志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2017年01月

Ave verum corpus(モーツァルト)日本語訳詞版

 先日の Ave Maria につづいて、Ave verum corpus (聖体讃歌・モーツァルト作曲による)の日本語訳詞版を、私の訳詞でご紹介します。CSメヌエットさんの制作で、ユーチューブにアップされました。
https://www.youtube.com/watch?v=h6E_v6sljhk&feature=youtu.be
 Ave Verum Corpus
   W.A.Mozart作曲・志村建世訳詞

聖なるマリア その身は清く
神の子イエスを 産み給う
救いの御子は 十字架の上に
血を流された
その血の色に 人は目覚めて
イエスは我らに示された
裁きの庭の後にも残る
我らの永遠の命を
命を

 背景に使われている教会堂は、カトリック前橋教会、撮影は歌声の主でもある間庭小枝先生とのことです。大変開かれた教会で、快く受け入れて下さったと聞いています。
 聖体とは、十字架の上で両脇を槍で突かれ、絶命したイエス・キリストの姿です。原詩はもっと生々しい言葉で綴られています。死をもって人類の罪を贖(あがな)ったと言われるイエスの精神の深さを、私は正しく理解できた自信はありません。ただ、縁あってこの地上に生をうけた者としての責任と喜びとを、私も共有したいと心から願っています。

間もなくわかる今年の風向き

(熊さん)きょうはちょっと暖かいようだけど、ご隠居は寒さに弱いでしょ。
(ご隠居)そりゃそうだ。皮下脂肪の持ち合わせがないから、寒さが直接骨に来るんだよ。でも今が底で間もなく立春だ。来月には安倍首相がトランプ詣でにアメリカまで行くそうだ。そこでどんな話し合いをしてくるか、すぐには発表できない密約だらけになりそうだって話だよ。なんせ先方は「アメリカ第一主義」で行くと公約してるんだから、日本の得になるような約束をするわけがない。そこへ安倍さんは「日米同盟」を持ち出して説得しようとするだろうが、相手は商売で簡単に折れるような人じゃあるまい。結局アメリカの要求は拒否できなくて、都合の悪い部分は伏せた公式発表になるって算段だな。
(熊)なんだか見てきたような物言いだね。「講釈師、見てきたような嘘をつき」ってのがあるけど、それに近いんじゃないの。
(隠)あはは、そう来たか。でもな、日米関係の腐れ縁てのは、それほど深いんだよ。アメリカ様のご威光には手向かい致しませんでやってきたから、「日米同盟」のお札を持ち出して「お手やわらかに願います」と言いたいだろうが、今度は勝手が違うんだな。本当は「そちら様がアメリカ第一主義でしたら、こちらも日本第一主義にさせて頂きます」と言うチャンスなんだが、安倍さんにそんな度胸はあるまい。言われたことには従うくせがつているから、発想の切り替えは大変だよ。
(熊)でもさ、アメリカにとっても日本は大事じゃないんですか。
(隠)そこにも思い違いがあるんだな。トランプがイギリスのメイ首相と仲良くしたのは見ただろう。アメリカにとっての古い同盟国はイギリスで、日本じゃないんだ。強いて言えば、日本は「古い敵国」だよ。用がなければ切り捨てたって構わないし、商売で邪魔なら遠慮しないで要求を突きつけていいわけだ。日米関係は、これから微妙に変化してくると思うよ。だけどアメリカの強みは、日本の中心部も自衛隊も、完全にアメリカ軍が抑えてるって現状だよ。これは決して自発的に手放すことはないだろうな。
(熊)そうですか。アメリカが第一なら、日本からは手を引けばいいじゃないですか。
(隠)それが簡単じゃないんだ。トランプ旋風を日本のアメリカからの自立に結びつけるには、すごく高度な判断力と、賢い政治的な実行力が必要なんだよ。既得権にあぐらをかいている今の政権にはできっこないんだ。新しい発想で取り組む政治勢力が出てこなくちゃいけない。安倍政権がゆらいで、そんな新しい風が吹いてくるといいと思うよ。


 お知らせ 毎月の第一水曜日を恒例としてきた「国会議事堂一周散歩」は、来月から「毎月9日」に変更いたします。平日には来られないという方のご意見も聞きました。したがって2月は9日の木曜日で、1日の水曜日には行いません。

「この国はまだ大丈夫か」を読む

 「この国はまだ大丈夫か」(青志社・2012年・単行本)は、先日紹介した「日本を追い込む5つの罠」の著者カレル・ヴァン・ウォルフレンと大下英治による対談集です。著者は日本の未来を日本人以上に考えているオランダ出身のジャーナリストです。非常に読みやすく、「……5つの罠」に先行した著作で、こちらを先に読めば「5つの罠」の内容への理解も深まっただろうと思いました。
 書かれた時期は、民主党への政権交代が実現した後の2012年3月です。国民の絶大な支持を集めたと思われた鳩山内閣が、意外に早く普天間問題の行き詰まりで倒れ、その後の菅内閣は迷走を始めた中で東日本大震災に見舞われ、野田首相に移行したあげくの果てに「大政奉還選挙」で民主党政権の幕を閉じるのですが、それが予感されたこその「……まだ大丈夫か」だったのでしょう。そしてその答えは現状に見る通りです。
 日本の政治はアメリカ軍による占領から引き続いた対米従属の官僚組織によって支配されていました。そこから脱出するためには、抜本的な政策の変更が必要で、その認識で一致したのが当時の民主党の中心にいた小沢一郎、鳩山由紀夫、菅直人の3人でした。この3人の協力で民主党は力をつけ、政権交代も視野に入ったあたりから旧勢力による警戒と攻撃が始まり、その最初の標的になったのが実力者の小沢一郎でした。マスコミを動員した金権に汚れたイメージが作られ、無理な起訴の試みが執拗に繰り返されました。
 小沢一郎の政権構想には公務員制度の抜本的な改革が含まれていたので、まず小沢一郎の力を削ぎ、次に標的にしたのは対米自立を唱えた鳩山由紀夫でした。沖縄普天間基地を「最低でも県外へ」とした選挙中の公約を逆手にとり、政権交代から半年で、公約を実現できなかった責任で辞任させることに成功しました。あとに一人だけ残った菅直人にはなるべく仕事をさせず、野田首相による自民党への大政奉還へと導いたのでした。
 この本を読むと、小沢一郎という政治家の大きさがよく見えてきます。日本の官僚を国民に奉仕する本来の姿に戻すための改革は、アメリカからの政治的自立と不可分に一体化しているのでした。そのためには日本はアジアの近隣諸国と信頼関係を築かなければなりません。その可視化のためには、中国との大規模な交流イベントを実施して見せたりもしました。それはアメリカへの自立の意思表示でもありました。
 一国の針路を見定めて進む宰相として、小沢一郎はおそらく日本の政治家の中でもまれな適格者だったでしょう。しかし日本のジャーナリズムも、検察を含む日本の官僚組織も、全力をあげて彼に仕事をさせませんでした。小沢一郎が首相として力を発揮していたら、日米関係も日本の官僚組織も、今よりはずっと国民本位のものになっていたことでしょう。しかしそれを好まない人たちの力が強かったのです。
 小沢一郎が総理になっていたらどんな政治をしたか、それを想像させるわずかな余韻が、元「山本太郎と仲間たち」の自由党に所属する山本太郎議員の、最近の国会における代表質問の中で感じられました。
https://www.youtube.com/watch?v=NYkkc4xbhpM&feature=youtu.be&list=PLZTrYt7iArOtAZF-cKlyWgeRdI7DngGNW

マスカーニの Ave Maria〜日本語訳詞版

 マスカーニの Ave Maria に私が日本語訳詞をつけたものを、CSメヌエットの間庭小枝さんの歌と星野玲子さんの制作で、ユーチューブにアップしていただきました。
https://www.youtube.com/watch?v=qZnomUIdbSs
 Ave Maria
  Pietro Mascagni作曲・志村建世訳詞
Ave Maria 聖なる恵の母よ
あなたのみむねに
わたしの願いを抱きとめて下さい
つらく くらく 浮き沈む世に
今 たったひとつの
それこそは愛 御母の愛
ああ救いはそこに
Ave Maria 
悩まずに 迷わずに 輝く命
今ぞ目覚める
永遠の命よ 命よ

 キリスト教徒でもない私が、聖歌の訳詞をしていいものか、とも思いますが、聖歌は音楽の一ジャンルでもあります。クリスマスには日本中で歌われたりもします。そして私は、宗教心は宗派を超えるものだと思っています。それを教えてくれたのは、学習院の英文科で師事したR.H.ブライス先生でした。
 さらに昨夜、旧知の古木涼子シスター(現・イエスのカリタス修道女会総長)さんから、フェイスブックで次のコメントを頂きました。「聴かせていただきました。素晴らしいです。とても心に響く言葉で、心から感動しました。期待以上でした。」とのことでした。
 このコメントで、私はどんなに安心したかわかりません。返信に「私はキリスト教徒ではありませんが、古木さんと教会の人たちは信じています。」と書きました。CSメヌエットさんには「アヴェベルムコルプス」の訳詞も提供していて、引きつづき制作されるようです。これで聖歌の訳詞も、安心して続けられます。

追記・「アヴェベルムコルプス」は、以下のユーチューブで聞けます。
https://www.youtube.com/watch?v=h6E_v6sljhk


怪雲立ち込める世界の片隅で

 個性的なトランプ大統領を選んだアメリカは、どうなるのだろう。就任早々に、公約していたTPPからの離脱を実行して見せた。TPPの成立を阻止したこと自体は良かったと思うのだが、その動機がアメリカ第一主義なのだから安心はできない。次々に短視眼的で性急な政策を出してきそうな予感がある。そのトランプをトップ迎えたアメリカが分裂している。いろいろな情報が錯綜していて、トランプの当選を無効にする策動まであるそうだ。4年間の任期を満了できるかどうかが議論されている。こんな雰囲気で就任したアメリカの大統領は、これまでに見たことがなかった。
 世界戦争と関連づけた議論もある。常識的にはヒラリー・クリントンの方が戦争に近いと言われていたのだが、案外にトランプは戦争を決断しやすいのではないかという声もある。ロシアのプーチンとは気質が合いそうなのだが、いったん衝突したら、破局も早いかもしれない。さらにトランプは中国とはどう向き合うのだろう。21世紀の世の中であっても、超大国の指導者が何を考えるかによって世界は変動する。そして戦国乱世の国盗り物語にも似て、世界の歴史も一編の講談のように見えてくる。
 この世界の片隅で、日本はどうなって行くのだろう。安倍首相は相変わらず「ゆるぎない日米同盟」の確認を求めて早く会談したいようだが、後回しにされているらしい。トランプにしたら、日米同盟をアメリカ第一主義で見直すために、時間が欲しいところだろう。現状ではアメリカからの「サービス過剰」を疑っているかもしれない。今までのように「ご要望を承って協力の方法を協議する」だけでは済まなくなりそうだ。「アメリカ第一」に対抗する対等な交渉ができるだろうか。
 超大国がゆらげは世界の政治が変動する。安倍日本は「世界の中心で輝きたい」そうだが、裏付けが何もない願望を述べているにすぎない。実際にできることといったら、現状を維持してなるべく混乱に巻き込まれないように、目立たずにいることだけだろう。世界の中心で活躍するどころか、隣国との関係を正常化することにさえ見通しが立たないままでいる。
 安倍日本にただ一つ世界に自慢できる長所があるとしたら、政権が安定していて当面は政権交代の可能性がないことだろう。本来ならこれが世界から信用される理由になるのだが、今はこれが沈滞の原因になっているような気がする。だが、おとなしくしていれば無事でいられる時間は、もうあまり長くは続かない気配になってきた。嵐を予感させる風が吹きはじめている。

池田幸一メール・今こそ自主独立を

 久しぶりの「池田幸一メール」ご紹介です。満96歳になられました。

皆様。 池田幸一です。
 私は昨日、満96歳になりました。若い頃はさして頑健な生まれでもなかったのですが、(1941年の徴兵検査では、甲種、第1乙種、第2乙種、丙種のうち、第2乙種でした)思わぬ長壽に恵まれました。 しかしいつの間にか周辺から同輩の姿が消え、そのうえ私も入退院の繰り返しで日常が随分淋しく、不自由になりました。頭の方もボケて来ましたが、何より困るのは思った通りのことが巧く書けない事です。
 中国人から授かった恩義に感謝し、その徳に報いるように付き合おうではないか、なぜ大恩ある中国を疎外し、アメリカの手先になって中国包囲網に汗をかかねばならないのか?西洋の功利に比べ東洋の道義の方が付き合い易いのではないか。トランプ時代の到来をチャンスに、せめて米中等間隔のスタンスに立てないだろうか、この簡単なことが満足に述べられないのです。
 お前の見方は浅はかだ、中国はそんな御人好しではない。ましてや戦争は国府軍や中共軍に負けたわけではない。我が国はアメリカの物量に負けたのであって、“勝った勝ったと自慢する中共軍は逃げ回っていただけのことだ。「長征」という名の逃亡は1万2500キロにも及ぶ「避戦」であって、その健脚ぶりは褒めてもよいが、国府軍を精鋭無比の日本軍と戦わせると言う驚くべき奸智こそが彼らの戦略で、「他人のフンドシで相撲を取った」だけのことである。”と説くのは産経新聞の「野口裕之の軍事情勢」です。
 一事が万事、このような目で見ると中国人の偉大さは何一つ見えてこないでしょう。蒋介石は一家一族を挙げてアメリカを味方に引き込み、日本軍を泥沼に追い込んで自滅させました。中共軍は兵力を温存してゲリラに徹し、共に力を合わせて日本軍が構築した大石の目を潰し、いつの間にか死に石にしてしまったのです。まさに名人芸、鮮やかな完勝でした。碁だけではありません。私は中国が好きでしげしげ訪れていますが、残された遺跡と文物の偉大さにはいつも圧倒されます。
 この中国で我が国は戦争中にどのように振舞ったか? 私の原隊は京都伏見の9連隊で、南京攻略の主力となった中島今朝吾中将の部隊です。“我隊ハ捕虜ハセヌ方針ニテ”つまり、捕虜は捕え次第皆殺しという猛烈な部隊で、それがため当時の古兵から残酷な武勇伝を耳にタコができるほど聞かされました。いずれも悪魔の所業で「チャンコロ」と軽蔑して人並みには扱わず、悪いことの限りを尽くしています。“にい公には悪いことをした、オレは地獄へ落ちるだろうな、”これが古兵たちの述懐でした。
 多年紛糾の尖閣諸島領有の問題は、“子孫の叡智に任そうではないか”という東洋的棚上げを双方が認め合い、1972年、周恩来と田中角栄の骨折りで成立した「日中共同声明」は、以後40年の日中蜜月時代を生みました。誰がこの友好平和を潰したのか? 一つは拿捕した中国船を帰さずに、国内法で裁こうとした前原誠司外相のミス、更に致命的な失敗は尖閣を東京都で買い取ろうと全国に寄付を呼び掛けた石原元都知事、それに動揺して国で買い取った野田佳彦元首相の浅慮。これですべてがパーになりました。なぜなら、約束した棚上げが無視され、中国が怒ったからです。
 戦後アメリカの占領下、軍事同盟と核の傘に守られ、ひたすら従属の道を歩んだ我が国ですが、いつの間にか中国の大恩を忘れてしまいました。彼たちは忘恩の徒の裏切りを後悔しているでしょうか。また尖閣を巡る40年の平和を台無しにしたのも我が方ですが、どうして謝り、元のさやへ帰るよう努力しないのか。自分のことが自分でできる自由独立を、今こそ考えるべきではないでしょうか。
 前回に引き続き、これだけ述べてもまだ充分でないから困るのです。

「風に吹かれて」が書になった

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 ボブ・ディランの「風に吹かれて」が書になりました。「花てぼ」(太田雪影)さんが書いて下さって、東京都美術館の「第64回朝聞書展」に明日の午後(2時30分入場)まで展示されています。書は横2尺、縦8尺という大きなものです。
 「展示したあとの書はどうなるんですか」と質問したら、「それが困るんですよ」というお話でした。そこで展示後に頂戴することにしました。私の家の中にはそんな高い天井はないし、ビルの外壁に垂らすわけにも行かないでしょうが、とりあえず「巻いて家宝にとっておく」ことにしました。

 風に吹かれての歌詞、念のため再掲しておきます
 (書では第2連は省略されています)

どこまで人は歩くのか 大人になるまでに
どこまでカモメは海を飛ぶ 浜辺で休むまで
どこまで弾丸は降りそそぐ 銃身が裂けるまで
君もぼくもそれは知らない 答えは風の中

いつまで山は立っているか 崩れて沈むまで
いつまで待ったら人類は 自由に生きられる
いつまで見えないふりをして 顔を背けてる
君もぼくもそれは知らない 答えは風の中

どれほど続けて見上げたら 青空は見える
どれほど耳を澄ませたら 嘆きの声が届く
どれほど人を殺したら もうやめようと思う
君もぼくもそれは知らない 答えは風の中


おせんべつ?の憲法九条せんべい

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 毎週土曜日、新宿西口地下広場交番前での午後6時から7時まで(5時から6時までは地上で)のスタンディングは、この2月から15年目に入るということです。私は2009年の3月から参加しましたから、そのうちの8年間近くを共有したことになります。昨夜はスタンディングのあとで、新年会を兼ねた小さな飲み会がありました。そのとき大木晴子さんから、「九条せんべい」を頂戴しました。話には聞いていましたが、実物を手にしたのは、たぶん初めてでした。5枚のセットで憲法九条の全文が焼き文字になっています。最後に「輸出協力会」の字があるのは、日本の憲法九条を世界に輸出しようという壮大な意欲があるのでしょう。
 私は家庭の事情もあって、定期的な参加が続けられなくなりそうな状況になりました。そのことも含めてご挨拶したのですが、「短時間でもいいから、時々は来てください」との言葉をかけていただきました。いつでも待ってますよとのお気持は、身に沁みて有難いと思いました。そのようにしたいと思います。
 以前にも書きましたが、駅頭で1時間アピール文を掲げて立つことで、世の中がすぐに変るとは思いません。しかし黙って通り過ぎる人の中にも、気づく人、共感する人、勇気づけられる人がいるかもしれません。そして何よりも大きな効果は、多くの人の目に身をさらすことで、自分が強くなれるのです。さらにこの行動を通して、多くの知人を得ることができました。ブログを書いてはいても、リアルの接点の少なかった私には貴重な場でした。
 週に一度の1時間だけでも、生活にリズムができるというメリットもあります。何かしてみたいが何をしたらいいか手がかりがないと思っている方は、一度参加してみてはいかがですか。最初は何も持たずに行って、立っている誰かに話しかけるだけでもいいと思います。共感できるプラカードがあったら、借りてみてもいいでしょう。予備を持っている人も多いのです。
 スタンディングしているメンバーは、すべて個人単位ですから、波長の合う人もいるでしょう。並んで通行人に向って立ったら、その瞬間に自分の立場が「見る人」から「見られる人」へと180度変るのを経験するに違いありません。そこに「行動する自分」への第一歩があるのです。小さな勇気でできる「自分の変身」を経験してみませんか。一人の経験者からのお薦めです。

トランプ演説で占うアメリカの変貌

 トランプ大統領の就任演説の日本語版全文を読んでみた。当選するまでの個性的な姿勢を少しは修正して、多少は融和的に国民の統合を呼びかけるかと思いきや、相も変わらぬ攻めの姿勢で一貫していた。冒頭の部分では、ワシントンの一部エリートに支配されてきたアメリカ国民を解放して主権を取り戻す的な構成になっていて、これではまるでアメリカ人が大嫌いな社会主義革命を宣言しているようなものだと思った。オバマ大統領の8年間は独裁の圧政だったとでも言うのだろうか。オバマがヘリコプターで会場から去ったのは、その雰囲気を事前に知っていたからかもしれない。
 トランプの評価によれば、オバマ時代のアメリカは、何兆ドルも費やして遠い外国の国境を守り兵士の犠牲も出しながら、自国の国境は一向に守らなかったというのだが、アメリカの国境のどこが侵略されたのか思い当るところはない。たぶんメキシコからの不法移民を問題にしているのだと、しばらく考えたらわかった。だからこれからは「アメリカ第一主義」にするというわけだ。アメリカの大統領だからアメリカの国益を考えるのは当然のことだが、そこで欠落するのが世界の平和とか未来に向けての視点で、自由と民主主義は、演説の中で一度も強調されなかった。誰かがトランプは実業家だから政策も「取引」で考えると評していたが、そうかもしれない。日米関係も、たぶんアメリカのためになる「取引」で考えるだろう。
 世界最大の経済力と軍事力を保持しているアメリカの大統領が、「アメリカ第一主義」を宣言したことの意味は決して小さくない。アメリカの傘の下にいる日本は、基本姿勢を改めないと、とんでもない取引を押し付けられる可能性もある。「強固なる日米同盟」を絶対視して、アメリカの言うことを聞いていれば間違いはないと安心していたら、今までとは勝手が違ってくるだろう。
 安倍首相は、一日も早く再会して日米同盟を強化したいとアピールしているようだが、相手は「アメリカ第一主義」で迫ってくるのがわかっている。アメリカ大統領の権限は、日本の総理大臣よりずっと強いから、大統領の意向はストレートに交渉に反映するだろう。先方が「アメリカ第一主義」なら、こちらは「日本第一主義」で対抗できるだろうか。
 トランプの言うことだけを聞いていたら、丸ごと日本を売り渡すような取引にもなりかねない。相手は遠慮はしないだろう。さりとて安倍首相が持ち出す「日本第一主義」の中身がどんなものになるか心配である。核武装した「防衛自立」に突っ走ったりしないだろうか。アメリカが内向きになるのなら、アジアに新しい平和な環境を作り出すチャンスにもなるのだが、安倍政権にそれだけの先見性は期待できそうもない。これからアメリカは変るだろう。日本もそれに合わせて変われるといいのだが。 

去り行く大統領と居座る総理大臣

 オバマ大統領の退任演説と、安倍首相の施政方針演説と、それぞれの全文を通読してみた。一方は2期8年の最後を飾る総括と別れの挨拶であり、一方は会期ごとの定例行事だから、迫力が違うのは当然かもしれない。それにしても、政治家の言葉として、これほどに違うものかと思った。
 オバマが登場したのは2009年のことだった。「チェンジ」の言葉が新鮮だった。その響きは、同じ年に民主党による政権交代で鳩山内閣を成立させた熱気ともつながっているように感じられたものだ。それは、世論が動けば政権は変えられる、それが民主主義だという実感だった。あれから8年間が過ぎたのだ。その間に、オバマは2期の大統領職を全うした。退任演説では、聴衆から「あと4年」のコールさえ起きていた。2期8年を限度とするのは慣例であって、絶対の条件ではないのだそうだ。
 オバマの8年間は思い通りのチェンジではなかったかもしれないが、大筋ではアメリカは超大国としての権威を維持しつづけた。そして新しい本格的な戦争を拡大することもなく、テロとの戦いでは一定の成果をあげてきた。期待された核兵器の廃絶については、新しい道筋をつけるまでには至らなかったが、個人として「核は使えない」と思っていることはわかった。雇用の回復、オバマケアの実施、キューバとの和解、イランの核開発阻止など、8年前には高いと思われた課題をクリアしたというのも本当だった。
 自分の業績をまとめ、それに協力したスタッフを讃え、自分を支えてくれた家族に感謝し、最後には「我が国の独立宣言が掲げた信念をしっかりと持ち続けていただきたい。」と全国民に呼びかけ、Yes We Can! Yes We Did! Yes We Can!で演説を締めた。
 一方、この8年間に日本にあったのは何だったのだろう。チェンジの後を追った民主党・鳩山政権は1年さえももたずに挫折したのだった。その後は思い出したくもないような逆風そして大震災、原発事故まで抱え込んで、民主党は「大政奉還選挙」で政権を明け渡してしまった。それが2012年末のことで、それから丸5年以上「安倍の世」となって今に至っているのだ。今や政界に敵なしの安泰の上に、今国会の総理大臣施政方針演説は行われた。総理大臣は行政つまり官僚のトップである。そつなくバランスよく、すべての政策について理屈を合わせて作文してある。それを間違えないように読み上げるのが総理大臣の役目である。明日からはその演説に対して、型通りの質疑と答弁が繰り返されることだろう。
 今の安倍首相に対しては、最高の賛辞としてもせいぜい「能吏」という言葉を贈ることしかできない。だが、その能吏が精励して進めようとしている政策はどこを向いているのか。私たちが求めているのとは反対を向いているのではないか。そしてどこからも本格的な「チェンジ」の声が聞こえないのが、さびしい限りである。

山本七平の「一下級将校の見た帝国陸軍」を読む(2)

 この本を読んでわかったことで、もう一つ大きかったのは、陸軍はアメリカとの戦い方を全く研究しておらず、満蒙での陸戦の経験を基礎にした装備と訓練しかしていなかったという事実でした。ですからジャングルの中での砲の運搬や射撃などは想定の外で、すべて行き当りばったりで対応しなければならないのでした。歴戦の古兵でも、語ることができるのは乾燥した大陸での経験だけです。
 日本軍の野砲は発砲の反動を砲身で吸収する機構がなく、一発ごとに砲車全体が後退して、位置を戻し基準を確認してから次の弾を込めるという方式でした。それに対し、アメリカ軍の砲兵が頻繁に位置を移動し、すぐに正確な砲撃をしてくるのが驚異でした。その理由を、やがて混戦の現場で知ることになります。アメリカ軍が通った道は、いつのまにか鉄板が敷きつめられて、自走砲が自由に往来していたのでした。
 こういう実情を知ると、アメリカとの戦争に対して、海軍はともかく陸軍には事前の準備が何もなかったことがわかります。アメリカ兵は軟弱だから、銃剣突撃すればすぐに手を上げて降伏するぐらいの認識でいたのでしょう。こういう根拠のない自信の根底にあったのが「気魄」主義でした。気魄をもって当れば不可能はないという精神主義です。これが上官から命令に付随して与えられると、下位のものはどうすることもできません。不可能を説明しても「理屈を言うな」で終りです。そこには本人さえ無意識な「演技」が含まれていたと著者は分析しています。そして無茶な命令には、統制上疑問のある「私物命令」も少なからず含まれていました。権限に疑問があっても、現場では議論をする場がありません。声の大きい者が勝つのです。
 結局、日本陸軍の「強さ」とは、内輪での統制の範囲にとどまっていました。敵軍との「他流試合」では通用しなかったということです。最後に著者は少数になった部下を連れて深夜の戦場をさまようことになりますが、最後まで上官に報告したときに許される理由づけを考えながら行動していました。
 著者にとって幸運だったのは、この間に終戦日が近付いていたことでした。アメリカ軍の収容所では、将校だった著者は、元上官たちと同じテーブルで食事させれられました。それだけは避けたかったつらい場面ですが、砲を失って死刑にされるべき立場だった著者は、あくまでもおだやかな表情で迎えられ、当たり障りのない食事についての話題に終始しました。「気魄」に満ちて命令を下していた隊長も、全く精彩を感じられない平凡な中年男でしかありませんでした。彼らは決して戦場でのことは話題にしませんでした。
 つまり軍隊では全員が「演技」をしていたのでした。全員が軍人でなくなったとき、収容所内の日本人の秩序は、収容の早いもの順に巾のきく暴力支配に近いものにしかなりませんでした。アメリカ軍捕虜のように、自前の自治組織を立ち上げるような動きは皆無だったのです。この経験が、著者に「日本人とは何か」を深く考えさせました。そして「あとがき」の中に次の言葉を残しました。
 「人はいかにすればこの道から逃れ得てリアルでありうるか。その第一は、おそらく、いかにして自らを再把握するかということであろう。本書がその一助となり得れば、幸いである。」
 軍隊とは、究極の官僚組織だったのですね。

山本七平の「一下級将校の見た帝国陸軍」を読む(1)

 山本七平の「一下級将校の見た帝国陸軍」(朝日新聞社・1976年初版)が図書館にあったので、借りて読んでみました。著者は1942年に青山学院を半年繰り上げで卒業し徴兵されますが、幹部候補生として陸軍予備士官学校にに入り、見習い士官として砲兵隊に配属されました。そして終戦前年の1944年5月に、最後の増援部隊の少尉としてフィリピン・ルソン島北端に上陸しました。日本の砲兵隊は馬に砲を引かせるのが原則ですが、すでに馬を輸送する余裕はなく「現地調達」とされました。しかし現地に馬は全く存在しません。砲車を分解して人力で運搬する苦行の連続になりました。
 任務はルソン島北部の防衛ですから、アメリカ軍の上陸が予想される海岸に布陣します。著者は観測将校ですから、海岸への射撃が可能な観測所を配置し連絡の電話線を引くことに奔走します。砲は上空から見えないように隠蔽しなければなりません。砲兵の展開には、多大の労力と時間を必要とするのです。ところが部隊本部から来る命令は、次から次へと変更されます。大本営はガダルカナル以降の戦訓から、水際防備を捨てて「敵を引き寄せてから混戦に持ち込む」など、指導方針も変転していました。歩兵部隊なら簡単に移動できますが、砲兵の移動は簡単にはできません。無理な命令は破綻せざるをえないのです。
 著者はそれまでの経験で、軍隊とは「事大主義」と「員数」が支配する場であることを知っていました。「事大」とは「大に事(つか)える」ですから、価値観の基準であり優先順位と言い直すこともできます。要するに地位の上の者の意向を満たせばいいのです。そして「員数」は報告における数量のことで、報告では実体よりも数が合っていることが大事なのでした。そして著者が軍人になったのは学徒動員の初期のことですから、促成の教育ではあっても、日本陸軍の本質を理解してそれに適応するだけの時間はあったのです。だからこそ正確な理解に基づく批判を書けたのだと、読みながら感じました。
 そこで発揮されたのが、この軍隊のこの状況の中での生き残り能力でした。たとえば維持できなくなった砲でも、密林に放棄することは絶対に許されません。砲兵は砲と運命を共にすべしと定められおり、意図的に放棄すれば指揮官は軍法会議で死刑に決まっています。しかし最終段階の逃避行では、渡河のために分解するとき、1門は対岸に運びましたが1門は水中に投棄しました。上層部もすでに崩壊しており、事情にくわしい上官がいなくなって、員数の報告が通ると見越しての判断でした。それでも苦労を重ねて、ただ一回の敵軍に向けての発砲を成功させています。ただし川に水柱を一本立てただけのことでしたが。 
 結局、訓練を重ねてきた砲兵中隊としての集中砲撃をする機会は一度もないままに終りました。それでも曲りなりにも軍隊の形を保っていられたのは、マニラ方面の主戦場からは遠く、レイテ戦以後もアメリカ軍にとっては重要でない閑散な戦場だったからでしょう。

新しい年号はどうするの?

(熊さん)平成の次の年号は何がいいかって、中嶋寛さんのところに案が出てましたよ。
(ご隠居)今の天皇が在任中に、不謹慎だという感もあるが、天皇ご自身が生前退位への希望を語られたところだから、まあいいとするか。来年つまり平成20年で終りにして、次の新年から新しい年号にするという案が出ているようだね。中嶋さんの案は「元發」「尖創」「角佐」「閔望」「宝開」と並んでた。一見するとおめでたい字が並んでるようだが、読んでみるとすごいことになるよ。「げんぱつ」「せんそう」「かくさ」「びんぼう」「ほうかい」だからね。中嶋さんらしいワサビが効いてる。私もおつきあいで「憲無」(けんむ)というのを出したよ。憲法無視と「建武」をかけたんだ。建武の中興は知ってるだろう。鎌倉幕府を倒して後醍醐天皇が一時的には復権したんだが長続きせず、足利氏の室町幕府と南北朝の時代になるんだな。
(熊)楠正成は知ってるけど、日本の歴史は、あんまり自信ないな。
(隠)年号というのは日本に独特で、天皇制と関係が深いんだ。明治以降は天皇の即位ごとに年号が変ることに決めてある。明治は45年まで、大正は12年まで、昭和は64年まであったんだ。だけど年の途中で年号が変るから、例えば昭和64年と平成元年は、1989年で同じ年なんだよ。それで年号を西暦に換算しようとすると面倒なことになる。だけどね、これは一通りのコツを覚えておくと便利なんだよ。いいかい、各年号に、それぞれの数字を足すと西暦に変るんだよ。
明治には67(明治は空し)と覚える、以下同じ
大正には11(大正はいい時代)
昭和には25(昭和の空は濁ってた)
平成には88(平成は葉っぱ)
そして次はどうなるか、まだわからん。
(熊)もし平成が20年の末で終ると、新年号には18を足すことになりますね。
(隠)そうだよ、よくわかったな。でもね、そんな面倒なことは、もうやめたらいいさ。宮中の行事などで使うのはいいとしても、公式の文書なんかは官庁でも民間でも、西暦に統一した方がいいと思うよ。じつは私は今は日本式年号が嫌いになって、極力使わないようにしているんだ。作曲家の中田喜直さんの影響かもしれない。戦争体験のある中田さんは、決して「昭和何年」とは口にしなかったからね。
(熊)でもさ、自分の生まれた年なんざ、昭和でしか出てきませんよ。
(隠)それはしょうがない。私だって若い頃の記憶はみんな「昭和」とくっついてるよ。でもね、これから後の時代の人たちには、全部25を足して換算しないと、わからないようになって行くだろうね。それでいいんだ。

「原爆で死んだ米兵秘話」を読む(2)

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 この本が実録として読みごたえがあるのは、調査が徹底しているからです。撃墜されたアメリカ兵たちが、どんな経過で軍隊に入り、どのように訓練されてこの戦闘に参加するまでになったかを、アメリカ側の資料で紹介しています。22機のうちで、生存者がいたのは爆撃機の2機と、3機の艦載機で、合計は15名でした。彼らが捕虜になるまでの経過も詳細で、生存者の一人は猟銃を持って迫ってきた農夫を射殺しています。民間人に捕まると私刑で殺される恐れがあるので、正式な捕虜になることを求めたのでした。捕虜になったうちの14名は、広島にある中国憲兵隊司令部に収容されました。
 なお、この部分の記述で、アメリカ軍にはPBMマリナーという救難飛行艇があり、当時は瀬戸内海にも飛来して、海上で待つ生存者の救出に当っていたことを知りました。攻撃機の乗員の携帯品には、海面を染めて目立たせるための染料や、太陽光を反射して位置を知らせるための鏡なども含まれていたとのことです。敵地で撃墜されても、乗員には味方に救助される可能性があったわけで、捕虜になるか救助されるかは、時間との競争でもあったのです。搭乗員への手厚い保護の面でも、日本軍との大きな格差を知らされました。
 広島に集められた捕虜たちは憲兵隊の取り調べを受けましたが、そこで得られた情報には、広島が爆撃禁止に指定されているという気になる供述がありました。爆撃禁止ということは、そこに近く大規模な空襲が予定されていることを意味するかもしれません。不審を感じた憲兵の一人は、その情報を報告するため東京へ出向きました。それが8月5日のことです。もしこのときに重大な情報と認識すれば、広島の防空意識は高まって的確な空襲警報が出せたかもしれません。これも秘話の一つです。
 しかし実際には歴史の通りに原爆は投下されました。市内の憲兵隊に拘束されていたアメリカ兵の運命も他の被爆者と同じです。ただし、その中の1名か2名が、相生橋の上にいたという証言があります。欄干に縛られて座っていて、市民から石を投げらたともいいますが、いずれにしても助からない被爆状況でした。市民の暴行が死因ではなさそうです。彼らが原爆の犯人でないことは、市民もわかっていたでしょう。 
 著者の森重明氏は、捕虜たちの墜落現場もくまなく歩き、住民が墜落機の残骸から作った家事道具まで提供を受けて、アメリカの遺家族に送り届けました。それらの行為が、日米市民の心をつなぐ、何よりも強いきづなになったことは疑いありません。
 そして最後に広島を訪問したオバマ大統領との対面になりました。森氏の業績については、オバマ氏は事前に十分な知識を得ていたことでしょう。森氏は万感せまって通訳の言葉も耳に入らず、英語で話そうと思っていたことも言葉にならなかったと「あとがき」に書いています。大統領はただ、やさしく抱き寄せてバグしてくれました。以下はその「あとがき」からの引用です。
 「この時、大統領と私は、言葉ではなく心と心が通じ合ったと思う。私の後ろで、家内が泣きながら『大統領、ありがとう』と小さな声で言っていた。」

ブログ連歌(477)

9519 亡き母の 酉年めぐる 懐かしさ (みどり)
9520  暦あたらし 二千十七年 (建世)
9521 正月は 花札止めて トランプで (獣医さん)  
9522  神経衰弱 ばば抜きするか (建世)
9523 駅伝は CМばかり 見せられて (うたのすけ)
9524  長丁場をば 見届けにけり (建世) 
9525 オスプレイ そんなに良けりゃ ぜひ一機
9526  総理専用 給油機つけて (建世)
9527 この道は 何処まで行っても 道半ば (土熊)
9528  心安かれ 終りなき世ぞ (建世)
9529 トランプ詣で まるで腫れ物 触るよう (獣医さん)
9530  担いでみたいが 取っ手がなくて (建世)
9531 駅伝の 三連覇なり 渋谷ゆれ (みどり)
9532  年始の話題 遠ざかり行く (建世)
9533 新年も 被災復興 遅々として
9534  対ロ外交 先走る安倍 (みどり)
9535 トランプは 声と態度が 大きくて (建世)
9536  株価もドルも 右往左往す (獣医さん)
9536B  聞く耳持たず 度量が足りぬ (獣医さん) 
9537 国ぐるみ 底冷えのする きのうきょう (建世)
9538  「豊洲」地下水 汚染度深む (みどり)
9539 日没が 日長になって 明日も晴れ 
9540  年始回りの 首相も帰国 (建世) 

「原爆で死んだ米兵秘話」を読む(1)

 この「原爆で死んだ米兵秘話」(森重明・潮書房光人社・単行本)は、広島の藤森照幸さん(「山姥珍道中記」ブログ主「深山あかね」さんのご夫君)から、「志村長屋の皆さんへ」として贈呈を頂きました。ですから長屋に巡回すべきところですが、まずはどんな本なのかを、やや丁寧に紹介することとします。著者は藤森さんの小学生時代の同級生の、兄上だということですが、オバマ大統領が広島を訪問したとき、広島で被爆死したアメリカ兵捕虜の記録を掘り起こし慰霊した功労者として、感謝の抱擁をしたことで注目されました。そしてこの本には菊池寛賞が贈られました。それに価する真心こめた研究の成果です。
 広島を原爆投下の目標に選んだとき、そこにはアメリカ軍捕虜はいないという情報が理由の一つでしたが、実際には空襲に来て撃墜され、落下傘降下で捕虜になったアメリカ兵が、憲兵隊に拘束されていたのです。それは終戦近い7月28日の呉軍港への攻撃で撃墜された、2機のB24爆撃機と20機の艦載機の乗員たちでした。映画「この世界の片隅に」の最後の方で描かれていた、軍港への空襲と日本艦隊の対空砲火による死闘の結果でした。
 著者はこのとき国民学校3年生で広島市の近郊にいました。原爆の日には橋の上にいて川の中へ吹き飛ばされた被爆者でもあります。やがて広島市内から避難してきた多くの被爆者たちの惨状を目撃し、その後、学校の校庭で多くの死体が焼かれて行くのを見ました。その記憶が、戦後の公式記録と違っていることに気づき、本当はどうだったかを知りたくなって自分で調べ始めた中で、原爆被爆者の中にはアメリカ軍の捕虜もいたことがわかったのです。軍の資料の大半が終戦時に焼却されてしまった中で、生存者への聞き取りを中心とする息の長い調査が、社会人として勤務する余暇を使って20年間も続けられました。
 著者はこの本の中でも、何が動機となってこの仕事に執念を傾けたのかを語っていません。ただ淡々として事実経過を述べているように見えます。しかし気になって真実を探す中で、敵国であった日本の捕虜となり、自国の原爆の犠牲になったという特異な運命に見舞われたアメリカ兵に、人間としての同情の気持が湧いたのではないかと私は想像しました。それは、著者が主導して1998年に中国憲兵隊司令部跡に設置した米軍捕虜のための慰霊碑にも表現されています。広島には300以上もの慰霊碑がある中で、唯一の存在ということです。
 私も含めて、広島の原爆犠牲者の中にアメリカ兵もいたという事実を知らなかった人が多いことでしょう。戦時中ならば「ざまぁ見ろ」といった感情もあったかもしれませんが、今はそんなものはありません。ただ、ちょっとした運命のいたずらで、皮肉な死に方を強いられたアメリカ兵がいたことを気の毒に思うばかりです。その気づきを、ほとんど人生をかけた仕事として仕上げた著者の努力には、頭を下げるしかありません。戦争の愚かさというものは、このような作業によって後世に伝えられるのでしょう。

「象にささやく男」を読んだあと

 「象にささやく男」(ローレンス・アンソニー+グレアム・スペンス[著]中嶋寛[訳]・築地書館・単行本 )は図書館から借りて、もう返してしまったのですが、当ブログの推薦本として紹介すべきであったと気がつきました。私たち人間にとって、忘れてならない大切なことを教えてくれる本でした。翻訳者の中嶋寛さんから頂いたコメントを通して、それを理解して頂けると思います。
 中嶋さんはフェイスブックを通して、読者との間で意見交換をされていたことにも、今になって気がつきました。フェイスブックやツイッターは、反応が早くて拡散には便利ですが、分献としての保存性ではブログの方が安定していると私は今も思っています。これは「地球上での人間の立場」ということを考えさせてくれる本でした。では、以下は中嶋寛さんのコメントです。
(以下引用)
「象にささやく男」お読みくださり、また、ブログで取り上げてくださりありがとうございました。象の本を読んで自分にもよりはっきりと分かるようになったのは象の立場というか象から見た世界や人間のしていること。70億人にまでふくれあがり、まだ増えよう、もっと資源や空間を独り占めしよう、もっと経済成長、開発、より豊かに、より便利になろうとしている人間の姿。……ここらで人間がもっと減るほう、もっと不便でもっと貧しくなるほうに舵を切る一大革命を起こさないと、地上の生き物みんな、人間も含めて、元も子もなくなるということ。火力発電所のセールス? 歴訪の旅に出た安倍首相は、そんなことまったく頭にないでしょうが。……それは、志村さんがブログにお書きの、お互い隣国同士の信頼を築く努力をしなくてはならない、武力で自衛力を高め合う(それによってより危険になるだけ)というのと正反対の方向に転換しなくてはならない、というお考えにも何か通じる。必要なのは方向転換!と思う次第です。
(引用終り)
 ここからはブログ主からの返信です。その方向転換を、自発的にできるといいのですが、象ほどは賢くない人間にできるでしょうか。世界を遊び歩いて国民から集めた税金を配って歩いている今の総理大臣には期待できません。たとえ政権交代しても、無理かもしれません。人間の文明は、このままでは必ず破綻するでしょう。持続可能ということは、欲望の一部を抑制することで、初めて可能になる現象だと思います。
 一つだけ希望があるとすれば、それは人間の本能です。食欲は満たしたら、それ以上は食えなくなる。金銭欲、支配欲、未知の分野開発欲などに、限界はないのでしょうか。そもそも生命とは、永遠に(世代を超えても)生きつづけられるように出来ているのでしょうか。そんなことを、今でも考えています。それにしても、私は地球の上のことを知るだけでも、けっこう面白い人生だったと思っています。

戦争を必要としない世界へ

(熊さん)ご隠居とは今年最初の対面ですね。酉年の数えで84歳ですよね。どうです年頭の感想は。
(ご隠居)ああ、そうだったね。落ち着いて本ばかり読んでる正月だったよ。ゆうべも「象にささやく男」という本を読んでた。翻訳者がブログでおなじみの中島寛さんなんだよ。面白かったね。心を開けば象とだってコミニュケーションがとれるんだね。相手の気持がわかって、協力できるようになる。
(熊)あのでかい象と仲良くなれたら、そりゃ心強いでしょうね。
(隠)気持が通じるってことは、体の大小とは関係ないんだな。互いに相手を尊重する気持があれば、対等に話し合うことができるんだよ。話は飛躍するが、私は世界の平和っていうことを考えちまった。生き物同士にこれほどの信頼関係が成り立つなら、同じ人間同士がわかり合えないわけないじゃないか。たまたまトランプ演説をちらっとテレビで見たんだが、我が強いばかりで不愉快な印象だったな。あれが大統領になったアメリカと、安倍政権はどうつきあうつもりか、今年は波乱含みだなと思ったよ。
(熊)本当にね、日本の国益は守れるのか、心配ですよ。
(隠)それでもね、本筋は見失っちゃいけないと思うんだ。それは戦争に近づいてはいけないってことだよ。どこの国だって、もう「採算のとれる戦争はない」ことがわかってる。それなのに軍備をやめられない理由はたった一つ、「自衛のために必要」と思うからだ。それは強くないと「いざ」というときに負けると思うからで、要するに「いざという時」をイメージする心の問題なんだよ。しかしその具体的な中身はなんですかと問い詰めたら、中国とか北朝鮮とか近隣の国の名前をあげるしかあるまい。そして相手の国へ行って同じ質問をしたら、やはり「日本」「アメリカ」といった名が出てくるんじゃないのかな。
(熊)それはそうかもしれないね。
(隠)とすれば答えはこういうことだ。国と国とが国土や人口の大小にかかわらず、相手の存在を認め合って信頼関係を結んでさえいれば、もう戦争の用意、つまり軍備は必要がないということだ。そしてこれは絵そらごとではなくて、とっくに国連の原則になっているんだよ。国際紛争の話し合いによる解決というのがそれだ。だけど国連は国家の自衛権も容認している。これは日本ではあまり認識されていないけど、旧敵国つまり日本とドイツを念頭に置いた規定なんだ。国連は、日独を相手に戦った国連軍が母体になって出来た組織だからだよ。しかし今では日本もドイツも平和を尊重することを誓って国連への加盟を許されているというわけだ。
(熊)そうか、そういう立場とは知らなかった。
(隠)だけどここに、日本が世界に貢献できる最大のチャンスがあるとわしは思うんだ。世界が回れ右して戦争の廃絶に向かうとき、日本はその先頭に立っているじゃないか。自衛隊が海外へ行ったら、武器があっても戦えないなんて嘆くことはない。日本は戦わない、人を殺さないということを、世界に向けて宣言したらいいんだ。世界から戦争と軍備がなくなるのは、理想ではなくて、歴史の必然なんだよ。

伊勢崎賢治の「新国防論」を読む

 昨年から図書館に申し込みして順番待ちをしていた本が、この正月に次々とOKの通知が来て、このところ読書で時間を過ごしています。この本には「9条もアメリカも日本を守れない」という副題がついていて、毎日新聞出版による2015年11月発行の単行本です。9条もアメリカも日本を守れないのならば、何が日本を守れるのかという答えを先に言ってしまうと、それは「敵を作らない外交」なのでした。
 国防を論じる最初の認識として、日本は「背中がスカスカで国防の『懐』がなく、地政学上、非常に脆弱な位置にある」ということがあります。海岸線に原発を並べた現状は、どこの国も国際法を守ってくれるという「性善説」を前提にしないと、国防を考えることもできないのです。これは親米、反米をも超えた絶対的な命題なのです。
 伊勢崎氏は世界の紛争現場で何度も「武装解除請負人」の役目を果たしてきた人ですから、戦争を抑止するために効果のある条件づくりを熟知しています。その経験から語られる国防論には、本物としての説得力があります。著者は護憲論者ではありますが、非武装論者ではありません。交渉には丸腰で行きますが、正義のための武力行使を否定はしません。ただし現状のままの自衛隊に武器を持たせて海外に出すことには、絶対反対の立場です。法的な整備が全く出来ていないからです。
 著者は巻末に「日本の指針」として10項目を列挙して、この本の内容を総括しており、この部分を読むだけでも有益ですが、私の印象に残ったテーマを二つ紹介しておきます。
 その一つは「突発的な危機は空から起きる」ということです。陸には警察があり、海には海上保安庁がありますが、空の警備には戦闘機しかありません。つまり空では日常的に正規軍同士が領空をめぐって接触する機会があるわけです。しかもそれは客観的な事実関係を確認しにくい高空で、短時間のうちに起こります。ここで偶発的な衝突が始まった場合には、直ちに国際関係を緊張させる可能性があるのです。
 それだけに、空の警備には慎重な対応が求められます。戦争は、よく一発の銃声から始まると言われますが、戦闘機の先制の一撃は、直ちに「敵機の撃墜」につながるでしょう。そのような危険を相互に感じるような、瀬戸際までの接近をしない自制心が求められます。
 もう一つは、中国脅威論を煽らないということです。脅威の優先度を見誤らず、「憎悪」を排除して大局的に捉え、非軍事での対応を強化しなければなりません。「歴史修正主義」のレッテルは、日本の国防外交上の最大の障害になります。それよりも日本自身が、国際人権世論を味方に引きつけることが、何よりの安全保障になるのです。これを「心を入れ替え、善行を重ねている前科者」の立場と伊勢崎氏は表現しています。

「日本を追い込む5つの罠」を読む

 先日「読谷の風」(高江洲瑩)さんのブログで「ぶん殴られるほどの衝撃を受けた」と紹介されていた「日本を追い込む5つの罠」(カレル・ヴァン・ウォルフレン著・角川 oneテーマ21新書)を読んでみました。2012年の発行で、著者はオランダのジャーナリストとして来日し、日本研究の著書を多く書いていますが、この本からは、日本に期待する熱い視線が感じられました。
 日本を追い込む5つの罠とは、次の通りです。なお、括弧の中は私がつけた要約です。
。圍丕个稜惴紊棒む「権力」の素顔 (アメリカ・グローバル企業の野心)
■釘佞鮖Δ靴拭嶌眄緊縮」という伝染病 (必要のない日本まで感染した)
CΩ胸厠呂膨餽海垢襦嵌鷂式権力」(日本では「原子力村」と呼ばれる)
ぁ峭餡函廚覆対米隷属に苦しむ沖縄 (日本は国だが「国家」になっていない)
ジ⇔呂悗痢嵬鬼愎粥廚箸いβ嬲 (日本が抱え込んでいる最大最悪の病根)
 この一覧を眺めただけで、読者は今の日本の問題点を俯瞰できるのではないでしょうか。それがわかったら、世界の未来のために、日本が果たすべき役割が見えてくる筈です。その意味でなら、これは日本にとっての「希望の書」と呼ぶことができるでしょう。
 著者による最後の呼びかけ部分だけを引用しておきます。
(以下引用)
……アメリカが変貌したことで、「自由世界」そのものが大きく変わってしまった、そのことを日本の官僚も新聞の編集者たちも認識すべきなのである。
 変異を遂げたのは他でもない、「自由世界」を支えてきたかつての諸国、そして同盟国としてあつかわれ、みずからをそう見なしてきた国々である。互いに協議をするなどということがまったくなくなった冷戦後、こうした国々はアメリカの従僕となった。
 そしていま日本を含めて、これら諸国に与えられる国際社会での新しい役割とは、アメリカの操り人形になることでしかない。もちろんこのことに気づけば、日本人はそのような命運から逃れたいと思うことだろう。
 ただしそれには紙面編集者とキャリア官僚、そして真の改革をめざす政府内の政治家たちによる、これまでにない新しい協力関係が欠かせない。
 そしてこういう関係を築くためには、本書で私が読者に指摘したような「5つの罠」にはまり込まないよう、彼ら政治家に日本をみちびくチャンスを与えなければならないのである。
(引用終り)
 こういう本を読むにつけても、安倍内閣に任せた置いたらだめだと思う。
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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
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