志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2015年03月

県と国がけんかしたら、どっちが強いか

(熊さん)沖縄県と国は、辺野古の工事を止めろ止めないで、けんかを始めたみたいですね。
(ご隠居)県知事が、サンゴ礁を傷めている疑いがあるから調査するので工事を止めるように指示したら、防衛局側は行政不服審査法という制度を使って、管轄の農水省から「指示の執行停止」という判断を引き出したんだ。国の都合は県知事の判断に優先するというんだな。
(熊)役所同士が連携して、知事に対抗してるんですね。で、知事側はどうするんです?
(隠)前の知事が出した「埋め立て許可の取り消し」という決定打を考えているようだが、法的な理由づけなどを慎重に検討しているらしい。いずれにしても裁判所で争う、やっかいな問題になるのは目に見えているからね。正式な裁判になっても、その間は工事を止める指示を出すとか、それに対抗する仮処分とか、ドロ沼的な法廷闘争が続いていくことになるだろう。
(熊)裁判所だって国の機関だから、結局は国の都合を優先するんじゃないですか。
(隠)そう言ってしまったら身も蓋もないよ。裁判官は独立して判断する建前だから、国を退ける判断を示すこともある。しかし長い時間がかかるし、既成事実が出来てしまうと、それをひっくり返すのが非常に難しいのは事実だな。だけどね、これだけはっきりしている沖縄の民意を、力づくで国が抑え込んだら、大きなしこりになって後に残るだろうね。
(熊)そうですよ、日本から独立したいって運動になるんじゃないですかね。
(隠)心情的にはわかるけど、それは大変なことだ。国の一部分が本国から分かれて独立するという例はあるけれど、平和な話し合いだけで成功したという例は少ないんだよ。住民が武装蜂起して、実力で独立をかちとったという場合がむしろ多いんだ。沖縄の人たちの抵抗は、非暴力の不服従だよ。それは古い琉球時代からの伝統でもあるんだな。だからって今度も沖縄に泣き寝入りさせればいいって話じゃないないよ。大事なのは、沖縄の基地問題を、日本全体の未来と深く結びついた問題として考えることなんだ。
(熊)沖縄だけのローカルな問題と思ったら違うんだ。
(隠)そうなんだよ。世界を平和共存の時代へ導くか、それとも第三次世界大戦の準備に走らせるかという、大きな選択の問題なんだ。そう考えたときに、はじめて沖縄と本土が一体になった運動ができるんだよ。国と県がけんかしたら、国の方が強いかもしれない。でも、そんなちっちゃい問題じゃないんだ。
(熊)ところでご隠居、明日は四月の第一水曜日ですよ。例の国会一周はしますか。
(隠)うん、正午に地下鉄丸ノ内線の「国会議事堂前」駅改札出口前からスタートするよ。小一時間かけて議事堂を一周するお散歩だ。お天気は曇りのようだから、レインボーの傘を持ってみようかな。四月一日だけど、これはエイプリル・フールじゃないからね。

「やんばるからの伝言」を読む

 先日の集会の会場で販売していた「やんばるからの伝言」(伊佐慎次・森住卓(写真)・新日本出版社・1500円)を読みました。半分は美しい写真集ですから、鑑賞したと言うべきかもしれません。著者の伊佐さんは、座り込みのリーダーとして典型的なスラップ訴訟(権力優位者が大衆を威嚇する目的で個人を告発・起訴する)の対象とされた人です。にもかかわらず、怒りを抑えた穏やかな文章でした。
 描かれているのは、県北に広がる「やんばる」の自然の美しさ、恵みの豊かさでした。高みから見下ろすと、広葉樹の森は密生したブロッコリーのように見えるのです。それが表紙になっています。昼は一日中鳥のさえずりが聞こえている、夜はくっきりと見える銀河の横たわる星空が広がる、そして沖縄の生活用水の貴重な水源ともなっているのです。こんなところに住んでみたいと、本気で思いました。
 その中の高江村が、ベトナム戦争中はアメリカ軍によって「ベトコンの村」と見立てられ、村民がベトコン役に徴用されて、ジャングル戦の訓練に使われた事実は、三上智恵監督が制作した「標的の村」によって広く知られるようになりました。その村が、基地用地の一部返還の代償として、新しく6個所のヘリパットに取り囲まれることになったのです。そこには当然のようにオスプレイが飛んできます。 
 住民の言葉によれば、土地は一部返っても空は返ってこない、今までよりもずっと騒がしく危険になるということです。これはアメリカ軍基地の効率化計画の一部分で、辺野古の新基地計画と根底では共通のものなのです。ジャングル戦の訓練施設としては世界に一つしかないそうですが、東南アジア地域に出撃するアメリカ海兵隊の根拠地とするという、世界戦略の一環であることは明らかでしょう。半ば恒久的な基地として固定化されると見なければなりません。
 それでも伊佐さんはエピローグで、ジョン・レノンの「イマジン」を引いて語りかけます。想像してごらん、基地のない「やんばる」を。そこは現代人の癒しの場、そして人類のふるさとです。戦争をするために踏みにじってもいいのですかと。
 この本の中には、「非暴力の運動では、言葉の暴力も使わない」という信念が書かれていました。体を張った座り込みの中でも激しい言葉を封印するとは、尋常の覚悟でできることではありません。自分のしていることに、よほどの自信がなければ言えないことです。「弾圧は抵抗を呼ぶ。抵抗は友を呼ぶ」とは、伝説の政治家・瀬長亀次郎氏の言葉だそうですが、正しいことをしている自信ほど強いものはありません。時の権力も、海外からの圧力も、その前では力を失うのです。

辺野古は民主主義の学校になった

 「辺野古の今を知るお話し会」(美ら海にもやんばるにも基地はいらない市民の会・その他共催)に行ってきました。会場は渋谷の国連大学ビル内にある「地球環境パートナーシッププラザ(GEOC)」でした。水沢澄江さんによる辺野古の現状を映像と資料で伝える報告を皮切りとして、海上での活動、陸上での活動の経験者から、それぞれに臨場感あふれる体験談を聞くことができました。その中で印象的だったのが、「辺野古は民主主義の学校だった」という言葉でした。
 最初から社会活動家だったという人はいません。とくに本土から行く人は、何が問題なのか、現地では何が起こっているのかを知りたくて行くのです。そして地元の長老たちの、骨身に沁みている反戦の思いと、自分たちの生きる環境を壊す者への深い怒りにふれて、民が主役の民主主義とは何か、民意を踏みにじる国の権力は何に由来するのか、いずれが正義なのかという深刻な課題と対面するのです。
 周知のように、沖縄の民意は新基地の建設を拒否することで固まっています。日本政府がそれでも沖縄の基地負担を荷重する(普天間の負担軽減という理屈はすでに破綻しています)のは、沖縄には民主主義を適用しなくていいという、差別の実行を意味します。差別でないと言うのなら、少なくとも理解を得られない間は着工を強行すべきではなく、ましてや非暴力の抗議行動を暴力で排除すべきではありません。
 しかし辺野古で現実に起きていることは、民の力と官の力との対決です。同じ沖縄県民である可能性の高い住民たちと警察官・保安官が、政府の介在によって代理の争いをさせられているのです。そして民の立場でそこに参加する人たちは、必然的に権力の端末である官憲と対面することになります。ふだんは市民を守る立場の警察官が、自分を取り締まる側として立ちはだかる違和感は、経験しないとわかりません。
 それでも、政府の権力が絶対では民主主義は成り立たないのです。何年かに一度の選挙(それも問題の多い選挙制度)だけで政治は決まるものではなく、政府と国民との絶え間のない対話で進められるのが民主主義の政治だからです。社会運動への参加が民主主義の学校になるとは、そういう意味です。非暴力の意思表示の運動が、次の選挙での政権交代と政策の変更を可能にするのです。
 今日の会場での最大の収穫は、10名近くの現役大学生が参加していたことでした。春休み中というタイミングもよかったのでしょうが、辺野古へ行った経験から得たことを、リレートークに参加しながら、しっかりした自分の言葉で語ってくれました。この世代は、次の30年が戦争の続く世界になるか、それとも戦争のない世界になって行くかで、最大の影響を受ける当事者なのです。その分岐点の最先端に位置しているのが辺野古だと私は思っています。基地を止めることが、戦争を止める力になるのは、もちろんです。
 要は、世界征服を完成するためには戦争も必要と本気で考えているアメリカを、止められるかどうかということです。「50年後にあなたたちが歴史を書くときに、第三次世界大戦があったと書くかどうか、そこには辺野古が大事な位置を占めているでしょう」という意味のことを私も発言したつもりですが、うまく伝わったでしょうか。

密室コックピットの恐怖は他人事ではない

 ドイツの格安航空機墜落事件は、操縦室を占拠した副操縦士による意図的な急降下だったことが、ほぼ確実になってきた。どんな安全装置やアラームシステムがあろうと、操縦士が意図して墜落への操作をするのでは救いようがない。まさに想定外の事態が起きてしまったわけだ。当面の対策としては、操縦士が一人だけにならないように、正副どちらかの操縦士が室外に出るときは、ほかの乗務員が必ず代わりに室内に入るようにするということだ。
 この話を聞いて、安倍首相の現状を連想した人は少なくないようだ。ネット上で複数の書き込みを見た。なるほど考えれば考えるほど、首相官邸という密室にこもって国政の舵取りをしている人物の姿が、コックピットの操縦士に似て見えてくる。当人の特別な感覚に基づいて発せられる数々の政策は、日を追って危うい領域へと近づいて行く。そして首相官邸には、外から開けられるカギがついていないのだ。
 本来は警世の役割を果たすべきマスコミは、次々に密室の内側へと誘導されつつある。国政討論の場である国会さえも、生気のない質問と紋切り型の答弁で時間を消費して日を過ごしている。その間にも国政の全体は一定の方向へと傾いている。その速度が、体感でわかるほどに加速してきているのだ。速度がついてくると方向の転換が難しくなる。止まるだけでも大きなエネルギーが要る。
 ただ一つの希望は、舵を利かせればその効果も大きくなるということだ。急降下の速力が急上昇のエネルギーに転化することがある。ただし絶妙のタイミングと操縦士の腕が要る。今の操縦士にはそんな腕があるのか、そもそも自分が危険なことをしているのを自覚していないのではないか。ハードランディグが現実のものになってからでは遅いのだ。
 統一地方選でも何でもいいから、官邸のカギを開けさせなければならない。

「神国日本」は平和憲法と合い性が良い

(熊さん)きのうの「神国日本」は面白かったですね。あれが日本人のルーツなんですかね。
(ご隠居)深山あかねさんのおかげで、良いものが読めたよ。ハーンの指摘には、深層を突いているところがある。だからあかねさんも気持を揺さぶられたんだろうね。だけどハーンは、小泉八雲の名で日本に帰化した割には、最後まで外国人の目線をなくさなかったような気がするな。「神国日本」だって英語で書いて、しかも「試論」という控えめなタイトルだったんだ。これを持ち上げたのは、軍国主義が盛んだった昭和初期の風潮だよ。
(熊)てぇと、ご隠居の意見じゃ、それほど一人よがりじゃないと。
(隠)そうなんだよ。個性が弱くて一斉になびくってのは、使い方によって戦争にも平和にもなるんだよ。前の戦争で兵隊たちは「東洋平和のためならば なんの命が惜しかろう」と歌って出征して行ったんだ。上層部の思惑はどうでも、平均的な日本人は、それを使命だと信じて戦争に行ったわけだよ。
(熊)それだけに指導者の罪が深いんですね。
(隠)その通りだ。「八紘一宇」を、自分たちに都合のいい「東亜新秩序」の建設という欲得に重ねて周辺の国を侵略してしまった。攻め込まれた相手にしたら、自分たちの伝統も文化も破壊される、抵抗すれば殺されるで、いいことは一つもない迷惑だよ。それが上から目線ではわからなくなってしまうんだな。その意味で日本は、対等な国際関係というものを知らないまま軍事力だけは強国になってしまった、発達異常児みたいな存在だったような気がするよ。
(熊)その夢が破れたのが、この前の大戦での敗戦だった。
(隠)そうなんだよ。そこで夢から覚めたんだが、正気に返った返り方が不徹底だったんだな。なにしろ自分の頭で考えることをしないから、失敗もなるべく穏便に済まそうとする。そこで与えられたのが今の平和憲法だった。これは奇跡のようなタイミングで、世界が「もう戦争はしない」と合意した理想を、そのまま形にした憲法だったんだ。そういう指針があれば、日本人は団結して復興に立ち上がることができる。そして、その通りになった。ここまではよかった。文句あるかい。
(熊)ありませんよ。
(隠)ところがこれを「みっともない憲法だ」と思う連中が今の政権について、「神国日本」や「八紘一宇」が昔の意味で復活する気配が出てきてるから穏やかじゃないんだよ。今さら戦争をして世界統一の理想が実現できる時代だと思うかい。核兵器を持ち出す総力戦をやったところで、得られる成果で損害を埋め合わすなんて出来はしないさ。それは世界の指導者もわかってる。戦争にかかわるのは、もう時代遅れなんだよ。
(熊)そうですよね。軍事力で世界に貢献は、似合いませんよ。
(隠)落ち着いて「日本国憲法」を最初から読んでごらん。日本人の心情に逆らうようなことは一つも出てこないと思うよ。世界を平和にする。そのために個人が人として立派になることを期待している。今の日本人のためにぴったりの、合い性のいい憲法だってことが、きっとわかるよ。

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の「神国日本」を読む

 深山あかねさんのブログ「山姥珍道中記」で知ったラフカディオ・ハーンの「神国日本」(原題はJapan:An Attempt at Interpretation〈日本理解の試論〉・戸川秋骨訳)を読みました。深山あかねさんは「日本という国についてこのように私に説明してくれたものがあったでしょうか。読書が『自分探しの作業』である部分があるとすれば、わたしはこの本を読みおえたら、もう自分はこれっきし本を読まなくてもいいと思える本でした。」と書いているのですから、只ごとではないと思いました。私も読んでみて、収穫の多い本でした。
 この本は地元の図書館にもなく、検索したら「近代デジタルライブラリー」の中で読めるようになっていました。以下のアドレスです。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1038370
この他にも、別な訳者による同名の本が東洋文庫から出ていますが、デジタルライブラリーのものは発行年が1938年(昭和13年)と古く、書かれた当時(1904年・明治37年で、ハーンの没年、つまり文字通りの絶筆だった。日露戦争の戦時中に当る。)の雰囲気をよく伝えているように思いました。この原本は「戦時体制版」として出されました。日支戦争が拡大中の時代で、文中でも中国の呼称は「支那」で統一しています。
 内容は、日本びいきだったハーンの、日本人の国民性に対する称揚で徹底しています。日本人は祖先祭祀を中核とする共通意識で結ばれた国民だというのです。それは家の中での先祖礼拝から、部族単位の「氏神」信仰、そして明治以降に復活させた「天皇への帰一」まで一貫しています。政治とは「祭りごと」であり、その祭りは祖先を崇めることで、つまりは死者が統治する国民だというのです。
 天皇家はその祭祀の頂点にあって宗教的な存在であった。そのために権力の興亡からは無縁であり、日本の歴史を通して現代にまで伝わったというのは、正解だと思いました。そしてまた、中世におけるイエズス会宣教師によるキリスト教の伝来が、西洋の技術・文化の輸入にとどまり、結局は武家政治によって禁制とされた経過を、正しい判断であったと高く評価しているのが新鮮でした。その結果として、日本人は「キリスト以前」の純朴な精神を、近代にまで保存できたというのです。
 戦争における日本軍の強さについては、命をなげうって戦うことは理づめの義務感ではなく、単に「本分をつくす」ことに過ぎないからだとまで評価しています。その一方では、日本には自立した個人というものは存在しないという、深い洞察も下しています。官吏も国民も、所属する組織を守ることを第一に考える。だから西洋的な選挙制度による政治には向かないとまで考えているのには、ちょっと驚きました。
 そんな日本人が、近代的な技術を習得し、強豪ロシアと戦うまでの軍事力を備えるようになりました。これからの日本は、とくにアジアに対して大きな使命を果たすであろう。それはキリスト教の価値観による世界征服を防止し、祖先祭祀を重んじるアジアの価値観と文化を守ることだというのが結論のように読めました。
 この本を、マッカーサーの幕僚は、日本人の心理を理解するための資料として占領政策に活用したということです。この本を書いたハーンは、しかしながら最後まで日本語に堪能にならず、英語でのみ著述を残しました。「神国」と讃えられた日本の軍隊は、アジアで自軍の戦没者の10倍にも当る二千万人の民を殺戮して崩壊しました。神国とは、所詮は「文明以前」であったと考えざるをえません。

ブログ連歌(399)

7959 亡き人を 偲べど還らぬ 原発禍 (みどり) 
7960  帰宅困難 生きる人にも (建世)
7961 今からじゃ 返上無理か オリンピック (うたのすけ) 
7962  立ち往生に ならねばよいが (建世)
7963 豊かなる 山河おそいし 放射能
7964  嵩む汚染土 埋め立てならず (みどり)
7965 歴史認識に 脱原発 
7966  メリケルに 学べたはずだよ (獣医さん)
7967 亡霊の 八紘一宇 立ち上げて 
7968  弱者を救う 新秩序とは (建世)
7969 咲き初むる 桜の墓地に 眠る父母 (みどり)
7970  われも行く身ぞ 墓守はせじ (建世)
7971 春が来る 相撲の次に センバツが (うたのすけ)
7972  陽射しは永く 新緑を待つ (建世)
7973 卒業の 女子就職の 春遠し (みどり)
7974  乗り越え行けよ 目に見えぬ壁 (建世)
7975 菜の花の 風に散る先 根づく種子 (みどり)
7976  季節はめぐり いのちをつなぐ (建世)
7977 旅客機の 事故もテロも そのむごさ (うたのすけ)
7978  「格安」の語の 耳障りなる (建世) 
7979 「わが軍」の 最高指揮官 オレ様で
7980  文句あるかと 閲兵に立つ (建世)

時をかける辺野古のたたかい

(熊さん)沖縄の翁長知事が、辺野古の埋め立て作業停止を指示したんですってね。
(ご隠居)指示に従わなければ、埋め立て許可の取り消しも考えているようだ。知事の権限で、できるかぎりの抵抗をするという選挙の公約を、一つずつ進めてきたわけだな。
(熊)知事の権限で基地建設を止めるってのは、できるんですかね。
(隠)国との全面対決になるのは覚悟してるだろう。政府は作業を止めるつもりはない、許可の取り消しがあっても訴訟で争うという姿勢だ。裁判所の判断が出るまでの間に、どんどん作業を進めてしまえばいいと思ってるんじゃないかな。仮処分の申請とか、裁判所を舞台にした訴訟合戦になるかもしれない。
(熊)それで、どうなるんだろう。反対運動は、ますます激しくなるでしょうね。
(隠)そりゃそうだ。知事の姿勢は大きな力になる。ただでさえ、民意に反した無理を通すというのは、大変なことなんだよ。私の過去記事を読みに来てくれた人がいて気がついたんだが、5年も前に「普天間問題をカーリングで解く」という記事を書いていた。
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/55594045.html
そこに、日米合意で細目を決めて、2014年の完成に向けて工事を再開すると書いてあったんで驚いたんだよ。思い出してみたら2010年の5月だから、民主党の鳩山さんが進退きわまって辞任する少し前の時期だ。この通りなら、とっくに普天間から辺野古への移転が終っている筈なのに、この体たらくというわけだ。いかに難航して予定の立たない工事かってことが、改めてよくわかったよ。
(熊)そりゃ驚きましたね。遅れに遅れて今になってるんですか。軍事基地の整備ってのは、そんなに時間をかけても役に立つものなんですかね。
(隠)そのことさ。軍事上の必要なら、さっさと必要な手を打つだろうに、日本が金を出して工事もしてあげますって話だから、アメリカ軍としたら手放したくない利権になって長引くんだよ。今の計画では、完成までに9年もかかる大工事に化けてしまっている。今の国際情勢で、10年も先の軍事計画がそのまま通用するのかね。出来上がったときには要らなくなってたとか、あっても役に立たないなんてことになっても、壊してしまった海は、もう戻らないんだよ。
(熊)つまりは日本のために本当に必要な基地なのかってことですよね。
(隠)もともと、さして広くもない普天間飛行場の移転先の適地が、海岸を埋め立てる辺野古にしか見つからないというところから怪しかったんだ。アメリカの世界戦略に、日本が振り回されている姿の縮図が辺野古移転の問題だったと私は思ってる。だけどね、国際情勢は変るよ。アメリカの一極支配が永久に続くということはないし、日本の政権だって変るときが必ずくる。辺野古の戦いでいちばん頼りになる味方は、「時間」だと私は思うんだ。時間を味方につけて、どんな未来の世界に住みたいかを、はっきりさせるんだよ。

岡目八目の弁(池田幸一メール)

(池田幸一さんの2015年3月22日のメールです。)
皆様。池田幸一です。
 よく世間では岡目八目と云いますが、碁打ちよりも傍で見ている人の方が良く見透せる、つまり客観性の大事さを言うのでしょうが、過日のメルケル首相発言などが地平軸でいう所の傍観者であって、老人や子供は時間軸の岡目八目と申せましょう。従って中間の働き盛りが碁打ちと云う事になり、現在その代表が安倍総理であります。その安倍政権が20日、自公による「安全保障法制」の基本方針を正式に合意致しました。
 自衛隊、海外活動を拡大、などの大きな活字が新聞のトップに躍っていますが、政府は再び国民に銃を担えというのでしょうか、戦争をご存知ない安倍総理が国民を何処へ導こうとしているのか?戦争の辛さを骨の髄まで味わった老人と、今から最も多く血を流すであろう若者の意見をどうして聞こうとしないのか。この度の自公合意は如何にも尚早、昨年7月の「集団的自衛権の行使容認」共々、早急に撤廃されて然るべきだと考えます。
 記念すべき戦後70周年に、何故このような白を黒とする政策転換が必要なのか? 一連の安倍路線は憲法を形骸化し、平和国家の日本をアメリカの尖兵としていつでも戦争が出来る国に変えたいという、実に驚くべき転換で、この日は戦争への一里塚として歴史に残ることでしょう。それを株高とベアで誤魔化され、事の重大性が判らない国民の無関心、野党は力を失いメディアは分断され、学者知識層は無言、この状態は戦前よりも酷いのではないでしょうか。
 戦争の辛さを知っている老人は今やごく僅かになりましたが、身近な誰にでも聞いて下さい。誰もが戦争はしてはいけないと反対することでしょう。310万の命を失い国土を焦土と化した戦争で少しは利口になった筈の日本人とは、やはりこの程度の民族であったのか。もう一度痛い目に会わないと目が覚めない。若者よ、他人ごとではありません、戦場へ狩り出されるのは君たちなのだ。また今からの戦争に前線も銃後もないのです。
 この危機に際して、御用新聞は別として普通の新聞はさすがに危機感にあふれ、国民に緊張を呼び掛けています。しかし警鐘の乱打が足らない、私は毎日新聞の“どんな国にしたいのか”が最も核心に触れた社説ではないかと思います。“これだけの大きな政策転換をするのであれば、大前提として日本が国際社会の中でどんな国として生きて行くかという骨太の議論がなされるべきで、それは日本のグランドデザインを描く事である”
 戦後日本はいろいろな経緯を経て自衛隊と呼ばれる軍隊を持つようになりましたが、国際的には概ね戦争をしない平和志向の国としてそれなりに評価されて70年、試行錯誤はあれこれはご立派、先人たちの見挙げた業績でありました。その描くところのグランドデザインは“武力の行使は国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する“とした憲法9条の理念でした。
 この理念による政策が現状に会わず、随所にほころびが生じたのであればともかく、かなり味を薄めた形での平和路線でさえ立派に通用しています。その何処が悪くて変えねばならないのか?なるほど東アジアの波高く、急激な情勢の悪化は無視出来ないところですが、しかしそのピンチを招いたのは果たして何処の誰であったか? 暴走老人の妄想に端を発した尖閣問題は日中40年の蜜月を一挙に粉砕し、それを更に深刻化したのは他ならぬ安倍総理の偏ったナショナリズムでした。
 度重なる失政から中国を怒らせ、一触即発の脅威に慄く安倍政権が、アメリカの助太刀を頼む余りの属米従米がどれだけの危機を我が国に齎したか。中東紛争に巻き込まれてISから戦争を吹っ掛けられたのも、なりふり構わぬアメリカべったりが遠因です。それに加えて歴史認識の狂いに基づく韓国との不和、安倍総理の描くデザインは、憲法の理念をかなぐり捨てた戦争志向ではありませんか。
 我々国民はこのデザインのどちらかを選ばねばなりません。即ちアメリカに付くのか、東アジアを重視するかの二者択一ですが、それよりも急がれるのは全てのくびきを脱して自立し、厳正中立を第一に考えるべきではないでしょうか。一方に組しては酷い目に遭う、この事は先々の見通しの大局を誤った日独伊の三国同盟が教えてくれます。これがために米英を敵に回し、国を亡ぼしました。
 自公における二人三脚の与党協議はいろいろな事を教えて呉れました。平和を表看板に、“生命・生活・生存を最大に尊重する人間主義を貫き、人間・人類の幸福追求を目的とする、開かれた国民政党”を自負し、政権のハト派を標榜する公明党が、自民党切っての策士高村正彦副総裁に物の見事に籠絡されました。歯止めは掛けたと云いますが、ブレーキのつもりがアクセスになっている、これまた渦中の人には見えない盲点です。
 そもそもこれは、砂川事件最高裁判決からの牽強付会によるもので、「限定的であ
るなら個別的、集団的を問わず自衛権の行使は容認される」とした法的根拠のあいまいな「高村仮説」です。これはアメリカの圧力に屈服し、無罪の伊達判決をひっ繰り返して全員有罪を命じた最高裁田中耕太郎裁判長の判例によるもので、これまた司法史上悪名高い判断からの引用です。策士の土俵で相撲を取らされては手込めに遭うのも当然です。

沖縄・辺野古の現実と「報道ステーション」の運命

 今日は日比谷音楽堂で「安倍政権NO!」の集会と「国会包囲請願デモ」が予定されている。この中で「辺野古と連帯する梯団」が組まれるということだ。レインボーの傘を持って参加したいのだが、あいにくほかの予定と重なって行くことができない。その代わりに、この3月17日に放送された「報道ステーション」の番組を紹介しておくことにする。辺野古への新基地建設が、普天間の移設に便乗したアメリカ軍基地の拡張・固定化であることがよくわかる。
https://www.youtube.com/watch?v=0pRPcN85tQ0&sns=tw
こちらは関連部分だけをまとめていて、17分ほどの長さで見られる。
念のため、こちらは報道ステーションの番組全体で、冒頭から55分あたりの後半から始っている。
http://www.myvi.ru/watch/17215427035_CXeSLpsTSUiMVZukqNEo4w2
何かの事情で削除されるかもしれないので、早く見ておくようにお勧めする。
 辺野古の基地反対闘争を、沖縄の負担軽減対策にからむローカルな問題だと思ったら、全然違うのだ。最初の発想はともかく、何年もかけてもめている間に、アメリカ軍極東戦略の中核的な基地整備計画に組み込まれてしまっている。北部地域の訓練施設と連動して、辺野古は即応能力の高い出撃基地に変貌させられようとしている。有事となったら真っ先に敵軍の攻撃を受けることになる。
 このような積極的な軍備の拡張は、安倍政権の「積極的平和主義」という名の「列強国」としての参加願望と連動している。「自分にとっての『平和』のための戦争準備」の一環なのだ。沖縄の人たちは、そんなことのために自分たちの海を潰されたくはない。沖縄が本当に日本の一部分だと思うなら、沖縄の悲劇は日本全体の悲劇であることを自覚すべきなのだ。
 先日、長妻昭議員の集会で古賀茂明氏の講演を聞いたが、自分が「報道ステーション」のゲストから降ろされることよりも、制作担当プロデューサーが更迭されることが深刻な問題だと指摘していた。日本が言論の自由度でも世界の後進国になりつつあるのが明らかだ。潰されても立ち上がる言論人は、マスコミ界からは出にくい状態が続きそうだが、第二、第三の「報道ステーション」を、世論の支持で育てたいものである。

出口のない沖縄の股裂き現象(池田幸一メール)

(池田幸一さんの2015年3月20日のメールです。原文のまま全文です。)
 皆様。 池田幸一です。
 いま我が国が当面する諸問題の遠因が「歴史認識」と「原発問題」の狂いにあることは過日のメルケル発言の通りですが、我が国首脳はこの忠言に不快感を露わにし“日独を単純に比較することは適当ではない”と一蹴致しました。友情を込めた折角の親切も不発に終わり,国民も無関心、相変わらず安倍政権の唯我独尊が続いていますが、自らの弱点が見えないのであれば、どうして第三者の指摘に耳を傾け、謙虚に受け止めようとしないのか。
 私はこの二つに加えて沖縄の股裂き現象についても触れてほしかった。いま辺野古で行われている醜態をいったい誰が告発し裁いて呉れるのか。このような理不尽極まるごり押しが白昼堂々まかり通って良いものか。ジュゴンが泳ぐという美しい珊瑚礁の島で展開される悲劇は心に重く、私はあまり触れたくもありません。しかしこの暴挙は無学の私でさえも敢えてひと言言いたくなる、それも以下のような最も不謹慎な表現で。安倍政権のやり方はこれ以外では表しようのない醜さだと思うからです。
 嫌だ嫌だと抵抗する女性を無理やり押し倒し、劣情を満たすべく下着を剥ぎ取ろうとしているあられもない姿、そのシーンを見せられても平気の平左のヤマトンチュ。官房長官はこれを粛々と行うのだそうですが、昔の人はこのような振舞を“あわれや落花狼藉”と云いました。そういえば「へのこ」とは男性の或る部分の俗称ですが、このセクハラを誰が、どのようにして遮るのか、19歳の学生から70代の年金生活者までの10数人が、カヌーに乗って辺野古の沖合で阻止している実情を、13日の朝日新聞オピニオンが報じています。
 これが「対立の海で」と題した芥川賞作家の目取真俊さんの報告ですが、アメとムチでここまで追い詰められた沖縄県民は、怒りを通り越してもう憎しみに近い。残された道は体を張って工事を止める以外にないのだ。他人任せでなく自分でやるしかないのです。「オール沖縄」の民意は度々の選挙に於いて明らかで、これ以上どうしろと云うのか。この抵抗もヤマトウ離れの自立に向けた大きなうねりの表れだというのです。政府の粛々はそのうちに流血の惨事を避けられそうにありません。
 出口のない股裂き現象とは、相反する主張が激突しても双方が一歩も引かず、解決の糸口さえも見出せない状態です。この場合は民意が優先されるのが民主主義ではないのでしょうか。また“ここに主権が国民に有することを宣言し・・・”とした憲法前文に従えば、当然翁長知事の言い分を政府が尊重するのが筋ではないのか。我が国はアメリカのガイドラインに頭が挙がらず、憲法は既に抜け殻にでもなってしまったのか。この歪みを糾して呉れるのはいったい何処の誰なのか、私にはさっぱり判りません。
 この人は更に云うのです。“自民党にも昔はもっと歴史を肌で知る政治家が居ました。戦争で沖縄に犠牲を押し付けたという意識を心の何処かに持っていた。それが今では歴史認識も配慮もない。物凄く高圧的な姿勢が中央に見られます。その上考えないといけないのは、若者の無関心です。ニヒリズムなのか、あきらめか、無力感か。”この人は辺野古を強行すればその場で死ぬ気でしょう、これは護憲を忘れたヤマトンチュへの厳しい遺言です。
 この出口のない桎梏を脱したいのであればどの様にすれば良いのか?。先ずアメリカへ辺野古は無理だ、難しいと申し入れる。しかしそれでは普天間をどうするのか、県外は知っての通り何処の県もが嫌だという。日本人の誰もがノーというのであれば基地そのものの存在が悪と云う事になる。沖縄県民のノーを尊重するのがデモクラシーの本義であるのなら、国外より他に打開の道はない事に気が付きます。
 民主主義を唱える国家であれば出口はこれより無いのであって、“長い間いろいろお世話になりましたが、貴国との軍事同盟は廃棄させて頂きたい”と慇懃に申し入れ、日本国の津々浦々からアメリカ兵をお引き取り願いたいのです。これにて全ては解決、これ以外に道は無いのであります。そこで初めて我が国は正常に立ち返り、自立日本の新しい道が開けることでしょう。ヤマトンチュは長い間苦労を掛けて来たウチナンチュに酬いるため、辺野古沖のカヌーに呼応して一斉に立ち上がるべきだと思います。しかし誰がそれを呼び掛けるのか?
 1879年、島津藩の強引な武力干渉により琉球王国が消え、廃藩置県で新しく沖縄県が出来ました。以来戦火の中を136年、果たしてそれが沖縄にとって良かったかどうか、その優れた立地からヤマトやアメリカに利用され支配されました。一旦有事ともなれば基地があるから安心なのではなく、真っ先に狙われる最も危険な島であります。この島は先ず何よりも平和でなければいけません。近い将来に東アジア共同体が出来れば、EUにおけるブリュッセルのような使命を担う運命にあります。
 私がこのように沖縄に拘るのには理由があります。忘れもしませんが敗戦の日の直前に奉天(瀋陽)で召集令状を受け取り、その日のうちに親しくしていた沖縄生まれの女性に逢い、いろいろあって一夜を共に致しました。急遽三々九度の杯を挙げ、僅か3日ではありましたが新婚生活が出来ました。しかし慌ただしい日程では入籍の手続きが出来ませんでした。当時から世間では朝鮮人や沖縄生まれの人々を一段下に見る差別がありました。
 敗戦後私が抑留されている間に新婚の妻は無事満州から引き揚げたのですが、これが別れになろうとは露知らず、そのまま沖縄へ帰ってしまったのです。戦後沖縄はアメリカの占領下に置かれた外国で、一度渡航すれば帰ってこられない厳しい制度になって居ました。つまり行ったが最後二度と帰ってこられないのです。離れ離れになった私たちは別れるより他はありませんでした。彼女は名護市の生まれ、辺野古とは山一つを隔てた港のある街ですが、私には記念の品も写真一枚も残っていないのです。

ガンバロー3唱と「かけあいコール」

 今年は久しぶりに春闘の賃上げが話題になった。一昨日の3月18日は「集中回答日」だったから、急に声がかかってUAゼンセン本部へ賃闘山場の撮影取材に行ってきた。NHKの夜9時のニュースにナマ中継が入るということで、教育・広報の資料として自前の映像も撮っておくことにしたらしい。朝の始業前の電話だったが、昔は寝ている時間に起こされてストライキの取材に行ったこともあるくらいだから、こちらは驚かない。
 夕方6時前に行ってみると、事務室の窓側に大きなボードを作り、各組合の要求と妥結状況を書き込む一覧表が貼ってある。ここに妥結金額を書き込むところが、おなじみの「春闘山場」のニュース番組に使われるわけだ。指定回答日前に、すかいらーくの組合など、1万円以上(定昇込み)の満額回答がいくつか出ているのが目についた。UAゼンセンの組合員は非正規が多いから、こちらは時給の金額で示してある。
 NHKのナマ中継の前に、6時からは部内での報告集会があった。発言する会長は、闘争中は「中央闘争委員長」と呼ばれて、会社からの回答を認めて組合が交渉を妥結するかどうかを決める権限を持つ。報告が終ると、「賃闘・勝利」の「かけあいコール」があった。これはおもに総評系の組合が「ガンバロー」の3唱で集会を締めるのに対して、同盟・民社党系の組合や団体が開発したコールで、久しぶりに聞いた。
 リーダーは全員の前に立ち「賃闘・勝利、かけあいコール、構えて」と叫ぶ。構えは左足を一歩前に出して右手を握り肩に用意するから「ガンバロー」と同じである。そしてリーダーの「賃闘」に対して全員が「勝利」と応える形で天突きのコールを繰り返すのだ。回数はかなり多い。だんだんテンポを早めて場内の雰囲気が盛り上がったところで、リーダーは「賃闘ーっ」と声を長くして足を揃え、全員もそれにならって「勝利ーっ」で終るのだが、最近はそれに続けてチャッチャッチャチャチャと手拍子を打ち、ワッショイと両手をあげて締めているようだ。この締め方は、かなり遅い時期にゼンセン教育センターの「友愛の丘」から始まったように思う。
 この「かけあいコール」は、たとえば選挙の応援なら候補者名を入れて「○○」「必勝」というように、場面に応じて柔軟に変化させることができる。また、一度で終らずに、言葉を変えて何度やってもおかしくない。取材者の立場から言うと、長く継続して予測ができるから、盛り上がる場面を撮るのに便利でもある。ガンバロー3唱方式は一瞬で終ってしまうので、物足りなさを感じることが多いのだ。だいたい大衆運動のパフォーマンスとしたら、心身の活性化のためにも、「かけあいコール」の方がずっとすぐれていると私は思っている。
 「原発・止めろ」でも「辺野古・守れ」でも「安倍は・やめろ」でも、叫びたい場面の多い昨今だが、国会の周辺でも、この「かけあいコール」が聞けたりしないだろうか。

算用数字の訓読みはおかしくないか

 昨日の「麦の歌」の歌詞で、「いつか信じる日を経て 一本の麦になる」のところを、NHKの字幕は「1本の麦」と表記していた。横書きだからそうなったのか、中島みゆきの作詞の原本からそうなのか確認はできないのだが、私は歌詞としては漢数字だろうと思って自然にそのように書いた。
 横書き文の中での数字は、算用数字の方が読みやすい。年号や時間なども2015年3月19日9時25分で問題はないと思う。ところが最近は「1つの例」「2人で来た」「3つの条件」といった書き方も見かけるようになった。読めないことはないのだが、算用数字は漢字ではないから、訓読みしてもいいのかという問題になる。たとえば「山本五十六」が「山本56」では、クイズにしかならないだろう。
 算用数字は「記号」であって、それ自体に意味のある「漢字」とは成り立ちが違っている。だから人名の「一郎」や「三吉」を「1郎」や「3吉」に、地名の「十日町」を「10日町」に書き換えたら、読み方の音訓にかかわらず本来の意味を失ってしまう。そのあたりまでの混乱は、今のところなさそうだ。
 しかし「憲法九条の会」は、固有名詞だが「9条の会」でも抵抗感はなくなってきた。もともと条文の番号だからいいのかもしれないが、使われる頻度によって抵抗感がなくなる例になる。ただし「第9条」という数字の感覚があるからいいので、これが「九重」のような訓読みだったら変化しなかったろう。
 総合して考えると、やはり算用数字を訓読みするのは「変だ」と私は思う。漢数字は音訓表で訓読みが認められている「漢字」だからいいという役所感覚ばかりではなく、算用数字の読み方までが規律を失ってぼやけて行くことに、日本語表記の「締まりのなさ」を感じてしまうからだ。この締まりのなさは、日本語を外国語として学ぶ人たちには、底なしの難しさに感じられることだろう。
 ワープロでばかり作文するようになってはいるが、日本語の今と未来のことを、少しばかり人並よりは真剣に考えている、私はそんな中の「一人」である。

歌詞の一行目が思い出せない

 朝の連ドラ「マッサン」が終末に近づいてきた。このドラマの主題歌は中島みゆきの作で印象的だが、今年になってから歌詞が変っている。昨年9月から年末までの歌詞はどうだったかと思うと、これが思い出せないのだ。今の歌詞を聞いていると、それが絶対のようになって、もとの歌詞が出てこなくなる。仕方がないので検索したら、難なく出てきた。

  麦の歌

なつかしい人々 なつかしい風景
その総てと離れても あなたと歩きたい
嵐吹く大地も 嵐吹く時代も
陽射しを見上げるように あなたを見つめたい
麦に翼はなくても 歌に翼があるのなら
伝えておくれ故郷へ ここで生きてゆくと
麦は泣き 麦は咲き 明日(あした)へ育ってゆく

大好きな人々 大好きな明け暮れ
新しい「大好き」を あなたと探したい
私たちは出会い 私たちは惑い
いつか信じる日を経て 一本の麦になる
空よ風よ聞かせてよ 私は誰に似てるだろう
生れた国 育つ国 愛する人の国
麦は泣き 麦は咲き 明日(あした)へ育ってゆく

 つまりは、今は2番の歌詞で歌っているというわけだ。劇の流れから行くと、2番の歌詞のままで最終回まで行きそうである。あるいは最後に1番2番を通して歌ったりするだろうか。
 歌は、最初の1行を思い出すと、つられてあとも思い出すものだ。中島みゆきの「挑戦者たち」のテーマソングの出だしの言葉もついでに確かめてみた。これもいつの間にか忘れていた。題名は「地上の星」だった。

風の中のすばる 砂の中の銀河
みんな何処へ行った 見送られることもなく……

 古い歌ばかりが復活する世の中でも困るのだが……

「八紘一宇」にも明暗の二筋道がある

 「八紘一宇」という言葉が、再び政治家の間で論じられる時代になってきた。八紘一宇とは日本書紀に起源を持つ言葉で、全世界を一つの家のようにするという意味を持つ。私の国民学校(小学校)時代には修身の大事な徳目だったから、もちろんよく覚えている。八紘とは四方八方で、全世界の意味になる。これを先生は「天(あめ)の下を覆いて家となす」とも言うと教えてくれた。
 もちろん神武天皇の事績だから、日本の天皇が世界の盟主になるという意味がある。ちょうど日本紀元で二千六百年になる年(昭和15年・1940年)だったから、当時の流行語でもあった。宮崎県は天孫降臨の地ということになっていたから、巨大な「八紘一宇の塔」が建てられた。当時は郵便切手にも使われ、記念切手も発行されていたと思う。この塔は、今も「平和の塔」と名を変えて保存されている。私は一度行ってみたことがあるが、神武東征の物語が石に刻まれて台座を一周していた。建造のときには、当時の同盟国ナチスドイツやイタリアからの寄付もあったということだ。
 その当時は、日本の対外戦争を正当化する精神的な支柱であったことは疑いようがない。しかし戦後になって一時的に「八紘一宇」の文字は削られたが、塔そのものの破壊は免れた。そして「平和の塔」と名を変えて復元され、今に至っているということだ。世界を一つの家にするという思想だから、世界の人類はみな同胞だとする博愛の精神と解することも不可能ではない。それにしても神武東征は、「まつろわぬ神たち」を征服して行く物語である。博愛の精神に読み替えたのは、いかにも日本的な便宜主義の臭いがする。
 この平和の塔は、東京オリンピックの際には県内聖火リレーの出発点に選ばれた。しかし昭和天皇が1979年に宮崎県を訪問した際は、あえて固辞して訪れなかったということだ。靖国神社に参拝しなかったとのと同様に、天皇としての「けじめ」のつけ方であったろう。
 さて、どこの国にも神話があって、自分の神が世界を統一したら理想郷ができると思うことは多いだろう。それは多分に宗教にも連動している。八紘一宇も、そのような伝説の一つなのだ。世界が一つの家族になり、同胞として助け合いながら暮らすようになれば戦争は要らなくなる。だがその理想は、「自分の神」を強調すれば、簡単に征服戦争へと転化する。つまりは「平和のための戦争」が果てしなく続くのだ。
 全世界に通用して、人類の戦争を根絶する共通の「神」にもっとも近いものは、すべての人命を等しく尊いとする「天賦人権説」であると私は思っている。「八紘一宇」という言葉を、世界共通の価値観の普及に役立てようという話なら、それ自体を間違っていると言うつもりはない。しかしその言葉を、日本国憲法が取り入れた天賦人権説を否定する改憲を提案している自民党の議員が口にするのは、非常に違和感がある。「八紘一宇」と「基本的人権」との関係をどうするのか、責任をもって説明できるのか。

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(当時の紙幣にも「八紘一宇の塔」は使われていた。塔は日豊線「宮崎神宮」駅に近い車窓からも見える。)
(追記・歴史を知らぬ三原じゅん子とかいう国会議員が、時代錯誤の引用をした事実は、もっと厳しく糾弾すべきでした。発言者がそのまま安穏としているのは残念です。)

ドイツのテレビが映し出す「原発セールスマン」の醜さ

 想田和弘氏のツイッターから辿ってZDF(ドイツ第二公共放送)のテレビ番組「原子力エネルギーのカムバック(逆襲)」を見ました。日本語字幕付き、27分ほどの長さで、以下のユーチューブで見られます。
https://www.youtube.com/watch?v=9V6uToB8OWI&feature=youtu.be
 この番組の冒頭に登場するのが、日本の安倍総理です。福島の原発事故から4年、一度は世界に助けを求めたのに、今は自信満々で原発のセールスマンとして世界を飛び回っています。ついにトルコでは念願の契約に成功しました。地震国なのに、日本の技術なら大丈夫と信用させたのでしょうか。もちろん日本の大手メーカーは大きな恩恵を受けます。
 トルコの住民の間にも、原発への不安はあり、反対運動もあります。お膝元の日本では、脱原発テント村の活動風景も紹介されます。それでも原発からの決別は、世界の本流にはなりません。EUの中にも「原子力ロビー」は健在で、EUの基本方針として「原子力の利用」は今も生き残っているのです。
 ドイツはメルケル首相の決断で原発廃止を決めたのですが、それが容易でないこともわかってきました。廃炉費用は、各電力会社が積立金で賄うよう義務づけられていたのですが、廃炉費用の算定の難しさから、電力会社は原発の会計を分離する対策をとり始めました。原発会計が破綻すれば、結局は国が破綻処理に巻き込まれる可能性が出てきているのです。
 オンカロと呼ばれる最終処分場を用意し、10万年後にも備えている優等生と思われていたフィンランドの事情も、順調ではありません。オンカロの地層も、塩水の浸透などで絶対安全ではないことがわかってきたということです。つまりは原発の先行きについての明るいニュースは何一つないのに、原子力エネルギー利用の惰性だけは止まらない勢いなのです。日本では「原子力村」、世界では「原子力ロビー」と呼ばれる勢力は、核戦略とも連動して、支配力を手放そうとしません。
 しかし科学者は警告します。どの角度から見ても、原子力発電は未来のない産業です。彼らが言うように、事故を起こさずにすべて思惑通りに動いてくれたとしても、そうなのです。私も最近国内のネットで似たような論説を読みました。深刻な原発の事故は、たぶんもう繰り返さないだろう。それでもダメなものはダメなのだと。
 想田和弘氏もツイッターで「人間って愚かな生き物だなあと、つくづく思う。」と書いています。その愚かさを代表している顔が、今の日本の総理大臣なのでした。原発と武器を世界に向けて売り出しているセールスマンは、「ODAを外国の軍への『非軍的支援』にも使う」という、不思議な日本語まで話すようになりました。セールスマンはノルマが第一なので、セールストークに磨きをかけているのでしょう。

確定申告に電子計算(e-Tax)を使ってみた

 今年の確定申告の期限は明日16日ですが、一昨日の金曜日に提出してきました。例年は従来通りの手書き用紙を使っていたのですが、今年は国税庁のホームページにある電子計算(e-Tax)を使ってみました。もちろん入力の基礎になる計算はしなければなりませんが、合計や控除を経て「納める税金の計算」をする過程は、細かい間違いもその都度教えてくれるので安心感があります。じつは、かなり以前に検算として使ったことがあるのですが、今回は申告用紙をプリントアウトするところまでやってみました。
 受付で簡単なチェックを受けますが、e-Taxの印刷だと、受け取る側にも安心感があるようです。e-Taxでは申告そのものもインターネットで済ませてしまう「電子申告」もありますが、源泉徴収や収入明細書など細かい添付資料をすべて電子入力するのは、かえって面倒になる場合があります。私の場合は「書類で提出」を選びました。医療費控除に使う医院と薬局の領収書の束などは、現物があればいいので、いちいち入力などは、やっていられません。
 今回は妻の分も同様にしたので、控え用紙を含めると、印刷はかなりの枚数になりました。わが家には商売上、古チラシなど裏白の紙のストックがあるので、これを使ってみました。注意書きに「片面印刷で」としか書いてないので、提出用も区別しないで押印だけして持って行き、「片面印刷だから裏紙でも大丈夫ですよね」と言うと、受付担当は、少し笑って難なく受け取ってくれました。
 確定申告が済むと、年に一度のひと仕事が終った解放感があります。おかげで昨日は少し気がゆるんで、ブログも書かないまま一日を過ごしてしまいました。いつも感じるのですが、確定申告をすると、否応なしに自分の納める税金と対面することになります。これは給与や年金の受給などで天引き納税(源泉徴収)だけをしている人には、わかりにくいことかもしれません。手取り金額だけで暮らしていたら、自分がいくら税金を払っているかが、気をつけないとわからないのです。
 給与生活者でも、会社の源泉徴収によらずに、自分で確定申告する方法を選べるようにするといいかもしれません。会社の負担は減り、サラリーマンの納税者意識は格段に高まるに違いありません。多くの人は、自分が納める税金の高さに驚くでしょう。e-Taxを活用したら、そんな税制改革も夢ではなくなります。サラリーマンの「確定申告選択の自由」要求は、新しい社会運動になり得ます。

「追跡・沖縄の枯れ葉剤」を読む

 「追跡・沖縄の枯れ葉剤」(ジョン・ミッチェル著〜阿部小涼訳・高文研・単行本2014年11月)を読みました。「埋もれた戦争犯罪を掘り起こす」と副題がついています。アメリカ軍がベトナム戦争で大規模に展開した軍用農薬による枯れ葉作戦と、その基地とされた沖縄に今も残されている廃棄毒物による汚染状況を、綿密に追跡取材したレポートです。著者は英国ウェールズ出身のジャーナリストで平和運動家です。
 ベトナム戦争当時、アメリカ軍は水田の稲を枯らす飢餓作戦と、ゲリラの潜伏地を裸にする目的で、強力な軍用農薬を開発して散布しました。その結果として多くの奇形児が生まれたことは、広く知られています。アメリカはこの事実に対して、いまだに公式な謝罪も補償もしていません。しかし枯れ葉剤の害は当時の南ベトナムでも問題となり、派遣されたアメリカ兵の間でも健康被害が疑われる事態となって、アメリカ政府は1970年に枯れ葉剤使用の中止を発表しました。
 ベトナム攻撃の基地となったのは沖縄でしたから、唐突な使用中止によって、沖縄には大量の軍用農薬が備蓄されたままになりました。中でも強力な「エージェント・オレンジ」と呼ばれた除草剤は、当初は人畜無害と信じられていたため、沖縄基地のアメリカ兵は、素手と裸で基地周辺の除草に噴霧していたということです。効果のすぐれた除草剤ということで、沖縄の農民も横流しで手に入れて、喜んで使っていた時期があったとも記述されています。
 安易な農薬使用による被害は、沖縄在住のアメリカ軍家族にも及びました。帰国してからの体調不良や子供の発達異常などが見られたのです。しかしアメリカ軍当局はあくまでも「沖縄の風土病」という公式見解にこだわり、正式な裁判で補償を得られた例はまだ少なく、退役軍人省を相手としたアメリカ国内の補償要求問題は、今も全面解決はしていないとのことです。
 それよりも大きな問題を残しているのが沖縄です。公式にはジョンストン島に移送したことになっていても、備蓄量と輸送した量との計算が合いません。少なからぬ分量が行方不明となって、適宜に「廃棄処分」されたと推定されるのです。海中に投棄したとか、基地内の空き地に埋めて、その上が今は運動場になっているといった証言が得られています。アメリカ軍に顕著な「占領地感覚」が、不要になった毒物はとりあえず見えない所へ移動しておけばいいという、安易な態度を助長しているようです。
 アメリカ軍から返却された土地の下には、何が埋まっているかわかりません。本来は危険物は処理して原状回復した上で返還すべきで、アメリカ国内ならば当然そうするでしょうが、沖縄ではそんな配慮はしないのです。日本への返還が予定されている普天間基地では、1981年に滑走路の端から民有地へ流れ出る雨水から高濃度の化学物質が検出されました。掘削して調べたところ、100本以上のドラム缶が発見されました。アメリカ軍にさえ、廃棄物処理の記録が残されていないのでした。
 アメリカ軍・政府が、枯れ葉剤による健康被害を公認しようとしないのは、もし公認すれば化学兵器禁止条約にも反することになり、ベトナムへの補償も含めて莫大な負担になるので収拾がつかないと考えているようです。沖縄のアメリカ軍基地は、枯れ葉剤による汚染という深刻な問題をも沖縄県民に押し付けているのです。
(追記・著者のジョン・ミッチェルさんからメールがありました。もっと多くの人たちに、この事実を知ってほしいと訴えておられます。)

憲法を巡る明暗二筋道

 本日のテーマは、池田幸一さんの2015年3月10日のメールからお借りしています。久しぶりに晴天の太陽を浴びて、明るい一筋道を進む日本の未来を想像したくなりました。
 外国製の憲法だから良くないと排撃するのは、日本の歴史を知らないからだと池田さんは言います。外来のものでも良いものは積極的にどんどん取り入れて、近代国家を築いてきたのが日本の歴史でした。和服を着て木造建築に住むのが日本人だとは、安倍総理といえども思わないでしょう。
 戦後70年間の平和が、現憲法の恩恵であった事実はゆるぎません。だんだんおかしくなる昨今の日本の現状は、憲法が悪かったのではなくて、憲法がよく守られなくなったからだと考えると、いろいろな問題がすっきりと解けてくるのです。そこで結論として、池田さんの次の言葉が出てきます。
(以下引用)
 戦争の惨禍と引換えに手にした折角の憲法を忠実に守り、更にその理念を最大限に生かした国造りを目指せばどうでしょうか? 難しいことではありません、安倍政権の正反対をやればよいのであって、皆さんはその世界を想像して下さい。
 自衛隊は世界災害救援隊に変わり、我が国は「無防備国家」を内外に宣言してあらゆる国との友好、特に一衣帯水の東アジアの諸国とは仲良く力を合わせて、共同体造りが進められている事でしょう。
 何よりも嬉しい事にその世界では、もの云えば唇寒しの「特別秘密法」が廃止され、御用新聞もなくなって各社の記事が面白くなりました。そんなことより明るくなったのは青空で、沖縄をはじめ全土から基地がなくなり、ややこしい飛行機が飛ばなくなったことです。軍事費や思いやり予算は福祉に廻り、財政の健全化が進んでいます。想像力の豊かな方は更に大きな夢を描いておられることでしょう。
(引用終り)
 安倍政権は、いよいよ憲法の改定に手をつけたくて、抵抗の少なそうな項目から取り上げる方針だそうです。国民投票に慣れさせて、少しずつ国民を「教育」して行くつもりなのでしょう。彼らの意図のままに操られるか、それとも自覚的に明るい道を選ぶか。国民の良識が問われる時が近づいてきます。 

追悼するのは何のため

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(野方警察署屋上に掲げられた「半旗」)

 東日本大震災・福島原発事故から4年が経過した。警察署でも、区役所でも、屋上には半旗が掲げられていた。この日を追悼の日に定めた法律は出来ていないと思うが、役所にもこの程度の表現の自由は認められているらしい。新宿西口地下広場では、2人でスタンディングしていたところ、見なれないガードマンが「ここはまずいので、地上へ行ってください。」と注意しにきた。ちょうど予定の3時近くだったので、あまり議論せずに地上へ移動し、そこで3時半まで、最大4名になった。
 大きな死亡事故が起きると「あれから何年目」ということで慰霊の行事が行われる。故人を偲ぶ「〇回忌」を社会化した行事と言えるだろう。亡くなった人たちを思い出し、事故であれば、同じようなことを繰り返さない誓いを立てたりもする。昨日3月10日の「東京大空襲」の記念日にも、そのような行事があった。安倍首相も出席して、平和の守護神のつもりのような演説をしたらしい。
 それが「回忌」でも「慰霊」でも「鎮魂」でも、死んでしまった者は生き返らない。残った者たちが集まって、故人の業績を讃えたり、懐かしんだり、存在感の一時的な回復を得たりするだけである。よく言われる「安らかに眠ってください」という言葉は、故人との対話の形を借りて自分の心の納め方を述べているように思われる。人の死を思うときは、誰でも自分の死を予感している。それは、生きている間に自分はこうするつもりだという決意表明に近いのではあるまいか。
 その意味でなら、東日本大震災・福島原発事故への追悼は、静的な「回忌」とは意味が違ってくる。大震災からの復興はいまだに形も見えず、その視界不良の中心には原発事故が現在も進行中だからだ。始末のついた過去の事故ならば、私たちは安んじて「過ちは繰り返しませぬから」と誓うことができる。しかし悪影響がどこまで広がり、最終的な処理がどのような形になるのかも見通せない原発事故が相手では、話が違うのだ。そして安倍政権は、原発の再稼働を公言し、第二第三の原発事故を根絶する政策はとらないことを明らかにしている。
 3.11を人類史の中で位置づけるとき、福島原発事故が主であって、地震と大津波は従の立場になることは疑いがない。この後も長く3.11は、日本の国とその国民が世界に貢献するのか、それとも世界の荷物になるのかを見分ける鏡のような記念日になるだろう。
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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
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