志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2018年07月

映画「沖縄スパイ戦史」を見た

 東中野ポレポレで上映中の映画「沖縄スパイ戦史」(三上智恵・大矢英代監督)を見てきました。先の大戦での沖縄戦の舞台裏には、陸軍中野学校出身者の仕掛けた「謀略戦」の側面があったのです。謀略戦とは、正面での軍事作戦の裏側にあって、自軍の有利に働くような、あらゆる手段を動員しようとする作戦です。この作戦は、現地の状況のよくわからない外征先よりも、現地住民を利用しやすい防衛戦において威力を発揮する性格を持っていました。つまり「本土防衛戦」の最前線と位置付けられた沖縄こそがその最適地であり、それはすなわち、本土決戦に備えた最善の戦訓が得られるであろう実験場とすることを意味していたのです。 
 謀略戦の実務者たちは、あらかじめ偽名を名乗り、学校の教師などとして沖縄の島々に配置されました。子供たちや親たちからも慕われ、信頼される存在となることが第一段階での使命でした。しかしそれが島人たちの悲劇になるのは、その目的が、島も島民も守ることではなく、総力戦への動員へと徹底していた事実でした。
 映画の中に、生存者が当時を思い出して、「自分たちは何のために戦ったのか」を自問する印象的な場面がありました。インタビューに答えるうちに、命をかけた筈の「戦った目的」がわからなくなるのです。「島人を救うためでも、領地である島を守るためでもなかった」ことは明らかでした。ならば日本の本土を守るためだったと言ってはみても、その内容がわかりません。強いて言えば、「天皇が統治する大日本帝国の誇りを守るため」でしょうが、国民も国土も失ったあとに、いったい何が残るのでしょうか。
 つまるところ戦いの大義とは、抽象的な空論に過ぎませんでした。国民と国土の安泰を犠牲にしてまで守るべき「国家」とは、虚像に終るしかないのです。この映画が見事だと思ったのは、この沖縄の悲劇を、最後にきっちりと「今の日本」に結びつけてくれたことでした。先島諸島への自衛隊の配備は誰の何のためのものなのか。そこに住む人たちのためでないのはもちろん、私たち日本人のためでもないのは明らかです。戦争を前提にした力学だけで事を進めることの愚かしさと危うさを示すサンプルにしかならないことに、なぜ気づかないのでしょうか。
 この映画を、一編の「戦争批評」として鑑賞することをお薦めします。

名古屋まで「ちゅうこん70」を見に行ってきた

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 昨日は12号台風で大騒ぎの中、名古屋まで往復して「ちゅうこん70」を見てきました。「ちゅうじ」さんは、私は知らなかったのですが、名古屋地区における「こんにゃく座」の勧進元で、ご自身も舞台に立って「ソングをうたう会」の中心メンバーであり、こんにゃく座の全員にもよく知られている存在なのでした。
 ここにゲストという形で、こんにゃく座の岡原真弓さん(構成も担当)と太田まりさん、井村タカオさん(照明も担当)が参加して作り上げた舞台でした。第一部は各人が得意とする歌の連続で、一曲ごとに迫力があり変化があり、楽しめました。
 第二部の前半は「森は生きている」からの抜粋が7曲で、名曲の楽しさが生き生きと再現されました。そして終盤には「きょうだいを殺しに」「なぜ?」「告別」「うた」という重い4曲が並び、反戦・平和への願いを響かせて感動的でした。私たちが「こんにゃく座」のコンサートに期待しているものに、そのまま応えてくれる内容でした。
 思い出せば、私と「こんにゃく座」との縁は、2007年の大垣での母親グループ主催のコンサートから始まったのでした。
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/55592378.html
名古屋圏に属する大垣だったから、岡原さん、太田まりさんと出会ったのは当然の成り行きだったのです。それから10年あまり、いろいろな果実を残してくれた出会いでした。あのときに「こんにゃく座」を知る機会がなかったら、私の人生の後半は、かなり色どりの乏しいものになったのではないかと思います。
 「日本オペラの夢」を掲げた林光氏は亡くなりましたが、その理想は今も脈々として受け継がれ、今から未来に向けて、その底流には「反戦・平和」への旗色をますます鮮明にしながら、力強い活動が続けられているように見えます。そしてそこに参加している「歌役者」さんの中に、心から応援したい人がいることを、私は幸せに感じています。
 2年前の太田まりさんの名古屋での「ただいま!コンサート」も、ちゅうじさんの制作だったことが、今回の解説でわかりました。改めて、その節は、ありがとうございました。
 

死刑で犯罪は防げない

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 ここへ来てオウム事件の確定死刑囚13人が、相次いで全員処刑されてしまった。2020年に向けて慶事が多くなることから、平成のうちに過去の清算を済ませて置くという趣旨があると言われている。汚れ役を押し付けるのに使われたとしたら、平成という時代も、ずいぶん見下して使われたものだと思う。
 もう言い古されているが、死刑という制度は人間の尊厳と両立しない。人を殺すのは重罪だが、だからといって「人を殺した者は死刑に処す」を厳密に実行したら、この世に生存できる者は一人もいなくなってしまう。「ただし法の執行のための殺人は罪に問わない」と例外規定を設けなければならないのは、国家が殺人を制度化しなければならないジレンマを示している。だから世界の文明国の中で、いまだに死刑制度を残しているのは、日本とアメリカの2国だけになった。
 刑法というのは、個人間の怨恨と復讐を、公的な権力の行使によって代行するために作られた。そこで殺人に対する刑罰も死刑から始まったのだが、やがて死刑による威嚇は、殺人事件の抑止には役立たないことがわかってきた。それは、死刑を廃止しても、凶悪事件の増加とは関係しないことによって証明された。つまり死刑制度とは、犯罪抑止よりも、被害者側の復讐意識による部分が大きかったのだ。
 今回のオウム死刑囚の処刑を、被害者の遺族関係者は、どのように受け取っておられるのだろうか。これでよかった、被害者の無念が晴らされたと思われただろうか。それとも、これ以上の犠牲者は望まない、むしろ、なぜこのような事件になったかを、生涯をかけて語り尽くして欲しかったとは思われなかったろうか。
 人の命が尊いことについては議論の余地はない。だとしたら、一時の過誤から犯罪者となった人たちの命は尊くはないのか。その者たちから、生涯をかけた魂の声を聞いてみたいとは思わなかったのか。
 人は、さまざまな理由で犯罪者となる。だが、生きている限りは、日々に心身を入れ替えて変化しつづける。その命を途中で断ち切るのは、人間の可能性の一部分を勝手に切り捨てることではないのか。神でない人間は、勝手に他人の人生の長さを決めてはならないと私は思う。死刑制度は、この国から消滅させるべきだ。

ブログ連歌(518)

10339 トランプを 10万人のデモでお迎え (獣医さん)
10340  「盟友」なれど 女王も戸惑う (建世)
10341 安倍の宴 豪雨のち酷暑 横に見て
10342  せめて外遊 中止してみる (建世)
10343 災害時 呑んで宴会 危機感麻痺 (みどり)
10344  66時間 空費したとか (建世) 
10345 解説は どうでもいいが 暑いこと 
10346  恐れをなして 外出もせず (建世)
10347 被災の地 泥土に瓦礫 片よせる
10348  汗拭く軍手 支援は続く (みどり)
10349 横綱を 張って三方 夏休み 
10350  世代交代 名古屋で進む (建世)
10351 不信任 数の力で 切り抜けて  
10352  採決急ぐ カジノ法案 (建世)
10353 カジノさん 今に見てみい 悲惨なものに (うたのすけ) 
10354  ギャンブル亡者が 社会の重荷 (建世)
10355 長袖が手放せない 冷夏の夏 (獣医さん)
10356  首都は猛暑に 声さえ絶えて (建世)
10357 やぐら建ち 精霊も待つ 盆踊り (みどり)
10358  せめて夜風は 涼やかに吹け (建世)
10359 怖ろしや 三選どころか四選しや(視野)に (獣医さん)
10360  永久与党の 驕りでポロリ (建世)  

「憲法9条・国民投票」の試写および勉強会

昨日午後は、参議院議員会館の地下集会室で開かれた、今井一(はじめ)さん呼びかけによる、「憲法9条・国民投票」の新作DVDの試写および勉強会に行ってきました。DVDは、今年2月に行われた実験的な討論会とそれを受けた模擬投票の様子を記録したもので、17名の「ふつうの人たち」が、憲法と国民投票の問題について、一流の政治家・専門家たちの講義を聞いた上で、各自が考えて出した結論を説明しながら投票して見せるという構成でした。このDVDだけで100分の長さがあり、かなり疲れる内容でした。
 しかし現実の問題として憲法の改定に手をつけるとしたら、必ず国民投票という手続きを必要とするのですから、これは重大な政治的課題なのです。政権与党も含めて、各党の議員の関心も高いようで、会場には現役の政治家が集まってきた時間帯もありました。議論を聞いていると、超党派での継続的な「議員連盟」の形成が模索されているように感じられました。

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 すでに安倍政権は「憲法改正」を公約に掲げているのですから、国民投票は避けて通れません。過半数の獲得は当然に視野に入れているでしょうが、もしも国民投票で負けてしまったら、致命的な打撃を受ける諸刃の剣でもあります。逆に護憲の立場からすれば、国民投票は安倍改憲を阻止する最後で最大のハードルなのです。そして「国民投票法」は、一応は制定されていますが、その細目についてはまだ議論が詰められていません。投票前後の広告・宣伝のルールなども、重要な問題です。
 いずれにしても、憲法と国民投票については、遠くないうちに具体的な動きが出て来るでしょう。その時のために、感性を磨いておきましょう。



 

カジノ法通し国会夏休み

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(熊さん)国会は、カジノ法案だけ通して閉幕したんですってね。
(ご隠居)そうなんだ。もりかけ問題も放り出して、外国から観光客を呼ぶとかの理屈で、賭け事を合法化するカジノ法案だけは急いで通したんだよ。てら銭の30%が国に入るそうだし、その筋からの献金もあったかもしれない。でもね、所詮は賭け事だよ。今でも日本人は相当なギャンブル好きなんだ。手近なところではパチンコが国民的な娯楽産業になってるだろ。この上にまた新手の賭け事を導入するってのは、どうなのかな。新しい生活破綻者を作り出すことにならなけりゃいいんだが。
(熊)新しい産業と言っても、生産性が上がるような話じゃないですよね。大勢が少しずつ損して、運のいい人に金を集めるだけのことでしょ。宝くじみたいなもんだ。全部買い占めたら損するに決まってるんだから。
(隠)その通りだよ。よくわかってるじゃないか。それでも導入を急ぐってのは、ほかに役に立つような政策が何もないから、安倍自民党が当面のにぎやかしに出してきたような気がするな。毒にも薬にもならないことを議論してれば無難だから、突かれたくない弱点は隠せるというわけだ。あとは、せいぜい記録的な猛暑だとか酷暑とか、お天気を話題にしてくれてたらいいと思ってるんじゃないのかな。
(熊)秋になると、自民党の総裁選挙があるってのは、どうですか。
(隠)ああ、それもあるんだってね。国政で近いところに選挙がないから、それも話題にはなるかもしれない。でも自民党内の選挙だから、党内の派閥の力関係で決まるわけだよ。自民党としたら安倍政権をどう評価するかってことだね。党内で競争もあるかもしれないが、私は正直言って、あまり興味はないし知識もないよ。誰がやっても、目のさめるような変化はありっこないと思ってるな。

熱暑と冷房と基礎体力低下の実感

 異常とも言える暑さで、冷房をした部屋の外へ出られなくなった。外界とのつながりは、テレビから入る情報だけになる。この暑さでも戸外で働かなければならない人たちがいることは理解しているが、自分が出て行っても、おそらく5分も歩いていられないだろう。この夏が近づいてから、今の東京の町には、街頭で腰かけて休めるような場所が、一つもないことに気がついた。
 そんな数日前には、夕方に妻と外出して、サーティーワン・アイスクリームの店に入り、一つだけ注文して2階の椅子席へ上がってみた。店員さんは笑顔で「どうぞ」と案内してくれた。その日は夕涼みの快適な休憩時間になった。
 そのあと帰宅してから、車がついて引いて歩いて、必要な時、ひょいと座れるようなカートがあるのではないかと、ネットで探してみたりもした。それらしいものはあるようだが、すぐに買いたいような決定版はなかった。
 それよりも、昔から杖を持って歩くのは嫌いではない。少年期には、愛用の杖一本を持って箱根の山野を闊歩したものだ。丈夫な杖は武器にもなる。何が飛び出すかわからない深山に入っても安心だった。自然木から切り出した杖は、いつの間にか見えなくしてしまったが、高尾山で買った手ごろなのが一本ある。次回の散歩から使ってみよう。
 

西日本豪雨と首相の外遊

 順当なら熊さんを呼び出してご隠居との対話にするところだが、それも面倒で書き始めた。東京では梅雨らしい雨も実感しないうちに梅雨明け宣言が出てしまったのだが、ここへ来てようやく雨らしい雨が降ったのが昨夜来だった。ただし今はもう路面も乾いて人は傘を持たずに歩いている。関東・東京地方の水源は、今年の夏は大丈夫だろうか。給水制限などなしに済むといいと思っている。
 今回の西日本豪雨では、すでに200人近い死者が出ている。新聞によると、広島、岡山、愛媛県の死者が多いようだ。天気予報が出ていて、事前に避難勧告や指示が出て対策も取られている平和な中でも犠牲者が出てしまうとは、どういうことだろう。堤防の決壊など、やはり予期せぬ事故という形で災害が襲ってくるからに違いない。空襲下の東京で生き延びた私から見ると、戦争でもないのに不本意に命を落とす人がいるというのは、信じられないほど「もったいない」ことに思われる。
 それにしても、自然災害の多い日本列島ではある。世界でも有数の「水の豊かさ」に恵まれた国である裏側には、過剰な水による「水害」がついてくるのだ。しかも、雨の降り方が次第に乱暴になって来る原因として、地球の「温暖化」が議論されているのが不気味である。豪雨化は、歴史の必然なのだろうか。
 折しも安倍首相は、予定していた海外諸国への外遊を取りやめたというニュースが入ってきた。国内で災害対策に専念するという趣旨だが、この結論に至るまでに気にした第一が、支持率のためにはどちらがいいかということだったそうだ。天気予報のように「予報官」が集まって議論したのだろう。この「人気予報」を当てるのは、なかなか難しい。もしかして、国民に最も支持されるのは、「なるべく早く退陣すること」かもしれない。ただし、そのような予報を出すのは、官邸に集まる予報官たちには、手に余る仕事に違いない。
 

ブログ連歌(517)

10319 惜しかりし 激闘続け 力尽き
10320  時間いっぱい 劇的に散る (建世)
10321 労基法 サッカー人気の 蔭で変え (みどり) 
10322  働かせ方 虎視たんたんと (建世)
10323 大飯 伊方 川内 玄海 柏崎
10324  首都圏唯一の東海も 再稼働 再稼働 (獣医さん)
10325 死んだ筈の 原発抱いて 立ち上がる
10326  東電亡者に 後押し政府 (建世)
10327 福島の 惨事を最早 忘れてる (うたのすけ)
10328  規制委員も 原子力村 (建世)
10329 稀勢の里 背水の陣 九月場所 (うたのすけ)
10330  休場記録に 名をば残さん (建世) 
10331 オウム教 平成の時代の中に封じ込め (獣医さん)
10332  言わず語らず アポなしでポア (建世)
10333 豪雨なか 川は氾濫 山崩れ
10334  命救えず 哭く想いなり (みどり)
10335 夜もすがら テレビ中継 雨の中
10336  朝の光の まぶしくありて (建世)
10337 被災地を 覆う溽暑(じょくしょ)の 過酷さよ (みどり)
10338  怒り加える 自民の宴会 (建世)
10339 トランプを 10万人のデモでお迎え (獣医さん)
10340  「盟友」なれど 女王も戸惑う (建世)
 

熱暑の中で病院通い

 すばらしい好天で熱暑の一日、定期観察で東京警察病院へ行ってきました。非結核性マック症の治療で、服薬が続いているのです。家から歩いて3分の至近距離にあるので助かります。ただし敬意を表して、ふだんの素足に草履ではなく、ちゃんと靴を履いて行きました。
 インターバルは、このところ8週間、56日ごとです。一回おきに肺のレントゲン撮影もするのですが、今回の事前検査は「採血」だけでした。データに目を通した主治医先生の判断は、「よくなってますね」でしたが、「この調子で薬を続けてください。ちょうど1年になりましたが、年単位で続けてみましょう」ということでした。そこで毎日3種類、合計6錠の薬が処方されて、それにエンシュアという栄養剤も、250ml缶(375kcal)が毎日1本追加されます。これが56本になると、手でぶら下げて帰れる重さではなくなるのです。いつものように家から台車を持って行って運びました。
 この栄養剤は、3缶あれば1日の生存に必要な最低カロリー数になりそうです。私が辛うじて体重50キロの線を維持していられるのは、エンシュアのおかげなのかも知れません。たいてい朝食後に、食欲がなくても飲み物として1本飲むようにしています。缶には(経口・経管両用)としてあり、飲みやすいようにバナナ味、バニラ味、コーヒー味、黒糖味があって、薬局が適当に混ぜてくれます。
 こういう栄養剤が昔にもあって、ガナルカナル島の日本軍に届けられていたら、餓死を免れた兵士が大勢いただろうにと、部屋の隅に積んだ缶入りの箱を眺めながら、取り止めもなく考えています。
 

オウム麻原らの処刑で思い出したこと

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 きのうの夕刊ときょうの朝刊と、連続した新聞の大見出しに驚いた。12年も前になる死刑の確定で、「もう終った事件」と思っていたからだ。むしろ「まだ生きてたのか」という感想だった。1995年の地下鉄サリン事件をはじめとして、27人を死なせた「教団」による怪事件だった。教義のルーツは、インドに発する大乗仏教にまでさかのぼる。「ポアする」と呼ばれた殺人は、本来は、死に行く人に寄り添って往生を助ける慈悲の行動のことだった。それが、教団の邪魔をする者は、悪行を拡大する前に「ポアしてやる」のが善だという、身勝手な理屈で正当化されたのだった。
 オウム真理教の信者には、高学歴の者や、名人と呼ばれたほどの脳外科医まで含まれていたとのことだ。それは教団が掲げた「世界を統一する」という高い理想が魅力的であったことを示している。しかし教団は、現実の世直しに取り組む第一歩として取り組んだ1990年の選挙戦で惨敗した。それ以後は密教的な性格を強めて、反社会的になって行ったように見える。
 今回の処刑が、オウム真理教の幹部7名が同時という形で行われたのは印象的だった。教祖以外の6名は、もとは教祖に帰依することで参加したのだが、教団を守るという一点で協力して無差別殺人を企画・実行したので、共同正犯と認定されたわけだ。教祖に魂を売り渡したと言ってもいい。
 ただ残念なのは、肝心の教祖・麻原彰晃から、最後まで意味のわかる弁論を聞くことができなかったことだ。これだけの事件を引き起こした根底にあった思想とは、いったい何であったのか。テロ集団として世間を混乱させるだけが目的だったとは、とうてい信じられない。「本当はこういうことをしたかった」「こうすれば世の人を救えると思った」という信念を語ってほしかったと、私は今でも思っている。
 

妙にリアルな夢を見た

 きょうの明け方に見た夢が、妙にリアルだった。私はどこかの出版社で、週刊誌の編集長をしているらしかった。次号の構成を議論していたのだが、部員の一人が、只ならぬ面持ちで、中国の問題を特集しましょうと提案してきた。言われてみれば、最近の中国は気になる存在だが、その実体は、いまいちリクアにならないもどかしさがある。そこにメスを入れて特集にするというのは、いい提案かもしれない。そこで「うん、いいかもしれない、やってみるか」と応じた。
 するとその部員が「いいですか、やりましょう」と勇み立ったのはもちろんだが、その場にいた全員が賛同して、にわかに熱気が盛り上がってくるのがわかった。それを見ているうちに、この熱気なら、きっと全社が一丸となったすごい特集が出来るに違いないと確信することができた。それと同時に、こんな気分で仕事ができるのも久しぶりだなという感慨にふけっている自分がいることも意識していた。
 夢というのは、継続した長い時間で見ているものではないと思っている。長いように思えても、関連する場面が次々に現れては消えるのだ。つまり「動画」ではなくて、スチール写真の連続に近いように思うのだ。ただしその場の人の話し声や音楽などが聞こえることもあるから、スライド作品に近いのかも知れない。ただし自分が見る夢というのは、自分の実体験を素材にしているに違いないから、そこに自分の生活史が反映するのは必然的だと思っている。
 そこで自分の夢を、自分で解析してみたくなるのだが、今朝の夢が、私の欲望の一部分を表現していることは、ほぼ確実だろう。今でも信頼する部下を指揮して、何か意味のある仕事を成し遂げることを夢見ていたわけだ。少なくともその間は、自分の死に方だけを考えている老人ではなかった。それがいいことかどうかは今は問わない。だが、目覚めた気分は、いささか爽快であった。

 

義兄の一周忌に行ってきました

 この1日の日曜日、義兄(妻の兄)の一周忌の法事で、静岡へ行ってきました。熱暑の日になるのが予報でわかっていたので、今回は半袖の白シャツを用意し、黒い式服を着るのは、法事の間だけにしました。葬儀の本番のときもそうでしたが、今回も東京からは私が一人だけで参加し、体調が万全でない妻は、参加しないことにしました。
 法要は寺(曹洞宗静岡瑞龍寺)で営み、裏庭にある志村家の先祖代々の墓で焼香をしました。現在、墓の中には、私も知っている伯父の志村久五郎さん以下の骨壺が納められていて、今後は新しい骨壺が入ると、古い壺から順に墓から出して、共同の墓地に埋めると聞きました。私たち夫婦の最初の娘で、胎内死亡により名もつけられなかった幼女の遺骨も、一時的にこの墓に入れてもらっていた時期がありました。今は自宅に引き取って、私たちの寝室に置いています。妻が死んだときに、骨をいっしょにしてあげる約束です。
 墓前の焼香のときは、寺の若いお坊さんが一人、墓の横で読経をつづけていました。真昼の太陽の下で、焼けた墓石の列の間に立っているのですから、その暑さは大変だろうと思いまた。私の番の焼香が終ってから、そのお坊さんの方に向き直って一礼したら、お坊さんも返礼してくれました。それからあとは、そのようにするのが例になりました。その様子を、私は一回りした本堂の庇の影の下から眺めていました。
 死者を弔う行事とは、死んだ本人よりも、むしろ生き残った人たちのためのものでしょう。死んだ人のおかげで、疎遠になりかかっていた親族の人たちと会うこともできました。妻と仲良しの妹と、静岡の駅前で、遠くまで手を振って別れてきました。静岡の人は、静岡を「シゾーカ」と言います。私もシゾーカが好きです。
 

ブログ連歌(516)

10299 大阪の 地震の被害 並みでなし
10300  元府知事さん 何か一言 (うたのすけ)
10301 何となく あべ内閣の ご歴々
10302  親分子分の ご面相に (うたのすけ)
10303 安倍一家 天下を仕切る 梅雨模様
10304  明け間も見えず 天日は差さず (建世)
10305 四季愛でつ 憂うは地震 絶えぬ国 (みどり)
10306  風光明媚の 列島にして (建世)
10307 自民党は入ろ 入ろう 自民党に入って
10308  総裁選に投票に行こう 行こう (獣医さん)
10309 平和を創造する努力を、厭わないこと
10310  14歳の瑞々しい感性が 世界に響き渡る (獣医さん)
10311 党首とは 飾りに非ず 論議せよ (みどり)
10312  討論ルールに 安倍枠はなし (建世)
10313 勝つための 戦略是非を 判じ得ず (みどり)
10314  たかが球蹴り 天下で公論 (建世)
10315 あっそうか 愚民で持ってる 自民党 (建世)
10316  新聞読んでりゃ 野党支持 (獣医さん)
10317 ホリエモン ロケットあえなく 息切れし
10318  快挙は成らず 火柱を立て (建世)
10319 惜しかりし 激闘続け 力尽き
10320  時間いっぱい 劇的に散る (建世)

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
→著作などの紹介と販売について
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