浅田真央は3回転ジャンプを「飛んだ」のか「跳んだ」のか、どちらが正解だろうというのをテレビでやっていた。一応は「跳んだ」が正解なのだが、漢字を外来の借用語だと知っていれば、「とんだ」と発音さえすれば、日本語としてはどちらも正解になる。日本語の「とぶ」には「はねる」意味も含まれるからだ。ただし足の力で飛び上がる動作には別に「はねる」という言葉がある。だから「3回転ジャンプ」を伝統的日本語で厳密に表現すると「はねあがり みたびまわり」が正しいことになる。
 地を離れて空中に上がるときに、鳥のように継続的に滞空することを「とぶ」と言う。漢字では「飛」の字を当てる。これに対して脚力などで一時的に浮くのは「はねる」であって、漢字では「跳」の字になる。ところが日本語の「とぶ」は、「飛」よりも少し広い意味で使われるようだ。父の郷里、静岡県の山梨に近い山地では、急ぐことを「とんで」と言っていた。鳥のように早くという気持だろう。
 スキーのジャンプは風に乗って遠くまで行くのを競うのだから、「飛ぶ」で抵抗はないだろう。では、ハーフパイプやモーグルで空中に上がって演技をするのは、「飛んで」いるのだろうか「跳んで」いるのだろうか。私の感覚では「飛」に近いような気がする。勢いあまって空中に浮くので、「跳」の感じとは違うのだ。英語で「エアー」と言うことからも、自然的無重力状態は「飛」がふさわしいように思われる。
 こういう理屈を考えるのはヒマつぶしにはいいのだが、じつはあまり生産的な作業ではない。日本語では「真央がとんだ」ことがすべてであって、漢字に当てはめて「跳」がいいか「飛」がいいかは、本来は中国人が考えればいいことだからだ。足の力で飛んだ姿が美しいから鳥のように見えたのなら、「飛んだ」でも一向にかまわないと思うのだ。
 一時は日本語を簡素にするために、「当用漢字」と「音訓表」を制定したことがあった。この思想だと「飛ぶ」と読む漢字は「飛」に統一して「跳」の字の訓は「はねる」だけになる。漢字の読み方を有限の数に限定すれば、国語の表記が統一され、読むにも書くにも覚えやすく使いやすくなると期待されたのだ。この考え方は間違っていなかったと思っている。
 しかし文や字が「手で書く」ものではなく「パソコンで打つ」ものになってから、日本語表記の複雑化に歯止めがなくなってしまった。奇想天外な漢字の読み方がクイズになり、そんな雑知識をたくさん知っていることが自慢になるような風潮は好ましくないと私は思っている。それは日本語を豊かにすることとは無関係で、おそらく有害でもあるからだ。
(追記・訂正です。「当用漢字音訓表」によると、「跳」の字の読み方は、音の「チョウ」しかありません。「はねる」は漢字を使わないのが原則でした。「とぶ」と読む漢字は「飛」だけです。)
(追記2・「音訓表」を適用すると、冒頭クイズの「跳んだ」は不正解で、「飛んだ」または「とんだ」と仮名書きしなさい、が正解になります。)