「マスコミに載らない海外記事」さんの最近のエントリー「対トヨタ戦争: 実はもっぱら政治問題」は、この事件の裏側にあるアメリカ資本主義・対・日本の根深い問題を考えさせてくれるレポートでした。100年に1度の経済危機にも臆することなく、微調整で立て直して、中国など需要の残っている地域をめざして、再びグローバル資本主義の普及に乗り出そうとしているようです。
 その中で私は「連中が望んでいるのは、上流階級への再配分と、階級戦争だ。」という記述に吸い寄せられました。ここで言われている意味は、格差を維持・拡大しようとする「上からの階級戦争」であり、長く使われてきた「階級闘争」とは、正反対の内容に逆転していたからです。
 周知のように、階級闘争とは、社会主義を実現する過程で必要とされる「資本家階級の打倒」を意味する言葉でした。それは生産手段を大衆の側に取り戻して、階級のない共生の世の中を作るためであると考えられてきました。しかし社会主義革命は、世界のどこの国でも理想とされた形では実現せず、強権を伴う絶対主義に近いものになりました。むしろ格差の少ない福祉国家を実現したのは、民主主義を徹底させた北欧諸国でした。
 それでもアメリカの国民から見ると、北欧型の福祉国家は社会主義に見えるのだそうです。自由な競争が豊かな国を作るという神話は、今もアメリカの大衆に刷り込まれているのでしょう。国民皆保険の提案を通すのに苦労しているオバマ大統領を見ていても、それはわかります。「社会主義」というレッテルは、アメリカでは強力なマイナス・イメージになるようです。世界に開発の余地が残っていると信じられる限りは、考えを改める機会はないのかもしれません。
 成功しなかった「階級闘争」の反動としての「上からの階級戦争」が勝利する可能性は、あるのでしょうか。利益を受ける人数の多さから言えば、格差の維持・拡大が支持される筈がありません。民主主義が機能していて国民が暗愚でさえなければ、自分の国のことは自分で決められます。日本は、アメリカに呑み込まれてはならないのです。