資本とは、通貨の集積ですが、それはもはや金貨でも紙幣でもなく、コンピューターの中の情報に過ぎません。資本がこの世の中を支配していると言われますが、人間がそんなものを怖がる必要はありません。それは、人間の都合でどのようにも処分できるものなのです。
 このことを前提に置いて、現代の資本の動き方を見てみましょう。典型的な例として、株式投資と為替取引を考えてみます。まず株式投資ですが、有望な企業に資本参加して、企業の成長とともに利益の配当を受けるというのが本来の姿でした。ところが株価の上下だけに人々の関心が集まるようになり、売り買いの差額で利益を得ようとする投機が主役になってしまいました。コンピューターを使っての短期売買の横行は、企業の成長のためという本来の目的からは離れてしまっています。これを健全化するには、本来の投資には決定的な障害にならず、投機的な短期売買を抑制する程度の、公的な取引高税を設定すればよいのです。国の財政に寄与しつつ、経済活動の健全化ができます。
 為替取引も同様です。貿易の決済に必要な額の何倍もの取引が、過剰な資本によって投機的に行われている現状は異常です。これも、通常の貿易には決定的な障害にならず、投機的な短期取引を抑制する程度の公的な手数料を設定することで、健全化することが可能な筈です。これも国際的に協調して行えば効果がある筈で、この面からも世界の政治的な統合が待たれるところです。