「あの戦争」について、思い出すことの多かった8月の最後に、「護憲プラス」笹井明子さんの書いたコラムの言葉を反芻している。8月15日の戦没者追悼式で、安倍首相が述べた「戦没者の皆様の貴い犠牲の上に、いま私たちが享受する平和と繁栄があります」という式辞に、違和感を覚えたというのだ。
 笹井さんの叔父は、学徒出陣で戦死している。幼い頃から父親の後を継いで外交官になると決め、祖父からも大変期待されていたが、勉学半ばに学徒出陣し、21歳の若さで航空母艦「雲龍」と共にその命を海に散らしたという。その戦死を知らされたとき、気丈だと思われていた祖父は、正座したまま、いつまでも体の震えが止まらないほど悲しんだということだ。
 「尊いのは一人一人のかけがえのない命であり、戦争の犠牲はただただ理不尽で傷ましいばかりだということ、そして、平和と繁栄の努力を積み重ねられるのは、生きていてこそだということを、母たちが残した戦争の記憶と記録を拠り所に、何度でも語り、今とこれからを生きる人たちに伝えたいと思う戦後69年目の夏である。」と笹井明子さんは書いている。
 本当にその通りだと思う。戦争で不本意な死を強いられた人たちは、戦後復興のために働くことなど、何もできはしなかった。その人たちの死は、戦争を早く終らせるためにではなく、戦争を長引かせるためにのみ使われた。戦後の辛苦に耐えて復興をなしとげたのは、一億玉砕の号令にもかかわらず、運よく生き延びることのできた人々だったのだ。
 すべての責任は、国の行為としての戦争を主導した国家にある。その反省を忘れて「国のために身命を捧げた尊い犠牲」を礼賛する感覚からは、不戦の誓いが出てくるわけがない。国家危急の際には、また同じような犠牲が必要だと発想するだろう。
 紛争解決の手段として戦争を用いない、国の行為としての戦争は二度としないという憲法の原則が今後も永久に守られる場合にのみ、戦没者を「尊い犠牲」と呼ぶことが許される。憲法の原則をねじ曲げる現政権の首相には、そんな資格はない。