みんなのうたの放送が、この3月末で満50周年になる。今日の朝日新聞別刷り「be」はその紹介1回目とともに初期の歌の人気ランギングを発表していた。私はこの番組2年目の昭和37年4月から38年9月までの1年半、チーフの後藤田純生氏とともに担当した。後藤田氏はすでに故人となっているので、先日、朝日の魚住ゆかり記者から取材を受けたのだが、書かれた通りに「創作にこだわらず、子供を中心にみんなで歌えるいい歌なら、どこからでも持ってきた」方針だったのが、現在とは大きく違っていた。
 50年間に放送された歌の曲数は1300になるそうだが、初期には毎月の歌を一つ決め、後半は日ごとに変る歌を月曜から金曜まで5曲用意し、これは2ヶ月続けることにしていた。つまり2ヶ月間に7曲、1年間では42曲の歌を制作していたことになる。
 新聞では50年を3期に分けるようで、今回は1961〜76年(昭和36〜51)の15年間の人気ランキングだが、第1位が「大きな古時計」、以下∨棉小僧の寒太郎、山口さんちのツトム君、ぅ疋譽澆硫痢↓ゼ蠅里劼蕕鯊斥曚法↓Δお牧場はみどり、Д▲襯廛弘賈尺、虹と雪のバラード、南の島のハメハメハ大王、ドナドナ、と続いている。
 このベストテンの中に、最初期の2年間に放送されたものが´きキΝГ硲偽粉泙泙譴討い襦私が担当したのは´きГ裡涯覆世、25位までには「クラリネットをこわしちゃった」「線路は続くよどこまでも」「おなかのへるうた」の3曲があり、「かあさんのうた」と「トロイカ」は初年度に放送された。上位25までに入った初期2年間の曲が10曲あるのだが、この中で、作曲を外部に依頼したものは一つもない。すべて無名だった歌や外国曲の発掘か、外国曲への新しい歌詞づけだった。
 「かあさんのうた」は後藤田氏が歌声喫茶から「拾ってきた」と言っていたし、「おお牧場はみどり」は資料室の外国民謡から出てきた。すでに歌詞がついていたのだが、出だしの「ああ牧場はみどり」を、元気が出るようにと「おお」に変えてしまった。だから資料を検索するときは「あ」で引かないと楽譜が出てこない。そんな勝手流が通ってしまう大らかな時代だった。
 人気トップの「大きな古時計」は、2002年に平井堅氏の歌で大ヒットしたのが大きく影響しているのだろう。この歌も当初は「おじいさんの時計」になる筈で、時計は「九十年休まずに」動いていたのだが、今のようになった事情は、このブログに書いたことがある
 谷内六郎さんの優しさいっぱいのイラストを、スタジオのテレビカメラで、なめるように写しながら絵づくりをした。歌ったのは立川澄人(後に清登)と児童合唱団だった。立川氏のテノールは高音で、ついて歌うのが苦しいという声もあつたが、私にはちょうど良かった。