志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2017年11月

白井聡の「永続敗戦論」を読む

 白井聡の「永続敗戦論〜戦後日本の核心」(atプラス叢書・太田出版・2013年)が図書館にあったので読んでみました。日本の現状と今後の進路について、新しい視点を教えてくれる本でした。冒頭の第1節は「私らは侮辱の中に生きている」から始まります。太平洋戦争の敗戦でアメリカの支配下に置かれた中で、同様の構図で2011年3.11の福島原発事故に見舞われました。私たちは、どこまでも敗戦を引きずって生きて行かねばならないのでしょうか。
 この本については、いろいろな人の評論も出ているので、それらを参照すると、およその見当がつくことと思います。ただ私としては、最後の「戦後の『国体』としての永続敗戦」の章から受け取った、私の強烈な印象を書いておきたいと思います。
 そこに出てくるのは、「天皇」というものの巨大な姿です。昭和天皇は、昭和の歴史を一身に体現した人でした。終戦の詔勅の中に「朕ハ国体ヲ護持シ得テ」という言葉が含まれていたことを、まざまざと思い出しました。当時の日本の官民あげて奉じていた最高の価値観は「国体の護持」でした。それが「天皇制の存続」を意味することは明らかです。その一点を守るためにこそ、日本は国家として降伏することができ、ドイツのような壊滅を経験せずに済んだのです。
 日本の戦後の改革が不徹底だと言われるのは当然です。最高の責任者である天皇は、退位もせずに、そのまま民主主義日本の象徴へと横すべりしました。直前まで命をかけて戦う最高指揮官だった人が、平和と復興のシンボルになるまでに、1ヶ月もかかりませんでした。マッカーサーと並んで記念写真に納まり、アメリカを師として平和な国づくりに励むことを、素直に受け入れたのです。それは敗戦の結果としての対米従属を、自発的な構図として受け止めた姿でした。
 こうして出来上がった日米関係の延長線の上に、今の私たちの日本があります。講和条約による日本の独立回復も、アメリカの主導によって行われました。天皇にはもはや政治的権能はありません。これから先は、日本国民の意思ですべてのことを決めなければなりません。たしかなことは、それだけです。 

たいして中身のなかった「自殺願望高3日記」

 どういう風の吹き回しだったか、数日前に自分の古い日記を読んでみる気になった。長いこと禁忌して開いて見なかったのだが、高3秋の一冊を手に取ったら、意外にすんなり当時の心境に入って行くことができた。読み始めると私が書いた本人だから、中身はよくわかる。バカだったなぁ、これじゃ大学受験に失敗するのも当り前だと思った。
 要するに人生の全体は何のためにあるのかがわからないと言っているのだ。それがわからないまま何かをするのは無駄ではないかという懐疑心が出てくる。それが勉強をしないで日記を書いてばかりいることの言い訳になっているのだ。あとは無残ともいうべき、ぐるぐる回りの循環論を繰り返しているに過ぎない。勉強をして大学に入る、卒業して仕事をして、多少は成功もするかもしれない。でもその全体には、どんな意味があるのかと問うているのだ。
 それと、当時は、通学の電車で時々見かける他校の女生徒に恋をしていた。それでも、出会いは偶然でなければならなかった。時間を調整して待ったりするのは「不純」で、純粋性を損なうと信じ込んでいた。もちろん名も知らず、声を聞くこともないままに終った。一事が万事で、およそ生身の人間のやることが、まるでわかっていない。頭の中だけで考えた抽象の世界に遊んでいて、現実世界との接点を、自分から拒絶して「純粋」なつもりでいたのだ。 
 始末が悪いのは、その抽象論が自殺願望と結びついて「純粋な自殺」を構想するところまで行ってしまったことだった。自分の生死がかかっている大問題だから、その他の問題は取るに足りない些事になってしまう。何よりも大事なことを考えているつもりだから、もう他のことは頭に入らない。ただしそれを外から見たら、ただぼうっとしていただけなのだが。
 わかってみればそれだけのことなのに、なぜ高3の自分の日記が長いこと縛りになっていたのかがわからない。ほぼ偶然のように、読めてしまって良かった。
 その後、社会人になった私は、幼時からよく知っていた親族の娘を、配偶者として意識するようになった。ある夜に「突き上げてくるこの感情を、愛するという以外の言葉で表現することができない」と手紙に書いた。受け取った今の妻は、それを「うれしくて抱いて寝た」と言ってくれた。私は、そのときから大人になった。 
 
 

戸山英二さんの「スタインウェイを弾き語る」コンサート

 戸山英二さんの第4回「スタインウェイを弾き語る」コンサートを、日比谷のスタインウェイサロン松尾ホールで聞いてきました。第1部、2部に分け、アンコールを含めて15曲以上もの曲を、2時間あまりにわたって一人で弾き歌うのですから、並の能力ではありません。名器のピアノを力強く鳴らしながら、カンツォーネを中心とした名曲を次々に歌い納めて行きます。名馬の表現に「人馬一体となって……」というのがありますが、ピアノが演奏者と一体化して表現を楽しんでいるような趣きがありました。題名が「弾き歌う」でなくて「弾き語る」になっているのは、ピアノをパートナーとして、力を合わせて訴えるという感覚があるのでしょう。
 コンサートもいろいろなものを聞いてきましたが、弾き語りコンサートというのは、文字通りに一人舞台のコンサートです。ここまで徹底しての一人コンサートは、考えてみたら、過去の経験の中にはないのでした。歌い手さんが自分でピアノを弾くことはあっても、それで全体を構成することはありません。ピアニストとしての腕でも歌でも一流で通用するというのは、かなり珍しいことだと思い当りました。
 それと、きょうは会場で配られた解説を見ていて、なるほどと同感したことがありました。戸山さんは挨拶文の中で、「人生に結論はない、いつも途中であり半端である。百歳まで生きようが、今の時間を無駄にしては意味がない、今日を喜ぶべし……じゃないでしょうか?」書いていたのです。まことにその通りです。何かしたいことがある間は、時間は生きています。おかげで今日は、生きた時間を経験することができました。戸山さんは人生の達人でもあるのですね。

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ゴミをめぐる「汚い話」

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(熊さん)森友のゴミ問題が、とうとう会計検査院の報告書になりましたね。
(ご隠居)なんせ国有地の売却問題だから、これだけ騒がれたら放って置けなくなったんだろう。ゴミの分量を推計するなんて仕事までやるようになるとは、検査院にも初体験だったんじゃないかな。新しく試掘までして調査したようだよ。
(熊)ったって、検査院のお役人が掘った訳じゃないでしょう、どうせ業者にやらせたんでしょうが。
(隠)そんなこと言ったって理屈にならん。とにかく本気でやったということだ。
(熊)それで結論は、国は値引きをし過ぎたってことですよね。
(隠)肝心なのはそこだよ。国有地払い下げの問題だから、これは国庫に入るべき金が、払い下げを受けた個人の懐に入ったということだ。国つまり国民の財産を叩き売りして、首相夫人ゆかりの学校法人を儲けさせたわけだ。つまり国有地の私物化だな。
(熊)その値引きの理由づけに、ゴミ処理費の見積もりを使ったってところが、汚いですね。
(隠)検査院の試算では、ゴミは最大7割減になるそうだ。ゴミを理由とした値引きが8億2千万だから、5億7千万以上が無意味な値引き、つまり森友の儲けになったことになる。これは国会でも大きな問題になるだろうね。
(熊)ところで、加計学園の獣医学部は、来年の4月から開校に決まったそうじゃないですか。森友と加計学園は関係があるんですか。
(隠)いや、別な学校法人で、加計の方がずっと大きいんだよ。ここの理事長は、安倍首相とは親友の間柄なんだ。だから人脈的には森友と通じていると言える。こちらの問題もどんなふうに発展して行くか、目が離せないね。

ブログ連歌(498)

9939 四国に必要と言ったはずなのに 韓国枠を設け (獣医さん)
9940  とにかく作るが 目的だった (建世)
9941 TPP  思惑外れ 宙に浮く (みどり) 
9942  大国不在で 半分凍結 (建世)
9943 二刀流 羽ばたけ既成の概念打ち壊せ (獣医さん)
9944  投げて打つのは 野球の本筋 (建世)
9945 相撲とは 撲り合いかと 納得し
9946  土俵外でも 暴力勝負 (建世)
9947 共産党 革命百年 道半ば
9948  憲法護持とは 殊勝ならずや (建世)
9949 政府の機関紙 疑惑の開学 大宣伝 (獣医さん) 
9950  どんな受験者 集まるのやら (建世)   
9951 共に産む 此の心意気 名は変えじ (みどり)
9952  革命百年 目指すは彼方 (建世) 
9953 世の中が 違って見える 施設あり
9954  デイサービスの その名パライソ (建世)
9955 8億値引き根拠なく 怪しいだけで時は過ぎ (獣医さん)
9956  少し突ついて 埋め戻すゴミ (建世)
9957 「国難」は このことなのか 俄かにも
9958  政権揺する ゴミ処理の怪 (建世)
9959 介護人 老人虐待 憂さ晴らす (みどり)
9960  弱者争う 貧困の悲劇 (建世)

「死にたい」と「生きたい」の「言い合い」

 日本語の「かな文字」は、「あいうえお」5文字の母音以外は、すべて子音と母音の組み合わせで出来ている。「あ」を除く「かさたなはまやらわがざだばぱ」の各行は、それぞれ k s t n h m y r w g z d b p との組み合わせを私たちは1音として認識している。しかし子音はその性質上、伸ばして発音することができないから、会話の大部分は母音で占められることになる。たとえば「おはよう」は「おあおお」、「さよなら」は「あおああ」の音を聞いている時間が長いわけだ。これを使うと、簡単な暗号にすることもできる。
 そこで、いま話題になっている「死にたい」と「生きたい」なのだが、これを母音だけで言うと、両方とも「いいあい」になるのに気がついた。シェークスピアのハムレットには「生きるか、死ぬか」それが問題だ(to be, or not to be……)という名せりふがあるが、この永遠の自問自答を、日本語にすると「言い合い」になる。もちろん偶然の一致をこじつけているだけだが、一つの回答が天上から降りてきたようで、面白いと思った。
 私も少年期には、かなり強い自殺願望を持っていた人間である。高校3年生のときに、受験勉強もそっちのけで、毎晩長文の日記を書いていた。その大部分は、同じ論理の繰り返しだった(と思う)。この時期の自分の日記を、私は未だに読み返す勇気がない。というよりも、なるべく封印して忘れているようにしてきたのかも知れない。だがここへ来て、これも何かの「文献」のような気もしてきた。自殺予防に役立つような、自殺願望者の欠陥が明るみに出せるかもしれないではないか。幸いにして、日記はすべて保存されている。
 でもこれは、気の重い仕事なのだ。自分の残り人生で片づけられるほど簡単なものではなさそうにも思える。かといって自分の死後に、他人の手によって発掘されたら、それも面白くはない。
 きょうのブログは、思いがけないところへ来てしまった。人間には、いろいろなところに暗部がある。
 

きょうは「いい夫婦」の日

 11月22日は「いい夫婦」の日ということで、今朝の朝日新聞「天声人語」もそのテーマだった。その中に「夫婦の根幹にあるのは愛と習慣と持続」として、絵本作家・佐野洋子さんのエッセーを引用していた。「夫婦とは多分愛が情に変質した時から始まるのである。情とは多分習慣から生れるもので、生活は習慣である」と書いている。
 私も新婚のとき、夫婦はどんなふうに時間を過ごすものだろうと少し心配だったのだが、実際には、部屋の中のちょっとした物の置き方とか、今夜は何を食べようといった、なにげない話題が大半の時間を埋めてくれるのだった。それは、わずらわしいことではなくて、「生活のやさしさ」のように思われると日記に書いた記憶がある。
 そこを起点として、私はやがて「恋は愛の入り口である」という結論に導かれることになった。愛はすべての「理由」を超越する。ブライス先生が教えてくれた love is transcendental(愛は超越的)という言葉が、ここで生きてきた。超越的というのは、なにも高価なものである必要はない。何の理由もない習慣であっていい。最初はあったかもしれない理由が消えたあとにも残る習慣が、人を落ち着かせるのなら、それで充分である。
 年を取ると、昔は簡単にできていたいろいろなことが出来なくなる。それはそうでなくてはならない。だから人は死ぬことができるので、死ねなくなったら、それこそ大変である。その意味では人は変るのだが、その人の習慣は生活史の全体で作られているから本質は変らない。その変らない部分がわかっていれば、見た目の変化が大きくても驚くことはないのだ。
 結婚して60年近くにもなる夫婦は、性的魅力で結ばれているわけではないが、相手の存在そのものが生活の一部であり、自分の拠り所になっているのだ。「バスを追いかけて飛び乗ったのよねー」と、妻はいまも歌うように話すのだ。昭和33年3月のその日に、妻は人生を選んで私のところへ来た。私たちは、そのことについて後悔したことは一度もない。
 

介護デイサービスに自主参加

 「医療・健康」のカテゴリーに、今回以降はサブカテゴリーとして「介護」を含めることとします。
 妻が週1回、月曜日の午前中だけ参加することになった介護保険適用のデイサービスに、自費参加の方法もあることがわかったので、今週から正式に夫婦で参加することになりました。手続きは施設との直接契約ですから、非常に簡単です。いっしょに参加した方が、送迎もしてくれるし、互いに安心で始末がいいというわけです。利用する施設は「パライソ中央」というところで、パライソとは、ラテン語で「楽園」の意味だそうです。一度は自分だけで見学したことがあって、雰囲気が良くて気に入りました。
 定員が何人かは知りませんが、私たちが加わっても9名で、家庭的な感じです。最初は全員が椅子の円座で向き合い、準備体操を兼ねた軽いゲームや早口言葉、互いの雑談などから始まりました。そこから赤外線照射、全身マッサージ、太ももから足にかけて左右別の圧力袋に入れての血流促進、さらには何種類もの器具を使いながらの筋力トレーニングなど、各人の状態に合わせた種目が循環しながら20分単位ぐらいで進んで行くのでした。中でもマッサージは、専門家の技術で自分の体の状態が理解出来ました。年齢の割には健康体のつもりでいた私ですが、あちこちに問題があるのがわかって、背筋の伸ばし方、筋力を鍛えるコツなどに多くの示唆が得られました。それを直す器具も揃っているのですから申し分ありません。それだけでも充分にモトは取れたと思えるくらいでした。
 デイサービスについては、以前に近所にいて親しかったおばあさんが、区役所からすすめられて少し通ったものの、「あんなチィチィパッパみたいなの、やってられませんよ」と言って、やめてしまったのを見たのですが、私の今回の印象は全く違っていました。運、不運はあるのかもしれませんが、総じて介護に当る人たちの優しさが身にしみました。こういう人たちがいる限り、世の中は捨てたものではないと思えるほどでした。妻とつきあって自由参加して、少しは周囲のお手伝いもして、職員から「スタッフみたいですね」と言われる場面もあり、心身ともにリフレッシュして帰ってきました。

 

カンツォーネコンサートを聞いてきた

 昨日の午後は、日本カンツォーネ協会主催の第16回「空と海のあいだに生まれた歌カンツォーネ」の集い(弘済会館4階にて)を聞きに行ってきました。不思議なご縁から旧知のようになった86歳の現役歌姫、寺本麗華(本命は康子)さんが、今回は実行委員長になったということで、ご招待をいただきました。
 出演者は21名、第1部と2部で1曲ずつの持ち歌を熱唱しました。第2部の冒頭には、戸山英二さんのピアノ弾き歌いのコーナーもありました。戸山英二さんは日本におけるカンツォーネの第一人者で、協会の会長も勤めています。当日の出演者は、それぞれに戸山さんの指導を受けている人たちのようです。今回は例年以上に、レベルの高い歌唱が揃っていたように感じられました。
 寺本さんの場合、40歳を過ぎてから歌の勉強をするようになり、歌うことが人生後半の支えになったと聞いています。舞台の上でライトを浴び、全身を振り絞って歌声を響かせる数分間が、身も心も活性化させない筈がありません。プロの指導を受けてプロの声が出せるようになるというのは、何物にも換えがたい財産になっいることでしょう。熱海の老人施設に暮らしながら、週に1回は東京に通ってレッスンを受けているとのことです。お連れ合いにも先立たれた晩年が、歌の力によって充実したものになりました。
 歌は人を元気にする、歌は人の世を明るくするということを、改めて感じさせてくれるコンサートでした。

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ロシア革命100年と日本共産党

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 きょうの朝日新聞に、ロシア革命100年にちなんだ日本共産党の前議長・不破哲三氏へのインタビュー記事が出ていた。ロシア革命は当時の世界に衝撃を与え、それまで社会主義が知られてはいたが政党がなかった日本にも、共産党が誕生した。その影響は世界に広がり、第二次世界大戦後には、中国やベトナムでは革命が起きて共産党の政権が誕生した。
 日本では革命は起きなかったが、ロシア革命が起点となって、民主主義の原則が新たな形で世界に定着したのが大事なことだと、不破氏は言う。労働者の社会的権利も男女平等も民族自決の原則も、革命政府の憲法が最初のモデルとなった。ただしロシア革命は、短い間にスターリンの独裁大国主義に転化してしまい、社会主義とは無縁の異物になった。
 不破氏は自身も共産主義者として翻弄された経験から、スターリンの研究に取り組み、このたび全6巻の「スターリン秘史」を書きあげたということだ。日本共産党は、スターリンの「指揮」によって内部に分裂を起こした苦い経験も持っている。日本の革命は日本で考えて結論を出すという「自主独立路線」は、この痛苦の歴史から確立したものだと述懐している。
 さらに現在から未来にかけての展望については、「マルクスの理論は、長く誤解されてきました。本当に自由な社会をつくるのが、社会主義の根本論なんですよ。政治的自由だけでなく、生活が保証された上で……能力を自由に発展できる社会を目指していた」として、それを可能にするだけの生産力を、今の日本はすでに手に入れていると指摘している。
 それでは結論として共産党は今の日本にどう対処するべきか。最後に印象的な言葉が紹介されていた。ヒトラー占領下のフランスで、「神を信じる者も信じない者も」という抵抗の呼びかけが、教会から発せられたというのだ。共闘の精神とは、このようにして立ち上がるものだ。不破氏はそこまで口にしてはいないが、私には「言われなかった言葉」がわかった。それは
 共産党を信じる者も信じない者も
という呼びかけなのだ。
 

句集「風韻」を読む

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 思いがけなく、石寒太氏の句集「風韻」(紅書房・2500円)を読みました。カバーに使われた2枚の写真が、大木晴子さんのご夫君、大木茂さんの撮影ということで、送って頂きました。造本を担当した鈴木一誌さん他の選択で使われたようで、写真はいずれも「風韻」の雰囲気をよく伝えています。
 現代の俳句について、何かを知っているということもない私ですが、奇をてらうようなところもなく、現代の生活感の中で素直に鑑賞できる句が多くて、親しみを感じながら読むことができました。「炎環」主宰者である石寒太氏の第7句集になるとのことです。
 著者にはがん手術の経験もあって、経験してはじめて納得できる句が、いくつかありました。

手術前臍のまはりを剃られ秋
点滴の落つるを数へ秋十日
点滴や梅雨満月の高さより

 それよりも、目を疑うような珍しい頁が出てきたのには、びっくりしました。この句集は1ページに2句ずつ、余裕をもって掲載しているのですが、この2句が並んでいたのです。

つくつくほふしつくつくぼふしつくしけり
瓦礫二年更地三年赤蜻蛉

 いずれも情景が目に浮かぶような名句ですが、一方はかな文字ばかり、一方は漢字ばかりという、言葉のアクロバットのような芸でまとめています。編集者も気づいてはいたでしょうが、偶然の面白さを、そのまま残したのかもしれません。日本語以外のどんな国の文学でも不可能な表現方法です。
 余禄のように飛び込んできてくれた句集を、おかげで楽しく読むことができました。俳句の面白さを英語で教えてくれたブライス先生に、改めてお礼を言わなければなりません。
 最後にいま思いついた追記ですが、漢字まじりの俳句には、時々読み方に迷う場合があるのです。俳句に「ふりがな」をつける例は少ないようですが、正しく読まれるように、積極的にふりがなをつけて頂きたいと思います。

小熊英二の「生きて帰ってきた男」を読む(2)

 私はこの本を読みながら、自分にとっての「昭和史」を再体験していた。私は昭和8年(1933年)の生まれだから、著者の英二氏よりも、父の謙二氏の方に年齢はずっと近い。「あとがき」にも書いているように、謙二氏は経験したことを潤色せずに淡々と記憶しているタイプだった。だからこそ当時の「平均的日本人」が辿った生活史を、正確に再現することが出来たのだった。
 この本のタイトルは「生きて帰ってきた男」だが、私たちの年代は「死」とは隣り合わせだった。東京にいた小学校(国民学校)生でも空襲で死ぬ可能性があったが、もう少し年長だったら、あるいは沖縄のように住所が戦場になったら、戦闘に駆り出されても不思議ではなかった。戦争は天災のように世の中を覆っていたのだから、地獄の修羅場に投げ込まれるかどうかは、ちょっとした偶然に支配されていたに過ぎなかったのだ。
 直接の戦争でなくても、敗戦後のシベリア抑留も、戦争の延長線上に生じた現象だった。そこでも多くの人たちが生死の線上で強制労働に従事させられた。その記録を読めば、「生きて帰ってきた」という言葉には一層の重みが加わってくる。途中で死んでしまった者は、その時点で歴史から消える。残るものは統計の数字だけである。
 この世は、生き残った者たちだけによって作られるのだ。だから後半の、戦後復興期をも超えてつながる現代史が重要になる。戦争とは無縁になった世の中で、「ふつうの人物」が「ふつうの暮らし」を築いて行くことこそが、人間の本来だったのではないだろうか。戦争を記憶するのは大切なことだが、所詮は一時的で特殊な状況を記録しているに過ぎない。
 戦争がなくなったら、人はどんなふうに生きるのかという、ごく当たり前のことを記述することによって、この本はすぐれた反戦の文学になっているように感じた。謙二氏は90代になっておられる筈だが、今もご健在で、天寿を全うされるよう念じたい。
 追記だが、朝鮮籍の人々への戦後補償裁判に参加しておられる正義感にも、心から尊敬の念を表しておきたい。
 

小熊英二の「生きて帰ってきた男」を読む(1)

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 小熊英二の「生きて帰ってきた男〜ある日本兵の戦争と戦後」を読んだ。著者が実父の小熊謙二氏から聞き書きしたものを基礎としているが、非常に客観的に、歴史資料として記憶を引き出していることがよくわかる。そして単なる「戦争回顧もの」ではなくて、1925年(大正14年)つまり昭和ゼロ年に生まれた主人公によって、実際に「生きられた昭和の時代」を再現しているところに最大の価値がある。この本は「岩波新書」の一冊でありながら、400ページに近い大冊で、ゆうに厚めの単行本の内容がある。新書としては高い目の税込み1015円だったが、買い手としては有難かった。新書に組み込んだのは、帯紙でも告知しているように、「岩波新書で読む歴史への旅」シリーズに加える意図があったのかもしれない。本書の構成は
第1章 入営まで
第2章 収容所へ
第3章 シベリア
第4章 民主運動
第5章 流転生活
第6章 結核療養所
第7章 高度成長
第8章 戦争の記憶
第9章 戦後補償裁判
そして「あとがき」となっている。
 これを見てもわかるように、主人公は太平洋戦争の末期に工場の事務職から召集されて入営したものの、送られた先は満州だった。したがって本格的な戦闘の経験もなく、新兵としての訓練も、ほとんどまともには受けていない。ソ連軍の捕虜としてシベリアで働かされるために召集されたような結果になった。
 そこから4年間の抑留生活を経て日本へ帰ってきたのだが、「シベリア帰り」の者が受けた「赤化教育」への警戒感や、当時の若者がよくかかった結核との闘病などに悩まされて、20代のほぼすべてを空費してしまった。しかしやがて、高度成長の恩恵が、日本中に行き渡る時代が来た。まともな才覚さえあれば、何らかの仕事をして家を持つぐらいはできる世の中になった。そうした中で父は結婚もした。そしてそこに小熊英二が生まれたという順番になる。
 

加計学園獣医学部が開学する

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 いろいろと話題を集め、疑惑のデパートの観のあった加計学園獣医学部が、大学設置審議会の答申を経て、来年四月から開学することに事実上決まったということだ。文部科学大臣が、審議会の答申を拒否するということは、慣例上ないとのことだ。しかし11日の朝日新聞はこれをトップ記事に扱い、社説にまで「これで落着とはならぬ」と書いた。問題は政治上のテーマとして次の国会に引き継がれそうである。
 この朝日の記事に対して、「朝日新聞、死ね」とツイートした者がいて、そのツイッターが炎上したというのが、ネット上で大きな話題になっていた。報道機関を脅迫して黙らせようというのは、おだやかでない。脅迫の刑事事件になるだろう。反論のツイートが集中したのも自然な反応と思われる。しかし付和雷同のツイートが一斉に世の中に拡散するというのも、あまり気持ちの良い傾向とは思えない。一時のブームが世の中を一色に染めてしまうのは、節度がなくて危なっかしい気がするのだ。
 ネットにあふれる膨大な量の情報の大半が、いかに信用できないものであるかは、迷惑メールの数だけ見ていてもわかる。毎日数百も到着するメールのうちで、本当に用があるのは1日に1つあるかどうかなのだ。大部分は自動で送りつけて来るのだろうと思うと、削除するのも空しくなってくる。しかし根負けしては敵の思うつぼだと思うから、ひとつ残らず、当日中の削除を励行しているわけだ。
 迷惑メールには、いずれ効果的な選別のソフトも開発されるだろう。人智は悪用にも使えるが、より多く善用されて今の文明を築いてきた。新規に開学する獣医学部で学ぶ学生たちも、入学した以上は、世に役立つ獣医師になってほしいと思っている。畜産業の獣医ばかりでなく、ペット動物のための獣医も必要になってくるのではないだろうか。 

小春日和の一日

 小春日和の日曜日になった。毎年のことだが、11月も10日を過ぎると、当家の2階ベランダには十分な日照が当らなくなる。きょうは2階で干し物が乾く最後の日になった。これから2月10日までの3カ月間が、洗濯干しの「冬モード」になる。以前は冬期の洗濯物は屋上へ干しに行ったのだが、近年は3階へ頼むことになった。そして2月10日になると、また2階へ帰って来て、寒い中でも日光が1日ごとに強くなるのが感じられて心強い。だから2月10日は楽しい日である。
 きょうは日曜日だから朝ものんびりしていいのだが、家事の中で、ゴミ出しは伝統的に私の守備範囲に決めている。週に2回の一般ゴミ、毎週水曜日の「古紙リサイクリ」、木曜日の「プラスチック・リサイクル」、金曜日の「ビン、缶、ペットボトル回収」、第一、第三土曜日の「不燃ゴミ」の分別および運び出しについては、完全に生活に組み込まれている。
 今日の昼前後には、車を走らせて神宮外苑方面へ行ってみた。イチョウが黄色くなっているだろうと期待したのだが、まだ緑色のままの木が多かった。そして競技場の周辺は、どこへ行っても工事中のクレーンが林立し、通行止めになっている道路もあった。結局のところ、落ち着いて駐車し歩いて見るような場所もなく、一回りしただけで早々に退散してきた。オリンピックの本番までには施設は完成するのだろうが、見に行きたいような魅力的なイベントになるのかどうか、どちらかというと、あまり盛り上がらない気分を感じている。もっとも、1964年のオリンピックも、実際に見に行ったことはなく、テレビで見ただけだったのだが。
 当時はNHKに勤務していた私だが、オリンピック期間中は通常番組(当時は「われら10代」だったと思う)が中止になるので、休暇を取るチャンスだった。1歳10カ月になる娘を連れて、自分の運転で上高地へ遊びに行ったのを覚えている。一生の記憶に残るような、すばらしい家族旅行だった。

 
 

「希望の党」には希望を感じない

 希望の党が共同代表の選挙をやって、玉木雄一郎という人が大串博志氏を破って当選したと新聞記事になっていた。どちらも知らない人だからどうでもいいのだが、「共同代表」というのは、今の代表が小池百合子東京都知事だから、国会議員の共同代表をつけて国政への窓口にするという趣旨らしい。就任の記者会見で、「政権の補完勢力にはならない」と言明したそうだ。わざわざそう言うのは、野党としての信頼性に疑問を持たれているのを意識しているのだろう。安保法制の容認と、改憲に前向きの姿勢も表明している。
 希望の党は、野党としては立憲民主党に次ぐ議席数を獲得している。ただし先日の総選挙では、235人もの候補者を立てたものの、当選は50名にとどまった。民進党の議員が全員まとまって希望の党に合流するという目論見は、小池代表の「しっかり選別します」の一言で分解し、立憲民主党の結成を招いたのだった。それは結果的には、日本の政治のためには良かった。あのまま、改憲か護憲かさえもわからないゴチャゴチャの巨大野党が出現していたら、国民は何を手がかりにして投票したらいいか、大いに迷ったことだろう。
 そういう「希望の党」だが、これからどこへ行こうとするのだろう。問われればおそらく「政権交代可能な健全な野党である」などと言いそうである。アメリカの共和党に対する民主党のように、2大保守党の一方になることを夢見ているのではなかろうか。だが日本の政治風土の中では、保守の地盤は、2大保守党による政権キャッチボールを許すほど大きくはないと私は思う。新保守党が発展しても、せいぜい公明党よりは大きくなって、政権補完勢力の本命の座にすわるぐらいまでが限度ではないかと思われる。
 いずれにしても希望の党に未来への希望はない。小池百合子に吹いた「都民ファースト」の風は、二度と同じ人物の上に吹くことはないだろう。いま求められているのは、次世代の日本を、戦争を遠ざけて永続する平和へと導いてくれる、日本国憲法の理念に添って行動する政党だと、私は思っている。 
 

ブログ連歌(497)

9919 熟慮欠き 新党へ行き 禍根積む (みどり)
9920  希望の党で 絶望の日々 (建世)
9921 四分五裂 民進の本隊 今何処 (獣医さん)
9922  記憶にもなし 関心もなし (建世)
9923 世の移り 任せ秋晴れ 憂さ捨つる (みどり)
9924  ガラス戸の外 風寒かりき (建世)
9925 安定と うそぶく自民 数驕る (みどり)
9926  聞いて呆れる 「謙虚に」の言 (建世)
9927 判ってよ 市場のセリの 公正を
9928  安定供給 庶民のために (獣医さん)
9929 秋晴れや 家でくつろぐ 文化の日
9930  わがこころざし 半ば遂げしか (建世)
9931 大統領の娘 過激報道何のため (獣医さん)
9932  何イヴァンカ(言わんか)より 外形ばかり (建世)
9933 トランプと 仲よくなれて 嬉しそう
9934  まずはゴルフで お手並み拝見 (建世)
9935 夢見るは 鎖の如き アメリカの
9936  従属支配 断ち切る日なり (みどり)
9937 トランプの カードは見えた 日本に 
9938  買わせたいのは 本物の武器 (建世) 
9939 四国に必要と言ったはずなのに 韓国枠を設け (獣医さん)
9940  とにかく作るが 目的だった (建世)


できることと、できないこと

 世の中には、というよりも今の私には、出来ることと出来ないことがある。ブログを無断欠席しながら、そんなことを考えていました。カゼ気味の鈍くなった頭でも、世の中にいろいろなことが起きていることはわかります。不気味な「座間9遺体事件」も、被害者全員の身元が明らかになりました。豊かな未来もあったであろう若い女性たち8人と、若い男性1人が犠牲者にされました。命を奪わなければならないほどの理由があったのか、疑問は尽きません。
 トランプ大統領の来日も、大きな話題でした。安倍首相が率いる日本は、所詮はアメリカのカモであり、愛玩されるポチでもある、つまり「カモイヌ」だという論評も読みました。その一方では、日米同盟の強固さが再確認されたという公式ニュースもありました。折から早くも「今年の流行語大賞」の候補が取り沙汰されています。その中に「忖度(そんたく)」の語があったので、私は、今年はこれだなと思いました。当用漢字に入っていない字でありながら、今はみんなが知っています。そして、この漢字を使わないと簡単明瞭な説明のできない、複雑な概念なのです。
 忖度は、相手の心を推し量ることですが、単なる「思いやり」の心の温かさとは異質なものを含んでいます。そこには力関係で上位の人の気持ちを察して、先回りのサービスを提供して喜ばせるというニュアンスを含んでいます。自発的服従の心理と言ってもいいかもしれません。為政者にとっては、国民が定められた法令の趣旨をよく理解し、率先して服従するように行動してくれたら、これほど好都合なことはないに違いありません。
 私がいま、「できることと、できないこと」があると、やや尖った主張をしたくなったのは、昨今の「次々になりゆく勢い」の中に、「いま立ち止まらないと危ない」という危機感が芽生えてきたからなのです。衰えて行く体力・気力の制約で「できない」ことが増えてくるのは目に見えています。しかしそれとは違う次元で、「できないこと」「してはいけないこと」を、しっかりと見据えて、自分で実行し、それと同時に世の中に向けて発信して行こうと思います。
 

明日の国会一周は、とりあえずお休みとします

 明日は、「毎月9日に正午から国会一周」に行くつもりでいましたが、諸般の事情でお休みといたします。官庁用語のような「諸般の事情」ですが、その事情の中身を以下にご説明します。
 直接的には、コア・メンバーの「みどり」さん「花てぼ」さんがおいでにならないことですが、私と妻の医療の予定もありまして、明日の国会を休むと楽になるのです。今年になってからいろいろなことがありまして、あまり先の方に固定した予定を入れておくのは、あまり良くないと思うようになりました。現役時代は、きっちり予定を決めて、それを順にこなすのが仕事と思っていましたが、少しゆるくしないと自分が持たないと思うようになったのです。
 その意味では、「毎月9日の正午に」というのは、ずいぶん先の方まで予定を決めてしまうことになります。しかし「どなたでも、よろしかったらおいで下さい」と呼びかけるには、目標になる日時がはっきりしている方がいいに決まっています。そこで考えたのですが、「志村は毎月9日の正午に地下鉄丸ノ内線国会議事堂前駅の改札出口のところにいて、そこから出発して左回りに議事堂の周回歩道を一巡するつもりでいる。ただし必ずそうできるかどうかはわからないので、行けるかどうかは前日のブログに書くようにする」ことにしたらどうでしょうか。
 そして私の真意は、じつは、私が行けても行けなくても、そのようにして国会一周を歩いて下さる方が、少しでも多くなることなのです。国会は日本の政治の中枢ですから、そこを歩くだけでも、何か感じ取れるものがあるでしょう。デモ行為は規制されますが、私は「護憲」の字を大書した紙バッグを手に提げて歩きます。見学の中学生の列に「しっかり勉強するんだよ」と声をかけることもできます。
 何かしたいけれど、何をしたらいいかわからないと思っている方、国会一周を歩いてみませんか。それは、本当は、いつだっていいのです。
 

トランプ来日についての雑感

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(熊さん)アメリカのトランプ大統領が日本に来ましたね。
(ご隠居)けっこう騒ぎになってるようだが、あまり気に入らないね。だいたい到着したのが横田基地だってんだから、正式外交というより、占領地視察の感覚じゃないかと思っちゃうよ。横田に着陸するってことは、軍事ルートでフリーパスなんだな。随員を含めて、パスポートもビザも関係ないんだ。日本に来て最初の演説が、駐留するアメリカ兵への激励だったんだから徹底してるよ。お客として来たって雰囲気じゃないね。
(熊)そうなのか、羽田に着いたりしたら警備なんかで大変だろうから、始末がいいやと思ったけど、そういう問題じゃないんですね。
(隠)それで到着が日曜日だったからいいと思ったかしれないが、何はともあれ安倍首相が迎えて、最初のイベントがゴルフだってのがふるってる。常識なら大事な話を最初にして、一段落したら「お疲れさま」でゴルフになる順だろうさ。ゴルフで打ち解けた勢いで話をうまくまとめようなんて発想は、なんだかヤクザっぽくないかい。
(熊)うーん、そこまでは考えなかったけど、テレビも新聞も、念入りにゴルフの場面を追いかけてましたね。トランプと安倍さんが気の合う仲間みたいな雰囲気を演出してましたよ。
(隠)そうなんだよ、トランプ大統領もアメリカの右派だよ。国内の支持基盤が安定していないところも似ているな。一時的な雰囲気で今は国を代表する頂点にいる。共通の問題意識としたら、北朝鮮を封じ込めるとか、中国の南太平洋への進出を警戒するなんて問題が目の前にあるわけさ。安倍首相と気が合うのはいいが、やり過ぎればブレーキ役がいなくなって戦争に近づく怖さもあるわけだよ。
(熊)そうか、仲がよくて元気になり過ぎるのも問題なんですね。
(隠)安倍首相にこんなこと言っても聞く耳は持たんだろうが、「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」という孔子の言葉がある。君子つまり見識の高い人は、交わりが和やかでも軽率な付和雷同はしない、小人はその反対というわけだ。「北朝鮮はけしからん、やっつけろ」「そうだ、そうだ」と意気投合する関係になってしまうのは、どうだろうね。トランプと安倍首相、気質に似たようなところがありそうだよ。大丈夫かな。
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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
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昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
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