ガバン・マコーマックと乗松聡子の共著で、法律文化社・刊(2013年)の「沖縄の怒(いかり)」を読みました。原著はマコーマック氏によって英語で書かれ海外向けに刊行されたものを、乗松氏の訳と大幅な加筆によって日本語版にしたとのことです。
 マコーマック氏はオーストラリアの現代史の教授、乗松氏はカナダ在住の平和活動家で、この本からは「冷静に書かれた熱い本」という、不思議な印象を受けました。内容の精密さは第一級ですが、その中から、沖縄の怒りと抵抗に込められた世界史的な「使命」とも言うべき高揚感が立ち上がってくるのです。その特徴を体現しているのが第9章に置かれている「歴史を動かす人々」でしょう。
 紹介されているのは、次の8人です。与那嶺路代(琉球新報記者)、安次嶺雪音(高江の住民)、宮城康博(元名護市議)、知念ウシ(著述家)、金城実(彫刻家)、吉田健正(ジャーナリスト)、大田昌秀(元沖縄県知事)、浦島悦子(市民運動家) これらの人たちが、この本の主役だと言うのです。
 この本の「序章」から順を追って説明されるのは、もっとも戦争を好まない人々が暮らしていた島が、琉球処分によって日本の支配を受けるようになり、さらにその本土防衛の最前線として、もっとも苛烈な戦争の犠牲に供された皮肉な歴史です。その悲劇は日本の敗戦とその後の平和憲法によっても、少しも救われることはありませんでした。
 アメリカによる軍事支配は永続し、本土復帰が実現しても、アメリカの戦略と癒着した日本政府の支配が継続するだけでした。沖縄を差別する現実は、日米同盟の強化とともに、緩和ではなく強化の方向に向かっています。基地を拒否する住民の意思が何度示されても、アメリカも日本も、沖縄に民主主義を適用するつもりはないのです。
 そんな絶望的な状況ですが、著者たちは沖縄人の抵抗力の中に、日本政府をも超える大きな力を見ているようです。終章の「展望」の中に、こんな言葉がありました。
 「(沖縄人の反戦思想における国際的な視野、覇権に反対する平等共生の理念)は、沖縄という特定の場所と歴史と政治的な状況が生み出したものであるとしても、周辺地域や世界に示唆する普遍性を持つのではないだろうか。」
 近隣諸国と自由な交易を行ってきた琉球にとっては、国境とか領土といった概念が持つ意味は、もともと薄かったのです。日本も日本人も、良心があるなら、沖縄に恥じるべきなのです。