働かせるのが「近代産業」であることが不思議です。
 こんなぎりぎりの限界で動いている現場に、もし「想定外」の事態が発生したら、秩序は簡単に崩壊するでしょう。福島第一原発の事故は、まさにその「想定外」でした。幸いに壊滅は免れたものの、大気や海への大量の放射性物質の放出は、今も止め処なく続いています。野山に積もった放射能は除染のしようもなく、低レベル放射線の健康への悪影響が懸念されます。しかし「安全性の証明されないものは危険と見なす」という常識は異端とされ、「危険の証明されないものは安全である」という神話が、ふたたび国策として採用されようとしています。
 この本の中の圧巻は、巻末に置かれた「原発を並べて自衛戦争はできない」でした。使用済みになった核燃料は、新品の核燃料よりもずっと大量で多種の猛毒物質を含んでいるのだそうです。この使用済み核燃料は、どこの原発でも、安全基準を切り詰めた密集状態で原発建屋内の燃料プールに保管されており、その場所は「ふつうの建物の屋根の下」です。原発の安全基準には「戦災」への備えはありません。もし戦争になれば、通常の爆弾でもミサイルでも、簡単に破壊されるでしょう。
 使用済み核燃料が爆発で飛散したら、核物質による汚染は原爆の比ではありません。広範な地域が居住不能となり、住民は移動を強いられるでしょう。それが「平時」ではなく「戦時中」に行われるのです。日本の日本海側だけでも、20基の原発があります。戦争の常として「敵国の弱点を叩く」作戦が行われれば、日本の可住面積はほとんどなくなってしまうでしょう。「世界地図から日本国が消える」ことも、ありえない話ではないのです。
 原発を抱えたまま「戦争のできる国になりたい」などは、この面からも狂気の沙汰と言うほかはありません。

集団的自衛権の是非を問う国民投票が最も有効である理由

 昨日紹介した今井一さんの提案に補足説明を加えます。結論から先に言うと、今の政治情勢で、この方法が最も効果的に「安倍の暴走を立ち止まらせる力になる」ということです。
 まず基礎資料として、「9条護憲」をめぐる人々の態度を、AからDまでの四つに分類してみます。

A 徹底した非戦・本旨護持派
 自衛隊・日米安保を否定、違憲という認識。自衛戦争を含むあらゆる戦争を放棄し、軍隊・戦力を保持しないという本旨を守る。
B 厭戦的な解釈改憲容認派
 自衛隊・日米安保を肯定、合憲という認識。自衛戦争に限って認め、そのための最小限の軍隊・戦力の保持も認める。条文は護持する。
C 好戦的な解釈改憲容認派
 自衛隊・日米安保を肯定、合憲という認識。条文を改めなくとも、諸外国と同じく一般的な軍隊・戦力を保持し、戦争ができるなら、それでもよい。
D 明文改憲派
 解釈改憲下の窮屈で不自由な自衛隊ではなく、条文を改め、憲法に明記された正規の軍隊を保持し、国の交戦権も認めるべし。

 この四分類の、現在の支持率は、10分すると、どの程度でしょうか。今井さんの認識では、Aは今や1割しかいないだろうということです。それに対して威勢のいいDですが4割程度、Bは3割、Cは2割程度でしょうか。これを前提にすると、憲法の条文を変える提案をしても、今はまだ少数派なので政府は積極的に取り組もうとしないのです。しかしそれで平和が守れるかというと、そうではありません。最小限の自衛力まで含めれば、大半は武力行使容認に傾いているのです。
 この状況で平和の問題を国民が真剣に考えるためには、「今の憲法のままで戦争していいか」という問いかけが、もっとも有効に働く筈です。拙速はいけなという警戒心も働くでしょう。何よりも、どうして今の憲法ができたかを、学び直すチャンスが生れます。少なくとも、国民として大事な決定に参加する責任を分かち合うことができます。
 そしてこれは、政府に対抗する方法を失っている野党に、国民の請願を背景として「国民から提起される国民投票制度」を立法するという、共通の軸心を与えることになります。この一点なら、幅広い共闘が実現できるでしょう。自公両党からさえ、賛同者が現れるかもしれません。
 「やろうよ、政治を面白くしようよ」と、底抜けの明るさで提案していた今井一さんの顔が忘れられません。国民投票なら、選挙制度に歪められない国民の意思がわかります。戦争のできる国にするかしないか、大事なことを決めるなら、その前に国民の意思を聞くのは当然なのです。

集団的自衛権の是非を問う国民投票を求める会

 昨夜の老人党護憲+の例会で、今井一(はじめ)氏の話を聞きました。今井氏については、その著書「住民投票・観客民主主義を超えて」および「『原発』国民投票」を紹介したことがありますが、形骸化している民主主義を蘇生させる手段として「国民投票」の活用を持論としている人です。
 国民(または住民)が政治に何を期待しているか、直接に表現できる住民投票では、議員などを選ぶ通常の選挙とは、大きく違う結果が出ることがあります。選挙制度や人的情実にからむ「代議制民主主義」では、行政権力をにぎる側に有利な結果が出る場合が多いのです。現在の日本の政治状況は、その典型的な例と言えるでしょう。
 憲法9条とは絶対に両立しえない「集団的自衛権」が、閣議決定によってついに安倍内閣の政策とされてしまいました。今井氏は2003年に出した「『憲法九条』国民投票」の中で、憲法と現実との「乖離率」を図表にしているのですが、制定当時には乖離ゼロで、吉田首相も「自衛のための戦争もしない」と議会で明言していました。当時は国際平和の維持は、国連の警察活動に委ねるという期待もあったのでしょう。ソ連も参加する「対日理事会」は、アメリカ占領軍よりも上位の機関でした。
 それを一変させてしまったのが朝鮮戦争でした。米ソの対立は決定的となり、アメリカは朝鮮へ兵力を集中する必要から、日本に「警察予備隊」を作らせました。これが「軍隊ではない自衛力」としての自衛隊の始まりだったことは周知の事実です。ここから憲法と現実との乖離が始まり、50%に近づいていたのが10年前の状況でした。この時点で、今井氏は「やがて乖離率は100%になるが、それでもいいのか」と国民投票を説いたのでした。
 今の時点ではどうか。憲法の改定を安倍政権が提案してくる可能性はありません。勝てないことを知っているからです。そこで進めているのが憲法を無視することで、今井氏の予言は的中しました。そこで今井氏が声を大にして言いたいのは、「憲法をこのままにしておいて集団的自衛権を認めていいかを、国民に聞いてくれ」ということなのです。
 有史以来、日本で国民投票が行われた例はありませんが、自治体の単位なら、住民投票の請求と実施は制度化されています。具体的な運動としては、「集団的自衛権の是非を問う国民投票を求める」請願を、全国規模で始めることになるでしょう。そこには各級の議員も参加してほしいものです。昨夜の例会は、たった7人の集まりでしたが、「やろうよ、ここが事務局になってよ」と、今井さんの熱気は本物でした。
 今井さんは早速その場から電話をかけて打ち合わせの段取りを始めていました。今の政治に風穴をあけられる運動の始まりを、私は目撃したのかもしれません。もちろん、わが民主平和党は、全面的にこれに協力します。

ブログ連歌(386)

7699 不気味なり そのお隣が 海を席巻 (うたのすけ)
7700  本来無主物 独占は不可 (建世)
7701 昼寝して 二十時には おねむです
7702  これじゃ夜中に 目覚めて当然 (うたのすけ)
7703 観劇会 バスを連ねて 都路を
7704  古典的手法 いまだ健在 (うたのすけ) 
7705 観劇の 収支が合わず 陥落す
7706  安倍の一座は お粗末の段 (建世)
7707 団扇では 内輪にならず ペア辞任 
7708  ついでにまとめ 見切り売りする (建世)
7709 姫担ぎ 代官越後屋 好き勝手
7710  そんな構図が チト甘いかな (うたのすけ)
7711 ウチワ見て 討論資料と 言い逃れ
7712  女性偏重が あだになり (獣医さん)
7713 雑音と 言った相手に 追い出され (獣医さん)
7714  カミナリひとつ 刑事告発 (建世)
7715 人気取り とは思えども 嬉しきは
7716  女性の力 引き出す一歩 (みどり)
7717 団扇より ワインの方が 分が悪そう (うたのすけ)
7718  ワイン爆発 マッサンまっ青 (建世)
7719 あら怖や 暦名入りな 収賄か (みどり)
7720  スターよろしく 壁に掛かって (建世)

最後の二人になるまでの同窓会・その2

 題名を書いてから念のため検索にかけてみたら、昨年の9月に全く同じ題名のブログを書いているのがわかって「その2」としました。今年も大学英文科の同窓会が終り、出席できなかった人のリクエストによる特別のミニミニ同窓会(お食事会)も、昨夜無事にできました。お互いに後期高齢者ですから、会えるうちに会っておかないと、いつ何が起こるかわかりません。
 今回幹事役をやってみてわかったのは、「行きたいけれど行かれない」という返信の多さでした。本人の体の衰えもありますが、とくに女性の場合は、相手が年上ということもあって、介護のためとか、透析の予定があるとか、配偶者の世話のために出られないという人が少なくありませんでした。逆に一人になってしまえば自由になるという話もありますが、私の知っている範囲では少数派です。
 ところで、「最後の二人になるまで同窓会を続けよう」という発言は、数年前の滝野川小学校の同窓会「杉の子会」で聞いたものです。敗戦直後の昭和21年春に卒業した同期生で、疎開先からまだ帰れなかった「中途転校者」を含んでいるのが特徴です。「最後の一人」になったらもう「会」にはならないので、考え落ちのように一瞬おいてから笑いが起こるので気に入っています。
 この世代は、集団疎開や空襲を実体験していますから、思い出話を始めるときりがありません。しかし大学の同窓会になると、同じ経験をしている世代の筈なのに、その種の話は意外なほど出てきません。卒業時にはすでに戦後ほぼ10が経過していましたから、戦争の記憶は日々に薄れていたのでしょう。
 ただし現天皇が皇太子として在学中でしたから、「テレビであの顔が『天皇陛下』で出てくると違和感がある」「テレビで見ると、自分も同じように年をとっているのに納得する」といった感想は、みんな共有しています。
 今年の出席者は、82名中の20名で、昨年とほぼ同じでした。別に物故者が23名います。この顔ぶれが「最後の二人」になるのは、果たして何年後でしょうか。残った二人が若い男女のペアだったら、そこからまたアダムとイブのような創世記が始まる可能性がありますが、生き残った老人二人では、せいぜい退場する形のあと先を話し合う程度でしょう。それでも「最後の二人まで」と言える相手がいるのは幸せなことです。
 今年の同窓会で、一言ずつ発言のときに「私は本当に何もしないで……」と言った人がいました。司会役をしていた私がそこで強く言ったのは、「何もしなかった人生なんて、ありえないじゃないですか」でした。恋もせず、見合い結婚をして家庭をつくり、子や孫を育て上げた人生が、無意味であったわけがありません。一人ひとりが、私の知りえない、宇宙大の人生を生きてきたに違いないのです。

95歳の緊急手術

 Dr. 鼻メガネの「健康で行こう!」ブログによると、救急車で運ばれてきた95歳のご老人が、腸閉塞で集中治療室に入り、緊急手術を受けて術後の経過にも問題なさそうだということです。以前なら70歳過ぎの老人への手術もためらう雰囲気だったのに、「95歳でも手術可能なんだ」と、ベテランの外科医である鼻メガネ先生も驚いたというお話でした。
 この場合、腸閉塞では「経過観察」していれば死亡は確実だったでしょう。妻がそれで入院したときも苦痛がつづいて、開腹手術で根本治療が成功したときは、治療チームが神様のように思えたものでした。腸の破裂で腹膜炎から多臓器障害を起こして死にいたるまで、鎮痛剤だけ与えて見守るというのは、現代の医師としては、患者が95歳であろうと選ぶべき道ではないと判断したのでしょう。
 その患者の家族がいれば同意を求められたでしょうが、詳しい事情はわかりません。ただ、今の老人が最新の医療によって「生かされている」ことは、よくわかります。私も近代以前に生れた人間だったら、盲腸炎と大腸がんと、70代に2回は確実に死んでいたことでしょう。これから80代には何が起こるのか、今から予想はできません。
 今週に受けた定期観察で、大腸がん手術後4年経過は無事に通過したようです。その際、主治医から胃カメラ検査をどうするかで相談がありました。「大腸がんが胃に転移する可能性が高いという話ではなくて、一般に高齢者は手術をすると負担が大きいから、われわれの守備範囲で早期発見のチャンスもありますということです。」との説明でした。
 そうすると、私は経験上、胃カメラは苦手と感じています。だからパスしておいて、胃の具合が変だと思ったら早めに診察を受ければいいのかな、と思いました。しかし病変が進んで手術の負担が大きくなる可能性が残ります。さらに最近の胃カメラは小型化して、受診が楽になっているという新聞記事があったような気がします。苦しくない胃カメラなら、お願いするのが順当でしょう。
 あれこれ考え合わせると、要するに苦しいことはなるべく少なくして、なるべく長く生きているのがいいということになるのです。そのために医療のお世話になることが、これからさらに多くなるのかもしれません。そのときに、自分はそれほどの医療保険費を払ってきただろうかということが気になります。できる検査は受けて、重い手術を避けるのが、やはり正解に思えてきました。

宇沢弘文の名著「自動車の社会的費用」を読む

 先ごろなくなった経済学者、宇沢弘文の名著「自動車の社会的費用」(岩波新書)を今になって読んでみました。1974年に初版が出てベストセラーとなり、日本の公害問題を考える先駆ともなった本で、気にはなっていたのですが、なぜか読まずに過ごしていました。思うに私がもっとも自動車を活用して活動的だった時代に当っていたので、「言われなくてもわかってる」という感覚があったのでしょう。
 私の家庭生活も仕事も、自動車なしには考えられないほどで、マイカー全盛期の一歩先を行く「早いもの勝ちの快適クルマ時代」を満喫していました。いちばんよく乗ったマツダ・キャロルは、軽自動車なのに四ドア暖房つき、10万キロの寸前まで乗りました。その前に「自動車交通新聞社」の記者だった時代もあるので、自動車のことなら、人よりはよくわかってるという自負もありました。
 本論にもどって、この本が画期的だったのは、自動車が普及してそれを受け入れる社会は、自動車そのものの価格や道路を作る費用の合計ばかりでなく、自動車によって社会生活が変化させられること全体を通して負荷を負うということを、計算可能な経済学の問題として提起した点でした。
 たとえば自動車の交通量が増えて、道路に歩行者のための歩道橋が作られたとします。歩道橋を作る費用が自動車による社会的費用であることは誰にでもわかります。しかし、以前は安全に自由に道を歩いていた人たちには、どうでしょうか。足の弱い老人や、乳母車を押していた母親や、道を遊び場にしていた子供たちには、以前と同じでしょうか。もっと端的には、自動車事故で死亡した人への補償の計算は、生存した場合の所得から計算されますが、人の生命は、経済価値だけで収支が合うものでしょうか。
 こうした間接的な損失や、弱者への負荷の増大、そして大気汚染や振動・騒音による社会環境の悪化、交通安全のための警察や救急医療の拡充のために要する費用などを加えると、自動車の社会的費用は、見た目よりもはるかに大きなものになってくるのです。こうした提言によって、運輸省は、当時の計算として、自動車の社会的費用は、一台当り年間7万円と算出しました。それに対して自動車工業会は、多くの不合理な計算が含まれているとして、一台当り7000円を主張していると書かれています。ちなみに、野村総研の試算では17万円になったということです。
 私がこの本を読んだのは、もちろん「原発の社会的費用」を考えるときのヒントになると思ったからでした。個々の安全対策を積み上げて、それで原発の社会的費用が網羅できるというのは虚構でしょう。宇沢氏は、発明物の普及には、その社会的費用の「内部化」が不可欠であると説いています。得られる利益が、社会的費用をすべて償って余りある場合に、はじめて新技術は許されるというのです。
 原発の社会的費用は、いったい1Kw時当りいくらになるのでしょうか。廃棄物の処理費用は、計算の基礎さえも成り立っていない段階です。再稼働をめぐる不毛な対立は、社会的費用そのものではありませんか。だからといって切り捨てて稼働を急ぐとしたら、それは経済学の上からも狂気の沙汰なのです。

蓮井治の「『戦争をする国』づくりを許さない」を読む

 「『戦争をする国』づくりを許さない」(光陽出版社・編集)を読みました「安倍路線の全体像を検証する」と副題がついています。著者の蓮井治(おさむ)氏は「九条の会・中野」の代表で、私より6年上の、現在86歳です。アメリカ留学の経験があり、長く損保業界で役員も勤め、退職後に革新運動に参加しました。その中で、歴史の証人として自らの判断を整理し記録しようと思い立ち、1990年から小論を書き始めたとのことです。
 小論記録は119編を数えるまでになり、すでに前著「『政論風発』自民党政治・この10年を検証する」に一部はまとめられているとのことです。今回のブックレットは、それに続いて直近の108番から119番までを載せています。この12編は、すべて「道雄と正子の対話」の形式になっています。「道雄」さんは間違いなく蓮井さんご自身ですが、「正子」さんは誰でしょうか。私の「ご隠居」と「熊さん」よりは、ずっと対等でまじめに議論を進めています。もし奥様の投影としたら、すばらしいご夫婦です。内容は、次の12編からなります。
安倍晋三首相の思想と系譜を探る
歴史を振り返り戦争と平和を考える
アベノミクスの落とし穴
安倍政権の暴走に”ストップ‘を 
歴史は生きている
ファシズム政権の存在は許されない
安倍式ブラック国家を粉砕しよう
安倍政権を支える要因と問題点を探る
日本経済と日米関係の異常
安倍政権の「教育再生」で何が変わるか
希代の悪法・特定秘密保護法の危険
嘘と誤魔化しで固めた戦争への道
 対話形式であることから、それぞれの項目が非常にわかりやすく平易な言葉で説明されています。今の政治課題の全体像を把握するには、格好の入門書になると思いました。個々のテーマについては、さまざまな論説がすでに出ていますが、中には私も忘れかけていた重要な指摘もありました。それは二大政党をめざすとされた「政治改革」と、社会党没落との関係でした。
 小選挙区制を議会で通したのは、社会党の土井・元党首が衆議院議長だった時代でした。これを通すしかない状況に追い込まれた面はありますが、結果として保守勢力に取り込まれて、社会党の命運を絶ってしまう選択でした。社会党が二大政党の一方のコアになることを期待したのでしょうが、とんでもない甘い判断でした。ブレーキ役不在の今の政治状況は、ここにその遠因があったのです。
 これからは、「戦争をさせない」ことを合言葉に運動を積み重ねて行くしかありません。この一点で、平和のための戦線に参加する人たちを増やしていくことが課題であり、明日への希望なのです。
(追記・蓮井さんから、「対談は私の一人芝居です」とのコメントがありました。また、この本を入手ご希望の方は、とりあえず当ブログ管理人、志村にご連絡ください。)

いちばん無くなってほしいものは「国の名前」という話

 昨日の午後、高島平駅の北口(西寄り)駐車場の角にある「ドネルケバブ」を会場にして、当ブログでも紹介したことのある「96歳の遺言」を聞き書きした中谷久子さんの朗読会がありました。hisako-baaba の名で「八十代万歳!」ブログに健筆をふるっている久子さんは83歳、ばりばりの現役として活動している「スーパーばーば」なのです。
 会場は「96歳の遺言」の電子ブック化を実現したボランティア・グループが設定したもので、遺言の主である久米い気鵑硫搬欧、軍人だった父の遺品の勲章や表彰状を持参し、中谷さんの家族と交流していました。双方の家族が、子世代、孫世代、ひ孫世代まで10人以上も集まった中で「遺言」の朗読を聞いたのですから、戦争を「語り継ぐ」イベントとしては、これ以上ない大成功でした。
 「96歳の遺言」は、電子ブックに中谷久子さんの朗読の声を入れた「音の出る絵本」つまりDVDにする企画が進行しています。この朗読会は、そのためのリハーサルを兼ねていると私は理解しました。この日の熱演が、DVDとして永く保存されれば、すばらしい遺産を後の世代に残すことになります。
 このあと会場の店主であるジャファリさんも参加する話し合いの時間がありました。くわしい事情はわかりませんが、ジャファリさんはイランから日本に来た人で、今は日本で家庭をつくり日本人になりたいと思っているようです。しかし、今の日本の人たちの日常に対しては、非常に強い危機感と批判精神をもっていました。目の前の仕事のことだけ考える、平和のこと少しは考えても弱い、何か言われると黙ってしまう。これでは政治を変えられないと言うのです。
 中東では1980年代にイラン・イラク戦争がありました。これはホメイニ革命でアメリカと鋭く対立したイランに対して、隣国のイラクが、国境問題を解決する好機として仕掛けた戦争で、わけのわからないイラ・イラ戦争と呼ばれました。アメリカの関与が疑われます。当時イランにいたジャファリさんには、生きることそのものが理不尽に蹂躙される恐怖だったに違いありません。その地獄を見たジャファリさんが「いちばん無くなってほしいものは国の名前」と言ったのです。
 イランとか、イラクとか、国の名前があるから戦争したくなる。人が生きて幸せになるのに国の名前はいらない、国の名前は邪魔にしかならないと言いたかったのだと思います。ジャファリさんだって、生まれ育った土地との縁が何もなかった筈がありません。故郷を捨てさせるほどの国家の邪悪とは、いったい何だったのでしょうか。
 朗読会を聞いていたジャファリさんは、「戦争は絶対にだめ」というメッセージには共感するところがあったことでしょう。しかし、日本が戦争の邪悪と対面することになったあの敗戦時に、私たちは「日本という国の名前を無くしたい」とまでは思いませんでした。たまたま日本が島国だったからでしょうか。国とは何であるのか。どういう条件なら国は「無いよりはあった方が良く」て、どうなったら「無くなってほしいもの」になるのでしょうか。
 私は世界連邦下の、アジア州、日本地区になることで「日本国がなくなる」ことを夢見ています。

リニア新幹線ってどうよ

(熊さん)リニア新幹線が認可されて、着工だそうですね。
(ご隠居)いよいよ始まるのかな。ずいぶん昔、宮崎に実験線が出来たころに延岡の旭化成によく行ってたから、車窓から見たもんだ。もう20年も前のことになるよ。
(熊)それがとうとう本当に作り始めるんですね。2027年に開業だって。ご隠居は鉄道が好きだから、乗りたいでしょう。
(隠)今すぐ乗れるんなら一度ぐらい乗ってみてもいいが、13年先じゃどうかな。どんものになるのか、だんだんわかってきた情報だと、どうもあまり良いものではないような気がしてきた。新幹線が今の倍速で走るっていう単純な話じゃないようなんだ。車輪がなくて浮いて走るっていうから省エネになるのかと思ってたら、逆にすごく電力を食うっていうしね。
(熊)へー、そうなんですか。
(隠)それに、路線の大半は地下のトンネルになる。地上を走るところも少しはあるが、窓も小さいし、線路にはカバーもあるし、外の景色はほとんど見えないらしいよ。例えは悪いが、わしは新しいビルなんかにあるダストシュートを連想したよ。ゴミをチューブに落として、高圧の空気で送るやつだ。人間はゴミじゃないんだが、速く送りさえすればいいを徹底すると、こうなるんだね。旅をするという感覚とは、ぜんぜん縁のない輸送手段ということだな。
(熊)ふーん。でもさ、名古屋まで40分なら、忙しい人にはいいでしょう。ビジネスで乗る人は、景色を見たいなんて、ハナっから思ってないんだから。
(隠)そりゃそうだ。できれば瞬間移動だってしたいだろうよ。「乗り物」という観念が違うんだから、それでもいい。だがな、運転士も乗っていない新幹線が大勢の人を乗せて時速500キロで走ることに、わしは抵抗を感じるんだ。想定外の事故の心配もあるが、それだけじゃない。そこまでして速く遠くへ行こうとする人間を好きになれない、というのが近いところだ。
(熊)ご隠居らしいね。おいらも一度は乗ってみるかもしれないけど、そうかもしれない。
(隠)どこかの経済学者が、「すべての電車の速度を半分に落としたら、土地は二倍の広さに使える」と書いているのを、最近どこかで読んだんだが、一面の真理があると思ったね。遠くへ行くのに時間と金がかかれば、住んでいる近くで用を足そうとするから、地元が栄えることになる。そういう逆転の発想もあるんだよ。速く遠くだけが絶対善じゃないんだ。
(熊)うーん、奥が深いね。
(隠)いろいろ問題はあっても、リニアは名古屋までは開通するかもしれない。しかしその先の大阪へ通じるほどの採算がとれるかどうか、つまり支持する人が多いかどうか、それは人間の文明史に残るような大きな分岐点になると思うよ。

ブログ連歌(385)

7679 猫の子も 夜啼き夜遊び 一人前 (建世)  
7680  引っ掻き噛みつき そして長々 (うたのすけ)
7681 寝た子にも 似たる姿の あどけなさ 
7682  猫が眠って 一家静まる (建世)
7683 動物の 愛護よけれど ほどほどに (みどり)
7684  ペットじゃないよ 家族だニャン (建世)
7685 ほどほどに 尤もなれど いま過度期
7686  「仔猫の世界」 皆で熟読 (うたのすけ)
7687 避難指示 全市丸ごと 次々と
7688  一体何処に 収まるかしら (うたのすけ)
7689 底しれぬ 自然の脅威 太古より (みどり)
7690  人の浅智恵 笑うがごとく (建世)
7691 サユリスト どんな映画も 受け入れる (獣医さん)
7692  新境地へと 女優を超えて (建世)
7693 捜索の 中止になぜか ホッとする
7694  他人事ゆえの 心境なるか (うたのすけ) 
7695 見ぬ人ら 祀りもならず 天高し (みどり)
7696  またくる春に 帰れわが家へ (建世)
7697 お隣が 地続きでなく ホッとする (うたのすけ)
7698  見よ東海の 君子国なり (建世)
7699 不気味なり そのお隣が 海を席巻 (うたのすけ)
7700  本来無主物 独占は不可 (建世)

「資本主義の終焉と歴史の危機」を読む(2)

 わずかながら、著者が未来への処方箋として提示している記述には、次のようなものがあります。
(以下引用)
豊かさを「必要な物が必要なときに、必要な場所で手に入る」と定義すれば、ゼロ金利・ゼロインフレの社会である日本は、いち早く定常状態を実現することで、この豊かさを手に入れることができるのです。
 そのためには「より速く、より遠くへ、より合理的に」という近代資本主義を駆動させてきた理念もまた逆回転させ、「よりゆっくり、より近くへ、より曖昧に」と転じなければなりません。
……私がイメージする定常化社会、ゼロ成長社会は、貧困化社会とは異なります。拡大再生産のために「禁欲」し、余剰をストックし続けることに固執しない社会です。資本の蓄積と増殖のための「強欲」な資本主義を手放すことによって、人々の豊かさを取り戻すプロセスでもあります。
……おそらく資本主義を前提につくられた近代経済学の住人からすれば、私は「変人」にしか見えないことでしょう。しかし、「変人」には資本主義終焉を告げる鐘の音がはっきりと聞こえています。
(引用終り)
 資本主義は、世界を「文明化」する上で一定の役割を果たしたことは私も認めます。それは著者のいう「長い16世紀」を経て始まり、いま「長い21世紀」を迎えて役割を終りました。これからなすべきことは、資本主義に「安楽死」していただくことだと私は思っています。世界を文明化した以後の資本主義は、人間の差別化を必要条件とするために、万人を幸福にすることが不可能だからです。
 これからの人類の大仕事は、資本主義にブレーキをかけ、なるべく弊害の少ないソフトランディングに導くことですが、それができるのは、民主主義に基づく政治の力しかありません。現代の不幸は、政治が資本によって支配され、資本を無理やりに延命させる道具として使われていることに起因しています。その元凶がアメリカにあることは言うまでもありません。
 私はこれへの対案を持っているわけではありません。ただ、いくつかの「新しい力」が育ち始めているのは感じています。その資料の一つが、先日、北海道の中標津から送られてきた「マイペース酪農交流会通信」の最近号でした。昨年の夏に「そりゃないよ獣医さん」を訪ねて以来、若い人たちを交えた交流会の様子を、毎号の配信で知らせてくれるのです。
 牛が健康で無理なく生きられる酪農なら、人間も楽に無理なく暮らせる筈だという「マイペース酪農」を推進している人たちです。規模の拡大を求めず、過剰な投資をせず、飼料は買わずに草を食べさせる、牛の屎尿は自分の牧場の肥料にする酪農なら、経済的にも安定するというのです。そこに参加する人たちの発言が、あくまでも生き生きとして楽しそうなのが感動的でした。
 こういう酪農を、絶対にTPPの餌食にしてはならないのです。

きんもくせいの花盛り

003

 きんもくせい(金木犀)が花盛りになりました。地味な花ですが、近づけば香りがあります。花言葉は「謙虚・謙遜」だそうです。
 右にカエデをはさんで奥に見える柿は、色づきを増してきました。枝は南側のマンションの敷地に少し張り出しているのですが、管理人さんに毎年柿をあげているので、ずっと友好的にしてくれています。今は公費留学生の宿舎になっていて、色とりどりの外国の若者たちが暮らしており、ときどきはベランダから挨拶を交わしたりしています。
 このベランダには、あと一ヶ月足らず、11月10日になると直射日光が当らなくなります。それから三ヶ月間、来年の2月10日まで、わが家の洗濯干しは、屋上へ通う「冬モード」になるのです。

005

 今年は手前の枝を刈り込んだので、花がひときわ密集して見えています。

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 よく見れば、一つごとに小さいながら、ちゃんと花の形に開いているのですね。今まで知らずにいました。たしかに謙虚な花でした。ごめんね。

「資本主義の終焉と歴史の危機」を読む(1)

 「資本主義の終焉と歴史の危機」(水野和夫・集英社新書)を読みました。ネット上のどこかで話題になっていたと思うのですが、委細は忘れました。著者は、経済人としての実務経験や、国家戦略ブレーンとしての経歴もあり、新自由主義・グローバル資本主義に対する問題意識を、早い時期から持っていた人のようです。内容は
〇駛楴腟舛留簗榛でかえって苦しむアメリカ
⊃袈醜颪龍畭絏修もたらすパラドックス
F本の未来をつくる脱成長モデル
だ床い僚焉
セ駛楴腟舛呂いにして終わるのか
の5章からなります。
 非常に簡単に要約すると、資本主義は、もう終らざるをえない。その理由は、資本主義に不可欠な「周辺」が尽きてしまったからである。資本主義の終り方は、格差が極限に拡大するハードランディングが予想されるが、その後の経済モデルを描く手がかりは、まだない。その中で、世界に先がけてバブル崩壊を経験した日本は、先進的新モデルを作り出す可能性がある、というのが骨子です。
 まず、資本主義は成長を組み込まないと維持できないという、根本的な問題があります。利潤をあげ再投資して成長するのが健全な姿なのですから、開拓すべき「周辺」が尽きれば行き詰るのは当然の理です。それを象徴しているのが、世界的な貸し出し金利の低下です。先進国の多くでは、すでに実質的にゼロ金利になってしまいました。それでも借り手がなくて資本はあふれかえっています。
 それでも無理やり景気をよくしようと思えば、新しい「周辺」を作り出さなければなりません。その標的にされたのがアメリカの中流・貧困層と、IT・バーチャル経済空間でした。しかし一時的に成功したように見えても長くは続きません。一定の時間とともに矛盾が顕在化してバブルの崩壊が起こります。そのサイクルは、しだいに短くなって、最近は3年に一度と言われるようになりました。
 バブルが崩壊すると、巨大な金融機関はつぶすことができませんから、税金で救済されます。その一方で、中間層は脱落して貧困層となり、国民の格差拡大が進みます。国家財政は当然に大きな赤字となりますから、国債の発行などを際限なく増やさなければなりません。
 こうしたすべての不合理と困難は、「資本のための資本主義」を守ろうとするところから起こります。だから資本主義が終焉に近いのは確実なのですが、著者はその先への指針を示していないので、私も困っています。著者が書いていない部分で、脱成長モデルを考えなければならないかもしれません。

映画「ふしぎな岬の物語」を見る

 昨日の台風が接近する前に、吉永小百合の新作映画「ふしぎな岬の物語」を見てきました。吉永小百合主演の映画は、これまでにも何本か見ていますが、主役が大事にされすぎて不自然さを感じてしまう場面が、何度かあったような気がします。監督が女優に負けているのではないかと思いました。
 ところが今回の作品は、吉永小百合自身が企画・制作に入って、キャスティングなどにも取り組んだとのことです。その効果があったのか、吉永映画としては初めての国際賞受賞となる「モントリオール世界映画祭・審査員特別賞」を受けて話題になりました。題材としては、無名の小さな喫茶店を守る女主人をめぐる人間模様という、地味なものです。
 原作はオムニバス形式の小説とのことですが、これを二時間の商業映画として成功させるための仕掛けは、充分に脚本の中に散りばめられていました。失敗を許されない吉永映画の定石は守られたと言えます。その中でもこの映画の吉永小百合は、ごく自然に作品の中に溶け込んでいるように見えました。店に泥棒が入った場面で、「貧乏なお店で、お金が少なくてごめんなさい」と「泥棒さん」に謝まる場面などは、この人でなければありえない場づくりだと思いました。
 同時に受賞した「エキュメニカル審査員賞」とは何かと思ったら、キリスト教会の統一価値観に基づいた審査員によるものだそうです。作品の前半部分に置かれたこのシーンは、その審査員たちの心を強くつかんだに違いありません。
 「おいしくなあれ」と言いながらコーヒーを入れるとおいしくなる、「だいじょうぶ」と言って抱いてあげれば、こわれた心が立ち直ってあたたかくなるなども、私たちが「母親の原像」に求めているものと一致します。柔和なるがゆえの強さを存分に発揮できたという意味で、吉永小百合は自らを生かす企画制作を成功させたと言えるでしょう。
 ところで、私は映画業界のことは全く知らないのでどうでもいいのですが、この映画が日本で公開される前に世界映画祭の賞をとったとは、どういうことなのでしょうか。書籍であれば、発表されて広く読まれ、社会に与えた影響なども加味して出版賞が贈られると思うのですが、映画では公表の前に審査されて受賞し、それを話題にして公開されるという逆の場合があるのですね。なんとなく「図書館協会選定図書」みたいな気がします、余談ですが。
 この映画を見て、どう受け止めるか、それは人それぞれでしょう。個々の人間の生死を超えて、人は未来に虹を見ようとします。わが手につかむことはできなくても、虹があると思うことが大切なのです。そして虹を放つ太陽には、すべての色が含まれているのです。
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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
→著作などの紹介と販売について
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