(第9章 科学技術と人間)

地球維持の技術へ 
 
 世界の地下資源には限りがあって、今のペースで消費するとあと何年分という資料などを見ると、ちょっと心細い気分になるのは私だけではないだろう。資源が少なくなれば価格が上がり、探査や採掘が活発化するが、それでもいずれこかつ枯渇することは知れている。
 ところで資源を消費すると言っても、物理学の初歩では物質は形を変えることはあっても消滅することはないと教えられた。これはどうしたことだろう。
 代表的な金属の鉄の場合、現在新しく作られる鉄の原料は、七割が鉄鉱石で三割がスクラップである。だから鉄のリサイクル率は三十パーセントになる。すると七十パーセントの鉄は使い捨てられていると思う人が多いだろうが、それは違う。大半の鉄は建造物や各種の製品として人間社会に蓄積され続けているのである。ゴミ捨て場で錆びて酸化鉄になるのは、全体から見ればごく少量と推定されている。こう考えるとリサイクルの大切さがよくわかる。人間にとって必要な量の鉄を確保したら、あとは上手に使い回せば、半永久的に地下資源の枯渇を心配する必要はないのだ。
 ところがリサイクルのきかない地下資源もある。石油は燃料として消費されれば二酸化炭素となって空気中に放出される。各種のプラスチック製品になる場合もあるが、これも数回はリサイクルするとしても、いずれはゴミとして焼却されるか、地中に埋められても時間をかけて二酸化炭素になって終る一方通行になる。もともと石油は植物が空中の二酸化炭素をこうごうせい光合成したものだから、この成り行きは仕方がない。完全なリサイクルを考えるなら、植物系(バイオマス)のプラスチックに切り替えることである。
 物としての資源よりも重要なのは、エネルギー資源の方である。鉄のリサイクルにしても、大量のエネルギーを必要とする。これを長年石油と石炭に頼ってきたのだが、二十一世紀の半ばには石油の枯渇が現実の問題になることは間違いない。それまでに太陽光・太陽熱をエネルギー資源とする技術が間に合うかどうかに、人類の運命は大きく左右されるだろう。原子力の利用という道もあるが、安全性と、地球環境に新しい熱源を持ち込むという両面で好ましいものではない。地球に降り注ぐ太陽エネルギーを利用する方が、地球環境を維持するために望ましいのである。
 石油もある日突然になくなるわけではない。それまでに各種の代替エネルギーの開発や省エネルギーの技術が開発されるだろう。地球の温暖化も確実に進行するだろうが、これも予測可能で時間をかけてやってくる。人間は個人としても種としても、高い適応力を備えた生きものである。だからここまで栄えてきた。人類共通の危機に対しては、強者生存の闘争におちい陥ることなく、協力して対応することができると信じたい。
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