ドイツ系ユダヤ人として生まれ、亡命してアメリカで思想家・政治学者となったハンナ・アーレントの「暴力について〜共和国の危機」(山田正行訳・みすず書房)を読みました。初版はアメリカで1969年に発行されています。
 最近に著者名そのままの「ハンナ・アーレント」という映画が公開されて話題になりました。私は見に行きそびれたのですが、ホロコーストの実行犯アイヒマンの裁判を通して、巨悪の犯行者も、じつは職務に忠実であろうとした平凡な人間に過ぎなかったことを明らかにした作品だったということです。日本の官僚も必見だと、老人党護憲プラスの会合で聞きました。
 この本は、日本でも大学紛争が盛んになった世界的な「怒れる若者たち」や、ベトナム反戦運動の時代を踏まえて書かれています。内容は「政治における嘘」から始まり、「市民的不服従」と「暴力について」を論じ、対話形式の「政治と革命についての考察」でまとめています。大いに期待して読んだのですが、今までに経験したことのないほど読みにくい本でした。著者の思考回路を辿るのが非常に難しい文章の連続でした。そこで私なりに理解できたことと、最後の「考察」の部分を中心に紹介してみます。
 最初の「政治における嘘」では、ベトナム戦争に関するペンタゴンの情報が、いかに政治的にゆがめられて、現場の実情から遊離して行ったかを考察し、国家ぐるみで誤った道へ進む道程を描いています。そして「市民的不服従」では、国民の良心が国の法秩序と合致しなくなったときに、どこまでが合法的で、どこから非合法な行動になるかを論じています。これは、立法が国民の意思に基づいているかどうかと関係します。
 そして政治的権力は、本来は法秩序の中で非暴力的に行使されるべきものなのです。暴力は、多少なりとも「物」を必要とするという考え方は説得的でした。腕力から銃、原爆に至るまで、有無を言わせず人を屈服させるには「物」が介在します。そして暴力に頼らざるを得なくなることは権力の失敗であって、必ず政治権力の崩壊を招くのです。
 ではハンナ・アーレントは、どんな政治形態を理想として提言しているのでしょうか。それは世界国家とは対極の「評議会国家」でした。最後の結論部分から引用します。
 「……主権の原理とはまったく無縁であろうこの種の評議会国家は、さまざまな種類の連邦に格別適しているでしょう。それはとりわけ、連邦では権力が垂直的ではなく水平的に構成されるからです。しかし実現の見通しはどうなのかといま尋ねられれば、もしあるとしても、ほんのわずかと言わざるをえません。それでも、もしかするとーーつぎの革命が盛り上がればできるかもしれません。」