きょうは建国記念の日で休日である。成人の日も体育の日も、連休を増やすという下司な理由で月曜日に移動させられてしまったが、2月11日は政令で決められているから毎年変らない。建国の記念日の日付は、固定でないと格好悪いということか。
 安倍首相は、総理大臣として初めて「建国をしのび、国を愛する心を養う」趣旨のメッセージを出したということだ。愛国心を振るい起こす日として、大いにこの記念日を活用してほしいという心だろう。
 建国記念の日は、敗戦までは「紀元節」と呼ばれていた。日本書紀により神武天皇が即位した日とされたのだが、明治5年に制定されたときは、旧正月の元日に当る1月28日だった。その後、太陽暦に換算して2月11日とした経緯がある。日本書紀は、語り部が伝えた古代からの神話伝説を書き起こしたものだから、正確な「歴史」でないことは当時からわかっていた。だから古代の天皇の在位年数は100年を超えるものが続出し、紀元前660年とされた神武天皇即位も、実際は1000年ほどずれているだろうと言われている。
 しかし明治政府は、国内統一のために天皇の神格化を強調して、日本書紀を「正史」と位置づけたから、その後の歴史研究などに大きな禍根を残した。天皇の神格化は、昭和天皇による戦後の「人間宣言」で、一度は清算された筈だった。しかし独立回復とともに「紀元節」の復活は保守勢力の悲願となった。法案は、当時は健在だった社会党の反対もあって、国会では何度も廃案の憂き目を見たものの、ようやく昭和42年(1967年)になって祝日に加えられた。
 このときは「建国記念の日」と「の」の字を入れることで「特定の記念日ではなく一般的に国の成り立ちを祝うため」と、苦しい言い訳もしている。日付は結局は2月11日が選ばれたのだが、保守勢力の悲願の中心にあったのは、明治の「天皇を戴く大日本帝国」への郷愁であったことは間違いないだろう。
 私は個人としては、日本の神話伝説は嫌いではない。太陽神である天照大神が子孫を送り出して「天地と共に極まりなく栄えなさい」と祝福したという説話は、よく出来ている。125代までの天皇の系譜が、曲りなりにも特定されてその子孫が現に国民から親しまれているというのも、世界に例を見ない稀有のことだと思う。そのような島国の幸運と、そこに住む人たちの温和を、愛しいと思っている。
 願わくは、太陽神の子孫は、永続する平和を世界に広める民であらんことを!

付録・「紀元節」の歌の歌詞(4番まであるが1番のみをよく歌った)は次の通り。戦中までの学校の式典で歌われていた。曲は荘厳な名曲だったと、今でも思っている。

雲に聳ゆる高千穂の
高根おろしに草も木も
なびき伏しけん大御世を
仰ぐきょうこそ楽しけれ