以前にも何度か紹介したことがありますが、戦争を語り継ぐための、すぐれた文献の集積があり、ネット上でいつでも無料で閲覧できます。「戦争を語り継ごう・リンク集」は、故・西羽潔さんが10年をかけて基礎をつくり、2010年の没後は、その遺志を継ぐ人々によって運営されています。
 現在538編のリンクがあるとのことで、内容は「軍隊」「銃後」「沖縄戦」「原爆」「終戦」「戦争責任」などに分類されています。私の「少年期の戦中と戦後」(後に「少国民の戦争」として書籍化)も入れて頂いており、紹介で追加した「平岡久『あの戦争あの軍隊』」とともに、リンク先を現在のブログに移転しました。
 このリンク集とともに、「戦争を語り継ごうML(メーリングリスト)」もあり、会員同士の情報交換の場となっています。これもトップページに案内があり、登録すれば無料で会員になることができます。毎日10件程度の会話があり、私の大事な情報源の一つですが、ここに「こんな話をもっと聞きたい」といった、若い世代が参加するのも意義のあることだと思います。
 最近の例では、中心メンバーの池田幸一さんが、日本の戦後賠償の問題について投稿しておられました。日本の対外戦後賠償は、総額1兆円程度で済んだのだそうです。連合国の大半が懲罰的な戦時賠償の要求をしなかったからでした。それに対してドイツは、東西に分割された困難の中でも、総額10兆円以上を拠出して周辺国との和解に努めたということです。そしてさらに、日本は対外的には「値切り」の姿勢であったが、国内の「戦時補償」には60兆円を投じているという驚くべき数字をあげていました。
 その大半の50兆円以上は「軍人恩給」です。以前にも私のブログで「軍人恩給は生きていた」の記事にしましたが、日本が独立を回復するとともに最優先で取り組んだのが軍人恩給の復活でした。そして「軍人の位」が反映する、上に厚く下に薄い給付の体系は少しも変更しなかったのです。この恩給は軍籍の長い者にしか適用されませんから、敗戦まぎわに過酷な戦場に投入された学徒兵や、家族と引き離された中高年兵には支給されません。また、朝鮮・台湾出身者も同じです。
 この軍人恩給は、戦後70年に近い今も、国家予算の聖域として支出が続いています。本人が死亡しても、遺族には「扶助料」という形で継続します。こうした事実は調べれば公然の事実ですが、一般にはほとんど知られていないのではないでしょうか。
 悲惨な経験を知る人たちが少なくなるとともに、戦争には負けなかったかのような雰囲気の復活が感じられる今だからこそ、これらの情報源を大切にしたいものです。念のため「戦争を語り継ごう」のアドレスは、以下の通りです。
http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/senso/

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