小沢一郎が唱えた「国連安保論」は、ユニークなものでした。国際紛争の解決は国連の任務とすべしという「正論」でしたが、国連軍に参加するのであれば、自衛隊の海外派兵も憲法違反にならないとする危うさも秘めていました。しかしアメリカからの自立を志向する点では、鳩山首相の「東アジア共同体構想」と通じるところがありました。政権交代が視野に入ってきた時期に「アメリカの第7艦隊さえあれば、日本への常時駐留は要らないのではないか」という問題発言を残しています。
 普天間基地については、その危険性は以前から知られていました。そしてアメリカの世界戦略見直しにともなう海外基地再編の構想からも、海兵隊のグアムへの集約が計画されていました。ちなみに海兵隊とは、陸海空軍に直属しない「第4の軍隊」で、自立した陸海空戦力と輸送能力を持ち、緊急時に世界のどこへでも派遣される先制攻撃部隊です。その基地は沖縄以外はすべてアメリカ本土にあり、沖縄に置かれているのは、日本による手厚い「思いやり予算」で優遇されているからでした。
 しかし鳩山・小沢コンビが実際に政権についたとき、日米制服組と外務官僚の警戒心は、極度に高まったに違いありません。ソ連崩壊のあとは中国を封じ込めるというアメリカの世界戦略に破綻が生じるからです。その危惧をどこまで認識していたのか、小沢一郎は大勢の国会議員団を引き連れて中国を訪問するなど、大いに「日中親善」のムードを盛り上げていました。
 その小沢一郎には、執拗な「政治と金」問題が再提起され、その後「強制起訴」といった異常な手段もとられるようになりました。それと平行して、鳩山首相を追い詰めたのは普天間移設問題でした。小西誠氏がこの本を書いた時点では、政権党与党の実行力への期待、ないしは応援の気持があったことでしょう。普天間は移設しなくてよろしい、日本国民の意思が強く表明できれば、普天間を一方的に閉鎖できると示唆しています。そこから、アメリカ主導の安保再編を根底から見直す機運が生れることを、期待していた気持が伝わってきます。
 鳩山政権が倒れたあと、菅直人は普天間の県外移設を口にすることはありませんでした。本来なら、担当者が変ったから、また最初からやり直すとも言えた筈です。一人の首相が倒れても、次の首相もまた同じことを言う、それくらいの執念があれば、アメリカと結託した官僚を動かすことも少しは出来たかもしれません。しかし菅氏が進めたのは四方と妥協する道でしかありませんでした。
 鳩山政権の挫折は、政権交代への国民の期待を急速に冷ましてしまいました。政権交代に何を期待していたのか。国民もまた、時流に流されて方向感覚を失ったのだと思います。何度倒されても真の国益を求めて立ち上がるような、したたかな政治家と政党を育てることが、私たち有権者の責務であったのです。