沖縄の辺野古では、10日(土曜日)深夜から日曜日の未明にかけて、キャンプの新ゲートからコンクリート・ミキサー車が入ろうとし、これを察知し阻止しようとする住民と警官隊との間で衝突が起きた。関連して別のゲート前では、ガードマンへの暴行容疑で1名の逮捕者が出たということだ。正月ムードの残る週末の深夜を狙って工事車両を入れるとは尋常でない。
 ミキサー車は一定時間内に目的地に着かないと中のコンクリートが固まってしまうから緊急性があるとは言えるだろうが、深夜になぜそんなことをする必要があるのか。沖縄防衛局の現場責任者は「駐車場を作るため」と説明したそうだが、工事再開の小手調べに使ってみたのが見え見えである。そのメッセージは「決まったことは、やらせて貰います」だ。
 県民が選挙で選んだ新知事への、政権の冷遇も話題になった。要人は面会にも応じない。県への補助金は減額すると公言し、「知事が変っても既定の方針が変ることはない」と声明している。総選挙のときは「沖縄県民の痛みに寄り添う」的な発言もあったような気がするが、選挙結果が自民全敗となった上は、見せしめの冷遇に出てきたように見える。
 沖縄の辺野古で始まった緊急事態について、「本土」の新聞もテレビも何も報じない。これから予想されるのは海での工事再開で、現地は緊張しているのだが、そういったことも大多数の国民一般は知らされないままでいる。東京市ヶ谷の防衛省前では、明日13日(火)18時30分から、沖縄と連帯する「辺野古新基地建設NO!」の抗議行動がある。何かできることをしたいと思っている人たちは、ぜひここに参加してほしい。
 というのは、沖縄で起きていることは、日本全体で始まろうとしていることの先例になるからだ。このブログでも紹介した記録映画「圧殺の海」は、故郷の海を守ろうとして、むきだしの権力と闘う人々の記録だった。
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/55618182.html
あれと同じことが、日本のいろいろな分野で、いろいろな地域で起こることになる。選挙の勝ちに驕る安倍政権は、「もう決まったこと」として「ただ一つの道」を押し付けてくるからだ。そこには国民の多様な価値観は反映されない。
 今の選挙制度での「絶対多数」は、独裁権の委任を意味しない。国民の意思が割れる個別の問題について、政権と異なる意見を持つことは犯罪ではなくて、健全な民主主義の歯止めである。権力による圧殺こそが犯罪と呼ばれるべきなのだ。