花芽をつけていた梅の枝に雪が積もって、花が咲いたように明るくなりました。底冷えがして、交通の不安もあり、ボランティアの外出も中止としました。立春のあとに寒さの本番が来たようです。
 寒い日に、「軍人恩給は生きていた」という古い記事に、新しいコメントが入りました。今でもよく読まれている記事です。右欄の「最新のコメント」のところから見に行けますので、どうぞご覧ください。戦争責任への無感覚は、国内に向けても同じなのです。命令一下で全国民を戦争に動員した大日本帝国は、戦争に負けても完全には解体されませんでした。
 その古い日本を、再び生き返らせようとする政治が進められています。この国の主権は、70年たっても国民の手には移りませんでした。半分以上もが投票所に行かなかった東京都民には、政治を論じる資格がありません。
 雪に降り込められた一日、社会批評社から出た火野葦平の「革命前後」(上下巻)の復刊版を読んでいます。戦争と敗戦そして天地が逆転した(ように見えた)「革命」を体験した著者の、文字通りの遺書となった本です。なぜ彼はこれを書き終って死を選んだのか。そこから、「どういう国なら生きられたのか」を考えたいと思います。
 雪は梅の枝を覆いました。でも明日はたぶん雨に会って、また本来の枝の姿に戻るでしょう。私たちにとって、大日本帝国とは、一夜の雪だったのでしょうか、それとも民主主義が春の淡雪で、枝そのものが本性だったのでしょうか。神話伝説から現代にいたる長い歴史の中では、いずれが本性だったのでしょうか。
 それよりも何よりも、私たちは、これからどんな国に住みたいのか。それこそが大事な問題でした。その答えを出さないかぎり、火野葦平を無駄に死なせたことになります。