きょうは土曜日なのであまり目立たないが、「建国記念の日」でもある。この祝日が何であるかは、2014年の当ブログ「建国記念の日に見る紀元節への郷愁」で解説しているので、ご用とお急ぎのない方は、ご一覧いただけると幸いである。
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/55595604.html
 昨日は「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」で、三上智恵監督の最新作「標的の島・風(かじ)かたか」の先行上映を見た。ほぼ2時間の大作で、宮古・石垣への自衛隊配備と、それに抵抗する先島諸島住民の素顔、そして沖縄本島では高江のヘリパッド建設、辺野古での新基地建設への、息の長い抵抗運動の実情を集大成していた。上映後に三上智恵監督自身による「舞台挨拶」の枠を超えた、かなり長時間の解説が聞けたのが良かった。高江・辺野古では、抵抗運動は現在進行中である。映画の最後の3分間は、今後の情勢を織り込んで、随時改定を加える予定ということだった。だからここでは、一回だけの特別バージョンを見たことになる。
 三上智恵さんは東京都の出身だが、1995年から琉球朝日放送の設立とともに同局へ移籍した。それ以来沖縄の立場で制作活動をつづけ、2014年からフリーとなって映画監督の道へと進んだ。今では沖縄の人間になって、この仕事を続けて行くと、自分で語っていた。何度か会合などでお見かけしたことはあるが、目の大きいギラギラ感が少し薄れて、ふっくらした自然体で話しているように感じられた。
 話の中で、「風かたか」は、沖縄の言葉で「風よけ」の意味だと説明された。かつて沖縄は本土を守るための捨て石として使われたのだ。おかげで軍民合わせて20万人が死に、その半数は非戦闘員だった。それでも日本が負けるのを防ぐことはできなかった。それと同じことを、今でもやっているのではないか。先島諸島をも含む列島線の要塞化は、何から誰を守るための「風かたか」なのか。大きく見れば、日本列島の全体がアメリカのための「風よけ」として使われようとしているのではないか。直截にそう指摘したのではないが、話されていることの真意は、よくわかった。
 上映後のロビーで、社会批評社の小西誠さんに出会った。今月の末に、同社から出る「標的の島〜自衛隊配備を拒む先島・奄美の島人」の資料を頂いた。これは先に出された「沖縄島嶼戦争〜自衛隊の海峡封鎖作戦」と連動している。つまりはアメリカのために中国を封じ込める作戦の一環なのだ。この戦略が日本の安全と繁栄のために役立つのか、日本の国益になるのか、大きな選択肢がここにある。日本列島はアメリカのための防波堤でありさえすればいいのか。「ゆるぎない日米同盟」でない大切な視点がここにある。