志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2014年11月

日比谷公園で焼身自殺した「新田進」さん関係者の方にお願い

 この11月11日に、日比谷公園で集団的自衛権閣議決定に抗議の焼身自殺をした「新田進」さんについては、「思想運動」の事務所は「一切のご返事をしないことに決めています」とのことでした。紳士的で丁重な対応をしていただきました。その姿勢は尊重しなければならないと思います。
 この事件では「自分の行動を撮影するようにセットされていたビデオカメラ」の存在が知られているので、マスコミの興味もそこに集中するでしょう。遺族としたら、たまらない心情であろうと思います。警察から遺品のカメラが返却され映像が残っているとしても、そっとしておいて欲しいでしょう。私もマスコミの中にいたことのある人間ですから、そういうときのマスコミの態度は予想できます。
 しかし考えているうちに、「新田進」さんご自身のお気持はどうだったのかに思い至りました。集団的自衛権行使容認の閣議決定に、身を捨てても抗議したかった事実は疑いようがありません。それは抗議文からも、生前に発表された論文からも明らかです。そして11月11日の時点で解散総選挙が予想できたかどうか、そこは微妙ですが、重大な閣議決定が、既定事実であるかのように容認されて行きそうな世相に、強い危機感を抱いておられたことも間違いのないところでしょう。
 もしそうであるならば、天は「新田進」さんに大きなチャンスを贈ったのかもしれません。日本はいま危険な方向へ走り出そうとしている、その姿を、世界は一枚の強烈な写真で知ることができるのです。ビデオ映像から切り出した一枚の写真で充分です。厳重に著作権管理し、たとえば東京新聞に1回載せるだけでもいいのです。あとはマスコミが拡散してくれます。その衝撃の大きさは、はかり知れません。この総選挙の動向にも、無影響ではありえないでしょう。
 「新田進」さんの遺品を法的に相続なさっているご遺族の方に申し上げたいのは、ご本人がしたかったことは何だったかを、悲しみの中でも冷静に推し量っていただけませんかということです。抗議の自殺には批判的な意見もあります。ましてご遺族には「なぜ、どうして」という疑問が止めどなく湧いてくることでしょう。しかし、死んだ人は帰りません。ただ、死んだ人の意思が残っているだけです。その意思が、閣議決定を覆す力として働いてくれるとしたら、それは故人への何よりの供養になると思われませんでしょうか。
 まことに、人は死して何ものかを残すことがあります。かつて「自死という生き方」という名著を残して自死した哲学者がいました。自死には、本人にもご遺族にも、恥ずべきことでない場合があると私は思っています。その場合、人は「死ぬことによって生きる」のです。
 ご連絡をお待ちしています。

国民投票は選挙制度の欠陥を補う

 一昨夜の老人党護憲+の例会では、先ごろの「スコットランド独立の可否を問う国民投票」を現地取材してきた大芝健太郎さんの報告を聞きました。豊富な映像資料を上映しながら、住民投票の投票日を迎えるまでの、現地へ行かなければわからない、さまざまな事情を知ることができました。
 スコットランドは、1707年に併合されてイギリス「連合王国」の一部分になるまでは、独立国だった歴史がありました。地理的にも、北欧の国からの影響が強い位置にあります。人口規模はイギリス全体の9%程度ということです。国内政治の上では、労働党の強い地盤でもあります。労働党は独立運動に理解を示して住民投票で意思決定する道を開いたのですが、独立そのものに対しては、保守党とともに反対の立場でした。スコットランドが独立したら、有力な支持地盤を失うからです。このあたりに、現地へ行ってみなければわからない微妙な問題があるのでした。
 投票を前にして、住民の間では盛んな学習と集会が行われるようになりました。政治課題で住民投票をすれば、民主主義の民度が格段に高くなるというのが、世界を取材して歩いている大芝氏が実感し、日本国内にも根づかせたいと思っていることなのです。最後的にはYESかNOかを多数決で決めるにしても、それまでの間に学び論じる時間を充分に使うことができます。そして勝敗が決まったあとでも、不満と分裂ではなくて、自分たちで決めた納得が得られるというのです。
 今回は周知のようにスコットランド独立は小差で否定されました。それでも本気で引止めにかかったイギリス政府から、自治権拡大などの大幅な譲歩を引き出すことができました。住民が直接投票をもって意思表示する「直接民主主義」は、それだけの力を持っているのです。
 関連する資料として、世界各国での国民投票の事例なども紹介されたのですが、スイスでの国民投票制度が印象的でした。一年に4回の国民投票が、法律により制度化されているのです。かけるべき議題がなければ行われませんが、ウィキペディアによると、有権者5万人または8州以上から請求があれば、その議題は自動的に国民投票に付託されるようです。こういう方法が制度化されていれば、代議制民主主義が民意から乖離する問題を、ほぼ根本的に解消することができるでしょう。
 選挙制度は、どのように工夫しても、常に完全に民意を正確に反映することはできません。政権与党の党略によって制度が歪められている日本にあっては、なおさらです。間接民主主義の欠陥を補う国民投票制度の導入は、今の日本にこそ欲しいものです。原発について、集団的自衛権について、消費税について、ぜひ国民投票をしてみたいものです。国民投票制度に賛成する政党は、どことどこでしょうか。

民主党と共産党が選挙協力すれば、どちらも議席数を増やせるという、もっともな指摘

 村野瀬玲奈さんのところに、なかなか説得的な指摘が引用されていました。kaokou11 (@kaokou11)さんのツイートからですが、「この国の存亡を目の前に共産除くと言っているなら危機感無さ過ぎ。」と問題提起しています。そして「上手くいけばどちらも議席を増やせるという形でなければ協力は不可能。今回本気で自民を倒さなければ取り返しつかないですよ。」と結論づけています。
 面倒な議論を一切省けば、小選挙区での選挙協力は、これが正しいのです。民主党と共産党の両方が議席数を増やすということは、それだけ与党の議席数を減らすことを意味します。そうしておいてから、選挙後に民主党と共産党は政策で競い合えばいいのです。安倍政権の暴走を止める「非常ブレーキ」としたら、それくらいのことをしてもいいのかもしれません。
 もちろん、有権者がそのように素直に動いてくれるかという疑問はあります。しかし現実に与党に対抗する候補者が、自分の選挙区には民主党しかいない、共産党しかいないとなったら、かなりの票が動くのではないでしょうか。投票の自由を奪う暴挙だという反論もあるでしょうが、そもそも死票の繰り返しを強いる小選挙区制度が暴力的だということも考慮しなければなりません。
 沖縄の知事選挙ではなぜ勝てたのかを冷静に考えれば、小選挙区は地元の小さな知事選挙だと考えることができないでしょうか。安倍政権にあと4年の権力を与えるのは、非常に危険なことなのです。 

三越劇場で寺本康子さん83歳のカンツォーネを聞いた

 下の姉にかかる不思議なご縁で、三越劇場で31年間も続いているという「ポピュラー・ハイライト」のコンサートを聞いてきました。出演者は菅原洋一、雪村いづみ、坂本スミ子といったビッグネームを始めとして、新しい人たちも含めたポピュラー音楽界の一流メンバー、入場料7500円という豪華なコンサートです。
 ここに出演した寺本康子さんからチケットを頂いたので、何十年ぶりかで三越劇場の客席に座りました。寺本康子さんは40年ほど前から歌っておられるようですが、一昨年に「全国カンツォーネコンクール、ナポレターナ部門」で優勝されたとのことです。老人ホームにいる人がナポリ民謡を歌って優勝したというので話題になり、熱海市長からお祝いの手紙をもらうし、急に多忙になってボケていられなくなりましたと、お手紙に書いてありました。
 舞台の寺本さんは、堂々たる体躯で、オペラ歌手のように大きく見えました。曲目は「街角のシレーヌ」と「イル・モンド」。純白の衣装をまとって、激しい恋、永遠の愛を、明瞭に聞き取れる日本語歌詞で歌い上げてくれました。私はカンツォーネにくわしいわけではありませんが、歌声がプロの声であることはわかります。司会者も決して特別扱いの紹介はしませんでした。誰がこの人を、老人ホームで暮らす83歳のおばあさんと思うでしょうか。
 このコンサートは3日間にわたって行われ、きょうはその中日でした。3部に分かれた出演者は、きょうだけで24人にも上ります。私は時間の関係で第1部しか聞けなかったのですが、第1部のトリの雪村いづみが、また見事でした。体形も声も、全盛期と少しも変りません。私は「三人娘」(美空ひばり・江利チエミ・雪村いづみ)の中で、清純な感じの雪村いづみがいちばん好きでしたから、「スワニー」の歌声に精一杯の拍手を送りました。雪村いづみは、今年で歌手生活60年になったそうです。三人娘は全員が1937年生まれですから私より4歳下。雪村いづみも77歳になりました。
 誰でも年をとりますが、一芸をきわめた人の芸は長命を保つようです。本当は永遠ではないけれど、永遠をめざして歌うときの声は、たしかに「永遠」とふれ合うのです。それは歌手でなくても出来ることなのかも知れません。たとえば、つむぎ出した言葉が「永遠」とふれるように。それでも、多くの人たちに対面しながら、ナマで声を届けられる歌手は、幸せな人たちと呼んでいいでしょう。

選挙待ちの束の間の静かさ

 ヤマヒデさんの「沖縄便り」ブログなどによると、辺野古の海は海保の姿が消えて静かになったということだ。選挙期間中に住民との衝突がニュースになるのは、政権の強引さを印象づけるので得策でないと判断したのだろう。沖縄県知事選挙で負けたことも、次の態勢立て直しをはかる上で、行動を慎重にする方向に作用しているに違いない。
 一方、解散・総選挙の騒ぎの中で、埋もれてしまったようなニュースもあった。福島第一原発の建屋に流入する地下水を止めるために「凍土壁」を作る工事は、結局不成功のままに終ったと伝えられた。汚染水は今後も増えつづけることになる。原発敷地の中に、汚染水タンクを無限に増やすのが不可能なことはわかっている。いずれは汚染物質の除去方法を試しながら、海に放出することになるのだろう。
 原発の再稼働も、選挙期間中には実行する予定はない。反対運動を刺激するような決定を出すことも先送りするのではなかろうか。とにかく投票日が過ぎるまでは、政権は民意を気にせざるをえないのだ。ここで時間を止めて、辺野古の海はいつまでも静かに、原発ゼロはこのままにしておきたいと、ふと思ってしまう。
 民意を気にすれば、政府はおとなしくなる。選挙で勝てば、制度の歪みで手に入れた勝利であろうと、「国民の信認を得た」と言い立てて政権は強気になる。この12月14日に、私たちはどんな結果を目にするのだろうか。
 安倍政権は、夢にも過半数割れになるとは思っていないだろうが、今の議席数の、かなりの部分を失うのは覚悟しているだろう。なにしろ2年前は野党が乱立して共食いが多すぎたのだから。しかし小選挙区の多数では、与党候補と共産党以外の野党統一候補と共産党の候補と、この3人が争うことになる。与党が過半数の支持を得ていなくても、当選する可能性が出てくるわけだ。これをどうするか。
 事前の調査によると、この選挙での投票率は低くなりそうだということだ。なんとなく、このままでもいいと思っている人は、投票に行かないという方法もある。その代わりに、このままでは日本がおかしくなると危機感をもっている人の投票が増えるといい。とくに若い人たちは戦争に巻き込まれる当事者になるのだから。
 何度でも言うけれど、安倍政権がこの選挙で狙っている最大の目的は、「戦争できる国づくりの仕上げ」なのだ。

「獅子たちの抵抗〜国策の強制に抗う人々」をDVDで見た

 西山正啓監督の映画(89分)のDVDを、西口仲間からの巡回で見ました。西山監督は、水俣病の記録映画制作に参加して以来、社会的な問題に意欲的に取り組んできている映画作家です。この映画については、監督自身が次のように述べています。
 「2004年の沖縄国際大学に墜落炎上した米へり事故から辺野古新基地反対座り込み、ボーリング調査阻止行動、大分県日出生台の米海兵隊による実弾砲撃訓練に反対する抗議行動など、この10年の記録を縦軸に、昨年3月沖縄を訪問、普天間、高江、辺野古、伊江島、読谷などを訪れた福島原発告訴団の武藤類子さんと現地で闘う人々との交流を横軸にして構成してみたいと思った。こうして10年の流れを編集してみると、そうそうたる人々が登場する大絵巻だということに気づく。」
 この制作意図の通りに、これは抗議に立ち上がった人々に焦点を当てた記録です。多くは無名の人々が、止むにやまれぬ動機から立ち上がった姿ですが、その中から、期せずして運動の頂点に立たされた人の魂の叫びが記録に残されました。いずれも理不尽な国策さえなかったら、平和で目立たぬ暮らしをしていたであろう、心やさしい人たちです。その人たちが、はらわたが煮えくり返るような怒りをぶつけて叫ぶとき、そこに気高い獅子の姿を監督は見たのでしょう。それが女子高校生であろうとです。
 もちろん国民をそれほどまでに怒らせるのは、自国民の幸せよりも他国への従属を優先させて権力を用いる、この国の歪んだ政策です。それは基地問題にも原発政策にも共通しているのですが、映画はナレーションでそれらを説明するまでもなく、ひたすらに抗議行動に立つ人々に寄り添って行きます。
 見ているうちに、不思議な意識の逆転が起こりました。本当にこの国を愛しているのは、抗議に立ち上がっている民衆なのか、規制に集まってくる警官隊なのかということです。抗議行動の中で著名になった人で、すでに鬼籍に入った人も映像には出てきます。この人たちこそ「護国の鬼」になったのではないかという気がしたのです。
 規制する警官が敵だというのではありません。「粛々と進める」とうそぶいている、現在の権力の構造こそが無用の争いを国内に持ち込んでいるのです。しかし映画はそのような告発を声高に叫ぶこともなくエンディグに入って行きます。そして最後に出た文字は「おわり」ではなくて「つづく」でした。 

11月11日に日比谷公園で焼身自殺した「新田進」さんの抗議文と論文

 大木晴子さんのツイッターを入り口として、去る11月11日に日比谷公園で焼身自殺した「新田進」さんの抗議文と、この人の生前の論文(活動家集団思想運動の機関紙「思想運動」6月15日号に掲載)を読むことができました。どちらもしっかりした文面で、高い思想性と信念の深さを感じさせます。この事件が、マスコミからほとんど無視されたのは、非常に不自然に感じます。私なりに、今後リサーチを進めてみたいと思っています。

  抗議文(衆議院議長、参議院議長、安倍晋三内閣総理大臣殿) 
 違憲無効な「7・1閣議決定」を直ちに取り消せ!
 集団的自衛権容認に基づく安保法制の立法準備及びガイドライン再改定などを即刻やめよ。
 これらと結びついた沖縄の辺野古・高江の基地建設を今すぐ中止を。
 国会両院は、違憲・無効な「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」2014年7月1日国家安全保障会議・閣議決定の取り消し決議を。
 わたくしは死をもって訴えます。  2014年11月11日
 なお、この文書はいくつかの報道機関等に送付しました。

 機関紙に掲載された論文は、こちらで読めます。
https://www.facebook.com/akira.hayase.9/posts/10152808135871168
憲法解釈変更による集団的自衛権行使容認のねらい
閣議決定を断固許さない!
 との表題の下に、
「防衛問題」のタブー視を払拭
解釈改憲で明文改憲機能を果たす
安倍壊憲の歴史的性格と階級的性格
閣議決定で九条も九六条も亡きものに
 と整然たる論考を進めた上で、最後をこのように結んでいます。

 閣議決定による解釈改憲は、立憲主義を否定し、憲法九条の平和主義と、九六条の憲法改正手続=国民主権(人民主権)の死刑宣告である。安倍政権の今回の手口は明文改憲を経ずして、憲法「改正」を成し遂げてしまう攻撃だ。いわば九条も九六条も一括して亡きものにするものだ。歴史的暴挙を決して許してはならない。われわれは、特定秘密保護法成立の二の舞を演じないように、安倍政権と真正面から対決し、今度こそかれらの思惑を打ち砕くため協力・共同しよう。【新田 進】
 (『思想運動』938号 2014年6月15日号付)

小選挙区でも勝てる〜沖縄から吹く新しい風

 「逝き世の面影」ブログ主である宗純さんからのコメントを辿って、沖縄新報の最新記事を読んだ。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-234819-storytopic-271.html
それによると、沖縄では知事選挙の枠組みで衆議院選挙にも対処するとのことだ。社民、共産、社大、生活の各党と県議会会派、那覇市議会会派からなる会議で、沖縄の4つの小選挙区の候補を調整したという。その結果、1区では共産党、2区では社民党、3区では生活の党の現職を統一の候補とし、4区には元自民党県連顧問で、基地反対で除名処分を受けた元県議会議長に出馬を打診するとのことだ。
 公明党は知事選で自主投票だった。連合沖縄は知事選で翁長氏を推薦したことから、連合沖縄を通して民主党県連にも協力を呼び掛ける予定とのこと。これが実現すると、沖縄ではすべての小選挙区で知事選挙の構図が再現されることになる。たまたま北海道の「そりゃないよ獣医さん」は、集会で沖縄を見てきたばかりの人が、「沖縄では、自民党の議員を沖縄から無くそうという熱気で燃えている」と語ったとの報告を寄せてくれた。
 もともと革新系の強い沖縄で、しかも知事選挙で「オール沖縄」の枠組みが成功した直後という幸運もあっただろうが、自民党に対決する野党の結束が実現したことの意味は大きい。それも各党が対等に成果を分け合うという理想的な形になった。各党は、比例区ではもちろん独自に戦うことになる。この場合の比例区は、小選挙区の不合理を緩和するという、本来の役割を果たすだろう。幸いにして九州ブロックは、定員21名の比較的に大きな選挙区になっている。
 日本ではなぜ選挙をしても民意が議席に反映しないのか。現行選挙制度の欠陥を補う画期的な取り組みだと思うのだが、大きく取り上げているマスコミはない。沖縄以外では通用しない現状かもしれないが、歪んだ選挙制度の壁を破るには、今のところ政党の側が適応して突破するしかないのだ。沖縄で出来たことがすぐに全国で出来なくても、小さな単位で、たとえば隣接する二つの選挙区でなら出来るかもしれないではないか。
 沖縄知事選では、投票率が通常よりも5%上がってあの結果になった。候補者の選定は政党だけの仕事ではない。小選挙区の壁の中で自分の票をどう使うか。一人の有権者にも、できることがある。

この選挙は戦争NOの国民投票だ

(熊さん)新聞なんかじゃ、この選挙の争点はアベノミクスだって書いてますね。
(ご隠居)それがいかんのだ。テレビの街頭インタビューなんかでも、それを前提に意見を聞いて「国民の暮らしを良くしてくれる政治がいいですね」なんて声を引き出してる。のんびりしたことを言ってられる場合かってんだ。マスコミの連中も、安倍演説の受け売りみたいなことをやってるんだから情けないよ。むしろ海外の反応の方が、日本の針路を心配してるみたいだ。
(熊)ひところ盛り上がった秘密保護法も原発再稼働も集団的自衛権も沖縄の基地問題も、ちっとも話題にならないのは不思議ですよね。みんな忘れっぽいんだろうか。
(隠)意図的に忘れさせようとしてるとしか思えないな。だいたい経済政策優先で選挙に勝った筈の安倍政権が、最初に熱心にやったのが秘密保護法で、次が集団的自衛権だったんだ。一方で原発再稼働の準備は着々と続けてた。こっちの方がずっと重大な問題で、原発を抱えたまま戦争に近づいて行ったら、経済成長も国民福祉も吹っ飛んでしまうんだよ。
(熊)野党も歯がゆいですね。そういう争点をはっきりさせればいいのに、アベノミクスは失敗とか、格差は拡大したとかばかり言ってる。いまいち迫力がないんですよね。
(隠)態度がはっきりしてるのは、共産党と社民党だね。ここは基本的なところで安倍政権との対決姿勢を出してる。問題は民主党以下のその他の野党で、政策協議でも割り切れないところがあるんだ。だから候補者個々の態度を確かめたくなるな。それに役立ちそうな資料を、最近見たよ。秘密保護法採決のときの、議員の投票行動をまとめた一覧表があるんだ。
http://www.tokyo-np.co.jp/feature/himitsuhogo/20131214.pdf
(熊)ここで反対した議員なら、集団的自衛権にも反対が期待できますね。
(隠)そうなんだ。わしは投票日までの期間限定で、民主平和党のホームページの下に「集団的自衛権の閣議決定に反対している候補者一覧」を掲載したいと思ってた。立候補者が決まったら、メールで問い合わせることも考えたんだが、人数が多いし、正確な一覧表を作るのは一人では無理に思えてきた。そこで今の「民主平和党の三原則に賛同する議員一覧」を利用して、その中に「2014年12月14日投票の衆議院選挙立候補者」の部を作ろうと思うんだが、どうだろう。
(熊)ああ、そりゃいいですね。投票を決めるときの参考になりますよ。
(隠)このブログを訪ねてくれて、民主平和党の三原則に賛同してくれる人なら、わしは信頼できると思う。選挙区名と氏名を、ブログのコメント欄か、管理人のメールに知らせてくれればいいんだ。選挙の公示日より前でも、構わないかもしれないな。ただし、自民党と公明党の公認・推薦・支持を受ける候補者は、個人の意思がどうであっても、この選挙についてはお断りだよ。なにしろ国民投票だからね。

今年の柿の終り

007

 今年の柿は、数は少な目だったが大粒だった。中でも一個で300グラムを超える大型の実ができたのは初めてだった。なぜか育ちそこなったような小さな実もあって、これは今年の最小記録になる。
 どちらも完熟に近く、今はナイフで皮むきのできる限界にまで柔らかくなっている。じつはこの状態のときが、いちばん甘くてうまいと私は思っている。あとはさらに完熟になると、ヘタのまわりを丸く切って、スプーンて中身をすくい取って食べることになる。連れ合いはそれが好きで、仏壇代わりのピアノの上の、父母と祖父母の写真の前に供えてあるのを、最後に食べるのを楽しみにしている。
 もぎたてが新鮮でいいという果物もあるだろうが、柿はそうではない。できれば葉が落ちるまで枝に置くといいのだが、知らぬ間に落ちてしまったり、カラスにつつかれたりするので、適当なときに取ってしまうことになる。そのとき、何かの理由で傷のついた実は、早くから熟して甘くなっている。つまりは、熟するとは、腐敗にいたる過程の途中にある、人間にとって都合のいい状態であることがわかる。今年は傷物がたくさん出たので、家の中で消化するのに忙しい時期もあった。
 大きさがわかるように新聞の上に置いたら、「衆院きょう解散」の文字がある。安倍晋三は、ひそかに「機は熟した」と見たのかもしれないが、どうみても自然な熟し方ではない。傷がついて放置すると腐敗が進むので、一気にリセットして、あと4年間の権力を手に入れて置きたいのだ。その4年間で「戦争できる国づくり」を整えた先には、いよいよ改憲を含む「安倍の日本を取り戻す」道筋がある。間もなく戦いが始まる。

ブログ連歌(388)

7739 鹿児島の 原発稼働 疑問なり (みどり)
7740  百代千代(せんだい) 悔いを残すぞ (建世)
7741 日中は 言葉選びの 合意より
7742  海賊退治に 的を絞れよ (うたのすけ)
7743 仏頂面 眺めて晩酌 不味くなり (うたのすけ)
7744  アジアの孤児は 世界の孤児へ (建世) 
7745 握手して 写真を撮って はいお次
7746  大国風が 吹き抜けて行く (建世) 
7747 秋時雨 値上げの先に 待つ寒さ (みどり)
7748  冬の入り口 大乱の相 (建世)
7749 解散の 意義は何かと 応え無し (みどり)
7750  権力亡者 それだけのこと (建世)
7751 総選挙 争点隠しを 総点検 (獣医さん)
7751B アベノミクス 金融バブルの 田舎芝居 (獣医さん)
7752  戦争拒否の 国民投票 (建世)
7753 武器輸出 許す悪政 拒むのみ (みどり)
7754  人も出します 世界の果てへ (建世)
7755 政治には 大義はいらぬ ご尤も (うたのすけ)
7756  権力欲しい その一心で (建世)
7757 バンザイで 解散するは コレ漫才 (うたのすけ)
7758  めでたくもなし ヤケクソもあり (建世)
7759 選挙権 使わぬ人の ノーテンキ
7760  愚痴たたくなら まずは投票 (ひねくれ者)

天木直人氏の提言「選挙ボイコット」は有効だろうか

 天木直人氏は、昨日のブログで「総選挙に対する最強の反撃は選挙のボイコットだ」と書いている。「どうすれば国民はこの増長し切った安倍首相に鉄槌を下すことができるのか」と怒りを述べているのは同感だが、「安倍首相に一泡吹かせたいと思うなら、今度の選挙をボイコットすればいいのだ」というのは、どうだろう。その前提に「今の政治状況で、自公が過半数を取れないなどという事が起こり得ることなどあり得ない」というのだが、本当にそうだろうか。
 極端な低投票率なら選挙に正統性がなくなり、政権運営は行き詰るというのだが、そんな「極端な低投票率」の方が、むしろ起こりえないことのように思われる。衆議院総選挙の投票率は、前回の2012年が戦後最低を記録したのだが、それでも59.32%はあった。極端な低投票率というからには、少なくとも50%は切らないと意味がないだろうが、インターネットの呼びかけ程度で、そんなことが起こるだろうか。半端な「国民運動」では、良識派の票を減らすだけで終るのではないか。
 今朝の朝日新聞の分析によると、全国295の小選挙区のうちで、共産党以外の有力な野党候補が競合しているのが60ほどあり、調整を急いでいるということだ。そして有力な対立候補が共産党しかいない選挙区は90近くに達するという。すると残りの大半の選挙区では、与党候補と野党統一候補と共産党候補の3者で一つの議席を争うことになる。これらの選挙区では、与党の当選を減らすために有効な投票を、有権者が個々に決めなければならないだろう。
 比例区の議席は180あるのだが、純粋な比例代表ではなく、全国を11のブロックに分けているのがネックになる。定員が20名以上の区は、北関東、南関東、東海、近畿、九州と5区しかない。それ以外では、5%の支持率がある政党でも、当選者を出せないことになる。日本の選挙制度は、小政党を圧殺する仕組みになっていることを忘れてはならない。
 とはいっても目前の選挙でどうするかを考えよう。何度も書いているように、私はこの選挙を「戦争する国づくり」の可否を問う国民投票だと思っている。戦争する国では経済も福祉も無意味になる。だから安倍政権を退場させたいので、具体的には「集団的自衛権行使容認」の閣議決定を撤回させなければならない。この一点を問う国民投票なら、勝機があると思っているのだ。
 だからとくに公明党の支持者にはお願いしたいことがある。「集団的自衛権」には疑問を感じた人が多かったことだろう。次の選挙で自民党候補への投票を割り当てられたら、名前を書くふりをして、白票を投じてほしい。それが平和な日本を守ることになる。
 私はこういうときに、よく孔子の言葉を思い出す。敵に囲まれたとき、弟子が「君子もまた窮するか」と問うた。孔子は答えた「君子もとより窮す。小人は窮すれば乱る」と。窮してもなお、やらなければならないことがある。

「お友だち記者会見」を見てしまった

(熊さん)やっぱり解散総選挙は本物でしたね。
(ご隠居)ゆうべはNHKニュースがそれしかやらんから、官邸での「お友だち記者会見」を見てしまったよ。首相に言いたいだけ演説させて、あとは格好つけの質問をちょろっとやって「お時間です」だった。筋書き通りの運びだろうね。
(熊)で、解散の理由は何だって言うんですか。
(隠)来年4月から10%にする予定だった消費税引き上げを、経済指標が悪いから一年半延期することに決断した。その間に経済成長を確実にして、次には必ず増税して経済再建をする。重大な決定だから国民に審判してもらいたいっていうんだな。
(熊)それほどのことなんですか。アベノミクスがうまく行ってないから増税先送りってだけでしょ。
(隠)そうだよ。本音は閣僚が2人も辞めたし経済もうまくない、このままジリ貧は困るから、あと4年間の任期を今のうちに確保しておきたいだけなのさ。だがそんなことは一言も言わない。「経済成長へのチャンスを逃してはならない」の一点ばりで通そうとしてるんだ。それを知ってる筈の記者たちも経済問題しか聞かない。最後に「防衛問題」を口にした記者が一人だけいたが、「そうした問題も真摯に取り組んで参ります」でチョンだった。
(熊)官邸で記者会見って、政府の広報みたいなもんですね。
(隠)今のマスコミの姿を象徴してるね。今朝の新聞も、日経なんかは「アベノミクスの通信簿」をつける選挙になるなんて書いてる。それも嘘ではないだろうが、これからの4年間で安倍政権が本当に狙っているものは何なのかを書いていない。経済新聞だから経済だけ書いてればいいって場合じゃないと思うんだがね。
(熊)これで選挙になるのは決まりだけど、野党はまとまれますかね。
(隠)まとまるどころじゃなくて「みんなの党」は解党するって騒ぎだよ。もっとも、それが新党への起爆剤になるのを期待してるんだろうが、どうだろうか。唯一、与党を経験しているのは民主党だが、どこまで求心力を回復できるだろうか。どんな形にしても、新しい結集のシンボルになるようなスターがいないのが痛いな。個人的には蓮舫さんが浮かぶんだが、まだ準備不足だろう。
(熊)またずるすると安倍与党の過半数を許してしまうのは口惜しいですね。
(隠)そうだよ。ゆうべの会見で、一つだけ意味があったのは、「過半数を取れなければ退陣します」と言い切ったところだった。この選挙は「戦争への国づくり」を許すかどうかの国民投票になるんだよ。ここで負けると、4年後には取り返しのつかないことになってるかも知れない。負けるわけには行かないんだ。

文明史の中で安倍政権を考える

 自分が生きていられる時間は、この先あまり長くはない。面白い時代に生きられて、良かったと思っている。だから不満はないのだが、今いる場所から見えている未来について、少し書いておきたい気持はある。横丁の隠居の言うことはタメになると思ってくれる人が、少しはいるようだから。
 朝刊のコラム「天声人語」に、「将来世代に対する容赦ない戦争」という言葉があった。現代人のエゴで未来世代に負の遺産を積み上げている意味で、ドイツの作家が環境問題について語った言葉だそうだ。人間が生きている間に、役に立つものを作るよりも、有害で厄介なものをより多く作り出して残すようになったら、それは人類が衰退の時代に入ったことを意味するだろう。
 言葉を文字に書き表すことを始めた人たちは、巨大な恩恵を後の世代に残した。食料品の開発や、衣料品の作り方を発明した世代も同様だった。基本的に人間は「良いもの」を発明しつづけて自分たちの暮らしを向上させてきた。その成果がすばらしかったことは、人間が一貫して仲間の数を増やしてきたことからだけでもわかる。栄えるとは、大勢の仲間が生きて行けるということだ。
 「限りある地球」という言葉を初めて聞いたのは、社会人になってからだと思う。親の世代は自然のままに子供を作ったから、私のきょうだいは5人いた。私は結婚したが、子供は2人だった。時代は変ったのだから、それでいいと思った。あとは平和のうちに未来を見守ればいい。
 ところがここへ来ておかしくなった。地の底からシェールガスをしぼり出して地層を破壊するのが文明なのか。万年の単位で危険がつづく廃棄物を生み出す原発が、発電のために必要なのか。破壊と殺人以外に能のない兵器を揃えて、地球分捕り合戦に参加しないと一流国でないなどと、悪夢を見ているような人物が、なぜ日本の総理大臣になっているのか。
 これからの世界に戦争は要らない。採算のとれる戦争は、もう地上には存在しなくなった。最低限必要な警察力だけあればいいと、世界の国々が誓い合った国連の理想は、どこへ行ったのだ。加盟国の中から、また弱肉強食の自由が欲しいと言って、脱退した国が一つでも出てきたというのか。疑心暗鬼の虚像を作り上げて、私利私欲をからめて緊張を作り出しているものの実体は、いったい何なのだ。
 それの名前は「資本」だったり「愛国」だったり、時には二重括弧つきの『平和』だったりする。変幻自在の厄介者なのだが、一つだけ共通点がある。すべて欲のために作り出された「人工物」であるということだ。天然由来の自然物ではない。
 自然に呼吸できる空気があって、そのまま飲める水があって、食べるものと若干の衣服と家があれば人は幸せに生きていることができる。「戦争のできる国づくり」を自分の使命と思い込んでいる政治家は、日本には有害で必要がない。次の選挙を、安倍政権にNOを突きつける国民投票にしよう。

共産党が参加して選挙に勝つ方程式

 沖縄県知事選挙と、それに連動した那覇市長選挙は、いずれも共産党が支援に入った候補が、自民系の候補を破って当選した。争点が辺野古の新基地建設を推進するか止めるかの選択だったから、わかりやすくて県民の関心も高かったので、順当な勝利に結びついたようだ。投票率も高くなっていた。ふつうの選挙だと、投票率が低いほど共産党の「健闘」が目立つことが多いのだが、この場合は逆になった。共産党の存在が「生きた」選挙と言えるのではないだろうか。 
 今回は首長の選挙だったから、これには国民投票的な色彩があった。政党が個々の「党利」よりも「住民の選択」に重点を置いて運動を展開したのでこの結果を導くことができた。次の衆議院選挙は「争点隠し」の工作が行われているが、実質的には集団的自衛権発動容認つまり「戦争できる国づくり」を進めるための選挙だということがはっきりしている。ここに国民投票の性格を持ち込んで、自公政権に対する「戦争できる国づくりを止める」力を結集できないだろうか。
 それにしては、共産党は早々と「全選挙区に候補者を立てて対決する」ことを宣言している。これまでの常識だと、国民の関心が高まって投票率が上がるほど、共産党の選挙での成績は振るわないことになるのだが、それではまた「つまらない選挙」になってしまうだろう。だからここで、共産党がこの選挙を「戦争への道を止めるための国民投票」だとアピールして、浮動票を吸収することが有効と思われる。その場合、これまで選挙にあまり行かなかった若い世代が、共産党に対して抵抗を感じないで投票できるようなアプローチが必要になってくるだろう。
 その一方で、自公でも共産・社民でもなくて「戦争のできる国づくり」に反対する候補者は、各自の政策の中で態度を明確にしてほしい。しかしその場合でも、所属している党が、いざというときに自公勢力にすり寄ったりしないか一抹の不安が残る。だから本人の信念が本物かどうか、時に当っては党議拘束に反しても信念を貫くかどうか、人物をよく見きわめなければならない。
 本当は野党間で「集団的自衛権と秘密保護法に反対する」政策協議が出来て、そこに共産党も参加して候補者の調整にまで進むといいのだが、今回の選挙に間に合うかどうかはわからない。しかし有権者としては、以上を頭に入れた上で、各自の選挙区で最適の投票行動をするのがいいと思う。小選挙区と比例区を使い分ける方法もあるし、とにかく少しでも多くの票を「生かしたい」ものである。

戦場のうた〜元「慰安婦」の胸痛む現実と歴史

 村雲司さんに教えていただき、琉球放送制作の秀作番組を見ることができました。本年度の民間放送連盟・テレビ報道部門最優秀賞に選ばれたとのことです。以下の「Dailymotion動画」で見ることができます(作品長さ47分)。
http://www.dailymotion.com/video/x296o6h_%E6%88%A6%E5%A0%B4%E3%81%AE%E3%81%86%E3%81%9F-%E5%85%83-%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6-%E3%81%AE%E8%83%B8%E7%97%9B%E3%82%80%E7%8F%BE%E5%AE%9F%E3%81%A8%E6%AD%B4%E5%8F%B2_news
 取材現場は宮古島です。ここに戦争末期、基地建設のために大陸から移動してきた日本軍は、多数の朝鮮出身の慰安婦を伴っていました。三つの飛行場を作るために島に分駐し、その部隊ごとに慰安所が設けられたということです。兵隊たちのモラルはかなり荒廃しており、その兵たちを静めるためにも、慰安所の設置は必須とされ、地元の行政も協力させられました。
 慰安所の女性たちは島民と水場を共有したため、島民との交流も生まれました。当時子供で、朝鮮から来た女性に歌を教えてもらった人もいます。会話を通して、慰安婦たちの悲しい身の上を聞かされることもありました。そんな島民も含めて、番組は当の慰安婦だった(ハルモニと呼ばれた)人たちや、駐留した日本軍の軍人だった人たちにも綿密な取材を行っています。
 公式な文書は焼却されても、陣中日誌を残した軍の士官もいました。日本軍にとって慰安所は不可分の「戦力の一部」であり、逃亡を許さない強制の世界であったことを、番組は動かぬ証拠を連ねて明らかにして行きます。島民にとってはもちろん、当時の日本軍とは、崩壊寸前の規律を、暴力と慰安所によって辛うじて維持していた迷惑な組織でしかありませんでした。
 それでも島には、痛ましいハルモニたちを忘れないための記念碑が、島民の手によって残されています。忘れられないアリランの歌声は、民族を超えた悲しみと怒りを、今に伝えています。

「争点隠し」に、だまされてはいけない

(熊さん)解散総選挙が決定的になってきましたね。消費税の引き上げは、一年半延期だって。
(ご隠居)新聞の見出しだけ見てると、消費税が最大の問題みたいに見えるかも知らんが、こんなものは争点じゃないよ。消費税の一年半延期がいいとか悪いとかで対立してるわけじゃない。政権与党が、また過半数を取って、あと4年間の独裁政治を進めたい、ただそれだけが理由なんだ。落ちついて考えればすぐわかるのに、わざと争点をわかりにくくしてる。マスコミもそれに協力してるんだから世話はないや。でもこれは掛け値なしに、戦後日本の針路を決める決定的な選挙になるよ。
(熊)それって、「集団的自衛権」のことですか。
(隠)そうだよ。「集団的自衛権行使容認」なんていうと漢字ばかりで長ったらしくてわかりにくいだろうが、これは「戦争のできる国づくり」ということだ。これを閣議決定したから安倍内閣としては方針を決めたんだが、これから関連するいろんな法律を国会で通さなくちゃならない。それにはあと2年間だけの任期では、足りなくなるのが心配だったんだよ。国民の反発も強くなるだろうからね。それで消費税の予定通りの引き上げに疑問が出てきたのを利用して、一年半延期のオマケもつけて、支持率が落ちないうちの解散・総選挙を思いついたというわけだ。
(熊)今のうちなら野党もまとまってないから、強敵がいないですよね。
(隠)そうなんだ。野党は準備が出来ていないから大あわてしている。投票日まであと一月しかないのに、合併だ候補者名簿の統一だなんて、右往左往を始めたところだ。選挙目当ての数合わせをしても、迫力のある対抗勢力が簡単に立ち上がるとは思えない。はっきりしているのは「全選挙区に候補者を立てて対決する」という共産党だけだよ。残念ながら、この状況は、投票日までに劇的に変るということはないだろうな。
(熊)それじゃ有権者はどうしたらいいんです? 例の「国民投票」方式ですか。
(隠)そうだ。「戦争のできる国づくり」に同意するかどうかで投票先を決める必要があるんだ。閣議決定を承認した自民党と公明党は、政党として支持できないことは、はっきりしている。反対している政党は共産党と社民党で、これもはっきりしている。残る問題は、これ以外の政党に属している候補者のうちで、誰がどんな立場かということだな。マスコミがアンケート調査して発表してくれるといいんだが、直接に聞いてみるのがいちばんいいよ。
(熊)政権党でも、個人的には反対の人もいるんじゃないですか。
(隠)それはだめだ。今回は「国民投票」だから中間の選択はない。戦争をしたくなかったら「戦争をさせない」側に投票するしかないんだよ。今まで選挙に行かなかった若い人たち、戦争をしたくなかったら投票に行ってくれ。政権党にしか支持したい人がいなかったら、今回は残念だが棄権してくれ。国民投票なら、日本を変えられるんだよ。

沖縄県知事選〜共産党の支持を受けたらおかしいか

 沖縄県知事選挙の投票日が迫っている。劣勢を伝えられる現職仲井真候補を支援している自民党は、ここへきて、なりふり構わぬネガティブキャンペーンをしているということだ。応援演説に行った櫻井よしこは、翁長候補が共産党からも支援を受けていることをとらえて、「共産党から恩義を受けて当選すると県政がゆがめられる。同じように共産党から支援された稲嶺市長のところでは、共産党に要求されて副市長が共産党になり、教育長も共産党……」(週刊ゲンダイによる)と語ったそうだ。
 ところがこれは全くの虚報で、副市長は4年前の話で、再選時には満場一致で承認されており、教育長の話に至っては事実無根のつくり話だったという。悪質な選挙妨害の疑いがあるが、この話を読んで、私には素朴な疑問が湧いた。そもそも共産党の支援を受けるということは、非難攻撃されるべきことなのだろうか。治安維持法で禁止されているわけでもない、日本における天下の公党ではないか。
 古くは東京都でも、社会党、共産党に支援された美濃部亮吉知事が誕生したことがあった。「革新知事」として話題になり、公営ギャンブルの廃止などが記憶に残っている。美濃部知事の時代に、都政が共産党の介入でゆがめられたという話は、私は聞いたことがない。美濃部氏がマルクス主義にも精通した経済学者であることは誰でも知っていた。選挙中に「美濃部が当選したら都庁に赤旗が立つ」といった宣伝があったが、もちろんそんな子供じみたことはなかった。
 共産党は日本の政党の中で唯一、政党交付金の受け取りをしていない。政党は国からさえも経済的に自立しているべきだという見識には一理がある。その一方で組織の統制が固く、外に向けて開かれていないという、昔からずっと続いている批判がある。しかしその綱領を読むと、広く国民一般の民主的な勢力と連携しながら、政治を改革して行くといった、なかなかいいことが書いてある。
 今回の「解散風」に対応して、共産党はいちはやく「全選挙区に候補者を立てて自民党と対決する」との姿勢を示した。この選挙を「集団的自衛権行使容認」の是非を問う国民投票と位置づければ、むろん文句なしに「認めない」勢力であることは疑いない。惜しむらくは、「自民党候補に勝つための選挙協力」には消極的で、あくまでも自党の候補一本槍に徹するために、これまでも自民党に漁夫の利を得させることが多かった。小選挙区では、首長選挙と似た協力関係が有効だと思うのだが、急場には間に合わないだろう。
 したがって結論は、二分法の「国民投票」なら、共産党を排除すべきではない、ということになる。共産党がある程度の力をつけてきて、政権与党に加わる可能性が出てきたときに、どう変るのか変らないのか、それは共産党の課題になるだろう。

この選挙を「集団的自衛権」の国民投票にしよう

(熊さん)あっという間に解散・総選挙のムードになっちゃいましたね。誰かが「大義なき解散」て言ってましたけど、安倍さんの計略ですか。
(ご隠居)当りき車力、車引きよ。大義どころか中義も小義もありゃしない。がりがりのエゴだけだよ。ちと雲行きが怪しくなったが、今のうちに選挙をやっとけば、あとまだ4年政権をやれるって計算したんだ。
(熊)消費税を上げるのを先送りするとかしないとか、ちょっとわかりませんね。
(隠)表向きは消費税問題で国民の信認を求めるって形になるが、本当にそうだと思うかい。本当の狙いは何か、それははっきりしているよ。敵は本能寺にありだ。集団的自衛権の閣議決定の仕上げをしたいんだよ。考えてみな、参議院の議席数から見て、次の参議院選挙も大丈夫だ。ここで衆議院の過半数を取っておけば、あと4年間の独裁状態が続く、それが欲しいんだよ。閣議決定はしたが、日本を「戦争のできる国」に変えるには、いろんな法律を通さなくちゃならない。抵抗も強くなってくるのは目に見えているからね。
(熊)今なら野党もまとまってないから、よほどヘマをしない限り過半数は取るでしょうね。
(隠)もちろんそれが狙い目さ。これから4年かけて「集団的自衛権」の体制を固めてしまえば、憲法はますます空洞化してくる。そこで、「これじゃあんまり格好が悪い」と国民があきらめたところで、自民党案での憲法改定の国民投票に持って行けば勝てる状況になる、そこまで考えてるに違いない。「日本を取り戻した」と威張れるってわけだ。
(熊)うーん、それは大変なことだ。
(隠)だからこの選挙は、「集団的自衛権の行使容認」に賛成か反対かの国民投票だと思えばいいんだ。われわれの仲間は「集団的自衛権で国民投票をさせろ」という運動を始めようとしてたんだが、あちらからチャンスが転がり込んできたと思えばいい。今でも国会議員の間でさえ、集団的自衛権には疑問を持っている人の方が多いんだよ。国民全体では、もちろん反対が多数派だ。それを素直に出して選挙の投票に反映させればいいんだよ。
(熊)ああそうか。その一点にしぼれば国民投票になりますね。
(隠)そうだよ。すると、どういう投票をしたらいいかが見えてくる。まず、絶対に投票に行かなくてはいけない。なにしろ国民投票だからね。そしてもちろん、集団的自衛権を認めた政治家にも政党にも、絶対に票を入れてはいけない。その二つのことだけを忘れなければいいんだ。これはピンチじゃなくてチャンスだよ。戦争への道だけは選んじゃだめだ。経済も福祉も、平和あってのことなんだからね。

鯨エマの新作音楽劇「聖なるかな」を見る

 本日から16日(日)まで、下北沢の「OFF−OFFシアター」(駅南口正面)で上演される鯨エマさん作・演出による「聖なるかな」(制作・鯨エンターテイメント)を見てきました。理屈抜きでも楽しめる音楽劇でした。以前に女性(シスター)版を作ったとのことですが、今回は設定を男子修道院とし、男性ばかり5人の中に鯨さんが紅一点で参加して、税務査察官からキャバレーの女性まで、変幻自在にのびのびと演技していました。
 鯨さんはミッションスクールで育ったものの信者にもならずにいましたが、辛酸の演劇生活の中で揺るがない指針が欲しくなり、つい近年に洗礼を受けたということです。だからといって劇が宗教的になったわけではありません。むしろ政治と並んで宗教についても遠慮なく書けるようになった気がすると、挨拶文の中で述べていました。
 時代設定は、2020年東京オリンピックのにわか景気も終り、不況のつのる「谷倍政権」の時代です。消費税は、すでに20%になっています。政府は宗教法人への課税も厳しくすることとし、修道院の収入の大半を占める信者からの寄付金からも50%の税を取り立てることとしました。生活に困窮した修道士たちは、焼き菓子のマドレーヌを作って名物として売り出そうとするので、珍談奇談の活劇が始まります。
 そこに散りばめられるのが20曲ほどの「劇中歌」なのですが、その中には世界の名曲からの「替え歌」が混ぜてあります。中でも「絶望」と題をつけた「ツィゴイネルワイゼン」が絶品でした。一曲まるごと、サラサーテの名曲の細部にまで歌詞を押し込み、それに派手な振り付けがついているのですから盛り上がります。こういうことを大まじめにやってくれる人たちがいることを知っただけでも、楽しくなりました。しかし、この劇の全体は喜劇ではありません。
 終盤に近く、「神ともにいまして」の歌声などは、かなり厳粛に聞こえました。悪政はびこる世の中にあって、宗教者はどうしたら人を救うことができるのでしょうか。ただ耐えて、悲しみを癒すことだけを教えていればいいのでしょうか。悪しき力に対して、戦いを挑んではいけないのでしょうか。そのときの武器として、インターネットを使うことは、どうなのでしょうか。
 修道士の一人は「たたかえ!」というタスキを掛けて出て行きました。キリストが生まれたときに駆けつけた3博士のほかに、間に合わなかった4人目の博士がいたという「アルタバルの物語」は、鯨エマさんが「聞くたびに初心に帰る」そうですが、この劇でも引用されていました。神はすべてを見ていて、天国は実在する。そう信じる人にも、信じない人にも、この劇は「見てよかった」と言えるでしょう。
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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
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