昨日、「エムズの片割れ」さんと誘い合わせて、ポレポレ東中野へ、長編ドキュメンタリー映画の「ひめゆりを見に行きました。見ごたえのある2時間10分でした。
 これは「ひめゆり学徒隊」の運命を、生存者の証言に当時のニュース映像を交えて伝える記録映画です。10代の少女たち222名が、従軍看護婦として動員され、戦場でほとんど全滅するまでを、13年にわたる取材で丹念に描いたものです。構成が動員から本部病院に勤務していた時期の「第1章」、南部に移動してから部隊解散までの「第2章」、「自由行動」の中で死んで行った「第3章」に分かれているのは、非常にすぐれた編集だと思いました。それぞれの時期の少女たちの心理が、手にとるようにわかります。これまで何度か映画化もされ、本も出版されていますが、「本当のことをまだ語っていなかった」という生存者の思いが、ここに集大成されました。
 これを歴史の教訓として見るときは、大半の悲惨な死が、第3章の「自由行動」の中で起きていることを指摘しなければなりません。「戦局の重大化にかんがみ、学徒隊を解散する」との一片の命令で、少女たちは生きる指針を失った上に、「自由行動」の名で洞窟から追い出されたのです。「軍務を解いたので、以後の生死については軍に責任はない」という、どこでも使われる身勝手な「軍隊の論理」が、ここでも典型的に見られます。
 「自由行動」の中で少女たちはどうしたか。自ら進んで米軍の保護を受けて助かった者は、一人もいません。生存は、意識を失うなどの偶然によっており、捕まるよりは死ぬという意識に固まっていた点では、すべての証言が一致しています。これは空襲を経験した私にも、ある程度は想像できます。連日の砲爆撃を受け、戦闘機の機銃掃射で狙われ、現実に学友が殺されるのを見てきた中で、敵に頼って生きるという発想が、出てくるわけがないのです。それに加えて、恐るべき軍国教育の効果でした。
 なるべく多くの方に、この映画を見ていただきたいと思います。私が痛切に思ったのは次のようなことです。この現場に、英語の教師として居合わせたかった。そしてハーグ陸戦条約を思い出して、1人でも多くの生徒を命をかけても助けてあげたかった。さらに、これからあるかもしれない非常の事態の中でも、そのように行動できる人間でありたいと思いました。