沖縄県民の生死を分けた戦時下の行動について、「読谷の風」さんのブログに、私の探していた事例が出ていました。亀甲墓に避難してきた一人の日本兵が、「皆さんは民間人だから、アメリカ軍も粗末には扱わない筈だから、降伏しなさい」と言って、具体的な方法を綿密に教えてくれたというのです。その家族は、翌日その通りに実行して全員が救われました。しかし秋田県出身と言っていたその兵士は、「自分は任務だから最後の一弾まで撃ち尽くして死ぬ」と、夜の内に出て行ったということです。戦いの中でも最後まで常識を失わない兵士もいたのでした。
 私は戦後すぐ、中学生になったばかりのときに、戦前版の六法全書を見て衝撃を受けました。そこにはハーグ陸戦条約が載っていて、戦時下における軍隊の行動を、詳細に規定していたのです。民間人を殺すことはもとより、財産権を犯すことも禁じていました。国際的な良識に安心するとともに、実際の戦争のイメージと違っていることに驚きました。その後「ひめゆりの塔」の映画を見たときに、この学校の先生の中には、ハーグ陸戦条約を読んだことのある人が一人もいなかったのだろうかと疑問が湧いてきました。部隊解散で軍務を解かれたあと、女学生たちがアメリカ軍の保護を受けるのは、降伏ではなくて民間人の権利だった筈です。正式にアメリカ軍と交渉する先生も、軍人もいなかったのはなぜなのか、それ以来、消えない疑問になりました。
 戦時中の「鬼畜米英」「一億玉砕」の雰囲気は、私も小学生として体験したことですから理解できます。そしてハーグ陸戦条約は日本も批准したものの、その精神を日本軍は実際の大陸の戦闘などでは尊重しませんでした。「戦争にルールなし」の野蛮な風潮が支配的だったことは事実でしょう。しかし責任ある立場の教養ある人たちまでが、すべて狂った価値観でしか行動できなかったとしたら、情けないと思いました。
 絶望的な環境に投げ込まれても動じない知性が、人々の命を救うこともあると、私は信じたいのです。沖縄戦の中で、県民のためにアメリカ軍と交渉した日本軍指揮官の存在を、まだ知りません。ただ、本隊から離れた一人の兵士の事例を知って、私は小さな救いを感じるのです。