古い友人から読むようにと強く勧められていた「破綻国家の内幕」(東京新聞取材班・角川書店刊)を読みました。今の日本の政治と経済が、強大な官僚機構と癒着した政・財の利権構造に牛耳られている現状をレポートしています。許認可や予算配分を握る高級官僚が、続々と新しい特殊法人やファミリー企業群を作り出し、そこへ次々に天下っては公金を消費して行く構図を解き明かしています。その利権構造がそのまま政治家の集票組織になっているのですから、改革が進まない理由もよくわかります。この文脈での著書は、この本の前にも後にもいくつか出ていますし、最近はテレビ番組でも取り上げられるようになりましたが、これはなかなかの労作で一読に値します。
 日本の官僚が、国は滅びても自分の私腹さえ肥えればいいと思っている人たちばかりだとは、私は思いません。しかし、人は弱い存在ですから、そういう状況ではそうなるだろうなとは想像がつきます。この構造を変えるには、「絶対的権力は絶対的に腐敗する」という原則の通り、権力を相対的にする、つまり政権交代がいちばんいいのですが、日本の現状ではその実現が当分は期待できません。せいぜい国民が関心を持って監視し、マスコミ報道などで透明性を高めながら、次の選挙で本当に改革をやってくれそうな政治家を選んで行くしかないでしょう。日本の財政が危機的な状況になっているのもある意味では追い風で、増税の前にやることがあるだろうという圧力は、不公正な利権にメスを入れる動機になります。
 それにしても利権ができるのは、それを許す法的な裏づけがあるからで、結局は立法府を変えるしかないのです。選挙で小泉政権が予想外の大勝をしたのも、「自民党をぶっ壊す」という威勢のよさが期待感をかき立てたからでしょう。しかしながら、壊れない自民党政権の下で根本からの改革をするというのは、所詮は無理な相談です。
 それにしても、それにしても、日本の政治はいつからこんなに変になったのでしょうか。
 いわゆる55年体制とは、昭和30年代の自民党、社会党の2大政党時代のことですが、曲がりなりにも2大政党で、自民党が失政をすれば社会党に政権が行く可能性が少しはありました。しかし社会党は3分の1の壁を破ることができず、批判政党の座に安住する結果となりました。1993年になり、自民党の分裂でようやく非自民の細川内閣が成立したのですが、短命に終ったあとの村山内閣が曲者でした。自民党は社会党を取り込むことで政権に復帰し、社会党は回復不能なまでに信用を失いました。それ以来、期待をもって「革新政党」と呼ばれる政党は、日本から消え去って今に至っているのです。旧民社党と社会党の勢力を含む民主党が、小泉首相から「改革に反対する抵抗勢力」とのレッテルを貼られたのですから、これ以上の皮肉はありません。その間、共産党は一貫して一定の勢力を保っていたにもかかわらず、一度として政権に近づくことなく、有効な働きをしませんでした。
 今はせめて民主党を少しでも大きくして、やがては期待できる「革新政党」になってくれることを、気長に待つしかないのだろうと、私は思っています。それまで日本の国が破綻しないように、少しでも出来るところから直して行く、そのためにこのブログも書きつづけようと思います。