アメリカという国

 ここで今の世界で重要な国家の例として、アメリカについて考えてみたいと思います。アメリカ合衆国はイギリスから新大陸へ渡った移民が中核となって、独立戦争を経て建設した国です。自由と民主主義は建国のその時点からアメリカの理念でした。「人民の、人民による、人民のための政府」というリンカーンの有名な演説は南北戦争のときのものですが、民主主義の基本を教えるものとして広く知られています。
 当然ながらアメリカには古代王朝も中世封建制も存在しません。自由を求めて新天地へ移住した人たちは、何ものにも制約されない理想の国をつくろうとする情熱に燃えていた筈です。英語を公用語にしたものの、出身国はイギリスだけでなくスコットランド、アイルランド、ドイツ、オランダなど多彩でしたから、民族は違っても同胞だとする大らかさも身につけました。そして国土を西へ向かって広げるフロンティアの時代は、独立から百年あまり後の十九世紀末まで長くつづいたため、未知の世界に挑戦する開拓者精神と、自分の身は自分で守る自己責任、そして地方自治の気風が育ちました。
 そのかげで、当初は百五十万人はいたと推定される現地のアメリカ・インディアンは絶滅に瀕するほど減り、わずかな居留地で保護されるだけになりました。その点では現住民が渡来人と混血しながら今も多数を占めている中南米とは状況が違っています。その代わりにアメリカには植民地時代から多数の黒人奴隷がアフリカから輸入され、後の世代に大きな問題を残しました。自由平等をとなえる国が、独立後も南部諸州で長期にわたって奴隷制を公認したことは歴史の汚点と言うほかはなく、自由平等を完全に黒人にも及ぼすことは、今にいたるまでアメリカ国民の重い責務となっています。
 国内の開発に忙しかったアメリカは、海外からの移民の受け入れは継続したものの、第一次世界大戦までは基本的に内向きの国でした。軍備も大規模な連邦軍は常備せず、必要なときに徴兵して増強するという考え方で、イギリスを助けるために第一次世界大戦に参戦したときも、この方式でヨーツパロに軍隊を送ったのでした。
 大戦に勝利して終戦のベルサイユ条約を結ぶとき、和平に尽力したアメリカのウィルソン大統領は、世界平和のための国際機関の必要性を強く主張して、国際連盟を創設する中心的な役割を果たしました。自由平等を世界にまで広げようとする取り組みは、アメリカにふさわしい理想主義的な意欲の現れでしたが、当のアメリカ議会は連盟への加盟を承認しませんでした。国家の上に立つ国際機関は、アメリカの自由を束縛するという懸念の方が勝ったのでした。アメリカの未加盟により十分な力を発揮できなかった国際連盟でしたが、その精神は第二次世界大戦後に成立した国連に引き継がれました。