消費者・少子化担当という、発音練習のような役名の福島みずほ大臣が罷免されてしまった。外務大臣でも防衛大臣でもなかったのだが、普天間代替基地を辺野古に作るという日米合意に閣議で賛成しないという理由での罷免である。閣議というのは、全員一致が絶対条件であるかのようだ。その昔の「御前会議」でもあるまいに、閣議とは、それほどたいそうな会議なのだろうか。
憲法と内閣法の定めるところでは、内閣は行政について国会に対し連帯して責任を負うことになっている。解説書でも閣議は全員一致を原則とすると書いてある。でも一人が署名しないだけで閣議が無効になるとは、どこにも書いてない。もちろん「閣内不一致」で大騒ぎになるだろうが、連立内閣で閣僚から一人ぐらい反対者が出るのは、むしろ自然なことに思われる。「今は多数意見に従うのも止むをえないが、だめなものはだめです」と言っては、なぜいけないのだろう。
まあ、横丁の隠居のつぶやきのレベルの話なのだが、「最低でも県外」と言っておいて、「勉強してみたらだめでした」と、ごめんなさいをしてしまうのよりも、「だめなものはだめです」の方が、よほど筋は通っている。しかも勉強したという海兵隊の抑止力についてのレクチャーは、何もないのだ。黄門様でなくても、ここは印籠を出したくなる。
鳩山さんは苦労したのだろう。アメリカと対等になりたかったが、力の差があり過ぎたし、対等になれない仕組みが、あまりにも深く広く出来上がっていたに違いない。だからといって一歩後退では、政権交代の意味がないではないか。社民党と連立したことも生きてこないではないか。連立が、対アメリカのカードの1枚にもなったのに。
だが、賽は投げられた。民主党にとって、そして社民党にとって、吉と出るか凶と出るか。連立は解消なのかどうかも今の段階ではわからないが、有権者の選択としては、一つだけ選びやすくなったことがある。それは、民主党の中の社民的な部分が、もっと伸びて欲しいと思うか、それとも邪魔だから切り捨てたいと思うかだ。切捨ての方向を選べば、民主党は間違いなく、ますます自民党に似てきてアメリカとの同盟を深めるだろう。私はそちらは選ばない。
アメリカとの同盟深化の先は、決して明るいものではないと私は判断している。そろそろ自立の準備を始めないと、大破綻に巻き込まれそうな気配がある。基地の拒否は、アメリカから自立の第一歩になる。ここで持ち出すことのできる印籠は、もうすぐ始まる選挙での民意なのだ。
憲法と内閣法の定めるところでは、内閣は行政について国会に対し連帯して責任を負うことになっている。解説書でも閣議は全員一致を原則とすると書いてある。でも一人が署名しないだけで閣議が無効になるとは、どこにも書いてない。もちろん「閣内不一致」で大騒ぎになるだろうが、連立内閣で閣僚から一人ぐらい反対者が出るのは、むしろ自然なことに思われる。「今は多数意見に従うのも止むをえないが、だめなものはだめです」と言っては、なぜいけないのだろう。
まあ、横丁の隠居のつぶやきのレベルの話なのだが、「最低でも県外」と言っておいて、「勉強してみたらだめでした」と、ごめんなさいをしてしまうのよりも、「だめなものはだめです」の方が、よほど筋は通っている。しかも勉強したという海兵隊の抑止力についてのレクチャーは、何もないのだ。黄門様でなくても、ここは印籠を出したくなる。
鳩山さんは苦労したのだろう。アメリカと対等になりたかったが、力の差があり過ぎたし、対等になれない仕組みが、あまりにも深く広く出来上がっていたに違いない。だからといって一歩後退では、政権交代の意味がないではないか。社民党と連立したことも生きてこないではないか。連立が、対アメリカのカードの1枚にもなったのに。
だが、賽は投げられた。民主党にとって、そして社民党にとって、吉と出るか凶と出るか。連立は解消なのかどうかも今の段階ではわからないが、有権者の選択としては、一つだけ選びやすくなったことがある。それは、民主党の中の社民的な部分が、もっと伸びて欲しいと思うか、それとも邪魔だから切り捨てたいと思うかだ。切捨ての方向を選べば、民主党は間違いなく、ますます自民党に似てきてアメリカとの同盟を深めるだろう。私はそちらは選ばない。
アメリカとの同盟深化の先は、決して明るいものではないと私は判断している。そろそろ自立の準備を始めないと、大破綻に巻き込まれそうな気配がある。基地の拒否は、アメリカから自立の第一歩になる。ここで持ち出すことのできる印籠は、もうすぐ始まる選挙での民意なのだ。



