裁判員制度が実際に始まるのが1年後になったというので、解説記事などが、あちこちに出ていました。その大半は、自分が当ったらどうなるか、どんな場合なら断ることができるのかといった、対症療法的なものが多かったように思います。しかし、これほど大騒ぎして進めている新制度のおかげで、国民にとっては、どんな良いことがあるのかが、私にはまだわかっていません。話題になった最初から、制度の必要性についての納得できる説明を、聞いた覚えがないのです。
 最高裁判所の名で出ている公式らしいサイトの説明によると、「国民のみなさんが刑事裁判に参加することにより,裁判が身近で分かりやすいものとなり,司法に対する国民のみなさんの信頼の向上につながることが期待されています。」と書いてあります。他人ごとのような、主語のはっきりしない文章なのも気になりますが、本当にこれで裁判が身近になったり、信頼が向上したりするものでしょうか。少数の参加した人には、たしかに裁判は身近になるでしょうが、経験したことを、やたらに人にしゃべるのは制限されるようです。その他一般の国民にとっては、どうなのでしょうか。
 ふつうの市民の常識を裁判に反映させるというのなら、刑事事件よりも、民事の相続争いや離婚訴訟の方が効果がありそうに思うのですが、今回の制度の中心は、死刑や無期懲役なども論じられる凶悪犯罪の審理になるのだそうです。そういう裁判への不信感が、これまでの日本では大きかったのでしょうか。また、不信感が大きかったとしても、その不信感は素人が裁判に参加すれば解消される性質のものでしょうか。むしろ法律が現実の社会と合わないといった問題は、裁判所の外で論じた方がいいのではないでしょうか。
 要するに私には、これほどまでに巻き込まれる国民に迷惑をかけ、裁判所の方にも半端でない負担も金もかかるらしい制度を実行しても、それに見合う具体的な利益が何であるのかが、少しもわからないのです。
 この制度に反対している人たちのサイトを見ると、形ばかりの「公聴会」や、やらせ質問で問題になった「タウン・ミーティング」と同類の、「国民の同意を得たという『お墨つき』制度」の一種としています。死刑制度温存のためというような下心まであるとしたら、協力させられる市民には迷惑な話です。本当に来年から実行しなければならないほどの制度なのでしょうか。もしも凍結したら、一番困るのは、誰なのでしょうか。