長妻昭が書いた新刊「招かれざる大臣・政と官の新ルール」(朝日新書)を読みました。ほぼ1年で終った厚生労働大臣としての経験を綴ったものですが、非常に多くの問題提起を含んでいます。自分はこれだけやったという個人PRを超えて、政治が行政を動かす仕組みの現状について、根本からの改革を必要とする理由と対処法とを示しています。
政権交代直後、新大臣として巨大官庁に乗り込んだ前後の記述は生き生きとしています。1時間ごとが驚きの連続であったというのは、精密に作られた官僚のエスカレーターに乗せられた違和感から来たものでした。事前に覚悟はしていたものの、役所に新しい流れを作り出すことの難しさが、具体例として次から次へと出てきます。
しかし政権交代は空前の改革の機会を作り出しました。大臣を補佐する副大臣2名、政務官2名は、従来の飾り物ではなく大臣の選任に任されて、政治主導を進める強力なチームになったということです。事実上国政の舵取りをしてきた政務次官会議は廃止されました。しかし政策の実力者である局長の人事は、初年度の大臣は動かせません。官僚の上司は、あくまでも局長であって、大臣は一過性の飾り物と思われているのでした。
ですから放っておけば官庁は「自動運転」で機能します。大臣の新方針は、局長を巻き込んで徹底的に議論しなければ採用されないのでした。官僚は働かなくても解雇も降格もされない安全地帯にいます。その人たちに無駄なく効果的な行政を実施する意欲を持たせるには、意識の改革とともに、信賞必罰の人事考課がぜひとも必要なのです。長妻大臣の努力は、そうした「役所文化」を変えることに向けられました。目標の設定と評価の明示は、「制度として省内に埋め込んだ」とのことです。
惜しむらくは大臣として2回は人事異動をしたかったということです。将来への課題としては、公務員制度の改革があります。局長の政治任用や、降格がタブーでない評価、天下りを不要にする慣行の確立など、やるべきことは明瞭です。もう1年やれたら進められたのにという無念さが、行間ににじんでいます。
鳩山首相の辞任以降、目に見えて仕事がやりにくくなったという記述もありました。「やればできることがわかったが、途中だった」というレポートです。政権交代は無意味で、また自公政権に戻るしかないかと思っている人たちに、ぜひ読んでいただきたい本です。
政権交代直後、新大臣として巨大官庁に乗り込んだ前後の記述は生き生きとしています。1時間ごとが驚きの連続であったというのは、精密に作られた官僚のエスカレーターに乗せられた違和感から来たものでした。事前に覚悟はしていたものの、役所に新しい流れを作り出すことの難しさが、具体例として次から次へと出てきます。
しかし政権交代は空前の改革の機会を作り出しました。大臣を補佐する副大臣2名、政務官2名は、従来の飾り物ではなく大臣の選任に任されて、政治主導を進める強力なチームになったということです。事実上国政の舵取りをしてきた政務次官会議は廃止されました。しかし政策の実力者である局長の人事は、初年度の大臣は動かせません。官僚の上司は、あくまでも局長であって、大臣は一過性の飾り物と思われているのでした。
ですから放っておけば官庁は「自動運転」で機能します。大臣の新方針は、局長を巻き込んで徹底的に議論しなければ採用されないのでした。官僚は働かなくても解雇も降格もされない安全地帯にいます。その人たちに無駄なく効果的な行政を実施する意欲を持たせるには、意識の改革とともに、信賞必罰の人事考課がぜひとも必要なのです。長妻大臣の努力は、そうした「役所文化」を変えることに向けられました。目標の設定と評価の明示は、「制度として省内に埋め込んだ」とのことです。
惜しむらくは大臣として2回は人事異動をしたかったということです。将来への課題としては、公務員制度の改革があります。局長の政治任用や、降格がタブーでない評価、天下りを不要にする慣行の確立など、やるべきことは明瞭です。もう1年やれたら進められたのにという無念さが、行間ににじんでいます。
鳩山首相の辞任以降、目に見えて仕事がやりにくくなったという記述もありました。「やればできることがわかったが、途中だった」というレポートです。政権交代は無意味で、また自公政権に戻るしかないかと思っている人たちに、ぜひ読んでいただきたい本です。



